説明

錯体および水素生成方法

【課題】水素貯蔵物質から水素を取り出す際に使用できる、大量供給が可能な金属を含む安価な触媒を提供する。
【解決手段】式:


[式中、Cpは、置換シクロペンタジエニル配位子であり、
Xは、炭素数6〜30の芳香族基である。]
で示される鉄−ホウ素錯体は、水素貯蔵物質から水素を取り出す際に使用できる、大量供給が可能な金属を含む安価な触媒を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄−ホウ素錯体、およびその製造方法に関する。本発明は、鉄−ホウ素錯体を触媒として使用する、水素貯蔵デバイスおよび水素生成方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化を生じさせる可能性が低い環境にやさしいエネルギー発生装置として、水素燃料電池が注目されている。水素燃料電池に供給する水素を貯蔵するための手段として高圧水素ボンベを使用することは、安全性などの観点から好ましくない。水素燃料電池の普及のためには、低温下で水素を大量貯蔵-放出できる水素貯蔵デバイスを開発する必要がある。水素貯蔵デバイスの開発は、世界的に重要な研究であるが、満足できる水素貯蔵デバイスは未だ開発されていない。
【0003】
アンモニアボラン(BH3NH3)は液体水素を上回る水素貯蔵密度をもち、オンボード改質型燃料電池の水素源として注目されている。アンモニアボランは、30 Lで自動車を500km走行させることが可能なほど高密度に水素を貯蔵できる。アンモニアボランの脱水素反応の触媒として、近年いくつかの錯体触媒が報告されているが、それらはいずれも希少金属(特に、Rh, Ir, Ni)を使用するものである。
【0004】
例えば、非特許文献1(Jaska et al., "Transition Metal-Catalyzed Formation of Boron-Nitrogen Bonds: Catalytic Dehydrocoupling of Amine-Borane Adducts to Form Aminoboranes and Borazines", J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 9424-34)においては、Rh(ロジウム)を使用することが報告されている。
また、非特許文献2(M. C. Denney et al., "Efficient catalysis of ammonia borane dehydrogenation", J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 12048-12049)においては、Ir(イリジウム)を使用することが報告されている。この文献で開示されているIr触媒は、現時点で最高の触媒回転速度(TOF)を示す。
しかし、これら希少金属には、高価であること、および供給が不安定であることなどの不都合がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Jaska et al., "Transition Metal-Catalyzed Formation of Boron-Nitrogen Bonds: Catalytic Dehydrocoupling of Amine-Borane Adducts to Form Aminoboranes and Borazines", J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 9424-34
【非特許文献2】M. C. Denney et al., "Efficient Catalysis of Ammonia Borane Dehydrogenation", J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 12048-12049
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、水素貯蔵物質から水素を取り出す際に使用できる、大量供給が可能な金属を含む安価な触媒を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、式:
【化1】


[式中、Cpは、置換されていてもよいシクロペンタジエニル配位子であり、
Xは、炭素数6〜30の芳香族基である。]
で示される鉄−ホウ素錯体を提供する。
本発明は、この鉄−ホウ素錯体の製法であって、
式:
【化2】

で示される2核アミドイミド鉄錯体とボラン(BH)を反応させることを特徴とする製法をも提供する。
本発明の錯体は、水素貯蔵デバイスおよび水素の生成方法において使用できる。
【発明の効果】
【0008】
本発明の錯体は水素貯蔵物質から水素を取り出す反応のための触媒として機能できる。本発明の錯体の触媒活性の高さは、充分に実用化可能なレベルにある。また、本発明の錯体は、触媒として、30℃〜60℃程度の低温で動作できる。
さらに、本発明の錯体は、その製造に使用する金属が安価な鉄であり、コスト的に有利である。即ち、本発明の錯体は、単位金属コストあたりの触媒活性(水素発生速度)が高く、例えば、場合によっては、非特許文献2に記載のIr触媒のそれの50倍以上のものとして提供できる。
さらにまた、本発明の錯体によれば、安価で安全な水素貯蔵デバイスを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例2の水素生成反応で生じた水素発生量の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の錯体は、式:
【化3】

[式中、Cpは、置換されていてもよいシクロペンタジエニル配位子であり、
Xは、炭素数6〜30の芳香族基である。]
で示される。
【0011】
一般に、錯体において、それぞれのCpは、同一または異なって、シクロペンタジエニル配位子であり、または置換されたシクロペンタジエニル配位子、例えば、ペンタメチルシクロペンタジエニル配位子、エチルテトラメチルシクロペンタジエニル配位子、ペンタエチルシクロペンタジエニル配位子、またはペンタプロピルシクロペンタジエニル配位子であるが、これらに限定されるものではない。
【0012】
Xは、炭素数6〜30の芳香族基である。Xの例は、アリール基(炭素数6〜30)、ヘテロアリール基(炭素数3〜30)、アラルキル基(炭素数7〜30)である。ヘテロアリール基は、一般に5員環または6員環を有する化合物である。X基は置換されていても置換されていなくてもどちらでもよい。置換基の例は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子もしくはヨウ素原子、C1-3-アルキル基、アミノ基、C1-3-アルキルアミノ基、ジ-(C1-3-アルキル)-アミノ基、C1-3-アルキルオキシ基、カルボキシ基、C1-3-アルコキシ-カルボニル基およびC1-3-アルコキシカルボニルアミノ基である。
【0013】
アリール基の具体例は、フェニル基、4−メチルフェニル基、3−メチルフェニル基、2−メチルフェニル基、4−エチルフェニル基、3−エチルフェニル基、2−エチルフェニル基、4−n−プロピルフェニル基、4−イソプロピルフェニル基、2−イソプロピルフェニル基、4−n−ブチルフェニル基、4−イソブチルフェニル基、4−sec−ブチルフェニル基、2−sec−ブチルフェニル基、4−tert−ブチルフェニル基、3−tert−ブチルフェニル基、2−tert−ブチルフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基などである。
【0014】
ヘテロアリール基の具体例は、ピリジニル基、イミダゾリル基、ピリミジニル基、ピラゾリル基、トリアゾリル基、ピラジニル基、テトラゾリル基、フリル基、チエニル基、イソキサゾリル基、チアゾリル基、オキサゾリル基、イソチアゾリル基、ピロリル基、キノリニル基、イソキノリニル基、インドリル基、ベンズイミダゾリル基、ベンゾフラニル基、シンノリニル基、インダゾリル基、インドリジニル基、フタラジニル基、ピリダジニル基、トリアジニル基、イソインドリル基、プテリジニル基、プリニル基、オキサジアゾリル基、トリアゾリル基、チアジアゾリル基、チアジアゾリル基、フラザニル基、ベンゾフラザニル基、ベンゾチオフェニル基、ベンゾチアゾリル基、ベンズオキサゾリル基、キナゾリニル基、キノキサリニル基、ナフチリジニル基、及びフロピリジニル基などである。
【0015】
アリールオキシ基としては、上記のアリール基の末端に酸素が結合してなるアリールオキシ基を挙げることができる。アラルキル基の具体例は、ベンジル基、フェネチル基、α−メチルベンジル基、α,α−ジメチルベンジル基、1−ナフチルメチル基、2−ナフチルメチル基、フルフリル基、2−メチルベンジル基、3−メチルベンジル基、4−メチルベンジル基、4−エチルベンジル基、4−イソプロピルベンジル基、4−tert−ブチルベンジル基などである。
【0016】
本発明の錯体は、一般に、錯体が有機溶媒に溶解している溶液の形態で生成できる。本発明の錯体を含有する溶液の乾燥及び焼成は、金属又は金属酸化物クラスターを得るのに十分な温度及び時間で行うことができ、例えば120〜250℃の温度での1〜2時間にわたる乾燥を行い、その後で400〜600℃での1〜3時間にわたる焼成を行うことができる。またこの方法において使用する溶液の溶媒としては、本発明の錯体を安定に維持できる任意の溶媒、例えばテトラヒドロフラン等の有機溶媒を用いることができる。
【0017】
本発明の金属錯体を用いて担持型触媒を製造する場合に使用することが考慮される触媒担体としては、多孔質金属酸化物担体、例えばアルミナ、セリア、ジルコニア、シリカ、チタニア、マグネシア及びそれらの組み合わせからなる群より選択される多孔質金属酸化物担体を挙げることができる。
【0018】
本発明の錯体は任意の方法で製造することができる。特に、2核アミドイミド鉄錯体とボラン(特にBH3-THF)を反応させることによって製造することが好ましい。この反応式の一例は、次のとおりである。
【化4】

[式中、Cpは、置換されていてもよいシクロペンタジエニル配位子であり、
Xは、炭素数6〜30の芳香族基である。]
【0019】
2核アミドイミド鉄錯体におけるCpおよびXの意味は、本発明の錯体のそれらと同じであり、それらの具体例は、先に説明したとおりである。
【0020】
2核アミドイミド鉄錯体は、既知の化合物である。本発明の錯体を生成する反応において、有機溶媒を使用しなくてもよいが、有機溶媒を使用することが好ましい。有機溶媒は、基質を溶解すること、すなわち、2核アミドイミド鉄錯体およびボランの少なくとも一方を溶解することが好ましい。有機溶媒の例は、炭化水素(特に炭素数1〜30)、例えば、芳香族炭化水素(特に炭素数6〜30)、例示すれば、トルエン、ヘキサン、ペンタン;およびエーテル(特に炭素数2〜30)、例えば、テトラヒドロフラン(THF)、ジグライム、1,4-ジオキサン、1,2-ジメトキシエタンなどである。
この反応において、ボランの量は、2核アミドイミド鉄錯体1モルに対して、5〜30モルであってよい。有機溶媒の量は、ボラン1重量部に対して、20〜1000重量部、例えば100〜200重量部であってよい。反応温度は-30〜60℃、反応時間は1〜100時間であってよい。
【0021】
本発明の鉄錯体(すなわち、鉄−ホウ素錯体)を触媒として用いて水素貯蔵物質(または水素生成物質もしくは水素発生物質)を反応させることによって、水素ガスを生成することができる。水素貯蔵物質の例は、アンモニアボラン(BH3NH3)、N-メチルアミンボラン(MeNH2BH3)、N-エチルアミンボラン(EtNH2BH3)、N-フェニルアミンボラン(PhNH2BH3)、N,N-ジメチルアミンボラン(Me2NHBH3)、N,N-ジエチルアミンボラン(Et2NHBH3)である。特に好ましい水素貯蔵物質は、アンモニアボラン(BH3NH3)である。アンモニアボラン(BH3NH3)について、水素ガス生成反応は次のとおりである。
【0022】
【化5】

【0023】
水素ガス生成反応において、アミン、特に、第1級アミンまたは第2級アミンが存在することが好ましい。アミンの具体例は、フェニルアミン、メチルアミン、エチルアミン、イソプロピルアミン、tert-ブチルアミンなどである。
本発明の鉄錯体の量は、アンモニアボラン(BH3NH3)100モルに対して、1〜50モルであってよい。アミンの量は、アンモニアボラン(BH3NH3)100モルに対して、1〜50モルであってよい。反応温度は20〜60℃、反応時間は1〜72時間であってよい。
【0024】
本発明の鉄錯体(触媒)を水素貯蔵デバイスにおいて固定化することによって、水素貯蔵デバイスを製造することができる。水素貯蔵デバイスは、触媒、触媒を収容している反応容器、アンモニアボランの収容容器、水素の収容容器などを有して成る。
【実施例】
【0025】
以下、実施例を用いて本発明を具体的に説明する。本発明は、実施例に限定されるものではない。
【0026】
実施例1
錯体A[(Cp*Fe)22-H}{μ2-NPhBH3}]の合成(Cpはη5-C5Me5(ペンタメチルシクロペンタジエニル、NPhはフェニルイミド):
【化6】

【0027】
次の文献に記載されている方法によって錯体aを合成した。
Takemoto, S.; Ogura, S.; Yo, H.; Kamikawa, K.; Hosokoshi, Y.; Matsuzaka, H. Inorganic Chemistry 2006, 45, 4871.
錯体a(1.19 g, 2.10 mmol)をTHF(40 mL)に溶かした溶液に、BH3-THFのTHF溶液(1.0 mol/L, 20 mL, 21.0 mmol)を滴下した。滴下後、溶液を、室温のまま38時間撹拌した。その間、溶液の色は暗緑色から暗青色へ徐々に変化した。反応液を乾固して、ヘキサン65 mLで抽出し、15 mLまで濃縮したのち冷却再結晶を行うと、暗青色の粒状結晶として鉄−ホウ素錯体Aが得られた。(収量470mg, 0.962 mmol, 収率46%)
得られた錯体Aの分析結果を下記に示す。
【0028】
1H NMR(400 MHz, C6D6)
δ:2.53(br, 30H, Cp*)
【0029】
MASS(FAB)(高速原子衝撃質量分析): m/z 489 {[M+H]+}
【0030】
有効磁気モーメント(ベンゼンに錯体を溶解して測定):μeff = 2.80 μB
【0031】
元素分析
Anal. Calcd(計算値): C, 63.98; H, 8.05; N, 2.87.
Found(実測値): C, 63.85; H, 8.34; N, 2.76
【0032】
赤外分光分析
IR(nujol): 3583(w), 2448(w), 1587(m), 1303(m), 697(w) cm-1.
【0033】
実施例2
アンモニアボランの脱水素(水素生成):
【化7】

【0034】
(1)アンモニアボランからの水素発生方法
窒素ガスで置換した30 mL容積のシュレンク管に、H3NBH3のTHF溶液4.5 mL (0.22 mol/L, 0.99 mmol H3NBH3)、アニリン9μL(0.1 mmol)、および鉄錯体AのTHF溶液0.5 mL (0.020 mol/L, 0.01 mmol 錯体A)を加えて上記式で表される反応を開始させ、反応混合物を25℃で撹拌した。あらかじめシュレンク管に接続しておいたビュレットをもちいて発生した水素ガスを収集し、定量した。水素ガス発生量の経時変化を図1に示す。
(2)水素ガスの検出
上記(1)においてビュレットに収集した気体をガスクロマトグラフ(島津製作所GC8A)により分析し、気体が水素ガスであることを確認した。
(3)反応後のホウ素化合物の同定
反応混合物を18時間撹拌時点での反応溶液をNMRサンプル管に採取し、溶液中のホウ素化合物を11B{1H} NMRにより分析した。
11B{1H} NMR (160.47 MHz, THF): δ -24.0, -12.0 (br, [H2BNH2]n), 30.4 (br, [HB=NH]n)
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の錯体は、水素貯蔵物質から水素を取り出す際の反応において触媒として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式:
【化1】

[式中、Cpは、置換されていてもよいシクロペンタジエニル配位子であり、
Xは、炭素数6〜30の芳香族基である。]
で示される鉄−ホウ素錯体。
【請求項2】
それぞれのCpが、同一または異なって、ペンタメチルシクロペンタジエニル配位子、エチルテトラメチルシクロペンタジエニル配位子、ペンタエチルシクロペンタジエニル配位子、またはペンタプロピルシクロペンタジエニル配位子
である請求項1に記載の錯体。
【請求項3】
Xが、アリール基、ヘテロアリール基またはアラルキル基である請求項1または2に記載の錯体。
【請求項4】
請求項1に記載の鉄−ホウ素錯体の製法であって、
式:
【化2】

[式中、Cpは、置換されていてもよいシクロペンタジエニル配位子であり、
Xは、炭素数6〜30の芳香族基である。]
で示される2核アミドイミド鉄錯体とボラン(BH)を反応させることを特徴とする製法。
【請求項5】
請求項1に記載の触媒を収容している反応容器を含む水素貯蔵デバイス。
【請求項6】
請求項1に記載の触媒の存在下で、アンモニアボラン(BH3NH3)を反応させることを特徴とする水素の生成方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−116681(P2011−116681A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−274615(P2009−274615)
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】