説明

銅の回収方法

【課題】 鉄と銅が混在する強酸性領域の系において、効率的に鉄と銅を分離して、銅を効率よく回収する方法を提供する。
【解決手段】 銅と鉄を含む強酸性領域の塩化物水溶液に、抽出剤としてカリックスアレーンをアルコール類又はアルコール類と脂肪族炭化水素で希釈した有機溶媒を接触させ、塩化物水溶液中の銅を有機溶媒に抽出する。抽出剤であるカリックスアレーンの種類により、アルコール類と脂肪族炭化水素の合計に対するアルコール類の比率を10〜100体積%の範囲で変えることが好ましい。また、硫黄を含む有機リン系化合物を有機溶媒に添加すれば、銅の抽出選択性がより一層向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅と鉄が共存する強酸酸性の塩化物水溶液中から、銅を効率よく回収するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
非鉄金属の精錬および金属廃棄物処理おいて特定の金属を選択的に回収する技術は、資源のリサイクルや廃棄物の削減という観点から重要な課題である。例えば、鉄と銅が混在する系から鉄を除去する一般的な方法としては、鉄を酸化させ水酸化鉄として沈殿除去する方法が取られている。しかし、除去される沈殿物は一般に含水率が高く、銅などの共存元素も多く含むため、共沈殿した銅はロスとなる。更に、この沈殿物は純度も低く利用先が限られるため、ほとんどが廃棄されていた。
【0003】
上記沈殿法に対して、液中に低濃度に含有する元素を濃縮し、他の元素との分離が工業的に可能である有機溶媒を抽出剤として用いる溶媒抽出法がある。鉄と銅を溶媒抽出法によって分離する方法の代表的な例としては、2価の銅イオン、2価の鉄イオンおよび3価の鉄イオンを含む共存系から、2価のイオンを酸性抽出剤、例えばLix64(商品名)を用いて溶媒抽出する方法がある。また、特開平06−240373号公報には、自動車や家電製品などの廃棄物処理過程で、アンミン浸出液中の2価の銅イオンをLix54(商品名)で抽出する方法が提案されている。
【0004】
しかし、一般に上記した酸性抽出剤による溶媒抽出では、液のpHを1.5〜2.5に調節する必要があるため、銅や鉄が強酸性領域で浸出された場合、浸出液のpHを調整するために大量の中和剤を消費するという問題がある。
【0005】
一方、鉄イオンの分離に従来から使用されているトリブチルフォスフェイト(TBP)やトリオクチルフォスフィンオキシド(TOPO)などの中性抽出剤では、抽出にpH依存性がないため中和剤を必要としないが、中性抽出剤は2価の銅イオンに対する抽出性がほとんどない。従って、2価の銅イオン、2価の鉄イオン及び3価の鉄イオンを含む塩化物水溶液に溶媒抽出法を適用する場合は、中性抽出剤に3価の鉄イオンを抽出させ、抽出残液に2価の銅イオンを残留させることで鉄と銅を分離できる。しかし、2価の鉄イオンは鉄の抽出を不安定にするため、予め3価の鉄イオンに酸化する必要がある。
【0006】
上記に挙げた従来からの抽出剤に加え、最近では大環状化合物を用いた金属の回収技術の開発が行われており、例えば特開平05−271149号公報には、カリックスアレーンを抽出剤として希土類金属元素間の分離を行う方法も提案されている。このような状況の中で、銅と鉄が共存する強酸酸性の塩化物水溶液中から、銅を簡単に且つ選択的に抽出する新しいタイプの抽出剤による回収技術の開発が望まれていた。
【0007】
【特許文献1】特開平06−240373号公報
【特許文献2】特開平05−271149号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような従来の事情に鑑み、鉄と銅が混在する強酸性領域の系において、効率的に鉄と銅を分離し、銅を効率よく回収する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、カリックスアレーンを用いた溶媒抽出系において、抽出剤の希釈剤として脂肪族炭化水素とアルコール類の混合液を用いた場合、脂肪族炭化水素とアルコール類が特定の比率のときに、強酸性領域の塩化物水溶液に混在する銅と鉄から選択的に銅を有機溶媒に抽出できることを見出した。
【0010】
また、抽出剤のカリックスアレーンを脂肪族炭化水素とアルコール類の混合液で希釈した有機溶媒中に、硫黄を含む有機リン系化合物を更に添加混合すれば、強酸性領域の塩化物水溶液に混在する銅と鉄から一層選択的に銅を有機溶媒に抽出できることを見出し、本発明を完成させたものである。
【0011】
即ち、本発明による銅の回収方法は、銅と鉄を含む強酸性領域の塩化物水溶液に、抽出剤としてのカリックスアレーンをアルコール類又はアルコール類と脂肪族炭化水素で希釈した有機溶媒を接触させ、塩化物水溶液中の銅を有機溶媒に抽出することを特徴とする。
【0012】
上記本発明による銅の回収方法にいて、前記有機溶媒中のアルコール類と脂肪族炭化水素の合計に対するアルコール類の比率は50〜100体積%であることが好ましい。また、前記カリックスアレーンが下記化学式4で表され、式中のnが4及びmが1〜3であることが好ましい。
【0013】
【化4】

【0014】
また、本発明による銅の回収方法においては、前記有機溶媒が更に硫黄を含有する有機リン系化合物を含むことができる。その場合、前記有機溶媒中のアルコール類と脂肪族炭化水素の合計に対するアルコール類の比率は10〜100体積%であることが好ましい。また、前記カリックスアレーンは、上記化学式4においてnが6及びmが1〜3であるものが好ましい。
【0015】
更に、前記硫黄を含む有機リン系化合物としては、その構造が下記化学式5で表されるものが好ましい。
【0016】
【化5】

【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、鉄と銅が混在する強酸性領域の系において、抽出法により鉄と銅を選択的に分離し、銅を効率よく回収する方法を提供することができる。従って、本発明の銅の回収方法を用いることによって、鉄と銅が混在する強酸性領域の塩化物水溶液から銅と鉄の相互分離が可能となるため、例えば、銅鉱石の90%以上を占める黄銅鉱の精製、銅及び鉄が混在するスクラップの精製等に好適に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明による銅の回収方法は、鉄と銅を含む強酸性領域の塩化物水溶液から銅を抽出するに際して、カリックスアレーンを抽出剤として用いると共に、そのカリックスアレーンをアルコール類と脂肪族炭化水素との混合溶液に希釈させた有機溶媒を上記塩化物水溶液に接触させることにより、銅を選択的に抽出するものである。
【0019】
抽出剤のカリックスアレーンを希釈した有機溶媒中において、アルコール類と脂肪族炭化水素の合計に対するアルコール類の比率は、10〜100体積%が好ましく、50〜100体積%が更に好ましく、70〜100体積%が特に好ましい。2価の銅イオンとカリックスアレーンの錯体は、3価の鉄イオンとカリックスアレーンの錯体よりもアルコール類と溶媒和しやすいため、アルコール類の比率が50体積%以上の領域でその差が顕著に表れる。
【0020】
希釈剤として用いるアルコール類としては、ヘキサノール、オクタノールなどの水と混和しないアルコール類を使用する。また、脂肪族炭化水素としては、シクロヘキサン、ドデカンなどの水と混和しない脂肪族炭化水素を用いることができる。これらのアルコール類と脂肪族炭化水素とを用い、上記したアルコール類の比率でカリックスアレーンを希釈した有機溶媒で抽出することにより、銅と鉄の分配比の差を大きくさせることができ、カリックスアレーンのみを用いる場合に比べて効率的な相互分離が可能となる。
【0021】
本発明で銅の抽出剤として用いるカリックスアレーンとしては、下記化学式6で表される硫黄を含むカリックスアレーンが好ましい。硫黄は柔らかい塩基であり、硬い酸である3価の鉄イオンよりも2価の銅イオンとの親和性が高いためである。
【0022】
【化6】

【0023】
また、カリックスアレーンは環状構造をしており、この環の中に金属イオンを捕捉するため、環の直径が2価の銅イオンの直径である0.14nmに近く、環の直径が容易に変化しない硬い構造であることが重要である。上記化学式6においてnが4である硫黄を含むカリックス[4]アレーンは、環の直径が0.2nmであることから、銅イオンの抽出に特に有効である。尚、上記化学式6中のmは、入手の容易さから、1〜3であることが好ましい。
【0024】
また、本発明においては、カリックスアレーンをアルコール類と脂肪族炭化水素で希釈させた有機溶媒に、更に硫黄を含む有機リン系化合物を添加混合することができる。硫黄を含む有機リン系化合物を添加混合することによって、カリックスアレーンとの協同効果が発現され、銅の抽出選択性がより一層向上する。硫黄を含む有機リン系化合物としては、下記化学式7で表されるチオホスホン酸モノメチルエステルが好ましい。
【0025】
【化7】

【0026】
上記硫黄を含む有機リン系化合物を有機溶媒に添加混合する場合、特にカリックスアレーンとして上記化学式6においてnが6(mは1〜3が好ましい)である硫黄を含むカリックス[6]アレーンを使用すれば、アルコール類と脂肪族炭化水素の合計に対するアルコール類の比率が10〜100体積%の広い範囲で、銅を高い選択性で且つ効率よく抽出することが可能である。
【0027】
また、カリックスアレーンを希釈した有機溶媒中において、有機リン系化合物の比率は45〜55モル%の範囲であることが望ましい。有機リン系化合物の濃度が低すぎる場合には協同効果が現れにくくなり、また有機リン系化合物の濃度が高すぎる場合は銅の選択性が現れ難くなるためである。
【実施例】
【0028】
[実施例1]
硫黄を含むカリックス[4]アレーン(上記化学式6においてn=4、m=1)0.010モルをシクロヘキサンとオクタノールの混合液に溶解させた有機溶媒と、0.005モルの塩化第二銅(CuCl)及び0.005モルの塩化第二鉄(FeCl)を溶解させた2モル/lの塩酸水溶液を接触させ、25℃に保ちながら振とうして銅の抽出操作を行った。
【0029】
その際、シクロヘキサンとオクタノールの混合液におけるシクロヘキサンの比率を変化させた。抽出後、分離した有機溶媒中と塩酸水溶液中の銅及び鉄の濃度をICP発光分析法にて分析することによって、銅及び鉄の分配比Dを得た。得られた結果を図1に示す。
【0030】
図1から分るように、硫黄を含むカリックス[4]アレーンを抽出剤に用いた場合、オクタノールの比率が50体積%未満の領域では銅と鉄の分配比がほぼ同程度のため、この領域での銅と鉄の相互分離は望めないが、オクタノールの比率が50体積%から増えるに従い銅の分配比は上がり、鉄の分配比は下がる傾向が認められる。特にオクタノールの比率が70体積%を超える付近から、銅と鉄の分配比の差は顕著に大きくなっている。
【0031】
[実施例2]
硫黄を含む有機リン系化合物の濃度が0.008モル/l及び硫黄を含むカリックス[6]アレーン(上記化学式6においてn=6、m=1)の濃度が0.00832モル/lとなるように、硫黄を含む有機リン系化合物とカリックス[6]アレーンをシクロヘキサンとオクタノールの混合液に溶解させた。使用した硫黄を含む有機リン系化合物は、上記化学式7のチオホスホン酸モノメチルエステルである。
【0032】
得られたカリックス[6]アレーンを含む有機溶媒を、銅濃度が0.005モル/l及び鉄濃度が0.005モル/lとなるように塩化第二銅(CuCl)と塩化第二鉄(FeCl)を1モル/lの塩酸に溶解させた水溶液に接触させ、25℃に保ちながら振とうして銅の抽出操作を行った。
【0033】
その際、シクロヘキサンとオクタノールの混合液におけるシクロヘキサンの比率を変化させた。抽出操作後、分離した有機溶媒中と塩酸水溶液中の銅及び鉄の濃度をICP発光分析法にて分析することによって、銅及び鉄の分配比Dを得た。得られた結果を図2に示す。
【0034】
図2から分るように、硫黄を含むカリックス[6]アレーンを抽出剤とし且つ硫黄を含む有機リン系化合物を共存させた場合、オクタノールの比率が10体積%以上の領域で、オクタノールの比率が増すに伴って銅と鉄の分配比の差が次第に大きくなり、オクタノールの比率が100体積%でも銅の選択的な抽出が可能である。
【0035】
[比較例1]
硫黄を含むカリックス[6]アレーン(上記化学式6においてn=6、m=1)の濃度が0.01モル/lになるように、カリックス[6]アレーンのみをオクタノールのみに溶解させた有機溶媒を、銅濃度が0.005モル/l及び鉄濃度が0.005モル/lとなるように塩化第二銅(CuCl)と塩化第二鉄(FeCl)を1モル/lの塩酸に溶解させた水溶液に接触させ、25℃に保ちながら振とうして銅の抽出操作を行った。
【0036】
抽出操作後、分離した有機溶媒中と塩酸水溶液中の銅及び鉄の濃度をICP発光分析法にて分析することによって、銅及び鉄の分配比Dを得た。得られた結果を図3に示す。銅と鉄の分配比には大きな差がなく、選択的な抽出が困難であることが分る。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】抽出剤がカリックス[4]アレーンの場合における鉄及び銅の分配比とオクタノールの体積%との関係を示すグラフである。
【図2】抽出剤がカリックス[6]アレーンで且つ有機リン系化合物が共存する場合における鉄及び銅の分配比とオクタノールの体積%との関係を示すグラフである。
【図3】抽出剤がカリックス[6]アレーンで且つ有機リン系化合物が共存しない場合における鉄及び銅の分配比とオクタノールの体積%との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅と鉄を含む強酸性領域の塩化物水溶液に、抽出剤としてのカリックスアレーンをアルコール類又はアルコール類と脂肪族炭化水素で希釈した有機溶媒を接触させ、塩化物水溶液中の銅を有機溶媒に抽出することを特徴とする銅の回収方法。
【請求項2】
前記有機溶媒中のアルコール類と脂肪族炭化水素の合計に対するアルコール類の比率が50〜100体積%であることを特徴とする、請求項1に記載の銅の回収方法。
【請求項3】
前記カリックスアレーンが下記化学式1で表され、式中のnが4及びmが1〜3であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の銅の回収方法。
【化1】

【請求項4】
前記有機溶媒に、硫黄を含む有機リン系化合物が更に添加混合されていることを特徴とする、請求項1に記載の銅の回収方法。
【請求項5】
前記有機溶媒中のアルコール類と脂肪族炭化水素の合計に対するアルコール類の比率が10〜100体積%であることを特徴とする、請求項4に記載の銅の回収方法。
【請求項6】
前記カリックスアレーンが下記化学式2で表され、式中のnが6及びmが1〜3であることを特徴とする、請求項4又は5に記載の銅の回収方法。
【化2】

【請求項7】
前記有機リン系化合物は下記化学式3で表されることを特徴とする、請求項4〜6のいずれかに記載の銅の回収方法。
【化3】


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−46740(P2009−46740A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−215532(P2007−215532)
【出願日】平成19年8月22日(2007.8.22)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】