説明

間葉系幹細胞の骨分化判定用マーカーおよび間葉系幹細胞の骨分化判定方法

【課題】間葉系幹細胞の骨分化過程を正確に判定するためのマーカーおよび当該マーカーを用いた間葉系幹細胞の骨分化判定方法を提供する。
【解決手段】ある特定の糖鎖構造(配列)を持つ糖鎖からなる間葉系幹細胞の骨分化判定用マーカー、及び、間葉系幹細胞から分化誘導された細胞による前記糖鎖からなる骨分化判定用マーカーの発現を検知し又は発現量を測定し、その検知結果又は測定結果に基づいて骨分化の状態を判定する、間葉系幹細胞の骨分化判定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、間葉系幹細胞の骨分化判定用マーカーおよび当該骨分化判定用マーカーを用いた間葉系幹細胞の骨分化判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞の分化を評価する方法としては、細胞形態や酵素活性等の細胞機能による細胞分化確認、及び、細胞が特異的に有するタンパク質、ペプチド類等の細胞分化マーカーの発現量を測定する方法等が知られている。
【0003】
特許文献1には、間葉系幹細胞から分化誘導させて得られた骨芽細胞を金属製不織布状ファイバーからなる基材に加えて得られる骨芽細胞−基材複合体が開示されており、間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化をアルカリホスファターゼ活性の測定によって判定し、骨芽細胞の骨化をカルシウム量及びオステオカルシン量の測定によって判定し、骨組織の発生をμCTによる細胞形態の画像解析によって確認している。
【0004】
しかしながら、アルカリホスファターゼの産生は骨分化特異的ではなく、オステオカルシンはin vitroでの発現量が極めて少なく、カルシウム量の測定及び細胞形態観察等と併用しても、正確な骨分化判定は困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−289734号公報
【0006】
【非特許文献1】Eriebacher, A.ら、Cell 80:371-378(1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記問題点を解消するためになされたものであって、間葉系幹細胞の骨分化過程を正確に判定するためのマーカーおよび当該マーカーを用いた間葉系幹細胞の骨分化判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的は、下記発明(1)〜(4)により達成される。
(1)下記構造式(1)で表される糖鎖構造(配列)を持つ糖鎖(1)からなる、間葉系幹細胞の骨分化判定用マーカー。
【0009】
【化1】

(2)間葉系幹細胞から分化誘導された細胞による前記糖鎖(1)からなる骨分化判定用マーカーの発現を検知し又は発現量を測定し、その検知結果又は測定結果に基づいて骨分化の状態を判定する、間葉系幹細胞の骨分化判定方法。
(3)下記構造式(2)〜(5)で表される糖鎖構造(配列)を持つ糖鎖(2)〜(5)からなる骨分化判定用マーカーから選ばれる少なくとも一つについて、その発現を検知し又は発現量を測定し、その検知結果又は測定結果を、前記糖鎖(1)からなる骨分化判定用マーカーについての検知結果又は測定結果と組み合わせて骨分化の状態を判定する、上記(2)に記載の間葉系幹細胞の骨分化判定方法。
【0010】
【化2】

【0011】
【化3】

【0012】
【化4】

【0013】
【化5】

(4)前記間葉系幹細胞から分化誘導された細胞が、培養細胞又は生体から採取された細胞である、上記(2)又は(3)に記載の間葉系幹細胞の骨分化判定方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、間葉系幹細胞が骨分化した際に特徴的に発現する糖鎖を特定し、当該糖鎖を骨分化判定用のマーカーとして、その発現を検知し又は発現量を測定し、未分化細胞からの発現量と比較することにより、間葉系幹細胞の骨分化過程を正確に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】MC3T3−E1細胞のアルカリホスファターゼ活性量の測定結果についてまとめたグラフである。
【図2】MC3T3−E1細胞のカルシウム沈着量の測定結果についてまとめたグラフである。
【図3】実施例で得られたMC3T3−E1細胞のMALDI−TOF−MSによる糖鎖の質量分析結果についてまとめたグラフである。
【図4】比較例で得られたMC3T3−E1細胞のMALDI−TOF−MSによる糖鎖の質量分析結果についてまとめたグラフである。
【図5】実施例及び比較例で得られたMC3T3−E1細胞のMALDI−TOF−MSによる糖鎖の質量分析結果についてまとめたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の間葉系幹細胞の骨分化判定用マーカーおよび当該骨分化判定用マーカーを用いた間葉系幹細胞の骨分化判定方法について詳しく説明する。
【0017】
細胞表面に存在している糖鎖は、認識分子として機能するなど細胞の高次な生命機能の発現に重要な役割を果たしている。本発明者は、間葉系幹細胞は、骨分化する前に比べて、骨分化後に下記構造式(1)で表される糖鎖構造(配列)を持つ糖鎖(1)が発現し、当該糖鎖(1)が間葉系幹細胞の骨分化判定用マーカーとなることを見出した。
なお、糖鎖(1)の構造を、糖鎖組成の表現形式で表すと共に、糖鎖組成の簡略表記、及び、化学構造式によっても表示する。
【0018】
【化6】

【0019】
【化7】

【0020】
【化8】

【0021】
上記構造式(1)で表される糖鎖構造(配列)は、分子量2684であることを特徴とする。
【0022】
また、前記糖鎖(1)からなる骨分化判定用マーカーについての検知結果又は測定結果と、下記構造式(2)〜(5)で表される糖鎖構造(配列)を持つ糖鎖(2)〜(5)からなる骨分化判定用マーカーから選ばれる少なくとも一つについての検知結果又は測定結果とを組み合わせて、骨分化の状態を判定することができる。
糖鎖(2)〜(5)は、前記糖鎖(1)と同様にして、骨分化する前の間葉系幹細胞に比べて、骨分化後の細胞において発現する。
【0023】
【化9】

【0024】
【化10】

【0025】
【化11】

【0026】
上記構造式(2)で表される糖鎖構造(配列)は、分子量2522であることを特徴とする。
【0027】
【化12】

【0028】
【化13】

【0029】
【化14】

【0030】
上記構造式(3)で表される糖鎖構造(配列)は、分子量2827であることを特徴とする。
【0031】
【化15】

【0032】
【化16】

【0033】
【化17】

【0034】
上記構造式(4)で表される糖鎖構造(配列)は、分子量2217であることを特徴とする。
【0035】
【化18】

【0036】
【化19】

【0037】
【化20】

【0038】
上記構造式(5)で表される糖鎖構造(配列)は、分子量1665であることを特徴とする。
【0039】
培養に用いる間葉系幹細胞は、マウスやヒト等の臍帯血および顎骨や大腿骨、蝶骨、脂肪組織等の骨髄からの骨髄穿刺により採取することができる。
間葉系幹細胞の骨分化誘導の方法は、特に限定されず、骨芽細胞分化誘導培地を用いる等の公知の方法によって行うことができる。
前記骨芽細胞分化誘導培地は、特に限定されないが、Hosseinkhani, H.ら、Biomaterials 27: 4079-4086 (2006)及びNakano, Y.ら、Bone 41: 549-561 (2007)等に記載の公知のものを使用することができ、例えば、10%胎児ウシ血清を含有するα−MEM培地等の通常培地に、所定濃度のアスコルビン酸、β−グリセロホスフェート、及びデキサメタゾンを添加したもの等が挙げられる。
培養条件は特に限定されないが、培養温度は37℃が好ましく、培養時間は6週間以内が好ましく、培地は3〜4日毎に取り替えることが好ましい。
【0040】
尚、本発明において、前記骨芽細胞分化誘導培地を用いて細胞を培養することを骨分化誘導培養といい、前記通常培地を用いて細胞を培養維持することを通常培養という。
【0041】
前記糖鎖(1)〜(5)の発現の検知又は発現量の測定を行う方法は特に限定されず、糖鎖の検知および発現量の測定をするための公知の方法によって行うことができ、例えば、質量分析及び液体クロマトグラフィー等の方法が挙げられる。
最近では、特にMALDI-TOF MSを用いた糖鎖の発現の検知又は発現量の測定を行う方法が特に良く活用されている。MALDI-TOF MSは、複雑なサンプル調製が不要で、簡便迅速に測定が行えることから、バイオマーカー探索の強力なツールの一つと考えられている。
【0042】
本発明の間葉系幹細胞の骨分化判定用マーカーを用いる骨分化判定方法では、間葉系幹細胞を培養する際の分化段階を判定することもできるし、生体から直接採取した細胞の分化段階を判定することもできる。
【0043】
本発明の骨分化判定方法によって、骨再生に用いるために培養される間葉系幹細胞の骨分化段階を判定したり、細胞培養時の分化の確認、骨再生治療薬や骨再生機能診断薬の開発に応用したりすることができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
本実施例では、従来骨分化の判定に行われているアルカリホスファターゼ(ALP)活性量の測定及びカルシウム沈着量の測定、並びに本発明の骨分化判定方法である骨分化判定用マーカー(糖鎖マーカー)の発現量の測定を行った。
尚、実施例の末尾に本実施例全体の結果についての考察を記載した。
【0045】
(実施例)
マウス由来骨前駆細胞MC3T3−E1を、α−MEMに10%ウシ胎児血清を加えた培地を入れた6wellプレート(Corning)に5.0×10cells/wellで播種し、5%COインキュベート内で2日間、37℃で培養した。アスコルビン酸(ナカライテスク(株))50μg/mL、β-グリセロホスフェート(シグマ アルドリッチ ジャパン(株))10mM、デキサメタゾン(ナカライテスク(株))10−8Mとなるように培地に添加し、骨分化誘導を開始した。3〜4日に一度培地交換を行い、5%COインキュベート内で3週間、37℃で培養した。細胞は1週間ごとにサンプリングした。
【0046】
(比較例)
マウス由来骨前駆細胞MC3T3−E1を、α−MEMに10%ウシ胎児血清を加えた培地を入れた6wellプレート(Corning)に5.0×10cells/wellで播種し、5%COインキュベート内で2日間、37℃で培養した。同様の培地を用いて3〜4日に一度培地交換を行い、5%COインキュベート内で3週間、37℃で培養した。細胞は1週間ごとにサンプリングした。
【0047】
(評価)
1.アルカリホスファターゼ(ALP)活性量の測定
サンプリングした細胞を溶液(3M塩化ナトリウム(和光純薬工業(株))、0.3Mクエン酸三ナトリウム(ナカライテスク(株))、200mg/Lドデシル硫酸ナトリウム(ナカライテスク(株)))に溶解させ、アルカリホスファターゼ測定キット(ラボアッセイTMALP、和光純薬工業(株))を用いてALP活性量を測定した。マイクロプレートリーダー(VERSAmax、Molecular Devices)で405nmの吸光度を測定し、得られた値を細胞数で割り、細胞あたりのALP活性量を求めた(図1)。
【0048】
2.カルシウム沈着量の測定
サンプリングした細胞を溶液(3M塩化ナトリウム(和光純薬工業(株))、0.3Mクエン酸三ナトリウム(ナカライテスク(株))、200mg/Lドデシル硫酸ナトリウム(ナカライテスク(株)))に溶解させ、等量の1M HCl水溶液(ナカライテスク(株))を加えて4℃で4時間以上静置した後、カルシウム測定キット(カルシウムC−テストワコー、和光純薬工業(株))を用いてカルシウム沈着量を測定した。マイクロプレートリーダー(VersaMax、Molecular Devices)で570nmの吸光度を測定し、得られた値を細胞数で割り、細胞あたりのカルシウム沈着量を求めた(図2)。
【0049】
3.糖鎖の質量分析
3週目にサンプリングした細胞を10mM炭酸水素アンモニウム(ナカライテスク(株))水溶液中で超音波破砕して溶解させ、糖鎖精製キットBlotGlyco(登録商標)(住友ベークライト)を用いて糖鎖を回収した。得られた糖鎖の分子量を、2,5−ジヒドロキシ安息香酸をマトリックスに用いてMALDI−TOF−MS(Autoflex III TOF/TOF、Bruker Daltonics)で測定した。得られた各分子量の糖鎖の発現量のピーク面積をハイマンノース型糖鎖の1つである分子量1827の発現量のピーク面積で割り100をかけたピーク面積比を算出し、前記構造式(1)〜(5)で表される糖鎖の分子量に対応する箇所を矢印で表した(図3〜5)。尚、図3に実施例で得られた細胞の測定結果を示し、図4に比較例で得られた細胞の測定結果を示し、図5に実施例で得られた細胞の測定結果と、比較例で得られた細胞の測定結果とを併せて示した。
【0050】
(結果)
1.アルカリホスファターゼ(ALP)活性量の測定
図1に示すように、骨分化誘導培養を行った実施例は、通常培養を行った比較例に比べてALP活性が高く、培養1週間後から3週間後まで増加し続けた。比較例のALP活性は、実施例に比べて低いものの、培養1週間後から観測され、3週間後まで増加し続けた。
【0051】
2.カルシウム沈着量の測定
図2に示すように、実施例では培養2週間後からカルシウム沈着が生じ、3週間後でのカルシウム沈着量はさらに増加した。一方、比較例では培養3週間後までカルシウム沈着は生じなかった。
【0052】
3.糖鎖の質量分析
図3〜5からわかるように、実施例は比較例に比べて、本発明で骨分化判定用マーカーとして特定した前記構造式(1)〜(5)で表される各分子量の糖鎖の発現量のピーク面積比が大きかった。
【0053】
(実験結果の考察)
図1のALP活性の測定結果から、実施例は比較例と比べて骨分化が進んだと言える。
図2のカルシウム沈着量の測定結果から、実施例は骨形成が行われており、比較例では骨形成行われていないと言える。
図3〜5に示した糖鎖の質量分析結果から、実施例は比較例に比べて前記糖鎖(1)〜(5)の発現量が多いことがわかった。
従って、従来の骨分化判定方法であるALP活性量の測定結果及びカルシウム沈着量の測定結果と、本発明の骨分化判定方法である骨分化判定用マーカーの発現量の測定結果とは、互いに対応していることが判明した。また、本発明の方法は、細胞自身の分化が観察され、従来の細胞機能評価と併せて、より正確な分化の判定が可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式(1)で表される糖鎖構造(配列)を持つ糖鎖(1)からなる、間葉系幹細胞の骨分化判定用マーカー。
【化1】

【請求項2】
間葉系幹細胞から分化誘導された細胞による前記糖鎖(1)からなる骨分化判定用マーカーの発現を検知し又は発現量を測定し、その検知結果又は測定結果に基づいて骨分化の状態を判定する、間葉系幹細胞の骨分化判定方法。
【請求項3】
下記構造式(2)〜(5)で表される糖鎖構造(配列)を持つ糖鎖(2)〜(5)からなる骨分化判定用マーカーから選ばれる少なくとも一つについて、その発現を検知し又は発現量を測定し、その検知結果又は測定結果を、前記糖鎖(1)からなる骨分化判定用マーカーについての検知結果又は測定結果と組み合わせて骨分化の状態を判定する、請求項2に記載の間葉系幹細胞の骨分化判定方法。
【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【請求項4】
前記間葉系幹細胞から分化誘導された細胞が、培養細胞又は生体から採取された細胞である、請求項2又は3に記載の間葉系幹細胞の骨分化判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−37416(P2012−37416A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178600(P2010−178600)
【出願日】平成22年8月9日(2010.8.9)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【出願人】(599029420)
【Fターム(参考)】