閉鎖型創傷治療用治具、およびその利用方法
【課題】大関節を含む体位変換を伴う熱傷部位の創傷治癒を効率良く行なう。
【解決手段】広範囲に体表面を閉鎖できる創傷治療用治具を用い、陰圧閉鎖療法を施す。
【解決手段】広範囲に体表面を閉鎖できる創傷治療用治具を用い、陰圧閉鎖療法を施す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医学、生物学等の分野において有用な皮膚組織の熱傷を治療するための治具であり、詳細には、広範囲な熱傷部を陰圧治療するための治具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
広範囲熱傷患者は体表面積30%以上の熱傷創面を有する患者であり、体幹に広範囲の熱傷創面を有することが多い。このような患者では、全身状態の管理が必要であり気管内挿管や末梢静脈路確保、動脈ライン確保などを伴う集中治療を行う。この全身管理と平行しながら全身熱傷の創管理を行う上で、体幹部の熱傷では、処置に体位変換を有すること、腋窩や肩関節、会陰部、頚部などをまたがる創面に上手にガーゼを当てる技術を要すること、体幹部は体表面積のなかで占める割合が大きく、その分滲出液量が多いため頻回のガーゼ交換が必要であること、などの特徴から、ガーゼ交換にはしばしば時間がかかり労力を要する。ひいては患者の体力を消耗することにもなり、このガーゼ交換をいかに適切にかつ簡便化できるかが熱傷治療において重要なポイントとなる。
【0003】
熱傷等の皮膚損傷が生じた場合、最も留意すべきことは熱傷等により損傷を受けた皮膚からの細菌感染である。特に、死滅した皮膚部は雑菌が多量に繁殖しやすい。そのため、かかる死滅した皮膚部は除去して雑菌が繁殖しないようにしておく必要がある。しかし、皮膚を除去すると、そこから細菌感染を引き起こす。このような細菌感染を防止するには、皮膚が除去された部分を適当な材料でドレッシングを施して細菌の侵入を避ける必要がある。この目的で使用されるドレッシング材としては、合成高分子材料及び培養皮膚が挙げられる。しかし、合成高分子は拒絶反応等が生じる可能性があり、移植用皮膚としては好ましくない。一方、培養皮膚は本人の正常な皮膚の一部を所望の大きさまで培養したものであるため、これを使用しても拒絶反応等の心配がなく、最も自然なドレッシング材と言える。特許文献1には、ヒト新生児由来角化表皮細胞を、ケラチン組織の膜が容器の表面上に形成される条件下に、培養容器中で培養し、ケラチン組織の膜を、酵素を用いて剥離させることを特徴とするケラチン組織の移植可能な膜を製造する方法、が記載されている。具体的には、3T3細胞をフィーダーレイヤーとして増殖、重層化させ、蛋白質分解酵素であるディスパーゼを用いて細胞シートを回収する技術が開示されている。しかしながら、当該公報に記載されている方法は次のような欠点を有していた。
(1)ディスパーゼは菌由来のものであり、回収された細胞シートを十分に洗浄する必要性があること。
(2)培養された細胞ごとにディスパーゼ処理の条件が異なり、その処理に熟練が必要であること。
(3)ディスパーゼ処理により培養された表皮細胞が病理学的に活性化されること。
(4)ディスパーゼ処理により細胞外マトリックスが分解されること。
(5)そのためその細胞シートを移植された患部は感染され易いこと。
【0004】
そのような中、最近、陰圧閉鎖療法が創傷治癒の新しい概念として注目されている。そして、その治療の実施によって、創管理、滲出液のコントロールはより簡便かつ効果的に行えるようになった。最近、その治療を行うための減圧装置も開発され(特許文献2)、局所的な熱傷、褥瘡等の治療が的確に実施できるようになってきた(特許文献3)。ここで、陰圧閉鎖療法を行う上で、粘着性のフィルムを用いて密閉空間を形成することが必要条件であるが、可動性を有する部位を密閉することは極めて困難であり、これは特に大関節などのガーゼと皮膚との接触面にずれが生じる距離が大きい部位で顕著である。また大きな粘着性フィルムを自由自在に取り扱うことは一人の術者では不可能であり、複数の術者でも貼付に難渋していた。
【0005】
以下、陰圧閉鎖療法を具体的に示す。非特許文献1には、創傷治癒、肉芽組織形成、細菌の制御、疼痛などの観点から既存の創傷治癒材料と比較した結果がまとめられている。慢性または急性の創傷を持つ65名の患者を対象とした。良好な肉芽組織、植皮の前段階、二次治癒した創をエンドポイントとした。心血管疾患や糖尿病患者の患者に対して陰圧閉鎖療法は効果的であった。肉芽組織形成、創の収縮、感染制御においても従来の材料と同等に有用であった。陰圧閉鎖療法は従来の材料と同等の効果があり、特に心血管疾患と糖尿病患者に対しては大いに有用であった。非特許文献2では、糖尿病足壊疽患者を対象とし、従来の湿潤療法と比較し、陰圧閉鎖療法の有用性を検討した結果が示されている。342名の患者を対象とし、平均年齢は58歳、79%は男性であった。完全な創閉鎖を、滲出液がなく上皮化完了したものと定義した。患者は陰圧閉鎖療法または従来の創傷被覆材のいずれかにランダムに割り当てた。治療開始後3ヶ月目、9ヶ月目に評価した。その結果、陰圧閉鎖療法(73/169(43.2%))は112日間で従来の湿潤療法(48/166(28.9%))よりも創閉鎖の割合が高かった。陰圧閉鎖療法を行うと96日で創閉鎖し、下肢切断に至る割合が少なかった。治療開始から6ヶ月間、感染、蜂窩織炎、骨髄炎などの合併症は認めなかった。糖尿病足壊疽の治療に関して、陰圧閉鎖療法は有用かつ安全であることが分かった。
【0006】
一方、アキレス腱周囲の軟部組織欠損の治療は難しいとされている。そのような創傷に対しては、一次縫合や局所皮弁での再建はしばしば困難である。このような創傷に陰圧閉鎖療法は有用であり、良好な肉芽組織を形成し、その後、植皮手術も容易にできる。そのように3人の患者に対し治療を行い、すべての患者において術後48〜80ヶ月間創部に問題はなかった。このような(従来、遊離皮弁移植術を要するような)創傷に対して、陰圧閉鎖療法とその後の植皮術はとても有用な治療である(非特許文献3)。さらに、非特許文献4では、褥瘡、外傷性の難治性潰瘍に対するVacuum Assisted Closure device(VAC療法)の治癒効果について示されている。VAC療法は皮膚潰瘍面に接したスポンジ状のポリウレタンフォームに吸引用チューブを挿入、陰圧をかけて皮膚潰瘍の肉芽形成および表皮形成促進を図る治療法である。10症例(平均年齢61歳)の褥瘡(ステージIV)に対しVAC療法を4週間行い、創部の面積と最大深度の推移を検討した。治療開始2週間後には創面積の31%、4週間後には55%が縮小した。最大深度は治療開始時の61%が縮小した。外傷性組織欠損創の場合、汚染や挫滅がひどく全身状態も不安定で、すぐには手術的治療を行えないことも多い。陰圧創傷閉鎖療法はこのような患者に対する単独治療法として、また術前術後の補助的治療法としても応用できる有効な治療手段である。さらに、可動性を有する部位として手が挙げられ、ここに陰圧閉鎖療法を適応するうえで先に述べた粘着性フィルムを上手に貼付することは困難であることから、手袋型のsealing techniqueが考案されている。この技術は陰圧閉鎖療法を手に適応する上で有用である。しかしながら、手は体表面積に対してわずか1−2%程度の割合でしかなく、ガーゼ交換に体位変換も不要であり、また指の可動性を最大限発揮したとしても、皮膚とガーゼの接触面にずれが生じる距離は小さいため、手の処置に要する労力は少ない。加えて滲出液量も体幹と比較して少なく、熱傷ショック期に手のみ陰圧閉鎖療法を行う利点は少ない。さらに陰圧閉鎖療法を手に適応させる場合においても、専用の手袋型のフィルムを用いなくても既存の医療用手袋を用いることで比較的容易に代用することができる。
【0007】
以上のように、陰圧閉鎖装置を用いた創傷治療は、これまで、主に褥創などの局所的な皮膚や皮下組織の欠損した創部の治療を目的に使われてきた。しかしながら、腋窩、肩関節、会陰部、頚部などの立体的で、かつ大きく動くような体の部分においては完全に密閉性を保つことは容易ではなく、また、全身性の創部(全身熱傷など)においては未だ何ら検討がなされていないのが現状である。全身型sealing techinqueはしばしば生命の危機に直面する重傷熱傷における創管理を容易にすることで、患者および医療者の侵襲、労力を軽減することに有用である。その際、代用品となる医療器材は現時点では存在しない。この全身sealing techinqueが確立、製品化されれば、治療に要する労力、コストの削減のみならず、広範囲熱傷創の感染コントロール、排液コントロールにより創が原因となる全身状態の管理に苦渋することは少なくなり、創傷治癒の促進、移植皮膚の生着率の改善により広範囲重症熱傷患者の救命率の上昇、入院期間の短縮につながる可能性がある。何よりも皮膚移植術後早期より適切なリハビリを再開できるため、リハビリが頓挫することなく社会復帰に向け包括的な治療が施されられる。これらの点から、局所的なsealing techinqueとは全く異なる堅調な効果が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公平2−23191号公報
【特許文献2】特開2010−42281号公報
【特許文献3】特開2010−00159号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】BraakenburgA.ら、Plast Reconstr Surg.2006Aug;118(2):390−7
【非特許文献2】Blume PA.ら、Diabetes Care.2008Apr;31(4):631−6.
【非特許文献3】Repta R.らAnn Plast Surg.2005Oct;55(4):367−70
【非特許文献4】井砂司ら、PEPARS No.16,Page31−36(2007.07.15)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具を提供することを課題とする。本発明はまた、その創傷治療用治具を用いた広範囲熱傷等の治療方法を提供することを課題とする。特に、熱傷部位への治療が体位変換を伴う、広範囲な部分を密閉するための治具を提供することを目的とする。従来、陰圧閉鎖療法は、主に局所的な熱傷、褥瘡等の治療を目的にして使われてきた。その際、陰圧閉鎖療法を行う上で、粘着性のフィルムを用いて密閉空間を形成することが必要となるが、可動性を有する部位を密閉することは極めて困難であり、これは特に大関節などのガーゼと皮膚との接触面にずれが生じる距離が大きい部位で顕著であった。また大きな粘着性フィルムを自由自在に取り扱うことは一人の術者では不可能であり、複数の術者でも貼付に難渋していた。本発明はこれらの課題を解決でき、治療する側、患者側においても負担の少ない、しかも高い確率で救命でき、また高い治療効果を望める技術と確信している。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために、陰圧閉鎖療法の原理を用いて、全身、または腋窩、肩関節、会陰部、頚部等の立体的な部分により簡単かつ確実に密着する装置、医療道具を考案し、実際に治療を行ってきた。また、熱傷患者などの皮膚欠損に対して、皮膚移植を行う上で移植する皮膚片を創部に密着する目的で、従来、『タイオーバー(tie−over)法』という、ガーゼを直接皮膚に縫いこむ(皮膚移植の周囲に)などの方法が用いられてきたが、本発明者らの発明により,全身熱傷の皮膚移植後の『tie−over法』を容易に行えることも判明した。この全身性のsealing techinqueが確立、製品化されれば、治療に要する労力、コストの削減のみならず、広範囲熱傷創の感染コントロール、排液コントロールにより創が原因となる全身状態の管理に苦渋することは少なくなり、創傷治癒の促進、移植皮膚の生着率の改善により広範囲重症熱傷患者の救命率の上昇、入院期間の短縮につながる可能性がある。また、皮膚移植術後早期より適切なリハビリを再開できるため、リハビリが頓挫することなく社会復帰に向け包括的な治療が実際できるようになる。これらの点から、局所的なsealing techinqueとは全く異なる堅調な効果が期待される。
【0012】
すなわち、本発明は、大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具を提供するものである。また、本発明はその創傷治療用治具を用いた広範囲熱傷等の治療方法を提供する。本発明は、広範囲な重度熱傷の治療への陰圧閉鎖治療の適用という世界に類のない新規な発想による治療法で実現する極めて重要な発明と考えている。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
項1.大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具。
項2.熱傷部位への治療が体位変換を伴うものである、請求項1記載の創傷治療用治具。
項3.熱傷部位が腋窩、肩関節、会陰部、頚部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせである、請求項1、2のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
項4.創傷治療用治具が上半身、下半身、腰部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせた部位、もしくは全身を覆うものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
項5.創傷治療用治具が1つ以上の開口部を有する袋状のものである、請求項1〜4のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
項6.使い捨て可能なものである、請求項1〜4いずれか1項記載の創傷治療用治具。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、全身におよぶ広範囲な熱傷などの全身皮膚熱傷、潰瘍等に対する創傷治癒、並びに皮膚移植の成功率を上げられる。また、本発明で提供される全身皮膚熱傷、潰瘍の治癒を促進するための持続陰圧閉鎖装置付きのパンツ、ベスト、手袋、靴下等の全身スーツを利用することで治療側、患者側双方の負担も著しく軽減される。すなわち、本発明によれば、局所ではなく全身の創部を容易に密閉し、かつ、陰圧をかけることができるようになること、体内からの滲出液の吸引や外力に耐えうる吸引圧そのものにより半永久的な密着性が得られること、陰圧空間を作り出し,汚染された排液を体外に排出することで、細菌の侵入、繁殖を抑え、感染を制御することができるようになること、フィルム越しに、創部の観察ができること、消毒やガーゼ交換が不要であり、患者の苦痛が軽減され、また、医療費の削減にもつながること、創の更なる治癒促進が望めること、広範囲の熱傷のみならず、皮膚移植の固定時にも応用できること、さらには、移植する皮膚片が生着し移植が成功する確率が著しく向上すること等、多くの効果が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】 特に会陰部の創に対する陰圧閉鎖療法のための『ショートパンツ型』フィルム材。履かせるタイプ、もしくは、おむつタイプ(両外側を粘着性フィルムで密閉)がある。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、会陰部周囲を容易に密閉できる。
【図2】 体幹の創に対する陰圧閉鎖療法のための『Tシャツ型』フィルム材。着せるタイプ、もしくは、ベストタイプ(前胸部正中を粘着性フィルムで密閉)がある。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、体幹を容易に密閉できる。
【図3】 体幹の創に対する陰圧閉鎖療法のための『全身スーツ型』フィルム材。着せるタイプ、もしくは、前胸部正中と下肢、上肢は外側を粘着性フィルムで密閉するタイプがある。手は手袋型となっており、指をそれぞれフィルムで包むことができる。顔面に関しては、眼の保護、気道確保のため、両眼、口、鼻はフィルムで被覆しない。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、全身を容易に密閉できる。
【図4】 手指の創に対する陰圧閉鎖療法のための『手袋型』フィルム材。手に装着し、各指がフィルム材で被覆されるよう、指の部分は充分な容量を持たせてある。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、手指を容易に密閉できる。
【図5】 足の創に対する陰圧閉鎖療法のための『靴下型』フィルム材。足に装着するが、各趾はまとめてフィルム材で被覆される。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、足を容易に密閉できる。
【図6】 実施例1の症例1における皮膚移植後、陰圧閉鎖療法前肛門の近位の創部の写真である。会陰部(肛門周囲)の創に皮膚をパッチ状に移植した。移植する皮膚は、右腰部より採取した。
【図7】 実施例1の症例1における皮膚移植後、陰圧閉鎖療法中植皮後に創傷被覆材であるソフラチュール▲R▼(サノフィ・アベンティス社)、ハイドロサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付し、その上から、ガス滅菌処理した非粘着性ポリエチレンフィルムを、会陰部を覆うように『ショートパンツ型』に加工し、辺縁、皮膚との連結部分を粘着性フィルムのオプサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付することで密閉性を獲得した。また、頭側、両鼠径部から、陰圧にするための吸引チューブとしてJ−VACドレーン▲R▼(ジョンソンエンドジョンソン社)をフィルム内、ハイドロサイト▲R▼上に2本留置し、ドレーン留置基部も密閉性が損なわれないようにオプサイト▲R▼を厳重に貼付した。2本の吸引チューブから125mmHg相当の陰圧を病室に備え付けられた吸引器で持続的に掛けることにより、陰圧閉鎖療法を行った。術翌日より病室内でのリハビリを開始した。
【図8】 実施例1の症例1における皮膚移植後、陰圧閉鎖療法後肛門の近位の創部の写真である。陰圧閉鎖療法前の写真とほぼ同部位である。皮膚移植後2週間目。移植した皮膚は100%生着し、周囲より上皮化が進行している。感染徴候は認めなかった。
【図9】 実施例2の症例2における皮膚移植前、陰圧閉鎖療法前左腋窩部の近位の創部の写真である。感染徴候は認めなかった。
【図10】 実施例2の症例2における陰圧閉鎖療法中に体幹、左上肢の創面にハイドロサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付し、その上から、ガス滅菌処理した非粘着性ポリエチレンフィルムを体幹、左腋窩、左上肢を覆うように『長袖Tシャツ型』に加工し、辺縁、皮膚との連結部分を粘着性フィルムのオプサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付することで密閉性を獲得したようすである。また、尾側、腹前面と左上肢末梢から、陰圧にするための吸引チューブとしてJ−VACドレーン▲R▼(ジョンソンエンドジョンソン社)をフィルム内、ハイドロサイト▲R▼上に計3〜4本留置し、ドレーン留置基部も密閉性が損なわれないようにオプサイト▲R▼を厳重に貼付した。3〜4本の吸引チューブから125mmHg相当の陰圧を病室に備え付けられた吸引器で持続的に掛けることにより、陰圧閉鎖療法を行った。陰圧閉鎖療法は、創部の感染徴候がなく、陰圧が持続的に効いていることを条件に、1週間継続、交換を行った。また、皮膚移植後も、移植皮膚の上に創傷被覆材であるソフラチュール▲R▼(サノフィ・アベンティス社)を貼付した後は、同様にドレッシングを行い、陰圧閉鎖療法を行った。陰圧閉鎖療法中は室内でのリハビリを積極的に行った。
【図11】 実施例2の症例2における術後、左腋窩部の近位の創部の写真である。陰圧閉鎖療法前の写真とほぼ同部位である。皮膚移植後1ヶ月、移植した皮膚は100%生着し、周囲より上皮化が起こり、創はほぼ閉創されている。感染徴候は認めなかった。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具を提供するものである。ここで、大関節とは一般に腋窩、肩関節、会陰部、頚部等を意味するが、本発明の場合、さらに、肘、膝等の関節を含めても良く、それらのいずれか、もしくはそれらの中の2つ以上の部位を含むような患部でも良い。本発明の場合、これらの関節部分における創傷、或いはこれらの関節の少なくとも1つ含む部位における創傷が対象となる。本発明の創傷治療用治具の大きさは、それが覆う体表面として、上半身、下半身、腰部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせた部位、もしくは全身を覆うことができる範囲のものである。上述のように、従来、陰圧閉鎖治療は局所的な部位の治療に限定されて実施されてきた。本発明者らは、この治療を全身性の疾患に適用すれば、従来のような局所での行われてきた治療効果だけではなく、全身を対象とした細菌感染予防、体液漏出抑制、創傷部の肉芽形成、止血、立体的局面や凹凸面への植皮の密着性の獲得、包帯交換などによる侵襲の軽減、リハビリの早期再開による廃用症候群の防止、便汚染の防止等の全身にわたる管理が可能となり、従って救命率も著しく改善されることを確認できた。さらに本発明の創傷治療用治具を用いた陰圧閉鎖治療によれば、大関節部をその創傷表面を治療しているときから動かすことができ、早期からリハビリが可能となり、従って治癒後のQOLが著しく良好であることも確認できた。
【0016】
本発明は、このような治療効果を有する創傷治療用治具を提供する。その創傷治療用治具とは、広範囲な体表面を覆い密閉でき、減圧装置にて密閉された内部を陰圧にできる透明な素材であれば特に限定されるものではない。その素材としては、例えば高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、エチレン・酢酸ビニル共重合品、アイオノマー、エチレン・アクリル酸共重合品、エチレン・メタクリル酸共重合品等のポリエチレン類、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルアルコール、エチレン・ビニルアルコール共重合品、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ナイロン、ポリアクリロニトリル等が挙げられるが特に限定されるものではない。上述のように、本発明品は当該素材を通して患部を観察できるものが好ましく、従って、上述した素材からのフィルムを適宜、加工する必要がある。本発明の創傷治療用治具の色彩については、種類、程度は特に限定されるものではない。
【0017】
これらのフィルムを使って体表面を密閉する方法、そのためのフィルムの形態については特に限定されるものではないが、例えば以下のような方法が挙げられる。非粘着性の滅菌済ビニールシートを覆いたい体表面のパーツに形取り、これを前後に分けて、そのつなぎ目をのり付きフィルムテープで連結する方法、もしくは、ビニールシートで体表面を立体的に合わせ、例えば、ショートパンツ型のもの、Tシャツ型、全身スーツ型、手袋、靴下のような形状のものを作製すれば良い。特に後者の場合、少なくとも1つの開口部を有する、立体的な体表面に合わせた立体的な袋状の創傷治療用治具は患者への装着が容易であり、密閉性を確保し易く、本発明品として好都合なものである。このように創傷治療用治具で閉鎖された患部へは陰圧にするための少なくとも1本以上の吸引チューブを挿入する必要がある。また必要に応じてドレーンを1本、もしくは2本以上装着させてもよい。そして、接着剤付きのテープを用いてフィルム同志、あるいはフィルムと体との間を貼ることで完全な閉鎖空間を作る。その際、テープの代わりに少なくとも創傷治療用治具の縁が伸展性のある素材でできており、体と密着できるようなものでも良い。
【0018】
本発明である創傷治療用治具により患部を密閉させることができるが、その密閉された空間を減圧にする方法は特に問わないが、一般に、既存のVAC system等の陰圧閉鎖療法装置、減圧ポンプ、真空ポンプ、吸引ポンプ等が利用される。患部を陰圧にすることで、本発明である創傷治療用治具が患部表面へ密着することとなる。その結果、体表面の患部は創傷治療用治具に適度に押さえつけられる形となり、そのことが例えば肉芽組織の新生等の創傷治癒へつながるものと考えている。その際の陰圧の程度は、少なくとも創傷治療用治具が患部表面へ密着すれば何ら限定されるものではないが、その陰圧の強さは100mmHg〜500mmHgが良く、好ましくは120mmHg〜400mmHgが良く、最も好ましくは125mmHg〜300mmHgが良い。陰圧の強さが125mmHg以下、もしくは400mmHg以上の場合、患部の治療効果が認められず本発明として好ましくない。
【0019】
本発明に示される創傷治療用治具とは、患部を密閉できるものであれば特に限定されるものでなく、例えば、患者の体表面の保温機能を高めたり、手術器具からの保護機能を高めたり、さらには治療中に発生した体液や血液、或いは薬液を吸収させるために吸液機能を高めたり、或いはそれとは逆に撥水機能を高めたりしても良い。
【0020】
本発明に示される創傷治療用治具は治療に使用されるものであるため、滅菌された状態のものであることが好ましい。その際、滅菌の方法は特に限定されるものではなく、常法であるエチレンオキサイド(EO)ガス滅菌、ガンマ線滅菌、UV滅菌、電子線滅菌、熱滅菌、アルコール滅菌のいずれか、若しくは2種以上を併用して滅菌しても良い。
【0021】
さらに、今日、手術、治療中に患者の体液や血液が付着した治具は1回だけ使用して廃棄処分することが一般的となってきた。従って、本発明の創傷治療用治具もディスポーザブルタイプのものの方が好ましい。
【0022】
本発明で得られる創傷治療用治具であれば、本発明によれば、局所ではなく全身の創部を容易に密閉し、かつ、陰圧をかけることができるようになること、体内からの滲出液の吸引や外力に耐えうる吸引圧そのものにより半永久的な密着性が得られること、陰圧空間を作り出し,汚染された排液を体外に排出することで、細菌の侵入、繁殖を抑え、感染を制御することができるようになること、フィルム越しに、創部の観察ができること、消毒やガーゼ交換が不要であり、患者の苦痛が軽減され、また、医療費の削減にもつながること、創の更なる治癒促進が望めること、広範囲の熱傷のみならず、皮膚移植の固定時にも応用できること、さらには、移植する皮膚片が生着し移植が成功する確率が著しく向上すること等、多くの効果が期待される。
【実施例】
【0023】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0024】
以下の本発明の創傷治療用治具を適用した臨床結果に示すように、本発明により、熱傷などの皮膚潰瘍や組織欠損による創傷を効果的に治療することができることが確認された。本実施例は、災害医療センターにおいて規定される基準を遵守し治療を行った。
【実施例1】
【0025】
(症例1)
55歳、男性。
(主訴)
広範囲熱傷,気道熱傷
(既往歴)
不整脈
(初診時現症)
顔面、両側手部、下腹部、腰部、会陰部、臀部、両側大腿前面、左下腿、両足部にIII度27%、後頭部、背部にII度2%の熱傷創(Lund&Browder;%TBSA=29%、BI=28、PBI=83)と重度の気道熱傷を認めた。
(治療経過)
受傷3日目に熱傷創に対して手術を行い、その際、会陰部の創管理を簡便にすべく、人工肛門造設術も行った。その後、熱傷創に対して手術を4回行い、創は縮小傾向にあった。受傷59日目に残存する会陰部(肛門周囲)の創に対して植皮手術を行い、植皮部のドレッシングは陰圧閉鎖療法を併用することとした。
(陰圧閉鎖療法の併用とその方法)
植皮後に創傷被覆材であるソフラチュール▲R▼(サノフィ・アベンティス社)、ハイドロサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付し、その上から、ガス滅菌処理した非粘着性ポリエチレンフィルムを会陰部を覆うように『ショートパンツ型』に加工し、辺縁、皮膚との連結部分を粘着性フィルムのオプサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付することで密閉性を獲得した。また、頭側、両鼠径部から、陰圧にするための吸引チューブとしてJ−VACドレーン▲R▼(ジョンソンエンドジョンソン社)をフィルム内、ハイドロサイト▲R▼上に2本留置し、ドレーン留置基部も密閉性が損なわれないようにオプサイト▲R▼を厳重に貼付した。2本の吸引チューブから125mmHg相当の陰圧を病室に備え付けられた吸引器で持続的に掛けることにより、陰圧閉鎖療法を行った。
陰圧閉鎖療法は、創部の感染徴候がなく、陰圧が持続的に効いていることを条件に、1週間継続、交換を行った。
(陰圧閉鎖療法後の経過)
移植した皮膚は1週間で生着しており、移植した皮膚が生着した後も陰圧閉鎖療法を行うことにより周囲からの良好な上皮化が認められた。陰圧閉鎖療法中に感染徴候は認めず、フィルム辺縁のテープの剥離により数回密閉性が損なわれたが、同部にオプサイト▲R▼を貼付することによって、簡単に補修でき、密閉性を保持することができ、効果的な陰圧を掛けることができた。
【実施例2】
【0026】
(症例2)
73歳、男性。
(主訴)
広範囲熱傷,気道熱傷
(既往歴)
本態性痙攣、前立腺肥大症
(初診時現症)
顔面左側、頭部左側、頚部、左前側胸部、左上肢にIII度30%の熱傷創(Lund&Browder;%TBSA=30%、BI=30、PBI=102)と軽度の気道熱傷を認めた。
(治療経過)
受傷2日目に熱傷創に対して手術を行った。その後、軟膏処置を行ったが、移植した皮膚の生着は40%ほどであり、創の縮小を目的として、皮膚移植を検討したが創部の肉芽組織の生成は不十分であり、皮膚移植前の創の肉芽組織生成を目的として、体幹部と左上肢の陰圧閉鎖療法を行うこととした。また、肉芽組織の生成が充分となった時点で皮膚移植を検討し、早期からのリハビリ開始と移植皮膚の良好な生着並びに移植皮膚周囲からの上皮化促進を目的にそのドレッシングは陰圧閉鎖療法で行うこととした。
(陰圧閉鎖療法の併用とその方法)
体幹、左上肢の創面にハイドロサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付し、その上から、ガス滅菌処理した非粘着性ポリエチレンフィルムを体幹、左腋窩、左上肢を覆うように『長袖Tシャツ型』に加工し、辺縁、皮膚との連結部分を粘着性フィルムのオプサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付することで密閉性を獲得した。また、尾側、腹前面と左上肢末梢から、陰圧にするための吸引チューブとしてJ−VACドレーン▲R▼(ジョンソンエンドジョンソン社)をフィルム内、ハイドロサイト▲R▼上に計3〜4本留置し、ドレーン留置基部も密閉性が損なわれないようにオプサイト▲R▼を厳重に貼付した。3〜4本の吸引チューブから125mmHg相当の陰圧を病室に備え付けられた吸引器で持続的に掛けることにより、陰圧閉鎖療法を行った。
陰圧閉鎖療法は、創部の感染徴候がなく、陰圧が持続的に効いていることを条件に、1週間継続、交換を行った。
また、皮膚移植後も、移植皮膚の上に創傷被覆材であるソフラチュール▲R▼(サノフィ・アベンティス社)を貼付した後は、同様にドレッシングを行い、陰圧閉鎖療法を行った。
(陰圧閉鎖療法後の経過)
皮膚を移植する前の創の肉芽組織の生成は良好であり、2週間の陰圧閉鎖療法の後、左腰部からの皮膚移植を行った。その際も、陰圧閉鎖療法を行い、移植した皮膚は1週間で生着しており、移植した皮膚が生着した後も陰圧閉鎖療法を行うことにより周囲からの良好な上皮化が認められた。陰圧閉鎖療法中に感染徴候は認めず、フィルム辺縁のテープの剥離により数回密閉性が損なわれたが、同部にオプサイト▲R▼を貼付することによって、簡単に補修でき、密閉性を保持することができ、効果的な陰圧を掛けることができた。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明に示される創傷治療用治具を利用することで大関節を含む体位変換を伴う熱傷部位の創傷治癒を効率良く行えるようになる。また、本発明で提供される全身皮膚熱傷、潰瘍の治癒を促進するための持続陰圧閉鎖装置付きのショートパンツ型、Tシャツ型、全身スーツ型、手袋型、靴下型、もしくはその組み合わせのフィルムを利用することで治療側、患者側双方の負担も著しく軽減される。
【技術分野】
【0001】
本発明は、医学、生物学等の分野において有用な皮膚組織の熱傷を治療するための治具であり、詳細には、広範囲な熱傷部を陰圧治療するための治具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
広範囲熱傷患者は体表面積30%以上の熱傷創面を有する患者であり、体幹に広範囲の熱傷創面を有することが多い。このような患者では、全身状態の管理が必要であり気管内挿管や末梢静脈路確保、動脈ライン確保などを伴う集中治療を行う。この全身管理と平行しながら全身熱傷の創管理を行う上で、体幹部の熱傷では、処置に体位変換を有すること、腋窩や肩関節、会陰部、頚部などをまたがる創面に上手にガーゼを当てる技術を要すること、体幹部は体表面積のなかで占める割合が大きく、その分滲出液量が多いため頻回のガーゼ交換が必要であること、などの特徴から、ガーゼ交換にはしばしば時間がかかり労力を要する。ひいては患者の体力を消耗することにもなり、このガーゼ交換をいかに適切にかつ簡便化できるかが熱傷治療において重要なポイントとなる。
【0003】
熱傷等の皮膚損傷が生じた場合、最も留意すべきことは熱傷等により損傷を受けた皮膚からの細菌感染である。特に、死滅した皮膚部は雑菌が多量に繁殖しやすい。そのため、かかる死滅した皮膚部は除去して雑菌が繁殖しないようにしておく必要がある。しかし、皮膚を除去すると、そこから細菌感染を引き起こす。このような細菌感染を防止するには、皮膚が除去された部分を適当な材料でドレッシングを施して細菌の侵入を避ける必要がある。この目的で使用されるドレッシング材としては、合成高分子材料及び培養皮膚が挙げられる。しかし、合成高分子は拒絶反応等が生じる可能性があり、移植用皮膚としては好ましくない。一方、培養皮膚は本人の正常な皮膚の一部を所望の大きさまで培養したものであるため、これを使用しても拒絶反応等の心配がなく、最も自然なドレッシング材と言える。特許文献1には、ヒト新生児由来角化表皮細胞を、ケラチン組織の膜が容器の表面上に形成される条件下に、培養容器中で培養し、ケラチン組織の膜を、酵素を用いて剥離させることを特徴とするケラチン組織の移植可能な膜を製造する方法、が記載されている。具体的には、3T3細胞をフィーダーレイヤーとして増殖、重層化させ、蛋白質分解酵素であるディスパーゼを用いて細胞シートを回収する技術が開示されている。しかしながら、当該公報に記載されている方法は次のような欠点を有していた。
(1)ディスパーゼは菌由来のものであり、回収された細胞シートを十分に洗浄する必要性があること。
(2)培養された細胞ごとにディスパーゼ処理の条件が異なり、その処理に熟練が必要であること。
(3)ディスパーゼ処理により培養された表皮細胞が病理学的に活性化されること。
(4)ディスパーゼ処理により細胞外マトリックスが分解されること。
(5)そのためその細胞シートを移植された患部は感染され易いこと。
【0004】
そのような中、最近、陰圧閉鎖療法が創傷治癒の新しい概念として注目されている。そして、その治療の実施によって、創管理、滲出液のコントロールはより簡便かつ効果的に行えるようになった。最近、その治療を行うための減圧装置も開発され(特許文献2)、局所的な熱傷、褥瘡等の治療が的確に実施できるようになってきた(特許文献3)。ここで、陰圧閉鎖療法を行う上で、粘着性のフィルムを用いて密閉空間を形成することが必要条件であるが、可動性を有する部位を密閉することは極めて困難であり、これは特に大関節などのガーゼと皮膚との接触面にずれが生じる距離が大きい部位で顕著である。また大きな粘着性フィルムを自由自在に取り扱うことは一人の術者では不可能であり、複数の術者でも貼付に難渋していた。
【0005】
以下、陰圧閉鎖療法を具体的に示す。非特許文献1には、創傷治癒、肉芽組織形成、細菌の制御、疼痛などの観点から既存の創傷治癒材料と比較した結果がまとめられている。慢性または急性の創傷を持つ65名の患者を対象とした。良好な肉芽組織、植皮の前段階、二次治癒した創をエンドポイントとした。心血管疾患や糖尿病患者の患者に対して陰圧閉鎖療法は効果的であった。肉芽組織形成、創の収縮、感染制御においても従来の材料と同等に有用であった。陰圧閉鎖療法は従来の材料と同等の効果があり、特に心血管疾患と糖尿病患者に対しては大いに有用であった。非特許文献2では、糖尿病足壊疽患者を対象とし、従来の湿潤療法と比較し、陰圧閉鎖療法の有用性を検討した結果が示されている。342名の患者を対象とし、平均年齢は58歳、79%は男性であった。完全な創閉鎖を、滲出液がなく上皮化完了したものと定義した。患者は陰圧閉鎖療法または従来の創傷被覆材のいずれかにランダムに割り当てた。治療開始後3ヶ月目、9ヶ月目に評価した。その結果、陰圧閉鎖療法(73/169(43.2%))は112日間で従来の湿潤療法(48/166(28.9%))よりも創閉鎖の割合が高かった。陰圧閉鎖療法を行うと96日で創閉鎖し、下肢切断に至る割合が少なかった。治療開始から6ヶ月間、感染、蜂窩織炎、骨髄炎などの合併症は認めなかった。糖尿病足壊疽の治療に関して、陰圧閉鎖療法は有用かつ安全であることが分かった。
【0006】
一方、アキレス腱周囲の軟部組織欠損の治療は難しいとされている。そのような創傷に対しては、一次縫合や局所皮弁での再建はしばしば困難である。このような創傷に陰圧閉鎖療法は有用であり、良好な肉芽組織を形成し、その後、植皮手術も容易にできる。そのように3人の患者に対し治療を行い、すべての患者において術後48〜80ヶ月間創部に問題はなかった。このような(従来、遊離皮弁移植術を要するような)創傷に対して、陰圧閉鎖療法とその後の植皮術はとても有用な治療である(非特許文献3)。さらに、非特許文献4では、褥瘡、外傷性の難治性潰瘍に対するVacuum Assisted Closure device(VAC療法)の治癒効果について示されている。VAC療法は皮膚潰瘍面に接したスポンジ状のポリウレタンフォームに吸引用チューブを挿入、陰圧をかけて皮膚潰瘍の肉芽形成および表皮形成促進を図る治療法である。10症例(平均年齢61歳)の褥瘡(ステージIV)に対しVAC療法を4週間行い、創部の面積と最大深度の推移を検討した。治療開始2週間後には創面積の31%、4週間後には55%が縮小した。最大深度は治療開始時の61%が縮小した。外傷性組織欠損創の場合、汚染や挫滅がひどく全身状態も不安定で、すぐには手術的治療を行えないことも多い。陰圧創傷閉鎖療法はこのような患者に対する単独治療法として、また術前術後の補助的治療法としても応用できる有効な治療手段である。さらに、可動性を有する部位として手が挙げられ、ここに陰圧閉鎖療法を適応するうえで先に述べた粘着性フィルムを上手に貼付することは困難であることから、手袋型のsealing techniqueが考案されている。この技術は陰圧閉鎖療法を手に適応する上で有用である。しかしながら、手は体表面積に対してわずか1−2%程度の割合でしかなく、ガーゼ交換に体位変換も不要であり、また指の可動性を最大限発揮したとしても、皮膚とガーゼの接触面にずれが生じる距離は小さいため、手の処置に要する労力は少ない。加えて滲出液量も体幹と比較して少なく、熱傷ショック期に手のみ陰圧閉鎖療法を行う利点は少ない。さらに陰圧閉鎖療法を手に適応させる場合においても、専用の手袋型のフィルムを用いなくても既存の医療用手袋を用いることで比較的容易に代用することができる。
【0007】
以上のように、陰圧閉鎖装置を用いた創傷治療は、これまで、主に褥創などの局所的な皮膚や皮下組織の欠損した創部の治療を目的に使われてきた。しかしながら、腋窩、肩関節、会陰部、頚部などの立体的で、かつ大きく動くような体の部分においては完全に密閉性を保つことは容易ではなく、また、全身性の創部(全身熱傷など)においては未だ何ら検討がなされていないのが現状である。全身型sealing techinqueはしばしば生命の危機に直面する重傷熱傷における創管理を容易にすることで、患者および医療者の侵襲、労力を軽減することに有用である。その際、代用品となる医療器材は現時点では存在しない。この全身sealing techinqueが確立、製品化されれば、治療に要する労力、コストの削減のみならず、広範囲熱傷創の感染コントロール、排液コントロールにより創が原因となる全身状態の管理に苦渋することは少なくなり、創傷治癒の促進、移植皮膚の生着率の改善により広範囲重症熱傷患者の救命率の上昇、入院期間の短縮につながる可能性がある。何よりも皮膚移植術後早期より適切なリハビリを再開できるため、リハビリが頓挫することなく社会復帰に向け包括的な治療が施されられる。これらの点から、局所的なsealing techinqueとは全く異なる堅調な効果が期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公平2−23191号公報
【特許文献2】特開2010−42281号公報
【特許文献3】特開2010−00159号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】BraakenburgA.ら、Plast Reconstr Surg.2006Aug;118(2):390−7
【非特許文献2】Blume PA.ら、Diabetes Care.2008Apr;31(4):631−6.
【非特許文献3】Repta R.らAnn Plast Surg.2005Oct;55(4):367−70
【非特許文献4】井砂司ら、PEPARS No.16,Page31−36(2007.07.15)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具を提供することを課題とする。本発明はまた、その創傷治療用治具を用いた広範囲熱傷等の治療方法を提供することを課題とする。特に、熱傷部位への治療が体位変換を伴う、広範囲な部分を密閉するための治具を提供することを目的とする。従来、陰圧閉鎖療法は、主に局所的な熱傷、褥瘡等の治療を目的にして使われてきた。その際、陰圧閉鎖療法を行う上で、粘着性のフィルムを用いて密閉空間を形成することが必要となるが、可動性を有する部位を密閉することは極めて困難であり、これは特に大関節などのガーゼと皮膚との接触面にずれが生じる距離が大きい部位で顕著であった。また大きな粘着性フィルムを自由自在に取り扱うことは一人の術者では不可能であり、複数の術者でも貼付に難渋していた。本発明はこれらの課題を解決でき、治療する側、患者側においても負担の少ない、しかも高い確率で救命でき、また高い治療効果を望める技術と確信している。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために、陰圧閉鎖療法の原理を用いて、全身、または腋窩、肩関節、会陰部、頚部等の立体的な部分により簡単かつ確実に密着する装置、医療道具を考案し、実際に治療を行ってきた。また、熱傷患者などの皮膚欠損に対して、皮膚移植を行う上で移植する皮膚片を創部に密着する目的で、従来、『タイオーバー(tie−over)法』という、ガーゼを直接皮膚に縫いこむ(皮膚移植の周囲に)などの方法が用いられてきたが、本発明者らの発明により,全身熱傷の皮膚移植後の『tie−over法』を容易に行えることも判明した。この全身性のsealing techinqueが確立、製品化されれば、治療に要する労力、コストの削減のみならず、広範囲熱傷創の感染コントロール、排液コントロールにより創が原因となる全身状態の管理に苦渋することは少なくなり、創傷治癒の促進、移植皮膚の生着率の改善により広範囲重症熱傷患者の救命率の上昇、入院期間の短縮につながる可能性がある。また、皮膚移植術後早期より適切なリハビリを再開できるため、リハビリが頓挫することなく社会復帰に向け包括的な治療が実際できるようになる。これらの点から、局所的なsealing techinqueとは全く異なる堅調な効果が期待される。
【0012】
すなわち、本発明は、大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具を提供するものである。また、本発明はその創傷治療用治具を用いた広範囲熱傷等の治療方法を提供する。本発明は、広範囲な重度熱傷の治療への陰圧閉鎖治療の適用という世界に類のない新規な発想による治療法で実現する極めて重要な発明と考えている。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
項1.大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具。
項2.熱傷部位への治療が体位変換を伴うものである、請求項1記載の創傷治療用治具。
項3.熱傷部位が腋窩、肩関節、会陰部、頚部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせである、請求項1、2のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
項4.創傷治療用治具が上半身、下半身、腰部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせた部位、もしくは全身を覆うものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
項5.創傷治療用治具が1つ以上の開口部を有する袋状のものである、請求項1〜4のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
項6.使い捨て可能なものである、請求項1〜4いずれか1項記載の創傷治療用治具。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、全身におよぶ広範囲な熱傷などの全身皮膚熱傷、潰瘍等に対する創傷治癒、並びに皮膚移植の成功率を上げられる。また、本発明で提供される全身皮膚熱傷、潰瘍の治癒を促進するための持続陰圧閉鎖装置付きのパンツ、ベスト、手袋、靴下等の全身スーツを利用することで治療側、患者側双方の負担も著しく軽減される。すなわち、本発明によれば、局所ではなく全身の創部を容易に密閉し、かつ、陰圧をかけることができるようになること、体内からの滲出液の吸引や外力に耐えうる吸引圧そのものにより半永久的な密着性が得られること、陰圧空間を作り出し,汚染された排液を体外に排出することで、細菌の侵入、繁殖を抑え、感染を制御することができるようになること、フィルム越しに、創部の観察ができること、消毒やガーゼ交換が不要であり、患者の苦痛が軽減され、また、医療費の削減にもつながること、創の更なる治癒促進が望めること、広範囲の熱傷のみならず、皮膚移植の固定時にも応用できること、さらには、移植する皮膚片が生着し移植が成功する確率が著しく向上すること等、多くの効果が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】 特に会陰部の創に対する陰圧閉鎖療法のための『ショートパンツ型』フィルム材。履かせるタイプ、もしくは、おむつタイプ(両外側を粘着性フィルムで密閉)がある。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、会陰部周囲を容易に密閉できる。
【図2】 体幹の創に対する陰圧閉鎖療法のための『Tシャツ型』フィルム材。着せるタイプ、もしくは、ベストタイプ(前胸部正中を粘着性フィルムで密閉)がある。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、体幹を容易に密閉できる。
【図3】 体幹の創に対する陰圧閉鎖療法のための『全身スーツ型』フィルム材。着せるタイプ、もしくは、前胸部正中と下肢、上肢は外側を粘着性フィルムで密閉するタイプがある。手は手袋型となっており、指をそれぞれフィルムで包むことができる。顔面に関しては、眼の保護、気道確保のため、両眼、口、鼻はフィルムで被覆しない。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、全身を容易に密閉できる。
【図4】 手指の創に対する陰圧閉鎖療法のための『手袋型』フィルム材。手に装着し、各指がフィルム材で被覆されるよう、指の部分は充分な容量を持たせてある。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、手指を容易に密閉できる。
【図5】 足の創に対する陰圧閉鎖療法のための『靴下型』フィルム材。足に装着するが、各趾はまとめてフィルム材で被覆される。フィルム材は全体的に非粘着性であり、縁は粘着剤がコーティングしてあり、足を容易に密閉できる。
【図6】 実施例1の症例1における皮膚移植後、陰圧閉鎖療法前肛門の近位の創部の写真である。会陰部(肛門周囲)の創に皮膚をパッチ状に移植した。移植する皮膚は、右腰部より採取した。
【図7】 実施例1の症例1における皮膚移植後、陰圧閉鎖療法中植皮後に創傷被覆材であるソフラチュール▲R▼(サノフィ・アベンティス社)、ハイドロサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付し、その上から、ガス滅菌処理した非粘着性ポリエチレンフィルムを、会陰部を覆うように『ショートパンツ型』に加工し、辺縁、皮膚との連結部分を粘着性フィルムのオプサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付することで密閉性を獲得した。また、頭側、両鼠径部から、陰圧にするための吸引チューブとしてJ−VACドレーン▲R▼(ジョンソンエンドジョンソン社)をフィルム内、ハイドロサイト▲R▼上に2本留置し、ドレーン留置基部も密閉性が損なわれないようにオプサイト▲R▼を厳重に貼付した。2本の吸引チューブから125mmHg相当の陰圧を病室に備え付けられた吸引器で持続的に掛けることにより、陰圧閉鎖療法を行った。術翌日より病室内でのリハビリを開始した。
【図8】 実施例1の症例1における皮膚移植後、陰圧閉鎖療法後肛門の近位の創部の写真である。陰圧閉鎖療法前の写真とほぼ同部位である。皮膚移植後2週間目。移植した皮膚は100%生着し、周囲より上皮化が進行している。感染徴候は認めなかった。
【図9】 実施例2の症例2における皮膚移植前、陰圧閉鎖療法前左腋窩部の近位の創部の写真である。感染徴候は認めなかった。
【図10】 実施例2の症例2における陰圧閉鎖療法中に体幹、左上肢の創面にハイドロサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付し、その上から、ガス滅菌処理した非粘着性ポリエチレンフィルムを体幹、左腋窩、左上肢を覆うように『長袖Tシャツ型』に加工し、辺縁、皮膚との連結部分を粘着性フィルムのオプサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付することで密閉性を獲得したようすである。また、尾側、腹前面と左上肢末梢から、陰圧にするための吸引チューブとしてJ−VACドレーン▲R▼(ジョンソンエンドジョンソン社)をフィルム内、ハイドロサイト▲R▼上に計3〜4本留置し、ドレーン留置基部も密閉性が損なわれないようにオプサイト▲R▼を厳重に貼付した。3〜4本の吸引チューブから125mmHg相当の陰圧を病室に備え付けられた吸引器で持続的に掛けることにより、陰圧閉鎖療法を行った。陰圧閉鎖療法は、創部の感染徴候がなく、陰圧が持続的に効いていることを条件に、1週間継続、交換を行った。また、皮膚移植後も、移植皮膚の上に創傷被覆材であるソフラチュール▲R▼(サノフィ・アベンティス社)を貼付した後は、同様にドレッシングを行い、陰圧閉鎖療法を行った。陰圧閉鎖療法中は室内でのリハビリを積極的に行った。
【図11】 実施例2の症例2における術後、左腋窩部の近位の創部の写真である。陰圧閉鎖療法前の写真とほぼ同部位である。皮膚移植後1ヶ月、移植した皮膚は100%生着し、周囲より上皮化が起こり、創はほぼ閉創されている。感染徴候は認めなかった。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具を提供するものである。ここで、大関節とは一般に腋窩、肩関節、会陰部、頚部等を意味するが、本発明の場合、さらに、肘、膝等の関節を含めても良く、それらのいずれか、もしくはそれらの中の2つ以上の部位を含むような患部でも良い。本発明の場合、これらの関節部分における創傷、或いはこれらの関節の少なくとも1つ含む部位における創傷が対象となる。本発明の創傷治療用治具の大きさは、それが覆う体表面として、上半身、下半身、腰部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせた部位、もしくは全身を覆うことができる範囲のものである。上述のように、従来、陰圧閉鎖治療は局所的な部位の治療に限定されて実施されてきた。本発明者らは、この治療を全身性の疾患に適用すれば、従来のような局所での行われてきた治療効果だけではなく、全身を対象とした細菌感染予防、体液漏出抑制、創傷部の肉芽形成、止血、立体的局面や凹凸面への植皮の密着性の獲得、包帯交換などによる侵襲の軽減、リハビリの早期再開による廃用症候群の防止、便汚染の防止等の全身にわたる管理が可能となり、従って救命率も著しく改善されることを確認できた。さらに本発明の創傷治療用治具を用いた陰圧閉鎖治療によれば、大関節部をその創傷表面を治療しているときから動かすことができ、早期からリハビリが可能となり、従って治癒後のQOLが著しく良好であることも確認できた。
【0016】
本発明は、このような治療効果を有する創傷治療用治具を提供する。その創傷治療用治具とは、広範囲な体表面を覆い密閉でき、減圧装置にて密閉された内部を陰圧にできる透明な素材であれば特に限定されるものではない。その素材としては、例えば高密度ポリエチレン、低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、エチレン・酢酸ビニル共重合品、アイオノマー、エチレン・アクリル酸共重合品、エチレン・メタクリル酸共重合品等のポリエチレン類、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリビニルアルコール、エチレン・ビニルアルコール共重合品、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ナイロン、ポリアクリロニトリル等が挙げられるが特に限定されるものではない。上述のように、本発明品は当該素材を通して患部を観察できるものが好ましく、従って、上述した素材からのフィルムを適宜、加工する必要がある。本発明の創傷治療用治具の色彩については、種類、程度は特に限定されるものではない。
【0017】
これらのフィルムを使って体表面を密閉する方法、そのためのフィルムの形態については特に限定されるものではないが、例えば以下のような方法が挙げられる。非粘着性の滅菌済ビニールシートを覆いたい体表面のパーツに形取り、これを前後に分けて、そのつなぎ目をのり付きフィルムテープで連結する方法、もしくは、ビニールシートで体表面を立体的に合わせ、例えば、ショートパンツ型のもの、Tシャツ型、全身スーツ型、手袋、靴下のような形状のものを作製すれば良い。特に後者の場合、少なくとも1つの開口部を有する、立体的な体表面に合わせた立体的な袋状の創傷治療用治具は患者への装着が容易であり、密閉性を確保し易く、本発明品として好都合なものである。このように創傷治療用治具で閉鎖された患部へは陰圧にするための少なくとも1本以上の吸引チューブを挿入する必要がある。また必要に応じてドレーンを1本、もしくは2本以上装着させてもよい。そして、接着剤付きのテープを用いてフィルム同志、あるいはフィルムと体との間を貼ることで完全な閉鎖空間を作る。その際、テープの代わりに少なくとも創傷治療用治具の縁が伸展性のある素材でできており、体と密着できるようなものでも良い。
【0018】
本発明である創傷治療用治具により患部を密閉させることができるが、その密閉された空間を減圧にする方法は特に問わないが、一般に、既存のVAC system等の陰圧閉鎖療法装置、減圧ポンプ、真空ポンプ、吸引ポンプ等が利用される。患部を陰圧にすることで、本発明である創傷治療用治具が患部表面へ密着することとなる。その結果、体表面の患部は創傷治療用治具に適度に押さえつけられる形となり、そのことが例えば肉芽組織の新生等の創傷治癒へつながるものと考えている。その際の陰圧の程度は、少なくとも創傷治療用治具が患部表面へ密着すれば何ら限定されるものではないが、その陰圧の強さは100mmHg〜500mmHgが良く、好ましくは120mmHg〜400mmHgが良く、最も好ましくは125mmHg〜300mmHgが良い。陰圧の強さが125mmHg以下、もしくは400mmHg以上の場合、患部の治療効果が認められず本発明として好ましくない。
【0019】
本発明に示される創傷治療用治具とは、患部を密閉できるものであれば特に限定されるものでなく、例えば、患者の体表面の保温機能を高めたり、手術器具からの保護機能を高めたり、さらには治療中に発生した体液や血液、或いは薬液を吸収させるために吸液機能を高めたり、或いはそれとは逆に撥水機能を高めたりしても良い。
【0020】
本発明に示される創傷治療用治具は治療に使用されるものであるため、滅菌された状態のものであることが好ましい。その際、滅菌の方法は特に限定されるものではなく、常法であるエチレンオキサイド(EO)ガス滅菌、ガンマ線滅菌、UV滅菌、電子線滅菌、熱滅菌、アルコール滅菌のいずれか、若しくは2種以上を併用して滅菌しても良い。
【0021】
さらに、今日、手術、治療中に患者の体液や血液が付着した治具は1回だけ使用して廃棄処分することが一般的となってきた。従って、本発明の創傷治療用治具もディスポーザブルタイプのものの方が好ましい。
【0022】
本発明で得られる創傷治療用治具であれば、本発明によれば、局所ではなく全身の創部を容易に密閉し、かつ、陰圧をかけることができるようになること、体内からの滲出液の吸引や外力に耐えうる吸引圧そのものにより半永久的な密着性が得られること、陰圧空間を作り出し,汚染された排液を体外に排出することで、細菌の侵入、繁殖を抑え、感染を制御することができるようになること、フィルム越しに、創部の観察ができること、消毒やガーゼ交換が不要であり、患者の苦痛が軽減され、また、医療費の削減にもつながること、創の更なる治癒促進が望めること、広範囲の熱傷のみならず、皮膚移植の固定時にも応用できること、さらには、移植する皮膚片が生着し移植が成功する確率が著しく向上すること等、多くの効果が期待される。
【実施例】
【0023】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0024】
以下の本発明の創傷治療用治具を適用した臨床結果に示すように、本発明により、熱傷などの皮膚潰瘍や組織欠損による創傷を効果的に治療することができることが確認された。本実施例は、災害医療センターにおいて規定される基準を遵守し治療を行った。
【実施例1】
【0025】
(症例1)
55歳、男性。
(主訴)
広範囲熱傷,気道熱傷
(既往歴)
不整脈
(初診時現症)
顔面、両側手部、下腹部、腰部、会陰部、臀部、両側大腿前面、左下腿、両足部にIII度27%、後頭部、背部にII度2%の熱傷創(Lund&Browder;%TBSA=29%、BI=28、PBI=83)と重度の気道熱傷を認めた。
(治療経過)
受傷3日目に熱傷創に対して手術を行い、その際、会陰部の創管理を簡便にすべく、人工肛門造設術も行った。その後、熱傷創に対して手術を4回行い、創は縮小傾向にあった。受傷59日目に残存する会陰部(肛門周囲)の創に対して植皮手術を行い、植皮部のドレッシングは陰圧閉鎖療法を併用することとした。
(陰圧閉鎖療法の併用とその方法)
植皮後に創傷被覆材であるソフラチュール▲R▼(サノフィ・アベンティス社)、ハイドロサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付し、その上から、ガス滅菌処理した非粘着性ポリエチレンフィルムを会陰部を覆うように『ショートパンツ型』に加工し、辺縁、皮膚との連結部分を粘着性フィルムのオプサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付することで密閉性を獲得した。また、頭側、両鼠径部から、陰圧にするための吸引チューブとしてJ−VACドレーン▲R▼(ジョンソンエンドジョンソン社)をフィルム内、ハイドロサイト▲R▼上に2本留置し、ドレーン留置基部も密閉性が損なわれないようにオプサイト▲R▼を厳重に貼付した。2本の吸引チューブから125mmHg相当の陰圧を病室に備え付けられた吸引器で持続的に掛けることにより、陰圧閉鎖療法を行った。
陰圧閉鎖療法は、創部の感染徴候がなく、陰圧が持続的に効いていることを条件に、1週間継続、交換を行った。
(陰圧閉鎖療法後の経過)
移植した皮膚は1週間で生着しており、移植した皮膚が生着した後も陰圧閉鎖療法を行うことにより周囲からの良好な上皮化が認められた。陰圧閉鎖療法中に感染徴候は認めず、フィルム辺縁のテープの剥離により数回密閉性が損なわれたが、同部にオプサイト▲R▼を貼付することによって、簡単に補修でき、密閉性を保持することができ、効果的な陰圧を掛けることができた。
【実施例2】
【0026】
(症例2)
73歳、男性。
(主訴)
広範囲熱傷,気道熱傷
(既往歴)
本態性痙攣、前立腺肥大症
(初診時現症)
顔面左側、頭部左側、頚部、左前側胸部、左上肢にIII度30%の熱傷創(Lund&Browder;%TBSA=30%、BI=30、PBI=102)と軽度の気道熱傷を認めた。
(治療経過)
受傷2日目に熱傷創に対して手術を行った。その後、軟膏処置を行ったが、移植した皮膚の生着は40%ほどであり、創の縮小を目的として、皮膚移植を検討したが創部の肉芽組織の生成は不十分であり、皮膚移植前の創の肉芽組織生成を目的として、体幹部と左上肢の陰圧閉鎖療法を行うこととした。また、肉芽組織の生成が充分となった時点で皮膚移植を検討し、早期からのリハビリ開始と移植皮膚の良好な生着並びに移植皮膚周囲からの上皮化促進を目的にそのドレッシングは陰圧閉鎖療法で行うこととした。
(陰圧閉鎖療法の併用とその方法)
体幹、左上肢の創面にハイドロサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付し、その上から、ガス滅菌処理した非粘着性ポリエチレンフィルムを体幹、左腋窩、左上肢を覆うように『長袖Tシャツ型』に加工し、辺縁、皮膚との連結部分を粘着性フィルムのオプサイト▲R▼(スミスアンドネフュー社)を貼付することで密閉性を獲得した。また、尾側、腹前面と左上肢末梢から、陰圧にするための吸引チューブとしてJ−VACドレーン▲R▼(ジョンソンエンドジョンソン社)をフィルム内、ハイドロサイト▲R▼上に計3〜4本留置し、ドレーン留置基部も密閉性が損なわれないようにオプサイト▲R▼を厳重に貼付した。3〜4本の吸引チューブから125mmHg相当の陰圧を病室に備え付けられた吸引器で持続的に掛けることにより、陰圧閉鎖療法を行った。
陰圧閉鎖療法は、創部の感染徴候がなく、陰圧が持続的に効いていることを条件に、1週間継続、交換を行った。
また、皮膚移植後も、移植皮膚の上に創傷被覆材であるソフラチュール▲R▼(サノフィ・アベンティス社)を貼付した後は、同様にドレッシングを行い、陰圧閉鎖療法を行った。
(陰圧閉鎖療法後の経過)
皮膚を移植する前の創の肉芽組織の生成は良好であり、2週間の陰圧閉鎖療法の後、左腰部からの皮膚移植を行った。その際も、陰圧閉鎖療法を行い、移植した皮膚は1週間で生着しており、移植した皮膚が生着した後も陰圧閉鎖療法を行うことにより周囲からの良好な上皮化が認められた。陰圧閉鎖療法中に感染徴候は認めず、フィルム辺縁のテープの剥離により数回密閉性が損なわれたが、同部にオプサイト▲R▼を貼付することによって、簡単に補修でき、密閉性を保持することができ、効果的な陰圧を掛けることができた。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明に示される創傷治療用治具を利用することで大関節を含む体位変換を伴う熱傷部位の創傷治癒を効率良く行えるようになる。また、本発明で提供される全身皮膚熱傷、潰瘍の治癒を促進するための持続陰圧閉鎖装置付きのショートパンツ型、Tシャツ型、全身スーツ型、手袋型、靴下型、もしくはその組み合わせのフィルムを利用することで治療側、患者側双方の負担も著しく軽減される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具。
【請求項2】
熱傷部位への治療が体位変換を伴うものである、請求項1記載の創傷治療用治具。
【請求項3】
熱傷部位が腋窩、肩関節、会陰部、頚部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせである、請求項1、2のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
【請求項4】
創傷治療用治具が上半身、下半身、腰部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせた部位、もしくは全身を覆うものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
【請求項5】
創傷治療用治具が1つ以上の開口部を有する袋状のものである、請求項1〜4のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
【請求項6】
使い捨て可能なものである、請求項1〜5のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
【請求項1】
大関節を含む熱傷部位へ陰圧閉鎖治療を行うための創傷治療用治具。
【請求項2】
熱傷部位への治療が体位変換を伴うものである、請求項1記載の創傷治療用治具。
【請求項3】
熱傷部位が腋窩、肩関節、会陰部、頚部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせである、請求項1、2のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
【請求項4】
創傷治療用治具が上半身、下半身、腰部のいずれか、もしくはこれらの組み合わせた部位、もしくは全身を覆うものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
【請求項5】
創傷治療用治具が1つ以上の開口部を有する袋状のものである、請求項1〜4のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
【請求項6】
使い捨て可能なものである、請求項1〜5のいずれか1項記載の創傷治療用治具。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−251105(P2011−251105A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141027(P2010−141027)
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【出願人】(510173513)
【出願人】(510173524)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【出願人】(510173513)
【出願人】(510173524)
【Fターム(参考)】
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