説明

間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法、平滑筋移植材の製造方法および平滑筋移植材

【課題】患者への負担を軽減しながら十分な量の平滑筋細胞を得る。
【解決手段】間葉系幹細胞を繊維芽細胞と接触させた状態で培養する培養ステップS4を備える間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法を提供する。また、間葉系幹細胞を繊維芽細胞と接触させた状態で培養する培養ステップS4と、該培養ステップS4によって間葉系幹細胞から分化した平滑筋細胞を回収する回収ステップS5とを備える平滑筋移植材の製造方法を提供する。また、上記平滑筋移植材の製造方法により製造された平滑筋移植材を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法、平滑筋移植材の製造方法および平滑筋移植材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、脂肪由来幹細胞を目的の部位の分化した細胞(成熟細胞)と混合して培養することにより、脂肪由来幹細胞を分化させる方法が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2007−507202号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、成熟細胞の数に対して分化させることができる幹細胞の数は限られている。したがって、特許文献1の場合、例えば、目的の部位が病変していて正常な成熟細胞の存在する領域が限られていたり、目的の部位の成熟細胞が元々わずかしか存在しなかったりする場合、必要な量の成熟細胞を確保することが難しいため、幹細胞から分化させて得られる細胞の量に限界がある。また、そのような部位から成熟細胞を採取することによる患者の負担も大きい。特に、必要な成熟細胞が、平滑筋細胞のように体外で培養して増殖させることが困難な細胞である場合、必要な量の細胞を幹細胞から分化させて得ることが非常に難しい。
【0005】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、患者への負担を軽減しながら十分な量の平滑筋細胞を得ることができる間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法、平滑筋移植材の製造方法および平滑筋移植材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、間葉系幹細胞を繊維芽細胞と接触させた状態で培養する培養ステップを備える間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法を提供する。
本発明によれば、培養ステップにおいて繊維芽細胞が間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化を誘導することにより、平滑筋細胞を得ることができる。この場合に、繊維芽細胞は、入手が容易であり、また、生体内から採取する場合でも生体内に豊富に存在するため十分な量を確保可能である。したがって、患者への負担を軽減しながら十分な量の平滑筋細胞を得ることができる。
【0007】
上記発明においては、前記間葉系幹細胞が、脂肪組織から分離された脂肪由来幹細胞であってもよい。
このようにすることで、脂肪組織は、生体内に豊富に存在するうえ採取が比較的容易であり、さらに間葉系幹細胞を比較的豊富に含んでいるので、間葉系幹細胞の採取に伴う患者への負担を軽減することができる。
【0008】
また、上記発明においては、前記繊維芽細胞が、株化された培養細胞であってもよい。
このようにすることで、患者から組織を採取することなく繊維芽細胞を豊富に確保することができる。
また、上記発明においては、前記繊維芽細胞が、脂肪組織または皮下組織から分離された細胞であってもよい。
このようにすることで、繊維芽細胞の採取に伴う患者への負担を軽減することができる。
【0009】
また、本発明は、間葉系幹細胞を繊維芽細胞と接触させた状態で培養する培養ステップと、該培養ステップによって前記間葉系幹細胞から分化した平滑筋細胞を回収する回収ステップとを備える平滑筋移植材の製造方法を提供する。
本発明によれば、培養ステップによって間葉系幹細胞から分化した平滑筋細胞を回収ステップにおいて回収することにより、患者への負担を軽減しながら十分な量の平滑筋細胞を含む平滑筋移植材を製造することができる。
【0010】
上記発明においては、前記培養ステップの前に、培養容器の底面上に前記繊維芽細胞からなる繊維芽細胞層を形成する繊維芽細胞層形成ステップを備え、前記培養ステップが、前記培養容器内で前記間葉系幹細胞を培養してもよい。
このようにすることで、間葉系幹細胞を繊維芽細胞と効率良く接触させて間葉系幹細胞の分化効率を向上することができる。
【0011】
また、上記発明においては、前記培養ステップが、培養温度より低い下限臨界溶解温度を有するポリマにより底面が被覆された培養容器内で前記間葉系幹細胞を前記培養温度で培養し、前記回収ステップが、前記培養容器を前記培養温度より低い温度に冷却させることにより前記平滑筋細胞を前記底面から剥離させて回収してもよい。
【0012】
このようにすることで、タンパク質分解酵素などの薬剤を添加することなく平滑筋移植材を製造することができる。また、これにより培養中に細胞が分泌した細胞外基質が分解されることなく残るので、生体に移植されたときに細胞外基質が接着剤として働くことにより生体への生着効率を向上することができる。また、培養容器内に繊維芽細胞層を形成した場合には、シート形状の平滑筋移植材を容易に製造できる。
【0013】
また、上記発明においては、前記培養ステップが、細胞非接着性の底面を有する培養容器内で前記間葉系幹細胞を培養してもよい。
このようにすることで、間葉系幹細胞および繊維芽細胞は底面に接着せずに細胞同士で互いに接着して細胞凝集塊を形成する。これにより、間葉系幹細胞および繊維芽細胞の細胞外基質の分泌が促されるとともに、分化した平滑筋細胞がタンパク質分解酵素を使用せずに培養容器内から回収されるので、生体に移植したときの生着効率を向上することができる。
【0014】
また、上記発明においては、前記培養容器が、略均一に分布する複数の凹部を底面に有していてもよい。
このようにすることで、略均一な数の間葉系幹細胞および繊維芽細胞が各凹部に集合するので、各細胞凝集塊に含まれる平滑筋細胞の数を略均一に揃えることができる。また、平滑筋移植材として細胞凝集塊の分散液が製造されるので、平滑筋移植材を注射によって容易に移植できる。
【0015】
また、上記発明においては、前記培養容器は、前記間葉系幹細胞および前記繊維芽細胞の移動を制限する仕切りによって底面が複数の区画に分画されていてもよい。
このようにすることで、比較的小さく分割されたシート形状で、または、細胞凝集塊の分散液として平滑筋移植材が製造されるので、平滑筋移植材を注射によって容易に移植することができる。
【0016】
また、上記発明においては、前記培養ステップの後に前記繊維芽細胞を除去する繊維芽細胞除去ステップを備えていてもよい。
このようにすることで、平滑筋細胞の純度を向上し、移植したときの治療効果を向上することができる。
また、本発明は、上記いずれかに記載の平滑筋移植材の製造方法により製造された平滑筋移植材を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、患者への負担を軽減しながら十分な量の平滑筋細胞を得ることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施形態に係る間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法を示すフローチャートである。
【図2】播種ステップにおける培養容器内を模式的に示した図である。
【図3】培養ステップにおける培養容器内を模式的に示した図である。
【図4】繊維芽細胞層の変形例および培養容器の変形例を示す図である。
【図5】培養容器のもう1つ変形例を示す図である。
【図6】脂肪由来幹細胞を繊維芽細胞と共に4日間培養したときの脂肪由来幹細胞の蛍光染色画像である。
【図7】脂肪由来幹細胞を繊維芽細胞と共に4日間培養したときのαSMAの蛍光染色画像である。
【図8】脂肪由来幹細胞を繊維芽細胞または骨格筋細胞と共に培養したときの、平滑筋細胞に分化した脂肪由来幹細胞の割合を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の一実施形態に係る間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法、平滑筋移植材の製造方法および平滑筋移植材について、図1〜図5を参照して説明する。
本実施形態に係る平滑筋移植材の製造方法は、図1に示されるように、培養容器1の底面上に繊維芽細胞層2を形成する繊維芽細胞層形成ステップS1と、一定期間経過後に繊維芽細胞Aが死滅するように繊維芽細胞Aを抗生物質で処理する繊維芽細胞除去ステップS2と、培養容器1に間葉系幹細胞Bを播種する播種ステップS3と、培養容器1内で繊維芽細胞Aと共に間葉系幹細胞Bを培養する培養ステップS4と、該培養ステップS4において間葉系幹細胞Bから分化した平滑筋細胞Cを回収する回収ステップS5とを備えている。
【0020】
本実施形態に係る間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法は、培養ステップS4に相当する。
本実施形態においては、間葉系幹細胞Bとして、患者の脂肪組織から抽出した脂肪由来幹細胞Bを用いることとするが、例えば、患者の骨髄などの他の組織由来の間葉系幹細胞も同様に用いることができる。
【0021】
繊維芽細胞層形成ステップS1は、繊維芽細胞Aを培養容器1内でコンフルエントな状態まで培養することにより行われる。繊維芽細胞Aは、通常の培養条件、すなわち、培養温度37℃、二酸化炭素濃度5%の環境で培養される。これにより、培養容器1の底面が略全体にわたって繊維芽細胞層2により覆われる。繊維芽細胞Aとしては、患者の皮下組織や脂肪組織から抽出して培養により増殖させたものを用いてもよく、NIH3T3細胞などの株化された培養細胞を用いてもよい。繊維芽細胞Aを脂肪組織から抽出する場合は、脂肪組織を消化酵素で分解することにより脂肪組織から脂肪由来細胞群を分離し、分離した脂肪由来細胞群から抗CD34抗体に陰性かつ抗CD90抗体に陽性の細胞を選択することにより、繊維芽細胞Aを抽出できる。
【0022】
ここで、培養容器1としては、温度応答性培養容器が用いられる。温度応答性培養容器は、繊維芽細胞層形成ステップS1および後述する培養ステップS4における培養温度より低い下限臨界溶解温度を有する温度応答性ポリマ(ポリマ)により、底面が被覆されている。温度応答性培養容器内で繊維芽細胞Aをコンフルエントな状態まで増殖させた後、温度応答性培養容器の温度を下限臨界溶解温度より低い温度まで下降させることにより、繊維芽細胞層2が底面上に浮いた状態となる。これにより、繊維芽細胞層2をシート形状のまま底面から容易に剥がして回収することができる。
【0023】
また、培養容器1の底面は、細胞非接着性の材料からなる格子状のグリッド(グリッド)3が設けられている。繊維芽細胞および脂肪由来幹細胞Bは、グリッド3上を避けて移動および増殖するので、後述する培養ステップS4において、グリッド3によって分画された各区画内において増殖する。これにより、培養容器1の温度を温度応答性ポリマの下限臨界溶解温度より低い温度まで下降させたときに、小さく分割された複数の細胞シートが底面上に浮く。細胞非接着性の材料としては、例えば、エチレングリコール誘導体が用いられる。
【0024】
繊維芽細胞除去ステップS2は、繊維芽細胞Aがコンフルエントな状態まで増殖した後、培養容器1に抗生物質を添加することにより行われる。これにより、繊維芽細胞Aは分裂が阻害され、抗生物質が投与されてから一定期間経過後に死滅する。抗生物質としては、例えば、マイトマイシンが用いられる。繊維芽細胞Aを、例えば、10μg/mlの抗生物質で2時間処理した後、培地Dを交換することにより抗生物質は除去される。
【0025】
播種ステップS3は、繊維芽細胞層形成ステップS1により形成された繊維芽細胞層2上に脂肪由来幹細胞Bを播種した後、繊維芽細胞層2上に接着した脂肪由来幹細胞Bの上から繊維芽細胞からなる細胞シートをかぶせることにより行われる。これにより、図2に示されるように、脂肪由来幹細胞Bが、繊維芽細胞Aによって上下方向に挟まれ、繊維芽細胞Aと密に接触させられた状態になる。繊維芽細胞Aからなる細胞シートは、他の温度応答性培養容器内で繊維芽細胞Aをコンフルエントな状態まで増殖させた後に、形成された繊維芽細胞層を温度応答性培養容器の底面から剥離することにより作成される。
【0026】
培養ステップS4は、通常の細胞培養に用いられる条件で脂肪由来幹細胞Bと繊維芽細胞Aを培養することにより行われる。具体的には、培地Dとして10%FBSを添加したDMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)を用い、培養温度37℃、二酸化炭素濃度5%の環境で、脂肪由来幹細胞Bと繊維芽細胞Aを培養する。これにより、図3に示されるように、脂肪由来幹細胞Bは、繊維芽細胞Aによって平滑筋細胞Cへの分化が誘導される。
【0027】
ここで、繊維芽細胞Aおよび脂肪由来幹細胞Bが互いに密に接着した状態で培養されることにより、これらの細胞A,Bから細胞外基質が盛んに分泌される。分泌された細胞外基質は、生体内に移植されたときに生体内の組織との接着剤として働くことにより、平滑筋移植材の生着効率を向上させる。
【0028】
回収ステップS5は、培養容器1内の培地Dを生理食塩水などの溶媒に交換した後、培養容器1の温度を下限臨界溶解温度より低い温度まで下降させ、溶媒中に浮いた細胞シートを溶媒と共に注射器などで吸引することにより行われる。これにより、平滑筋細胞Cを含む比較的小さな細胞シートが溶媒に懸濁された本実施形態に係る平滑筋移植材を製造することができる。
【0029】
このようにして製造された平滑筋移植材の移植は、例えば、食道や膀胱などの臓器の粘膜層または粘膜下層に注射することにより行われる。このときに、細胞シートが比較的小さく分割されているので、細径の注射針を使用した場合でもスムーズに平滑筋移植材を移植することができる。また、細胞シートに含まれる繊維芽細胞Aは時間の経過に伴って死滅することにより、移植後に平滑筋移植材の平滑筋細胞Cの純度が高まり、平滑筋移植材による治療効果を向上することができる。
【0030】
ここで、平滑筋の一部が病変していたりその一部を切除したりした場合など、同じ部位から平滑筋細胞を採取することは患者の負担を増大させるため、採取できる平滑筋細胞の量は少量に限られる。また、平滑筋細胞の場合、採取後に体外で培養により増殖させることは困難である。したがって、従来の、患者から採取した平滑筋細胞により幹細胞の平滑筋細胞への分化を誘導させる方法では、分化させることができる幹細胞の量が少量に限られ、十分な量の平滑筋細胞を得ることが難しかった。
【0031】
これに対して、本実施形態によれば、生体内に比較的豊富に存在し生体内からの採取が比較的容易な脂肪組織から抽出された脂肪由来幹細胞Bと、入手が容易な繊維芽細胞Aとを使用して平滑筋移植材が製造される。したがって、患者の体内から平滑筋細胞を採取することが困難な場合でも、治療に十分な量の平滑筋細胞Cを含んだ平滑筋移植材を製造することができるとともに、細胞の採取による患者への負担を軽減することができる。
【0032】
また、温度応答性培養容器を使用することにより、トリプシンなどのタンパク質分解酵素を使用せずに、細胞A,Cを培養容器1から回収することができる。したがって、培養ステップS4において細胞A,Bから分泌された細胞外基質が分解されることなく残されるので、生体内に移植したときの平滑筋移植材の生着効率を向上することができる。
【0033】
なお、本実施形態においては、繊維芽細胞層形成ステップS1において、繊維芽細胞Aをコンフルエントな状態まで増殖させることにより繊維芽細胞層2を形成することとしたが、これに代えて、図4に示されるように、細胞外基質からなるゲルEに繊維芽細胞Aを包埋することにより繊維芽細胞層2を形成してもよい。ゲルEとしては、細胞外基質を主成分とし、ゾル−ゲル転移温度が37℃より低いもの、例えば、コラーゲンゲル、アルギン酸ゲル、フィブリンゲルなどが用いられる。
【0034】
この場合、繊維芽細胞層2は、繊維芽細胞を懸濁したゾルを培養容器1内に収容した後、温度を37℃まで上昇させることにより形成することができる。
このようにすることで、繊維芽細胞Aをコンフルエントになるまで培養する必要がなくなり、繊維芽細胞層2の形成に要する時間を短縮することができる。
また、この場合、回収ステップS5において、平滑筋細胞が接着したゲルEを小さく分割した状態で回収できるように、培養容器1内を複数の区画に分画する仕切り4が設けられていてもよい。
【0035】
また、本実施形態においては、播種ステップS3において、脂肪由来幹細胞Bを繊維芽細胞層2と繊維芽細胞シートとの間に挟むこととしたが、脂肪由来幹細胞Bを繊維芽細胞と効率的に接触させることができれば、他の方法によりこれらの細胞A,Bを播種してもよい。
例えば、脂肪由来幹細胞Bと繊維芽細胞Aとを予め混合し、これらの細胞A,Bを同時に培養容器1内に播種してもよい。この場合、細胞A,B同士が効率良く接着するように、コラーゲン、アルギン酸またはフィブリンなどの細胞外基質の成分からなるゲルに細胞A,Bを混合した状態で播種することが好ましい。
【0036】
また、本実施形態においては、培養容器1として、温度応答性培養容器を使用することとしたが、これに代えて、少なくとも底面が、細胞が接着しにくい非細胞接着性の材料でコートされたものを用いることとしてもよい。このようにすることで、培養容器1内に播種された脂肪由来幹細胞Bおよび繊維芽細胞Aは、底面に接着せずに、細胞A,B同士で互いに接着して細胞凝集塊を形成する。この場合、平滑筋移植材として、細胞凝集塊が溶媒に懸濁されたものが製造される。
【0037】
これにより、繊維芽細胞層2を形成しなくても、脂肪由来幹細胞Bと繊維芽細胞Aとを効率良く接触させた状態で培養して脂肪由来細胞Bの平滑筋細胞Cへの分化を効率良く誘導することができるとともに、脂肪由来幹細胞Bと繊維芽細胞Aによる細胞外基質の分泌を促すことができる。また、回収ステップS5においてタンパク質分解酵素を使用せずに細胞A,Cを回収できるので、温度応答性培養容器を使用したときと同様に、平滑筋移植材の生着効率を向上することができる。
【0038】
細胞非接着性の材料で底面が被覆された培養容器1を使用する場合、細胞凝集塊の大きさが比較的小さな寸法で略均一に揃うように、図4に示されるように、培養容器1内に仕切り4が設けられている、または、図5に示されるように、底面に略均一に分布する凹部5を形成されていることが好ましい。これにより、平滑筋移植材を注射器を使用して生体に移植する場合に、注射針が詰ったりすることなく、スムーズに移植することができる。
【0039】
また、本実施形態においては、繊維芽細胞除去ステップS2において、繊維芽細胞Aに抗生物質を投与することにより繊維芽細胞Aを除去することとしたが、他の方法により繊維芽細胞Aを除去してもよい。
例えば、回収ステップS5で回収した繊維芽細胞Aおよび平滑筋細胞Cをトリプシンで処理することにより単一細胞に分散させ後、新しい培養容器1内で短時間、例えば、30分間、培養することにより、繊維芽細胞除去ステップS2が行われてもよい。このときに用いる培養容器1は、繊維芽細胞Aの接着性を向上するために、ゼラチンなどによって底面が被覆されていることが好ましい。
【0040】
これにより、接着力の強い繊維芽細胞Aは培養容器1の底面に十分に強く接着し、繊維芽細胞Aに比べて接着力の弱い平滑筋細胞Cは培養容器1の底面に接着せずに培地D内で浮遊したままとなる。したがって、短時間の培養の後に培地Dを回収することにより、繊維芽細胞Aを培養容器1内に残して平滑筋細胞Cを選択的に回収することができる。
【0041】
あるいは、繊維芽細胞除去ステップS2は、回収ステップS5で回収した細胞群から、抗体を使用して繊維芽細胞Aを除去することにより行われてもよい。この場合は、抗CD34抗体に陰性かつ抗CD90抗体に陽性の細胞を繊維芽細胞Aとして除去すればよい。
【実施例】
【0042】
次に、上述した実施形態の実施例について、図6〜図8を参照して説明する。
繊維芽細胞により脂肪由来幹細胞の平滑筋細胞への分化が誘導されることを確かめるため、本発明の実施例として以下の実験を行った。
まず、24ウェルのプレートの各ウェル内で繊維芽細胞を2〜4日間、コンフルエントになるまで培養し、各ウェルの底面上に形成された繊維芽細胞層を層状のまま剥離することにより、繊維芽細胞シートを作成した。作成した繊維芽細胞シートを、直径35mmの培養容器内に敷き、その上にGFP(緑色蛍光タンパク質)で標識した脂肪由来幹細胞の懸濁液を5〜10μl滴下し、滴下した懸濁液の上からもう1枚の繊維芽細胞シートをかぶせた。そして、10%FBSを添加したDMEM内で、温度37℃、二酸化炭素濃度5%の環境で培養した。
【0043】
培養後、平滑筋細胞に特異的に発現するタンパク質であるαSMA(平滑筋α−アクチン)を蛍光色素で標識し、蛍光顕微鏡で観察した。その観察結果を図6および図7に示す。図6および図7は、4日間培養後のGFPまたはαSMAの蛍光画像であり、同一視野の画像である。
【0044】
図6および図7に示されるように、脂肪由来幹細胞を繊維芽細胞と共に培養した場合、GHPとαSMAの強い蛍光が同一の位置において観察された(図中の破線で囲まれた領域を参照。)。すなわち、脂肪由来幹細胞から分化した平滑筋細胞が確認された。このことから、脂肪由来幹細胞は、繊維芽細胞と共に培養されることにより平滑筋細胞に誘導されることが確認された。
【0045】
図8は、脂肪由来幹細胞を繊維芽細胞と共に培養したときの脂肪由来幹細胞の分化効率について、さらに詳しく解析したものである。本発明の実施例の比較例として、繊維芽細胞に代えて骨格筋細胞を用いた場合についても、同様の条件で解析を行った。本発明の実施例および比較例の実験方法において、4日間および7日間脂肪由来幹細胞を培養したときの、GFP陽性細胞およびαSMA陽性細胞の数を計測し、GFP陽性細胞数に対するαSMA陽性細胞の割合を算出した。すなわち、播種した脂肪由来幹細胞のうち、平滑筋細胞に分化した細胞数の割合を評価した。
【0046】
その結果、本発明の実施例においては、4日間培養した場合には30%弱が、7日間培養した場合には40%弱の脂肪由来幹細胞が平滑筋細胞に分化したことが確認された。一方、比較例においては、わずかに平滑筋細胞への分化が確認されたものの、7日間培養した場合でも約5%と平滑筋細胞へ分化する割合は低かった。これらの結果から、繊維芽細胞と共に培養することにより、脂肪由来幹細胞が十分に高い効率で平滑筋細胞に分化することが確認された。
【符号の説明】
【0047】
1 培養容器
2 繊維芽細胞層
3 グリッド(仕切り)
4 仕切り
5 凹部
S1 繊維芽細胞層形成ステップ
S2 繊維芽細胞除去ステップ
S3 播種ステップ
S4 培養ステップ
S5 回収ステップ
A 繊維芽細胞
B 脂肪由来幹細胞(間葉系幹細胞)
C 平滑筋細胞
D 培地
E ゲル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
間葉系幹細胞を繊維芽細胞と接触させた状態で培養する培養ステップを備える間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法。
【請求項2】
前記間葉系幹細胞が、脂肪組織から分離された脂肪由来幹細胞である請求項1に記載の間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法。
【請求項3】
前記繊維芽細胞が、株化された培養細胞である請求項1に記載の間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法。
【請求項4】
前記繊維芽細胞が、脂肪組織または皮下組織から分離された細胞である請求項1に記載の間葉系幹細胞の平滑筋細胞への分化方法。
【請求項5】
間葉系幹細胞を繊維芽細胞と接触させた状態で培養する培養ステップと、
該培養ステップによって前記間葉系幹細胞から分化した平滑筋細胞を回収する回収ステップとを備える平滑筋移植材の製造方法。
【請求項6】
前記培養ステップの前に、培養容器の底面上に前記繊維芽細胞からなる繊維芽細胞層を形成する繊維芽細胞層形成ステップを備え、
前記培養ステップが、前記培養容器内で前記間葉系幹細胞を培養する請求項5に記載の平滑筋移植材の製造方法。
【請求項7】
前記培養ステップが、培養温度より低い下限臨界溶解温度を有するポリマにより底面が被覆された培養容器内で前記間葉系幹細胞を前記培養温度で培養し、
前記回収ステップが、前記培養容器を前記培養温度より低い温度に冷却させることにより前記平滑筋細胞を前記底面から剥離させて回収する請求項5または請求項6に記載の平滑筋移植材の製造方法。
【請求項8】
前記培養ステップが、細胞非接着性の底面を有する培養容器内で前記間葉系幹細胞を培養する請求項5に記載の平滑筋移植材の製造方法。
【請求項9】
前記培養容器が、略均一に分布する複数の凹部を底面に有する請求項8に記載の平滑筋移植材の製造方法。
【請求項10】
前記培養容器は、前記間葉系幹細胞および前記繊維芽細胞の移動を制限する仕切りによって底面が複数の区画に分画されている請求項7または請求項8に記載の平滑筋移植材の製造方法。
【請求項11】
前記培養ステップの後に前記繊維芽細胞を除去する繊維芽細胞除去ステップを備える請求項5に記載の平滑筋移植材の製造方法。
【請求項12】
請求項5から請求項11のいずれかに記載の平滑筋移植材の製造方法により製造された平滑筋移植材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−235730(P2012−235730A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106551(P2011−106551)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】