説明

鋼中介在物の分離方法および分析方法

【課題】鋼中に存在する介在物を鉄マトリクスから抽出後、介在物を観察可能にし精度よく粒度分布を測定するための前処理法を提供する。
【解決手段】鋼試料を溶解し、残渣をフィルターでろ過する。残渣中に含まれる大量の遊離カーボンを低温灰化処理することで大部分を除去する。この方法を前処理として介在物を分析することにより、介在物のみを精度良く観察することができ、介在物の粒度分布を精度良く計測できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼中介在物の分析方法の前処理として好適な鋼中介在物の分離方法に関する。当該方法を採用することにより、多数の介在物を迅速に精度良く計測し、高精度かつ速やかに介在物の粒度分布を得ることが可能となる。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料中に含まれる介在物はその種類、粒径、量により、材料特性に多大な影響を及ぼす。特に鋼中の微細介在物(約5μm以下)は鋼の結晶粒微細化に重要な影響を及ぼすため、介在物の粒度分布を正確に計測することは重要である。
【0003】
鋼中介在物の粒度分布を迅速に計測する手法としては、非特許文献1に試料を硝酸+硫酸の混酸で分解し、残渣をレーザー回折式粒度分布計で測定する方法が開示されている。しかしこの方法ではアルミナのような酸に安定な一部の介在物しか抽出できない。したがってTiOやZrOといった介在物はこれらに溶解し定量的に抽出することができない。
【0004】
また非特許文献2には、臭素−メタノール法で溶解後、飽和過マンガン酸溶液、クエン酸水溶液を用いて遊離カーボンを除去する方法が開示されている。しかしこの方法では溶解とろ過を繰り返すため操作が煩雑であり、またクエン酸に溶解する介在物は抽出できない。
【0005】
酸素プラズマによる低温灰化処理は、非特許文献3に示されているように、アスベストの検出の前処理として有機フィルターの分解除去に用いられている。セルロースフィルターをアセトン蒸着してガラス基板に貼り付け、その後低温灰化処理を行うことでフィルターを分解している。しかし鋼中介在物の抽出に用いる溶液にはメタノールが含まれており、セルロースフィルターは変形するためにろ過に使用できない。また、抽出に通常用いられるポリカーボネート製フィルターはアセトンで変形するために蒸着することはできない。
【0006】
非特許文献4では、水素プラズマを用いた低温灰化処理にてポリカーボネート製フィルターを分解しているが、この方法を遊離カーボンの除去には用いておらず、遊離カーボンが除去できるかどうかは不明である。また爆発の危険性のある水素を使用しており、操作の取り扱いに注意が必要である。
【0007】
また特許文献1には、鋼の分解前にあらかじめ水素雰囲気化で脱炭処理を行うことで鋼中炭素量を減少させることで、介在物抽出時に同時に抽出されるセメンタイトや遊離カーボンの発生を抑え、その後に鉄マトリクスを分解し介在物を抽出することで粒度分布を計測することを提案している。この手法では酸を用いないため介在物を安定的に抽出することができるが、脱炭処理に50から100時間もの長時間を要するという問題があり、なおかつ取り扱いに注意が必要な水素を使用する必要がある。
【0008】
また特許文献2では水素プラズマを用いた低温灰化処理にて有機フィルターおよび硫化物系介在物のTiSを分解することで、MnSとTiSの形態別分析を行っている。この方法では介在物であるTiSを分解すること、また試料の炭素量が高い場合(0.01%以上)にはセメンタイト、遊離炭素が影響して粒度分布には適さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平8−292187号公報
【特許文献2】特開平8−292188号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】千野淳ら、「極低酸素鋼中のアルミナ介在物の粒度分布測定法」、鉄と鋼、第12号、1991、pp.2163−2170
【非特許文献2】安原久雄ら、「高炭素Si−Mn脱酸鋼中の酸化物粒度分布測定法の確立」、鉄と鋼、85巻、1999、pp.160−163
【非特許文献3】JIS K3850−1 空気中の繊維状粒子測定方法
【非特許文献4】川崎製鉄技報、12(1980)4、pp.93−104
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
鋼中に炭素量を多く含む(0.05%以上)場合、電気分解、ハロゲン分解で鋼を分解すると、セメンタイト、遊離カーボンが同時に抽出される。そのため、介在物の粒度分布測定を行う場合、析出炭化物、遊離カーボンが測定を妨害する。
【0012】
本発明は、上記の問題を解決し、鋼中介在物の粒度分布計測を迅速に計測するための前処理方法となりうる鋼中介在物の分離方法および当該方法を前処理とする分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らが上記の課題を解決すべく検討した結果、鋼中介在物および遊離カーボンを含む残渣をフィルターろ過し、酸素プラズマを用いた灰化処理によってフィルターごと遊離カーボンを除去することにより、残渣中の介在物のみを取り出すことができるという知見を得た。
【0014】
本発明は、上記新知見に基づいてなされたものであり、一態様として、鋼試料の溶解液をフィルターろ過して得られた残渣を含むフィルターを、酸素プラズマを用いて低温灰化処理して、残渣に含まれる遊離カーボンをフィルターとともに除去することにより、残渣中の鋼中介在物を分離する方法を提供する。
【0015】
上記の残渣を含むフィルターを基板上に固定し、その基板ごと低温灰化処理することにより、分離された鋼中介在物が載置された基板を得ることが好ましい
上記の低温灰化処理されるフィルターに含まれる残渣中のカーボン量を1mg/cm以下とすることが好ましい。
【0016】
上記のろ過にポリカーボネート製フィルターを用い、基板とフィルターとの固定に有機系接着剤を用いることが好ましい。
鋼中介在物の種類が酸化物および窒化物の少なくとも一方を含む場合には、臭素−メタノール、またはヨウ素−メタノール法を用いて鋼試料の溶解液を得ることが好ましい。
【0017】
鋼中介在物の種類が硫化物を含む場合には、非水溶媒系電解液を用いた電解を行うことにより鋼試料の溶解液を得ることが好ましい。
本発明は、他の一態様として、上記の方法により得られる、分離された鋼中介在物が載置された基板を用いて、鋼に含まれる介在物を分析する方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば鋼中介在物と同時に抽出される遊離カーボンの大部分を除去できるので、鋼中介在物の多数個を簡便に観察することが可能であり、これら介在物の粒度分布計測を容易にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明による介在物分析法の概要を示す工程図である。
【図2】本発明方法により観察できた介在物の観察像を示す図である。
【図3】観察した介在物のEDSスペクトルを示すグラフである。
【図4】本発明方法を用いなかった場合の比較例としての観察像である。
【図5】本発明方法により計測した粒度分布図を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、鋼中介在物の分析に適用することができ、特にハロゲン−メタノール溶液(ハロゲン:臭素、ヨウ素)により抽出可能な介在物に極めて有効に適用できる。
以下、本発明について、臭素−メタノール溶液を用いた抽出法により介在物を抽出し、低温灰化処理を行った場合を例に詳細に説明する。分析フローを図1に示す。対象とする鋼中介在物は臭素−メタノール溶液により残渣中に回収できる。一方で、鋼中の炭素もアモルファスなカーボンとして残渣中に回収され、遊離カーボンと呼ばれる。
【0021】
鋼試料が溶解する臭素−メタノール溶液をフィルター濾過し、残渣を含むそのフィルターを基板に貼り付けて固定し、酸素プラズマを用いてフィルターの低温灰化処理を行う。低温灰化は処理時の温度が100℃以下であるため、無機物である鋼中介在物を溶解、変形することなく基板上に残すことができる一方、酸素プラズマを用いていることから遊離カーボンを一酸化炭素や二酸化炭素にして除去することができる。灰化処理後は、そのままの形態(表面に鋼中介在物が残留する基板の状態)で光学顕微鏡、走査型顕微鏡等で観察することが可能である。
【0022】
抽出処理に供する鋼試料の上限量は、残渣を飛散させることなくフィルターを貼付することができる最大の残渣量をあらかじめ見積もり、残渣が遊離カーボンからなり鋼中の炭素は全量遊離カーボンとなると仮定して、その最大量の残渣を与える鋼試料の重量として求めることができる。残渣のほとんどが遊離カーボンからなり、残渣における鋼中介在物の割合はわずかであるため、残渣量を上記のように鋼中の炭素量に基づいて計算しても差し支えない。残渣量が過度に多いと灰化が完了する前に遊離カーボンが酸素プラズマによる急激な反応で飛散してしまうため、フィルター上に抽出された遊離カーボン量は1mg/cm以下(基板上に固定されたフィルター1cmあたり1mg)とすることが望ましい。
【0023】
フィルターの材質は低温灰化処理によって全量灰化除去されるものであれば特に限定されない。鋼試料の溶解処理においてメタノールを含む溶液を用いる場合には、その溶液による変質を防止する観点からポリカーボネート製のフィルターを用いることが好ましい。
【0024】
フィルターを貼り付ける基板は低温灰化処理によって劣化しない材質であれば特に限定されない。基板表面に平滑性があり、低温灰化処理によって錆が発生しないことから、シリコンウエハーまたはガラスが好ましい基板である。
【0025】
基板へのフィルターの貼付に使用する薬剤は、低温灰化処理によって全量灰化除去されるものであれば特に限定されない。低温灰化処理中にフィルターの収縮を発生させず、基板との密着性が良いものであることが好ましい。入手のし易さから、市販の有機系接着剤で無機物質を含まないものが望ましい。
【0026】
低温灰化処理条件(プラズマ発生用電源出力、酸素流量、処理時間など)は、低温灰化によってフィルターおよび遊離カーボンが除去され、処理終了時に鋼中介在物が基板上に適切に残留する、という目的を果たす範囲で適宜設定されるべきものである。プラズマ発生用電源の出力が過小の場合には遊離カーボンを灰化する反応が不十分となることが懸念され、出力が過大であるとこの反応が激しくなって灰化処理中に介在物が基板から飛散してしまうことが懸念される。酸素の使用量は灰化処理のための装置における通常の使用量でよい。処理時間が過度に短い場合には未反応の遊離カーボンが基板上に残留する可能性が高まる。具体的な条件の一例を挙げれば、20W〜150Wで酸素ガス流量30ml/min〜100ml/minで30分以上である。
【0027】
低温灰化処理後の試料は介在物のサイズによるが、主に走査電子顕微鏡を用いて観察し、粒度分布の計測は目視でも画像処理を行ってもどちらでもよい。
以上の説明は、鋼中介在物の抽出に臭素−メタノール溶液を用いる場合(化学抽出法)を例としているが、介在物の抽出方法は特に限定されず、他の抽出方法を行ってもよい。ヨウ素−メタノール法を用いた場合も、臭素−メタノール溶液の場合と同様の方法にて介在物を観察することができる。また、介在物の抽出に電解抽出を用いる場合には、あらかじめ抽出前に鋼を1100℃程度の高温から急冷させる溶体化処理でセメンタイトを減らし、遊離カーボンの状態でフィルターに回収させ、同様に低温灰化処理を行えば良い。
【0028】
なお、抽出中に鋼中介在物が変質したり溶解したりすることを回避する観点から、鋼中介在物の種類が酸化物および窒化物の少なくとも一方を含む場合、特に酸化物および窒化物の少なくとも一方である場合には、臭素−メタノール、またはヨウ素−メタノール法を鋼中介在物の抽出方法とすることが好ましく、鋼中介在物の種類が硫化物を含む場合、特硫化物である場合には、非水溶媒系電解液を用いた電解を鋼中介在物の抽出方法とすることが好ましい。
【実施例】
【0029】
鋼として化学成分が表1である炭素鋼を用いた。試料約1gを10%臭素−メタノール溶液300ml中で溶解し、残渣を0.05μm孔径のろ過直径35mmのポリカーボネート製フィルターに回収した。回収後のフィルターをシリコンウエハー上に接着剤で貼付し、酸素ガス流量60ml/min、および50W×18時間の条件で酸素プラズマを用い低温灰化処理を行った。
【0030】
【表1】

【0031】
低温灰化処理後の試料を走査型電子顕微鏡(加速電圧は2kV)により観察した結果を図2に示す。図中に球状に見えるのが介在物であり、代表的な介在物のEDSスペクトルデータを図3に示す。この場合、介在物はTi,Zr,MnおよびAlを含む複合的な介在物である。比較例として同試料について低温灰化処理を行わなかった結果を示す。観察視野内のフィルターは全面が遊離カーボンに覆われており、一部の介在物しか観察できなかった。
【0032】
表2に低温灰化処理前後の介在物構成元素の抽出量を示す。介在物の回収量はICP発光分光分析によって求めた。低温灰化処理を行っても介在物を80%以上回収できることが確認された。
【0033】
【表2】

【0034】
図4に本発明方法により計測した粒度分布図を示す。多数個を一度に観察できるため、画像処理により迅速に粒度分布が計測可能であることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼試料の溶解液をフィルターろ過して得られた残渣を含むフィルターを、酸素プラズマを用いて低温灰化処理して、前記残渣に含まれる遊離カーボンを前記フィルターとともに除去することにより、前記残渣中の鋼中介在物を分離することを特徴とする、鋼中介在物の分離方法。
【請求項2】
前記残渣を含むフィルターを基板上に固定し、該基板ごと前記低温灰化処理することにより、前記分離された鋼中介在物が載置された基板を得る請求項1記載の分離方法。
【請求項3】
前記低温灰化処理されるフィルターに含まれる残渣中のカーボン量を1mg/cm以下とする請求項2記載の分離方法。
【請求項4】
前記ろ過にポリカーボネート製フィルターを用い、前記基板と前記フィルターとの固定に有機系接着剤を用いる請求項2または3記載の分離方法。
【請求項5】
前記鋼中介在物の種類が酸化物および窒化物の少なくとも一方を含む場合には、臭素−メタノール、またはヨウ素−メタノール法を用いて前記鋼試料の溶解液を得る請求項1から4のいずれか記載の分離方法。
【請求項6】
前記鋼中介在物の種類が硫化物を含む場合には、非水溶媒系電解液を用いた電解を行うことにより前記鋼試料の溶解液を得る請求項1から4のいずれか記載の分離方法。
【請求項7】
請求項2から6にいずれかに記載される方法により得られる、分離された鋼中介在物が載置された基板を用いて、鋼に含まれる介在物を分析する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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