説明

鋼中介在物の分析方法および分析装置

【課題】鋼中介在物の組成や大きさを迅速に測定すること。
【解決手段】鋼中介在物の分析方法は、鋼片試料に電子線を第1の加速電圧で照射することによって反射電子像を取得し、取得した反射電子像から鋼組織と鋼中介在物とを識別するステップと、鋼中介在物と判定された鋼片試料領域に電子線を第1の加速電圧とは異なる第2の加速電圧で照射することによって発生する特性X線を検出し、検出された特性X線から鋼中介在物の組成に関する情報を取得するステップと、を含む。これにより、鋼中介在物の組成や大きさを迅速に測定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼中に存在する析出物や介在物の組成と大きさとを測定する鋼中介在物の分析方法および分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼中に存在する析出物や介在物(以下、鋼中介在物と総称)は鉄鋼製品の特性に様々な影響を与える。このため、鋼中介在物の存在状態を評価する方法が数多く提案されている。具体的には、鋼中介在物の量を評価する方法として、電解法や酸溶解法を利用して鋼中から抽出された鋼中介在物を分解した後、原子吸光法やICP(Inductively Coupled Plasma)発光分光法などの手法を利用して鋼中介在物の量を定量する方法が提案されている。
【0003】
一方、このような化学分析手法では、鋼中介在物の大きさや形状、若しくは複合形態に関する情報を取得することはできない。このため、化学分析手法によって得られた情報と電子顕微鏡法やX線回折法などの物理解析手法によって得られた情報とを組み合わせて、鋼中介在物の存在状態を総合的に判断することもある。しかしながら、化学分析手法と物理解析手法とは必ずしも同一の試料領域を評価していない。このため、化学分析手法による分析結果と物理解析手法による解析結果とを結びつけることは容易ではない。
【0004】
これに対して、近年、特許文献1,2に記載されているような電子顕微鏡による粒子の自動分析装置が研究、開発され、製品として入手できるようになっている。電子顕微鏡による粒子の自動分析処理では、始めに、第1ステップとして、物質が異なると電子線に対する相互作用が異なることを利用して、試料表面に電子線を照射してマトリクスである鋼組織と鋼中介在物などの粒子とを識別する。なお、走査型電子顕微鏡では、二次電子像や反射電子像など、検出する電子の種類によって得られる観察像が異なるが、市販されている粒子の自動分析装置では、反射電子像を利用することが一般的である。これは、反射電子が、二次電子と比較してエネルギーが高く、帯電やエッジなどの形状効果を受けにくいといった利点や、反射電子量が、電子線を照射された物質の平均原子番号と相関関係があり、組成の違いを反映しやすいといった利点があるためである。そして、この自動分析装置では、反射電子像の輝度の違いからマトリクスと粒子とを識別する。
【0005】
次に、第2ステップとして、粒子と判別された領域に対し再度電子線を照射し、特性X線のエネルギーや量から粒子と判別された領域の組成に関する情報を取得する。粒子と判別された領域に対して電子線を照射する方法は、装置や測定プログラムの選択によって異なるが、粒子の平均的な組成を知ることと広い領域にわたり数多く存在する粒子を迅速に分析することとを両立できるように、種々の工夫がなされている。また、装置によっては、得られた組成に関する情報から粒子のタイプを分類する測定プログラムなども搭載されている。
【0006】
このような電子顕微鏡による粒子の自動分析処理によれば、人手によって粒子の組成や大きさを分析していたときと比較すると、その時間および労力を大幅に削減することができ、粒子の大きさや密度にも依存するが、終夜の連続運転によって数千〜1,2万個の粒子の組成や大きさを分析することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−227404号公報
【特許文献2】特開2000−235009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の電子顕微鏡による粒子の自動分析処理では、反射電子像の輝度の違いから粒子を識別するために、粒子以外の輝度の違いも粒子として検知し、第2ステップにおいて粒子と同様の組成分析がなされてしまうことがある。鉄鋼製造プロセスでは、製鋼段階での鋼中介在物の生成状況を迅速に評価することが求められる。これは、製鋼工程が鋼の性質を決定する重要なプロセスであり、鋼中介在物を迅速に評価できれば、プロセスの最適化に対して極めて有益な情報をもたらすと考えられるためである。
【0009】
ところが、製鋼段階において評価対象となる試料は大量の気泡を含有していることが多い。これは、サンプラーなどを利用して高温・溶融状態の溶鋼から試料を少量採取する際、溶鋼が急冷されて気泡を含有したままの状態で凝固するためである。また、凝固の仕方によっては、試料中に亀裂などの空隙を生じることもある。試料中の気泡や空隙は、その大きさや存在状態にも依存するが、反射電子像の輝度の違いとして反映される。この結果、気泡などが粒子として誤認識され、第2ステップにおいて鋼中介在物などと同様の組成分析が気泡などに対しなされてしまう。
【0010】
気泡の場合、Fe以外の元素含有量は僅かであるため、粒子を分類する過程で鋼中介在物と判定されるが、電子線照射による組成分析は鋼中介在物と同様に行われるために、分析時間が増大する。すなわち、気泡などの粒子外成分の頻度が高ければ高いほど、無駄な分析を行う領域が増え、分析結果が判明するまでの時間が長くなる。試料の状態にもよるが、ひどい場合には測定結果の半分程度が鋼中介在物の粒子以外のものであることもある。この場合、測定時間が目的とする鋼中介在物のみを認識する場合に比べてほぼ2倍となり、測定の迅速性を損なう大きな要因となる。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、鋼中介在物の組成や大きさを迅速に測定可能な鋼中介在物の分析方法および分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の発明者らは、鋭意研究を重ねてきた結果、粒子を認識する処理と粒子の組成を分析する処理とで試料に照射する電子線の加速電圧を変化させることによって、鋼中介在物以外のものを分析する時間を省略することにより、鋼中介在物の組成や大きさを迅速に測定できることを知見した。
【0013】
なお、走査型電子顕微鏡には、目的に応じて電子線の加速電圧を変化させる手段が搭載されている。具体的には、走査型電子顕微鏡では、試料表層に近い部分の観察や組成分析を目的とする場合、電子線の加速電圧を低く設定し、試料内部までの情報を得たい場合には、電子線の加速電圧を高く設定する。
【0014】
これに対して、電子顕微鏡による粒子の自動分析装置には、工程毎に電子線の加速電圧を変化させる手段は搭載されていない。これは、粒子の自動分析処理では、電子線の加速電圧を変化させる利点が認識されていなかったためと考えられる。すなわち、一般に、粒子の自動分析処理では、統計精度を確保するために、広範囲、且つ、多量の粒子を分析対象とすることが多く、試料表層のみを分析するというニーズには必ずしも適合しない。また、粒子の組成分析を行う場合であっても、電子線の加速電圧が高いほど特性X線の信号量も増えることから、電子線の加速電圧を変化させる必要性は認められない。
【0015】
ところが、本発明の発明者らの検討によれば、同じ観察領域に対して電子線の加速電圧を系統的に変化させて観察および組成分析を行った結果、両者の最適電圧が同じにはならない場合が多いことが知見された。すなわち、本発明の発明者らは、粒子を認識する処理と粒子の組成を分析する処理とで試料に照射する電子線の加速電圧を変化させた方が目的とする鋼中介在物のみを的確に抽出し、組成分析を効率的に行えることを新たに見出した。
【0016】
上記課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る鋼中介在物の分析方法は、鋼片試料に電子線を第1の加速電圧で照射することによって反射電子像を取得し、取得した反射電子像から鋼組織と鋼中介在物とを識別するステップと、鋼中介在物と判定された鋼片試料領域に電子線を第1の加速電圧とは異なる第2の加速電圧で照射することによって発生する特性X線を検出し、検出された特性X線から鋼中介在物の組成に関する情報を取得するステップと、を含むことを特徴とする。
【0017】
本発明に係る鋼中介在物の分析方法は、上記発明において、鋼中介在物および分析対象外の異物について、照射する電子線の加速電圧と特性X線の計数量との関係を評価し、鋼中介在物と分析対象外の異物との特性X線の計数量の違いから前記第2の加速電圧の大きさを決定するステップを含むことを特徴とする。
【0018】
本発明に係る鋼中介在物の分析方法は、上記発明において、前記第1の加速電圧は15kVより大きく、前記第2の加速電圧は15kV以下であることを特徴とする。
【0019】
上記課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る鋼中介在物の分析装置は、鋼片試料に電子線を第1の加速電圧で照射することによって反射電子像を取得し、取得した反射電子像から鋼組織と鋼中介在物とを識別する手段と、鋼中介在物と判定された鋼片試料領域に電子線を第1の加速電圧とは異なる第2の加速電圧で照射することによって発生する特性X線を検出し、検出された特性X線から鋼中介在物の組成に関する情報を取得する手段と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る鋼中介在物の分析方法および分析装置によれば、鋼中介在物の組成や大きさを迅速に測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、電子線の加速電圧を20kVおよび10kVとしたときに得られた反射電子像を示す図である。
【図2】図2は、電子線の加速電圧が20kVであるときの特性X線の計数量を1とした際の、電子線の加速電圧に伴う特性X線の計数量の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態である鋼中介在物の分析方法について説明する。
【0023】
一般に、反射電子像を利用した粒子の自動認識処理では、電子線の加速電圧を20kV前後に設定しており、試料の表層のみを測定したいなどのニーズがない場合には、特に加速電圧を低下させる必要はない。但し、電子線の加速電圧の変化によって、鋼片試料中の孔と鋼中介在物とを輝度で区別できる条件があれば、その加速電圧で電子線を照射することが望ましい。
【0024】
本発明の発明者らの検討によれば、電子線の加速電圧が15kV以下である場合、好ましい反射電子像は得られなかった。一方、粒子の組成分析を行う第2ステップにおいても、同様に電子線の加速電圧を変化させたところ、通常条件である20kVよりも低い加速電圧において好適な分析条件が見つかった。
【0025】
加速電圧を変化させると、特性X線の強度も変化する。例えば、加速電圧を低くした場合、励起エネルギーが高い元素の励起効率が低下するため、特性X線のエネルギースペクトルが変化する。すなわち、加速電圧を変化させた際の特性X線の発生量は元素毎に異なる。従って、これを利用することによって第2ステップの組成分析処理を迅速に行うことができる。
【0026】
特に、加速電圧を20kVから15kVに変化させると、FeのKα線の励起効率が低下するため、FeKα線の強度は顕著に低下する。これに対して、鋼中介在物の主要元素であるAlなどのFeよりも励起エネルギーが低い元素は15kVの加速電圧においても励起効率は十分であるため、加速電圧低下による特性X線の発生量の低下は小さい。
【0027】
従って、気泡などの空隙(分析対象外の異物)を粒子として認識することによる測定時間の増大を防止する手段として、第2ステップにおいて電子線の加速電圧を低下させることが有効であると考えられる。すなわち、特性X線(又は粒子組成)分析時の加速電圧を15kV以下にすることによって、Feから発生する特性X線の量を低減させ、特性X線の発生量の閾値を設定する手段によって分析時間を短縮することができる。
【0028】
但し、第1ステップで加速電圧を15kV以下とすると、実際の鋼中介在物を見落としてしまうおそれがあるため、第1ステップと第2ステップとで加速電圧を変更することが望ましい。観察倍率によっては加速電圧の変更は焦点距離に影響するが、オートフォーカス機能などを具備させることでこれを補うことができる。
【0029】
〔実施例〕
鋼片試料として二次精錬工程にて採取した普通鋼のボンブ試料を用意して適切な大きさに加工した。その後、試料表面を鏡面研磨してから粒子の自動分析装置に配置した。粒子を認識する第1ステップでは、適切な電子線の加速電圧を確認するために、気泡などによる空隙と鋼中介在物とが混在する領域を選定し、加速電圧を10kV〜25kVの範囲内で変化させて得られる反射電子像を比較した。
【0030】
図1(a),(b)はそれぞれ、電子線の加速電圧を20kVおよび10kVとしたときに得られた反射電子像を示す図である。図1(b)に示す反射電子像は、図1(a)に示す反射電子像と比較して、ノイズが多くコントラストが不明瞭である。このため、電子線の加速電圧を10kVとした場合、大きさが小さい粒子を認識できない可能性がある。
【0031】
次に、Al粒子、MnS粒子、および気泡などによる空隙について、加速電圧を変化させた際に得られる特性X線の計数量(各元素のピーク強度の総和)を測定した。図2は、電子線の加速電圧が20kVであるときの特性X線の計数量を1とした際の、電子線の加速電圧に伴う特性X線の計数量の変化を示す図である。但し、空隙については大きさや深さ、粒子については大きさ、化学組成、および複合形態によって傾向に違いがあると予想されたことから、図2に示す値は数十個程度の気泡および粒子について測定した結果の平均値を示している。
【0032】
図2に示すように、電子線の加速電圧が20kVであるときに空隙を分析した際の特性X線の計数量に対して、加速電圧を15kVに低下させた際の特性X線の計数量は0.3倍程度になっている。これに対して、Al粒子およびMnS粒子に対して同じEDS(Energy Dispersive x-ray Spectroscopy)分析を行った場合には、それぞれの介在物についても得られる特性X線の計数量は0.5〜0.4倍程度までしか低下していない。
【0033】
これは、先述したように、加速電圧を低下させた際に発生する特性X線の計数量の変化が元素によって異なるためであるが、この傾向を利用して気泡を分析することによる分析時間の増大を防ぐことができる。具体的には、第2ステップにおいて特性X線の計数量による判定閾値を0.3〜0.4間の数値に設定することによって、ほとんどの気泡は閾値未満になるために、鋼中介在物との識別が可能となり、分析時間を短縮することができる。
【0034】
実際に第1ステップおよび第2ステップで加速電圧を変化させた場合と変化させない場合の自動分析結果を以下の表1に示す。表1に示す条件1と条件2とを比較すると、同じ試料に対する分析時間が大きく異なっており、第2ステップの加速電圧を15kVとした場合の方が顕著に短い。また、測定結果を見ると、Al粒子やMnS粒子などの介在物と判定される粒子の数は両条件でほとんど変化していない。条件1の分析対象粒子数が多い理由は、分類不能と判定されたものが多いためであり、これらはいずれも組成分析時のX線計数量の不足によるものであり、個々の粒子を画像で確認した結果、空隙であると判断された。すなわち、条件2では、X線計数量から粒子と空隙とを区別でき、気泡を分析する時間を大幅に短縮できた。
【0035】
一方、条件3の場合、Al粒子の検出数はほとんど変化していないが、MnS粒子の検出数が減っている。これは、図2からも明らかなように、第2ステップの加速電圧を10kVまで低下させると、気泡を分析した場合と同程度までMnS粒子からの特性X線の計数量が減少し、数え落としが増えてしまうためである。MnS粒子を評価対象としない場合には、この条件3でも問題ないが、計測精度などを考慮すると15kV前後での分析が好ましいと判断することができる。また、第1ステップの加速電圧を15kVとした場合、20kVの条件と比較していずれの場合も検出される介在物数が減少している。これは、第1ステップにおける加速電圧を低く設定しすぎると、輝度不足に起因した鋼中介在物の数え落としがあることを示しており、第1ステップにおいては15kVより大きい加速電圧とし、特に20kV以上の加速電圧とすることが好ましいと判断された。
【0036】
【表1】

【0037】
以上、本発明者によってなされた発明を適用した実施の形態について説明したが、本実施形態による本発明の開示の一部をなす記述および図面により本発明は限定されることはない。すなわち、本実施形態に基づいて当業者などによりなされる他の実施の形態、実施例、および運用技術などは全て本発明の範疇に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼片試料に電子線を第1の加速電圧で照射することによって反射電子像を取得し、取得した反射電子像から鋼組織と鋼中介在物とを識別するステップと、
前記鋼中介在物と判定された鋼片試料領域に電子線を前記第1の加速電圧とは異なる第2の加速電圧で照射することによって発生する特性X線を検出し、検出された特性X線から鋼中介在物の組成に関する情報を取得するステップと、
を含むことを特徴とする鋼中介在物の分析方法。
【請求項2】
前記鋼中介在物および分析対象外の異物について、照射する電子線の加速電圧と特性X線の計数量との関係を評価し、前記鋼中介在物と分析対象外の異物との特性X線の計数量の違いから前記第2の加速電圧の大きさを決定するステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の鋼中介在物の分析方法。
【請求項3】
前記第1の加速電圧は15kVより大きく、前記第2の加速電圧は15kV以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼中介在物の分析方法。
【請求項4】
鋼片試料に電子線を第1の加速電圧で照射することによって反射電子像を取得し、取得した反射電子像から鋼組織と鋼中介在物とを識別する手段と、
前記鋼中介在物と判定された鋼片試料領域に電子線を前記第1の加速電圧とは異なる第2の加速電圧で照射することによって発生する特性X線を検出し、検出された特性X線から鋼中介在物の組成に関する情報を取得する手段と、
を備えることを特徴とする鋼中介在物の分析装置。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2013−96954(P2013−96954A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−242709(P2011−242709)
【出願日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】