説明

鋼矢板擁壁およびその設計方法

【課題】背面地盤側の敷地の有効利用を図ることができるとともに土圧の増加に対しても経済的に設計することができる鋼矢板擁壁およびその設計方法を提供すること。
【解決手段】控え鋼矢板4を背面地盤側の敷地境界線Kに沿わせて擁壁本体部3に連結し、擁壁本体部3の中間位置において他の部材が背面側に突出しないようにすることで、背面地盤G2側の敷地を圧迫することがなく、背面側の敷地の有効利用を図ることができる。また、控え鋼矢板4と背面土Sとの摩擦抵抗力によって増加土圧を支持することができるので、擁壁本体部3の鋼矢板2のサイズや板厚を増加させなくてもよいことから、鋼矢板擁壁1を経済的に設計することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、断面屈曲状に形成された鋼矢板で背面土圧を支持する鋼矢板擁壁、および鋼矢板擁壁の設計方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
土木建築分野における土留め壁として、鋼矢板を左右に連結して構築される鋼矢板擁壁が利用されている。このような鋼矢板擁壁の断面性能を向上させるために、側面にH形鋼を溶接固定した鋼矢板と、H形鋼を固定しない鋼矢板とを混在させた構造が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
また、鋼矢板擁壁として、背面側に複数の鋼矢板を連結した控え壁と、この控え壁の先端側に交差して複数の鋼矢板を連結した支圧壁とを設けることで、当該鋼矢板擁壁の剛性向上を図ったものも提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0003】
ところで、土留め壁の前面側の敷地に建物や排水設備等を構築する場合、図4に示すように、土留め壁W近傍の地盤を掘削することがあり、このように前面地盤G1に掘削部Bを形成すると背面地盤G2との段差D2が大きくなって背面土圧P(=P1+P2)が増加することとなる。このため、土留め壁の設計に際しては、所定段差D1における背面土圧P1に対してのみならず、増加土圧P2も考慮して土留め壁Wの壁厚や根入れ深さ等を算出することが一般的である。従って、特許文献1、2に記載の鋼矢板擁壁においても、増加土圧P2を考慮した荷重に対して鋼矢板のサイズや板厚を算出するとともに、溶接固定するH形鋼のサイズや板厚、控え壁や支圧壁の長さ等を算出することになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−241816号公報
【特許文献2】特許第3072065号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の鋼矢板擁壁のように、鋼矢板にH形鋼を溶接固定したり、控え壁や支圧壁を連結したりすると、これらのH形鋼や控え壁、支圧壁が鋼矢板擁壁の背面側に突出することから、背面側の敷地における有効利用可能な面積が減少したり、敷地内に構築する建物等の基礎や地下の設置領域が制限されたりなどの不都合が生じてしまう。
また、従来の土留め壁の設計方法では、増加土圧P2も考慮した背面土圧P(=P1+P2)に対して鋼矢板やH形鋼、控え壁や支圧壁を設計することになるため、所定段差に対して設計するよりも部材サイズや板厚が増加してしまい、材料コストや施工コストが増大するという不都合が生じる。
【0006】
本発明の目的は、背面地盤側の敷地の有効利用を図ることができるとともに土圧の増加に対しても経済的に設計することができる鋼矢板擁壁およびその設計方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の鋼矢板擁壁は、断面屈曲状に形成された鋼矢板で背面土圧を支持する鋼矢板擁壁であって、複数の前記鋼矢板を連結して構成される擁壁本体部と、この擁壁本体部の両端部に位置する鋼矢板に連結されて背面側に延びる一対かつ各1枚ずつの控え鋼矢板とを備え、前記一対の控え鋼矢板は、それぞれ背面地盤側の敷地境界線に沿う側面部を有して構成されていることを特徴とする。
【0008】
以上の本発明によれば、擁壁本体部の両端部に1枚ずつの控え鋼矢板を連結し、これらの控え鋼矢板の側面部を背面地盤側の敷地境界線に沿わせて配置することで、擁壁本体部の中間位置にて控え壁やH形鋼等が背面側に突出しないようにでき、背面地盤側の敷地の有効利用を図ることができる。また、控え鋼矢板を設けることで、この控え鋼矢板と背面土との摩擦力を得ることができる。従って、前面地盤を掘削して増加土圧が生じた場合であっても、背面地盤が静止している状態(静止土圧状態)であれば、控え鋼矢板と背面土との摩擦力によって土圧の増加分を負担することができ、擁壁本体部における鋼矢板のサイズや板厚を増加させなくてもよいことから当該鋼矢板擁壁を経済的に設計することができる。
【0009】
この際、本発明の鋼矢板擁壁では、前記擁壁本体部を構成する複数の鋼矢板と前記控え鋼矢板とは、同一種類、同断面一サイズの鋼矢板で構成されていることが好ましい。
このような構成によれば、複数種類の鋼矢板を準備しなくてもよいことから、部品管理手間やコストが低減できるとともに、鋼矢板を打設するための打設機械も共通化でき、施工手間が軽減できるとともに工期の短縮化を図ることができる。
【0010】
さらに、本発明の鋼矢板擁壁では、前記控え鋼矢板の上下長さは、前記擁壁本体部に使用される鋼矢板の上下長さより短くかつその上下長さ寸法の1/2以上に設定されていることが好ましい。
このような構成によれば、前面掘削による土圧増加分に確実に抵抗しつつ、必要最小限の控え鋼矢板長さとすることができ、経済的に擁壁本体の変形を抑制できる。また控え鋼矢板の上下長さは短いため、打設時間が擁壁本体部の鋼矢板より短くなり、施工負荷を軽減できる。
【0011】
さらに、本発明の鋼矢板擁壁では、前記擁壁本体部の両端部の鋼矢板と前記控え鋼矢板とは、コネクター、異形鋼矢板またはコーナー鋼矢板を介して連結されていることが好ましい。
このような構成によれば、一般的に用いられているコネクターや異形鋼矢板、コーナー鋼矢板を介して擁壁本体部に控え鋼矢板を連結するため、特殊な打設機械を用いなくても鋼矢板を打設できることから、施工性を良好にすることができる。
【0012】
一方、本発明の鋼矢板擁壁の設計方法は、断面屈曲状に形成された鋼矢板を用いて背面土圧を支持する前記いずれかの鋼矢板擁壁の設計方法であって、前面側と背面側との所定段差における背面土圧を支持可能に複数の前記鋼矢板を連結して構成される擁壁本体部を設計し、前記所定段差よりもさらに前面地盤を掘削して段差が大きくなった際の増加土圧を、前記擁壁本体部の両端部の鋼矢板に連結されて背面側に延びる一対かつ各1枚ずつの控え鋼矢板と背面土との摩擦力で支持可能に当該控え鋼矢板を設計することを特徴とする。
【0013】
このような本発明によれば、控え鋼矢板と背面土との摩擦力によって増加土圧を支持可能に控え鋼矢板を設計することで、所定段差における背面土圧を支持可能に設計した擁壁本体部における鋼矢板のサイズや板厚等を増加させる必要がないため、鋼矢板擁壁を経済的に設計することができる。
【発明の効果】
【0014】
以上のような本発明の鋼矢板擁壁およびその設計方法によれば、擁壁本体部の両端部に1枚ずつ連結した控え鋼矢板の側面部を背面地盤側の敷地境界線に沿わせて配置することで、擁壁本体部の中間位置において背面側に突出する部材を設ける必要がないことから、背面地盤側の敷地の有効利用を図ることができるとともに、控え鋼矢板と背面土との摩擦力によって増加土圧を支持することで、擁壁本体部の鋼矢板のサイズや板厚等を増加させる必要がないため、鋼矢板擁壁を経済的に設計することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施形態に係る鋼矢板擁壁を示す断面図である。
【図2】前記鋼矢板擁壁を示す断面図である。
【図3】前記鋼矢板擁壁の要部を拡大して示す断面図である。
【図4】鋼矢板擁壁に作用する土圧を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。
図1〜図3において、鋼矢板擁壁1は、傾斜地における前面地盤G1と背面地盤G2の段差部において背面土Sの土圧を支持する土留め壁として利用されるものであって、複数の鋼矢板2を左右に連結した擁壁本体部3を備えて構成されている。鋼矢板2は、断面中央に位置する第1フランジ21と、この第1フランジ21の両側端縁に連続する一対のウェブ22と、これら一対のウェブ22の先端縁から第1フランジ21と平行かつ外方に延びる一対の第2フランジ23と、これら一対の第2フランジ23の先端縁に設けられる一対の継手部24とを有したハット形鋼矢板であり、隣り合う鋼矢板2の継手部24同士を係合することで連結されている。このような鋼矢板2では、第1フランジ21の前面側表面と継手部24の背面側端面との外面間距離である鋼矢板断面高さHを有し、この鋼矢板断面高さHが鋼矢板擁壁1の壁厚寸法になっている。そして、鋼矢板2は、背面地盤G2の表面から地盤中に長さ寸法L1だけ貫入され、また、擁壁本体部3は、左右方向に水平長さ寸法L2を有して構成され、この水平長さ寸法L2としては、鋼矢板擁壁1両端部から離れた擁壁中央部でのたわみの発生を抑制するため、10m以下であることが好ましい。
【0017】
擁壁本体部3の左右両端部の鋼矢板2には、背面側に延びて背面土Sに貫入される控え鋼矢板4が連結されている。この控え鋼矢板4は、鋼矢板2と同一種類および同一断面サイズのハット形鋼矢板からなり、第1フランジ41と、この第1フランジ41の両側端縁に連続する一対のウェブ42と、これら一対のウェブ42の先端縁から第1フランジ41と平行に延びる一対の第2フランジ43と、これら一対の第2フランジ43の先端縁に設けられる一対の継手部44とを有して形成されている。そして、控え鋼矢板4は、その第1フランジ41および第2フランジ43が背面地盤G2における敷地境界線Kに沿って設けられ、第1フランジ41が第2フランジ43よりも敷地内部側に配置されている。また、控え鋼矢板4の継手部44は、図3に示すように、断面略S字形のコネクター5を介して鋼矢板2の継手部24と連結されている。なお、控え鋼矢板4は、断面屈曲状の異形鋼矢板やコーナー継手を有するコーナー鋼矢板を介して鋼矢板2に連結されてもよい。また、控え鋼矢板4の上下長さ寸法L3は、鋼矢板2の長さ寸法L1よりも経済性および施工性の面から短くすることが好ましいが、確実に前面掘削による生じる増加土圧に抵抗し得るように、擁壁本体部3に使用される鋼矢板2の上下長さ寸法L1の1/2以上であることが望ましい。
【0018】
以下、鋼矢板擁壁1の設計例を示す。
設計条件としては、擁壁の壁高さ(所定段差)D1を3m、擁壁本体部3の水平長さ寸法L2を10m、前面地盤G1の掘削部B深さD3を1.5mとし、地盤の単位体積重量を18kN/m3 、地盤のN値を15とした。従って、掘削部Bの掘削に伴う土圧の増加分(増加土圧P2)は、506kNと算出される。
また、地盤を砂質土として、「道路橋示方書(社団法人日本道路協会)」に基づき、控え鋼矢板4との単位面積あたりの摩擦力を30kN/m2 に設定した。そして、控え鋼矢板4の幅寸法が0.9mで、上下長さ寸法L3が10mと設定すると、1枚の当たりの控え鋼矢板4と背面土Sとの摩擦力は、540kNと算出され、2枚の控え鋼矢板4で1080kNの摩擦力を得ることができる。また、控え鋼矢板4の上下長さ寸法L3を5mとしても、2枚で540kNの摩擦力が得られ、増加土圧P2(=506kN)を上回ることができる。
以上のように、控え鋼矢板4の長さを適宜設定することで、掘削部Bの掘削による増加土圧P2を控え鋼矢板4の摩擦抵抗力が上回るようにでき、増加土圧P2を控え鋼矢板4の摩擦抵抗によって支持することができる。
【0019】
以上の本実施形態によれば、以下のような効果が得られる。
すなわち、控え鋼矢板4を背面地盤G2側の敷地境界線Kに沿わせて擁壁本体部3に連結し、擁壁本体部3の中間位置において他の部材が背面側に突出しないようにすることで、背面地盤G2の敷地を圧迫することがなく、背面側の敷地の有効利用を図ることができる。また、控え鋼矢板4と背面土Sとの摩擦抵抗力によって増加土圧P2を支持することができるので、擁壁本体部3の鋼矢板2のサイズや板厚を増加させなくてもよいことから、鋼矢板擁壁1を経済的に設計することができる。
さらに、鋼矢板2と控え鋼矢板4とが同一種類および同一断面サイズの鋼矢板で構成されているので、複数種類の鋼矢板を準備しなくてもよいことから、部品管理手間やコストが低減できるとともに、鋼矢板2,4を打設するための打設機械も共通化でき、施工手間が軽減できるとともに工期の短縮化を図ることができる。
【0020】
なお、本発明は、前記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる他の構成等を含み、以下に示すような変形等も本発明に含まれる。
例えば、前記実施形態ではハット形鋼矢板からなる鋼矢板2を例示したが、本発明の鋼矢板としては、ハット形鋼矢板に限らず、U形鋼矢板やZ形鋼矢板など他の形態の鋼矢板も利用可能であり、これらの鋼矢板と同様のものを鋼矢板擁壁本体部や控え鋼矢板として利用可能である。
また、前記実施形態における設計例で示した鋼矢板擁壁1の各部寸法や地盤の諸定数は、あくまでも一例であって、本発明を限定するものではない。
【0021】
その他、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施形態に関して特に図示され、かつ説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、形状、材質、数量、その他の詳細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
従って、上記に開示した形状、材質などを限定した記載は、本発明の理解を容易にするために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、それらの形状、材質などの限定の一部もしくは全部の限定を外した部材の名称での記載は、本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0022】
1…鋼矢板擁壁、2…鋼矢板、3…擁壁本体部、4…控え鋼矢板、5…コネクター、41…第1フランジ(側面部)、43…第2フランジ(側面部)、K…敷地境界線、S…背面土。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
断面屈曲状に形成された鋼矢板で背面土圧を支持する鋼矢板擁壁であって、
複数の前記鋼矢板を連結して構成される擁壁本体部と、この擁壁本体部の両端部に位置する鋼矢板に連結されて背面側に延びる一対かつ各1枚ずつの控え鋼矢板とを備え、
前記一対の控え鋼矢板は、それぞれ背面地盤側の敷地境界線に沿う側面部を有して構成されていることを特徴とする鋼矢板擁壁。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼矢板擁壁において、
前記擁壁本体部を構成する複数の鋼矢板と前記控え鋼矢板とは、同一種類、同一断面サイズの鋼矢板で構成されていることを特徴とする鋼矢板擁壁。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の鋼矢板擁壁において、
前記控え鋼矢板の上下長さは、前記擁壁本体部に使用される鋼矢板の上下長さより短くかつその上下長さ寸法の1/2以上に設定されていることを特徴とする鋼矢板擁壁。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載の鋼矢板擁壁において、
前記擁壁本体部の両端部の鋼矢板と前記控え鋼矢板とは、コネクター、異形鋼矢板またはコーナー鋼矢板を介して連結されていることを特徴とする鋼矢板擁壁。
【請求項5】
断面屈曲状に形成された鋼矢板を用いて背面土圧を支持する請求項1から請求項4のいずれかに記載の鋼矢板擁壁の設計方法であって、
前面側と背面側との所定段差における背面土圧を支持可能に複数の前記鋼矢板を連結して構成される擁壁本体部を設計し、
前記所定段差よりもさらに前面地盤を掘削して段差が大きくなった際の増加土圧を、前記擁壁本体部の両端部の鋼矢板に連結されて背面側に延びる一対かつ各1枚ずつの控え鋼矢板と背面土との摩擦力で支持可能に当該控え鋼矢板を設計することを特徴とする鋼矢板擁壁の設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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