説明

鋼構造物の腐食状況把握方法

【課題】ガルバニック型腐食センサを利用して鋼構造物の腐食状況を把握するに際し、鋼構造物が設置されている腐食環境雰囲気や、雰囲気の違いに起因する腐食状況を正確に把握することができ、腐食状況に応じた迅速且つ適正な保全手段を採用できるような鋼構造物の腐食状況把握方法を提供する。
【解決手段】本発明の鋼構造物の腐食状況把握方法は、鋼構造物に、絶縁層を介して2種の異なる金属を積層構造としたガルバニック型腐食センサを設置し、該ガルバニック型腐食センサからの出力値が予め定めた値を超えたときに、炭酸ガス腐食環境での腐食対策要レベルを把握する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁層を介して2種の異なる金属を積層構造としたガルバニック型腐食センサを応用して、屋外重機設備、副生ガス配管、ガスタンク等の鋼構造物の腐食状況を把握するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
上記のような各種鋼構造物の腐食状況を把握する手段として、2種の異なる金属(腐食電位の異なる金属)を積層構造としたガルバニック型腐食センサが利用されている。このガルバニック型腐食センサの代表的なものとしては、ACM(Atmospheric Corrosion Monitor)センサが知られている。このACMセンサは、大気雰囲気中の腐食のように、通常の電気化学的手法では把握できないような環境下での腐食状況を定量的に把握するためのセンサとして適用されている。また、2種の異なる金属(腐食電位の異なる金属)の組み合わせとしては、Fe/AgやZn/Ag等が知られている。
【0003】
上記ACMセンサの構成は、基板(例えば、Fe)の表面に絶縁ペースト(絶縁層)と導電ペースト(例えば、Ag)を積層したものであり(例えば、特許文献1)、基板と導電ペーストの夫々に導線が引き出され、これらの導線が電流計等の計測器に接続されている。Fe基板側(低電位側)がセンサのアノードとなり、Ag導電ペースト側(高電位側)がカソードとなる。
【0004】
上記のようにして構成されるACMセンサの原理を、Fe/Ag型を例に挙げて説明する。センサが設置された環境が乾燥状態で表面に何ら付着していないとき(設置初期)には、アノード(Fe基板)とカソード(Ag導電ペースト)とは絶縁ペースト(絶縁層)によって絶縁されているので、両者間には電流は流れない状態である。そして、上記絶縁層部分に雨や結露などによって水膜が形成されると、両者間(アノード/カソード間)が電気的に接続された状態となり、両金属間の電位差(腐食電位差)の違いによって、ガルバニック電流が流れることになる。ACMセンサは、ガルバニック電流を一定時間ごとに計測するものである。
【0005】
金属の腐食に影響を与える要因としては、温度、湿度、降雨、大気中を飛来する塩類(特に、海水に由来する塩類)、環境雰囲気ガス(例えば、腐食性ガス雰囲気)等、様々なものが挙げられる。ACMセンサでは、これら様々な要因によって変動するガルバニック電流を直接測定することができるので、この電流値を解析することによって、センサが設置された環境における腐食性を直接且つ定量的に把握できることになる。
【0006】
ACMセンサに関連する技術として、前記特許文献1には、特性を改善したACMセンサを製造するための方法が提案されている。また、例えば特許文献2には、電流を記録する装置(データロガー)を設置した構造物の腐食性評価に基づいて、データロガーを設置せずにACMセンサのみを設置した構造物の腐食量や腐食性を簡易に評価可能とする腐食速度推定方法が提案されている。
【0007】
しかしながら、これまで提案されている技術は、塩類が大気中を飛来する環境(以下、「飛来塩環境」と呼ぶことがある)にセンサが設置されることを想定してなされたものであり、環境雰囲気の違いによる影響を考慮したものではなく、ACMセンサの測定対象である鋼構造物が設置される腐食環境雰囲気や、雰囲気の違いに起因する腐食状況を正確に把握できないという欠点がある。その結果、腐食環境雰囲気や、雰囲気の違いに起因する腐食状況をより正確に把握するためには、より詳細なデータ解析を行なう必要があり、腐食状況に応じた迅速且つ適正な保全手段を採りにくいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−201451号公報
【特許文献2】特開2008−157647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、ガルバニック型腐食センサを利用して鋼構造物の腐食状況を把握するに際し、鋼構造物が設置されている腐食環境雰囲気の違いに応じて腐食状況を正確に把握することができ、腐食状況に応じた迅速且つ適正な保全手段(腐食対策)を採用できるような鋼構造物の腐食状況把握方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成することのできた本発明の鋼構造物の腐食状況把握方法とは、鋼構造物に、絶縁層を介して2種の異なる金属を積層構造としたガルバニック型腐食センサを設置し、該ガルバニック型腐食センサからの出力値が予め定めた値を超えたときに、炭酸ガス腐食環境での腐食対策要レベルと把握する点に要旨を有するものである。
【0011】
本発明の鋼構造物の腐食状況把握方法において、上記予め定めた値としては1.5μAが挙げられる。
【0012】
本発明の鋼構造物の腐食状況把握方法としては、鋼構造物に、絶縁層を介して2種の異なる金属を積層構造としたガルバニック型腐食センサを設置し、該ガルバニック型腐食センサからの出力値を測定し、前記ガルバニック型腐食センサからの出力が最大値を示した後、測定開始後24時間経過時に基底値を超える出力が継続する場合には、飛来塩環境と判断し、前記ガルバニック型腐食センサからの出力が最大値を示した後、速やかに基底値に戻る場合には、炭酸ガス腐食環境と判断する点にも要旨を有するものであり、こうした構成を採用することによって鋼構造物が設置されている腐食環境雰囲気の違いを把握することができる。尚、上記「基底値」とは、ガルバニック型腐食センサが出力していないとき(暗電流などのバイアス電流を除く)の値を意味する。
【0013】
この方法においては、飛来塩環境と判断したときに、一日の電気量が予め定めた値を超えたときに腐食対策レベルを把握することができる。この方法においては、電気量の予め定めた値としては4クーロン/日が挙げられる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ガルバニック型腐食センサを利用して鋼構造物の腐食状況を把握するに際し、鋼構造物が設置されている腐食環境雰囲気の違いに応じた出力状況の違いを把握することによって、各腐食環境における腐食状況を正確に把握することができ、この腐食状況に応じた迅速且つ適正な保全手段(腐食対策)を採用できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】各種腐食環境を模擬したラボ試験装置の構成を示す概略説明図である。
【図2】本発明を適用したときの各雰囲気におけるセンサ出力の経時変化(経過時間とセンサ出力の関係)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、ガルバニック型腐食センサを利用して鋼構造物の腐食状況を腐食環境雰囲気の違い応じて正確に把握するために、様々な角度から検討した。その結果、鋼構造物が設置されている腐食環境雰囲気の違いに応じたガルバニック型腐食センサの出力状況の違いを把握すれば、各腐食環境における腐食状況を正確に把握できることが判明したのである。
【0017】
特に、鋼構造物の腐食環境が炭酸ガス腐食環境であるときには、ガルバニック型腐食センサからの出力値(例えばμA)が予め定めた値を超えたときに、腐食対策が必要なレベル(腐食対策要レベル)と判断できることを見出し、本発明を完成した。
【0018】
ガルバニック型腐食センサ(以下、単に「センサ」と呼ぶことがある)では、腐食環境に曝されると、2種の異なる金属間に水膜が形成されることになり、その水膜間でイオンが移動することにより、出力が検出されることになる。その出力は、一方の金属(腐食電位の低い方の金属)の表面に酸化皮膜が形成されると低下することになる。
【0019】
腐食環境が炭酸ガス雰囲気での腐食状況は、上記で検出される出力がそのまま反映したものとなり、この出力値が予め定めた値を超えることをもって、炭酸ガス腐食環境での腐食対策要レベルを把握することができる。例えば、副生ガス配管面やガスタンク等では、腐食ガス環境が炭酸ガス雰囲気となり、この場合にはセンサからの出力値が1.5μAを超えたとき(即ち、予め定めた値が1.5μAのとき)に、通常の鋼材では最大で0.40mm/年(50日間の曝露試験を実施して検証:以下、「mm/y」と示すことがある)程度の腐食速度(重量変化により算出)を示すものとなる。こうした段階をもって、二重管補修等の対策(腐食対策)のレベルに達したと判断して、作業者に対策を実施することを勧めるアラーム等の警告を発生することになる。
【0020】
一方、鋼構造物の腐食環境が飛来塩環境では、水膜中に含まれる塩素イオンが金属表面の酸化皮膜を破壊し続けることになるので、出力の低下率が炭酸ガス雰囲気中よりも低くなる。こうした機構の違いが、センサの出力状況の違いとなって現れる。即ち、センサからの出力が最大値を示した後、所定時間以上基底値を超える出力が継続する場合には、飛来塩環境と判断することができる。これに対し、鋼構造物の腐食環境が炭酸ガス雰囲気では、このような挙動は示さず、センサからの出力が最大値を示した後、速やかに基底値に戻ることになる。
【0021】
換言すれば、鋼構造物が設置されている腐食環境雰囲気の違いに応じたセンサの出力状況の違いを把握することによって、腐食環境における腐食状況を正確に把握できることになる。尚、飛来塩環境と判断するに際しては、基底値を超える出力が継続する最低限必要な時間として24時間とした。
【0022】
上述のように、鋼構造物の腐食環境が飛来塩環境では、出力の低下率が炭酸ガス雰囲気中よりも低くなるため、センサに電流が流れる時間が長くなる。そのため、鋼板の腐食が進行する時間が長くなるという理由によって、センサからの出力値だけでは、腐食対策要レベルと判断することが困難になる。こうしたことから、飛来塩環境と判断されたときには、一日の電気量(出力電流量と時間の積によって求められる)が予め定めた値を超えたときに腐食対策レベルに達したと判断することになる。
【0023】
特に、屋外設備等の飛来塩環境では、4クーロン/日(以下、「C/day」と示すことがある)を超えると、通常の鋼材では0.20mm/y以上の腐食速度を示すものとなる。こうした段階をもって、腐食対策要レベルに達したと判断して、設備等に付着する飛来塩の定期的な洗浄や、設備の再塗装等の対策を実施することを勧めるアラーム等の警告を発生することになる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0025】
各種環境を模擬したラボ試験装置の構成を図1(概略説明図)に示す(図1中、MFCは各種ガスの流量調整弁を示す)。所定の調整ガスを(流量:20mL/分)、恒温恒湿槽内の水にバブリングさせて相対湿度を100%とした後に、ACMセンサに接触させ(Fe/Ag系の構成のもの)、出力の経時変化を測定した。尚、飛来塩付着環境を模擬した試験では、ACMセンサに0.01g/m2のNaClを付着させた。このときの各実験状況を下記表1(実験No.1〜3)に示す。また、試験開始前は、水分中の溶存酸素やデッドスペースの空気を除去するために、窒素を十分に流通させ(図1)、ACMセンサの出力がゼロ(基底値)になることを確認してから各種ガスを流通させた。
【0026】
【表1】

【0027】
各雰囲気におけるセンサ出力の経時変化(経過時間とセンサ出力の関係)を図2に示す。また、この結果に基づき、センサの最大出力値、最小出力値、電気量を下記表2に示す。尚、表2には、各雰囲気に対応する約50日間の曝露試験サンプルから算出した腐食速度(計算値)を併記した。
【0028】
【表2】

【0029】
これらの結果から、次のように考察できる。実験No.1は、湿潤炭酸ガス(CO2)雰囲気下での出力状況を検討した例であるが、ACMセンサからの出力が最大値を示した後、速やかに基底値に戻っており(図2)、また最大出力値が1.5μAを超えたときに、腐食速度の許容値に近くなっている(即ち、腐食対策要レベルに達している)ことが分かる。
【0030】
実験No.3は、湿潤空気/飛来塩付着雰囲気下での出力状況を検討した例であるが、ACMセンサからの出力が最大値を示した後、基底値を超える出力が継続しており(図2)、電気量が4C/dayを超えたときに、腐食速度の許容値に近くなっている(即ち、腐食対策レベルに達している)ことが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼構造物に、絶縁層を介して2種の異なる金属を積層構造としたガルバニック型腐食センサを設置し、該ガルバニック型腐食センサからの出力値が予め定めた値を超えたときに、炭酸ガス腐食環境での腐食対策要レベルを把握することを特徴とする鋼構造物の腐食状況把握方法。
【請求項2】
予め定めた値が1.5μAである請求項1に記載の鋼構造物の腐食状況把握方法。
【請求項3】
鋼構造物に、絶縁層を介して2種の異なる金属を積層構造としたガルバニック型腐食センサを設置し、該ガルバニック型腐食センサからの出力値を測定し、前記ガルバニック型腐食センサからの出力が最大値を示した後、測定開始後24時間経過時に基底値を超える出力が継続する場合には、飛来塩環境と判断し、前記ガルバニック型腐食センサからの出力が最大値を示した後、速やかに基底値に戻る場合には、炭酸ガス腐食環境と判断することを特徴とする鋼構造物の腐食状況把握方法。
【請求項4】
飛来塩環境と判断したときに、一日の電気量が予め定めた値を超えたときに腐食対策要レベルと把握する請求項3に記載の鋼構造物の腐食状況把握方法。
【請求項5】
電気量の予め定めた値が4クーロン/日である請求項4に記載の鋼構造物の腐食状況把握方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−47590(P2012−47590A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−189820(P2010−189820)
【出願日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年4月26日に社団法人腐食防食協会発行の材料と環境2010講演集において発表
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】