説明

鋼矢板の防食構造および防食方法

【課題】高耐食金属板によって樹脂防食層を被覆することで超長期耐久性および優れた耐衝撃性等の品質が確保できるとともに、大型の鋼矢板や被覆長が長い場合にも容易に対応でき、かつ現場施工性を向上させることができる鋼矢板の防食構造および防食方法を提供すること。
【解決手段】隣り合う高耐食金属板33同士を溶接接合して防食被覆体3同士を連結することで、鋼矢板2の幅寸法が大きい場合や被覆長が長い場合であっても、互いに連結した防食被覆体3によって連続した防食保護層を構成することができ、個々の防食被覆体3を大型化しなくてもよくなることから、高耐食金属板33の圧延幅も拡大する必要がなく、既存の製造設備を利用して低コスト化を図ることができる。また、防食被覆体3のサイズが抑制できるので、その運搬や取付作業がし易くなり、水中や水上における作業性を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼矢板の防食構造および防食方法に関し、詳しくは、海洋構造物や河川構造物などで使用される鋼矢板の防食構造および方法であって、水中や飛沫帯、干満帯に位置する鋼矢板の超長期防食を目的として有機防食層を施すとともに、この樹脂被覆の表面をチタン等の高耐食金属板で被覆して防食性能を高めた鋼矢板の防食構造および防食方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼矢板の表面に有機樹脂などで有機防食層を形成し、その表面を耐食性金属薄板で被覆した鋼矢板の防食構造(方法)が利用されている(例えば、特許文献1、2参照)。この防食構造は、耐食性金属薄板で保護層を構成したり、耐食性金属薄板に繊維強化樹脂(FRP)や発泡樹脂を加えて保護層を構成したりすることで、有機防食層に対して環境遮断性および耐衝撃性を付与し、これにより鋼矢板の超長期耐久性と高耐衝撃性とを実現しようとするものである。
このような防食構造では、耐食性金属薄板などで被覆体(カバー)を構成するとともに、鋼矢板にボルトを固定しておき、鋼矢板の表面に有機防食層を当接させつつカバーをボルトで固定することで、鋼矢板を防食被覆するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−39943号公報
【特許文献2】実用新案登録第3128801号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来の防食構造では、隣り合うカバーの端縁部同士が重ね合わされ、この重ね合わせた部分を貫通するボルトによって、カバーが鋼矢板に固定されるようになっているため、鋼矢板が大型化した場合、例えば、ハット型鋼矢板のように幅寸法が大きくなった場合や、矢板の被覆長が長い場合には、それに伴ってカバー自体を大型化する必要が生じる。しかしながら、耐食性金属板の圧延幅には製造設備の能力上の制限があるため、カバーの大型化にも限界があるとともに、カバーを大型化すると現場(水上や水中)における設置作業性が低下する、あるいは設置が困難になってしまうという不都合も生じる。
ここで、一枚の鋼矢板の途中位置でカバーを分割するとともに、この分割位置に対応して鋼矢板の表面に前記ボルトと同様のボルトを固定しておき、重ね合わせたカバーの端縁部にボルトを貫通させて固定する構造も考えられるものの、以下の不都合が生じる。すなわち、凹凸を有した鋼矢板の表面のうち、水中(水上)側に凸となる表面位置にボルト固定部が突出して設けられるため、このボルト固定部に流木などが衝突しやすくなり、その衝撃によってボルトやカバーが変形あるいは破損してしまう可能性がある。このため、カバーの継手部から内部に水や酸素、腐食性のイオンなどが入って有機防食層を劣化させたり、有機防食層が流出したりして防食耐久性が低下する可能性がある。
【0005】
本発明の目的は、高耐食金属板によって樹脂防食層を被覆することで超長期耐久性および優れた耐衝撃性等の品質が確保できるとともに、大型の鋼矢板や被覆長が長い場合にも容易に対応でき、かつ現場施工性を向上させることができる鋼矢板の防食構造および防食方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の鋼矢板の防食構造は、鋼矢板の表面に当接可能な樹脂防食層と、この樹脂防食層に緩衝材を介して一体化された高耐食金属板と、を少なくとも有する防食被覆体を用いた鋼矢板の防食構造であって、前記防食被覆体は、前記鋼矢板の表面に沿って上下、左右または上下左右に互いに隣り合って複数設けられるとともに、当該鋼矢板に固定手段を介して固定され、前記隣り合う防食被覆体における前記高耐食金属板同士が直接または間接的に連続的に溶接接合されることで、当該隣り合う防食被覆体同士が連結されていることを特徴とする。
【0007】
以上の本発明によれば、樹脂防食層、緩衝材および高耐食金属板が一体化された防食被覆体を形成し、この防食被覆体を固定手段によって鋼矢板に固定するとともに、隣り合う防食被覆体の高耐食金属板同士を連続的に溶接接合して防食被覆体同士を連結することで、鋼矢板の大きさ(幅寸法や高さ寸法)に関わらずに、表面側の高耐食金属板が連続した防食保護層を構成することができる。そして、高耐食金属板同士の溶接接合によって防食被覆体を連結することで、各防食被覆体を大型化しなくてもよくなることから、高耐食金属板の圧延幅も拡大する必要がなく、既存の製造設備を利用して低コスト化を図ることができる。さらに、防食被覆体のサイズを抑制することにより、運搬や取付作業がし易くなるので、例えば、水中や水上において既存の鋼矢板に防食被覆体を取り付ける場合であっても、作業性を向上させることができる。また、高耐食金属板同士を直接または間接的に連続的に溶接接合することで、その表面側にボルトやナットが露出しないようにできることから、流木などの衝突によって接合部が変形したり破損したりすることが回避でき、内部への水等の浸入を防止して防食耐久性を保持することができる。
【0008】
この際、本発明の鋼矢板の防食構造では、前記隣り合う防食被覆体のうちの一方における前記高耐食金属板の端縁部には、前記緩衝材側に固定されかつ他方の防食被覆体に向かって突出するとともに、当該高耐食金属板と同種の高耐食金属からなる裏当て板が設けられ、前記隣り合う他方の防食被覆体における前記高耐食金属板が前記一方の防食被覆体に向かって突出して設けられ、この高耐食金属板の突出部と前記裏当て板とが溶接接合されていることが好ましい。
このような構成によれば、隣り合う防食被覆体の高耐食金属板が裏当て板を介して溶接接合されることで、互いの高耐食金属板を面一に設置することができ、接合部における表面側をフラットに形成することができる。従って、接合部の凹凸を極力小さくすることで、流木などの衝突による接合部の変形や破損をより確実に回避することができる。また、裏当て板を介して高耐食金属板同士を溶接接合することで、緩衝材や樹脂防食層への溶接熱の入熱を抑制することができ、熱による緩衝材や樹脂防食層の変形や破損を防止することで、超長期の防食耐久性および耐衝撃性を確保することができる。
【0009】
さらに、本発明の鋼矢板の防食構造では、前記高耐食金属板同士が抵抗シーム溶接で連続的に接合されていることが好ましい。
このような構成によれば、高耐食金属板同士を連続的にシーム溶接することで溶接部からの水や腐食因子の侵入をより確実に防止することができる。また、抵抗シーム溶接によれば、水中や水上における溶接作業が行えることから、既設の鋼矢板に対して水中や水上で防食被覆体の固定作業を実施することができる。さらに、抵抗シーム溶接によれば、アーク溶接よりも低コストで溶接できるほか、緩衝材や樹脂防食層への入熱を抑制することができる。
【0010】
また、本発明の鋼矢板の防食構造では、前記緩衝材と高耐食金属板との間に繊維強化樹脂層を含んで前記防食被覆体が構成されることが好ましい。
このような構成によれば、緩衝材と高耐食金属板との間に繊維強化樹脂層を設けたことで、防食保護層の強度を高めることができ、防食耐久性および耐衝撃性をさらに向上させることができる。
【0011】
そして、本発明の鋼矢板の防食構造では、前記高耐食金属板がチタンまたは耐海水ステンレス鋼からなることが好ましい。
このような構成によれば、高耐食金属板により樹脂防食層を保護することで耐食性を高めることができるとともに、防食被覆体の耐衝撃性も高めることができ、超長期耐久性を確保することができる。
【0012】
一方、本発明の鋼矢板の防食方法は、鋼矢板の表面に当接可能な樹脂防食層と、この樹脂防食層に緩衝材を介して一体化された高耐食金属板と、を少なくとも有する防食被覆体を用いた鋼矢板の防食方法であって、上下、左右または上下左右に互いに隣り合う前記防食被覆体における前記高耐食金属板同士を直接または間接的に連続的に溶接接合して連結するとともに、前記防食被覆体を前記鋼矢板の表面に固定手段を介して固定することを特徴とする。
【0013】
以上の本発明によれば、前述した防食構造と同様に、高耐食金属板同士を溶接接合することで、鋼矢板の大きさや要求される被覆長に応じて各防食被覆体を大型化しなくてもよくなることから、既存の製造設備を利用して高耐食金属板を圧延製造することができるとともに、防食被覆体のサイズを抑制することにより、運搬や取付作業などの現場施工性を向上させることができる。また、高耐食金属板同士を溶接接合することで、その表面側をフラットにできることから、流木などの衝突による変形や破損が回避でき、連続的に溶接することで接合部から内部への水等の浸入を防止して防食耐久性を保持することができる。
【0014】
この際、本発明の鋼矢板の防食方法では、前記高耐食金属板同士を水中または水上にて抵抗シーム溶接で接合することが好ましい。
このような構成によれば、水中または水上(例えば、海水中や海面上)における溶接作業が行えることから、既設の鋼矢板に対して水中または水上で防食被覆体の固定作業を実施することができるとともに、アーク溶接よりも低コストで溶接できるほか、緩衝材や樹脂防食層への入熱を抑制することができる。
【0015】
また、本発明の鋼矢板の防食方法では、前記隣り合う防食被覆体のうちの一方における前記高耐食金属板の端縁部に、前記緩衝材側に固定されかつ他方の防食被覆体に向かって突出するとともに、当該高耐食金属板と同種の高耐食金属からなる裏当て板を予め設けておき、前記隣り合う他方の防食被覆体における前記高耐食金属板を前記一方の防食被覆体に向かって突出して形成しておき、前記裏当て板と前記他方の高耐食金属板の突出部とを重ね合わせて前記隣り合う防食被覆体を設置してから、当該突出部を裏当て板に連続的に溶接接合して当該防食被覆体同士を連結することが好ましい。
このような構成によれば、裏当て板を介して高耐食金属板同士を溶接接合することで、接合部の表面側がフラットに形成でき、流木などの衝突をより確実に回避することができる。また、裏当て板を介することで、緩衝材や樹脂防食層への溶接熱の入熱を抑制することができ、熱による緩衝材や樹脂防食層の変形や破損を防止することで、超長期の防食耐久性および耐衝撃性を確保することができる。
【発明の効果】
【0016】
以上のような本発明の鋼矢板の防食構造および防食方法によれば、高耐食金属板によって樹脂防食層を被覆することで超長期耐久性および優れた耐衝撃性等の品質が確保できるとともに、大型の鋼矢板や被覆長が長い場合にも容易に対応でき、かつ現場施工性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の第1実施形態に係る鋼矢板の防食構造を示す横断面図である。
【図2】前記鋼矢板の防食構造を示す斜視図である。
【図3】前記鋼矢板の防食構造の一部を拡大して示す断面図である。
【図4】(A),(B)は、前記鋼矢板の防食構造の施工手順を示す断面図である。
【図5】(A),(B)は、前記実施形態の変形例を示す断面図である。
【図6】本発明の第2実施形態に係る鋼矢板の防食構造を示す横断面図である。
【図7】前記防食構造における防食被覆体を示す斜視図である。
【図8】前記防食被覆体の接合構造を示す斜視図である。
【図9】前記防食被覆体の接合手順を示す縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の各実施形態を図面に基づいて説明する。
なお、第2実施形態以降において、次の第1実施形態で説明する構成部材と同じ構成部材、および同様な機能を有する構成部材には、第1実施形態の構成部材と同じ符号を付し、それらの説明を省略または簡略化する。
【0019】
〔第1実施形態〕
図1〜図3において、第1実施形態の鋼矢板の防食構造1は、例えば、海洋構造物としての護岸Gを支持する鋼矢板2の海S側表面を被覆する防食被覆体3を用いるものであって、本実施形態の鋼矢板2は、海S側に凸に設けられる第1ウェブ21と、護岸G側に凹に設けられる一対の第2ウェブ22と、これらを連結する一対のフランジ23と、第2ウェブ22先端の継手部24と、を備えたハット形鋼矢板で構成されている。鋼矢板2は、海中の地盤に貫入されるとともに、隣り合う他の鋼矢板2と継手部24同士を嵌合させることで連結されており、このように連続する鋼矢板2によって護岸Gの支持壁体が構成されている。
【0020】
防食被覆体3は、鋼矢板2の海S側表面に当接して設けられる樹脂防食層としてのペトロラタムシート31と、このペトロラタムシート31に接着される緩衝材としての発泡樹脂層32と、この発泡樹脂層32に接着される高耐食金属板33とを有し、これらが一体化されて構成されている。ペトロラタムシート31は、厚さ2〜3mmのシート状に形成され、その鋼矢板2側には所定の粘性を有したペトロラタム樹脂が塗布され、このペトロラタム樹脂を介して鋼矢板2の海S側表面に密着するように構成されている。発泡樹脂層32は、厚さ5〜20mmの板状に形成され、発泡ポリエチレンなどの樹脂材料から構成されている。高耐食金属板33は、厚さ0.4〜1mmの薄板状に形成され、チタンや耐海水ステンレス鋼(例えばSUS316、SUS317、SUS317にCu、N等を添加して耐孔食性等を改善したステンレス鋼など)の高耐食金属から構成されている。
【0021】
このような防食被覆体3は、鋼矢板2において防食対象とする飛沫帯や干満帯の高さに応じた所定の高さ寸法と、各々の鋼矢板2の幅と略同一の幅寸法とを有して形成され、このように分割して形成された個々の防食被覆体3が鋼矢板2に固定されるとともに、左右に隣り合う防食被覆体3同士が海中において連結されることで、左右に連続して鋼矢板2の海S側表面を被覆するように構成されている。具体的に、防食被覆体3は、隣り合う2枚の鋼矢板2に跨って設置され、鋼矢板2の第1ウェブ21の略半分に沿う突状部34と、フランジ23に沿う傾斜部35と、第2ウェブ22および継手部24に沿う後退部36とを有して断面屈曲状に形成されている。そして、防食被覆体3は、鋼矢板2の第2ウェブ22に左右一対の固定手段4を介して後退部36が固定されるとともに、左右に隣り合う防食被覆体3の突状部34の側端縁同士が第1ウェブ21の略中央に位置する接合部5で縦方向に接合され、左右に連結されるようになっている。
【0022】
固定手段4は、鋼矢板2の第2ウェブ22の海S側表面に溶接固定される固定板41と、この固定板41に固定されて海S側に突出するボルト42と、このボルト42が挿通されて防食被覆体3の後退部36表面に当接する押え板43と、ボルト42に螺合されて押え板43を介して防食被覆体3を鋼矢板2に向かって締め付けるナット44とを有して構成されている。このような固定手段4は、隣り合う鋼矢板2の第2ウェブ22に各1箇所ずつに設けられており、防食被覆体3の後退部36の左右2箇所には、ボルト42を挿通させる挿通孔が所定間隔で上下に並んで複数設けられている。従って、防食被覆体3は、その傾斜部35に近接した位置における後退部36の左右両端部がナット44および押え板43によって締め付けられることで、鋼矢板2に固定されるようになっている。
【0023】
接合部5は、図3に示すように、左右に隣り合う防食被覆体3の高耐食金属板33同士が裏当て板51を介して間接的に溶接接合されることで、当該隣り合う一方(図3中、右側)の防食被覆体3Aと他方(図3中、左側)の防食被覆体3Bとが連結される構造となっている。具体的には、一方の防食被覆体3Aにおいて、高耐食金属板33の端縁部の発泡樹脂層32側に裏当て板51が連続的に溶接固定され、この裏当て板51は、その幅寸法の略半分の突出量だけ他方の防食被覆体3Bに向かって突出して設けられている。そして、裏当て板51は、防食被覆体3の高耐食金属板33と同種の高耐食金属から形成され、高耐食金属板33と同程度の厚さ寸法、または高耐食金属板33よりも厚く形成されている。また、一方の防食被覆体3Aにおける発泡樹脂層32およびペトロラタムシート31は、裏当て板51の突出方向先端位置まで延びて形成されている。また、他方の防食被覆体3Bにおいて、高耐食金属板33の端縁部には、一方の防食被覆体3Aに向かって突出する突出部33Aが形成され、この突出部33Aは、裏当て板51の海S側表面に沿って設けられ、裏当て板51に連続的に溶接固定されている。
【0024】
以上のような一方および他方の防食被覆体3A,3B同士の接合手順について、図4も参照して説明する。
ここで、高耐食金属板33と裏当て板51とを接合する溶接方法としては、Tig溶接や抵抗シーム溶接、レーザー溶接などが使用できるが、ここでは海中における抵抗シーム溶接が用いられている。
先ず、図4(A)に示すように、一方の防食被覆体3Aを鋼矢板2に前記固定手段4で固定してから、他方の防食被覆体3Bを鋼矢板2に設置する。この際、一方および他方の防食被覆体3A,3Bの発泡樹脂層32およびペトロラタムシート31同士を互いに当接させるとともに、他方の防食被覆体3Bにおける高耐食金属板33の突出部33Aを一方の防食被覆体3Aの裏当て板51に重ね、一方および他方の高耐食金属板33同士がフラット(面一)になるように位置決めする。そして、他方の防食被覆体3Bにおける後退部36を固定手段4で鋼矢板2に固定する。
【0025】
次に、図4(B)に示すように、一方の防食被覆体3Aの高耐食金属板33表面に銅板52を適宜な接着剤や粘着テープなどで仮止めしてから、溶接装置の溶接側電極輪W1を他方の防食被覆体3Bにおける高耐食金属板33の突出部33A表面に設置し、アース側電極輪W2を一方の防食被覆体3Aにおける銅板52表面に設置する。次いで、溶接装置を上方から下方または下方から上方に移動させ、突出部33Aを裏当て板51に連続的に溶接接合する。この後、溶接装置を外してから仮止めした銅板52を取り外して、一方および他方の防食被覆体3A,3Bの連結が完了する。
そして、以上のような接合手順を繰り返すことで、左右に連続する防食被覆体3同士が一体に連結され、鋼矢板2からなる護岸Gの支持壁体の海S側表面がが防食被覆体3によって覆われるようになっている。
【0026】
なお、本実施形態において、防食被覆体3同士の接合構造は、前記接合部5に限らず、以下の図5に示す接合部5A,5Bのような構造であってもよい。
すなわち、図5(A)に示す接合部5Aは、前記接合部5のような裏当て板51を用いず、他方の防食被覆体3Bにおける高耐食金属板33の突出部33Aを、一方の防食被覆体3Aの高耐食金属板33の表面に直接溶接するものである。この場合には、一方の防食被覆体3Aの高耐食金属板33の表面に図示しない銅板を仮付けしておき、前記溶接側電極輪W1を突出部33Aの表面に設置し、アース側電極輪W2を銅板表面に設置した状態で、突出部33Aを一方の高耐食金属板33に溶接接合すればよい。
【0027】
また、図5(B)に示す接合部5Bは、防食被覆体3が発泡樹脂層32と高耐食金属板33との間に繊維強化樹脂層(FRP層)37を含んで構成された場合のものである。ここで、一方の防食被覆体3Aにおいて、繊維強化樹脂層37は、高耐食金属板33よりも短く形成されて裏当て板51の端部に当接する位置で止まっており、発泡樹脂層32およびペトロラタムシート31は、裏当て板51の突出方向先端位置まで延びて形成されている。また、他方の防食被覆体3Bにおいて、繊維強化樹脂層37は、発泡樹脂層32およびペトロラタムシート31と同様に突出部33Aよりも後退して設けられ、裏当て板51の突出方向先端に当接するようになっている。この接合部5Bにおける高耐食金属板33同士の溶接接合の手順は、前記接合部5の接合手順と同様である。
【0028】
以上の本実施形態によれば、以下の効果が得られる。
(1)すなわち、隣り合う高耐食金属板33同士を溶接接合して防食被覆体3同士を連結することで、ハット形鋼矢板のように鋼矢板2の幅寸法が大きい場合であっても、互いに連結した防食被覆体3によって連続した防食保護層を構成することができ、個々の防食被覆体3を大型化しなくてもよくなることから、高耐食金属板33の圧延幅も拡大する必要がなく、既存の製造設備を利用して低コスト化を図ることができる。また、防食被覆体3のサイズが抑制できるので、その運搬や取付作業がし易くなり、水中や水上において既存の鋼矢板2に防食被覆体3を取り付ける場合の作業性を向上させることができる。
【0029】
(2)さらに、高耐食金属板33同士を裏当て板51を介して溶接接合することで、その表面側にボルトやナットなどが露出せず、連結した防食被覆体3の突状部34表面をフラットに形成することができることから、流木などの衝突によって接合部5,5A,5Bが変形したり破損したりすることが回避でき、防食被覆体3と鋼矢板2との間への水等の浸入を防止して防食耐久性を保持することができる。また、裏当て板51を介して高耐食金属板33同士を溶接接合することで、発泡樹脂層32やペトロラタムシート31への溶接熱の入熱を抑制することができ、熱による、発泡樹脂層32やペトロラタムシート31の変形や破損を防止することで、超長期の防食耐久性および耐衝撃性を確保することができる。
【0030】
(3)高耐食金属板33同士を抵抗シーム溶接で接合することで、水中や水上における溶接作業が行えることから、既設の鋼矢板2に対して水中や水上で防食被覆体3の固定作業を実施することができるとともに、アーク溶接などよりも低コストで溶接できるほか、発泡樹脂層32やペトロラタムシート31への入熱を確実に抑制することができる。
【0031】
〔第2実施形態〕
図6において、第2実施形態の防食構造1Aは、前記第1実施形態と異なり、U形の鋼矢板6(凸側鋼矢板6Aおよび凹側鋼矢板6B)の海S側表面を防食被覆体7(凸側防食被覆体7Aおよび凹側防食被覆体7B)で被覆する構造となっている。凸側鋼矢板6Aは、海S側に設けられるウェブ61と、このウェブ61の両側に連続する一対のフランジ62と、フランジ62先端の継手部63とを備えて形成され、凹側鋼矢板6Bは、護岸G側に設けられるウェブ64と、このウェブ64の両側に連続する一対のフランジ65と、フランジ65先端の継手部66とを備えて形成され、凸側鋼矢板6Aおよび凹側鋼矢板6Bは、互いの継手部63,66同士を嵌合させることで連結されている。防食被覆体7は、前記第1実施形態の防食被覆体3と同様に、ペトロラタムシート71と、発泡樹脂層72と、高耐食金属板73とを有して構成されている。
【0032】
凸側防食被覆体7Aは、凸側鋼矢板6Aの幅と略同一の幅寸法とを有して形成され、凸側鋼矢板6Aのウェブ61に沿う突状部74と、フランジ62に沿う傾斜部75とを有して護岸Gに開口した断面略コ字状に形成されている。凹側防食被覆体7Bは、凹側鋼矢板6Bの幅と略同一の幅寸法とを有して形成され、凹側鋼矢板6Bのウェブ64に沿う後退部76と、フランジ65に沿う傾斜部77とを有して海S側に開口した断面略コ字状に形成されている。これらの防食被覆体7は、前記第1実施形態と略同様の固定手段4を介して鋼矢板6に固定されており、固定手段4の固定板41およびボルト42は、凹側鋼矢板6Bの継手部66に連続的に溶接固定されて海S側に突出して設けられている。そして、凹側防食被覆体7Bの傾斜部77端縁に設けた挿通孔に固定手段4のボルト42を挿通させるとともに、さらに海S側から凸側防食被覆体7Aを重ね、その傾斜部75端縁に設けた挿通孔にボルト42を挿通させ、押え板43を介して防食被覆体7を鋼矢板6に向かってナット44で締め付けることで、防食被覆体7が固定されるようになっている。
【0033】
以上の防食被覆体7は、図7に示すように、それぞれ所定の高さ寸法を有して形成され、つまり上下に複数個の分割されており、上下に隣り合う防食被覆体7同士が接合部8で横方向に接合され、上下に連結されるようになっている。なお、ここでは、防食被覆体7のうちの凸側防食被覆体7Aを図示して説明するが、凹側防食被覆体7Bも同様に、接合部8によって上下に連結されるようになっている。接合部8は、上下に隣り合う防食被覆体7の高耐食金属板73同士が裏当て板81を介して間接的に溶接接合されることで、当該隣り合う一方(図中、上側)の防食被覆体7Cと他方(図中、下側)の防食被覆体7Dとが連結される構造となっている。具体的には、図8および図9に示すように、一方の防食被覆体7Cにおいて、高耐食金属板73の下端縁部の発泡樹脂層72側に裏当て板81が連続的に溶接固定され、この裏当て板81は、その幅寸法の略半分の突出量だけ他方の防食被覆体7Dに向かって突出して設けられている。また、他方の防食被覆体7Dにおいて、高耐食金属板73の端縁部には、一方の防食被覆体7Cに向かって突出する突出部73Aが形成され、この突出部73Aは、裏当て板81の海S側表面に沿って設けられ、裏当て板81に連続的に溶接固定されるようになっている。
【0034】
本実施形態における上下の防食被覆体7同士の接合手順、および裏当て板81を介した高耐食金属板73同士の溶接方法としては、前記第1実施形態と略同様に水中や水上で高耐食金属板73同士を抵抗シーム溶接する手順が採用可能である。さらに、本実施形態においては、陸上で防食被覆体7の高耐食金属板73同士を抵抗シーム溶接し、上下の防食被覆体7同士を連結してから、この連結した防食被覆体7を水中や水上に運搬し、鋼矢板6に固定手段4で固定するような取付手順が採用可能である。
以上の本実施形態によれば、前記第1実施形態と同様に、個々の防食被覆体7を大型化しなくてもよくなることから、高耐食金属板73の圧延幅も拡大する必要がなく、既存の製造設備を利用して低コスト化を図ることができるとともに、防食被覆体7のサイズが抑制できるので、その運搬や取付作業がし易くなり、水中または水上における運搬や取付作業の作業性を向上させることができる。
【0035】
なお、本発明は、前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる他の構成等を含み、以下に示すような変形等も本発明に含まれる。
例えば、前記実施形態においては、左右に隣り合う防食被覆体3同士を連結する防食構造と、上下に隣り合う防食被覆体7同士を連結する防食構造とを説明したが、本発明の防食構造は、防食被覆体を上下左右に隣り合わせて連結したものであってもよい。
また、前記実施形態では、凹凸形状の断面を有する鋼矢板2,6の表面を防食被覆体3,7で被覆する構成を説明したが、これに限らず、鋼矢板としては、直線状や曲線状の断面を有したものであってもよく、この場合には、防食被覆体としても鋼矢板の表面形状に応じた形状を有して構成されていればよい。
【0036】
また、前記実施形態では、高耐食金属板33,73同士を抵抗シーム溶接によって溶接接合する構成を説明したが、高耐食金属板33,73同士の接合方法としては、Tig溶接やレーザー溶接などを用いてもよい。さらに、前記実施形態のように裏当て板51,81を用いずに、高耐食金属板の端縁同士を突き合わせた状態で、当該端縁同士を溶接接合してもよい。
また、前記実施形態では、防食被覆体3,7を鋼矢板2,6に固定する固定手段4として、ボルト42やナット44を用いたが、固定手段としては、前記実施形態で説明したものに限らず、係合や嵌合によって防食被覆体を鋼矢板に固定する構成など、任意の構成が採用可能である。
なお、鋼矢板2,6と防食被覆体3,7との電気的接触による異種金属接触腐食を防止するため、押え板43にFRP等の絶縁性の材料を用いるか、あるいはボルト42を絶縁性のスリーブで被覆する等の対策を講じることが好ましい。
【0037】
その他、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施形態に関して特に図示され、かつ説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、形状、材質、数量、その他の詳細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
従って、上記に開示した形状、材質などを限定した記載は、本発明の理解を容易にするために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、それらの形状、材質などの限定の一部もしくは全部の限定を外した部材の名称での記載は、本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0038】
2,6…鋼矢板、3,7…防食被覆体、4…固定手段、5,5A,5B,8…接合部、31,71…ペトロラタムシート(樹脂防食層)、32,72…発泡樹脂層(緩衝材)、33,73…高耐食金属板、33A,73A…突出部、37…繊維強化樹脂層、51,81…裏当て板。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼矢板の表面に当接可能な樹脂防食層と、この樹脂防食層に緩衝材を介して一体化された高耐食金属板と、を少なくとも有する防食被覆体を用いた鋼矢板の防食構造であって、
前記防食被覆体は、前記鋼矢板の表面に沿って上下、左右または上下左右に互いに隣り合って複数設けられるとともに、当該鋼矢板に固定手段を介して固定され、
前記隣り合う防食被覆体における前記高耐食金属板同士が直接または間接的に連続的に溶接接合されることで、当該隣り合う防食被覆体同士が連結されていることを特徴とする鋼矢板の防食構造。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼矢板の防食構造において、
前記隣り合う防食被覆体のうちの一方における前記高耐食金属板の端縁部には、前記緩衝材側に固定されかつ他方の防食被覆体に向かって突出するとともに、当該高耐食金属板と同種の高耐食金属からなる裏当て板が設けられ、
前記隣り合う他方の防食被覆体における前記高耐食金属板が前記一方の防食被覆体に向かって突出して設けられ、この高耐食金属板の突出部と前記裏当て板とが溶接接合されていることを特徴とする鋼矢板の防食構造。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の鋼矢板の防食構造において、
前記高耐食金属板同士が抵抗シーム溶接で連続的に接合されていることを特徴とする鋼矢板の防食構造。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載の鋼矢板の防食構造において、
前記緩衝材と高耐食金属板との間に繊維強化樹脂層を含んで前記防食被覆体が構成されることを特徴とする鋼矢板の防食構造。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の鋼矢板の防食構造において、
前記高耐食金属板がチタンまたは耐海水ステンレス鋼からなることを特徴とする鋼矢板の防食構造。
【請求項6】
鋼矢板の表面に当接可能な樹脂防食層と、この樹脂防食層に緩衝材を介して一体化された高耐食金属板と、を少なくとも有する防食被覆体を用いた鋼矢板の防食方法であって、
上下、左右または上下左右に互いに隣り合う前記防食被覆体における前記高耐食金属板同士を直接または間接的に連続的に溶接接合して連結するとともに、前記防食被覆体を前記鋼矢板の表面に固定手段を介して固定することを特徴とする鋼矢板の防食方法。
【請求項7】
請求項6に記載の鋼矢板の防食方法において、
前記高耐食金属板同士を水中または水上にて抵抗シーム溶接で接合することを特徴とする鋼矢板の防食方法。
【請求項8】
請求項6または請求項7に記載の鋼矢板の防食方法において、
前記隣り合う防食被覆体のうちの一方における前記高耐食金属板の端縁部に、前記緩衝材側に固定されかつ他方の防食被覆体に向かって突出するとともに、当該高耐食金属板と同種の高耐食金属からなる裏当て板を予め設けておき、前記隣り合う他方の防食被覆体における前記高耐食金属板を前記一方の防食被覆体に向かって突出して形成しておき、
前記裏当て板と前記他方の高耐食金属板の突出部とを重ね合わせて前記隣り合う防食被覆体を設置してから、当該突出部を裏当て板に連続的に溶接接合して当該防食被覆体同士を連結することを特徴とする鋼矢板の防食方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−255178(P2010−255178A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−102574(P2009−102574)
【出願日】平成21年4月21日(2009.4.21)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000227261)日鉄防蝕株式会社 (31)
【Fターム(参考)】