説明

銅‐亜鉛合金電気めっき浴およびこれを用いためっき方法

【課題】シアン化合物を使用することなく、目的組成を有する均一で光沢のあるめっき層を広い電流密度範囲で形成することができる銅‐亜鉛合金電気めっき浴およびこれを用いためっき方法を提供する。
【解決手段】銅塩と、亜鉛塩と、ピロりん酸アルカリ金属塩または酒石酸アルカリ金属塩と、硝酸イオンとを含む銅‐亜鉛合金電気めっき浴である。前記硝酸イオンの濃度は0.001〜0.050mol/Lであることが好ましく、また、前記銅‐亜鉛合金電気めっき浴のpHは8〜14の範囲であることが好ましく、さらに、銅塩と、亜鉛塩と、ピロりん酸アルカリ金属塩と、硝酸イオンに加え、アミノ酸またはその塩から選ばれた少なくとも一種を含むことが好ましく、前記アミノ酸としてはヒスチジンを好適に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅‐亜鉛合金電気めっき浴およびこれを用いためっき方法に関し、詳しくは、シアン化合物を含むことなく、目的組成を有する均一で光沢のある銅‐亜鉛合金めっき層を広い電流密度範囲で形成することができる銅‐亜鉛合金電気めっき浴およびこれを用いためっき方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、銅‐亜鉛合金めっきは、金属製品、プラスチック製品、セラミック製品等に真鍮色の金属光沢および色調を与えるため、装飾めっきとして工業的に広く用いられている。しかし、従来のめっき浴はシアン化合物を多量に含んでいるため、その毒性が大きな問題となっており、また、含シアン化合物廃液の処理負担も大きなものであった。
【0003】
かかる解決手段として、今日、シアン化合物を用いない銅‐亜鉛合金電気めっき方法が多数報告されている。例えば、逐次めっきは、黄銅めっきを被めっき製品に施すための実際的な方法であり、かかる方法においては、電着によって銅めっき層と亜鉛めっき層が被めっき製品表面に順次めっきされ、ついで、熱拡散工程が施される。逐次黄銅めっきの場合、ピロりん酸銅めっき溶液と酸性の硫酸亜鉛めっき溶液が通常使用されている(例えば、特許文献1)。
【0004】
一方、銅‐亜鉛を同時にめっきする方法として、シアン化合物を含まない銅‐亜鉛合金電気めっき浴も報告されており、酒石酸浴や錯化剤としてヒスチジン添加のピロりん酸カリウム浴を用いためっき浴が提案されている(例えば、特許文献2)。
【特許文献1】特開平5−98496号公報
【特許文献2】特公平3−20478号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載されているような逐次めっきでは、銅めっき層形成工程、亜鉛めっき層形成工程及び熱拡散工程、と処理工程が多く、複雑であるため作業効率が悪いという欠点がある。また、特許文献2記載の銅‐亜鉛合金電気めっき浴においては、シアン化合物を使用した浴を用いた場合のような毒性の問題はないが、めっき処理時に水素が多量に発生し、めっき層表面に付着するため、この部位への金属イオンの供給が阻害され、めっき層表面が疎になり、均一性および光沢が損なわれてしまう。その結果、被めっき対象物の装飾性、機能性を低下させてしまう。また、めっき層を生産性良く形成するために必要とされる電流密度と比べて、利用可能な電流密度が小さいという問題も有していた。したがって、いずれにしても、現状においてはシアン化合物を使用しない銅‐亜鉛合金電気めっき浴は実用に供するのが困難な状況にある。
【0006】
そこで本発明の目的は、シアン化合物を使用することなく、目的組成を有する均一で光沢のある銅‐亜鉛合金めっき層を広い電流密度範囲で形成することができる銅‐亜鉛合金電気めっき浴およびこれを用いためっき方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討をした結果、下記構成の銅‐亜鉛合金電気めっき浴を用いてめっき処理を施すことにより、めっき処理時の水素の発生を抑制し、目的組成を有する均一で光沢のある銅‐亜鉛合金めっき層を低電流密度から高電流密度の範囲で形成することができることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき浴は、銅塩と、亜鉛塩と、ピロりん酸アルカリ金属塩または酒石酸アルカリ金属塩と、硝酸イオンとを含むことを特徴とするものである。
【0009】
本発明においては、前記硝酸イオンの濃度は0.001〜0.050mol/Lであることが好ましく、また、前記銅‐亜鉛合金電気めっき浴のpHは8〜14の範囲であることが好ましい。さらに、銅塩と、亜鉛塩と、ピロりん酸アルカリ金属塩と、硝酸イオンに加え、アミノ酸またはその塩から選ばれた少なくとも一種を含むことが好ましく、前記アミノ酸としてはヒスチジンを好適に用いることができる。
【0010】
また、本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき方法は、上記本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき浴を用いて、電流密度を2A/dm〜14A/dmの範囲内で電気めっき処理を行うことを特徴とするものである。
【0011】
さらに、本発明のスチールコード用ワイヤは、上記本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき方法により銅‐亜鉛合金めっき層が形成されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、シアン化合物を使用することなく、目的組成を有する均一で光沢のある銅‐亜鉛合金めっき層を広い電流密度範囲で形成することができる銅‐亜鉛合金電気めっき浴およびこれを用いためっき方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき浴は、銅塩と、亜鉛塩と、ピロりん酸アルカリ金属塩または酒石酸アルカリ金属塩とを含む銅‐亜鉛合金電気めっき浴に、さらに硝酸イオンを存在させたものである。本発明のめっき浴において、目的組成を有する均一で光沢のある銅‐亜鉛合金めっき層を広い電流密度範囲で形成することが可能となるメカニズムについては以下のように考えることができる。
【0014】
めっき浴中においては下記式(I)、(II)
2H+2e → H (I)
NO+HO+2e → NO+2OH (II)
に表される反応が起こっているものと考えられる。硝酸イオンが存在しない条件では、式(I)の反応が金属の析出と競争的に進行するため、水素ガスが発生し、電極表面に付着する。その結果、その部位への金属イオンの供給が阻害されることとなり、所定時間めっき処理しためっき層では表面のラフネスが増大し、めっき層の内部も疎となり、均一なめっき層が得られなくなる。一方、硝酸イオンがめっき浴中に存在すると、式(I)の反応よりも、式(II)の反応が優先して金属の析出とともに進行する。ここで、式(II)の生成物はNOであることから速やかに電極表面から脱離するため、金属の析出を妨げることはない。そのため、所定時間めっき処理を施した被めっき対象物の表面は平滑であり、得られるめっき層も密なものとなると考えられる。なお、本発明においては、用いられる硝酸塩は特に制限されるものではなく、公知の硝酸塩であれば、いずれでも用いることができる。
【0015】
本発明のめっき浴における硝酸イオンの濃度は、0.001〜0.050mol/Lの範囲であることが好ましい。硝酸イオン濃度が0.050mol/Lを超えると、硝酸イオンの還元反応によって電流が多く消費されてしまい、めっき層形成に利用される電流が減少してしまうため、めっき層の生産性が低下してしまう。一方、硝酸イオン濃度が0.001mol/L未満では、水素発生の抑制が十分でなくなり、本発明の効果を良好に得ることができなくなってしまう。
【0016】
また、本発明のめっき浴におけるpHは8〜14の範囲が好ましい。pHが8未満であると銅が優先的に析出してしまい、目的組成を有する銅‐亜鉛合金めっきを得にくくなってしまう。一方、pHが14を超えると金属塩の沈殿が生じ、本発明の効果を良好に得ることができなくなる。
【0017】
銅塩としては、めっき浴の銅イオン源として公知のものであればいずれも使用可能であり、例えば、ピロりん酸銅、硫酸銅、塩化第2銅、スルファミン酸銅、酢酸第2銅、塩基性炭酸銅、臭化第2銅、ギ酸銅、水酸化銅、酸化第2銅、りん酸銅、ケイフッ化銅、ステアリン酸銅、クエン酸第2銅等を挙げることができ、これらのうち1種のみを用いてもよいし、2種以上を用いてもよい。
【0018】
亜鉛塩としては、めっき浴の亜鉛イオン源として公知のものであればいずれも使用可能であり、例えば、ピロりん酸亜鉛、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、スルファミン酸亜鉛、酸化亜鉛、酢酸亜鉛、臭化亜鉛、塩基性炭酸亜鉛、シュウ酸亜鉛、りん酸亜鉛、ケイフッ化亜鉛、ステアリン酸亜鉛、乳酸亜鉛等を挙げることができ、これらのうち1種のみを用いてもよいし、2種以上を用いてもよい。
【0019】
本発明においては、ピロりん酸アルカリ金属塩および酒石酸アルカリ金属塩のいずれか一方を錯化剤として用いることを要する。ピロりん酸アルカリ金属塩および酒石酸アルカリ金属塩としては、公知のものであればいずれでも使用可能であり、例えば、ピロりん酸カリウムや酒石酸ナトリウム・カリウム4水和物等が挙げられる。
【0020】
また、本発明においては、銅塩と、亜鉛塩と、ピロりん酸アルカリ金属塩と、硝酸イオンに加え、アミノ酸またはその塩から選ばれた少なくとも一種を含むことが好ましい。アミノ酸の有するアミノ基およびカルボキシル基により金属イオンが錯化され、金属イオンが安定に存在できるためである。したがって、酒石酸を錯化剤として用いた場合には、アミノ酸を添加する必要はない。上記アミノ酸としては、公知のものであればいずれでも使用可能であり、例えば、グリシン、アラニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、トレオニン、セリン、プロリン、トリプトファン、ヒスチジン等のα−アミノ酸若しくはその塩酸塩、ナトリウム塩等を挙げることができ、好ましくはヒスチジンまたはヒスチジン塩である。
【0021】
本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき浴における上記各成分の配合量は特に制限されず、適宜選択することができるが、工業的な取扱いを考慮すると、銅塩を銅換算で2〜40g/L、亜鉛塩を亜鉛換算で0.5〜30g/L、錯化剤としてピロりん酸アルカリ金属塩を用いた場合はピロりん酸アルカリ金属塩を150〜400g/L、酒石酸アルカリ金属塩を用いた場合は50〜400g/L、程度とすることが好ましく、アミノ酸またはその塩を添加する場合は、アミノ酸またはその塩は0.2〜50g/L程度であることが好ましい。
【0022】
次に、本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき方法について説明する。
本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき方法は、上記本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき浴を用い、電流密度を2A/dm〜14A/dmの範囲内で電気めっき処理を行うものである。電流密度を2A/dm〜14A/dmの範囲に制御することにより、均一で、光沢のある銅‐亜鉛合金めっき層を形成することができる。また、電流密度が上記範囲内で変動しても、銅‐亜鉛合金めっき層の組成は影響を受けることはない。
【0023】
本発明のめっき方法においては、電流密度以外は、通常の電気めっき方法を採用することができる。例えば、浴温30〜40℃程度で、無攪拌下あるいは機械攪拌下又は空気攪拌下で電気めっきをすればよい。この際、陽極としては、通常の銅‐亜鉛合金の電気めっきに用いられるものであれば、いずれも使用できる。
【0024】
上記電気めっき処理を行う前に、被めっき体には、常法に従ってバフ研磨、脱脂、希酸浸漬等の通常の前処理を施すことができ、あるいは光沢ニッケルめっき等の下地めっきを施すことも可能である。また、めっき後には、水洗、湯洗、乾燥等の通常行われている操作を行ってもよく、さらに必要に応じて、重クロム酸希薄溶液への浸漬、クリヤー塗装等を行ってもよい。
【0025】
本発明では、被めっき体は特に制限されず、通常、銅‐亜鉛合金電気めっき被膜を施されるものであればいずれにでも使用でき、例えば、ゴム物品補強用スチールコードに使用するワイヤをはじめとした金属製品、プラスチック製品、セラミックス製品等を挙げることができる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
(実施例1〜7、比較例1、2)
下記の表1、2にそれぞれ示す銅‐亜鉛合金電気めっき浴の組成に従い、実施例1〜7および比較例1、2の銅‐亜鉛合金電気めっき浴を調製し、下記の表1、2中に示すめっき条件に従って、銅‐亜鉛合金電気めっき処理を行った。めっき浴の評価にはめっき析出効率およびRa比率を用いた。得られた結果を下記の表1、2に併記する。
【0027】
<めっき析出効率(%)>
理論析出量に対する実際の析出量との割合を百分率で表したものである。この値が大きいほど、水素の発生量が少なくなり、均一・光沢のあるめっき層を形成することができ、また、エネルギーロスも少なくめっき層の生産性においても優れていることを意味している。
【0028】
<Ra比率>
Ra比率はめっき対象物の表面をめっき処理前後の中心線平均粗さ(Ra)

に従って算出したRaを用いて、Ra比率=(めっき前のRa)/(めっき後のRa)により算出した。中心線平均粗さの算出については、粗さ曲線からその中心線の方向に測定長Lの部分を抜き取り、この抜き取り部分の中心線をX軸、縦倍率の方向をY軸とし、粗さ曲線をy=f(x)で表したとき、上記式で与えられるRaの値をマイクロメートル単位(μm)で表したものである。Ra比率の値が大きいほど、めっき処理後の表面が平滑であり、優れた光沢を有するめっき層であることを意味している。
【0029】
【表1】

※1 A:ピロりん酸カリウム
※2 B:酒石酸ナトリウム・カリウム4水和物
【0030】
【表2】

【0031】
上記表の実施例1〜7と比較例1〜2の結果を比較すると、本発明の銅‐亜鉛合金電気めっき浴の構成とすることにより、初めて目的組成を有する均一で光沢のあるめっき層を形成することができることがわかる。また、これを用いることにより、広い電流密度の範囲でめっき処理を行うことができることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅塩と、亜鉛塩と、ピロりん酸アルカリ金属塩または酒石酸アルカリ金属塩と、硝酸イオンとを含むことを特徴とする銅‐亜鉛合金電気めっき浴。
【請求項2】
前記硝酸イオンの濃度が0.001〜0.050mol/Lである請求項1記載の銅‐亜鉛合金電気めっき浴。
【請求項3】
前記銅‐亜鉛合金電気めっき浴のpHが8〜14の範囲である請求項1または2記載の銅‐亜鉛合金電気めっき浴。
【請求項4】
銅塩と、亜鉛塩と、ピロりん酸アルカリ金属塩と、硝酸イオンに加え、アミノ酸またはその塩から選ばれた少なくとも一種を含む請求項1〜3のうちいずれか一項記載の銅‐亜鉛合金電気めっき浴。
【請求項5】
前記アミノ酸がヒスチジンである請求項4記載の銅‐亜鉛合金電気めっき浴。
【請求項6】
請求項1〜5のうちいずれか一項記載の銅‐亜鉛合金電気めっき浴を用いて、電流密度を2A/dm〜14A/dmの範囲内で電気めっき処理を行うことを特徴とする銅‐亜鉛合金電気めっき方法。
【請求項7】
請求項6記載の銅‐亜鉛合金電気めっき方法により銅‐亜鉛合金めっき層が形成されていることを特徴とするスチールコード用ワイヤ。

【公開番号】特開2009−270184(P2009−270184A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−124446(P2008−124446)
【出願日】平成20年5月12日(2008.5.12)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】