説明

鋼材の材質予測装置

【課題】高精度な材質予測を実現し、鋼材の品質管理、製品設計、制御装置の開発に用いることができる鋼材の材質予測装置を提供することを課題とする。
【解決手段】製造した製品毎に、素材成分値、操業条件、組織パラメータの推定値、および材料試験結果を格納する、製造実績・材質記憶手段と、素材成分値、操業条件、組織パラメータの実績値を格納する、製造実績・組織パラメータ記憶手段と、材質記憶手段の中から少なくとも1つの組織パラメータに加えて、素材成分値と操業条件の中から材質を予測するための複数の変数を選択する材質予測入力変数選択手段と、組織パラメータ記憶手段に含まれる素材成分値と操業条件の中から組織パラメータを予測するための複数の入力変数を選択する組織パラメータ予測入力変数選択手段と、組織パラメータの推定値ならびに材質の推定値を演算・出力する局所モデル部と、を具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の材質予測装置に係るものであり、特に鋳造された鋳片の加熱・冷却・圧延処理から製造される鋼材の品質管理、製品設計、および制御装置の開発に用いるための材質予測装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
これまでの鋼材の材質予測技術としては、例えば、特許文献1または特許文献2に開示された技術がある。特許文献1に開示された技術は、操業条件を入力とする金属学的数式モデルを用いて金属学的パラメータを推定し、この推定値と操業条件をニューラルネットワークの入力として加えることで材質の予測精度向上を図るハイブリッド型の材質予測方法である。
【0003】
また、特許文献2に開示された技術は、製造条件を説明変数として適切に選択し、説明変数の空間上の予測したい点とデータベース中のデータとの距離を計算し、各データに距離に応じた重み付けをし、重み付き回帰または重み付き平均にて材質予測値を計算するものである。冶金現象のように、製造条件と材質の関係のように非線形性が強い対象では大域的なモデリングが困難なため、物理モデルを用いた予測手法と比べて材質予測精度は良いとされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−315703号公報
【特許文献2】特開2002−236119号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した特許文献1に開示された技術は、操業条件を入力とする金属学的数式モデルを用いた金属学的パラメータの推定値を利用するが、金属学的数式モデルに含まれるパラメータを調整して実績値に合わせ込むことに非常に労力が必要となる。さらに実験室でモデルの合わせ込みができたとしても実際のプロセスではモデリングが困難な現象の存在やラボで再現不可能な実験条件の違いから必ずしも妥当な結果が得られるとは限らないという問題がある。このように、特許文献1に開示された技術を用いた場合の材質予測精度は、金属学的数式モデルの良し悪しに依存してしまうこととなる。
【0006】
また、上述した特許文献2に開示された技術は、製造条件を説明変数とするブラックボックスのモデリング手法であり、過去の製造条件と近い結果が得られるので、冶金現象のように操業条件と材質の非線形性が強い現象にある程度有効である。しかしながら、この手法は単に製造条件と材質を結びつけるものであり、説明変数として必ずしも金属学的に裏付けされている材質に寄与する因子を説明変数として取り込めるという保証はない。したがって、材質の予測精度が充分でない場合があるという課題をはらんでいる。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、高精度な材質予測を実現し、鋼材の品質管理、製品設計、および制御装置の開発に用いることができる、鋼材の材質予測装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題は次の発明により解決される。
【0009】
[1] 過去に製造した製品毎に、素材成分値、操業条件、組織パラメータの推定値、および材料試験結果を格納する、製造実績・材質記憶手段と、
過去に製造した製品毎に、素材成分値、操業条件、組織パラメータの実績値を格納する、製造実績・組織パラメータ記憶手段と、
前記製造実績・材質記憶手段の中から少なくとも1つの組織パラメータに加えて、素材成分値と操業条件の中から材質を予測するための複数の変数を選択する材質予測入力変数選択手段と、
前記製造実績・組織パラメータ記憶手段に含まれる素材成分値と操業条件の中から組織パラメータを予測するための複数の入力変数を選択する組織パラメータ予測入力変数選択手段と、
予測対象材の組織パラメータの推定値ならびに材質の推定値を演算・出力する局所モデル部と、
を具備することを特徴とする鋼材の材質予測装置。
【0010】
[2] [1]に記載の鋼材の材質予測装置において、
前記局所モデル部は、
予め定義した距離関数に従い、前記組織パラメータ予測入力変数選択手段で選択した入力変数からなる入力値と前記製造実績・組織パラメータ記憶手段内の各データとの距離を計算する距離計算手段と、
該計算距離に基づいて、前記製造実績・組織記憶手段内の各データに重み付けする重み付け手段と、
該重み付け結果に基づいて、組織パラメータの推定値を計算し出力する重み付き平均手段と、
予め定義した距離関数に従い、前記組織パラメータの推定値ならびに前記材質予測入力変数選択手段で選択した入力変数からなる入力値と前記製造実績・材質記憶手段内の各データとの距離を計算する距離計算手段と、
該計算距離に基づいて、前記製造実績・材質記憶手段内の各データに重み付けする重み付け手段と、
該重み付け結果に基づいて、材質の推定値を計算し出力する重み付き平均手段と、
を具備することを特徴とする鋼材の材質予測装置。
【0011】
[3] [1]または[2]に記載の鋼材の材質予測装置において、
前記組織パラメータは、
組織分率や組織の硬さや粒径を定量化した情報であることを特徴とする鋼材の材質予測装置。
【0012】
[4] [1]ないし[3]のいずれかに記載の鋼材の材質予測装置において、
前記製造実績・組織パラメータ記憶手段および前記製造実績・材質記憶手段に格納されている各データは、鋼材の規格毎にグループに分類され、グループ毎にデータベースに格納され、前記局所モデル部は、入力値と同じグループ内の各データとで計算を行うことを特徴とする鋼材の材質予測装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、特許文献2に開示された材質の予測方法の説明変数の1つとして、オンラインで測定できない組織パラメータをオフラインで測定し、この測定値をもとにして材質に寄与する組織パラメータ推定値を採用するようにしたので、材質の予測精度が向上した。また、この予測精度向上により、従来の技術では困難であった高い予測精度が要求される鋼材の品質管理、製品設計、および制御装置の開発も容易となり、それらを活用することで鋼材が低コストかつ高品質で生産できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る鋼材の材質予測装置における構成例を示す図である。
【図2】局所モデル部の機能構成例を示す図である。
【図3】製造実績・材質記憶装置におけるデータ保存形式例を示す図である。
【図4】製造実績・組織パラメータ記憶装置におけるデータ保存形式例を示す図である。
【図5】従来法(特許文献2)の装置構成を示す図である。
【図6】引張強度TSの予測精度の比較例を示す図である。
【図7】降伏応力YSの予測精度の比較例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、本発明に係る鋼材の材質予測装置における構成例を示す図である。図中、100は材質予測演算要求入力部、101は製造実績・組織パラメータ記憶装置、102は製造実績・材質記憶装置、103は組織パラメータ予測入力変数選択部、104は材質予測入力変数選択部、105は予測対象材データ入力部、および106は局所モデル部をそれぞれ表す。
【0016】
材質予測演算要求入力部100は、操業用計算機(プロコン)からの材質予測演算要求を受信し、要求が来たときに要求コイルに対して材質予測の計算を開始するトリガーの役割を果たす。
【0017】
そして、製造実績・組織パラメータ記憶装置101と製造実績・材質記憶装置102は、組織予測および材質予測用のデータベースである。図3は、製造実績・材質記憶装置102におけるデータ保存形式例を示す図であり、過去に製造した製品毎の素材成分値、操業条件、組織パラメータの推定値、および材料試験結果が格納されており、圧延毎にデータは増えていく。
【0018】
さらに、図4は、製造実績・組織パラメータ記憶装置101におけるデータ保存形式例を示す図であり、過去に製造した製品毎の素材成分値、操業条件、組織パラメータの実績値が格納されており、データ数は固定である。
【0019】
図3および図4における組織パラメータとは、組織分率や組織の硬さや粒径などを定量化した情報である。組織パラメータの具体例としては、例えば、抽出時のγ粒径、α変態前γ粒径、有効γ粒界面面積、相分率(フェライト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイトの占める割合)、α粒径、Nb・V・Ti析出量(変態前)、Nb・V・Ti析出量(変態後)などがある。
【0020】
なお、図3および図4に保存されているデータ(なお、被説明変数(この場合は材料試験結果)は除く)は、変数毎に平均0、分散1に正規化されているものとし、このようなデータの正規化は必須の作業である。また、鋼材の規格毎にグループ化し、図3および図4のようにグループ毎に1つの表形式でデータが保存される。すなわち、鋼材の規格の数だけの表形式データが保存されることになる。
【0021】
組織パラメータ予測入力変数選択部103は、予め指定した組織パラメータと組織パラメータを推定するための説明変数の指定を受け、対応する製造実績・組織パラメータ記憶装置101内のデータを取り込み、それを後述する局所モデル部106に出力する。
【0022】
材質予測入力変数選択部104は、予め指定した材質予測に使用する説明変数の指定を受け、対応する製造実績・材質記憶装置102内のデータを取り込み、それを後述する局所モデル部106に出力する。例えば、図3でA1 とB1とC1が説明変数として選択されて、Y1が被説明変数に選択された場合、A1とB1とC1とY1に対応する列のデータを全て取り出し出力する。
【0023】
予測対象材データ入力部105は、予測対象材の操業データから要求点を作成する機能を有する。要求点とは、予め指定した説明変数のセットである。例えば、組織パラメータ推定の要求点は予め指定した素材成分実績値と操業条件実績値のセットとなり、材質予測の要求点は予め指定した素材成分実績値と操業条件実績値、組織パラメータ推定値のセットとなる。
【0024】
局所モデル部106は、予測対象材の組織パラメータないし材質を予測する。図2は、局所モデル部の機能構成例を示す図である。図中、106−1は距離計算手段、106−2は重み付け手段、および106−3は重み付き平均手段をそれぞれ表す。
【0025】
局所モデル部106の入力は、要求点、および説明変数と被説明変数に対応するデータ群である。出力は、2段階に出される。先ず、組織パラメータ推定値を局所モデル部106自身に出す。次に、組織パラメータ推定値、組織予測要求点、および材質予測入力変数選択部104からの出力を入力として、材質予測値を最終的に製造実績・材質記憶装置102に出力する。
【0026】
距離計算手段106−1は、予め定義した距離関数で要求点と説明変数、被説明変数に対応するデータ群の類似度を測る。距離関数をユークリッドノルムとする場合は、被説明変数に対応するデータ群のi番目と要求点の距離di(i=1,2,…m)は、つぎの式(1)となる。
【0027】
di=SQRT{(ai1−L1)2+(ai2−L2)2+・・・+( aik−Lk)2}・・・(1)
ここで、要求点qはベクトル表記でq=[L1 L2 ・・・ Lk]とし、被説明変数に対応する説明変数のデータ群は行列表記でA(i,j)=aij(i=1,2,・・・,m, j=1,2,・・・,k)とした。この他の距離の関数として、マハラノビス距離、一次ノルム、無限大ノルム(最大値成分を取る距離)などを用いても良い。
【0028】
重み付け手段である106−2は、前記の計算距離に基づき、被説明変数に対応するデータ群の被説明変数の値を重み付けする。距離計算手段106−1の計算結果のdi(i=1,2,…m)を用いて重みを求める。重みとは、説明変数の空間での要求点と各データの近さを表す指標である。ガウス関数による重み付けの場合では、被説明変数に対応するデータ群のi番目のデータに対する重みは、つぎの式(2)となる。
【0029】
Wi=exp(-p×di2) ・・・(2)
ここで、pは調整パラメータであり、pの値が大きいほど要求点に近いデータほど大きい重み付けが行われる。重み関数は、距離に対して単調減少する連続関数または非連続関数であるならどのようなものを用いても良い。
【0030】
重み付き平均手段106−3は、重み付き平均により材質の予測値を計算し、出力する。例えば、重み付け手段である106−2で計算した重みを用いて、つぎの式(3)のように重み付き平均を計算し、これを予測値ykとする。
【0031】
yk=Σ(Wi×yki)/ ΣWi (k=1,2,…m) ・・・(3)
ここでは、重みつき平均による場合を示したが、予測式を、説明変数を用いた線形回帰式とし、その係数を(2)式の重みを用いた重み付き最小二乗法によって求め、その式に基づいて予測値を算出しても良い。
【0032】
以上のように材質予測値は求められ出力し、処理は終了する。
【実施例】
【0033】
本発明と従来法(特許文献2)を適用した実施例を以下に説明する。素材成分、スラブ厚、仕上厚、粗圧延機/仕上圧延機の圧延荷重、パススケジュール、特定の設備位置での温度など種々ある操業条件の中から、本実施例では、粗圧延機出側温度、仕上圧延出側温度、ランナウト中間温度、および巻き取り温度を選び入力変数とした。また、組織パラメータとして粒径を入力変数の一つとして選択した。
【0034】
図5は、従来法(特許文献2)の装置構成を示す図である。なお、本発明の装置構成は、前述した図1と同じである。従来法と本発明との予測精度の比較は、材質実績値との誤差の標準偏差で行った。
【0035】
本実施例は、総数N=94の条件で、規格は590MPa級のハイテン(自動車の足回りに使われている材料)を対象に行ったものであり、材質予測結果の例として、図6は、引張強度TSの予測精度の比較例を示す図である。また、図7は、降伏応力YSの予測精度の比較例を示す図である。
【0036】
図6からは、引張強度TSの予測精度は、標準偏差で3.64℃(従来法)から3.40℃(本発明)に向上し、本発明では従来法を基準した場合の6.6%の改善が確認できた。さらに図7からは、降伏応力YSの予測精度は、標準偏差で8.85℃(従来法)から7.62℃(本発明)に向上し、本発明では従来法を基準した場合の13.9%の改善が確認できた。
【符号の説明】
【0037】
100 材質予測演算要求入力部
101 製造実績・組織パラメータ記憶装置
102 製造実績・材質記憶装置
103 組織パラメータ予測入力変数選択部
104 材質予測入力変数選択部
105 予測対象材データ入力部
106 局所モデル部
106−1 距離計算手段
106−2 重み付け手段
106−3 重み付き平均手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過去に製造した製品毎に、素材成分値、操業条件、組織パラメータの推定値、および材料試験結果を格納する、製造実績・材質記憶手段と、
過去に製造した製品毎に、素材成分値、操業条件、組織パラメータの実績値を格納する、製造実績・組織パラメータ記憶手段と、
前記製造実績・材質記憶手段の中から少なくとも1つの組織パラメータに加えて、素材成分値と操業条件の中から材質を予測するための複数の変数を選択する材質予測入力変数選択手段と、
前記製造実績・組織パラメータ記憶手段に含まれる素材成分値と操業条件の中から組織パラメータを予測するための複数の入力変数を選択する組織パラメータ予測入力変数選択手段と、
予測対象材の組織パラメータの推定値ならびに材質の推定値を演算・出力する局所モデル部と、
を具備することを特徴とする鋼材の材質予測装置。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼材の材質予測装置において、
前記局所モデル部は、
予め定義した距離関数に従い、前記組織パラメータ予測入力変数選択手段で選択した入力変数からなる入力値と前記製造実績・組織パラメータ記憶手段内の各データとの距離を計算する距離計算手段と、
該計算距離に基づいて、前記製造実績・組織記憶手段内の各データに重み付けする重み付け手段と、
該重み付け結果に基づいて、組織パラメータの推定値を計算し出力する重み付き平均手段と、
予め定義した距離関数に従い、前記組織パラメータの推定値ならびに前記材質予測入力変数選択手段で選択した入力変数からなる入力値と前記製造実績・材質記憶手段内の各データとの距離を計算する距離計算手段と、
該計算距離に基づいて、前記製造実績・材質記憶手段内の各データに重み付けする重み付け手段と、
該重み付け結果に基づいて、材質の推定値を計算し出力する重み付き平均手段と、
を具備することを特徴とする鋼材の材質予測装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の鋼材の材質予測装置において、
前記組織パラメータは、
組織分率や組織の硬さや粒径を定量化した情報であることを特徴とする鋼材の材質予測装置。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の鋼材の材質予測装置において、
前記製造実績・組織パラメータ記憶手段および前記製造実績・材質記憶手段に格納されている各データは、鋼材の規格毎にグループに分類され、グループ毎にデータベースに格納され、前記局所モデル部は、入力値と同じグループ内の各データとで計算を行うことを特徴とする鋼材の材質予測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−220708(P2011−220708A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−86807(P2010−86807)
【出願日】平成22年4月5日(2010.4.5)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】