説明

鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法

【課題】鋼構造物の耐久性塗膜を低温域においても確実に軟化させて剥離できる方法を提供する。
【解決手段】この発明の塗膜剥離方法は、鋼構造物の表面に塗布した耐食性・高耐久性塗料を塗布した塗膜に対し、浸透剤と有機溶剤を主剤とした塗膜剥離剤を塗布することにより塗膜を膨潤・軟化させ、下地に対する付着力を低下させて塗膜を剥離除去する方法の改良に関し、剥離剤塗布後の経過時間と前記塗膜の雰囲気温度を測定して該当経過時間と雰囲気温度の積分値により塗膜の剥離作業開始のタイミングを決定するものである。
上記温度計測は一定時間経過時毎に間欠的に行い、当該計測回毎の計測温度の和を積分値とし、さらに温度計測は剥離剤塗布後1時間毎に行うこともできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は橋梁その他の土木鋼構造物,一般建築物,クレーン,プラント設備等の機械構造物,建築構造物等の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来上記のような鋼構造物表面に施される高耐久性塗装には鉛,クロム,PCB等の環境汚染を引起す有害物質が含まれることが多かった。
【0003】
このためこれらのメンテナンスのための再塗装に際しては、塗膜を剥離・除去する必要があるが、上記有害物質の環境への影響を考慮して塗膜の飛散や流出を防止すべく、膨潤・軟化させて剥離し、回収することが求められている。
このように塗膜を膨潤化させて効果的に剥離回収し、再塗装の下地を整えるための技術として特許として特許文献1,2が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3985966号公報
【特許文献2】特開2009−179860号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし上記特許文献に示される塗膜除去方法では、鋼構造物の高耐食性・耐久性塗料の材質と、これに適合させて塗膜の溶解流出を防止しつつ機械的剥離を実現させるための剥離剤特有の材質等の関係で、外気温(作業環境温度)が10℃以上で作業することが前提となっている。このため10℃以下の環境では剥離成分の活性が低下して塗膜の除去が不可能又は不十分である。
【0006】
また、10℃以上の環境においても作業場所の環境により剥離作業開始の最適条件が整うタイミングに差があり、各作業現場毎に剥離に適しているか否かを確認しながら行う必要があり、非効率であった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記のような課題を解決するための本発明の方法は、第1に、鋼構造物の表面に塗布した耐食性・高耐久性塗料を塗布した塗膜に対し、浸透剤と有機溶剤を主剤とした塗膜剥離剤を塗布することにより塗膜を膨潤・軟化させ、下地に対する付着力を低下させて塗膜を剥離除去する方法において、剥離剤塗布後の経過時間と前記塗膜の雰囲気温度を測定して該当経過時間と雰囲気温度の積分値により塗膜の剥離作業開始のタイミングを決定することを特徴としている。
【0008】
第2に、温度計測を一定時間経過時毎に間欠的に行い、当該計測回毎の計測温度の和を積分値とすることを特徴としている。
【0009】
第3に、温度計測を剥離剤塗布後1時間毎に行うことを特徴としている。
【0010】
第4に、積分値が240℃・hrであることを特徴としている。
【0011】
第5に、雰囲気温度が平均10℃以下であることを特徴としている。
【0012】
第6に、雰囲気温度が平均5℃〜10℃であることを特徴としている。
【0013】
第7に、雰囲気温度を計測する時間が剥離剤塗布後18時間以上であることを特徴としている。
【0014】
第8に、塗膜に使用される塗料が長ばく形エッチングプライマーと鉛系さび止めペイントと長油性フタル酸樹脂塗料とを用いた塗装系又は長ばく形エッチングプライマーと鉛系さび止めペイントとフェノール樹脂MIO塗料と塩化ゴム系塗料とを用いた塗装系又は長ばく形エッチングプライマーとタールエポキシ樹脂塗料を用いた塗装系からなることを特徴としている。
【0015】
第9に、剥離剤が二塩基酸エステルを主成分とし、該エステルにNMP又はNMPとベンジルアルコールからなる高沸点溶剤と、2〜10W%の有機酸と、界面活性剤とを配合してなることを特徴としている。
【0016】
第10に、有機酸がぎ酸,乳酸,クエン酸,グリコール酸から選択された少なくとも1種からなることを特徴としている。
【0017】
第11に、界面活性剤がノニオン系界面活性剤又はアニオン系界面活性剤の少なくとも1種であることを特徴としている。
【0018】
第12に、ベントナイト又は膨潤性シリカからなる無機増粘剤を添加して増粘させたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0019】
以上のように構成される本発明によれば、剥離剤塗布後の工事場所の外気温を継続的に又は一定間隔(例えば1時間)毎に計測し、その間又は計測時の外気温を積算することにより、その積算値が予め決められた最適値に達した時点で次工程の機械的剥離作業を開始することができるので、工事現場毎の剥離可能状態を現場毎に確認する必要がなく、剥離可能なタイミングを予測した作業計画に即して効率的な作業が可能になる利点がある。
【0020】
またこの方法によれば従来塗膜剥離作業が困難とされてきた剥離剤塗布後の作業現場の外気温が5℃〜10℃のように低温下でも剥離作業が確実に行える利点がある。
このことは冬場等の季節的な低温期のほかに例え工事現場の平均外気温が5℃〜10℃のような寒冷地においてもより広い季節範囲で塗膜剥離作業が可能になることを意味している。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施例1の実施期間中の外気温を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例2の実施期間中の外気温を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下図面に即して本発明の実施形態につき詳述する。
従来前述した本発明の剥離対象となる鋼構造物の高耐塗膜の塗料としては
A 塗装系(長油性フタル酸系樹脂塗料)
B 塗装系(塩化ゴム系樹脂塗料)
D 塗装系(タールエポキシ系樹脂塗料)
が使用されている。
このため本例においては鋼板面に塗装された上記A,Bの各塗装系の塗膜に対し、表1のような配合の剥離剤を調合して使用した。
【0023】
尚、剥離剤の各材料配合比の幅は外気温が10℃を越える場合と5℃〜10℃の低温域の場合とで配合比を調節することを念頭に置いたもので、限られたサンプル数の中で得た数値であるためこれらの数値範囲に厳密に制約されるものではない。
【0024】
【表1】


備考1)上記のうち1〜3は主として塗膜への浸透と膨潤化(軟化)に寄与する有機溶剤 で、低温域では1を減らし2を増やすことが望ましい。
2)有機ベントナイトとしてグリコール酸を使用し、ダレ落ち防止用の増粘剤で低温 域で減量することが望ましい。
【0025】
従来本出願人等が開発した特許文献1の剥離剤及び剥離方法によっても剥離できないとされていた5℃〜10℃の範囲(注:鋼構造物用塗装の適用気温に関し、社団法人日本道路協会の「鋼道路橋塗装・防食便覧」では5℃以下では禁止とされている)でも、一定の条件下では塗膜剥離が可能であることが本発明により確認された。
【0026】
また塗膜の軟化には剥離剤の性能の他に剥離剤塗布後の環境温度と経過時間が深く関係し、特にこの温度と時間の積算値によって軟化時機が決まる点が予測できた。
【0027】
以下実際の現場の橋梁に対する本発明方法の実施例について説明する。尚、使用剥離剤は表1の配合で低温用に調合したものを使用した。
【実施例1】
【0028】
1.試験場所 東京都 新小松川橋
2.試験期間 2009年12月4日〜12月18日
3.試験方法
小松川橋の橋げた本体の腹板側面及びフランジ上面の300mm×300mmの範囲 に剥離剤を塗布し、スクレーパーによる剥離が可能な軟化状態に至る条件を確認し且つ 剥離作業及び塗膜回収を行った。
4.塗膜の種類 塩化ゴム塗装系
5.外気温
この試験における作業現場の外気温は図1に示す通りであり、試験期間中の最高気温 は10.1℃,最低気温4.4℃,平均気温7.1℃であった。尚、上記外気温は1時 間毎に計測した。
6.試験結果
上記試験の結果2ヶ所共に約34時間で塗膜がスクレーパーによる剥離が可能な程度 に軟化した。但し、実際の剥離作業は作業時間帯の都合で塗布後48時間後に行った処 、いずれも再塗装可能な状態での剥離ができた。
【実施例2】
【0029】
1.試験場所 栃木県 鬼怒大橋
2.試験期間 2010年3月2日〜3月6日
3.試験方法
橋げた本体の腹板側面2箇所を1000mm×1000mmの面積範囲に剥離剤(冷 温域用に調合)を塗布し、実施例1と同様に軟化状態の確認,塗膜剥離,剥離塗膜の回 収,復旧までを行った。
4.塗膜の種類 フタル酸塗装系
5.外気温
この試験期間中の外気温は図2に示す通りであり、この間の最高気温は12.5℃, 最低気温は0.6℃,平均気温は4.5℃であり、温度計測は1時間毎に行った。
6.試験結果
この試験では塗膜が剥離可能になる迄に55時間,56時間を要したが、全体の塗膜 剥離作業は作業時間帯の関係で共に72時間後に行った処、スクレーパーによる十分な 塗膜剥離ができた。
[試験結果の考察]
【0030】
実施例1,同2の結果を考察すると、剥離剤を用いた塗膜の剥離は(予め判っていた事項であるが)常温中でも環境温度が高い程、塗布後の軟化時間が短くてすむこと、10℃以下でも軟化のための時間は多く必要とするが、軟化させて剥離することが可能であること、さらに、同一の塗装系に対して同一の剥離剤を用いる場合は、塗膜軟化中の外気温と軟化に要する時間とは共に明確な相関関係があることが判明した。
【0031】
特に本発明の実施例で用いた剥離剤では、剥離剤塗布後の経過時間と外気温度の積算値が一定以上になると塗膜の必要な軟化が実現することが判明した。
【0032】
実施例2では平均気温4.5℃でも剥離できたが、この場合でも5℃を越える一定の時間帯が必要と考えられ、全体としては5℃以上で概ね240℃・hrの積算値が剥離可能な条件と解され、それ以上の積算値であっても塗膜の溶解流出や環境への飛散等が生じない限り許容される。
【0033】
また、この積算値は剥離剤塗布後の経過時間と環境温度の厳密な積分値が最も正確と考えられるが、本実施例のように1時間毎の温度測定値であっても各1時間内での温度変化は極端に大きくない(平均値と大差がない)と予想されるので、塗膜軟化のための積算値として十分に採用できると解される。
【0034】
上記温度計測は一定時間毎の目測値を積算することも可能であるが、作業現場に温度センサーを設置し、その計測値を現場で又は通信手段を介して管理センターで受信し、コンピュータープログラムによって計算処理することも可能である。そしてこの場合は期間中の予想気温により軟化時間を予測し、実測によりこの予測による塗膜剥離タイミングを順次修正しながら条件にあった剥離タイミングを決定することができる。
【0035】
さらに、上記積算値の標準は剥離剤の素成や外気温のレベルによっても変ると考えられ、その他塗膜の種類や経過年数等によっても変動すると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼構造物の表面に塗布した耐食性・高耐久性塗料を塗布した塗膜に対し、浸透剤と有機溶剤を主剤とした塗膜剥離剤を塗布することにより塗膜を膨潤・軟化させ、下地に対する付着力を低下させて塗膜を剥離除去する方法において、剥離剤塗布後の経過時間と前記塗膜の雰囲気温度を測定して該当経過時間と雰囲気温度の積分値により塗膜の剥離作業開始のタイミングを決定する鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項2】
温度計測を一定時間経過時毎に間欠的に行い、当該計測回毎の計測温度の和を積分値とする請求項1の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項3】
温度計測を剥離剤塗布後1時間毎に行う請求項1又は2の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項4】
積分値が240℃・hrである請求項3の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項5】
雰囲気温度が平均10℃以下である請求項1,2,3又は4の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項6】
雰囲気温度が平均5℃〜10℃である請求項1,2,3,4又は5の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項7】
雰囲気温度を計測する時間が剥離剤塗布後18時間以上である請求項1,2,3,4,5又は6の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項8】
塗膜に使用される塗料が長ばく形エッチングプライマーと鉛系さび止めペイントと長油性フタル酸樹脂塗料とを用いた塗装系又は長ばく形エッチングプライマーと鉛系さび止めペイントとフェノール樹脂MIO塗料と塩化ゴム系塗料とを用いた塗装系又は長ばく形エッチングプライマーとタールエポキシ樹脂塗料を用いた塗装系からなる請求項1,2,3,4,5,6又は7の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項9】
剥離剤が二塩基酸エステルを主成分とし、該エステルにNMP又はNMPとベンジルアルコールからなる高沸点溶剤と、2〜10W%の有機酸と、界面活性剤とを配合してなる請求項1,2,3,4,5,6,7又は8の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項10】
有機酸がぎ酸,乳酸,クエン酸,グリコール酸から選択された少なくとも1種からなる請求項9の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項11】
界面活性剤がノニオン系界面活性剤又はアニオン系界面活性剤の少なくとも1種である請求項9又は10の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。
【請求項12】
ベントナイト又は膨潤性シリカからなる無機増粘剤を添加して増粘させた請求項9,10又は11の鋼構造物の高耐久性塗膜の剥離方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−166143(P2012−166143A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−29117(P2011−29117)
【出願日】平成23年2月14日(2011.2.14)
【出願人】(301031392)独立行政法人土木研究所 (107)
【出願人】(511221552)インバイロワンシステム株式会社 (1)
【Fターム(参考)】