説明

鋼材の検査方法

【課題】 受入現場において、短時間で、容易に、ステンレス鋼材の結晶状態を検査できる非破壊の鋼材の検査方法を実現する。
【解決手段】 熱処理工程を経て製造されたステンレス鋼材を検査する鋼材の検査方法において、弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に塗布し、ステンレス鋼材の変色状態に基づいてステンレス鋼材の結晶状態の良否を検査する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理工程を経て製造されたステンレス鋼材を検査する鋼材の検査方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材、例えばオーステナイト系ステンレス鋼材(JIS規格で定めるSUS304等)は、熱処理工程を経て製造されている。
【0003】
図6及び図7は金属顕微鏡で観察したステンレス鋼材の金属組織を示した図である。
SUS鋼材は、熱処理工程が適正に行われたときは、金属組織は図6に示すような固溶化組織になる。固溶化組織は、Cr(クロム)が金属組織内に均等分布していて、耐腐食性が大きい組織である。適正な熱処理は、SUS鋼材を1050〜1100℃の温度に保持した後、急冷し、炭化物等を母材中に固溶させる処理である。
【0004】
これに対して、熱処理工程が不十分であったときは、金属組織は図7に示すような鋭敏化組織になる。鋭敏化組織は腐食に敏感な組織である。不十分な熱処理は、例えばSUS鋼材を約600℃で2時間以上にわたって加熱した後、ゆっくりと冷却する処理である。SUS鋼材が約600℃の温度にさらされると、結晶粒界にCr炭化物(Cr23)が析出し、Crが結晶粒界に集められるため、結晶粒界の近傍にはCrの欠乏領域ができる。Crの欠乏領域ができることによって、SUS鋼材の耐腐食性が低下する。図7の金属組織で、線の部分(例えば線Lの部分)が結晶粒界である。線Lの部分の周辺がCrの欠乏領域になっている。
【0005】
SUS鋼材を製品に使うときには、受入検査の段階で、鋼材が十分な品質を満たしているか検査する必要がある。受入検査が不適切で、熱処理工程が不十分なSUS鋼材を購入して製品に使うと、重大な問題を引き起こすことがある。例えば、熱処理工程が不十分なSUS鋼材を圧力伝送器の構成部材に使うと、フィールド現場に置いた圧力伝送器が腐食され、伝送器破壊の事故を引き起こすことがある。
SUS鋼材の成分が同じでも、熱処理工程で金属組織が変わってくることがある。このため、鋼材の受入検査で金属組織の結晶状態を厳密に検査する必要がある。
【0006】
流量計に使用するステンレス鋼材の調達先を変更した場合、新たな調達先から入手したステンレス鋼材は、どのような熱処理工程を経て製造されたか不明である。このため、十分な品質を満たしているかどうか、買い手側が受入検査を行う必要がある。
【0007】
従来におけるステンレス鋼材の検査としては、次のやり方があった。
(a)蛍光X線分析装置でステンレス鋼材の成分を分析する。
(b)金属顕微鏡を使ってステンレス鋼材の金属組織を観察する。
【0008】
特許文献1には、鋼材のすみ肉溶接部の溶接欠陥を超音波検査装置で検査する検査方法が記載されている。
特許文献2には、電磁超音波センサで鋼材の表面に渦電流を流すことによって、鋼材の熱履歴を診断する診断方法が記載されている。
【0009】
【特許文献1】特開平10−10094号公報
【特許文献2】特開平8−278287号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、(a)のやり方では、鋼材の成分は分析できるが、金属組織の状態は検査できなかった。
また、(b)のやり方では、金属顕微鏡で組織観察するため、検査にかかる時間が長くなる。さらに、受入現場に顕微鏡を持ち込んで検査する作業が煩わしい。
【0011】
本発明は上述した問題点を解決するためになされたものであり、弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に付け、ステンレス鋼材の変色状態に基づいてステンレス鋼材の耐腐食性(結晶状態)を検査することによって、受入現場において、短時間で、容易に、ステンレス鋼材の結晶状態を検査できる非破壊の鋼材の検査方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
このような課題を解決するために、本発明は次のとおりの構成になっている。
【0013】
(1)熱処理工程を経て製造されたステンレス鋼材を検査する鋼材の検査方法において、
弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に塗布し、ステンレス鋼材の変色状態に基づいてステンレス鋼材の結晶状態の良否を検査することを特徴とする鋼材の検査方法。
【0014】
(2)熱処理工程を経て製造されたステンレス鋼材を検査する鋼材の検査方法において、
弗酸系酸洗い液にステンレス鋼材を浸漬し、浸漬したステンレス鋼材の変色状態に基づいてステンレス鋼材の結晶状態の良否を検査することを特徴とする鋼材の検査方法。
【0015】
(3)前記弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に塗布した後、または弗酸系酸洗い液にステンレス鋼材を浸漬した後、ステンレス鋼材に錆が付いて変色した場合にステンレス鋼材の結晶状態を不良とすることを特徴とする(1)または(2)に記載の鋼材の検査方法。
【0016】
(4)前記弗酸系酸洗い液は、弗化水素酸及び硝酸を成分に含むことを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の鋼材の検査方法。
【0017】
(5)前記弗酸系酸洗い液は、不動態化酸洗剤であることを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の鋼材の検査方法。
【0018】
(6)前記ステンレス鋼材は、クロムを含むステンレス鋼材であることを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の鋼材の検査方法。
【0019】
(7)携帯型の元素分析装置でステンレス鋼材の成分を分析し、分析の結果、ステンレス鋼材の成分が要件を満たしている場合は、ステンレス鋼材の結晶状態の良否検査をすることを特徴とする請求項(1)乃至(6)のいずれかに記載の鋼材の検査方法。
【0020】
(8)前記ステンレス鋼材を浸漬する弗酸系酸洗い液は透明液体またはゲル状物質であることを特徴とする(2)に記載の鋼材の検査方法。
【発明の効果】
【0021】
以上説明したことから明らかなように、本発明によれば次のような効果がある。
(1)弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に付け、ステンレス鋼材の変色状態を見ることによってステンレス鋼材の耐腐食性(結晶状態)を検査する。このため、受入現場において、短時間で、容易に、ステンレス鋼材の結晶状態を検査できる。検査は非破壊で行える。これによって、ステンレス鋼材に対して、鋼材から製品に至るトータルプロセスにおける結晶品質を検査することができる。
(2)弗酸系酸洗い液は不動態化酸洗剤であるため、ステンレス鋼材に塗布しても素地を損耗することがない。
(3)検査対象は、クロムを含むステンレス鋼材であるため、フィールド機器の構成部材を検査できる。これによって、流量計に使用するステンレス鋼材の調達先を変更する場合でも、不十分な熱処理工程を経て製造されたステンレス鋼材を受入検査で排除することができる。
(4)結晶状態の検査と成分分析を併用することで、より十分な受入検査を実現できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面を用いて本発明を詳細に説明する。
図1は本発明にかかる方法の一実施例を示す説明図である。
【0023】
図1(a)に示すように、検査対象となるステンレス鋼材10に弗酸系酸洗い液20を塗布する。
検査対象となるステンレス鋼材10は、例えば、クロムを含むステンレス鋼材である。クロムを含むステンレス鋼材としては、マルテンサイト系のステンレス鋼材、オーステナイト系ステンレス鋼材等がある。一例として、JIS規格で定めるSUS鋼材(例えば、SUS304)が該当する。
【0024】
弗酸系酸洗い液20は、例えば弗化水素酸及び硝酸を成分に含む液である。成分比率の一例としては、弗化水素酸が5wt%(wt%は重量%)、硝酸が31wt%、その他が64wt%がある。
本発明は、ステンレス鋼材の溶接部分に発生する結晶組織の変化を検査するために用いられていた弗酸系酸洗い液を、ステンレス鋼材の結晶状態の良否検査に活用したことを特徴としている。
弗酸系酸洗い液20は不動態化酸洗剤であるため、ステンレス鋼材に塗布しても素地を損耗することがない。
【0025】
弗酸系酸洗い液20のステンレス鋼材10への塗布は、例えば次のようにして行う。塗布装置30が容器40に入った弗酸系酸洗い液を刷毛31に付けてステンレス鋼材10の表面に塗る。
なお、これに限らず、刷毛を使って手作業で塗ってもよい。
弗酸系酸洗い液20をステンレス鋼材10に塗布してから所定時間、例えば1〜2分間待つ。
【0026】
所定時間だけ待った後、図1(b)に示すように、ステンレス鋼材10の表面に錆が発生せず、変色しない場合は、ステンレス鋼材を良品と判定する。この場合のステンレス鋼材の表面は銀白色になっている。
このようなステンレス鋼材の金属組織は図6に示すような固溶化組織になっている。固溶化組織になったステンレス鋼材では、Cr(クロム)が金属組織内に均等分布していて、耐腐食性が大きい。耐腐食性が大きいため錆が発生しない。
【0027】
所定時間だけ待った後、図1(c)に示すように、ステンレス鋼材10の表面に錆50が付いて茶色に変色した場合は、ステンレス鋼材を不良品と判定する。このようなステンレス鋼材の金属組織は図7に示すような鋭敏化組織になっている。鋭敏化組織になったステンレス鋼材では、結晶粒界の近傍にCrの欠乏領域ができ、耐腐食性が低下する。このため、ステンレス鋼材は錆が発生して茶色に変色する。
【0028】
ステンレス鋼材が良品であるか不良品であるかの判定は、例えば、目視で判断しても、カメラ画像で判断してもよい。カメラ画像で判断する場合は、カメラが撮像した画像と、予め用意した基準画像とを比較し、比較結果に基づいて判別する。
【0029】
図2は本発明にかかる方法の処理手順を示したフローチャートである。
フローチャートのステップ順に従って説明する。
【0030】
(S1)ステンレス鋼材を受け入れる。受け入れたステンレス鋼材に対して以下の手順で検査を行う。
(S2)弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に塗布する。
(S3)所定時間、例えば1〜2分間だけ待つ。
【0031】
(S4)所定時間が経過したところで、ステンレス鋼材に錆が発生したかどうかを判別する。
(S5)ステンレス鋼材に錆が発生している場合は、ステンレス鋼材を不良品と判定する。不良品のステンレス鋼材の金属組織は鋭敏化組織になっていて、耐腐食性が低いため、鋼材表面に錆が発生して茶色に変色する。茶色に変色することにより目視の検査でも容易に識別できる。
(S6)ステンレス鋼材に錆が発生していない場合は、ステンレス鋼材を良品と判定する。良品のステンレス鋼材の金属組織は固溶化組織になっていて、耐腐食性が高く、鋼材表面に錆は発生しない。この場合、鋼材表面は銀白色である。
(S7)良品のステンレス鋼材を水洗いする。水洗いすることで鋼材の表面に不動態膜ができ、鋼材が錆びにくくなる。
【0032】
上述した手順の検査であるため、ステンレス鋼材の受入現場で、短時間で容易に行うことができる。
同じ成分のSUS鋼材でも、鋼材によっては熱処理工程で金属組織が変わってくることがある。このため、図1及び図2に示す本発明の方法により、ステンレス鋼材の受入現場で金属組織の結晶状態を検査する。これによって、熱処理工程が不十分な不良品のステンレス鋼材を受入現場で容易に識別できる。検査はステンレス鋼材に対して非破壊で行える。
【0033】
なお、実施例では刷毛で弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に塗布しているが、これに限らず、スプレー式の噴霧装置で弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に塗布してもよい。
また、図3に示すように、弗酸系酸洗い液20を入れた容器60にステンレス鋼材10を浸漬してもよい。この場合、ステンレス鋼材10の変色状態が見られるように、弗酸系酸洗い液20は透明液体、または透明若しくは半透明のゲル状物質にする。
【0034】
図4は受入現場で行うステンレス鋼材の検査手順を示したフローチャートである。
フローチャートのステップ順に従って説明する。
【0035】
(S1)ステンレス鋼材を入手する。入手したステンレス鋼材に対して以下の手順で検査を行う。
(S2)ステンレス鋼材の成分を分析する。成分の分析は、図5に示すように携帯型の元素分析装置、例えば携帯型の蛍光X線分析装置70でステンレス鋼材10にX線を当てることにより行う。携帯型の蛍光X線分析装置70は面状領域MにX線を当て、この領域について成分分析を行う。携帯型の蛍光X線分析装置は市販されている。携帯型の蛍光X線分析装置を用いるため、受入現場で容易に分析ができる。
成分を分析した結果、ステンレス鋼材に含まれる成分比率が規格で定められている要件を満たす場合は、分析結果を「良」とする。例えば、JIS規格で定められているステンレス鋼材SUS304の場合、成分に含まれるCr(クロム)の割合が18%±許容範囲、Ni(ニッケル)の割合が8%±許容範囲にあるときは、分析結果を「良」とする。
【0036】
(S3)ステンレス鋼材に含まれる成分比率が規格で定められている要件を満たさない場合は、分析結果を「不良」とする。
(S4)成分の分析結果が「良」である場合は、ステンレス鋼材の腐食検査を行う。この検査は、図1及び図2に示す検査である。弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に付け、ステンレス鋼材の腐食状態をもとに結晶状態の良否を判定する検査である。
腐食検査の結果が「不良」の場合は、ステップS3へ行く。
【0037】
(S5)腐食検査の結果が「良」の場合は、ステンレス鋼材の磁気検査を行う。この検査では、磁石または磁力線を生成するコイルをステンレス鋼材に当て、このときステンレス鋼材が磁石またはコイルに吸着されるかどうかによって検査する。オーステナイト系のステンレス鋼材は、良品の場合、磁石やコイルに吸着されない。マルテンサイト系のステンレス鋼材は、良品の場合、磁石やコイルに吸着される。
良品のオーステナイト系のステンレス鋼材は、磁石やコイルによって磁化されることがあるため、磁気検査後、必要に応じて脱磁処理を行う。
磁気検査の結果が「不良」の場合は、ステップS3へ行く。
(S6)磁気検査の結果が「良」の場合は、ステンレス鋼材を良品と判定する。
【0038】
このようにして受入現場で成分分析、腐食検査、磁気検査を容易に行うことができる。
なお、磁気検査は受入現場で行わなくてもよい。
図4の検査で良品か不良品かが曖昧なときは、受入現場とは別の場所で金属顕微鏡を使って鋼材組織を観察してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明にかかる方法の一実施例を示す説明図である。
【図2】本発明にかかる方法の処理手順を示したフローチャートである。
【図3】本発明にかかる方法の他の実施例を示す説明図である。
【図4】受入現場で行うステンレス鋼材の検査手順を示したフローチャートである。
【図5】ステンレス鋼材の成分分析のしかたを示す説明図である。
【図6】金属顕微鏡で観察したステンレス鋼材の金属組織を示した図である。
【図7】金属顕微鏡で観察したステンレス鋼材の金属組織を示した図である。
【符号の説明】
【0040】
10 ステンレス鋼材
20 弗酸系酸洗い液
50 錆
70 携帯型の蛍光X線分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱処理工程を経て製造されたステンレス鋼材を検査する鋼材の検査方法において、
弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に塗布し、ステンレス鋼材の変色状態に基づいてステンレス鋼材の結晶状態の良否を検査することを特徴とする鋼材の検査方法。
【請求項2】
熱処理工程を経て製造されたステンレス鋼材を検査する鋼材の検査方法において、
弗酸系酸洗い液にステンレス鋼材を浸漬し、浸漬したステンレス鋼材の変色状態に基づいてステンレス鋼材の結晶状態の良否を検査することを特徴とする鋼材の検査方法。
【請求項3】
前記弗酸系酸洗い液をステンレス鋼材に塗布した後、または弗酸系酸洗い液にステンレス鋼材を浸漬した後、ステンレス鋼材に錆が付いて変色した場合にステンレス鋼材の結晶状態を不良とすることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼材の検査方法。
【請求項4】
前記弗酸系酸洗い液は、弗化水素酸及び硝酸を成分に含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の鋼材の検査方法。
【請求項5】
前記弗酸系酸洗い液は、不動態化酸洗剤であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の鋼材の検査方法。
【請求項6】
前記ステンレス鋼材は、クロムを含むステンレス鋼材であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の鋼材の検査方法。
【請求項7】
携帯型の元素分析装置でステンレス鋼材の成分を分析し、分析の結果、ステンレス鋼材の成分が要件を満たしている場合は、ステンレス鋼材の結晶状態の良否検査をすることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の鋼材の検査方法。
【請求項8】
前記ステンレス鋼材を浸漬する弗酸系酸洗い液は透明液体またはゲル状物質であることを特徴とする請求項2に記載の鋼材の検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−164410(P2008−164410A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−353778(P2006−353778)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【Fターム(参考)】