鍛造製品の製造方法、鍛造装置および鍛造用素材
【課題】鍛造中の素材の塑性流動状態を改善し、パイピングの発生を抑えて外観の良好な型鍛造品を安定的に提供する。
【解決手段】凹部を含む上面とその反対側の面に厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造製品を製造する方法において、厚肉部の外郭を成形する金型と凹部を含む上面を成形する金型とを組み合わせた金型を用いて、凹部を含む上面となる面の黒鉛系水溶性潤滑剤の黒鉛固形成分の塗布量が0.027mg/mm2以下であって、かつ凹部を含む面の反対側の塗布量より少なくした鍛造用素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることからなるするアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【解決手段】凹部を含む上面とその反対側の面に厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造製品を製造する方法において、厚肉部の外郭を成形する金型と凹部を含む上面を成形する金型とを組み合わせた金型を用いて、凹部を含む上面となる面の黒鉛系水溶性潤滑剤の黒鉛固形成分の塗布量が0.027mg/mm2以下であって、かつ凹部を含む面の反対側の塗布量より少なくした鍛造用素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることからなるするアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
金属を鍛造により加工する際の潤滑剤塗布方法、鍛造方法、鍛造装置および鍛造用素材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金を鍛造用素材とする熱間鍛造は、あらかじめ所定の温度まで上型、下型からなる金型を加熱し、金型の鍛造用素材と接する表面に潤滑剤を塗布し乾燥させた後に、素材を適度な温度まで加熱した状態で製品の形状を成形する金型内に挿入し、金型に加重して素材を挟み込み鍛造製品を成形製造するものである。潤滑剤は金型に素材が焼き付き凝着するのを防止させることまたは製品を金型から容易に離型させることを目的として塗布される。
【0003】
一般的に厚肉部を有するカップ形状のような複雑形状部を成形するためには鍛造用素材に潤滑剤の塗布をおこなっている。潤滑剤の塗布を施していない鍛造用素材では、複雑形状部であるカップ形状部は潤滑切れによる焼付きなどの外観不良が発生するため、潤滑剤塗布工程は鍛造成形する上で必要なものとなっている。厚肉部を有するカップ形状の一例として内燃機関ピストンがある。内燃機関ピストンは凹部を有する面がバルブリセスを有するヘッド面であり、その反対側の面にある厚肉部がスカート部、ピンボス部という構成である。
【0004】
内燃機関用ピストンを製造する従来行われている鍛造方法では、凹部を有する面すなわちヘッド面とスカート外郭とを成形する金型を固定金型とし、厚肉部であるスカート内径部およびピンボス部を成形する金型を可動金型としている。そして、固定金型を下型とし、可動金型を固定金型である下型の内部に向けて下降させて、加工素材を主に可動金型側に向かった方向に塑性流動させる。その結果、鍛造素材は可動金型内壁に逆らった方向に塑性流動して金型内部に充満し、製品が成形される。このとき、図3に示すように厚肉部にメタルが流入する箇所の反対側の付近の上面に凹部があるとその個所に亀裂、窪みなどの欠陥(以降「パイピング」ともいう。)が発生する場合がある。内燃機関用ピストンのように、スカート部のような厚肉部のある型鍛造品を製造しようとすると、スカート部に鍛造用素材が流入する箇所の反対側の上面の凹部、すなわちバルブリセスにパイピングは発生しやすい。
【0005】
パイピングを防止するために、特許文献1(特開2000−218336号公報)には素材の塑性流動を制動する方法としてヘッド面とスカート外郭を成形する金型の内面を粗面化する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−218336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、金型の内面を粗面化する方法では、金型の内面の面粗度を粗くしているため、金型への鍛造用素材の焼付きが発生し、そのため鍛造加工のための成形荷重が増加する。その結果、金型への負荷が大きくなるため金型の寿命が短くなり、結果的に製造コストを上昇させる。また、鍛造回数が増加するに伴い金型の内面に設けた粗面の摩耗が進行し、型内面の面粗度が小さくなるため、素材の塑性流動を制動する効果が鍛造回数の増加と供に薄れる。また局所的に粗した表面形状、模様を有している金型を用いる場合は、鍛造後の製品にそのような形状、模様が転写されることになるので、製品の外観の品質を重要視する製品には用いることが出来ない。
そのため、複雑形状部の成形性を良好な状態に保ち、鍛造用金型が鍛造回数による時系列的な変化に左右されずにパイピングを防止する製造方法、鍛造用素材が望まれている。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、鍛造用素材の表面潤滑状態を調整することより、鍛造中の素材の塑性流動状態を改善し、パイピングの発生を抑えて外観の良好な型鍛造品を安定的に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、パイピングの発生と潤滑剤塗布との関係について鋭意研究をおこない、金型に対する鍛造素材表面の潤滑性を良くするために潤滑剤を金型の上型に塗布した場合もしくは素材全体に鍛造用素材に予備潤滑を施したときにパイピングは顕著に発生することを知見しこれに基づき本発明を完成した。
1)上記課題を解決するための第1の発明は、凹部を含む面とその反対側の面に厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造製品を製造する方法において、厚肉部の外郭を成形する金型と凹部を含む面を成形する金型とを組み合わせた金型を用いて、凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である鍛造用素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることを特徴とするアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【0010】
2)上記課題を解決するための第2の発明は、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面の表面粗さRmaxを2〜100μmとすることを特徴とする1)に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
3)上記課題を解決するための第3の発明は、凹部を含む面となる面をマスキングして鍛造用素材全体に潤滑剤を塗布した後、マスキング材を除去することにより凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下とすることを特徴とする1)または2)に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
4)上記課題を解決するための第4の発明は、鍛造用素材全体に潤滑剤を塗布した後に、切削加工にて潤滑剤を除去することにより凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下とすることを特徴とする1)または2)に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【0011】
5)上記課題を解決するための第5の発明は、潤滑剤を塗布する方法が噴霧装置を用いる方法であることを特徴とする1)乃至4)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
6)上記課題を解決するための第6の発明は、潤滑剤を塗布する方法が潤滑剤液への浸漬による方法であることを特徴とする1)乃至4)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
7)上記課題を解決するための第7の発明は、潤滑剤が、潤滑剤溶媒と潤滑素材とを含むものであり、潤滑素材が黒鉛であってその濃度が1〜10質量%であるものを用いることを特徴とする1)乃至6)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【0012】
8)上記課題を解決するための第8の発明は、鍛造用素材を100℃から300℃に加熱した後に、潤滑剤を塗布することを特徴とする1)乃至7)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
9)上記課題を解決するための第9の発明は、潤滑剤が、潤滑剤溶媒と潤滑素材とを含むものであり、潤滑剤溶媒が常温において速乾性を有した溶媒であり、鍛造用素材を常温状態で潤滑剤皮膜を形成することを特徴とする1)乃至7)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
10)上記課題を解決するための第10の発明は、凹部を含む面となる面以外の面の潤滑剤の塗布量が0.03mg/mm2以上である鍛造用素材を用いることを特徴とする1)乃至9)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【0013】
11)上記課題を解決するための第11の発明は、アルミニウム合金鍛造製品が、凹部を含む面がバルブリセスを有するヘッド面であり厚肉部がスカート部、ピンボス部である内燃機関用ピストンであることを特徴とする1)乃至10)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
12)上記課題を解決するための第12の発明は、プレス機と、凹部を含む面を成形する金型と厚肉部の外郭を成形する金型と、潤滑剤塗布装置と、鍛造用素材投入装置とを含むアルミニウム合金鍛造装置であって、潤滑剤塗布装置が主に厚肉部の外郭を成形する金型への潤滑剤塗布のみを行なう装置であり、素材投入装置が鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を凹部を含む面を成形する金型側にして投入する装置であることを特徴とする凹部を含む面とその反対側の面に厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
【0014】
13)上記課題を解決するための第13の発明は、凹部を含む面を成形する金型が内燃機関用ピストンのバルブリセスを有するヘッド面を成形する金型であり、厚肉部の外郭を成形する金型がスカート部およびピンボス部を成形する金型であることを特徴とする12)に記載のアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
14)上記課題を解決するための第14の発明は、鍛造用素材投入装置が、鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面をヘッド面を成形する金型側になるように予め揃えて整列させたカセットにセットしてから金型に鍛造用素材を投入する手段を有することを特徴とする12)または13)に記載のアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
【0015】
15)上記課題を解決するための第15の発明は、鍛造用素材投入装置が、潤滑剤塗布判別装置と素材面反転装置とを含んでいて、鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を揃えて整列させる手段を有することを特徴とする12)乃至14)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
16)上記課題を解決するための第16の発明は、ヘッド面を成形する金型を上型とし、潤滑剤塗布装置が、上型への潤滑剤の巻き上がり防止傘を有していることを特徴とする12)乃至15)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
17)上記課題を解決するための第17の発明は、12)乃至16)のいずれか1項に記載の鍛造装置に用いる鍛造用素材であって、凹部を含む面を成形する金型に接する面の表面粗さRmaxが2〜50μm、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下であって、厚肉部の外郭を成形する金型に接する面の潤滑剤量が0.03mg/mm2以上であることを特徴とする鍛造用素材である。
【0016】
以下、本発明の作用を、図2に示した、凹部を有する面がバルブリセス21を有するヘッド面22でありその反対側の面にある厚肉部がスカート部24、ピンボス部23という構成である内燃機関ピストンを例に説明する。
【0017】
図3に示すように、内燃機関ピストンは、ヘッド面22には凹部の形状を有したバルブリセス21の形状が付加されており、この凹部の反対側にあるスカート部24の先端部の方向へ素材が塑性流動される(符号32)ことにより凹部の表面の素材が引き込まれる。その結果、引き込まれた個所にパイピング31と称する鍛造欠陥が生じる。これを防止するために金型面とくにヘッド面を成形する金型と鍛造用素材の接触面との間に塑性流動の制動が必要となる。
【0018】
本発明では、スカート部およびピンボス部を形成するための下型と、バルブリセスを有するヘッド面を形成するための上型とを組み合わせた金型を用いる。鍛造用素材を下型内に投入して、ヘッド面を形成する上型を下降させ、下型の下方方向へ素材を塑性流動させて鍛造成形している。
【0019】
厚肉部を形成するには、厚肉部を囲む金型(先の内燃機関用ピストンではスカート部およびピンボス部を成形する金型)へ素材を投入し、厚肉部と反対側の凹部を有する面を成形する金型(先の内燃機関用ピストンではヘッド面を成形する金型)を下降させて加重するにより厚肉部を囲む金型内に素材を塑性流動させて成形している。厚肉部と反対側の面を成形する金型面から厚肉部へ素材が引き込まれやすくなっているので、より充分に塑性流動が制動されることが必要である。
【0020】
そこで、図4に一例を示すように、本発明では、厚肉部を成形する金型と厚肉部と反対側の面を成形する金型を組合せて成形しているので、本発明の潤滑剤塗布量による塑性流動制御が可能である。さらに、本発明では、凹部を有する面の塑性流動を制動するために、凹部を含む面となる面41の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である鍛造用素材を用いている。この結果、より制動力が働き厚肉部への素材の引き込まれを抑えることができる。
【0021】
図5に示すように、鍛造用素材の一方の面の潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下(好ましくは0.015mg/mm2以下。より好ましくは0.010mg/mm2以下)としたものを鍛造用素材として使用する。
【0022】
図1に示すように、本発明の製造方法の一例は、凹部を含む面であるバルブリセスを有するヘッド面の形状を成形する上型11、厚肉部であるスカート部、ピンボス部の形状を成形する下型12を用いて内燃機関用ピストンを鍛造する方法である。ここで、スカート形状とピンボス形状を成形する複雑なカップ形状部において潤滑剤膜が切れることなく鍛造できるようにスカート形状とピンボス形状を成形する下型12へ予め潤滑剤を塗布した後、鍛造用素材13を、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下(好ましくは0.015mg/mm2以下とした面14をヘッド面となる面として下型に投入して鍛造する。例えば、内燃機関用ピストンを鍛造する場合には、バルブリセスを含むヘッド面となる素材の面の潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下とする。その結果、素材の塑性流動が制動され、バルブリセス表面の素材が厚肉部のスカート部に引き込まれることがなく、パイピングの発生を抑えることができる。0.027mg/mm2を越えるとパイピングが発生するおそれが大きくなる。
【0023】
このような潤滑剤塗布量を有する鍛造用素材を用いる本発明では、金型の内側の面の表面粗さを低く抑えることができるので、表面が良好な外観を有した鍛造製品を得ることができる。また金型の表面粗さを低く抑えているので、鍛造加工時の成形荷重が高くなることがなく金型への負荷が小さくなり、金型の寿命を長くすることができる。また、局所的に粗した表面形状、模様を有しない金型を用いるので鍛造後の製品にそのような形状、模様が転写されることがなく製品品質の外観が良いものが得られる。また、鍛造回数の増加により金型摩耗が進行することもなく、素材の塑性流動の制動力が経時的に変化することもなく安定して製造することができる。本発明は金型の表面粗さではなく、鍛造用素材側の表面状態を調整することでパイピングを防止しているため、経時的な鍛造製品の品質の変化がない。
【0024】
一方、図14に示される従来の金型の組み合わせは、ヘッド面およびスカート外郭を成形する金型とスカート内径およびピンボス部を成形する金型を組合せて鍛造成形した場合の一例であるが、この場合は、たとえ素材の潤滑量を制御しても、ヘッド面およびスカート外郭を成形する金型の内面に素材の焼きつきを防止するために潤滑剤を塗布する必要があるために、その結果鍛造時にヘッド面のみの潤滑剤塗布量を制御することができないので、潤滑剤塗布量による塑性流動制御が不可能である。
【0025】
なお、本発明はスカートおよびピンボス部を成形する金型とヘッド面を成形する金型を組合せて鍛造成形する方法に用いることができ、先の例のように(1)ヘッド面を成形する金型を可動金型として、スカートおよびピンボス部を成形する金型を固定金型とする場合以外に、(2)ヘッド面を成形する金型を固定金型としてスカート部およびピンボス部を成形する金型を可動金型とする場合、(3)ヘッド面を成形する金型、スカート部およびピンボス部を成形する金型ともに可動金型とする場合にも用いることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の製造方法は、凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である鍛造用素材を、厚肉部の外郭を成形する金型と凹部を含む面を成形する金型とを組み合わせた金型を用いて、素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることを特徴とする鍛造製品の製造方法であるので、パイピングの発生を抑えて外観の良好な型鍛造品を安定的に製造することができる。さらに、型内面からメタルの離脱が抑制され、亀裂、窪みなどの欠陥の無い型鍛造品が得られる。特に内燃機関用ピストンを製造する方法おいては、ヘッド形状およびピンボス部、スカート部を一体成形した際に、バルブリセスのパイピングの発生を抑えて、外観表面の品質が良好なものを容易に安定して製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施形態である鍛造成形する際の鍛造素材を金型内にセットする工程の説明図である。
【図2】厚肉部を有する鍛造製品の一例である内燃機関ピストンの外観図である。
【図3】パイピング発生の状況を説明する断面図である。
【図4】本発明の作用の説明図である。
【図5】本発明の鍛造用素材の一例の外観図である。
【図6】本発明の鍛造装置の一例の概略構成図である。
【図7】本発明の金型の一例の断面図である。
【図8】本発明の鍛造方法に用いる潤滑剤塗布装置の構成概略図である。
【図9】本発明の塗布装置の一実施形態である巻き上がり防止傘を設けた場合の概略図である。
【図10】本発明の素材投入装置の一例の概略構成図である。
【図11】本発明の鍛造用素材への潤滑剤の塗布方法の一例を示す図である。(a)は平面図、(b)は正面図である。
【図12】本発明の一実施形態である鍛造成形する工程の説明図である。
【図13】本発明に用いるノズルの一例の図である。(a)は吐出口の配置図で(b)吐出口の断面図である。
【図14】従来の方法の、上型と下型と厚肉部の空間との関係、上金型と下金型との移動方向と鍛造用素材の塑性流動方向の関係を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の製造方法の実施形態について、アルミニウム合金熱間鍛造で内燃機関用ピストンをヘッド部およびピンボス部、スカート部を一体成形する製造方法を一例としてより詳細に説明する。
【0029】
本発明の鍛造装置を説明する。本発明に用いる鍛造装置は、プレス機と、バルブリセスを含むヘッド面形状を成形する金型とスカート部およびピンボス形状を成形する金型と、潤滑剤塗布装置と、鍛造用素材投入装置とを含むものである。
【0030】
本発明の鍛造装置は、例えば、図6に示すように、プレス装置61と、上型11、下型12からなる鍛造用金型と、潤滑剤塗布用ノズル63、シャフト65、ノズル回転装置66、ノズル移動装置67からなる潤滑剤塗布装置と、鍛造用素材投入装置(図示せず)とを含んで構成される。必要に応じて上受圧板62、下受圧板64を設けることができる。また、潤滑剤塗布装置は、潤滑装置単体として設置しその動作をプレス装置と連動させたものでも良い。
【0031】
鍛造用金型についてさらに説明する。金型はヘッド面形状を成形する金型と、厚肉部であるスカート形状部を囲む金型とを含んで構成される。図7にプレス機に装着された状態の一例を示す。下型12は厚肉部であるスカート部を囲んだ形状(スカート形成部73)を成形する金型とし、下型12は固定されていて製品を排出するためのノックアウトピン71とを含んで構成されている。上型11はバルブリセス成形部72を含むヘッド面形状を成形する金型とし、上型は鍛造用素材を加圧しスカート部を囲む形状を成形する下型の下方に素材を塑性流動させるように可動になっている。
【0032】
金型はその内側の面に粗面を設けないのが素材の焼き付きが起こりにくく、金型へ充満するので好ましい。金型の内面の表面粗さはRzで15μm未満(より好ましくは10μm未満。)であるのが好ましい。
【0033】
潤滑剤塗布装置について説明する。本発明の潤滑剤塗布装置の構成の一例を、図8に示す。潤滑剤塗布用ノズル81、ノズル回転装置82、ノズル移動装置83、潤滑剤貯留タンク84、圧縮気体供給装置85、流路開閉器86、流路開閉器の制御装置87を含んで構成されている。
【0034】
ノズルの形状は、噴霧用圧縮空気吐出口と潤滑剤吐出口が同心的に配置された潤滑剤塗布用ノズルまたは、噴霧用圧縮空気吐出口を潤滑剤吐出口の外側に配置することを特徴とする潤滑剤塗布用ノズルであるのが好ましい。または、噴霧用圧縮空気吐出口の内側に潤滑剤吐出口を配置することを特徴とするのが好ましい。潤滑剤塗布範囲と乾燥に用いられる噴霧用圧縮空気の吹き付け範囲がほぼ同一範囲となるので、均一で薄い皮膜である潤滑剤の塗布状態、または未乾燥な潤滑剤の溜りのない潤滑剤の乾燥状態を得ることができるからである。潤滑剤塗布範囲が噴霧用圧縮空気により拡散状態となるので、広範囲に渡り噴霧可能となり、均一で薄い皮膜である潤滑剤の塗布状態、または未乾燥な潤滑剤の溜りのない潤滑剤の乾燥状態を得ることができるからである。
【0035】
ノズルの一例を図13に示す。図13(a)は吐出口の配置例の図、(b)はノズルの断面の図である。
【0036】
図13(a)に示すようにノズルは3つの吐出口を有している。その吐出口の配置は、同心的に配置したものになっている。いわゆる3重芯管構造となっている。ひとつの吐出口を噴霧用圧縮空気吐出口1311とし、他の吐出口を2種類の潤滑剤(潤滑剤A、B)のそれぞれの吐出口(潤滑剤A用吐出口1312、潤滑剤B用吐出口1313)としている。ここで、噴霧用圧縮空気と潤滑剤の吐出口が同心的に配置されている。
【0037】
また、その吐出口の配置は、噴霧用圧縮空気吐出口が潤滑剤吐出口の外側に配置されたものになっている。その吐出口の配置は、噴霧用圧縮空気吐出口の内側に潤滑剤吐出口が配置されたものになっている。
【0038】
図13(b)に示すように、噴霧用圧縮空気供給路131、潤滑剤A供給路132、潤滑剤B供給路133、各潤滑剤供給路を開閉するニードル弁134、135、各ニードル弁を作動させるシリンダー駆動用圧縮空気供給路136、137、各ニードル弁に接続されたばね138、139を含んで構成されている。潤滑剤吐出口を同心円的に配置するために支持部(図示せず)を設けることもできる。
【0039】
必要に応じて圧力調整器813、例えば減圧弁を含ませることができる。圧縮気体供給装置としては空気コンプレッサーをあげることができる。流路開閉器として電磁弁を用いるのは、制御が容易なので好ましい。
【0040】
圧縮気体たとえば空気コンプレッサーから圧力調整器813、圧縮気体配管89を経由して供給される圧縮空気によって液面が加圧されている潤滑剤貯留タンクから潤滑剤用配管810が潤滑剤塗布用ノズルの供給路に配管されている。潤滑剤貯留タンクは攪拌用のプロペラシャフト88を有しているのが好ましい。潤滑剤を常時攪拌することができるので潤滑剤の固形分の沈降を防止することができるからである。圧縮気体の種類としては、不活性ガス、乾燥空気、それらの混合気体などが挙げられる。
【0041】
噴霧用圧縮空気は空気コンプレッサーから圧力調整器813、圧縮気体配管89を経由して電磁弁を経てさらに噴霧用圧縮空気配管812を経由して潤滑剤塗布用ノズルの圧縮空気供給路に配管されている。電磁弁の開閉は電磁弁開閉の制御装置内に備え付けられたタイマーにより制御されており、目的の時間だけ開かれて噴霧用圧縮空気を供給する。
【0042】
シリンダー駆動用圧縮空気は空気コンプレッサーから圧力調整器813、圧縮空気配管89を経由して内圧開放可能な電磁弁を経てさらにシリンダー駆動用圧縮空気配管811を経由して潤滑剤塗布用ノズルの潤滑剤供給路の途中に設けられたニードル弁へ配管されている。電磁弁の開閉は電磁弁開閉の制御装置内に備え付けられたタイマーにより制御されている。
【0043】
ニードル弁はシリンダー駆動用圧縮空気が供給されると後退する機構になっている。ニードル弁の後退により潤滑剤供給路と潤滑剤吐出口が接続される。電磁弁が閉じられ電磁弁内の圧縮空気圧も開放されると、ニードル弁はバネにより前進する機構となっている。ニードル弁の前進により潤滑剤供給路と潤滑剤吐出口が閉じられる。
【0044】
潤滑剤塗布用ノズルはノズル回転装置に接続されており、ノズル回転装置によって潤滑剤塗布用ノズルは金型上方で回転しながら潤滑剤を塗布する。ノズル回転装置はノズルを金型中心軸上にて回転するのが広範囲で均一に噴霧用圧縮空気、潤滑剤を塗布できるので好ましい。シャフトを介してノズル回転装置に接続することもできる。ノズル回転装置はノズル移動装置により金型上方へ移動または金型上方から退避する機能を有している。たとえば成形時には潤滑剤塗布用ノズルが金型上方から退避し、潤滑剤塗布時には潤滑剤塗布用ノズルが金型上方に移動する。ノズル移動装置はエアーシリンダーにて前進後退する仕組みであることが駆動エネルギーを他の駆動装置と共有化できるので好ましい。また、動作が安定しているので好ましい。
【0045】
ここで、潤滑剤塗布装置は主にスカート部およびピンボス部を成形する金型への潤滑剤塗布を行なう装置である。図9に示すように主にスカート部およびピンボス部を成形する金型への潤滑剤塗布を行なうように潤滑剤塗布用ノズルを配設するのが好ましい。
【0046】
また、潤滑剤塗布装置が、ヘッド面を成形する金型への潤滑剤の巻き上がり防止傘が付加されていることが好ましい。潤滑剤がヘッド面を成形する金型に付着するのを抑えることができ、ヘッド面を成形する金型面での鍛造用素材の塑性流動の制動力を高めることができるからである。潤滑剤の巻き上がり防止傘68の一例を図9に示す。図9に示すように、巻き上がり防止傘としてノズルとヘッド面を成形する金型との間に平板または傘状の円錐状の板が設けられ該板はノズルの回転と一緒に回転することにより、ノズルから噴出された噴霧状の潤滑剤が上型に付着するのを抑えることができる。巻き上がり防止傘はノズルと一体になるように固定されているのが装置を小型軽量化することができ好ましい。巻き上がり防止傘の材質としては、ステンレス、アルミ、プラスチックを挙げることができる。
【0047】
素材投入装置が、素材を潤滑面を予め揃えて整列させたカセットにセットしてからスカート部およびピンボス部を成形する金型である下型に投入することが好ましい。装置が小型となるからである。
【0048】
また、素材投入装置が、潤滑剤塗布判定装置と反転装置とを含んでいるのが装置の自動化を図るために好ましい。潤滑剤塗布判定装置にて素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を判別して、その判別結果に基づきあらかじめ決めた方向に反転装置にて揃えることができるからである。その結果、連続的に判別、整列を行うことにより鍛造装置の自動運転が可能になるからである。
【0049】
潤滑剤塗布判定装置は、鍛造用素材表面に潤滑剤が所定量塗布されているかを検出し判別できれば良い。その検出手段は非接触式であるのが潤滑剤塗布状態を破壊することが無いので好ましい。検出手段としては、光学式画像解析装置、反射率計、渦電流計、を挙げることができる。
【0050】
反転装置としては、多関節ロボットアーム、エアーシリンダー、パーツフィーダーを挙げることができる。
【0051】
素材投入装置の一例の概略図を図10に示す。素材投入装置は、素材を潤滑面を予め揃えて整列させた素材ストッカー101、画像解析装置103、反転装置104を備えたコンベア107へ素材を搬送する素材搬送装置102を含んで構成される。潤滑面を揃えた素材はコンベアによって加熱炉106に搬入され所定の温度に加熱された後、鍛造装置に投入される。反転装置は画像解析装置での判別結果に基づく制御信号105により制御される。
【0052】
つぎに本発明の製造方法の一例を説明する。本発明の製造方法は、素材を切断する工程と、鍛造用素材の潤滑剤を塗布し鍛造用素材とする工程と、金型へ潤滑剤を塗布する工程と、プレス機へ鍛造用素材を投入する工程と、プレス機を用いて鍛造する工程と、鍛造製品を排出する工程とを含むものである。必要に応じて、鍛造用素材の加熱、金型の加熱の工程を追加することができる。
【0053】
まず、素材を切断する工程では、例えば丸鋸を用いて素材を鍛造に適した形状に切断したものを鍛造用素材とする。ここで、切断面は、その表面の粗さ(Rmax)が2〜100μm(好ましくは5〜25μm。)となるように切断されるのが素材の塑性流動がより制動されるから好ましい。
【0054】
素材は、アルミニウム合金であれば塑性加工に適しているのでいずれのものでも用いることができる。たとえば、Al−Si系合金、Al−Mg−Si系合金、JIS6061合金等を用いることができる。また、素材の製法は、金型鋳造、連続鋳造、押出、圧延等いずれであっても良い。アルミニウム合金の場合、連造鋳造された丸棒材が安価で好ましい。アルミニウム合金においては、気体加圧式ホットトップ鋳造法(例えば、昭和電工(株)製SHOTIC材(登録商標))で連続鋳造された丸棒材が、優れた内部健全性を持ち、結晶粒が微細であり、かつ、塑性加工による結晶粒の異方性がない為、本発明の効果をよりよく発現できるので好ましい。
【0055】
また、素材としてアルミニウム合金を用いるだけでなく、塑性加工に適していれば他の金属材料を用いることができる。他の金属材料としては、例えば、鉄、マグネシウム、チタンおよびこれらを主成分とする合金、真鍮を挙げることができる。
【0056】
つぎに、鍛造用素材の潤滑剤を塗布し鍛造用素材とする工程を説明する。切断面の一方の面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下(好ましくは0.015mg/mm2以下。)とする。潤滑剤の塗布量は少なければ少ないほど素材の塑性流動による引き込まれを制御する効果が強くなりパイピングの発生を抑えることができる。鍛造条件によっては、例えば内燃機関ピストンの場合鍛造条件によっては潤滑剤を塗布しない状態でも本発明の効果を得ることができる。
【0057】
凹部を含む面となる面以外の面の潤滑剤の塗布量を0.03mg/mm2以上(より好ましくは0.05mg/mm2以上。)とするのが、金型との接触部摩擦抵抗が小さくなり鍛造欠陥である焼き付きやかじりの発生を抑えることができるので好ましい。
【0058】
また、潤滑剤素材が黒鉛であってその濃度が1〜10質量%(好ましくは3〜8質量%。)であるものを用いることが、黒鉛潤滑剤皮膜厚さが潤滑切れを起こさない厚さとなるから好ましい。潤滑剤素材は黒鉛以外に、水ガラスを用いることができる。
【0059】
ここで、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下とする面を予めマスキングして素材全体に潤滑剤を塗布した後、マスキング材を除去することによって、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下とした面を設ける方法を用いることができる。この方法はマスキング面の潤滑剤塗布量が限りなく少なくなるので好ましい。マスキング材は潤滑剤を塗布する際に潤滑剤の付着を遮蔽するものであればいずれのものを用いることができる。マスキング材としては、耐熱性テープ、布、耐熱性樹脂材、金属板、植物油、鉱物油が挙げられる。
【0060】
あるいは、鍛造用素材全体に潤滑剤を塗布した後に、切削加工にて潤滑剤を除去して潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を得る方法を用いることもできる。この方法は、表面粗さを低減させる加工工程を一緒に含ませることができ工程を簡略化できるので好ましい。ここで、切削加工面は、その表面の粗さ(Rmax)が2〜5μmとなるように切削されるのが鍛造製品の外観が良好となるから好ましい。
【0061】
鍛造用素材全体に潤滑剤を塗布する方法としては、噴霧装置により潤滑剤を塗布する方法、鍛造用素材を潤滑剤液へ浸漬させる方法を用いることができる。
【0062】
噴霧装置により塗布する方法では、潤滑剤を広く均一に塗布し乾燥させる噴霧装置を用いるのが潤滑剤皮膜が均一となるので好ましい。図11に噴霧装置により塗布する方法の一例を示す。鍛造用素材をパレット板の上に厚肉部となる面を上向きに並べ潤滑剤塗布装置にて噴霧化した潤滑剤を塗布する。この場合は、パレットに接している面が潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面となる。潤滑剤塗布装置としては、ハンドスプレー装置、前述した金型への潤滑剤塗布装置と同様の装置、潤滑剤スプレー缶、シャワー式ノズルなどを用いることができる。
【0063】
潤滑剤液へ浸漬させる方法は、例えば籠に素材を入れて、籠ごと浸漬することにより塗布することができる。特に個々に浸漬するのが素材同士が密着せず、全面に均一塗布となるので好ましい。
【0064】
鍛造用素材の温度を100〜300℃(好ましくは120〜200℃。)に加熱した後に、潤滑剤を塗布することが潤滑剤の皮膜状態を良好にするので好ましい。特に水溶性潤滑剤の水分を充分に蒸発させ黒鉛固形分を素材表面に良好に付着させることができるので好ましい。
【0065】
また、潤滑剤の溶媒として常温において速乾性である溶媒を用いて常温の素材に塗布して潤滑剤皮膜を形成することが難水溶性固形分が均一分散していて均一皮膜を得られるので好ましい。常温において速乾性である溶媒としては、アルコール、アセトン、が挙げられる。
【0066】
金型へ潤滑剤を塗布する工程を説明する。金型温度を例えば150℃〜300℃の範囲に加熱昇温し保持し、前述した潤滑剤塗布装置を用いて、3〜8質量%の濃度の黒鉛系水溶性潤滑を厚肉部であるスカート部を成形する金型に0.4〜2.0秒間塗布する。
【0067】
プレス機へ鍛造用素材を投入する工程、プレス機を用いて鍛造する工程を図12をもとに説明する。温度300℃〜500℃に加熱した鍛造用素材をスカート部を形成する下型内に投入する(図12(a))。ここで、鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を金型の上型に接するような向きに投入する。投入後、バルブリセス形状を形成する上型が下降しプレス成形する(図12(b))。図4に示すように厚肉部であるスカート部を囲む金型の動く方向とは逆方向に素材が塑性流動してスカート部が形成される。図12(c)に示すように下型内で成形された製品はノックアウトピンで押し上げられて排出される。
【0068】
本発明の鍛造装置は、潤滑剤塗布装置が主に下型への潤滑剤塗布のみを行なう装置であり、素材投入装置が鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を上型側にして投入する装置であることを特徴とする鍛造装置であるので、本発明の鍛造装置を用いるとパイピングの発生を抑えて外観の良好な鍛造品を安定的に製造することができる。
【0069】
本発明の鍛造方法は、厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造製品を製造する方法において、凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である鍛造用素材を用いて厚肉部を囲む金型とは相対的に逆方向に素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることを特徴とする鍛造製品の製造方法であるので本発明の鍛造方法を用いるとパイピングの発生を抑えて外観の良好な鍛造品を安定的に製造することができる。
【0070】
本発明の鍛造用素材は、上記の鍛造装置に用いる鍛造用素材であって、金型の上型に接する面すなわち凹部を含む面となる面の表面粗さ(Rmax)が2〜50μm、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下であって、下型に接する面、すなわち凹部を含む面となる面以外の面に接する潤滑剤を塗布する面の潤滑剤量が0.03mg/mm2以上(好ましくは0.05mg/mm2以上。)であることを特徴とするので本発明の鍛造用素材を用いるとパイピングの発生を抑えて外観の良好な鍛造品を安定的に製造することができる。
【0071】
潤滑剤の塗布条件、鍛造条件の組み合わせの他の実施形態を説明する。本発明の鍛造方法では、例えば、複数の潤滑剤の供給が可能である潤滑剤塗布用ノズルを有する潤滑剤塗布装置を用いて、まず素材温度を下げることなく(好ましくは温度は200℃以下にならない状態。)、高温の素材表面に油性潤滑剤(例えば、良好な濡れ性を得るために鉱物油が好ましい。)を塗布し、続いてこの潤滑剤の皮膜上に黒鉛を含む水性潤滑剤を塗布して黒鉛固形成分を吸着させることができる。
【0072】
また塗布後に「噴霧用圧縮空気のみ」を吹き付けることにより潤滑剤の乾燥状態を良好にすることができるので好ましい。本発明では、複数の潤滑剤の塗布が可能である潤滑剤塗布用ノズルを有する潤滑剤塗布装置を用いているので、素材の温度が高くてもぬれ性が低下することなくすなわち潤滑剤がはじかれることなく良好な塗布状態を得ることができ、続いてこの皮膜上に水性潤滑剤を塗布して黒鉛固形成分を吸着させることにより油溜りのない、均一な潤滑皮膜を得ることができる。その結果、潤滑剤溜まりが素材の表面に発生せず、鍛造品において欠肉が生じるといった不具合を抑えることができる。
【実施例】
【0073】
図6、9に示した装置、図7に示した金型を用いて図2に示す内燃機関用ピストンを製造した。素材は、Al−12Si−4Cu−0.5Mgの材質の連続鋳造棒を切断したものを用いた。素材の潤滑剤の塗布条件は表1に示した。素材の表面粗さRmaxは、15μmであった。また用いた金型の内壁の表面粗さRzを5箇所測定したところ1〜7μmであった。金型の下型に黒鉛系潤滑剤を塗布した。
【0074】
潤滑剤の塗布状態が表1に示すように素材を金型に投入した。鍛造条件の素材温度は400℃、荷重は400tとした。
各条件の素材を用いて鍛造したそれぞれ1000個の製品を目視検査によってバルブリセスのパイピングの発生状態、外郭でのかじり発生率を調査した。結果を表1に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
上型に接する面、すなわちバルブリセスを有するヘッド部となる面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である素材を用いた場合では、パイピングの発生が押さえられているのがわかる。また、カップ形状部のスカート部において潤滑切れによる外観不良は観察されなかった。ヘッド面の外観においても表面の粗さが大きくなることは無く外観品質は良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0077】
内燃機関用ピストンを製造する方法おいて、ヘッド形状およびピンボス部、スカート部を一体成形した際に、バルブリセスのパイピングの発生を抑えて、外観表面の品質が良好なものを容易に安定して製造することができる。
【符号の説明】
【0078】
11:上型、12:下型、13:鍛造用素材、14:潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下とした面、15:潤滑剤の塗布量を0.03mg/mm2以上とした面
21:バルブリセス、22:ヘッド面、23:ピンボス部、24:スカート部、31:パイピング、32:素材の塑性流動方向、41:凹部を含む面となる面、61:プレス装置、62:上受圧板、63:潤滑剤塗布用ノズル、64:下受圧板、65:シャフト、66:ノズル回転装置、67:ノズル移動装置、68:巻き上がり防止傘、71:ノックアウトピン、72:バルブリセス成形部、73:スカート形成部84:潤滑剤貯留タンク、85:圧縮気体供給装置、86:流路開閉器、87:流路開閉器の制御装置、88:プロペラシャフト、89:圧縮気体配管、810:潤滑剤用配管、811:シリンダー駆動用圧縮空気配管、812:噴霧用圧縮空気配管、813:圧力調整器、101:素材ストッカー、102:素材搬送装置、103:画像解析装置、104:反転装置、105:制御信号、106:加熱炉、107:コンベア、131:噴霧用圧縮空気供給路、132:潤滑剤A供給路、133:潤滑剤B供給路、134、135:ニードル弁、136、137:シリンダー駆動用圧縮空気供給路、138、139:ばね、1311:噴霧用圧縮空気吐出口、1312:潤滑剤A用吐出口、1313:潤滑剤B用吐出口、
【技術分野】
【0001】
金属を鍛造により加工する際の潤滑剤塗布方法、鍛造方法、鍛造装置および鍛造用素材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金を鍛造用素材とする熱間鍛造は、あらかじめ所定の温度まで上型、下型からなる金型を加熱し、金型の鍛造用素材と接する表面に潤滑剤を塗布し乾燥させた後に、素材を適度な温度まで加熱した状態で製品の形状を成形する金型内に挿入し、金型に加重して素材を挟み込み鍛造製品を成形製造するものである。潤滑剤は金型に素材が焼き付き凝着するのを防止させることまたは製品を金型から容易に離型させることを目的として塗布される。
【0003】
一般的に厚肉部を有するカップ形状のような複雑形状部を成形するためには鍛造用素材に潤滑剤の塗布をおこなっている。潤滑剤の塗布を施していない鍛造用素材では、複雑形状部であるカップ形状部は潤滑切れによる焼付きなどの外観不良が発生するため、潤滑剤塗布工程は鍛造成形する上で必要なものとなっている。厚肉部を有するカップ形状の一例として内燃機関ピストンがある。内燃機関ピストンは凹部を有する面がバルブリセスを有するヘッド面であり、その反対側の面にある厚肉部がスカート部、ピンボス部という構成である。
【0004】
内燃機関用ピストンを製造する従来行われている鍛造方法では、凹部を有する面すなわちヘッド面とスカート外郭とを成形する金型を固定金型とし、厚肉部であるスカート内径部およびピンボス部を成形する金型を可動金型としている。そして、固定金型を下型とし、可動金型を固定金型である下型の内部に向けて下降させて、加工素材を主に可動金型側に向かった方向に塑性流動させる。その結果、鍛造素材は可動金型内壁に逆らった方向に塑性流動して金型内部に充満し、製品が成形される。このとき、図3に示すように厚肉部にメタルが流入する箇所の反対側の付近の上面に凹部があるとその個所に亀裂、窪みなどの欠陥(以降「パイピング」ともいう。)が発生する場合がある。内燃機関用ピストンのように、スカート部のような厚肉部のある型鍛造品を製造しようとすると、スカート部に鍛造用素材が流入する箇所の反対側の上面の凹部、すなわちバルブリセスにパイピングは発生しやすい。
【0005】
パイピングを防止するために、特許文献1(特開2000−218336号公報)には素材の塑性流動を制動する方法としてヘッド面とスカート外郭を成形する金型の内面を粗面化する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−218336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、金型の内面を粗面化する方法では、金型の内面の面粗度を粗くしているため、金型への鍛造用素材の焼付きが発生し、そのため鍛造加工のための成形荷重が増加する。その結果、金型への負荷が大きくなるため金型の寿命が短くなり、結果的に製造コストを上昇させる。また、鍛造回数が増加するに伴い金型の内面に設けた粗面の摩耗が進行し、型内面の面粗度が小さくなるため、素材の塑性流動を制動する効果が鍛造回数の増加と供に薄れる。また局所的に粗した表面形状、模様を有している金型を用いる場合は、鍛造後の製品にそのような形状、模様が転写されることになるので、製品の外観の品質を重要視する製品には用いることが出来ない。
そのため、複雑形状部の成形性を良好な状態に保ち、鍛造用金型が鍛造回数による時系列的な変化に左右されずにパイピングを防止する製造方法、鍛造用素材が望まれている。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、鍛造用素材の表面潤滑状態を調整することより、鍛造中の素材の塑性流動状態を改善し、パイピングの発生を抑えて外観の良好な型鍛造品を安定的に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、パイピングの発生と潤滑剤塗布との関係について鋭意研究をおこない、金型に対する鍛造素材表面の潤滑性を良くするために潤滑剤を金型の上型に塗布した場合もしくは素材全体に鍛造用素材に予備潤滑を施したときにパイピングは顕著に発生することを知見しこれに基づき本発明を完成した。
1)上記課題を解決するための第1の発明は、凹部を含む面とその反対側の面に厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造製品を製造する方法において、厚肉部の外郭を成形する金型と凹部を含む面を成形する金型とを組み合わせた金型を用いて、凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である鍛造用素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることを特徴とするアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【0010】
2)上記課題を解決するための第2の発明は、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面の表面粗さRmaxを2〜100μmとすることを特徴とする1)に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
3)上記課題を解決するための第3の発明は、凹部を含む面となる面をマスキングして鍛造用素材全体に潤滑剤を塗布した後、マスキング材を除去することにより凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下とすることを特徴とする1)または2)に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
4)上記課題を解決するための第4の発明は、鍛造用素材全体に潤滑剤を塗布した後に、切削加工にて潤滑剤を除去することにより凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下とすることを特徴とする1)または2)に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【0011】
5)上記課題を解決するための第5の発明は、潤滑剤を塗布する方法が噴霧装置を用いる方法であることを特徴とする1)乃至4)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
6)上記課題を解決するための第6の発明は、潤滑剤を塗布する方法が潤滑剤液への浸漬による方法であることを特徴とする1)乃至4)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
7)上記課題を解決するための第7の発明は、潤滑剤が、潤滑剤溶媒と潤滑素材とを含むものであり、潤滑素材が黒鉛であってその濃度が1〜10質量%であるものを用いることを特徴とする1)乃至6)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【0012】
8)上記課題を解決するための第8の発明は、鍛造用素材を100℃から300℃に加熱した後に、潤滑剤を塗布することを特徴とする1)乃至7)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
9)上記課題を解決するための第9の発明は、潤滑剤が、潤滑剤溶媒と潤滑素材とを含むものであり、潤滑剤溶媒が常温において速乾性を有した溶媒であり、鍛造用素材を常温状態で潤滑剤皮膜を形成することを特徴とする1)乃至7)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
10)上記課題を解決するための第10の発明は、凹部を含む面となる面以外の面の潤滑剤の塗布量が0.03mg/mm2以上である鍛造用素材を用いることを特徴とする1)乃至9)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
【0013】
11)上記課題を解決するための第11の発明は、アルミニウム合金鍛造製品が、凹部を含む面がバルブリセスを有するヘッド面であり厚肉部がスカート部、ピンボス部である内燃機関用ピストンであることを特徴とする1)乃至10)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造製品の製造方法である。
12)上記課題を解決するための第12の発明は、プレス機と、凹部を含む面を成形する金型と厚肉部の外郭を成形する金型と、潤滑剤塗布装置と、鍛造用素材投入装置とを含むアルミニウム合金鍛造装置であって、潤滑剤塗布装置が主に厚肉部の外郭を成形する金型への潤滑剤塗布のみを行なう装置であり、素材投入装置が鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を凹部を含む面を成形する金型側にして投入する装置であることを特徴とする凹部を含む面とその反対側の面に厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
【0014】
13)上記課題を解決するための第13の発明は、凹部を含む面を成形する金型が内燃機関用ピストンのバルブリセスを有するヘッド面を成形する金型であり、厚肉部の外郭を成形する金型がスカート部およびピンボス部を成形する金型であることを特徴とする12)に記載のアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
14)上記課題を解決するための第14の発明は、鍛造用素材投入装置が、鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面をヘッド面を成形する金型側になるように予め揃えて整列させたカセットにセットしてから金型に鍛造用素材を投入する手段を有することを特徴とする12)または13)に記載のアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
【0015】
15)上記課題を解決するための第15の発明は、鍛造用素材投入装置が、潤滑剤塗布判別装置と素材面反転装置とを含んでいて、鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を揃えて整列させる手段を有することを特徴とする12)乃至14)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
16)上記課題を解決するための第16の発明は、ヘッド面を成形する金型を上型とし、潤滑剤塗布装置が、上型への潤滑剤の巻き上がり防止傘を有していることを特徴とする12)乃至15)のいずれか1項に記載のアルミニウム合金鍛造品鍛造装置である。
17)上記課題を解決するための第17の発明は、12)乃至16)のいずれか1項に記載の鍛造装置に用いる鍛造用素材であって、凹部を含む面を成形する金型に接する面の表面粗さRmaxが2〜50μm、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下であって、厚肉部の外郭を成形する金型に接する面の潤滑剤量が0.03mg/mm2以上であることを特徴とする鍛造用素材である。
【0016】
以下、本発明の作用を、図2に示した、凹部を有する面がバルブリセス21を有するヘッド面22でありその反対側の面にある厚肉部がスカート部24、ピンボス部23という構成である内燃機関ピストンを例に説明する。
【0017】
図3に示すように、内燃機関ピストンは、ヘッド面22には凹部の形状を有したバルブリセス21の形状が付加されており、この凹部の反対側にあるスカート部24の先端部の方向へ素材が塑性流動される(符号32)ことにより凹部の表面の素材が引き込まれる。その結果、引き込まれた個所にパイピング31と称する鍛造欠陥が生じる。これを防止するために金型面とくにヘッド面を成形する金型と鍛造用素材の接触面との間に塑性流動の制動が必要となる。
【0018】
本発明では、スカート部およびピンボス部を形成するための下型と、バルブリセスを有するヘッド面を形成するための上型とを組み合わせた金型を用いる。鍛造用素材を下型内に投入して、ヘッド面を形成する上型を下降させ、下型の下方方向へ素材を塑性流動させて鍛造成形している。
【0019】
厚肉部を形成するには、厚肉部を囲む金型(先の内燃機関用ピストンではスカート部およびピンボス部を成形する金型)へ素材を投入し、厚肉部と反対側の凹部を有する面を成形する金型(先の内燃機関用ピストンではヘッド面を成形する金型)を下降させて加重するにより厚肉部を囲む金型内に素材を塑性流動させて成形している。厚肉部と反対側の面を成形する金型面から厚肉部へ素材が引き込まれやすくなっているので、より充分に塑性流動が制動されることが必要である。
【0020】
そこで、図4に一例を示すように、本発明では、厚肉部を成形する金型と厚肉部と反対側の面を成形する金型を組合せて成形しているので、本発明の潤滑剤塗布量による塑性流動制御が可能である。さらに、本発明では、凹部を有する面の塑性流動を制動するために、凹部を含む面となる面41の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である鍛造用素材を用いている。この結果、より制動力が働き厚肉部への素材の引き込まれを抑えることができる。
【0021】
図5に示すように、鍛造用素材の一方の面の潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下(好ましくは0.015mg/mm2以下。より好ましくは0.010mg/mm2以下)としたものを鍛造用素材として使用する。
【0022】
図1に示すように、本発明の製造方法の一例は、凹部を含む面であるバルブリセスを有するヘッド面の形状を成形する上型11、厚肉部であるスカート部、ピンボス部の形状を成形する下型12を用いて内燃機関用ピストンを鍛造する方法である。ここで、スカート形状とピンボス形状を成形する複雑なカップ形状部において潤滑剤膜が切れることなく鍛造できるようにスカート形状とピンボス形状を成形する下型12へ予め潤滑剤を塗布した後、鍛造用素材13を、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下(好ましくは0.015mg/mm2以下とした面14をヘッド面となる面として下型に投入して鍛造する。例えば、内燃機関用ピストンを鍛造する場合には、バルブリセスを含むヘッド面となる素材の面の潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下とする。その結果、素材の塑性流動が制動され、バルブリセス表面の素材が厚肉部のスカート部に引き込まれることがなく、パイピングの発生を抑えることができる。0.027mg/mm2を越えるとパイピングが発生するおそれが大きくなる。
【0023】
このような潤滑剤塗布量を有する鍛造用素材を用いる本発明では、金型の内側の面の表面粗さを低く抑えることができるので、表面が良好な外観を有した鍛造製品を得ることができる。また金型の表面粗さを低く抑えているので、鍛造加工時の成形荷重が高くなることがなく金型への負荷が小さくなり、金型の寿命を長くすることができる。また、局所的に粗した表面形状、模様を有しない金型を用いるので鍛造後の製品にそのような形状、模様が転写されることがなく製品品質の外観が良いものが得られる。また、鍛造回数の増加により金型摩耗が進行することもなく、素材の塑性流動の制動力が経時的に変化することもなく安定して製造することができる。本発明は金型の表面粗さではなく、鍛造用素材側の表面状態を調整することでパイピングを防止しているため、経時的な鍛造製品の品質の変化がない。
【0024】
一方、図14に示される従来の金型の組み合わせは、ヘッド面およびスカート外郭を成形する金型とスカート内径およびピンボス部を成形する金型を組合せて鍛造成形した場合の一例であるが、この場合は、たとえ素材の潤滑量を制御しても、ヘッド面およびスカート外郭を成形する金型の内面に素材の焼きつきを防止するために潤滑剤を塗布する必要があるために、その結果鍛造時にヘッド面のみの潤滑剤塗布量を制御することができないので、潤滑剤塗布量による塑性流動制御が不可能である。
【0025】
なお、本発明はスカートおよびピンボス部を成形する金型とヘッド面を成形する金型を組合せて鍛造成形する方法に用いることができ、先の例のように(1)ヘッド面を成形する金型を可動金型として、スカートおよびピンボス部を成形する金型を固定金型とする場合以外に、(2)ヘッド面を成形する金型を固定金型としてスカート部およびピンボス部を成形する金型を可動金型とする場合、(3)ヘッド面を成形する金型、スカート部およびピンボス部を成形する金型ともに可動金型とする場合にも用いることができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の製造方法は、凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である鍛造用素材を、厚肉部の外郭を成形する金型と凹部を含む面を成形する金型とを組み合わせた金型を用いて、素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることを特徴とする鍛造製品の製造方法であるので、パイピングの発生を抑えて外観の良好な型鍛造品を安定的に製造することができる。さらに、型内面からメタルの離脱が抑制され、亀裂、窪みなどの欠陥の無い型鍛造品が得られる。特に内燃機関用ピストンを製造する方法おいては、ヘッド形状およびピンボス部、スカート部を一体成形した際に、バルブリセスのパイピングの発生を抑えて、外観表面の品質が良好なものを容易に安定して製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施形態である鍛造成形する際の鍛造素材を金型内にセットする工程の説明図である。
【図2】厚肉部を有する鍛造製品の一例である内燃機関ピストンの外観図である。
【図3】パイピング発生の状況を説明する断面図である。
【図4】本発明の作用の説明図である。
【図5】本発明の鍛造用素材の一例の外観図である。
【図6】本発明の鍛造装置の一例の概略構成図である。
【図7】本発明の金型の一例の断面図である。
【図8】本発明の鍛造方法に用いる潤滑剤塗布装置の構成概略図である。
【図9】本発明の塗布装置の一実施形態である巻き上がり防止傘を設けた場合の概略図である。
【図10】本発明の素材投入装置の一例の概略構成図である。
【図11】本発明の鍛造用素材への潤滑剤の塗布方法の一例を示す図である。(a)は平面図、(b)は正面図である。
【図12】本発明の一実施形態である鍛造成形する工程の説明図である。
【図13】本発明に用いるノズルの一例の図である。(a)は吐出口の配置図で(b)吐出口の断面図である。
【図14】従来の方法の、上型と下型と厚肉部の空間との関係、上金型と下金型との移動方向と鍛造用素材の塑性流動方向の関係を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の製造方法の実施形態について、アルミニウム合金熱間鍛造で内燃機関用ピストンをヘッド部およびピンボス部、スカート部を一体成形する製造方法を一例としてより詳細に説明する。
【0029】
本発明の鍛造装置を説明する。本発明に用いる鍛造装置は、プレス機と、バルブリセスを含むヘッド面形状を成形する金型とスカート部およびピンボス形状を成形する金型と、潤滑剤塗布装置と、鍛造用素材投入装置とを含むものである。
【0030】
本発明の鍛造装置は、例えば、図6に示すように、プレス装置61と、上型11、下型12からなる鍛造用金型と、潤滑剤塗布用ノズル63、シャフト65、ノズル回転装置66、ノズル移動装置67からなる潤滑剤塗布装置と、鍛造用素材投入装置(図示せず)とを含んで構成される。必要に応じて上受圧板62、下受圧板64を設けることができる。また、潤滑剤塗布装置は、潤滑装置単体として設置しその動作をプレス装置と連動させたものでも良い。
【0031】
鍛造用金型についてさらに説明する。金型はヘッド面形状を成形する金型と、厚肉部であるスカート形状部を囲む金型とを含んで構成される。図7にプレス機に装着された状態の一例を示す。下型12は厚肉部であるスカート部を囲んだ形状(スカート形成部73)を成形する金型とし、下型12は固定されていて製品を排出するためのノックアウトピン71とを含んで構成されている。上型11はバルブリセス成形部72を含むヘッド面形状を成形する金型とし、上型は鍛造用素材を加圧しスカート部を囲む形状を成形する下型の下方に素材を塑性流動させるように可動になっている。
【0032】
金型はその内側の面に粗面を設けないのが素材の焼き付きが起こりにくく、金型へ充満するので好ましい。金型の内面の表面粗さはRzで15μm未満(より好ましくは10μm未満。)であるのが好ましい。
【0033】
潤滑剤塗布装置について説明する。本発明の潤滑剤塗布装置の構成の一例を、図8に示す。潤滑剤塗布用ノズル81、ノズル回転装置82、ノズル移動装置83、潤滑剤貯留タンク84、圧縮気体供給装置85、流路開閉器86、流路開閉器の制御装置87を含んで構成されている。
【0034】
ノズルの形状は、噴霧用圧縮空気吐出口と潤滑剤吐出口が同心的に配置された潤滑剤塗布用ノズルまたは、噴霧用圧縮空気吐出口を潤滑剤吐出口の外側に配置することを特徴とする潤滑剤塗布用ノズルであるのが好ましい。または、噴霧用圧縮空気吐出口の内側に潤滑剤吐出口を配置することを特徴とするのが好ましい。潤滑剤塗布範囲と乾燥に用いられる噴霧用圧縮空気の吹き付け範囲がほぼ同一範囲となるので、均一で薄い皮膜である潤滑剤の塗布状態、または未乾燥な潤滑剤の溜りのない潤滑剤の乾燥状態を得ることができるからである。潤滑剤塗布範囲が噴霧用圧縮空気により拡散状態となるので、広範囲に渡り噴霧可能となり、均一で薄い皮膜である潤滑剤の塗布状態、または未乾燥な潤滑剤の溜りのない潤滑剤の乾燥状態を得ることができるからである。
【0035】
ノズルの一例を図13に示す。図13(a)は吐出口の配置例の図、(b)はノズルの断面の図である。
【0036】
図13(a)に示すようにノズルは3つの吐出口を有している。その吐出口の配置は、同心的に配置したものになっている。いわゆる3重芯管構造となっている。ひとつの吐出口を噴霧用圧縮空気吐出口1311とし、他の吐出口を2種類の潤滑剤(潤滑剤A、B)のそれぞれの吐出口(潤滑剤A用吐出口1312、潤滑剤B用吐出口1313)としている。ここで、噴霧用圧縮空気と潤滑剤の吐出口が同心的に配置されている。
【0037】
また、その吐出口の配置は、噴霧用圧縮空気吐出口が潤滑剤吐出口の外側に配置されたものになっている。その吐出口の配置は、噴霧用圧縮空気吐出口の内側に潤滑剤吐出口が配置されたものになっている。
【0038】
図13(b)に示すように、噴霧用圧縮空気供給路131、潤滑剤A供給路132、潤滑剤B供給路133、各潤滑剤供給路を開閉するニードル弁134、135、各ニードル弁を作動させるシリンダー駆動用圧縮空気供給路136、137、各ニードル弁に接続されたばね138、139を含んで構成されている。潤滑剤吐出口を同心円的に配置するために支持部(図示せず)を設けることもできる。
【0039】
必要に応じて圧力調整器813、例えば減圧弁を含ませることができる。圧縮気体供給装置としては空気コンプレッサーをあげることができる。流路開閉器として電磁弁を用いるのは、制御が容易なので好ましい。
【0040】
圧縮気体たとえば空気コンプレッサーから圧力調整器813、圧縮気体配管89を経由して供給される圧縮空気によって液面が加圧されている潤滑剤貯留タンクから潤滑剤用配管810が潤滑剤塗布用ノズルの供給路に配管されている。潤滑剤貯留タンクは攪拌用のプロペラシャフト88を有しているのが好ましい。潤滑剤を常時攪拌することができるので潤滑剤の固形分の沈降を防止することができるからである。圧縮気体の種類としては、不活性ガス、乾燥空気、それらの混合気体などが挙げられる。
【0041】
噴霧用圧縮空気は空気コンプレッサーから圧力調整器813、圧縮気体配管89を経由して電磁弁を経てさらに噴霧用圧縮空気配管812を経由して潤滑剤塗布用ノズルの圧縮空気供給路に配管されている。電磁弁の開閉は電磁弁開閉の制御装置内に備え付けられたタイマーにより制御されており、目的の時間だけ開かれて噴霧用圧縮空気を供給する。
【0042】
シリンダー駆動用圧縮空気は空気コンプレッサーから圧力調整器813、圧縮空気配管89を経由して内圧開放可能な電磁弁を経てさらにシリンダー駆動用圧縮空気配管811を経由して潤滑剤塗布用ノズルの潤滑剤供給路の途中に設けられたニードル弁へ配管されている。電磁弁の開閉は電磁弁開閉の制御装置内に備え付けられたタイマーにより制御されている。
【0043】
ニードル弁はシリンダー駆動用圧縮空気が供給されると後退する機構になっている。ニードル弁の後退により潤滑剤供給路と潤滑剤吐出口が接続される。電磁弁が閉じられ電磁弁内の圧縮空気圧も開放されると、ニードル弁はバネにより前進する機構となっている。ニードル弁の前進により潤滑剤供給路と潤滑剤吐出口が閉じられる。
【0044】
潤滑剤塗布用ノズルはノズル回転装置に接続されており、ノズル回転装置によって潤滑剤塗布用ノズルは金型上方で回転しながら潤滑剤を塗布する。ノズル回転装置はノズルを金型中心軸上にて回転するのが広範囲で均一に噴霧用圧縮空気、潤滑剤を塗布できるので好ましい。シャフトを介してノズル回転装置に接続することもできる。ノズル回転装置はノズル移動装置により金型上方へ移動または金型上方から退避する機能を有している。たとえば成形時には潤滑剤塗布用ノズルが金型上方から退避し、潤滑剤塗布時には潤滑剤塗布用ノズルが金型上方に移動する。ノズル移動装置はエアーシリンダーにて前進後退する仕組みであることが駆動エネルギーを他の駆動装置と共有化できるので好ましい。また、動作が安定しているので好ましい。
【0045】
ここで、潤滑剤塗布装置は主にスカート部およびピンボス部を成形する金型への潤滑剤塗布を行なう装置である。図9に示すように主にスカート部およびピンボス部を成形する金型への潤滑剤塗布を行なうように潤滑剤塗布用ノズルを配設するのが好ましい。
【0046】
また、潤滑剤塗布装置が、ヘッド面を成形する金型への潤滑剤の巻き上がり防止傘が付加されていることが好ましい。潤滑剤がヘッド面を成形する金型に付着するのを抑えることができ、ヘッド面を成形する金型面での鍛造用素材の塑性流動の制動力を高めることができるからである。潤滑剤の巻き上がり防止傘68の一例を図9に示す。図9に示すように、巻き上がり防止傘としてノズルとヘッド面を成形する金型との間に平板または傘状の円錐状の板が設けられ該板はノズルの回転と一緒に回転することにより、ノズルから噴出された噴霧状の潤滑剤が上型に付着するのを抑えることができる。巻き上がり防止傘はノズルと一体になるように固定されているのが装置を小型軽量化することができ好ましい。巻き上がり防止傘の材質としては、ステンレス、アルミ、プラスチックを挙げることができる。
【0047】
素材投入装置が、素材を潤滑面を予め揃えて整列させたカセットにセットしてからスカート部およびピンボス部を成形する金型である下型に投入することが好ましい。装置が小型となるからである。
【0048】
また、素材投入装置が、潤滑剤塗布判定装置と反転装置とを含んでいるのが装置の自動化を図るために好ましい。潤滑剤塗布判定装置にて素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を判別して、その判別結果に基づきあらかじめ決めた方向に反転装置にて揃えることができるからである。その結果、連続的に判別、整列を行うことにより鍛造装置の自動運転が可能になるからである。
【0049】
潤滑剤塗布判定装置は、鍛造用素材表面に潤滑剤が所定量塗布されているかを検出し判別できれば良い。その検出手段は非接触式であるのが潤滑剤塗布状態を破壊することが無いので好ましい。検出手段としては、光学式画像解析装置、反射率計、渦電流計、を挙げることができる。
【0050】
反転装置としては、多関節ロボットアーム、エアーシリンダー、パーツフィーダーを挙げることができる。
【0051】
素材投入装置の一例の概略図を図10に示す。素材投入装置は、素材を潤滑面を予め揃えて整列させた素材ストッカー101、画像解析装置103、反転装置104を備えたコンベア107へ素材を搬送する素材搬送装置102を含んで構成される。潤滑面を揃えた素材はコンベアによって加熱炉106に搬入され所定の温度に加熱された後、鍛造装置に投入される。反転装置は画像解析装置での判別結果に基づく制御信号105により制御される。
【0052】
つぎに本発明の製造方法の一例を説明する。本発明の製造方法は、素材を切断する工程と、鍛造用素材の潤滑剤を塗布し鍛造用素材とする工程と、金型へ潤滑剤を塗布する工程と、プレス機へ鍛造用素材を投入する工程と、プレス機を用いて鍛造する工程と、鍛造製品を排出する工程とを含むものである。必要に応じて、鍛造用素材の加熱、金型の加熱の工程を追加することができる。
【0053】
まず、素材を切断する工程では、例えば丸鋸を用いて素材を鍛造に適した形状に切断したものを鍛造用素材とする。ここで、切断面は、その表面の粗さ(Rmax)が2〜100μm(好ましくは5〜25μm。)となるように切断されるのが素材の塑性流動がより制動されるから好ましい。
【0054】
素材は、アルミニウム合金であれば塑性加工に適しているのでいずれのものでも用いることができる。たとえば、Al−Si系合金、Al−Mg−Si系合金、JIS6061合金等を用いることができる。また、素材の製法は、金型鋳造、連続鋳造、押出、圧延等いずれであっても良い。アルミニウム合金の場合、連造鋳造された丸棒材が安価で好ましい。アルミニウム合金においては、気体加圧式ホットトップ鋳造法(例えば、昭和電工(株)製SHOTIC材(登録商標))で連続鋳造された丸棒材が、優れた内部健全性を持ち、結晶粒が微細であり、かつ、塑性加工による結晶粒の異方性がない為、本発明の効果をよりよく発現できるので好ましい。
【0055】
また、素材としてアルミニウム合金を用いるだけでなく、塑性加工に適していれば他の金属材料を用いることができる。他の金属材料としては、例えば、鉄、マグネシウム、チタンおよびこれらを主成分とする合金、真鍮を挙げることができる。
【0056】
つぎに、鍛造用素材の潤滑剤を塗布し鍛造用素材とする工程を説明する。切断面の一方の面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下(好ましくは0.015mg/mm2以下。)とする。潤滑剤の塗布量は少なければ少ないほど素材の塑性流動による引き込まれを制御する効果が強くなりパイピングの発生を抑えることができる。鍛造条件によっては、例えば内燃機関ピストンの場合鍛造条件によっては潤滑剤を塗布しない状態でも本発明の効果を得ることができる。
【0057】
凹部を含む面となる面以外の面の潤滑剤の塗布量を0.03mg/mm2以上(より好ましくは0.05mg/mm2以上。)とするのが、金型との接触部摩擦抵抗が小さくなり鍛造欠陥である焼き付きやかじりの発生を抑えることができるので好ましい。
【0058】
また、潤滑剤素材が黒鉛であってその濃度が1〜10質量%(好ましくは3〜8質量%。)であるものを用いることが、黒鉛潤滑剤皮膜厚さが潤滑切れを起こさない厚さとなるから好ましい。潤滑剤素材は黒鉛以外に、水ガラスを用いることができる。
【0059】
ここで、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下とする面を予めマスキングして素材全体に潤滑剤を塗布した後、マスキング材を除去することによって、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下とした面を設ける方法を用いることができる。この方法はマスキング面の潤滑剤塗布量が限りなく少なくなるので好ましい。マスキング材は潤滑剤を塗布する際に潤滑剤の付着を遮蔽するものであればいずれのものを用いることができる。マスキング材としては、耐熱性テープ、布、耐熱性樹脂材、金属板、植物油、鉱物油が挙げられる。
【0060】
あるいは、鍛造用素材全体に潤滑剤を塗布した後に、切削加工にて潤滑剤を除去して潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を得る方法を用いることもできる。この方法は、表面粗さを低減させる加工工程を一緒に含ませることができ工程を簡略化できるので好ましい。ここで、切削加工面は、その表面の粗さ(Rmax)が2〜5μmとなるように切削されるのが鍛造製品の外観が良好となるから好ましい。
【0061】
鍛造用素材全体に潤滑剤を塗布する方法としては、噴霧装置により潤滑剤を塗布する方法、鍛造用素材を潤滑剤液へ浸漬させる方法を用いることができる。
【0062】
噴霧装置により塗布する方法では、潤滑剤を広く均一に塗布し乾燥させる噴霧装置を用いるのが潤滑剤皮膜が均一となるので好ましい。図11に噴霧装置により塗布する方法の一例を示す。鍛造用素材をパレット板の上に厚肉部となる面を上向きに並べ潤滑剤塗布装置にて噴霧化した潤滑剤を塗布する。この場合は、パレットに接している面が潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面となる。潤滑剤塗布装置としては、ハンドスプレー装置、前述した金型への潤滑剤塗布装置と同様の装置、潤滑剤スプレー缶、シャワー式ノズルなどを用いることができる。
【0063】
潤滑剤液へ浸漬させる方法は、例えば籠に素材を入れて、籠ごと浸漬することにより塗布することができる。特に個々に浸漬するのが素材同士が密着せず、全面に均一塗布となるので好ましい。
【0064】
鍛造用素材の温度を100〜300℃(好ましくは120〜200℃。)に加熱した後に、潤滑剤を塗布することが潤滑剤の皮膜状態を良好にするので好ましい。特に水溶性潤滑剤の水分を充分に蒸発させ黒鉛固形分を素材表面に良好に付着させることができるので好ましい。
【0065】
また、潤滑剤の溶媒として常温において速乾性である溶媒を用いて常温の素材に塗布して潤滑剤皮膜を形成することが難水溶性固形分が均一分散していて均一皮膜を得られるので好ましい。常温において速乾性である溶媒としては、アルコール、アセトン、が挙げられる。
【0066】
金型へ潤滑剤を塗布する工程を説明する。金型温度を例えば150℃〜300℃の範囲に加熱昇温し保持し、前述した潤滑剤塗布装置を用いて、3〜8質量%の濃度の黒鉛系水溶性潤滑を厚肉部であるスカート部を成形する金型に0.4〜2.0秒間塗布する。
【0067】
プレス機へ鍛造用素材を投入する工程、プレス機を用いて鍛造する工程を図12をもとに説明する。温度300℃〜500℃に加熱した鍛造用素材をスカート部を形成する下型内に投入する(図12(a))。ここで、鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を金型の上型に接するような向きに投入する。投入後、バルブリセス形状を形成する上型が下降しプレス成形する(図12(b))。図4に示すように厚肉部であるスカート部を囲む金型の動く方向とは逆方向に素材が塑性流動してスカート部が形成される。図12(c)に示すように下型内で成形された製品はノックアウトピンで押し上げられて排出される。
【0068】
本発明の鍛造装置は、潤滑剤塗布装置が主に下型への潤滑剤塗布のみを行なう装置であり、素材投入装置が鍛造用素材の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である面を上型側にして投入する装置であることを特徴とする鍛造装置であるので、本発明の鍛造装置を用いるとパイピングの発生を抑えて外観の良好な鍛造品を安定的に製造することができる。
【0069】
本発明の鍛造方法は、厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造製品を製造する方法において、凹部を含む面となる面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である鍛造用素材を用いて厚肉部を囲む金型とは相対的に逆方向に素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることを特徴とする鍛造製品の製造方法であるので本発明の鍛造方法を用いるとパイピングの発生を抑えて外観の良好な鍛造品を安定的に製造することができる。
【0070】
本発明の鍛造用素材は、上記の鍛造装置に用いる鍛造用素材であって、金型の上型に接する面すなわち凹部を含む面となる面の表面粗さ(Rmax)が2〜50μm、潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下であって、下型に接する面、すなわち凹部を含む面となる面以外の面に接する潤滑剤を塗布する面の潤滑剤量が0.03mg/mm2以上(好ましくは0.05mg/mm2以上。)であることを特徴とするので本発明の鍛造用素材を用いるとパイピングの発生を抑えて外観の良好な鍛造品を安定的に製造することができる。
【0071】
潤滑剤の塗布条件、鍛造条件の組み合わせの他の実施形態を説明する。本発明の鍛造方法では、例えば、複数の潤滑剤の供給が可能である潤滑剤塗布用ノズルを有する潤滑剤塗布装置を用いて、まず素材温度を下げることなく(好ましくは温度は200℃以下にならない状態。)、高温の素材表面に油性潤滑剤(例えば、良好な濡れ性を得るために鉱物油が好ましい。)を塗布し、続いてこの潤滑剤の皮膜上に黒鉛を含む水性潤滑剤を塗布して黒鉛固形成分を吸着させることができる。
【0072】
また塗布後に「噴霧用圧縮空気のみ」を吹き付けることにより潤滑剤の乾燥状態を良好にすることができるので好ましい。本発明では、複数の潤滑剤の塗布が可能である潤滑剤塗布用ノズルを有する潤滑剤塗布装置を用いているので、素材の温度が高くてもぬれ性が低下することなくすなわち潤滑剤がはじかれることなく良好な塗布状態を得ることができ、続いてこの皮膜上に水性潤滑剤を塗布して黒鉛固形成分を吸着させることにより油溜りのない、均一な潤滑皮膜を得ることができる。その結果、潤滑剤溜まりが素材の表面に発生せず、鍛造品において欠肉が生じるといった不具合を抑えることができる。
【実施例】
【0073】
図6、9に示した装置、図7に示した金型を用いて図2に示す内燃機関用ピストンを製造した。素材は、Al−12Si−4Cu−0.5Mgの材質の連続鋳造棒を切断したものを用いた。素材の潤滑剤の塗布条件は表1に示した。素材の表面粗さRmaxは、15μmであった。また用いた金型の内壁の表面粗さRzを5箇所測定したところ1〜7μmであった。金型の下型に黒鉛系潤滑剤を塗布した。
【0074】
潤滑剤の塗布状態が表1に示すように素材を金型に投入した。鍛造条件の素材温度は400℃、荷重は400tとした。
各条件の素材を用いて鍛造したそれぞれ1000個の製品を目視検査によってバルブリセスのパイピングの発生状態、外郭でのかじり発生率を調査した。結果を表1に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
上型に接する面、すなわちバルブリセスを有するヘッド部となる面の潤滑剤の塗布量が0.027mg/mm2以下である素材を用いた場合では、パイピングの発生が押さえられているのがわかる。また、カップ形状部のスカート部において潤滑切れによる外観不良は観察されなかった。ヘッド面の外観においても表面の粗さが大きくなることは無く外観品質は良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0077】
内燃機関用ピストンを製造する方法おいて、ヘッド形状およびピンボス部、スカート部を一体成形した際に、バルブリセスのパイピングの発生を抑えて、外観表面の品質が良好なものを容易に安定して製造することができる。
【符号の説明】
【0078】
11:上型、12:下型、13:鍛造用素材、14:潤滑剤の塗布量を0.027mg/mm2以下とした面、15:潤滑剤の塗布量を0.03mg/mm2以上とした面
21:バルブリセス、22:ヘッド面、23:ピンボス部、24:スカート部、31:パイピング、32:素材の塑性流動方向、41:凹部を含む面となる面、61:プレス装置、62:上受圧板、63:潤滑剤塗布用ノズル、64:下受圧板、65:シャフト、66:ノズル回転装置、67:ノズル移動装置、68:巻き上がり防止傘、71:ノックアウトピン、72:バルブリセス成形部、73:スカート形成部84:潤滑剤貯留タンク、85:圧縮気体供給装置、86:流路開閉器、87:流路開閉器の制御装置、88:プロペラシャフト、89:圧縮気体配管、810:潤滑剤用配管、811:シリンダー駆動用圧縮空気配管、812:噴霧用圧縮空気配管、813:圧力調整器、101:素材ストッカー、102:素材搬送装置、103:画像解析装置、104:反転装置、105:制御信号、106:加熱炉、107:コンベア、131:噴霧用圧縮空気供給路、132:潤滑剤A供給路、133:潤滑剤B供給路、134、135:ニードル弁、136、137:シリンダー駆動用圧縮空気供給路、138、139:ばね、1311:噴霧用圧縮空気吐出口、1312:潤滑剤A用吐出口、1313:潤滑剤B用吐出口、
【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹部を含む面とその反対側の面に厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造製品を製造する方法において、厚肉部の外郭を成形する金型と凹部を含む面を成形する金型とを組み合わせた金型を用いて、凹部を含む面となる面の黒鉛系水溶性潤滑剤の黒鉛固形成分の塗布量が0.027mg/mm2以下であって、かつ凹部を含む面となる鍛造用素材面の塗布量をその反対側の面の鍛造用素材面の塗布量より少なくした鍛造用素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることを特徴とするアルミニウム合金鍛造製品の製造方法。
【請求項1】
凹部を含む面とその反対側の面に厚肉部を有するアルミニウム合金鍛造製品を製造する方法において、厚肉部の外郭を成形する金型と凹部を含む面を成形する金型とを組み合わせた金型を用いて、凹部を含む面となる面の黒鉛系水溶性潤滑剤の黒鉛固形成分の塗布量が0.027mg/mm2以下であって、かつ凹部を含む面となる鍛造用素材面の塗布量をその反対側の面の鍛造用素材面の塗布量より少なくした鍛造用素材を塑性流動させて厚肉部を形成させることを特徴とするアルミニウム合金鍛造製品の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
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【図6】
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【図9】
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【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2013−39622(P2013−39622A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−259330(P2012−259330)
【出願日】平成24年11月28日(2012.11.28)
【分割の表示】特願2010−248175(P2010−248175)の分割
【原出願日】平成13年8月22日(2001.8.22)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年11月28日(2012.11.28)
【分割の表示】特願2010−248175(P2010−248175)の分割
【原出願日】平成13年8月22日(2001.8.22)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】
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