説明

錫めっき鋼板およびその製造方法

【課題】クロムフリーであり、且つ、従来のクロメート層と同等の性能を有するリン酸系化成処理層を具えた錫めっき鋼板の提供。
【解決手段】素地鋼板側から順に、Fe及びSnを含む合金層と、Al及びSnを含む化成処理層であって、P量として1.0〜10mg/m2有し、かつAlとPの質量比(Al/P)が0.3〜0.9であるリン酸塩を含む化成処理層と、更にその上層にSi量として0.01〜100mg/m2のシランカップリング剤と前記化成処理層との反応により生成した反応物層とを有することを特徴とする錫めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DI缶、食缶、飲料缶などに使用される缶用錫めっき鋼板に関し、特に、クロムを含まない、リン酸塩系化成処理皮膜を有する合金化した錫めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
缶用表面処理鋼板としては、ぶりきと称される錫めっき鋼板が広く用いられている。このような錫めっき鋼板は、通常、所望の特性を確保するために化成処理を施して鋼板表面に化成処理皮膜を形成した後、塗装もしくはラミネートして使用される。ここで、化成処理皮膜が形成された缶用錫めっき鋼板に要求される特性としては、耐硫化黒変性、耐黄変性、塗料密着性が挙げられる。耐硫化黒変性は、缶内面の外観劣化を抑制する性能である。缶内面では、内容物との接触により内容物中の硫黄分が化成処理皮膜中に浸透し、下層の錫と結合して黒色のSnSを形成して外観を損ねる場合がある。耐黄変性は、長期保管時の錫めっき表面の酸化を防止し、外観の劣化(黄変)を抑制する性能である。塗料密着性は、化成処理皮膜を形成後、塗装して使用する際に錫酸化膜の成長を抑えることで、塗料との密着性を確保する性能である。
【0003】
上記諸特性を満足するものとして、現在のところ、クロメート皮膜を形成した錫めっき鋼板が広く普及している。クロメート皮膜は通常、重クロム酸などの6価のクロム化合物を含有する水溶液中に錫めっき鋼板を浸漬、もしくは、この溶液中で電解処理あるいは鋼板に塗布するクロメート処理によって、錫めっき鋼板の表面に形成される。
【0004】
クロメート皮膜は、容易に形成することが可能であり、上記諸特性を過不足なく発揮する優れた皮膜である。しかしながら、錫めっき鋼板表面にクロメート皮膜を形成するにあたっては、6価のクロム酸化物を含有する水溶液(クロメート処理液)を使用するため、作業環境上の安全性確保および廃水処理に多大な費用を要する。つまり、万が一、事故等でクロメート処理液が漏洩した場合にも環境に被害を及ぼすことがないよう万全の注意が払われ、対策が講じられている。特に昨今の環境問題から6価クロムを規制する動きが各分野で進行しており、前記錫めっき鋼板においてもクロメートフリーである化成処理の要求が高まっている。
【0005】
以上のような現状を受け、缶用錫めっき鋼板においてもクロメート処理に代わる化成処理技術がいくつか提案されている。例えば、特許文献1には、Feおよび/またはNiを含む錫系合金層上にPとSiを含有する化成皮膜を有した表面処理鋼板が開示されている。また、特許文献2には、Fe-Sn合金層またはFe-Ni合金層とFe-Ni-Sn合金層上の非合金化Sn量が0.1mg/m2未満であることを特徴とした表面処理鋼板が開示されている。しかしながら、これらの表面処理鋼板では、硫化黒変を十分に抑制できないことが確認された。特許文献1に開示された表面処理鋼板では化成皮膜のバリアー性(硫黄・酸素の浸透を抑制する性能)が不十分であり、特許文献2に開示された表面処理鋼板では化成処理皮膜が実質的に存在しないため硫黄分の浸透を抑制することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3846210号
【特許文献2】特開2007−146243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のとおり、前記文献に記載の化成皮膜ではバリアー性が不十分であるため、缶用鋼板として必要な耐硫化黒変性を確保することができなかった。本発明は、かかる事情に鑑みなされたもので、クロメートフリー、且つ、従来のクロメート皮膜と同等以上の性能を有するリン酸系化成処理層(化成処理皮膜)を具えた錫めっき鋼板の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記問題を解決すべく鋭意研究を重ねた。その結果、合金化錫めっき層上に所定量のAlを含有するリン酸系化成処理層と、更にその上に所定量のSiを含有するシランカップリング剤と前記化成処理層との反応により生成された反応物層とを設けることにより、缶用鋼板としての諸性能を満足した錫めっき鋼板が得られることを見出した。また、本発明者は、上記に加え、錫めっきの被覆状態と錫めっきに対する錫酸化膜量の適正化を図ることにより、缶用鋼板としての諸性能がより一層向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
(1) 素地鋼板側から順に、Fe及びSnを含む合金層と、Al及びSnを含む化成処理層であって、P量として1.0〜10mg/m2有し、かつAlとPの質量比(Al/P)が0.3〜0.9であるリン酸塩を含む化成処理層と、更にその上層にSi量として0.01〜100mg/m2のシランカップリング剤と前記化成処理層との反応により生成した反応物層とを有することを特徴とする錫めっき鋼板。
【0010】
(2) 前記Fe及びSnを含む合金層が、Fe-Sn層単独もしくは、Fe-Ni層とFe-Ni-Sn層を順次形成した合金層であり、該合金層のSn付着量が0.3〜2.0g/m2であることを特徴とする、前記(1)に記載の錫めっき鋼板。
【0011】
(3) 前記Fe及びSnを含む合金層表面に生じる錫酸化膜は、還元に要する電気量から計算した錫酸化膜量が1.0mC/cm2以下であることを特徴とする、前記(1)又は(2)に記載の錫めっき鋼板。
【0012】
(4) 素地鋼板上にFe及びSnを含む合金層を形成した後、化成処理を施すに先立ち、還元に要する電気量から計算した錫酸化膜量が1.0mC/cm2以下となるように前記Fe及びSnを含む合金層表面の錫酸化膜を除去した後、水洗し、乾燥させることなく直ちにAlを含む化成処理液で化成処理を施し、乾燥させたのち、該化成処理層にシランカップリング剤を含む溶液を接触させることを特徴とする、前記(1)〜(3)の何れか1項に記載の錫めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、環境上の問題から望ましくないとされるクロメート皮膜を形成させることなく、クロメート皮膜を有しためっき鋼板と同等もしくはそれ以上の優れた諸特性(耐硫化黒変性、耐黄変性、塗料密着性)を有する錫めっき鋼板が得られる。また、本発明の錫めっき鋼板は、従来のクロメート処理の錫めっき鋼板に比べても遜色ない高速処理が可能であり、工業的に生産する上でも優れた生産性を有する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明を詳細に説明する。なお、本発明において単位面積当たりの付着量(mg/m2,g/m2,mC/cm2等)は、全て片面当たりの付着量とする。
本発明の錫めっき鋼板は、素地鋼板側から順に、Fe及びSnを含む合金層と、Al及びSnを含む化成処理層であって、P量として1.0〜10mg/m2有し、かつAlとPの質量比(Al/P)が0.3〜0.9であるリン酸塩を含む化成処理層と、更にその上層にSi量として0.01〜100mg/m2のシランカップリング剤と前記化成処理層との反応により生成した反応物層とを有することを特徴とする錫めっき鋼板である。
【0015】
本発明で用いられる素地鋼板の種類は特に限定されず、一般的に缶用鋼板として使用される低炭素鋼もしくは極低炭素鋼等が用いられる。Fe及びSnを含む合金層は地鉄との密着性向上に寄与し、Fe-Sn層単独もしくは、Fe-Ni層とFe-Ni-Sn層と順次形成された合金層であることが好ましい。
【0016】
本発明においては、素地鋼板表面に錫めっき及び該錫めっきに続き加熱溶融処理(リフロー処理)を施すことにより、或いは、素地鋼板表面にニッケルめっき及び該ニッケルめっきに続き熱処理を施し、更に錫めっき及び該錫めっきに続き加熱溶融処理(リフロー処理)を施すことにより、素地鋼板にFe及びSnを含む合金層を形成することができる。上記錫めっき方法は特に限定されず、フェノールスルフォン酸めっき浴、メタスルフォン酸めっき浴中での電析等が適用可能である。Fe及びSnを含む合金層のSn付着量は、0.3〜2.0g/m2であることが好適である。Sn付着量を0.3g/m2以上とすれば耐食性が良好となり、2.0g/m2以下とすればめっき層が厚くなりすぎることがなく、コスト的なメリットを有する。上記Sn付着量は、電量法又は蛍光X線による表面分析により測定することができる。錫めっき後、Snの融点以上の温度に加熱するリフロー処理(加熱溶融処理)を施すと、素地鋼のFeとめっきのSnとが合金化し、Fe-Sn合金層が形成される。
【0017】
また、本発明においては、錫めっきを施す前にニッケルめっき及び熱処理を施すことにより、上記Fe-Sn合金層に代えて、Fe-Ni層とFe-Ni-Sn層を順次形成した合金層とすることもできる。Fe-Ni層とFe-Ni-Sn層を順次形成した合金層を形成するためのニッケルめっき方法も特に限定されず、例えば周知のワット浴によるめっき等が適用可能である。Fe-Ni合金層は、ニッケルめっき後の熱処理により形成できる。Fe-Ni-Sn合金層はニッケルめっき後の熱処理とSnめっき後のリフロー処理により形成される。なお、ニッケルめっきを施す場合には、付着量をNi量に換算して50〜500mg/m2とすることが、鋼板自体の耐食性向上を図る上で好ましい。より好ましい付着量は70〜90 mg/m2である。ニッケルめっき付着量は、蛍光X線による表面分析により測定することができる。
【0018】
本発明においては、錫めっき後のリフロー処理により、錫めっきを全て合金化することが望ましい。すなわち、未合金層であるSn層を0.1g/m2未満とし、不可避的に残存する程度に抑制することが望ましい。未合金層のSn層は、耐硫化黒変性に悪影響を及ぼすことが懸念されるためである。未合金錫層の付着量は、JIS G 3303-1969の付属書に規定される電解剥離法によるぶりきのSn付着量試験方法に準じ、電位−時間曲線において合金化していない金属Snの溶解による停滞電位における保持時間から算出される。
【0019】
次いで、上記合金層上に形成される、Al、Snおよびリン酸塩を含む化成処理層について説明する。まず、化成処理層の付着量としては、P換算値で、1.0〜10mg/m2であることが必要である。付着量が1.0mg/m2未満では、化成処理層の被覆性が不十分となり、錫の酸化を抑制しきれず、塗料密着性が十分に得られない。また、耐黄変性、耐硫化黒変性も劣化する。一方、10mg/m2を超えると化成処理層にクラックなど欠陥が生じやすくなり、塗料密着性が劣化するので10mg/m2以下とする。なお、上記付着量は蛍光X線による表面分析により測定することができる。
【0020】
また、本発明で特記すべき点は、化成処理層の主成分であるリン酸塩が所要量のAlを含有する点である。本発明者らは、皮膜のバリアー性向上に対して皮膜の欠陥を補う分子量の小さいAlに着目した。その結果、リン酸塩に含まれるAlとPの質量比(Al/P)を0.3以上とすることにより、化成処理層の諸特性が飛躍的に向上することを見出した。AlとPの質量比(Al/P)が0.3未満では、原子量の小さいAlが少なくなるため、化成処理層のバリアー性が不十分となり、耐黄変性が劣化する。また、同時に錫酸化膜が成長するので密着性も劣化する。一方、AlとPの質量比は0.9より大きくなることは無いと考えられる。これはAlの比率が最も大きくなる第三リン酸アルミニウムになった場合の組成比から推察される。
【0021】
更に、本発明における化成処理層はSnを含むが、これは前記金属錫層上に化成処理層を形成する際に、前記合金層の一部または化成処理液中のSnが化成処理液中のリン酸に溶解するためである。化成処理層がSnを含有するか否かについては、前記合金層、前記化成処理層、並びに後述する反応物層を順次形成した錫めっき鋼板から、化成処理層と反応物層を剥離し、剥離した化成処理層と反応物層について電解放射型透過電子顕微鏡FE-TEM(日立製作所製FH-2000,加速電圧:200kV)を用いて観察し、付設するエネルギー分散型X線分析装置EDSを用いて定量分析し、化成処理層からSnが確認されるか否かよって判断する。化成処理層がSnを含むことにより、化成処理層と下層の前記合金層との親和性が向上し、密着力向上効果が得られる。
【0022】
本発明における化成処理層は、pHが1.5〜2.4のリン酸塩含有水溶液(化成処理液)中、浸漬処理もしくは電流密度10A/dm2以下での陰極電解処理により好適に得られる。高速処理性を考えると陰極電解処理がより好ましい。pHが1.5より低いと前記合金層が溶解してしまう場合があり、pHが2.4より高いと化成処理液が白濁して不純物が化成処理層に取り込まれる場合がある。尚、化成処理液には、FeやNiの金属塩、例えばFeSO4やNiSO4などの金属塩を適宜添加することができる。また、促進剤として、亜硝酸塩などの酸化剤、フッ素イオンなどのエッチング剤や、化成処理液の均一処理性を向上させる目的のラウリル硫酸ナトリウム、アセチレングリコールなどの界面活性剤、ピロリン酸塩等のFeとキレートを形成するスラッジ抑制剤、その他pH緩衝剤を適宜添加しても良い。化成処理後は水分を除去する程度の乾燥を行うことが好ましい。この乾燥は、鋼板温度が80℃以下、より好ましくは70℃以下となる程度の乾燥でよい。
【0023】
次いで、上記化成処理層上に形成されるシランカップリング剤と化成処理層との反応により生成した反応物層について説明する。この反応物層の付着量は、Si量として0.01〜100mg/m2であることが必要である。Si付着量が0.01mg/m2未満の場合、耐黄変性、密着性および耐硫化黒変性に劣る。一方、Si付着量が100mg/m2より多い場合には、塗装して剥離試験をした場合、シランカップリング剤皮膜中の凝集破壊が起こり密着性に劣るため好ましくない。なお、Si付着量は蛍光X線により測定することができる。本発明の反応物層を形成する際に使用するシランカップリング剤の種類は特に限定されず、例えば、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-フェニル-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、3-クロロプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリス(2-メトキシエトキシ)シランなどが使用できる。これらの中でも特に、X-Si-OR2または3のXにエポキシ基を有する2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、アミノ基を有するN-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシランが好適である。
【0024】
シランカップリング剤と化成処理層との反応による反応物層を形成させるためには、化成処理層にシランカップリング剤を含む溶液を接触させることが好ましい。前記接触は、浸漬もしくはロールコーティング法、スプレー法等による。なお、シランカップリング剤溶液の接触時には、化成処理層が固化して完全に乾燥した状態にあることが必要である。乾燥した状態ではない場合、シランカップリング剤溶液に化成処理層中の成分が不純物(コンタミ)として混入し、シランカップリング剤溶液の安定性が劣化する。
【0025】
次いで、上記により化成処理層及び反応物層が形成された鋼板を最高到達鋼板温度として60〜200℃に加熱することが好ましい。化成処理層は、そのままでは化成処理層中に多くの吸着水もしくは水和水を含有するため、60℃以上に加熱することが好ましい。加熱温度を60℃以上とすると、化成処理層の脱水効果が大きくなるためである。また、60℃以上の加熱により、シランカップリング剤との反応物層は脱水縮合反応を生じ、効果的に本来の密着性を発揮することが可能となる。一方、加熱温度を200℃以下とすると、加熱処理自身によって錫酸化膜が表面に多量に形成されてしまうことがなく、外観や密着性を損ねることがない。また、温度が更に高温になることにより生じる、オルトリン酸構造からの脱水縮合(メタ化)も起こることがなく、皮膜の耐食性も失われることがない。したがって加熱温度は200℃以下とすることが好ましい。加熱方式は、特に限定するものではなく、通常工業的に行われている熱風を吹き付ける加熱方法や、赤外線加熱、誘導加熱、輻射加熱などが好適である。
【0026】
次いで、Fe及びSnを含む合金層表面に生じる錫酸化膜について説明する。FeおよびSnを含む合金層の表面には、自然酸化による錫酸化膜が不可避的に形成されるが、本発明においては、還元に要する電気量から計算した上記錫酸化膜量を1.0mC/cm2以下とすることが好ましい。1.0mC/cm2以下とすると、密着性劣化が効果的に抑制されるためである。
【0027】
また、本発明においては、錫酸化膜の存在による特性劣化を回避すべく、素地鋼板上にFe及びSnを含む合金層を形成した後、化成処理を施すに先立ち、還元に要する電気量から計算した錫酸化膜量が1.0mC/cm2以下となるように前記Fe及びSnを含む合金層表面の錫酸化膜を除去する。錫酸化膜の除去は、通常、40〜60℃、1〜20g/Lの炭酸ナトリウム中0.1〜2A/dm2で陰極電解処理することにより行う。この条件でも錫酸化膜除去が不十分な場合は、例えば温度を70℃に上げる、炭酸ナトリウムの濃度を50g/Lに上げる、電流密度を10A /dm2に上げる、処理液を水酸化ナトリウムに変更する等、陰極電解条件を適宜変更することが効果的である。
【0028】
また、上記錫酸化膜の除去方法としては、アルカリ溶液中での陰極電解処理を採用することが好ましい。酸性もしくは陽極電解処理の場合、錫酸化膜の除去とともに合金層も溶解することが懸念されるためである。陰極電解処理に用いるアルカリ溶液のpHは、8〜13であることが好ましい。なお、上記錫酸化膜量は、溶存酸素を除去した0.001mol/L臭化水素酸中で25μA/cm2の定電流溶解した時に得られる電位-時間曲線から求められる。
【0029】
上記錫酸化膜を除去した後は、水洗し、乾燥させることなく直ちに化成処理を施すことが好ましい。水洗後に表面が乾燥してしまうと、表面が酸化し、再度錫酸化膜が形成してしまうためである。水洗後から化成処理に移行するまでに要する時間は、表面が乾燥しなければよく、特に限定しないが、通常は、0.1〜150sec.である。
【実施例】
【0030】
本発明の実施例について以下で詳細に説明する。
(実施例1〜17)
板厚0.2mmの低炭素鋼からなる冷延鋼板の両面に、市販の錫めっき浴を用い、錫めっき層を形成した後、錫の融点(231.9℃)以上でリフロー処理を行い、Fe-Sn層を形成した(下地A)。Fe-Sn層のSn付着量を表1に示す。Fe-Sn層形成直後の未合金Sn層は0.1g/m2未満であった。次にリフロー処理後に表面に生成した錫酸化膜を除去するため、温度50℃、10g/Lの炭酸ナトリウム水溶液中で1A/dm2の陰極電解処理を行った。なお、陰極電解処理は錫酸化膜量に応じ、温度を70℃、炭酸ナトリウム濃度を50g/L、電流密度を10 A /dm2、更には温度70℃、10g/Lの 水酸化ナトリウム水溶液に変更する等、陰極電解処理条件を適宜変更して行った。その後、水洗し、表面を乾燥させることなく直ちに表1に示す濃度の第一リン酸アルミニウムとオルトリン酸を含んだ温度60℃の水溶液中で、1〜10A/dm2の電流密度で1秒間陰極電解処理を施した後、鋼板温度が70℃となる乾燥を行った(化成処理)。なお水洗から化成処理に移行するまでに要した時間は0.5sec.であった。その後、表1に示すシランカップリング剤を含む水溶液をロールコーティング法により塗布し接触させ、ロール周速により付着量を制御してシランカップリング剤と前記化成処理層との反応により生成する反応物層を形成し、表1に示す温度(最高到達鋼板温度)で乾燥した。使用したシランカップリング剤は、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン(a1)、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(a2)、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(e1)である。上記のとおり製造された錫めっき鋼板について、合金層表面に生じた錫酸化膜量(還元に要する電気量から計算した錫酸化膜量)を表1に示す。なお、表1に示す錫酸化膜量の値は、上記反応物層を形成してから1日以内に測定した値である。
【0031】
(実施例18〜26)
板厚0.2mmの低炭素鋼からなる冷延鋼板の両面に、ワット浴を用いて100mg/m2の付着量でニッケルめっき層を形成後、10vol%H2+90vol%N2雰囲気中、700℃で焼鈍してニッケルめっきを焼鈍拡散させた。次いで、市販の錫めっき浴を用い、錫めっき層を形成した後、錫の融点(231.9℃)以上でリフロー処理を行いFe-Ni層とFe-Ni-Sn層とを順次形成した(下地B)。Fe-Ni層とFe-Ni-Sn層のSn付着量を表1に示す。Fe-Ni-Sn層形成直後の未合金のSn層は0.1g/m2未満であった。次にリフロー処理後に表面に生成した錫酸化膜を除去するため、温度50℃、10g/Lの炭酸ナトリウム水溶液中で1 A /dm2の陰極電解処理を行った。陰極電解処理は錫酸化膜量に応じ、温度を70℃、濃度を50g/L、電流密度を10 A /dm2、更には温度70℃、10g/Lの水酸化ナトリウムに変更する等、陰極電解処理条件を適宜変更して行った。その後、水洗し、表面を乾燥させることなく直ちに表1に示す濃度の第一リン酸アルミニウムとオルトリン酸を含んだ温度60℃の水溶液中で、1〜10 A /dm2の電流密度で1秒間陰極電解処理を施した後、鋼板温度が70℃となる乾燥を行った(化成処理)。なお、水洗から化成処理に移行するまでに要した時間は0.5sec.であった。次いで、表1に示すシランカップリング剤を含む水溶液をロールコーティング法により塗布し接触させ、ロール周速により付着量を制御してシランカップリング剤と前記化成処理層との反応により生成する反応物層を形成し、表1に示す温度(最高到達鋼板温度)で乾燥した。使用したシランカップリング剤は、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン(a1)、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(a2)、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(e1)である。上記のとおり製造された錫めっき鋼板について、合金層表面に生じた錫酸化膜量(還元に要する電気量から計算した錫酸化膜量)を表1に示す。なお、表1に示す錫酸化膜量の値は、上記反応物層を形成してから1日以内に測定した値である。
【0032】
(比較例1〜5)
比較のため、合金層のSn付着量、錫酸化膜量、P付着量、(Al/P)比、Si付着量が本発明範囲外である錫めっき鋼板を製造した。板厚0.2mmの低炭素鋼からなる冷延鋼板の両面に、市販の錫めっき浴を用い、錫めっき層を形成し、リフロー処理を施した後、表2に示す条件で試料を作製した。表2に示す以外の処理条件は実施例1〜17と同様とした。また、使用したシランカップリング剤は、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン(a1)である。上記錫めっき鋼板について、合金層のSn付着量および合金層表面に生じた錫酸化膜量(還元に要する電気量から計算した錫酸化膜量)を表2に示す。なお、表2に示す錫酸化膜量の値は、上記反応物層を形成してから1日以内に測定した値である。
【0033】
実施例、比較例の各錫めっき鋼板について諸特性を評価するため、下記の調査を行った。表1に実施例の評価結果を、また、表2に比較例の評価結果を示す。
(耐硫化黒変性の評価)
実施例および比較例の各錫めっき鋼板の表面に、付着量が50mg/dm2となるようにエポキシフェノール系塗料を塗布した後、210℃で10分間の焼付を行った。次いで、1質量%Na2Sを乳酸でpH=7に調整した溶液に浸漬し、110℃で60分間レトルト処理を施し、処理後の試験片の外観を目視で評価した。
○・・・黒変なし (クロメート処理材同等)
△・・・微小な黒変発生
×・・・黒変あり
【0034】
(錫酸化膜の成長特性、並びに、耐黄変性の評価)
実施例および比較例の各錫めっき鋼板について、60℃、相対湿度70%の環境下で10日間保
管し、表面に形成された錫酸化膜の初期値からの増加量を、電気化学的還元に要する電気量により求めた。
○・・・増加量:1 mC/cm2未満 外観:優 (クロメート処理材同等)
△・・・増加量:1 mC/cm2以上5 mC/cm2未満 外観:やや黄色み
×・・・増加量:5 mC/cm2以上 外観:はっきりとわかる黄色み
なお、電気化学的還元に要した電気量は、下記の式を用いて算出した。

錫酸化膜量(mC/cm2)=印加電流(mA/cm2)×印加時間(sec.)
【0035】
(塗料密着性の評価)
実施例および比較例の各錫めっき鋼板の表面に、付着量が50mg/dm2となるようにエポキシフェノール系塗料を塗布した後、210℃で10分間の焼付を行った。次いで、上記塗布・焼付を行った2枚の錫めっき鋼板を、塗装面がナイロン接着フィルムを挟んで向かい合わせになるように積層した後、圧力2.94×105Pa、温度190℃、圧着時間30秒の圧着条件下で貼り合わせ、その後、これを5mm幅の試験片に分割し、この試験片を引張試験機で引き剥がし、引き剥がしに要する強度の測定を行った。
○・・・19.6N以上 (クロメート処理材同等)
△・・・9.8N以上19.6N未満
×・・・9.8N未満
【0036】
【表1】


【0037】
【表2】


【0038】
表1から明らかであるように、本発明の要件を具備する実施例1〜26では、耐硫化黒変性、耐黄変性および塗料密着性の全てにおいて良好な結果が得られた。一方、表2から明らかであるように、化成処理層のP量が本発明の範囲に満たない比較例1では、化成処理層の被覆性が不十分となり、上記何れの特性においても良好な結果が得られなかった。また、比較例2では、上記P量が本発明の範囲を超えるため、塗料密着性に劣る結果となった。比較例3では、化成処理層に含まれるAlとPの質量比(Al/P)が本発明の範囲に満たないため、上記何れの特性にも劣る結果となった。比較例4では、反応物層のSi量が本発明の範囲に満たないため、上記何れの特性においても良好な結果が得られなかった。また、比較例5では、上記Si量が本発明の範囲を超えるため、塗料密着性に劣る結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の錫めっき鋼板は、優れた外観および塗料密着性を有しているため、DI缶、食缶、飲料缶などに使用される缶用を中心に、多様な用途に用いることが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
素地鋼板側から順に、Fe及びSnを含む合金層と、Al及びSnを含む化成処理層であって、P量として1.0〜10mg/m2有し、かつAlとPの質量比(Al/P)が0.3〜0.9であるリン酸塩を含む化成処理層と、更にその上層にSi量として0.01〜100mg/m2のシランカップリング剤と前記化成処理層との反応により生成した反応物層とを有することを特徴とする錫めっき鋼板。
【請求項2】
前記Fe及びSnを含む合金層が、Fe-Sn層単独もしくは、Fe-Ni層とFe-Ni-Sn層を順次形成した合金層であり、該合金層のSn付着量が0.3〜2.0g/m2であることを特徴とする、請求項1に記載の錫めっき鋼板。
【請求項3】
前記Fe及びSnを含む合金層表面に生じる錫酸化膜は、還元に要する電気量から計算した錫酸化膜量が1.0mC/cm2以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の錫めっき鋼板。
【請求項4】
素地鋼板上にFe及びSnを含む合金層を形成した後、化成処理を施すに先立ち、還元に要する電気量から計算した錫酸化膜量が1.0mC/cm2以下となるように前記Fe及びSnを含む合金層表面の錫酸化膜を除去した後、水洗し、乾燥させることなく直ちにAlを含む化成処理液で化成処理を施し、乾燥させたのち、該化成処理層にシランカップリング剤を含む溶液を接触させることを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載の錫めっき鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2010−255080(P2010−255080A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−109723(P2009−109723)
【出願日】平成21年4月28日(2009.4.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】