説明

長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法

【課題】長鎖脂肪酸トリグリセライドを効率よく製造でき、且つ未反応の長鎖脂肪酸を除去するために水蒸気の導入する際のエステルの加水分解も抑制できる長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法を提供する。
【解決手段】長鎖脂肪酸トリグリセライドを、グリセリンと、該グリセリンの水酸基1当量に対して1.05〜1.5当量の炭素数12〜22の長鎖脂肪酸とを、鉄分として1〜10ppm(グリセリンと長鎖脂肪酸の総重量に対する重量比)の鉄を含む触媒の存在下で、エステル化反応させて長鎖脂肪酸トリグリセライドを含む反応生成物を得るエステル化工程と、エステル化工程終了後の反応系に水蒸気を導入して未反応の長鎖脂肪酸を除去するスチーミング工程を経て製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法、長鎖脂肪酸トリグリセライドを含有する絶縁油、長鎖脂肪酸トリグリセライドを含有する絶縁油の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁油は、変圧器、回路遮断器、コンデンサなどの電気機器の絶縁と、発生熱の冷却をその役目とする絶縁材料である。その絶縁油は、長期間に渡って使用されるため、従来、不燃性に優れたPCB(ポリ塩化ビフェニール)が広く使用されていた。不燃性は、機器内で電気的故障が生じた場合、火災や爆発損傷の危険を抑制するために、必要な物性である。しかしながら、環境保全の観点から、PCBは環境に有害であることが判明し、PCBに代わって鉱物油等が用いられるようになった。近年では、生分解性と安定性の観点から、潤滑油成分として有用なポリオール脂肪酸エステル、植物油等の使用も検討されている。
【0003】
一方、トール油脂肪酸に代表される脂肪酸を原料として用いた脂肪酸エステルは、従来、樹脂の配合成分として、燃料用添加剤として、潤滑油の油性剤(添加剤)として、油圧用オイルとして(例えば、特許文献1参照)用いられてきた。これらの脂肪酸エステルは、前記のように添加剤として少量用いられているのみであり、絶縁油のようなより過酷な条件下では用いられていなかった。
【0004】
また、エステル化合物の製造方法としては、原料としてアルコールとカルボン酸とを用いて脱水縮合によりエステルを合成する直接エステル化法(例えば、特許文献2)と、原料としてエステルとアルコールとを用いて、エステルのアルコール部分を交換して新たなエステルを合成するエステル交換法(例えば、特許文献3)とが知られている。また、特許文献4には、直接エステル化法又はエステル交換法により、モノグリセライド含有組成物を製造する方法が記載されている。また、特許文献5には、直接エステル化法によりエステルを得た後、未反応のカルボン酸を除去するために脱酸を行うことが記載されている。
【特許文献1】特表2000−506214号公報
【特許文献2】特開2008−174483号公報
【特許文献3】特開2006−241015号公報
【特許文献4】特開2004−359884号公報
【特許文献5】特開2007−332134号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
トール油脂肪酸はパルプ製造中の廃液から得られるため、廃棄物を有効に利用できるという観点から、これを原料としたエステルを絶縁油としての用途に供することができれば工業的には有用である。
【0006】
しかし、絶縁油としての要求特性を満たす長鎖脂肪酸トール油脂肪酸のような長鎖脂肪酸のエステルを、工業的規模で効率よく製造できる方法は見出されていない。上記特許文献2、4は、実質的にモノグリセライドやジグリセライドを選択的に製造する方法を開示するものであるが、これらは絶縁油としての要求特性を十分に満たすものではない。一方、特許文献3で得られる脂肪酸低級アルキルエステルも同様に絶縁油としての要求特性を十分に満たすものではない。特許文献5は潤滑油用のエステルの製造方法であり、絶縁油として好適なエステルを製造する方法ではない。更に、未反応のカルボン酸を除去する工程は、反応系への水蒸気の導入により行うのが簡便であるが、その場合は、エステルの加水分解を十分に抑制しなければならない。
【0007】
本発明の課題は、長鎖脂肪酸トリグリセライドを効率よく製造でき、且つ未反応の長鎖脂肪酸を除去するために水蒸気の導入する際のエステルの加水分解も抑制できる長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、グリセリンと、該グリセリンの水酸基1当量に対して1.05〜1.5当量の炭素数12〜22の脂肪酸(以下、長鎖脂肪酸という)とを、鉄分として1〜10ppm(グリセリンと長鎖脂肪酸の総重量に対する重量比)の鉄を含む触媒の存在下で、エステル化反応させて長鎖脂肪酸トリグリセライドを含む反応生成物を得る工程(以下、エステル化工程という)と、
エステル化工程終了後の反応系に水蒸気を導入して未反応の長鎖脂肪酸を除去する工程(以下、スチーミング工程という)と、
を有する、長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、絶縁油としての要求特性を満たす長鎖脂肪酸トリグリセライドを効率よく製造でき、且つ未反応の長鎖脂肪酸を除去するために水蒸気の導入する際のエステルの加水分解も抑制できる長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
<エステル化工程>
本発明の製造方法におけるエステル化工程は、グリセリンと、該グリセリンの水酸基1当量に対して1.05〜1.5当量の長鎖脂肪酸とを、鉄分として1〜10ppm(グリセリンと長鎖脂肪酸の総重量に対する重量比)の鉄を含む触媒の存在下で、エステル化反応させて長鎖脂肪酸トリグリセライドを含む反応生成物を得る工程であって、エステル化反応に伴う反応水が留出した時点から開始される工程である。
【0011】
エステル化工程で用いられる長鎖脂肪酸としては、炭素数12〜22の長鎖脂肪酸が挙げられる。長鎖脂肪酸は1種又は2種以上を混合して用いることができる。長鎖脂肪酸の具体例としては、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、オレイン酸、エライジン酸、リノール酸、リノレン酸等の単品脂肪酸、あるいは大豆油脂肪酸、なたね油脂肪酸、トール油脂肪酸等の混合脂肪酸が挙げられる。このうち、絶縁油用途等において低温化で流動性を確保する観点から、オレイン酸、リノール酸、トール油脂肪酸が好ましく、トール油脂肪酸がより好ましい。
【0012】
エステル化工程では、長鎖脂肪酸トリグリセライド(トリエステル体)の収率を高めるために、グリセリンと、該グリセリンの水酸基1当量に対して1.05〜1.5当量、好ましくは1.1〜1.4当量、より好ましくは1.1〜1.3当量の長鎖脂肪酸とを反応させる。
【0013】
エステル化工程で用いられる鉄を含む触媒(以下、鉄触媒という)としては、還元鉄単体、酸化鉄、水酸化鉄、塩化鉄、及び脂肪酸鉄塩から選ばれる一種以上が好ましい。酸化鉄としては、三二酸化鉄(Fe23)、四三酸化鉄(Fe34)が挙げられ、水酸化鉄としては、水酸化鉄(III)(FeOOH)、水酸化鉄(II)等、又はこれらの混合物が挙げられ、塩化鉄としては、塩化鉄(II)、塩化鉄(III)等が挙げられ、脂肪酸鉄塩としては、金属石鹸として使用されているもの使用でき、酢酸鉄、プロピオン酸鉄、ステアリン酸鉄、オレイン酸鉄等が挙げられる。なかでも、水酸化鉄が好ましい。
【0014】
鉄触媒は、鉄分(鉄元素)としての濃度が1ppm未満であるとエステル化工程における反応速度が低下して反応効率が悪くなるので、鉄分として1〜10ppm(グリセリンと長鎖脂肪酸の総重量に対する重量比)の濃度で用いられ、好ましく1〜5ppmの濃度で用いられ、より好ましくは1〜3ppmの濃度で用いられることである。鉄触媒の濃度が1ppm未満であるとエステル化工程における反応速度が低下して反応効率が悪くなる。また、10ppmを超えるとスチーミング工程でのエステルの加水分解を十分に抑制できなくなる。
【0015】
エステル化工程では、脱水促進の観点から、反応液中に窒素を導入しつつ水の流出を促進し、酸化を抑止することが好ましい。エステル化工程では、グリセリンと長鎖脂肪酸を210〜260℃、更に230〜260℃の温度で反応させることが好ましい。また、グリセリンと長鎖脂肪酸とを、常圧(約101kPa)以下の圧力下で反応させることが好ましく、10〜60kPa、更に10〜20kPaの圧力で反応させる工程を有することが好ましく、常圧(約101kPa)で反応させた後に、前記好適圧力に減圧して反応させることがより好ましい。また、これらの温度、圧力で3〜15時間、更に5〜12時間反応させることが好ましい。
【0016】
エステル化工程においては、反応水と共に留出した未反応の長鎖脂肪酸を水と分離して反応系に還流し循環使用することが好ましい。
【0017】
本発明では、エステル化工程の終了時に反応系の水分量が、反応系1kgあたり200mg以下となるように、エステル工程において水分を低減することを行うことが好ましい。
【0018】
本発明では、エステル化反応が実質的に進行しなくなったときをエステル化工程の終了時とすることができる。例えば、エステル化反応を、水酸基価(OHV)を指標にして監視する場合は、目標とする水酸基価に到達した後、その水酸基価が一定になるように反応系の条件を設定したときは、エステル化反応が実質的に進行しなくなるため、この時点でエステル化工程が終了したとすることができる。潤滑油のような高純度を要求されるエステルの製造においては、反応生成物の水酸基価が好ましくは4mgKOH/g、より好ましくは3mgKOH/g、更に好ましくは2mgKOH/gに到達したときをエステル化工程の終了時としてよい。
【0019】
エステル化工程により得られる反応生成物エステルの水酸基価は、電気絶縁性を確保する観点から、好ましくは4mgKOH/g以下、より好ましくは3mgKOH/g以下、更に好ましくは2mgKOH/g以下である。該水酸基価は、JIS K0070 7.2に基づいて測定することができる。反応生成物の水酸基価を低減するには、エステル化工程において、温度を上げる、窒素置換量を増大する、反応時間を延ばす等により、エステル化工程の終了時の反応生成物(エステル)の水酸基価を4mgKOH/g以下、更に3mgKOH/g以下、更に2mgKOH/g以下とすることが好ましい。エステル化工程の終了をこのような反応生成物の水酸基価を指標にして決めてもよい。なお、本発明において、水酸基価とは、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定した水酸基価を意味する(以下同様)。
【0020】
エステル化工程におけるグリセリンと長鎖脂肪酸の反応の一例を挙げれば、両者の当量比が仕込み時基準で上記範囲である場合に、所定濃度の鉄触媒の存在下、反応温度(設定温度)210〜260℃、反応時間3〜15時間、反応圧力が常圧〜10kPaであり、該温度を基準として温度勾配が0〜10℃の期間が存在することである。ここで、温度勾配は、ある時点の反応系の温度をT(℃)とし、その時点から1時間後の反応系の温度がT’(℃)であるとき、T−T’で求まる温度差ΔTの絶対値(|ΔT|)として算出される。そして、水酸基価が4mgKOH/g以下となるまで反応を行うことが挙げられる。以下に、より詳細に説明する。
【0021】
この本発明では、エステル化工程において、温度勾配0〜10℃の期間(以下、フラット期間という)が存在することが好適である。この温度勾配は上記の意味である。本発明では、反応系の温度が190℃以上となったエステル化工程において、フラット期間が存在することが好ましい。なお、任意の時点からのエステル化工程の残り時間が1時間未満の場合は、その間の温度変化が0〜10℃であれば、この温度勾配を満たすものとする。通常、反応に供する原料化合物の特性に応じて適宜設定される190℃以上の設定温度Xに最初に到達した時点を基準にして、その時点からの温度勾配が0〜10℃になるように制御される。一方、設定される温度に最初に到達する前の昇温時には、この温度勾配は10℃を超える。本発明では、エステル化工程の少なくとも一部にこのようなフラット期間が存在することが好ましいが、フラット期間がエステル化工程の終了まで継続することが、より好ましい。また、最初のフラット期間が開始する時点Y1での反応系の温度をX1としたときに、設定温度Xと温度X1とが一致することが好ましい。
【0022】
また、フラット期間の長さはエステル化工程の50〜85%(時間基準)を占めることが好ましく、具体的にはフラット期間の時間は2〜15時間、更に2〜12時間の範囲から選択されることが好ましい。なお、本発明では、エステルの製造工程の全域にわたる温度挙動を監視して、190℃以上において温度勾配が0〜10℃となる期間をフラット期間としてもよい。その場合、最初に温度勾配が0〜10℃となる時点での温度をX1とすることができる。
【0023】
温度勾配の測定は、複数回行うことが好ましく、0.5〜1時間から選ばれる一定時間ごとに測定を行うことが好ましい。通常、エステル化反応の設定温度Xは、反応に供する原料化合物の特性に応じて適宜設定されるので、反応槽に熱電対等の温度センサーを設置し、温度を連続的に測定し、エステル化工程において温度勾配が好ましくは0〜10℃となるフラット期間が存在するように制御される。フラット期間における温度勾配は、0〜5℃、更に0〜2℃が好ましい。
【0024】
また、本発明では、エステル化工程のフラット期間における反応温度の変化量が10℃以内であること、すなわち、フラット期間が開始する時点Y1での温度X1に対して、フラット期間が終了するまでX1±10℃の温度範囲である(ただし、X1±10℃は190℃以上である)ことが好ましい。
【0025】
エステル化工程において、最初のフラット期間が開始する時点Y1での反応系中の水分量W1としては、反応系1kgあたり1000mg以下、更に700mg以下、更に500mg以下、更に400mg以下、更に300mg以下、更に好ましくは200mg以下とすることができる。また、W1が、反応系1kgあたり250〜1000mgである場合は、後述するように、フラット期間において反応系からの水分の単位時間当たりの低減量を少なくとも1回増加させることが、エステル化工程の終了時の反応系中の水分量を反応系1kg当たり200mg以下にする上で有効である。W1は、原料の仕込み時の系の温度から温度X1に最初に到達するまでに水分を除去することで調整できる。
【0026】
本発明では、エステル化工程、より好ましくはフラット期間で反応系の水分量が、反応系1kgあたり200mg以下、好ましくは150mg以下、より好ましくは100mg以下、更に好ましくは70mg以下、更に好ましくは50mg以下になるように水分を低減することを行うことが好ましい。反応系の水分量の低減は、エステル化工程、好ましくはフラット期間において行うことができる。また、エステル化工程の前、又は後に行うこともできる。例えば、エステル化工程の前に反応系の水分量の低減を行う場合、設定温度に到達するまでの昇温速度を上げる、反応系内への不活性気体の導入量を増やす、設定温度を高く設定する、などにより行うことができる。また、エステル化工程の後に反応系の水分量の低減を行う場合、設定温度よりも高い温度で熟成工程を行う、反応槽内を減圧する、さらに減圧の程度を増大する、反応系内への不活性気体の導入量を増加する、などにより行うことができる。
【0027】
フラット期間において水分を低減する場合は、反応系からの水分の単位時間当りの低減量を少なくとも1回増加させることができる。その場合、反応系からの水分の単位時間当りの低減量を連続的に増加させてもよいし、段階的に増加させてもよいが、段階的に増加することが好ましい。すなわち、反応系の温度をより高くする、反応系への不活性ガスの導入量を増加する、長鎖脂肪酸の循環量を増加する等の、水分をより低減する操作を複数行い、水分の単位時間当りの低減量が、連続的及び/又は段階的に増加する(反応系中の水分量が連続的及び/又は段階的に減少する)ようにすることができる。
【0028】
フラット期間において反応系から水分を低減する場合、〔(W1−W’)/W1〕×100で算出される水分低減率A(%)が10%以上、更に30%以上、更に40%以上、より更に50%以上であることが好ましい。ここで、W1は前記の通りであり、W’は設定温度X1に到達してから1時間後の水分量である。後述のように、フラット期間において反応系からの水分の単位時間当たりの低減量を増加させる場合も、上記のような水分低減率Aを満たすことが好ましい。
【0029】
フラット期間において水分を低減する場合は、反応系からの水分の単位時間当りの低減量を少なくとも1回増加させる場合、最初に温度X1に到達した時点から、Yt×k〔Ytはフラット期間の時間、kは0超0.9以下〕時間以内に、前記低減量の最初の増加を行うことができる。前記低減量の最初の増加を行う時点Y2での水分量W2が、反応系1kgあたり250〜1000mgであることが好ましい。
【0030】
反応系からの水分の単位時間当りの低減量を段階的に増加する場合、前記低減量の最初の増加を行った時点Y2からエステル化工程の残り時間が1時間以上ある場合、該Y2から1時間後の、下記式で定義される水分低減率Bが10%以上であることが好ましい。
水分低減率B(%)=〔(W2−W3)/W2〕×100
W2:低減量の最初の増加を行う時点Y2での水分量
W3:低減量の最初の増加を行った時点Y2から1時間後の反応系1kgあたりの水分量
【0031】
なお、Y2からのエステル化工程の残り時間が1時間未満である場合は、上記のW3を「エステル化工程終了時点での反応系1kgあたりの水分量」と置き換えて水分低減率Bを算出するものとする。
【0032】
フラット期間での反応系の水分の低減は、反応系の水分の低減に寄与する条件(以下、減水条件という)を、より低減量が大きくなるよう変化させることで行うことが好ましい。ここで、反応系中の水分の低減に寄与する条件としては、反応圧力、反応成分の接触状態などが挙げられ、具体的には、反応系を減圧する、不活性ガスを反応系(反応液)中に導入する、等の方法により、減水条件を、より低減量が大きくなるよう変化させることができる。なお、フラット期間で減水条件を変化させたことにより、水分の低減以外の効果が得られることがあってもよい。
【0033】
<スチーミング工程>
エステル化工程終了後の反応系(反応生成物)は、好ましくは減圧下で未反応の脂肪酸を溜去した後、水蒸気を導入して未反応の長鎖脂肪酸を除去するスチーミング工程に供される。その際、エステル化工程で使用した鉄触媒の除去操作を行ってもよいが、本発明では鉄触媒の除去操作を行わなくてもスチーミング工程に移行することができ、この方法は効率面から有利である。
【0034】
スチーミング工程では、反応系を5kPa以下、更に1kPa以下に減圧することが好ましい。
【0035】
また、スチーミング工程では、反応系の温度を220〜260℃、更に230〜260℃とすることが好ましい。
【0036】
水蒸気の導入は、系内の減圧量を維持できる最大量まで投入できる。
【0037】
スチーミング工程では、反応系の酸価(AV)が1mgKOH/g以下となるまで水蒸気の導入を行うことが好ましい。酸価がこの値となった時点をスチーミング工程の終点としてもよい。
【0038】
一例として、反応容器の規模(容量)が5Lであり、反応系の圧力が5kPa以下、反応系の温度が230〜260℃、水蒸気の導入量が毎時20〜100gである場合、30〜10時間の水蒸気の導入を行う、あるいは反応系の酸価(AV)が1mgKOH/g以下となるまで水蒸気の導入を行うことが好ましい。
【0039】
スチーミング工程により反応系外に排出された長鎖脂肪酸は、回収してエステル化工程の反応原料として再利用することができる。
【0040】
<その他の工程>
本発明では、スチーミング工程の後、水洗、及び吸着(脱色)処理などの一般の精製工程により長鎖脂肪酸エステルを精製することができる。
【0041】
未反応の長鎖脂肪酸の除去効率を高めるために、必要に応じて減圧留去による減圧処理、加熱による蒸発処理、吸着剤による吸着除去処理、塩形成等による沈殿除去処理などを行ってもよい。これらの処理は、いずれの順序で行うことも可能であり、複数の処理を併用することも可能である。また、エステル化工程とスチーミング工程の間に設けてもよい。
【0042】
長鎖脂肪酸エステルの着色度をさらに下げたい場合は、例えば活性白土吸着剤及び濾過助剤などの吸着剤を目的の水準に応じてエステルに加えて混合、濾過することが可能である。
【0043】
脱色は、色素の吸着能を有する吸着剤(以下、脱色吸着剤という)を反応生成物と接触させることにより行うのが好ましい。脱色吸着剤としては、活性炭、活性白土等が挙げられる。これら脱色吸着剤は、反応生成物の着色度に応じて、反応生成物に対して0.1〜1.5重量%使用されるのが好ましい。また、脱色は、反応生成物であるエステルの着色度がAPHA100以下となるまで行うことが好ましい。このAPHAは、JIS K−0071−1に基づいて測定することができる。
【0044】
本発明の製造方法により得られる長鎖脂肪酸エステルの酸価は、金属への腐食防止の観点から低い程良く、好ましくは0.1mgKOH/g以下、より好ましくは0.05mgKOH/g以下、更に好ましくは0.03mgKOH/g以下である。エステル化工程、スチーミング工程を経た後、反応生成物から過剰の酸を減圧下除去し、更に吸着剤で吸着除去し、酸価を下げることができる。該酸価は、JIS K0070 3.1に基づいて測定することができる。長鎖脂肪酸エステルの酸価は、例えば酸吸着剤の使用量を該エステルに対し0.01〜5重量%に制御することで調整できる。また、酸吸着剤量による吸着処理の実施回数を1回〜5回行うことでも調整できる。
【0045】
<絶縁油>
本発明の製造方法により得られた長鎖脂肪酸トリグリセライドは、絶縁油として好適に使用される。従って、本発明は、上記本発明の製造方法により製造された長鎖脂肪酸トリグリセライドを含有する絶縁油を提供する。また、このような長鎖脂肪酸エステルを含有する絶縁油の製造方法として、グリセリンと、該グリセリンの水酸基1当量に対して1.05〜1.5当量の炭素数12〜22の脂肪酸(以下、長鎖脂肪酸という)とを、鉄分として1〜10ppm(グリセリンと長鎖脂肪酸の総重量に対する重量比)の鉄を含む触媒の存在下で、エステル化反応させて長鎖脂肪酸トリグリセライドを含む反応生成物を得る工程(以下、エステル化工程という)と、エステル化工程終了後の反応系に水蒸気を導入して未反応の長鎖脂肪酸を除去する工程(以下、スチーミング工程という)と、を有する、長鎖脂肪酸トリグリセライドを含有する絶縁油の製造方法を提供する。
【0046】
本発明の製造方法で得られる絶縁油は、本発明に係る長鎖脂肪酸エステルのみを含んでもよいが、低温流動性、安定性及び生分解性を考慮して、前記長鎖脂肪酸のエステル以外の成分をさらに含んでもよい。但し、金属、金属塩等の導電性化合物等は、電気絶縁性を低下させる観点から含まないことが好ましい。
【0047】
本発明の製造方法で得られる絶縁油の性能をさらに改良するために、本発明の絶縁油はさらに添加剤を含んでもよい。前記添加剤としては、例えば、ジ−tert−ブチル−p−クレゾール、ビスフェノールA等のフェノール系の酸化防止剤、フェニル−α−ナフチルアミン、N,N−ジ(2−ナフチル)−p−フェニレンジアミン等のアミン系の酸化防止剤、ベンゾトリアゾール等の防錆剤、ビタミンE等の抗微生物剤、ポリ酢酸ビニルオリゴマー、ポリ酢酸ビニルポリマー、アクリル酸オリゴマー、アクリル酸ポリマー等の流動点降下剤、カルボジイミド類等の加水分解抑制剤、炭素数5から18のアルキルグリシジルエーテル、アルキルグリシジルエステル等の希釈剤等が挙げられる。これらの添加剤の含有量は特に限定されないが、絶縁油全体を基準として、例えば2.0重量%以下、好ましくは1.5重量%以下、より好ましくは1.0重量%以下である。
【0048】
本発明の製造方法で得られる絶縁油の40℃における動粘度は、例えば10〜130mm2/s、好ましくは10〜100mm2/s、より好ましくは15〜60mm2/sである。また、100℃における動粘度は、例えば、2〜20mm2/s、好ましくは4〜17mm2/s、より好ましくは6〜15mm2/sである。なお、本発明において動粘度とは、JIS−K2283(2000年)に基づいて測定した動粘度を意味する。また、本発明の絶縁油の40℃における動粘度を前記10〜130mm2/sの範囲に制御するのは、例えば、トール油脂肪酸とグリセリンとから得るエステルである場合、エステル化反応の際に窒素雰囲気下で反応を行い、空気の混入による酸化、高温による重合を避けることにより達成できる。また、本発明の絶縁油の100℃における動粘度を前記2〜20mm2/sの範囲に制御するのは、同様に、例えば、トール油脂肪酸とグリセリンとから得るエステルである場合、エステル化反応の際に窒素雰囲気下で反応を行い、空気の混入による酸化、高温による重合を避けることにより達成できる。
【0049】
本発明の製造方法で得られる絶縁油の流動点は、例えば−70℃〜−5℃、好ましくは−70℃〜−10℃、より好ましくは−70℃〜−20℃である。流動点が−70℃〜−5℃の範囲であれば、寒冷地での使用にも適するからである。なお、本発明において流動点とは、JIS−K2269(1987年)基づいて測定した流動点を意味する。また、本発明の絶縁油の流動点を前記−70℃〜−5℃の範囲に制御するのは、例えば、前記絶縁油に含有される飽和脂肪酸のエステルの量を出来る限り少なくし、かつ、前記絶縁油に含有される脂肪酸のエステルとして、ヨウ素価ができるだけ大きい脂肪酸とグリセリンとのエステルを選択することにより達成できる。
【0050】
本発明の製造方法で得られる絶縁油の引火点は、例えば250℃〜350℃、好ましくは275℃〜350℃、より好ましくは300℃〜350℃である。引火点が250℃〜350℃であれば、難燃性であり、絶縁油としての使用に適するからである。なお、本発明において引火点とは、JIS−K2265(1996年)に基づいて測定した引火点を意味する。また、本発明の絶縁油の引火点を前記250℃〜350℃の範囲に制御するのは、例えば、前記絶縁油に含有される長鎖脂肪酸エステルの分子量を470以上のエステルにし、蒸気圧を抑制することにより達成できる。
【0051】
本発明の製造方法で得られる絶縁油の水分含有量は、例えば200ppm以下、好ましくは100ppm以下、より好ましくは50ppm以下である。水分含有量が200ppm以下であれば、錆の発生及びエステルの加水分解を抑制可能だからである。なお、本発明において水分含有量とは、JIS−K2275(1996年)に基づいて測定した水分含有量を意味する。また、本発明の絶縁油の水分含有量を前記200ppm以下の範囲に制御するのは、例えば、スチーミング工程の後、80℃以上の温度にて減圧下窒素を投入しつつ絶縁油を脱水処理することにより達成できる。
【0052】
本発明の絶縁油の水酸基価(OHV)は、例えば0.01〜4.0(mgKOH/g)、好ましくは0.01〜3.0(mgKOH/g)、より好ましくは0.01〜2.0(mgKOH/g)である。水酸基価が0.01〜4.0(mgKOH/g)であれば、絶縁油用途の場合に絶縁性が確保され、熱安定性が高く、かつ吸湿性を抑制可能だからである。また、本発明の絶縁油等の水酸基価を前記0.01〜4.0(mgKOH/g)の範囲に制御するのは、例えば、長鎖脂肪酸とグリセリンとから長鎖脂肪酸エステルを得る際に、長鎖脂肪酸とグリセリンの当量比を調整してエステル化することにより達成できる。
【0053】
本発明の絶縁油は、ヨウ素価が、例えば70〜160であり、好ましくは80〜155であり、より好ましくは90〜150である。前記ヨウ素価が70〜160であれば、流動点が十分低くなり、かつ、酸化安定性を高めることが可能だからである。前記ヨウ素価は、本発明の絶縁油に含まれる長鎖脂肪酸エステルの原料である長鎖脂肪酸の入手方法により制御することができる。具体的には、長鎖脂肪酸としてトール油脂肪酸を用いる場合、粗トール油からの水蒸気蒸留の条件の制御と、さらなる原料である松として特定な生育地由来の松を選択することにより、行うことができる。なお、本発明においてヨウ素価とは、JIS K0070(1992年)に基づいて測定したヨウ素値を意味する。
【0054】
本発明の絶縁油は、体積抵抗率が、例えば1×1013〜1×1018Ω・cm、好ましくは3×1013〜1×1018Ω・cm、より好ましくは5×1013〜1×1018Ω・cmである。体積抵抗率が1×1013〜1×1018Ω・cmであれば、電気絶縁性を満足するからである。なお、本発明において体積抵抗率は、JIS−C2101「電気絶縁油試験方法」(2006年)に基づいて測定した25℃での値を意味する。また、本発明の絶縁油の体積抵抗率を前記1×1013〜1×1018Ω・cmの範囲に制御するのは、例えば、前記絶縁油中にイオン性物質を含まないようにすることにより達成できる。
【0055】
本発明の絶縁油となる長鎖脂肪酸エステルは、グリセリンとトール油脂肪酸とから製造される場合、OECD 301Bによる生分解性試験で、生分解度が28日間で60%以上となる。
【0056】
本発明の絶縁油は、色相が、例えば2.5以下、好ましくは1.5以下、より好ましくは1.0以下である。色相が2.5以下であれば、酸化等による劣化が極めて起こりにくいからである。なお、本発明において色相は、JIS−K2580(2003年)に基づいて測定した値を意味する。また、本発明の絶縁油の色相を前記2.5以下に制御するのは、例えば、エステルを合成する際に空気の混入を避け、さらに合成後のエステルを活性炭や活性白土等で精製処理することにより達成できる。
【実施例】
【0057】
(実施例1)
トール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)とグリセリンとから、水酸化鉄(III)(キシダ化学製、純度90重量%)の存在下、エステルを製造した。具体的には、攪拌棒、窒素ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器を備えた5リットルの4つ口耐熱ガラス製フラスコに、グリセリン(330g、3.6モル)及びトール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、酸価194、平均分子量289:3574g(12.4モル))(グリセリンの水酸基1当量に対して前記トール油脂肪酸のカルボキシル基が1.15当量に対応する)、及び少量の水に懸濁させた水酸化鉄を鉄分として2ppm(グリセリンとトール油脂肪酸との合計量に対して)を仕込んだ。次に、攪拌下の前記フラスコ内に窒素ガス(0.4L/分)を吹き込みながら加熱してフラスコ内の反応混合物の温度を240℃まで昇温させた。この温度で保ちながら、前記フラスコ中で生成する水を前記水分分離器を用いて除去し、反応を進行させた。反応を進行させながらフラスコ中の反応混合物の水酸基価を測定し、水酸基価が1.5mgKOH/gになったとき(240℃で10時間維持した後であった)に反応を終了した。次に、前記フラスコ内の反応混合物の温度を240℃で維持したまま、減圧下(圧力は0.3kPa)で残存するトール油脂肪酸を前記反応混合物より除去した。その後、前記減圧下で前記フラスコ内に水の量として毎時50g、8時間の水蒸気を導入し、さらに前記反応混合物より残存するトール油脂肪酸を留去して粗エステルを得た。この粗エステルの酸価は0.18mgKOH/g、水酸基価1.5mgKOH/g、鹸化価190mgKOH/g、ヨウ素価119gI2/100g、水分含有量0.05重量%であり、粗エステルはトリグリセライドであることが確認された。粗エステルを活性炭処理、次いで酸吸着剤処理により精製し、長鎖脂肪酸のエステル(2984g、収率92%)を得た。なお、本例及び以下の実施例及び比較例で用いたトール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)の詳細を表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
(実施例2)
トール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)とグリセリンとから、ステアリン酸鉄(III)(キシダ化学製)の存在下、エステルを製造した。具体的には、攪拌棒、窒素ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器を備えた5リットルの4つ口フラスコに、グリセリン(330g、3.6モル)及びトール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、酸価194、平均分子量289:3574g(12.4モル))(グリセリンの水酸基1当量に対して前記トール油脂肪酸のカルボキシル基が1.15当量に対応する)、及びステアリン酸鉄を鉄分として8ppm(グリセリン及びトール油脂肪酸に対して)を仕込んだ。次に、攪拌下の前記フラスコ内に窒素ガス(0.4L/分)を吹き込みながら加熱してフラスコ内の反応混合物の温度を240℃まで昇温させた。この温度で保ちながら、前記フラスコ中で生成する水を前記水分分離器を用いて除去し、反応を進行させた。反応を進行させながらフラスコ中の反応混合物の水酸基価を測定し、水酸基価が1.8mgKOH/gになったとき(240℃で10時間維持した後であった)に反応を終了した。次に、前記フラスコ内の反応混合物の温度を240℃で維持したまま、減圧下(圧力は0.3kPa)で残存するトール油脂肪酸を前記反応混合物より除去した。その後、前記減圧下で前記フラスコ内に実施例1と同様の条件で水蒸気を導入し、さらに前記反応混合物より残存するトール油脂肪酸を留去して粗エステルを得た。この粗エステルの酸価は0.18mgKOH/g、水酸基価1.8mgKOH/g、鹸化価190mgKOH/g、ヨウ素価119gI2/100g、水分含有量0.05重量%であり、粗エステルはトリグリセライドであることが確認された。粗エステルを活性炭処理、次いで酸吸着剤処理により精製し、長鎖脂肪酸のエステル(2970g、収率92%)を得た。
【0060】
(実施例3)
トール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)とグリセリンとから、水酸化鉄(III)(キシダ化学製、純度90重量%)の存在下、エステルを製造した。具体的には、攪拌棒、窒素ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器を備えた5リットルの4つ口耐熱ガラス製フラスコに、グリセリン(330g、3.6モル)及びトール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、酸価194、平均分子量289:3574g(12.4モル))(グリセリンの水酸基1当量に対して前記トール油脂肪酸のカルボキシル基が1.15当量に対応する)、及び少量の水に懸濁させた水酸化鉄を鉄分として2ppm(グリセリンとトール油脂肪酸との合計量に対して)を仕込んだ。次に、攪拌下の前記フラスコ内に窒素ガス(0.4L/分)を吹き込みながら加熱してフラスコ内の反応混合物の温度を240℃まで昇温させた。この温度で1時間保持し前記フラスコ中で生成する水を前記水分分離器を用いて除去した後、13.3kPaの減圧下で窒素ガス(0.2L/分)吹き込みながら反応を進行させた。反応を進行させながらフラスコ中の反応混合物の水酸基価を測定し、水酸基価が1.4mgKOH/gになったとき(240℃で8時間維持した後であった)に反応を終了した。次に、前記フラスコ内の反応混合物の温度を240℃で維持したまま、減圧下(圧力は0.3kPa)で残存するトール油脂肪酸を前記反応混合物より除去した。その後、前記減圧下で前記フラスコ内に水の量として毎時50g、8時間の水蒸気を導入し、さらに前記反応混合物より残存するトール油脂肪酸を留去して粗エステルを得た。この粗エステルの酸価は0.17mgKOH/g、水酸基価1.5mgKOH/g、鹸化価190mgKOH/g、ヨウ素価119gI2/100g、水分含有量0.05重量%であり、粗エステルはトリグリセライドであることが確認された。粗エステルを活性炭処理、次いで酸吸着剤処理により精製し、長鎖脂肪酸のエステル(2980g、収率92%)を得た。
【0061】
(比較例1)
トール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)とグリセリンとから、エステルを製造した。具体的には、攪拌棒、窒素ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器を備えた5リットルの4つ口フラスコに、グリセリン(330g、3.6モル)及びトール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、酸価194、平均分子量289:3574g(12.4モル))(グリセリンの水酸基1当量に対して前記トール油脂肪酸のカルボキシル基が1.15当量に対応する)を仕込んだ。次に、攪拌下の前記フラスコ内に窒素ガス(0.4L/分)を吹き込みながら加熱してフラスコ内の反応混合物の温度を240℃まで昇温させた。この温度で保ちながら、前記フラスコ中で生成する水を前記水分分離器を用いて除去し、反応を進行させた。反応を進行させながらフラスコ中の反応混合物の水酸基価を測定したところ、240℃で10時間維持した後の水酸基価が4.5mgKOH/gであり、更に240℃で5時間(合計15時間)維持した後、水酸基価は3.5mgKOH/gになり、反応を終了した。次に、前記フラスコ内の反応混合物の温度を240℃で維持したまま、減圧下(圧力は0.3kPa)で残存するトール油脂肪酸を前記反応混合物より除去した。その後、前記減圧下で前記フラスコ内に実施例1と同様の条件で水蒸気を導入し、さらに前記反応混合物より残存するトール油脂肪酸を留去して粗エステルを得た。この粗エステルの酸価は0.4mgKOH/g、水酸基価3.5mgKOH/g、鹸化価189mgKOH/g、ヨウ素価118gI2/100g、水分含有量0.04重量%であり、水酸基価が高いことから粗エステルにはトリグリセライドの他にグリセライドのモノ体、ジ体が実施例1、2、3よりも多く混合していることが確認された。粗エステルを活性炭処理、次いで酸吸着剤処理により精製し、長鎖脂肪酸のエステル(2981g、収率92%)を得た。
【0062】
(比較例2)
トール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)とグリセリンとから、水酸化鉄(III)(キシダ化学製、純度90重量%)の存在下、エステルを製造した。具体的には、攪拌棒、窒素ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器を備えた5リットルの4つ口フラスコに、グリセリン(330g、3.6モル)及びトール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、酸価194、平均分子量289:3574g(12.4モル))(グリセリンの水酸基1当量に対して前記トール油脂肪酸のカルボキシル基が1.15当量に対応する)、及び少量の水に懸濁させた水酸化鉄を鉄分として35ppm(グリセリン及びトール油脂肪酸に対して)を仕込んだ。次に、攪拌下の前記フラスコ内に窒素ガス(0.4L/分)を吹き込みながら加熱してフラスコ内の反応混合物の温度を240℃まで昇温させた。この温度で保ちながら、前記フラスコ中で生成する水を前記水分分離器を用いて除去し、反応を進行させた。反応を進行させながらフラスコ中の反応混合物の水酸基価を測定し、水酸基価が1.4mgKOH/gになったとき(240℃で10時間維持した後であった)に反応を終了した。次に、前記フラスコ内の反応混合物の温度を240℃で維持したまま、減圧下(圧力は0.3kPa)で残存するトール油脂肪酸を前記反応混合物より除去した。その後、前記減圧下で前記フラスコ内に実施例1と同様の条件で水蒸気を導入し、さらに前記反応混合物より残存するトール油脂肪酸を留去して粗エステルを得た。この粗エステルの酸価は1.1mgKOH/g、水酸基価5.7mgKOH/g、鹸化価187mgKOH/g、ヨウ素価117gI2/100g、水分含有量0.06重量%であり、水酸基価が高いことから粗エステルにはトリグリセライドの他にグリセライドのモノ体、ジ体が実施例1、2、3よりも多く混合していることが確認された。粗エステルを活性炭処理、次いで酸吸着剤処理により精製し、長鎖脂肪酸のエステル(2763g、収率85%)を得た。
【0063】
(比較例3)
トール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、ハリマ化成株式会社製)とグリセリンとから、水酸化鉄(III)(キシダ化学製、純度90重量%)の存在下、エステルを製造した。具体的には、攪拌棒、窒素ガス吹き込み管、温度計及び冷却器付き水分分離器を備えた5リットルの4つ口フラスコに、グリセリン(330g、3.6モル)及びトール油脂肪酸(「ハートールFA−1」、酸価194、平均分子量289:3574g(12.4モル))(グリセリンの水酸基1当量に対して前記トール油脂肪酸のカルボキシル基が1.15当量に対応する)、及び少量の水に懸濁させた水酸化鉄を鉄分として13ppm(グリセリン及びトール油脂肪酸に対して)を仕込んだ。次に、攪拌下の前記フラスコ内に窒素ガス(0.4L/分)を吹き込みながら加熱してフラスコ内の反応混合物の温度を240℃まで昇温させた。この温度で保ちながら、前記フラスコ中で生成する水を前記水分分離器を用いて除去し、反応を進行させた。反応を進行させながらフラスコ中の反応混合物の水酸基価を測定し、水酸基価が1.9mgKOH/gになったとき(240℃で10時間維持した後であった)に反応を終了した。次に、前記フラスコ内の反応混合物の温度を240℃で維持したまま、減圧下(圧力は0.3kPa)で残存するトール油脂肪酸を前記反応混合物より除去した。その後、前記減圧下で前記フラスコ内に実施例1と同様の条件で水蒸気を導入し、さらに前記反応混合物より残存するトール油脂肪酸を留去して粗エステルを得た。この粗エステルの酸価は0.8mgKOH/g、水酸基価4.4mgKOH/g、鹸化価187mgKOH/g、ヨウ素価117gI2/100g、水分含有量0.06重量%であり、水酸基価が高いことから粗エステルにはトリグリセライドの他にグリセライドのモノ体、ジ体が実施例1、2、3よりも多く混合していることが確認された。粗エステルを活性炭処理、次いで酸吸着剤処理により精製し、長鎖脂肪酸のエステル(2767g、収率85%)を得た。
【0064】
上記実施例1、2、3及び比較例1、2、3の反応条件等を表2にまとめた。
【0065】
【表2】

【0066】
実施例1、2、3及び比較例1、2、3では、何れも、フラット期間中、反応系から水分を除去する操作を行ったが、水分の単位時間あたりの低減量は変化させなかった。また、W’は温度X1に到達してから1時間後の水分量であり、水分低減率(%)は、〔(W1−W’)/W1〕×100で算出した。また、W’’はエステル化工程終了時の反応系1kgあたりの水分量である。
【0067】
鉄触媒を使用しない比較例1では、エステル化工程を長時間行っても水酸基価の低いエステルを得ることができず、トリグリセライドの生産効率は非常に悪い。一方、鉄触媒を本発明の範囲外の濃度で用いた比較例2、3では、エステル化工程で得られた粗エステルの水酸基価がスチーミング工程により上昇している。このことから、粗エステルの加水分解が進行し、トリグリセライドの比率が低減されているものと推測される。比較例2、3では、鉄触媒の分離操作を行わないとスチーミング工程でのトリグリセライド収量を維持できないため、生産性の点では劣るものとなる。これに対して、実施例1、2、3では、エステル化工程、スチーミング工程を連続して行うことができ、トリグリセライドを効率良く製造できる。とりわけ、エステル化工程において、グリセリンとトール油鎖脂肪酸とを初期に常圧(約101kPa)で反応させた後、減圧して反応させた実施例3は、他の実施例と同等以上の品質のエステルをより短時間で製造できることがわかる。
【0068】
<試験例>
上記実施例1、2で得られた長鎖脂肪酸エステルの絶縁油としての物性を以下の方法で評価した。結果を表3に示す。
[物性の測定方法]
40℃及び100℃における動粘度は、JIS−K2283(2000年)に基づいて測定した動粘度である。
流動点はJIS−K2269(1987年)に基づいて測定した流動点である。
引火点は、JIS−K2265(1996年)に基づいて測定した引火点である。
酸価(AV)は、JIS−K2501「石油製品及び潤滑油−中和試験方法」(2003年)に基づいて測定した酸価である。
水分含有量は、JIS−K2275(1996年)に基づいて測定した含有量である。
水酸基価(OHV)は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定した水酸基価である。
ケン化値(SV)は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定したケン化値である。
ヨウ素価は、JIS−K0070(1992年)に基づいて測定したヨウ素価値である。
体積抵抗率は、JIS−C2101「電気絶縁油試験方法」(2006年)に基づいて測定した25℃での値である。
15℃における密度は、JIS−K2249(1995年)に基づいて15℃で測定した値である。
【0069】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリセリンと、該グリセリンの水酸基1当量に対して1.05〜1.5当量の炭素数12〜22の脂肪酸(以下、長鎖脂肪酸という)とを、鉄分として1〜10ppm(グリセリンと長鎖脂肪酸の総重量に対する重量比)の鉄を含む触媒の存在下で、エステル化反応させて長鎖脂肪酸トリグリセライドを含む反応生成物を得る工程(以下、エステル化工程という)と、
エステル化工程終了後の反応系に水蒸気を導入して未反応の長鎖脂肪酸を除去する工程(以下、スチーミング工程という)と、
を有する、長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法。
【請求項2】
エステル化工程において、グリセリンと長鎖脂肪酸とを、210〜260℃の温度、常圧以下の圧力で反応させる、請求項1記載の長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法。
【請求項3】
スチーミング工程において、反応系を5kPa以下に減圧する、請求項1又は2記載の長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法。
【請求項4】
触媒が、還元鉄単体、酸化鉄、水酸化鉄、塩化鉄、及び脂肪酸鉄塩から選ばれる一種以上である、請求項1〜3の何れか1項記載の長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法。
【請求項5】
長鎖脂肪酸トリグリセライドが、絶縁油として使用される、請求項1〜4の何れか1項記載の長鎖脂肪酸トリグリセライドの製造方法。

【公開番号】特開2010−77338(P2010−77338A)
【公開日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−250035(P2008−250035)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】