鋳造金型表面用保護膜
【課題】離型剤の塗布をなくす方向への改善を可能とするために、高硬度性、密着性(金型に対するもの)、耐ヒートクラック性、耐圧性、耐熱性(耐酸化性)、耐食性(耐溶損性)、低濡れ性(耐溶着性)の特性を満足する鋳造金型表面用保護膜を提供すること。
【解決手段】金属基材表面に形成される保護膜本体を備え、その保護膜本体はCrAlN相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であることを特徴とする鋳造金型表面用保護膜。又、その表面に向かうほどBN含有量率(vol%)が連続的に多くなる傾斜膜もしくは段階的に多くなる多層膜、又はこれらを組み合わせた膜である。
【解決手段】金属基材表面に形成される保護膜本体を備え、その保護膜本体はCrAlN相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であることを特徴とする鋳造金型表面用保護膜。又、その表面に向かうほどBN含有量率(vol%)が連続的に多くなる傾斜膜もしくは段階的に多くなる多層膜、又はこれらを組み合わせた膜である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋳造金型の表面に形成される保護膜に関する。特にダイカスト金型の表面に形成される保護膜に適している。
【背景技術】
【0002】
一般的な金型鋳造法では、予め金型に離型剤を塗布し、その後、注湯・凝固・脱型の過程で製品を製造する。また、金型鋳造法は、溶湯温度が高温(例えばアルミニウムの溶湯温度:約700℃)であり、しかも例えばダイカスト鋳造法の場合には鋳造圧力が高圧である。このように金型鋳造法において、鋳造金型は過酷な環境に晒される。従って、鋳造金型の表面には保護膜が通常設けられており、その保護膜には種々の特性が要求されている。
【0003】
なお、鋳造金型表面用保護膜として、耐高温性(耐酸化性)に優れたものもある(特許文献1)。しかし、鋳造前に、この鋳造金型表面用保護膜の表面には、溶湯の焼き付き防止用離型剤を塗布または吹き付けすることが行われている。つまり、この鋳造金型表面用保護膜は、溶湯に対する低濡れ性(耐溶着性)が乏しいものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3697221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したように離型剤を用いる場合、溶湯と離型剤とが接触するとガスが発生する。そのガスが製品内に取り込まれて、製品に内部欠陥(巣等)ができることが知られている。そのため、離型剤の塗布をなくす方向への改善(離型剤の塗布量を減少、又は離型剤の塗布自体をなくすこと)が望まれている。
【0006】
その一方、離型剤の塗布をなくす方向に改善するには、既存のものよりも優れた特性が鋳造金型表面用保護膜には要求される。高硬度性、密着性(金型に対するもの)、耐ヒートクラック性、耐圧性などについては既存のものと同等以上のレベルであり、これら以外の耐熱性(耐酸化性)、耐食性(耐溶損性)、低濡れ性(耐溶着性)、等の特性については、既存のものよりも優れていることが求められる。
【0007】
本発明は上記実情を考慮して創作されたもので、その解決課題は、離型剤の塗布をなくす方向への改善を可能とするために、前述した特性を満足する鋳造金型表面用保護膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1の発明は、金属基材表面に形成される保護膜本体を備え、その保護膜本体はCrAlN相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であることを特徴とする。
【0009】
また、保護膜本体はCrAlN相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であるが、酸素やその他の不純物元素の金属が入っていることも含むものである。さらに、保護膜本体は主としてCrAlNとBNとで構成される膜であるが、CrおよびAl以外に、Mo,W, Ti,Zrなどの遷移金属元素やSiなどが不純物として含まれていても本発明の効果を低下させるものではない。また、酸素はターゲットにもともと1原子%以下含まれており、成膜プロセス上も不可避な不純物として相当量膜中に含有されている。これら不純物は本発明の効果を変更するものではない。
【0010】
保護膜本体のCrとAlの組成比については問わず、耐酸化性を上げるにはAlが多い方が良いが、あまりAlを多くしすぎると硬度が下がるので、最適な範囲はCrとAlの組成比が原子%で7:3〜3:7である。
【0011】
また、保護膜本体のBN含有量率(vol%)については問わない。また、保護膜本体はその厚み方向についてBN含有量率(vol%)が例えば均一であっても良いが、より密着性を向上するには、次のようにすることが望ましい。即ち、請求項2の発明のように、保護膜本体は、その表面に向かうほどBN含有量率(vol%)が連続的に多くなる傾斜膜もしくは段階的に多くなる多層膜、又はこれらを組み合わせた膜であることである。
【0012】
金属基材表面に直に保護膜本体を形成しても良いが、保護膜本体の全体がBNを含有すると、保護膜本体と金属基材との密着性が悪くなり、保護膜本体の剥離を起こし易くなる。そこで、より密着性を向上させるには次のようにすることが望ましい。即ち、請求項3の発明のように、保護膜本体はその最下面のBN含有量率(vol%)を0としてあることである。
【0013】
さらには、保護膜本体の最下面と基板との間に、Cr、MoもしくはWの膜、又はこれらを含む合金膜、例えばCrAl合金膜を下地膜として成膜することも密着性を向上させるために有効である。
【発明の効果】
【0014】
本発明は実験結果より高硬度性、密着性(金型に対するもの)、耐ヒートクラック性、耐圧性、耐熱性(耐酸化性)、耐食性(耐溶損性)、低濡れ性(耐溶着性)に優れているので、離型剤の塗布量の減少は勿論、離型剤の塗布自体をなくすことも可能である。それにより、離型剤を起因とするガスによる製品欠陥が改善され、製品薄肉化が可能となる。また、離型剤の塗布工程をなくすことによって、製造工程時間の短縮化及び低コスト化を達成することができる。
【0015】
また、保護膜本体は、その表面に向かうほどBN含有量率(vol%)が連続的に多くなる傾斜膜もしくは段階的に多くなる多層膜、又はこれらを組み合わせた膜であれば、密着性がより向上する。
【0016】
その上、保護膜本体はその最下面のBN含有量率(vol%)を0とすると、密着性がより向上する。さらに、保護膜本体のBN含有量率を設定することによって、より高硬度になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】試験片及び保護膜を示す組成図である。
【図2】保護膜の平均塑性硬さ及び平均粒子径と、BN含有量率(vol%)との関係を示すグラフである。
【図3】BN含有量率0(vol%)の保護膜に対するアニール試験において塑性硬さの変化を示すグラフである。
【図4】BN含有量率7(vol%)の保護膜に対するアニール試験において塑性硬さの変化を示すグラフである。
【図5】BN含有量率28(vol%)の保護膜に対するアニール試験において塑性硬さの変化を示すグラフである。
【図6】BN含有量率35(vol%)の保護膜に対するアニール試験において塑性硬さの変化を示すグラフである。
【図7】アルミニウムの凝着量が、保護膜のBN含有量率(vol%)によってどのように変化するのかを示したグラフである。
【図8】溶湯浸漬後の各複合膜の外観を示す接写像である。
【図9】溶湯浸漬後のTiAlN/15vol%BN複合膜のEDS分析結果を示すマップである。
【図10】溶湯浸漬後のCrAlN/20vol%BN複合膜のEDS分析結果を示すマップである。
【図11】溶湯浸漬後のCrAlN/27vol%BN複合膜のEDS分析結果を示すマップである。
【図12】製品内ガス分析結果を示すグラフである。
【実施例】
【0018】
<試料作成条件>
膜作製に使用した装置は対向ターゲット式マグネトロンスパッタ装置(大阪真空機器製作所製FTS-R2)である。本実験では、スパッタ電源に高周波(R.F)電源を用いた。R.F電源には共振周波数13.56 MHz、最大出力1kWのものを使用した。蒸着源には焼結CrAl合金ターゲット(100mm×160mm×10mmt、Al:34.5%,
Fe:0.05%, O:0.11%,C:0.03%, N:0.007%, Cr:Bal(質量%)以下同じ)、及び純度99.0%のh-BN焼結体ターゲット(100mm×160mm×10mmt)を用いる。スパッタガスにはAr(99.9999%)、反応ガスにはN2(99.9999%)、基板には高速度鋼又はダイス鋼を用いた。ターゲット―基板間距離は115mm一定とし、成膜時の基板温度は室温である。基板側に印加するバイアス電圧は0〜−100V(実効値)の範囲で制御した。スパッタ電力は980W一定とし、膜厚が3.5μmとなるように成膜時間を制御した。まず、CrAlを下地膜としてスパッタリングする。続いて、N2ガスを導入してCrAlN膜を形成し、さらに二元同時スパッタにより、CrAlN/BNの保護膜本体を成膜した。成膜過程においては、徐々にBN相の含有量率(体積%)を増加させ、保護膜本体を傾斜膜と多層膜とを組み合わせた膜となるようにした。図1には、成膜過程におけるBNの濃度の傾斜具合がイメージとして示されている。なお、保護膜本体の最表面はBNを15vol%以上含む膜になっている。
【0019】
<各種測定と評価>
膜厚は表面形状測定器(ミツトヨ製)によって測定した。波長分散型EPMA(日本電子製-JAX-8600)を使用し、組成分析を行った。測定の際には加速電圧10kV、試料電流50nA、照射ビーム径5μmとした。膜の微小硬度測定には超マイクロインデンター(フィッシャー製HC-100XYp)を用い、膜中への圧子の侵入深さが膜厚の概ね10分の1以下となるように最高荷重を選んだ。除荷曲線の接線から圧子の侵入深さを求め、接触面積に換算することによって塑性変形硬さ(Hpl)を計算する公知のOliverの方法を用いた。試料の構造解析には、X線回折装置(Philips製X'part system)を使用し、薄膜法(入射角1°)を用いた。X線源にはCuKα線(40kV、40mA)を用い、結晶粒サイズの測定には、Scherrerの式を用いた。また、膜の微細組織観察にはFE-SEM(JEOL,JSM-6700F)及びTEM(Topcon、EM002B)を用いた。
【0020】
図2は、上記条件で製造した保護膜の平均塑性硬さ及び平均粒子径がBN含有量率(体積%)によってどのように変化するのかを示したグラフである。これにより塑性硬さは、BN含有量率を0vol%よりも増やすと含有量率0vol%と同等若しくはそれよりも向上し、BN含有量率が20vol%を超えると硬度が急激に低下し、25vol%で22GPa、35vol%で17GPaとなることが分かる。ダイカスト鋳造法に用いられる表面窒化処理鋼の硬度が概ね10〜14GPa程度である事から、硬度は15GPa以上あればよい。他方、溶湯に対する耐溶着性、耐溶損性の観点から保護膜最表面のBN含有量率は15vol%以上が望ましく、20vol%以上含まれることがさらに望ましい。したがって、BN含有量率の上限は膜の硬度が15GPa未満となる組成で規定される。
【0021】
図3〜図6は、上記条件で製造した保護膜の耐熱性(耐酸化性)を評価するためのもので、塑性硬さが大気中でのアニール試験によってどのように変化するのかを、BN含有量率ごとに示したグラフである。本発明の比較対象となるCrAlN単相膜は、TiNやTiAlNなどに比較して耐酸化性に優れるといわれているが、図3に示すように、700℃以上の大気中アニール試験において硬度が低下し、700℃のアニール試験結果では17%以上、800℃では実に50%も硬度が低下していることが分かる。これにより、鋳造の連続操業による大気中加熱で膜が酸化され徐々に劣化することが容易に予想される。
一方、BNを含む本発明の保護膜では、図4に示すようにBNを高々7vol%含有するだけで、大気中加熱による硬度の低下は見られず、800℃の加熱でも僅かな低下が見られる程度であった。図5および図6に示すように、28vol%、35vol%含有する保護膜でも800℃まで硬度の上昇もしくは、維持が見られた。これらのことから、本発明の保護膜はCrAlN単相膜に比べて優れた耐熱性(耐酸化性)を有することが分かり、600℃以上の高温に晒される鋳造金型表面用保護膜として優れた特性を有することがわかる。
【0022】
図7は上記条件で製造した保護膜の耐溶着性を評価するためのもので、アルミニウムの凝着体積がBN含有量率(vol%)によってどのように変化するのかを示したグラフである。この評価のために、ダイス鋼基板に成膜したCrAlN単相膜と本発明のCrAlN/BN複合膜について、室温において往復摩擦試験を行った。基板上に成膜した各保護膜の上を、アルミニウム製ボールによって荷重300gfで印加し、摩擦速度300mm/minでアルミニウム製ボールを各5回往復させた。この条件を1セットとする。そして、この条件で各10セットの往復摩擦試験を行った後、表面粗度測定器を用いて各線5点、計50点の凝着痕断面積を測定し、その平均値から凝着体積を算出して比較した。図7から明らかなように、BNの含有量率が増えるにしたがって、アルミニウムの凝着量は低下し、BNを27vol%含む本発明の保護膜では、CrAlN単相膜に比べ、5分の1以下の凝着量を示した。この試験は室温における結果であるが、金型の保護膜と鋳造材との耐凝着性を示す指標であり、室温での凝着量が少ないほど、高温でも金型表面が溶湯に濡れにくく、溶着も少なくなることが容易に分かる。
【0023】
さらに耐溶着性と耐溶損性に関する特性の比較を行った。ダイス鋼基板に成膜した(a)TiAlN/15vol%BN、(b)CrAlN/20vol%BN、(c)CrAlN/27vol%BNの各複合膜を600℃のダイカスト用アルミニウム合金(ADC12)の溶湯に20秒間間浸した。その試料を溶湯から引き揚げ、冷却したのち各複合膜と溶湯との反応性(耐溶損性)や耐凝着性(耐溶着性)を外観およびEDS分析により評価した。その結果を図8〜11に示す。図8の外観写真ではいずれの複合膜もアルミニウム合金が一部凝着しているように見えるが、TiAlN/BN複合膜の場合にアルミニウム合金が最も厚く溶着していることがわかる。さらに図9〜11のEDS分析結果から、TiAlN/BN複合膜の場合にはアルミニウムの溶着量も多く、EDS分析によりFeが検出されたことから、膜の一部が剥離していることが明らかになった。他方、本発明のCrAlN/BN複合膜では、溶着痕が薄らと見られるが、EDS分析の結果、Alの溶着は軽微であり、膜の剥離もほとんど見られなかった。TiAlN/BN複合膜もBNを含有するので、アルミニウムに対する耐溶損性・耐溶着性についてはBNを含有しないTiAlN単相膜に比べれば優れているが、アルミニウム合金溶湯に20秒間浸漬するという過酷な実験条件下では、CrAlN/BN複合膜はTiAlN/BN複合膜よりもさらにアルミニウム合金に対する耐溶損性・耐溶着性に優れていることが分かる。
【0024】
上記条件で製造した保護膜について耐ヒートクラック性、高密着性、耐圧性を確認するために、その保護膜を付着させた試験片(金型)を用いて、アルミダイカスト鋳造によって連続して数百回、鋳造した。鋳造条件は、一般的な高鋳造圧(約50MPa)、射出速度(高速時約2m/s)の条件である。20ショット後、100ショット後の保護膜の断面状態を調べたところ、保護膜には全く亀裂が入っておらず、膜の剥離も発生していないことが分かった。このことから本発明の保護膜は耐ヒートクラック性、高密着性、耐圧性があるといえる。
【0025】
また、図12は上記条件で製造した保護膜の付いた試験片内をガス分析した結果を示すグラフである。この結果より、離型剤に起因するC系ガス(離型剤や潤滑材などに起因するガス)の減少が確認できた。
【0026】
上記実施例では、BN含有量率が連続的に多くなる傾斜膜と段階的に多くなる多層膜とを組み合わせた膜であったが、BN含有量率が段階的に数%ごとに多くなる多層膜であっても良いし、連続的に多くなる傾斜膜であっても良い。
【0027】
また上記実験例は、対向ターゲット式スパッタ装置を使用した例であるが、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いた場合でも同様の効果が得られると思われる。
【技術分野】
【0001】
本発明は鋳造金型の表面に形成される保護膜に関する。特にダイカスト金型の表面に形成される保護膜に適している。
【背景技術】
【0002】
一般的な金型鋳造法では、予め金型に離型剤を塗布し、その後、注湯・凝固・脱型の過程で製品を製造する。また、金型鋳造法は、溶湯温度が高温(例えばアルミニウムの溶湯温度:約700℃)であり、しかも例えばダイカスト鋳造法の場合には鋳造圧力が高圧である。このように金型鋳造法において、鋳造金型は過酷な環境に晒される。従って、鋳造金型の表面には保護膜が通常設けられており、その保護膜には種々の特性が要求されている。
【0003】
なお、鋳造金型表面用保護膜として、耐高温性(耐酸化性)に優れたものもある(特許文献1)。しかし、鋳造前に、この鋳造金型表面用保護膜の表面には、溶湯の焼き付き防止用離型剤を塗布または吹き付けすることが行われている。つまり、この鋳造金型表面用保護膜は、溶湯に対する低濡れ性(耐溶着性)が乏しいものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3697221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したように離型剤を用いる場合、溶湯と離型剤とが接触するとガスが発生する。そのガスが製品内に取り込まれて、製品に内部欠陥(巣等)ができることが知られている。そのため、離型剤の塗布をなくす方向への改善(離型剤の塗布量を減少、又は離型剤の塗布自体をなくすこと)が望まれている。
【0006】
その一方、離型剤の塗布をなくす方向に改善するには、既存のものよりも優れた特性が鋳造金型表面用保護膜には要求される。高硬度性、密着性(金型に対するもの)、耐ヒートクラック性、耐圧性などについては既存のものと同等以上のレベルであり、これら以外の耐熱性(耐酸化性)、耐食性(耐溶損性)、低濡れ性(耐溶着性)、等の特性については、既存のものよりも優れていることが求められる。
【0007】
本発明は上記実情を考慮して創作されたもので、その解決課題は、離型剤の塗布をなくす方向への改善を可能とするために、前述した特性を満足する鋳造金型表面用保護膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1の発明は、金属基材表面に形成される保護膜本体を備え、その保護膜本体はCrAlN相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であることを特徴とする。
【0009】
また、保護膜本体はCrAlN相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であるが、酸素やその他の不純物元素の金属が入っていることも含むものである。さらに、保護膜本体は主としてCrAlNとBNとで構成される膜であるが、CrおよびAl以外に、Mo,W, Ti,Zrなどの遷移金属元素やSiなどが不純物として含まれていても本発明の効果を低下させるものではない。また、酸素はターゲットにもともと1原子%以下含まれており、成膜プロセス上も不可避な不純物として相当量膜中に含有されている。これら不純物は本発明の効果を変更するものではない。
【0010】
保護膜本体のCrとAlの組成比については問わず、耐酸化性を上げるにはAlが多い方が良いが、あまりAlを多くしすぎると硬度が下がるので、最適な範囲はCrとAlの組成比が原子%で7:3〜3:7である。
【0011】
また、保護膜本体のBN含有量率(vol%)については問わない。また、保護膜本体はその厚み方向についてBN含有量率(vol%)が例えば均一であっても良いが、より密着性を向上するには、次のようにすることが望ましい。即ち、請求項2の発明のように、保護膜本体は、その表面に向かうほどBN含有量率(vol%)が連続的に多くなる傾斜膜もしくは段階的に多くなる多層膜、又はこれらを組み合わせた膜であることである。
【0012】
金属基材表面に直に保護膜本体を形成しても良いが、保護膜本体の全体がBNを含有すると、保護膜本体と金属基材との密着性が悪くなり、保護膜本体の剥離を起こし易くなる。そこで、より密着性を向上させるには次のようにすることが望ましい。即ち、請求項3の発明のように、保護膜本体はその最下面のBN含有量率(vol%)を0としてあることである。
【0013】
さらには、保護膜本体の最下面と基板との間に、Cr、MoもしくはWの膜、又はこれらを含む合金膜、例えばCrAl合金膜を下地膜として成膜することも密着性を向上させるために有効である。
【発明の効果】
【0014】
本発明は実験結果より高硬度性、密着性(金型に対するもの)、耐ヒートクラック性、耐圧性、耐熱性(耐酸化性)、耐食性(耐溶損性)、低濡れ性(耐溶着性)に優れているので、離型剤の塗布量の減少は勿論、離型剤の塗布自体をなくすことも可能である。それにより、離型剤を起因とするガスによる製品欠陥が改善され、製品薄肉化が可能となる。また、離型剤の塗布工程をなくすことによって、製造工程時間の短縮化及び低コスト化を達成することができる。
【0015】
また、保護膜本体は、その表面に向かうほどBN含有量率(vol%)が連続的に多くなる傾斜膜もしくは段階的に多くなる多層膜、又はこれらを組み合わせた膜であれば、密着性がより向上する。
【0016】
その上、保護膜本体はその最下面のBN含有量率(vol%)を0とすると、密着性がより向上する。さらに、保護膜本体のBN含有量率を設定することによって、より高硬度になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】試験片及び保護膜を示す組成図である。
【図2】保護膜の平均塑性硬さ及び平均粒子径と、BN含有量率(vol%)との関係を示すグラフである。
【図3】BN含有量率0(vol%)の保護膜に対するアニール試験において塑性硬さの変化を示すグラフである。
【図4】BN含有量率7(vol%)の保護膜に対するアニール試験において塑性硬さの変化を示すグラフである。
【図5】BN含有量率28(vol%)の保護膜に対するアニール試験において塑性硬さの変化を示すグラフである。
【図6】BN含有量率35(vol%)の保護膜に対するアニール試験において塑性硬さの変化を示すグラフである。
【図7】アルミニウムの凝着量が、保護膜のBN含有量率(vol%)によってどのように変化するのかを示したグラフである。
【図8】溶湯浸漬後の各複合膜の外観を示す接写像である。
【図9】溶湯浸漬後のTiAlN/15vol%BN複合膜のEDS分析結果を示すマップである。
【図10】溶湯浸漬後のCrAlN/20vol%BN複合膜のEDS分析結果を示すマップである。
【図11】溶湯浸漬後のCrAlN/27vol%BN複合膜のEDS分析結果を示すマップである。
【図12】製品内ガス分析結果を示すグラフである。
【実施例】
【0018】
<試料作成条件>
膜作製に使用した装置は対向ターゲット式マグネトロンスパッタ装置(大阪真空機器製作所製FTS-R2)である。本実験では、スパッタ電源に高周波(R.F)電源を用いた。R.F電源には共振周波数13.56 MHz、最大出力1kWのものを使用した。蒸着源には焼結CrAl合金ターゲット(100mm×160mm×10mmt、Al:34.5%,
Fe:0.05%, O:0.11%,C:0.03%, N:0.007%, Cr:Bal(質量%)以下同じ)、及び純度99.0%のh-BN焼結体ターゲット(100mm×160mm×10mmt)を用いる。スパッタガスにはAr(99.9999%)、反応ガスにはN2(99.9999%)、基板には高速度鋼又はダイス鋼を用いた。ターゲット―基板間距離は115mm一定とし、成膜時の基板温度は室温である。基板側に印加するバイアス電圧は0〜−100V(実効値)の範囲で制御した。スパッタ電力は980W一定とし、膜厚が3.5μmとなるように成膜時間を制御した。まず、CrAlを下地膜としてスパッタリングする。続いて、N2ガスを導入してCrAlN膜を形成し、さらに二元同時スパッタにより、CrAlN/BNの保護膜本体を成膜した。成膜過程においては、徐々にBN相の含有量率(体積%)を増加させ、保護膜本体を傾斜膜と多層膜とを組み合わせた膜となるようにした。図1には、成膜過程におけるBNの濃度の傾斜具合がイメージとして示されている。なお、保護膜本体の最表面はBNを15vol%以上含む膜になっている。
【0019】
<各種測定と評価>
膜厚は表面形状測定器(ミツトヨ製)によって測定した。波長分散型EPMA(日本電子製-JAX-8600)を使用し、組成分析を行った。測定の際には加速電圧10kV、試料電流50nA、照射ビーム径5μmとした。膜の微小硬度測定には超マイクロインデンター(フィッシャー製HC-100XYp)を用い、膜中への圧子の侵入深さが膜厚の概ね10分の1以下となるように最高荷重を選んだ。除荷曲線の接線から圧子の侵入深さを求め、接触面積に換算することによって塑性変形硬さ(Hpl)を計算する公知のOliverの方法を用いた。試料の構造解析には、X線回折装置(Philips製X'part system)を使用し、薄膜法(入射角1°)を用いた。X線源にはCuKα線(40kV、40mA)を用い、結晶粒サイズの測定には、Scherrerの式を用いた。また、膜の微細組織観察にはFE-SEM(JEOL,JSM-6700F)及びTEM(Topcon、EM002B)を用いた。
【0020】
図2は、上記条件で製造した保護膜の平均塑性硬さ及び平均粒子径がBN含有量率(体積%)によってどのように変化するのかを示したグラフである。これにより塑性硬さは、BN含有量率を0vol%よりも増やすと含有量率0vol%と同等若しくはそれよりも向上し、BN含有量率が20vol%を超えると硬度が急激に低下し、25vol%で22GPa、35vol%で17GPaとなることが分かる。ダイカスト鋳造法に用いられる表面窒化処理鋼の硬度が概ね10〜14GPa程度である事から、硬度は15GPa以上あればよい。他方、溶湯に対する耐溶着性、耐溶損性の観点から保護膜最表面のBN含有量率は15vol%以上が望ましく、20vol%以上含まれることがさらに望ましい。したがって、BN含有量率の上限は膜の硬度が15GPa未満となる組成で規定される。
【0021】
図3〜図6は、上記条件で製造した保護膜の耐熱性(耐酸化性)を評価するためのもので、塑性硬さが大気中でのアニール試験によってどのように変化するのかを、BN含有量率ごとに示したグラフである。本発明の比較対象となるCrAlN単相膜は、TiNやTiAlNなどに比較して耐酸化性に優れるといわれているが、図3に示すように、700℃以上の大気中アニール試験において硬度が低下し、700℃のアニール試験結果では17%以上、800℃では実に50%も硬度が低下していることが分かる。これにより、鋳造の連続操業による大気中加熱で膜が酸化され徐々に劣化することが容易に予想される。
一方、BNを含む本発明の保護膜では、図4に示すようにBNを高々7vol%含有するだけで、大気中加熱による硬度の低下は見られず、800℃の加熱でも僅かな低下が見られる程度であった。図5および図6に示すように、28vol%、35vol%含有する保護膜でも800℃まで硬度の上昇もしくは、維持が見られた。これらのことから、本発明の保護膜はCrAlN単相膜に比べて優れた耐熱性(耐酸化性)を有することが分かり、600℃以上の高温に晒される鋳造金型表面用保護膜として優れた特性を有することがわかる。
【0022】
図7は上記条件で製造した保護膜の耐溶着性を評価するためのもので、アルミニウムの凝着体積がBN含有量率(vol%)によってどのように変化するのかを示したグラフである。この評価のために、ダイス鋼基板に成膜したCrAlN単相膜と本発明のCrAlN/BN複合膜について、室温において往復摩擦試験を行った。基板上に成膜した各保護膜の上を、アルミニウム製ボールによって荷重300gfで印加し、摩擦速度300mm/minでアルミニウム製ボールを各5回往復させた。この条件を1セットとする。そして、この条件で各10セットの往復摩擦試験を行った後、表面粗度測定器を用いて各線5点、計50点の凝着痕断面積を測定し、その平均値から凝着体積を算出して比較した。図7から明らかなように、BNの含有量率が増えるにしたがって、アルミニウムの凝着量は低下し、BNを27vol%含む本発明の保護膜では、CrAlN単相膜に比べ、5分の1以下の凝着量を示した。この試験は室温における結果であるが、金型の保護膜と鋳造材との耐凝着性を示す指標であり、室温での凝着量が少ないほど、高温でも金型表面が溶湯に濡れにくく、溶着も少なくなることが容易に分かる。
【0023】
さらに耐溶着性と耐溶損性に関する特性の比較を行った。ダイス鋼基板に成膜した(a)TiAlN/15vol%BN、(b)CrAlN/20vol%BN、(c)CrAlN/27vol%BNの各複合膜を600℃のダイカスト用アルミニウム合金(ADC12)の溶湯に20秒間間浸した。その試料を溶湯から引き揚げ、冷却したのち各複合膜と溶湯との反応性(耐溶損性)や耐凝着性(耐溶着性)を外観およびEDS分析により評価した。その結果を図8〜11に示す。図8の外観写真ではいずれの複合膜もアルミニウム合金が一部凝着しているように見えるが、TiAlN/BN複合膜の場合にアルミニウム合金が最も厚く溶着していることがわかる。さらに図9〜11のEDS分析結果から、TiAlN/BN複合膜の場合にはアルミニウムの溶着量も多く、EDS分析によりFeが検出されたことから、膜の一部が剥離していることが明らかになった。他方、本発明のCrAlN/BN複合膜では、溶着痕が薄らと見られるが、EDS分析の結果、Alの溶着は軽微であり、膜の剥離もほとんど見られなかった。TiAlN/BN複合膜もBNを含有するので、アルミニウムに対する耐溶損性・耐溶着性についてはBNを含有しないTiAlN単相膜に比べれば優れているが、アルミニウム合金溶湯に20秒間浸漬するという過酷な実験条件下では、CrAlN/BN複合膜はTiAlN/BN複合膜よりもさらにアルミニウム合金に対する耐溶損性・耐溶着性に優れていることが分かる。
【0024】
上記条件で製造した保護膜について耐ヒートクラック性、高密着性、耐圧性を確認するために、その保護膜を付着させた試験片(金型)を用いて、アルミダイカスト鋳造によって連続して数百回、鋳造した。鋳造条件は、一般的な高鋳造圧(約50MPa)、射出速度(高速時約2m/s)の条件である。20ショット後、100ショット後の保護膜の断面状態を調べたところ、保護膜には全く亀裂が入っておらず、膜の剥離も発生していないことが分かった。このことから本発明の保護膜は耐ヒートクラック性、高密着性、耐圧性があるといえる。
【0025】
また、図12は上記条件で製造した保護膜の付いた試験片内をガス分析した結果を示すグラフである。この結果より、離型剤に起因するC系ガス(離型剤や潤滑材などに起因するガス)の減少が確認できた。
【0026】
上記実施例では、BN含有量率が連続的に多くなる傾斜膜と段階的に多くなる多層膜とを組み合わせた膜であったが、BN含有量率が段階的に数%ごとに多くなる多層膜であっても良いし、連続的に多くなる傾斜膜であっても良い。
【0027】
また上記実験例は、対向ターゲット式スパッタ装置を使用した例であるが、非平衡マグネトロンスパッタ装置を用いた場合でも同様の効果が得られると思われる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材表面に形成される保護膜本体を備え、その保護膜本体はCrAlN相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であることを特徴とする鋳造金型表面用保護膜
【請求項2】
保護膜本体は、その表面に向かうほどBN含有量率(vol%)が連続的に多くなる傾斜膜もしくは段階的に多くなる多層膜、又はこれらを組み合わせた膜であることを特徴とする請求項1記載の鋳造金型表面用保護膜
【請求項3】
保護膜本体はその最下面のBN含有量率(vol%)を0としてあることを特徴とする請求項2記載の鋳造金型表面用保護膜。
【請求項1】
金属基材表面に形成される保護膜本体を備え、その保護膜本体はCrAlN相とBN相とが三次元的に混じり合う複合膜であることを特徴とする鋳造金型表面用保護膜
【請求項2】
保護膜本体は、その表面に向かうほどBN含有量率(vol%)が連続的に多くなる傾斜膜もしくは段階的に多くなる多層膜、又はこれらを組み合わせた膜であることを特徴とする請求項1記載の鋳造金型表面用保護膜
【請求項3】
保護膜本体はその最下面のBN含有量率(vol%)を0としてあることを特徴とする請求項2記載の鋳造金型表面用保護膜。
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図12】
【図1】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図12】
【図1】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−156546(P2011−156546A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−18642(P2010−18642)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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