説明

銅電解液及び該銅電解液に用いる添加剤の製造方法並びに該銅電解液を用いて得られた電析銅皮膜

【課題】従来の硫酸系光沢銅電解液と比べ、同等の光沢を有していながら均一な電析銅皮膜を安定して得ることの出来る硫酸系銅電解液を提供する。
【解決手段】上記課題を解決するために、ビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド成分を含むことを特徴とする硫酸系銅電解液であり、当該ビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド成分はビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物を用いて添加されたことを特徴とする硫酸系銅電解液を用いる。そして、ビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物は3−メルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム水溶液に塩化第二銅を加えた混合溶液から有機溶剤を用いて晶析させるプロセスにより製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、ビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド成分を含む硫酸系銅電解液及び該銅電解液に用いられる添加剤とその製造方法、そして該銅電解液を用いて得られた電析銅皮膜に関する。
【背景技術】
【0002】
金属銅はその加工性の容易さから装飾用途に広く用いられており、また電気の良導体であり比較的安価で取り扱いも容易であることから、プリント配線板の基礎材料として電解銅箔が広く使用されている。そして電気・電子機器の軽薄短小化に伴うプリント配線板のファインピッチ化に対応するために電解銅箔の析出面には低プロファイル化が要求されてきたのである。電子部品用途のうちプリント配線板の端子めっきでは接続信頼性と金の使用量をミニマイズしてコストダウンするため、そしてパターンめっきプロセスにおける銅めっきにおいても平滑で光沢のある電析状態が求められてきた。しかしながら、一部用途では厚みの保証のみが要求特性であるなど筋状の模様等外観ムラの発生を許容している場合もあり、常に光沢と外観とが両立できているとは言い難いものであった。このようなレベルの電析銅皮膜を得る技術は既にグローバルに実施可能な技術として普及しており、更なる差別化による優位性を獲得するための技術開発が要求されているのである。そして、上述した差別化の課題としては、装飾用途や電解銅箔の製造を含む電子部品用途に共通して外観や特性の安定性と低コストが挙げられる。
【0003】
このような背景の中、特に要求品質水準の高いプリント配線板用電解銅箔の分野において研究がなされており、特許文献1ではファインパターンの形成に好適な未処理銅箔を電気分解により製造する際に硫酸酸性銅めっき液にメルカプト基を持つ化合物、塩化物イオン、並びに分子量10000以下の低分子量膠及び高分子多糖類を添加し、当該メルカプト基を持つ化合物は3−メルカプト1−プロパンスルホン酸塩、当該低分子量膠の分子量は3000以下、当該高分子多糖類はヒドロキシエチルセルロースとする方法が開示されている。そして、実施例によれば3−メルカプト1−プロパンスルホン酸塩として3−メルカプト1−プロパンスルホン酸ナトリウムを用いることを前提としている。
【0004】
また、特許文献2には、電解銅箔の製造に用いる電解液にオキシエチレン系界面活性剤、ポリエチレンイミン又はその誘導体、活性有機イオウ化合物のスルフォン酸塩及び塩素イオンを存在させることによって粗面粗さRzが2.0μm以下で該粗面に凹凸のうねりがなく均一に低粗度化された粗面を持ち、且つ、180℃における伸び率が10.0%以上である低粗面電解銅箔を得ることが開示されている。そして、好適な活性有機イオウ化合物のスルフォン酸塩の代表的な化合物として化4には3−メルカプト1−プロパンスルホン酸ナトリウムが、化5にはビス(3−スルホプロピル)ジスルフィドナトリウムが示されている。
【0005】
【特許文献1】特開平09−143785号公報
【特許文献2】特開2004−263289号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、光沢を得るために添加剤として3−メルカプト−1−スルホン酸を採用した場合、実操業で使用するために入手可能な薬品は前述の如く主にナトリウム塩であり、生産活動を継続していくとこれら添加剤に含有されるナトリウムなどのアルカリ金属又はアルカリ土類金属が銅電解液中に蓄積してしまうのである。すると、当該溶液からは安定した状態の電析銅皮膜を得ることが困難になってしまい、正常な状態に回復するためには液更新、瀉血などの追加操作が必要となり、更にこれら操作の実施による稼働率の低下もコストアップの要因になってしまうのである。すなわち、従来の技術では平滑な電析銅皮膜を短期的に得ることは出来ても長期的な連続操業時の生産の安定性までは達成されていなかったのが実情なのである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本件発明者等は鋭意研究の結果、3−メルカプト−1−スルホン酸塩に含まれている添加剤効果の阻害物質であるナトリウムなどのアルカリ金属又はアルカリ土類金属を排除した組成を有する添加剤を用いることとし、添加剤としての有効性が安定して継続する物質とその製造方法及び当該添加剤を含んだ硫酸系銅電解液に想到したのである。
【0008】
本件発明はビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド成分(本件出願では以降「SPS成分」と称する)を含有した硫酸系銅電解液であって、当該SPS成分はその供給源としてビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅(本件出願では以降「SPS−Cu」と称する)水和物を用いたことを特徴とする硫酸系銅電解液を提供する。
【0009】
そして、前記硫酸系銅電解液は環状構造を持つ4級アンモニウム塩重合体及び塩素イオンを含むことが好ましい。
【0010】
また、前記硫酸系銅電解液は膠及び塩素イオンを含むことも好ましい。
【0011】
本件発明は前記硫酸系銅電解に用いるSPS−Cu水和物の製造方法であって、以下の工程を有することを特徴とするSPS−Cu水和物の製造方法を提供する。
a)3−メルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム(以降本件出願では「MPS−Na」と称する)水溶液に塩化第二銅を加え混合溶液を得る工程。
b)前記混合溶液に有機溶剤を加えてSPS−Cu水和物を晶析させる工程。
c)晶析したSPS−Cu水和物の結晶を有機溶剤で洗浄する工程。
d)SPS−Cu水和物の結晶を乾燥する工程。
【0012】
そして、前記工程a)における混合溶液は、MPS−Na濃度が0.5mol/l〜2.0mol/lであり、混合溶液中の塩化第二銅とMPS−Na量のモル比(〔塩化第二銅〕/〔MPS−Na〕)は1.5以上であることが好ましい。
【0013】
そして、前記工程b)において加える有機溶剤量は上記工程a)で得られた混合溶液量に対して1倍〜5倍の容量であることが好ましい。
【0014】
また、前記工程b)において使用する有機溶剤はケトン類であることも好ましい。
【0015】
そして、前記ケトン類はアセトンであることが好ましい。
【0016】
そして、前記工程c)において使用する有機溶剤は塩化第二銅を溶解し、SPS−Cu水和物を難溶とする有機溶剤であることが好ましい。
【0017】
また、前記工程c)において使用する有機溶剤はケトン類、アルコール類、ニトリル類から選択されたいずれか一種又はこれらの混合物であることがより好ましい。
【0018】
そして、前記工程c)において、洗浄液である有機溶剤中の塩素濃度が20mg/l以下になるまで洗浄することも好ましい。
【0019】
本件発明は、上記硫酸系銅電解液を用い、液温20℃〜60℃とし、電流密度15A/dm〜90A/dmで電解することを特徴とする電析銅皮膜の形成方法を提供する。
【0020】
本件発明は前記電析銅皮膜の形成方法を用い、陰極に電析した銅皮膜を剥取ることを特徴とする電解銅箔の製造方法を提供する。
【0021】
本件発明は上記製造方法により得られた電解銅箔を提供する。
【0022】
本件発明は前記電解銅箔の表面に粗化処理、防錆処理、シランカップリング剤処理のいずれか一種又は二種以上を行った表面処理銅箔を提供する。
【0023】
前記表面処理銅箔の絶縁層構成材料との張り合わせ面の表面粗さ(Rzjis)が5μm以下であることが好ましい。
【0024】
本件発明は、前記表面処理銅箔を絶縁層構成材料と張り合わせてなることを特徴とする銅張積層板を提供する。
【発明の効果】
【0025】
本件発明に係る硫酸系銅電解液を電析銅皮膜の形成に用いた場合、従来技術による銅電解液を用いた場合に比べて、長期的な連続操業においても平滑な電析銅皮膜を安定的に得ることが可能となり、低プロファイル化された電解銅箔の安定生産など多様な用途における電析銅皮膜の形成方法として適用可能である。特に本件発明に係る硫酸系銅電解液は、電解液が電解工程と、添加剤を添加する工程とを循環する中で電解液の性状を最適化するシステム構成を取る生産形態において有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
<本件発明に係る硫酸系銅電解液>
本件発明は、SPS成分を含有する硫酸系銅電解液であって、当該硫酸系銅電解液に含まれるSPS成分はSPS−Cu水和物を用いて添加されていることを特徴としている。MPS−Naを前記硫酸系銅電解液に添加しても銅電解液中で2量体化してSPS構造を取り、SPS成分を含有する硫酸系銅電解液となるものであるが、連続生産においてはNaの蓄積による電析銅皮膜表面の均一化の阻害現象等の発生があり、安定生産を継続するためにはNaの瀉血プロセス等が必要となるため、SPS成分はSPS−Cuとして添加することが好ましいのである。
【0027】
ここで、MPSの構造式を化1に、SPS−Cuの構造式を化2に示す。この構造式から明らかなように、SPSはMPSの2量体でありSPS−CuはそのCu塩であることから、添加剤としての効果は同等に得られるのである。更に、MPSは前述の様に銅電解液中で2量体化してSPS構造を取るために添加直後の液では2量体化反応が進行中であり、当該電解液を使用した場合の添加剤の効果は不安定であろうと推測されるが、SPS−Cuを使用するとはじめから2量体であるため添加当初から安定した効果が得られて好ましいのである。
【0028】
【化1】

【0029】
【化2】

【0030】
そして、本件発明に係る硫酸系銅電解液に基本的に含まれている添加剤濃度の好ましい範囲は、SPS濃度は0.5〜50ppm、環状構造を持つ4級アンモニウム塩重合体を用いた場合の環状構造を持つ4級アンモニウム塩重合体濃度は1ppm〜50ppm、膠を用いた場合の膠濃度は1ppm〜50ppm、そして塩素濃度は5ppm〜100ppmである。ここで、環状構造を持つ4級アンモニウム塩重合体はジアリルジメチルアンモニウムクロライド(本件出願では以降「DDAC」と称する)重合体であることが好ましい。また、本件出願でいう膠とは、その分子量や精製レベルによってゼラチン、コラーゲンなどの名称で市販されているものを含み、それらの総称として用いているものである。
【0031】
<本件発明に係るSPS−Cu水和物の製造方法>
本件発明は、以下の工程を有することを特徴とするSPS−Cu水和物の製造方法を提供する。下記工程a)〜d)に示す工程を適用することにより、所望のSPS−Cu水和物を高純度で安定して得ることができるのである。
【0032】
a)MPS−Na水溶液にCuClを加え混合溶液を得る工程。
b)前記混合溶液に有機溶剤を加えてSPS−Cu水和物を晶析させる工程。
c)晶析したSPS−Cu水和物を有機溶剤で洗浄する工程。
d)SPS−Cu水和物の結晶を乾燥する工程。
【0033】
上記工程a)においては、SPS−Cu製造の出発原料をMPS−Naとしている。MPSは、Cu2+との反応により2量体であるSPSへと変化するため、上記工程a)−工程d)により得られる銅塩も2量体であるSPS構造を有することになるのである。ここで用いる原料はMPS塩であればどのようなものでもかまわないのであるが、製造目的物がMPSの2量体のCu塩である故に現状では最も入手が容易なMPS−Naとしているのである。従って、MPSをK,Ca,Liなど他のアルカリ金属、アルカリ土類金属塩などの形態で入手が容易であればこれらをも用いうるのである。
【0034】
このとき、MPS−Na濃度0.5mol/l〜2.0mol/lである水溶液中のMPS−Na量に対してモル比(〔CuCl〕/〔MPS−Na〕)を1.5以上となるようにCuClを添加することが好ましい。ここでモル比を1.5以上としたのは化学反応の平衡状態をSPS−Cu水和物の生成方向に持っていくためには過剰の添加量が好ましいからであるが、4を超えて添加しても効果の向上は見られないため、モル比の上限は4とすることが好ましい。
【0035】
そして、上記工程b)で前記混合溶液に加える有機溶剤量は、上記工程a)で得られた混合溶液量に対して1倍〜5倍の容量比とすることが好ましい。ここで有機溶剤を加えることは、前記混合溶液中に形成されているSPS−Cu水和物の溶解度を低下させて晶析させつつ平衡状態をずらして形成反応を進行させる故に有用なのである。そして、晶析を加速するためには攪拌や冷却することはもちろんであるが、種結晶を投入すること等も有効であり得るのである。このとき、有機溶剤の添加量が1倍よりも少ないと晶析を推進する効果が小さく、また5倍を超えて添加するとCuCl、NaCl及びMPS−Naまでもが晶析してしまうため、最適な範囲は1倍〜5倍の容量比なのである。また、添加に際してはSPS−Cuの晶析状況を見つつ有機溶剤を少量ずつ分割して添加して最適量を見極めることも有効であり得るのである。そして、ここで用いる有機溶剤はケトン類を用いることが好ましく、中でもアセトンを用いることが更に好ましいのである。そして、SPS−Cu水和物の晶析が終点に達した時点で上澄み液を除き、晶析した結晶を洗浄する次行程に移ることがより好ましいのである。
【0036】
そして、上記工程c)において使用する有機溶剤がCuClを可溶であり、且つSPS−Cu水和物を難溶である有機溶剤であることが好ましい。例えば、ケトン類、アルコール類、ニトリル類が使用でき、これらを単独で又は混合して使用することも可能である。具体的には、ケトン類ではアセトン、アルコール類ではエタノールやメタノール、ニトリル類ではアセトニトリル等から選択できる。これらの溶剤はCuClを可溶であることで晶析したSPS−Cu水和物に付着した塩類を洗い落すことが可能であり、且つSPS−Cu水和物自身を溶解しないために高純度のSPS−Cu水和物が得られるのである。そして前工程b)で使用する晶析用有機溶剤と同一のものを使うことが利便性が高くて好ましく、例えばアセトンを共通の有機溶剤として選択した場合には常温における蒸気圧が比較的低くて取り扱いやすく、沸点も低いために後工程d)における乾燥操作をも容易にするという利点も持っているのである。
【0037】
そして、上記工程c)においては、洗浄液である有機溶剤中の塩素濃度が20mg/l以下になるまで洗浄することが好ましい。十分な洗浄により結晶に付着しているCuCl量を低レベルにしておくことによって、硫酸系銅電解液に添加する際の塩素の持ち込み量を最低限とし、電解液中の塩素濃度変動をミニマイズするのである。また、下限濃度である20mg/lは銅イオンの色(アセトンを溶媒とした場合には黄色に見える)が見えなくなるレベルにほぼ一致しており、洗浄液の色を二次指標として終点を判定しても実害はないのである。そして、このレベルで塩素を含んでいても使用済みの有機溶剤を前記工程b)に用いることには全く不都合はないのである。
【0038】
そして上記工程d)では工程c)で得られた結晶を乾燥するのである。前述したように工程c)で沸点が低い溶剤を使用することは低温又は減圧での乾燥が可能になり、製造コスト抑制の観点から好ましいのである。
【0039】
<本件発明に係る電析銅皮膜の形成方法>
本件発明に係る電析銅皮膜の形成方法は、液温を20℃〜60℃とした硫酸系銅電解液を保有又は循環している電解槽中に電析銅皮膜を形成する陰極を陽極と対向させて配置し、電流密度15A/dm〜90A/dmで電解するのである。そして、このときの当該硫酸系銅電解液の銅濃度は20g/l〜120g/l、フリー硫酸濃度は60g/l〜220g/lが好ましいのである。このとき、電流密度が15A/dmを下回ると工業的生産性が極度に乏しくなり、電流密度が90A/dmを超える場合には、得られる電析銅皮膜の析出面の表面粗さが大きくなってしまうのである。そして、銅濃度は20g/l未満では電流密度及び電解液の攪拌状況にもよるが平滑な電析銅皮膜が得られにくくなり、120g/lを超えると硫酸銅水和物の晶析がみられることになるので好ましくないのである。また、フリー硫酸濃度は60g/l未満では電解電圧が上昇して電力コストの増大につながり、220g/lを超えると銅濃度が上限を超えた場合と同様に硫酸銅水和物の晶析がみられることになるので好ましくないのである。しかし、陽極に可溶性陽極として金属銅を使用したり、アスペクト比の大きなスルーホールへのめっき等に適用する場合には更に低電流密度とし、液温その他の条件を見直すことでアノードスライムの発生を防止したり、付廻り性を向上させるなどの目的に応じた条件の最適化をすることも可能である。
【0040】
<本件発明に係る電解銅箔の製造方法>
本件発明は前記電析銅皮膜の形成方法を用い、回転陰極に電析した銅皮膜を剥取ることを特徴とする電解銅箔の製造方法を提供する。具体的にはドラム形状をした回転陰極と、その回転陰極の形状に沿って対向配置された鉛合金系陽極又は寸法安定性陽極(DSA)で構成されている電解槽を用いるのが通常である。そして、回転陰極と陽極との間に硫酸系銅電解液を流し、電解反応を利用して銅を回転陰極のドラム表面に析出させ、この析出した銅を回転陰極から連続して引き剥がして箔状態のまま巻き取ることにより生産するのである。このとき、前記電流密度が15A/dmを下回ると工業的生産性が極度に乏しくなり、電流密度が90A/dmを超える場合には、得られる電解銅箔の析出面の粗さが大きくなって低プロファイルの電解銅箔の生産が困難になる傾向にある。そして、より好ましい電流密度は50A/dm〜70A/dmである。
【0041】
<本件発明に係る電解銅箔>
本件発明に言う「電解銅箔」とは、何ら表面処理を行っていない状態のものであり「未処理銅箔」、「析離箔」等と称されることがある。本件明細書では、これらを含め単に「電解銅箔」と称する。この段階では、防錆処理等の表面処理は何ら行われていない状況であり、電析直後の銅は活性化した状態にあり空気中の酸素により、非常に酸化しやすい状態にあるため、後述のように表面処理が施されるのが一般的である。
【0042】
前述の製造方法により回転陰極から引き剥がされた電解銅箔の回転陰極と接触していた面は、鏡面仕上げされた回転陰極表面の形状が転写したものとなり、光沢を持ち滑らかな面であるため「光沢面」と称する。これに対し、析出サイドであった側の表面形状は、析出する銅の結晶成長速度が結晶面ごとに異なるため通常は山形の凹凸形状を示すものとなり、こちら側を「析出面」と称し、この析出面の表面粗さが小さいほど優れた低プロファイルの電解銅箔と言うのである。そして一般的には表面処理が施されたこの析出面が銅張積層板を製造する際の絶縁層との張り合わせ面となる。
【0043】
<本件発明に係る表面処理銅箔>
本件発明に係る硫酸系銅電解液を用いて製造された電解銅箔は、表面処理工程において用途に応じた表面への粗化処理、防錆処理、シランカップリング剤処理のいずれか一種又は二種以上を施してプリント配線板の絶縁層構成材料と張り合わせる用途に使用されることが一般的であり、これを「表面処理銅箔」と称する。そして、上記粗化処理は析出面上に施されるのが一般的である。
【0044】
ここでいう粗化処理とは、絶縁層構成材料との密着性を物理的に向上させるための処理であり、電解銅箔の表面に微細金属粒を付着形成させるか、エッチング法で粗化表面を形成するかのいずれかの方法が採用される。大勢では前者の微細金属粒を付着形成して施される粗化処理工程が一般的に採用されており、電解銅箔の析出面上に微細銅粒を析出付着させるヤケめっき工程と、この微細銅粒の脱落を防止するための被せめっき工程とで構成されている。
【0045】
次に、防錆処理に関して説明する。この防錆処理とは、銅張積層板及びプリント配線板の製造過程で支障をきたすことの無いよう、表面処理銅箔の表面が酸化腐食することを防止するための被覆層を設けるものである。防錆処理に用いられる手法は、ベンゾトリアゾール、イミダゾール等を用いる有機防錆、若しくは亜鉛、クロメート、亜鉛合金等を用いる無機防錆のいずれを採用しても問題はなく、使用目的に最適と考えられる防錆手法を選択すればよい。そして、防錆層の形成方法であるが、有機防錆の場合は、有機防錆剤の溶液を用いた浸漬塗布、シャワーリング塗布、電着等の手法を採用することが可能となる。無機防錆の場合は、電解法、無電解めっき法、スパッタリング法や置換析出法等を用い、防錆元素を電解銅箔層の表面上に析出させることが可能である。
【0046】
そして、シランカップリング剤処理とは、粗化処理、防錆処理等が終了した後に、絶縁層構成材料との密着性を化学的に向上させるための処理である。ここで言う、シランカップリング剤処理に用いるシランカップリング剤としては、特に限定を要するものではなく、使用する絶縁層構成材料、プリント配線板製造工程で使用するめっき液等の性状を考慮して、エポキシ系シランカップリング剤、アミノ系シランカップリング剤、メルカプト系シランカップリング剤等から任意に選択使用することが可能である。そして、シランカップリング剤吸着層はシランカップリング剤溶液を用いた浸漬塗布、シャワーリング塗布、電着等の手法により形成することが可能である。
【0047】
そして、当該表面処理銅箔は、その絶縁層構成材料との張り合わせ面の表面粗さ(Rzjis)が5μm以下の低プロファイルを備えることが好ましい。本件発明に係る電解銅箔自身の表面粗さ(Rzjis)は1μm程度を示すものではあるが、表面処理工程で前述の粗化処理を施した際には表面に形成される銅粒子の平均粒子径が1〜3ミクロン程度であることが多く、結果として最大値が5μm程度となるのである。このような低プロファイルの粗化処理面を備えることで、絶縁層構成材料に張り合わせたときに実用上十分な密着性を確保することが可能で、プリント配線板とした際に十分な耐熱特性、耐薬品性、引き剥がし強さ等を得ることが可能である。
【0048】
<本件発明に係る銅張積層板>
そして、本件発明に係る銅張積層板は、前記表面処理銅箔を絶縁層構成材料と張り合わせたものであることを特徴とする。ここで、絶縁層構成材料との張り合わせの工程であるが、本件発明に係る前記表面処理銅箔に特有の条件設定などは必要とされず、ホットプレス、フィルムラミネート、そしてキャスティングなどの公知の方法が適用可能である。そして、前記のような低プロファイルの表面処理銅箔を張り合わせた本件発明に係る銅張積層板を用いることにより、従来作成が困難とされていたファインピッチプリント配線板の製造が可能となるのである。
【実施例】
【0049】
<電析銅皮膜の形成>
電析銅皮膜は外観や表面粗さ評価の容易な電解銅箔を製造して評価することとした。電解銅箔の製造に際しては実施例、比較例とも電解液を循環できるバッチ式の装置を用い、陽極にはDSAを、陰極にはチタン製で表面粗さRzjis=0.86μmの平板を使用した。試験開始直後の2枚目まではチタン製陰極の表面状態の影響が強く出ることが経験上の知見として得られているので、実施例では全て3枚目以降を評価対象とし、実施例1ではそれぞれの試験No.で3枚目に得られたものを、実施例2では液調整をせずに連続4サンプル作成したものの3枚目と4枚目を評価した。ここに得られた電解銅箔の片面はチタン製陰極の表面形状の転写した光沢面、他面側が評価対象とした析出面となっている。
【0050】
〔実施例1〕
実施例1では、イオン交換水を用いて銅濃度80g/l、フリー硫酸濃度140g/l、DDAC重合体濃度4ppm、塩素濃度20ppmとし、そしてSPS−Cu水和物を添加して表1に記載の濃度とした硫酸系銅電解液を調製した。そして、この硫酸系銅電解液を液温50℃とし、電流密度60A/dmで電解し、12μm厚さの電解銅箔3枚を得た。それぞれ3枚目に得られた電解銅箔の析出面の光沢度[Gs(60°)]と表面粗さ[Rzjis]の評価データを表1に製造条件と合わせて示す。なお、表中に記載されているMDとはMachine Direction(電解試験中の上下方向をいい、回転ドラムを用いた連続生産状態ではウェブ状銅箔の進行方向に相当する。)、TDはTransverse Direction(MDに直交する方向)の略号として用いており、光沢度[Gs(60°)]測定の際には光の入射、反射方向を示している。そして、表面粗さ(Rzjis)はJIS B 0601−2001に準拠してTD方向に測定している。また、光沢度は日本電色工業株式会社製VG−2000型を用い、JIS Z 8741−1997に準拠して測定している。
【0051】
【表1】

【0052】
上記結果をみると、SPS−Cu無添加の電解液から得られた電解銅箔は光沢度[Gs(60°)]が7.3及び7.4、表面粗さRzjisが1.82μmであり光沢箔とは言い難い物となっている。これに対し、SPS−Cu水和物を用いて調製されたことを特徴とする硫酸系銅電解液を用いて得られた電解銅箔は光沢度[Gs(60°)]が477〜571、表面粗さRzjisが0.63μm〜0.83μmを示しており、SPS−Cu水和物を含有する銅電解液とすることで平滑で且つ高光沢を有する電析銅皮膜が得られることが確認された。
【0053】
〔実施例2〕
実施例2では、実施例1で用いたDDAC重合体を膠に置き換え、イオン交換水を用いて銅濃度80g/l、フリー硫酸濃度140g/l、膠濃度3ppm、塩素濃度10ppmとし、そしてSPS−Cu水和物を添加してSPS−Cu濃度を1.5ppmとした硫酸系銅電解液を調製した。そして、この硫酸系銅電解液を液温50℃とし、電流密度60A/dmで電解し、添加剤の追加をしないまま12μm厚さで4枚作成し、3枚目以降の2枚について光沢度[Gs(60°)]及び表面粗さ(Rzjis)を評価した。結果を表2に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
上記で得られた電解銅箔析出面の光沢度[Gs(60°)]を見ると膠を用いた場合には300〜421であり、DDAC重合体を用いた場合の光沢度[Gs(60°)]には及ばなかった。しかし、外観は均一で筋状の模様などは発生しておらず、表面粗さ(Rzjis)は0.78μm及び0.83μmであってDDAC重合体を用いた場合とほぼ同一のレベルであった。従って、膠を添加剤として用いても光沢度[Gs(60°)]300以上の高光沢であり平滑な電析銅皮膜が形成可能である。
【0056】
〔比較例1〕
比較例1では、MPS−Naを添加剤として使用を継続した場合を想定した銅電解液とした。そのため、基本は実施例と同様イオン交換水を用いて銅濃度80g/l、フリー硫酸濃度140g/l、DDAC重合体濃度4ppm、塩素濃度20ppm、そしてMPS−Naを添加してMPS−Na濃度を6ppmとした硫酸系銅電解液を調製した。そしてNaイオンの蓄積を再現するためにNaSOを添加して表3に記載のNa濃度に調整した。ここで、NaSO無添加の電解液でも10ppm程度のNaは不純物として存在していたと考えられる。そして、この硫酸系銅電解液を液温50℃とし、添加剤の追加をしないまま電流密度60A/dmで電解して12μm厚さの電解銅箔5枚を作成し、5枚目のサンプルについて光沢度[Gs(60°)]及び目視外観を評価し、Naによる添加剤効果の阻害性を調査した。結果を表3に示す。
【0057】
【表3】

【0058】
上記から、MPS−Naの添加を継続してNaが高濃度になった場合を想定したNa濃度:0.5g/l〜3.0g/lの銅電解液を用いて得られる平滑電解銅箔では光沢度[Gs(60°)]が400〜650レベルを示す銅箔を得ることはできるが、外観の目視検査の結果では筋状の模様が発生してしまっている。従って、Naイオンを高濃度で含有する硫酸系銅電解液からは安定して均一な高光沢度の電析銅皮膜は得られないのである。このことから、電解液中へのNaの蓄積を防止するという観点においてSPS−Cu水和物を用いることの技術的な意義が非常に大きいことが判る。
【0059】
上記により、本件発明に係るSPSを含有する硫酸系銅電解液でありSPS−Cuを用いた場合には当該銅電解液へのNaの蓄積を懸念する必要が無くなり、更に均一な低プロファイルで光沢を有する電析銅皮膜の形成が、同一電解液を用い長期間安定して実施可能になるのである。よって、前述の銅電鋳やプリント配線板の加工プロセスにおいても同様の品質要求に対しては優れた効果を発揮するものであると確信できる。なお、上記では電解銅箔の製造を目的とした溶液構成として良好な結果を得ているが、実操業に当たっては目的とする用途によって最適な範囲に変更をしてもかまわないのである。そして、本件発明に係る硫酸系銅電解液はその他の添加剤類の存在を否定しているものでもなく、上記添加剤類の効果を更に際だたせたり、連続生産時の品質安定化に寄与できること等が確認されているものであれば任意に添加してかまわないのである。但し、その他の添加剤類としてNa塩を用いることは、本件発明の趣旨からいって好ましくないのである。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本件発明に係る硫酸系銅電解液は、電解液中に添加される3−メルカプト−1−スルホン酸に随伴していることによって連続操業時に蓄積し、析出形態に悪影響を及ぼすアルカリ金属又はアルカリ土類金属を含んでいないことから、長期使用に耐えるものである。従って、当該硫酸系銅電解液は、テープ オートメーティド ボンディング基板(TAB)やチップ オン フレキシブル基板(COF)等のファインピッチ回路の形成を要求される用途に求められる低プロファイル電解銅箔を安定的に製造するのに好適な硫酸系銅電解液であり、もちろん装飾用途の他、電鋳用途やプリント配線板の加工に用いられる銅めっき用途などにも好適に使用可能なのである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド成分を含有した硫酸系銅電解液であって、
前記ビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド成分は、その供給源としてビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物を用いたことを特徴とする硫酸系銅電解液。
【請求項2】
環状構造を持つ4級アンモニウム塩重合体及び塩素イオンを含むことを特徴とする請求項1に記載の硫酸系銅電解液。
【請求項3】
膠及び塩素イオンを含むことを特徴とする請求項1に記載の硫酸系銅電解液。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の硫酸系銅電解液に用いるビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法であって、
以下の工程を有することを特徴とするビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法。
a)3−メルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム水溶液に塩化第二銅を加え混合溶液を得る工程。
b)前記混合溶液に有機溶剤を加えてビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物を晶析させる工程。
c)晶析したビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の結晶を有機溶剤で洗浄する工程。
d)ビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の結晶を乾燥する工程。
【請求項5】
前記工程a)における混合溶液は、3−メルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム濃度が0.5mol/l〜2.0mol/lであり、水溶液中の塩化第二銅と3−メルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム量のモル比(〔塩化第二銅〕/〔3−メルカプト−1−プロパンスルホン酸ナトリウム〕)は1.5以上であることを特徴とする請求項4に記載のビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法。
【請求項6】
前記工程b)において加える有機溶剤量は、上記工程a)で得られた混合溶液量に対して1倍〜5倍の容量であることを特徴とする請求項4又は請求項5に記載のビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法。
【請求項7】
前記工程b)において使用する有機溶剤はケトン類であることを特徴とする請求項4〜請求項6のいずれかに記載のビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法。
【請求項8】
前記ケトン類はアセトンであることを特徴とする請求項7に記載のビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法。
【請求項9】
前記工程c)において使用する有機溶剤は塩化第二銅を溶解し、ビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物を難溶とする有機溶剤であることを特徴とする請求項4〜請求項8のいずれかに記載のビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法。
【請求項10】
前記工程c)において使用する有機溶剤はケトン類、アルコール類、ニトリル類から選択されたいずれか一種又はこれらの混合物であることを特徴とする請求項4〜請求項9のいずれかに記載のビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法。
【請求項11】
前記工程c)において、洗浄液である有機溶剤中の塩素濃度が20mg/l以下になるまで洗浄することを特徴とする請求項4〜請求項10のいずれかに記載のビス(3−スルホプロピル)ジスルフィド銅水和物の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜請求項3のいずれかに係る硫酸系銅電解液を用い、液温20℃〜60℃とし、電流密度15A/dm〜90A/dmで電解することを特徴とする電析銅皮膜の形成方法。
【請求項13】
請求項12に記載の電析銅皮膜の形成方法を用い、陰極に電析させた銅皮膜を剥取ることを特徴とする電解銅箔の製造方法。
【請求項14】
請求項13に記載の電解銅箔の製造方法を用いて得られた電解銅箔。
【請求項15】
請求項14に記載の電解銅箔の表面に粗化処理、防錆処理、シランカップリング剤処理のいずれか一種又は二種以上を行った表面処理銅箔。
【請求項16】
前記表面処理銅箔の、絶縁層構成材料との張り合わせ面の表面粗さ(Rzjis)が5μm以下であることを特徴とする請求項15に記載の表面処理銅箔。
【請求項17】
請求項15又は請求項16に記載の表面処理銅箔を絶縁層構成材料と張り合わせてなることを特徴とする銅張積層板。

【公開番号】特開2007−247007(P2007−247007A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−73528(P2006−73528)
【出願日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】