説明

関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定方法、およびその利用

【課題】関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症の可能性を客観的かつ簡便に判定する方法およびその利用を提供する。
【解決手段】本発明に係る関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定方法は、生体から採取した試料におけるNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出する検出工程を含むものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定方法、およびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
関節リウマチ(rheumatoid arthritis、以下「RA」ともいう)は、多発するびらん性関節炎を主な特徴とするが、同時に多臓器を障害する原因不明の全身性炎症疾患である。RAは寛解と増悪とを繰り返しながら慢性に進行し、無治療で放置すると関節の破壊および変形などを来し、やがて運動器の機能障害を呈してくる。
【0003】
RAの原因である関節炎と関節破壊の様相、特にそれらの病理過程は、種々の研究を通じて次第に明らかになりつつある。しかし、RAは生活環境を含めた多数の原因因子が重なり合ってはじめて疾患へと発展し、増悪する疾患である。そのため、疾患の正しい解明と適切な診断および治療とをおこなうには、多因子相互作用の本体そのものが明らかにされなければならない。
【0004】
このような状況下において、特許文献1には、Cry1遺伝子などの時計遺伝子の発現を評価することによるRAの発症または発症可能性の判定方法が開示されている。
【0005】
体内時計遺伝子とは、体内時計を制御する遺伝子の総称である。体内時計は生物が地球の自転により起こる昼夜変化に適応するために獲得した基本形質である。地球上の殆どすべての生物は、24時間周期の時計機構である体内時計を体内に保持する。この基本形質は、ヒトを含む哺乳類において特に発達している。
【0006】
哺乳類の体内時計は以下のフィードバックループからなる。(1)転写因子であるBmal1およびClockが二量体を形成し、時計遺伝子であるPer遺伝子およびCry遺伝子上にあるE box配列に結合してこれら遺伝子の転写を促進する。(2)転写されたPerおよびCryは二量体を形成し、Bmal/Clock転写活性を抑制する。このフィードバックループは一日に一周し、それに伴い種々の時計遺伝子が変動して発現する。
【0007】
特許文献1には、Cry1/2KOマウスが滑膜増殖を起こしやすい表現型を示し、重度の関節炎を発症すること、および、睡眠障害を引き起こすWeeキナーゼの活性上昇がCry1/2KOマウスにおいて見られることが記載されている。
【0008】
ところで、ナチュラルキラー(NK)細胞免疫応答を司る主たるものとして、NKG2DレセプターとNKG2Dリガンドとの相互作用が知られている。
【0009】
NKG2レセプターは、NK細胞、CD8T細胞、γδT細胞およびNKT細胞などに発現しており、NKG2Dレセプターを介したシグナルは、PI3キナーゼを介して、インターフェロンγ産生および細胞傷害活性を発揮する。
【0010】
一方、NKG2Dリガンドは正常細胞においてほとんど発現していないが、熱ショック等のストレスにより発現が誘導される。また、腫瘍細胞および感染細胞において発現している。NKG2Dリガンドは、RA、セリアック病およびI型糖尿病等の自己免疫疾患に関わっていることが報告されている(非特許文献1〜4参照)。また、NKG2Dリガンドの1つであるRAE1遺伝子は、体内時計遺伝子の1つであるSTRA13を破壊したノックアウトマウスの肝細胞において、そのmRNA量が低下していることが報告されている(非特許文献5参照)。
【特許文献1】特開2007−174952号公報(平成19年7月12日公開)
【非特許文献1】Groh V., Bruhl A., El-Gabalawy H., Nelson J.L., Spies T., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2003, 100(16), 9452-9457.
【非特許文献2】Ogasawara K., Hamerman J.A., Hsin H., Chikuma S., Bour-Jordan H., Chen T., Pertel T., Carnaud C., Bluestone J.A., Lanier L.L., Immunity 2003, 18(1), 41-51.
【非特許文献3】Ogasawara K., Hamerman J.A., Ehrlich L.R., Bour-Jordan H., Santamaria P., Bluestone J.A., Lanier L.L., Immunity 2004, 20(6), 757-767.
【非特許文献4】Hue S., Mention J.J., Monteiro R.C., Zhang S., Cellier C., Schmitz J., Verkarre V., Fodil N., Bahram S., Cerf-Bensussan N., Caillat-Zucman S., Immunity 2004, 21(3), 367-377.
【非特許文献5】Grechez-Cassiau A., Panda S., Lacoche S., Teboul M., Azmi S., Laudet V., Hogenesch J.B., Taneja R., Delaunay F., J. Biol. Chem. 2004, 279(2), 1141-1150.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のように関節リウマチを含む自己免疫疾患についての研究成果が数多く報告されているが、関節リウマチまたは関節リウマチによる睡眠障害の発症を客観的に判定する技術は未だ充分に確立されているとはいい難い。
【0012】
このため、関節リウマチまたは関節リウマチによる睡眠障害の発症について客観的かつ簡便な判定に寄与できる、新たな技術の確立が強く望まれていた。
【0013】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性について、客観的かつ簡便な診断を可能とするための判定方法およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、Cry1遺伝子およびCry2遺伝子の両方を破壊したCry1/2KOマウスは、免疫担当細胞においてNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの発現が低下していることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、産業上有用な方法またはその利用として、以下の発明を包含するものである。
【0015】
本発明に係る関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定方法は、生体から採取した試料におけるNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出する検出工程を含むことを特徴とする。
【0016】
本発明に係る判定方法においては、上記検出工程では、リンパ球におけるNKG2Dレセプターの発現を検出することが好ましい。
【0017】
本発明に係る判定方法においては、上記NKG2Dレセプターの発現は、上記リンパ球表面上へのNKG2Dレセプタータンパク質の発現であることが好ましい。
【0018】
本発明に係る判定方法においては、上記検出工程では、樹状細胞におけるNKG2Dリガンドの発現を検出することが好ましい。
【0019】
本発明に係る判定方法においては、上記NKG2Dリガンドの発現は、上記樹状細胞表面上へのNKG2Dリガンドタンパク質の発現であることが好ましい。
【0020】
また、本発明には、上記判定方法を実施するために用いるキットであって、
NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出するためのプライマー、プローブ、アレイおよび抗体のうちの少なくとも何れか1つを備えていることを特徴とする関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定キットが包含される。
【0021】
本発明に係る判定方法においては、体内時計遺伝子の発現を検出する工程をさらに含み、当該工程にて検出した体内時計遺伝子の発現と、上記検出工程にて検出したNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現との両方に基づいて、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定することが好ましい。
【0022】
本発明に係る判定方法においては、上記体内時計遺伝子は、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子およびPer3遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子であることが好ましい。
【0023】
本発明に係る判定キットにおいては、体内時計遺伝子の発現を検出するためのプライマー、プローブ、アレイおよび抗体のうちの少なくとも何れか1つをさらに備えていることが好ましい。
【0024】
本発明に係る判定キットにおいては、上記体内時計遺伝子は、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子およびPer3遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子であることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定方法は、以上のように、生体から採取した試料におけるNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出するものである。そのため、簡便に、かつ客観的に、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性を判定できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
上述したように、Cry1遺伝子およびCry2遺伝子を破壊したCry1/2KOマウスにおいては、関節リウマチによる睡眠障害が引き起こされることが知られている。本発明者らは、Cry1/2KOマウスにおいて、免疫担当細胞においてNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの発現が低下していることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0027】
以下、本発明の実施形態について説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0028】
〔RAの発症またはその可能性の判定方法〕
本発明に係る関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定方法は、生体から採取した試料におけるNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出する検出工程を含めばよく、その他の具体的な工程、ならびに使用する器具および装置は特に限定されるものではない。
【0029】
本明細書において、「発症可能性」は、関節リウマチによる睡眠障害が発生する危険度を示す指標をいい、発症可能性が高ければそれだけ関節リウマチによる睡眠障害に罹患しやすく、逆に発症可能性が低ければ関節リウマチによる睡眠障害に罹患し難いということを示すものである。
【0030】
なお、本発明によれば、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性を判定するのみならず、関節リウマチの発症または発症可能性を判定できる。
【0031】
NKG2Dレセプターは、NK細胞、CD8T細胞およびNKT細胞などのリンパ球の細胞表面に発現しており、下記のNKG2Dリガンドと相互作用する。NKG2Dレセプターは、NKG2Dリガンドを認識すると、PI3キナーゼを介して、IFNγ産生および細胞傷害活性などの免疫応答を引き起こすシグナルを自己の細胞内に伝達する。
【0032】
NKG2Dリガンドは、NKG2Dレセプターにより認識されるリガンドである。NKG2Dリガンドは、正常細胞においてはほとんど発現しておらず、熱ショックなどのストレスにより発現が誘導されるタンパク質である。また、NKG2Dリガンドは、腫瘍細胞およびウイルス感染細胞の細胞表面に発現している。NKG2Dリガンドとしては、ヒトにおけるMICAおよびMICAと呼ばれる組織適合抗原、ならびにマウスにおけるRAE1等が挙げられる。
【0033】
NKG2Dレセプターをコードする遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号NP_149069(マウスNKG2Dレセプター、Mus musculus killer cell lectin-like receptor subfamily K, member 1(Klrk1))またはNP_031386(ヒトNKG2Dレセプター、Homo sapiens killer cell lectin-like receptor subfamily K, member 1(KLRK1))に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号NM_033078に登録されている塩基配列の99番目から797番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子、およびNCBIアクセッション番号NM_007360に登録されている塩基配列の165番目から815番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子を例示することができる。
【0034】
また、NKG2Dリガンドをコードする遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号NP_033042(マウスNKG2Dリガンド、Mus musculus retinoic acid early transcript 1, alpha(Raet1a))、NP_034530(マウスNKG2Dリガンド、Mus musculus histocompatibility 60a(H60a))、AAP76223(マウスNKG2Dリガンド、Mus musculus UL16-binding protein-like transcript 1 splicing variant precursor(Mult1))、NP_000238(ヒトNKG2Dリガンド、MHC class I chain-related gene A protein(MICA))、NP_079494(ヒトNKG2Dリガンド、Homo sapiens UL16 binding protein 1(ULBP1))またはNP_631904(ヒトNKG2Dリガンド、Homo sapiens retinoic acid early transcript 1E(RAET1E))に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号NM_009016に登録されている塩基配列の397番目から1158番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子、NCBIアクセッション番号NM_010400に登録されている塩基配列の204番目から992番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子、NCBIアクセッション番号AY249021に登録されている塩基配列の21番目から770番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子、NCBIアクセッション番号NM_000247に登録されている塩基配列の40番目から1191番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子、NCBIアクセッション番号NM_025218に登録されている塩基配列の44番目から778番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子、およびNCBIアクセッション番号NM_139165に登録されている塩基配列の61番目から852番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子を例示することができる。
【0035】
なお、本発明に用いるNKG2Dレセプターをコードする遺伝子およびNKG2リガンドをコードする遺伝子は、上述したものに限定されるものではなく、上述した遺伝子とストリンジェントなハイブリダイゼーション条件でハイブリダイズし、かつ、上述した遺伝子の翻訳産物と同様の機能を有する翻訳産物を生じる遺伝子であってもよい。
【0036】
上記「ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件」の具体的な例として、例えば、ハイブリダイゼーション溶液(50%ホルムアミド、5×SSC(150mMのNaCl、15mMのクエン酸三ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハート液、10%硫酸デキストラン、および20μg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む)中にて42℃で一晩インキュベーションした後、約65℃にて0.1×SSC中でフィルターを洗浄する条件を挙げることができる。また、上記ハイブリダイゼーションは、J.Sambrook et al. Molecular Cloning,A Laboratory Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法でおこなうことができ、特に限定されるものではない。通常、温度が高いほど、また塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズし難くなる)。
【0037】
上記のような条件でハイブリダイズする遺伝子としては、一般的には、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在する遺伝子が挙げられる。
【0038】
本明細書において、「NKG2Dレセプターの発現またはNKG2Dリガンドの発現を検出する」とは、以下の(i)〜(iii)の何れをも包含するものである。
(i)NKG2DレセプターまたはNKG2Dリガンドをコードする遺伝子(以下、それぞれ、「NKG2Dレセプター遺伝子」および「NKG2Dリガンド遺伝子」ともいう)の転写産物であるmRNAの発現量を測定する。
(ii)NKG2Dレセプター遺伝子、またはNKG2Dリガンド遺伝子の翻訳産物であるタンパク質の発現量を測定する。
(iii)NKG2Dレセプタータンパク質またはNKG2Dリガンドタンパク質を細胞表面に発現している免疫担当細胞の割合を測定する。
【0039】
本明細書において、「遺伝子の発現量」とは、その遺伝子の転写量、すなわち、その遺伝子のmRNA量、およびその遺伝子の翻訳産物であるタンパク質量のいずれをも含む意味で用いている。
【0040】
また、「発現を検出する」とは、発現しているか否かを検出する意味のみならず、発現が低下または上昇しているか、ならびに、発現の低下および上昇の度合いが大きいか否か等の意味も包含するものである。
【0041】
また、「免疫担当細胞」とは、免疫細胞とも称し、複数の細胞の相互反応によって成立する免疫応答において、この相互反応に関与し免疫応答を成立させる細胞のことを意図する。具体的には、B細胞、ヘルパーT細胞(CD4T細胞)、キラーT細胞(CD8T細胞)、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)およびナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)などのリンパ球、樹状細胞(DC)ならびにマクロファージ等が挙げられる。
【0042】
NKG2Dレセプター遺伝子およびNKG2Dリガンド遺伝子(以下、「NKG2Dレセプター遺伝子等」ともいう)の発現を検出する方法として、NKG2Dレセプター遺伝子等の発現量を測定する方法を用いる場合、NKG2Dレセプター遺伝子等の発現量の測定方法は、特に限定されるものではない。具体的には、NKG2Dレセプター遺伝子等の発現量の測定方法は、mRNAレベルでNKG2Dレセプター遺伝子等の発現量を測定する方法もしくはタンパク質レベルでNKG2Dレセプター遺伝子等の発現量の測定する方法、またはその両方を測定する方法であってもよい。より具体的には、(A)NKG2Dレセプター遺伝子等のmRNA(cDNA)を定量することにより、NKG2Dレセプター遺伝子等の発現量を測定する方法、(B)NKG2Dレセプター遺伝子等の翻訳産物であるタンパク質を定量することにより、NKG2Dレセプター遺伝子等の発現量を測定する方法のいずれをも用いることができる。また、上記(A)および(B)の両方の方法でNKG2Dレセプター遺伝子等の発現量を測定してもよい。そうすることにより、NKG2Dレセプター遺伝子等の発現量をより正確に測定することができる。以下、上記(A)および(B)の方法について説明する。
【0043】
(A)mRNA(cDNA)を用いる方法
mRNAを利用する場合、例えば、被験者から採取した試料より抽出したmRNAまたは全RNAを用いて、ノザンハイブリダイゼーション法、ドットブロット法、DNAマイクロアレイを用いた方法等により、NKG2Dレセプター遺伝子等のmRNAを定量することができる。さらには、RT−PCR法等の遺伝子増幅技術を利用することができる。RT−PCR法においては、遺伝子の増幅過程においてPCR増幅モニター法を用いることにより、本発明の遺伝子の発現について、より定量的な解析を行うことが可能である。
【0044】
PCR遺伝子増幅モニター法においては、両端に互いの蛍光を打ち消し合うことができる異なる蛍光色素で標識したプライマーを用い、検出対象(DNAもしくはRNAの逆転写産物)にハイブリダイズさせる。PCRが進んでTaqポリメラーゼの5'−3'エクソヌクレアーゼ活性により、このプライマーが分解されると二つの蛍光色素が離れ、蛍光が検出されるようになる。この蛍光の検出をリアルタイムに行う。上記検出対象についてコピー数の明らかな標準試料についても同時に測定することにより、PCR増幅の直線性のあるサイクル数で目的試料中の検出対象のコピー数を決定する(Holland,P.M.et al.,1991,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 88:7276-7280;Livak,K.J.et al.,1995,PCR Methods and Applications 4(6):357-362;Heid,C.A.et al.,Genome Research 6:986-994;Gibson,E.M.U.et al.,1996,Genome Research 6:995-1001を参照)。これにより、検出対象を定量することができる。PCR増幅モニター法においては、例えば、ABI PRISM7700(PEバイオシステムズ社)を用いることができる。
【0045】
上記プライマーは、特に限定されるものではなく、NKG2Dレセプター遺伝子等のcDNAの塩基配列を利用して、従来公知の方法で設計すればよい。
【0046】
採取した試料からmRNAまたは全RNAを抽出する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いてmRNAまたは全RNAを抽出することができる。採取する試料としては、リンパ球または樹状細胞が含まれていることが好ましく、具体的には、胸腺、肝臓、脾臓およびリンパ節を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0047】
また、RT−PCRに用いるプライマーならびにノザンハイブリダイゼーション法およびドットブロット法に用いるプローブを蛍光色素などにより標識する場合には、その標識方法は特に限定されるものではない。例えば、DNAポリメラーゼIを用いるニックトランスレーション法、ポリヌクレオチドキナーゼを用いる末端標識法、クレノーフラグメントによるフィルイン末端標識法(Berger SL,Kimmel AR.(1987)Guide to Molecular Cloning Techniques,Method in Enzymology,Academic Press;Hames BD,Higgins SJ(1985)Genes Probes:A Practical Approach.IRL Press;Sambrook J,Fritsch EF,Maniatis T.(1989)Molecular Cloning:a Laboratory Manual,2nd Edn.Cold Spring Harbor Laboratory Pressを参照)、RNAポリメラーゼを用いる転写による標識法(Melton DA,Krieg,PA,Rebagkiati MR,Maniatis T,Zinn K,Green MR.(1984)Nucleic Acid Res.,12,7035−7056を参照)、放射性同位体を用いない修飾ヌクレオチドをDNAに取り込ませる方法(Krick a LJ.(1992)Nonisotopic DNA Probing Techniques.Academic Pressを参照)などを用いることができる。また、アルカリホスファターゼ等の酵素を化学架橋によって核酸に直接結合させて、プローブを標識することも可能である。
【0048】
(B)タンパク質を用いる方法
タンパク質を用いる場合、分析対象となるNKG2Dレセプター遺伝子等の翻訳産物であるタンパク質に特異的に結合する抗体を用いて、ウェスタンブロット法およびELISA法などの従来公知の免疫化学的手法によりタンパク質を定量することができる。また、本発明はこれに限定されず、従来公知のあらゆる手法を用いて、タンパク質を定量することができる。このように、NKG2Dレセプター遺伝子等の翻訳産物であるタンパク質を定量することで、NKG2Dレセプター遺伝子等の発現量を測定することができる。
【0049】
採取した試料からタンパク質を抽出する方法は、特に限定されるものではなく、上記タンパク質を含有する生物学的試料(例えば、細胞、および組織等)などから、タンパク質が分解されない条件下で、従来公知の緩衝液および装置、キット等を用いてタンパク質を抽出することができる。生物学的試料としては、リンパ球または樹状細胞が含まれているものであることが好ましく、具体的には、胸腺、肝臓、脾臓およびリンパ節を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0050】
抗体は、ポリクローナル抗体であっても、モノクローナル抗体であってもよい。また、抗体の取得方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。例えば、ポリクローナル抗体は、抗原を感作した哺乳動物の血液を取り出し、この血液から公知の方法により血清を分離することにより取得することができる。また、ポリクローナル抗体としては、ポリクローナル抗体を含む血清を使用することができる。さらに、必要に応じてこの血清からポリクローナル抗体を含む画分をさらに単離してもよい。
【0051】
また、モノクローナル抗体は、例えば、抗原を感作した哺乳動物から免疫細胞を取り出して骨髄腫細胞などと細胞融合させて得られたハイブリドーマをクローニングして、その培養物から抗体を回収することにより取得することができる。
【0052】
細胞表面に発現しているNKG2Dレセプタータンパク質またはNKG2Dリガンドタンパク質を用いる場合、上述したNKG2Dレセプタータンパク質およびNKG2Dリガンドタンパク質の抗体を用いて、蛍光活性化セルソータ(fluorescence−activated cell sorter:FACS)などのフローサイトメトリーなどの従来公知の免疫化学的手法により、NKG2Dレセプタータンパク質またはNKG2Dリガンドタンパク質を細胞表面に発現している免疫担当細胞の数を定量することができる。またこのときに、抗体など細胞を識別するために用いられる従来公知の識別マーカーを用いてNK細胞、NKT細胞など特定種の細胞を分離することにより、その細胞種におけるNKG2Dレセプタータンパク質発現細胞およびNKG2Dリガンドタンパク質発現細胞の割合を定量化することができる。分子マーカーを用いて細胞を分離する方法としては、フローサイトメトリーによる方法および磁気ビーズを用いた方法など従来公知の方法を用いることができる。
【0053】
NKG2Dレセプタータンパク質の細胞表面への発現を検出するための細胞としては、NK細胞およびNKT細胞が好ましい。
【0054】
また、NKG2Dリガンドタンパク質の細胞表面への発現を検出するための細胞としては、樹状細胞およびリウマチ患者(RA)滑膜細胞などが好ましい。
【0055】
上述したように、また後述する実施例に示すように、Cry1遺伝子およびCry2遺伝子の発現が低下するとNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの発現が減少する。また、Cry1遺伝子およびCry2遺伝子の発現が低下すると関節リウマチによる睡眠障害が引き起こされる。したがって、NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの発現の減少が検出された場合には、Cry1遺伝子およびCry2遺伝子の発現の低下により引き起こされる関節リウマチによる睡眠障害を現在発症しているか、または将来的に発症する可能性がある。
【0056】
本発明の判定方法においては、上述した方法により、採取した試料におけるNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出する。その後、その発現量を、同様の方法で測定した健常者から採取した試料における発現量と比較する。両者の間で有意な相違が見られた場合には、この被験者は、関節リウマチによる睡眠障害を現在発症しているか、または将来的に発症する可能性があると判定することができる。より具体的にいえば、NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現が健常者と比較して減少していれば、関節リウマチによる睡眠障害を現在発症しているか、または将来的に発症する可能性があると判定する。
【0057】
本発明の判定方法においてNKG2DレセプターまたはNKG2Dリガンドの発現を検出する場合、mRNAの発現量の検出、タンパク質の発現量の検出、およびタンパク質を細胞表面に発現している免疫担当細胞の検出の何れか1つをおこなうものであってもよく、または複数の検出方法を組み合わせておこなうものであってもよい。複数の検出方法を組み合わせることにより、判定精度をより高めることができる。
【0058】
(体内時計遺伝子検出工程)
特許文献1に開示されているように、体内時計遺伝子の発現を評価することにより、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性を判定できる。したがって、本発明の判定方法においては、生体から採取した試料における、体内時計遺伝子の発現を検出する工程をさらに含むことが好ましい。また体内時計遺伝子としては、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子およびPer3遺伝子が好ましい。本発明に係る判定方法においては、上記列記した体内時計遺伝子から、少なくとも1つの遺伝子の発現を検出すればよい。
【0059】
体内時計遺伝子の発現を検出する工程にて検出した体内時計遺伝子の発現と、上記検出工程にて検出したNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現との両方に基づいて、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定することにより、判定精度をより高めることが可能となる。
【0060】
体内時計遺伝子の発現を検出する工程は、NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出する検出工程の前、または同時に、または検出工程の後におこなうことができる。
【0061】
本明細書において、「体内時計遺伝子」とは、体内時計を制御する遺伝子を意味する。また、「体内時計」とは、生物が地球の自転により起こる昼夜変化に適応するために獲得した基本形質を意味する。体内時計のセンターは視床下部の小神経核である視交叉上核である。一方で、皮膚をはじめ肝、腸管、腎などの臓器では個々に体内時計遺伝子が発現し、それら遺伝子が互いにその発現を調節しながら作用して体内ホルモンの分泌や代謝に日内リズムをもたらす。その結果として、生体内では、24時間周期の機能的変動が起こる。
【0062】
Cry1遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号NP_031797またはNP_004066に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号NM_007771に登録されている塩基配列の584番目から2404番目までの塩基配列をオープンリーディングフレーム(以下、「ORF」ともいう)として有する遺伝子、およびNCBIアクセッション番号NM_004075に登録されている塩基配列の587番目から2347番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子を例示することができる。
【0063】
Cry2遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号NP_034093またはNP_066940に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号NM_009963に登録されている塩基配列の6番目から1784番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子、およびNCBIアクセッション番号NM_021117に登録されている塩基配列の14番目から1795番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子を例示することができる。
【0064】
Clock遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号NP_031741またはNP_004889に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号NM_007715に登録されている塩基配列の389番目から2956番目までの塩基配列をORFとして有している遺伝子、およびNCBIアクセッション番号NM_004898に登録されている塩基配列の339番目から2879番目までの塩基配列をORFとして有する遺伝子を例示することができる。
【0065】
Bmal1遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号BAA19935に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号AB000812に登録されている塩基配列の41番目から1921番目までの塩基配列をORFとして有している遺伝子を例示することができる。
【0066】
Per1遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号NP_035195またはNP_002607に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号NM_011065に登録されている塩基配列の226番目から4101番目までの塩基配列をORFとして有している遺伝子、およびNCBIアクセッション番号NM_002616に登録されている塩基配列の188番目から4060番目までの塩基配列をORFとして有している遺伝子を例示することができる。
【0067】
Per2遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号NP_035196またはNP_073728に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号NM_011066に登録されている塩基配列の145番目から3918番目までの塩基配列をORFとして有している遺伝子、およびNCBIアクセッション番号NM_022817に登録されている塩基配列の123番目から3890番目までの塩基配列をORFとして有している遺伝子を例示することができる。
【0068】
Per3遺伝子としては、例えば、NCBIアクセッション番号NP_035197またはNP_058515に登録されているアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には、NCBIアクセッション番号NM_011067に登録されている塩基配列の358番目から3699番目までの塩基配列をORFとして有している遺伝子、およびNCBIアクセッション番号NM_016831に登録されている塩基配列の176番目から3781番目までの塩基配列をORFとして有している遺伝子を例示することができる。
【0069】
なお、本発明に係る体内時計遺伝子は、上述したものに限定されるものではなく、上述した遺伝子とストリンジェントなハイブリダイゼーション条件でハイブリダイズし、かつ、上述した遺伝子の翻訳産物と同様の機能を有する翻訳産物を生じる遺伝子であってもよい。
【0070】
「体内時計遺伝子の発現を検出する」とは、以下の(iv)〜(viii)の何れをも包含するものである。
(iv)体内時計遺伝子の転写産物であるmRNAの発現量を測定する。
(v)体内時計遺伝子の翻訳産物であるタンパク質の発現量を測定する。
(vi)体内時計遺伝子の翻訳産物であるタンパク質に由来する活性量を測定する。
(vii)体内時計遺伝子の変異の有無を調べる。
(viii)体内時計遺伝子の有無を調べる。
【0071】
mRNAを用いた発現量の測定、およびタンパク質を用いた発現量の測定については、上述のNKG2Dレセプター(リガンド)遺伝子のmRNAの発現量の測定、およびNKG2Dレセプター(リガンド)タンパク質の発現量の測定、に関する説明をそれぞれ準用できる。
【0072】
また、体内時計遺伝子の発現を検出する方法として、体内時計遺伝子の変異の有無を調べる方法を用いることもできる。この場合の体内時計遺伝子の変異は、ゲノムDNA、mRNA(cDNA)、または翻訳産物であるタンパク質を用いて、従来公知の方法により調べることができる。
【0073】
具体的には、ゲノムDNAを用いる場合、例えば、アリル特異的オリゴヌクレオチドプローブ法、オリゴヌクレオチドライゲーションアッセイ(Oligonucleotide Ligation Assay)法、PCR−SSCP法、PCR−CFLP法、PCR−HPFA法、インベーダー法、RCA(Rolling Circle Amplification)法、プライマーオリゴベースエクステンション(Primer Oligo Base Extension)法、タイリング・アレイ法、および変性勾配ゲル電気泳動法などを用いて変異の有無を調べることができる。ゲノムDNAは、常法により人体の全ての細胞より得ることが可能であるが、例えば、毛髪、各臓器、末梢血リンパ球、滑膜細胞などから得ることができる。また、得られた細胞を培養し、増殖したものから得ることもできる。さらに、末梢血から得ることも可能である。
【0074】
得られたゲノムは、そのまま用いてもよいし、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、NASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法およびSDA(Strand Displacement Amplification)法などの通常行われる遺伝子増幅法により増幅して用いてもよい。
【0075】
また、mRNAを用いる場合、例えば、被験者の細胞より抽出したmRNAから逆転写反応によってcDNAを作製し、対象遺伝子の領域を増幅後、増幅断片の塩基配列を直接シーケンスすることにより、またはDNAアレイを用いることにより、またはRFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法を用いることにより、体内時計遺伝子の変異の有無を決定することができる。
【0076】
また、被験者の細胞より調製したタンパク質を用いる場合、通常のタンパク質のシーケンス方法に準ずればよく、例えば、正常型もしくは変異型の体内時計タンパク質のみを認識する抗体を作製し、ELISA法で検出する方法、タンパク質を単離し、直接または必要に応じ、酵素等で切断し、プロテインシーケンサーを利用して変異を検出する方法、アミノ酸の等電点の変異を検出する方法および質量分析により質量の差を検出する方法が挙げられる。
【0077】
このように、体内時計遺伝子の発現を検出する方法として、体内時計遺伝子の変異の有無を調べる方法を用いる場合、体内時計遺伝子における変異が検出されれば、RAによる睡眠障害を現在発症しているか、または将来的にRAによる睡眠障害を発症する可能性があると判定することができる。この場合、さらに、翻訳産物であるタンパク質の定量や活性を評価することにより、健常者と比較して、体内時計遺伝子の発現に異常がないか調べることが好ましい。これにより、評価精度をより高めることができる。
【0078】
例えば、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子、またはPer3遺伝子に変異が検出され、その結果、これら遺伝子の発現量が健常者と比較して低下していれば、RAによる睡眠障害を現在発症しているか、または将来的にRAによる睡眠障害を発症する可能性があると判定できる。また、Clock遺伝子またはBmal1遺伝子に変異があり、その結果、これら遺伝子の発現量が健常者と比較して上昇していれば、RAによる睡眠障害を現在発症しているか、または将来的にRAによる睡眠障害を発症する可能性があると判定できる。
【0079】
また、本発明では、体内時計遺伝子の発現を検出する方法として、体内時計遺伝子の有無を調べる方法を用いることもできる。具体的には、被験者のゲノムDNA上に、体内時計遺伝子が存在するかを従来公知の方法により調べることで、体内時計遺伝子の有無を調べることができる。
【0080】
具体的にいえば、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子、またはPer3遺伝子が欠損している場合、RAによる睡眠障害を現在発症しているか、または将来的にRAによる睡眠障害を発症する可能性があると判定できる。
【0081】
本発明に係る関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定方法は、ヒトに対してだけでなく、非ヒト哺乳動物に対しても適用できる。
【0082】
ヒトに対する本発明の判定方法の有用性は述べるまでもなく、関節リウマチおよび関節リウマチによる睡眠障害の診断に適用することが可能である。また、非ヒト哺乳動物に対しては、例えば、関節リウマチおよび関節リウマチによる睡眠障害の治療薬を開発する際の動物実験およびスクリーニング等に非常に有用であろう。
【0083】
〔判定キット〕
本発明に係る判定キットは、上述した判定方法を実施するために用いる、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定用のキットであって、NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出するためのプライマー、プローブ、アレイおよび抗体のうちの少なくとも何れか1つを備えている。
【0084】
NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出するためのプライマー、プローブ、アレイおよび抗体は、NKG2Dレセプター等の発現を検出できるものであればよく、上記判定方法の説明において例示したプライマー、プローブ、アレイおよび抗体を用いることができる。
【0085】
また、本発明のキットは、体内時計遺伝子、例えば、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子およびPer3遺伝子を検出するためのプライマー、プローブ、アレイおよび抗体のうちの少なくとも何れか1つをさらに備えていてもよい。これらプライマー、プローブ、アレイおよび抗体の説明については、上記判定方法におけるNKG2Dレセプター遺伝子等のプライマー、プローブ、アレイおよび抗体についての説明を準用できる。
【0086】
また、キットの構成としては上述したものに限定されるものではなく、酵素、試薬、洗浄液、培養器具および測定器具等を備えていてもよい。
【0087】
本発明に係る判定キットを用いれば、NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの発現を指標として、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性を、簡便かつ客観的に判定することができる。
【0088】
本発明に係る判定キットが適用される被験者は、特に限定されるものではないが、自覚症状として、睡眠障害、例えば、不眠を訴えている者や、関節炎を疑わせる症状を有する者であることが好ましい。
【0089】
なお、本発明に係る判定キットは、関節リウマチの発症または発症可能性の判定用にも用いることができる。
【0090】
〔その他の利用〕
本発明においては、生体から採取した試料における、体内時計遺伝子の発現を検出することにより、該生体のリンパ球におけるNKG2Dレセプターの発現を評価することもまた可能である。NKG2Dレセプターの発現は、リンパ球細胞表面上へのNKG2Dレセプタータンパク質の発現であることが好ましい。
【0091】
また、この場合に、検出する体内時計遺伝子としては、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子およびPer3遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子であることが好ましい。
【0092】
また、本発明においては、生体から採取した細胞または非ヒト哺乳動物において、体内時計遺伝子の発現を調節することにより、NKG2Dレセプターの発現を調節することが可能である。より具体的には、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子およびPer3遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現を低下させることにより、NKG2Dレセプターの発現を低下させることが可能である。NKG2Dレセプターの発現を調節する調節方法は、生体から採取した細胞または非ヒト哺乳動物において、体内時計遺伝子の発現を調節することによりおこなわれればよく、その他の具体的な工程、ならびに使用する器具および装置は特に限定されるものではない。
【0093】
なお、ここで、「生体から採取した細胞」は、生体から採取した細胞自体だけでなく、生体から採取した細胞を継代培養した細胞をも包含している。
【0094】
本発明に係る調節方法において、生体から細胞を採取する方法は特に限定されず、従来公知の方法により採取すればよい。また採取する細胞としては、胸腺、肝臓、脾臓または四肢関節周囲軟部組織から採取した細胞、末梢血リンパ球、および胸腺または脾臓より採取したリンパ球を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0095】
また、非ヒト哺乳動物としては、ヒト以外の哺乳動物であれば限定されるものではないが、ヒトの疾患に対する予防法または治療法を開発するために用いられる実験動物が好ましい。具体的には、マウス、ラット、ウサギ、サル、ヤギ、ブタ、ヒツジ、ウシおよびイヌ等が挙げられる。
【0096】
本明細書において、「体内時計遺伝子の発現を調節」は、体内時計遺伝子のmRNA量またはタンパク質量を増加または減少させること、および体内時計遺伝子のタンパク質の活性を上昇または低下させることの何れをも包含するものである。また、その調節方法としては、遺伝子破壊、mRNAの翻訳阻害または分解等の転写後調節、転写量を上昇または低下させる転写調節領域への変異の導入、アミノ酸配列の変異を引き起こす変異の導入、タンパク質の活性の変化を引き起こす変異の導入、および抗体によるタンパク質の活性の阻害等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0097】
NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの発現の調節とは、NKG2Dレセプター遺伝子またはNKG2Dリガンド遺伝子のmRNA量またはタンパク質量を増加または減少させること、それぞれのタンパク質の細胞表面への発現を増加または減少させること、NKG2Dレセプタータンパク質またはNKG2Dリガンドタンパク質の何れかを細胞表面に発現している細胞の割合を増加または減少させることを意図するものである。
【0098】
例えば、体内時計遺伝子がCry1遺伝子、Cry2遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子またはPer3遺伝子である場合、これら遺伝子の発現を低下させることにより、NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を低下させることができる。
【0099】
上記調節方法によれば、簡便に、NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を調節できる。したがって、簡便に、免疫担当細胞の細胞活性、および非ヒト哺乳動物における自己免疫疾患の発症可能性を調節でき、自己免疫疾患の治療薬を開発する際の動物実験およびスクリーニング等に非常に有用であろう。
【0100】
自己免疫疾患は、全身性の疾患であるが、臓器特異性のある疾患と、特異性のない疾患の2つに大別される。臓器特異的自己免疫疾患としては、橋本甲状腺炎(慢性甲状腺炎)、原発性粘膜水腫、甲状腺中毒症(甲状腺剤中毒症)、悪性貧血、グッドパスチャー症候群、急性進行性糸球体腎炎、重症筋無力症、尋常性天疱瘡、水疱性類天疱瘡、インスリン抵抗性糖尿病、若年性糖尿病、アジソン病、萎縮性胃炎(自己免疫性萎縮性胃炎)、男性不妊症、早発性更年期、水晶体原性ぶどう膜炎、交感性脈炎、多発性硬化症、潰瘍性大腸炎、原発性胆汁性肝硬変、慢性活動性肝炎、自己免疫性溶血性貧血、発作性血色素尿症(発作性ヘモグロビン尿症)、突発性血小板減少性紫斑病、およびシェーグレン症候群が挙げられる。臓器非特異的自己免疫疾患としては、例えば、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、円板状エリテマトーデス、多発性筋炎、強皮症、および混合結合組織病が挙げられる。本発明の適用対象としての自己免疫疾患は、関節リウマチであることが好ましい。
【0101】
また、本発明によれば、免疫担当細胞の細胞活性を評価する活性評価方法であって、生体から採取した試料における体内時計遺伝子の発現を検出することにより、生体の免疫担当細胞におけるNKG2Dレセプターの発現を評価することによりおこなわれる活性評価方法を提供することができる。
【0102】
例えば、上述したNKG2Dレセプターの発現を評価する発現評価方法において、NKG2Dレセプターの発現が低下していると評価した場合には、免疫担当細胞の細胞活性が低下していると評価することができる。
【0103】
本明細書において、「免疫担当細胞の細胞活性」は、免疫担当細胞が、細胞の内外からのシグナルに応答して発現する、当該免疫担当細胞に特有の機能の活性が意図される。例えば、NK細胞における細胞傷害活性およびインターフェロンγ等のサイトカイン産生活性、樹状細胞における抗原提示能、その他免疫機構を活性化させる働きが意図される。
【0104】
上記活性評価方法においては、その他の具体的な工程、ならびに使用する器具および装置は特に限定されるものではない。例えば、さらにNKG2Dリガンドの発現を評価してもよい。上記活性評価方法によれば、簡便に、免疫担当細胞の細胞活性を評価することができる。
【0105】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0106】
〔1.体内時計の破壊によるNKG2D陽性リンパ球細胞の減少〕
野生型マウス(C57BL/6マウス)、ならびにCry1遺伝子およびCry2遺伝子を破壊したマウス(以下、「CryKOマウス」とも称する。)を屠殺し、脾臓細胞を採取した。それぞれの脾臓細胞におけるリンパ球細胞に占めるNK細胞およびNKT細胞の割合を、抗CD3抗体および抗NK1.1抗体を使用してフローサイトメーターにより測定した。さらに、NK細胞およびNKT細胞において、細胞表面上でのNKG2Dレセプターの発現を、抗NKG2D抗体を使用してフローサイトメーターにより測定し、NK細胞およびNKT細胞におけるNKG2Dレセプター陽性細胞の割合を測定した。結果を図1および図2に示す。
【0107】
図1(A)および図2(A)に示すように、野生型マウスとCryKOマウスとの間において、NK細胞およびNKT細胞の細胞数に差は見られなかった。
【0108】
しかしながら、図1(B)に示すように、CryKOマウスにおけるNKG2D陽性NK細胞の割合は、野生型マウスにおけるNKG2D陽性NK細胞の割合と比較して有意に減少していた(野生型マウス:CryKOマウス=60.6%±5.9:38.3%±9.1 (p<0.05))。
【0109】
また、図2(B)に示すように、CryKOマウスにおけるNKG2D陽性NKT細胞の割合は、野生型マウスにおけるNKG2D陽性NKT細胞の割合と比較して有意に減少していた(野生型マウス:CryKOマウス=34.1%±5.2:23.4%±1.0 (p<0.05))。
【0110】
〔2.体内時計の破壊によるRAE1陽性樹状細胞の減少〕
野生型マウスおよびCryKOマウスを屠殺し、脾臓細胞を採取した。それぞれの脾臓細胞における樹状細胞(DC)の割合を、抗CD11c抗体を使用してフローサイトメーターにより測定した。さらに、樹状細胞において、細胞表面上でのRAE1(NKG2Dリガンド)の発現を、抗RAE1抗体を使用してフローサイトメーターにより測定し、樹状細胞におけるRAE1陽性細胞の割合を測定した。結果を図3に示す。
【0111】
図3(A)に示すように、CryKOマウスにおける樹状細胞の数は、野生型マウスにおける樹状細胞の数と比較して、有意に減少していた(野生型マウス:CryKOマウス=2.8%±0.7:1.9%±0.7 (p<0.05))。また図3(B)に示すように、CryKOマウスにおけるRAE1陽性DCの割合は、野生型マウスにおけるRAE1陽性DCの割合と比較して有意に減少していた(野生型マウス:CryKOマウス=9.9%±1.1:7.0%±2.3 (p<0.05))。
【0112】
〔参考例〕
〔1.体内時計の破壊によるNKG2D陽性リンパ球細胞の減少〕
野生型マウスおよびCryKOマウスを屠殺し、脾臓細胞を採取した。それぞれの脾臓細胞におけるリンパ球細胞に占めるCD8T細胞の割合を、抗CD3抗体および抗CD8抗体を使用してフローサイトメーターにより測定した。さらに、CD8T細胞において、細胞表面上でのNKG2Dレセプターの発現を、抗NKG2D抗体を使用してフローサイトメーターにより測定し、CD8T細胞におけるNKG2Dレセプター陽性細胞の割合を測定した。結果を図4に示す。
【0113】
図4(A)に示すように、野生型マウスとCryKOマウスとの間において、CD8T細胞の細胞数に差は見られなかった。また、図3(B)に示すように、CryKOマウスにおけるNKG2D陽性CD8T細胞の割合と野生型マウスにおけるNKG2D陽性CD8T細胞の割合との間に有意差はみられなかった(p≧0.05)。
【産業上の利用可能性】
【0114】
以上のように、本発明では免疫応答に関わるレセプターおよびリガンドの発現を簡便に評価することができる。したがって、本発明は、免疫応答または免疫疾患の診断医療分野、製薬分野および保健医学分野をはじめ、生命科学分野の産業に広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】(A)は、NK細胞の割合を測定した結果を示すグラフであり、(B)は、NKG2D陽性NK細胞の割合を測定した結果を示すグラフである。(A)および(B)においてB6は野生型マウスを表す。
【図2】(A)は、NKT細胞の割合を測定した結果を示すグラフであり、(B)は、NKG2D陽性NKT細胞の割合を測定した結果を示すグラフである。(A)および(B)においてB6は野生型マウスを表す。
【図3】(A)は、樹状細胞の割合を測定した結果を示すグラフであり、(B)は、RAE1陽性DCの割合を測定した結果を示すグラフである。(A)および(B)においてB6は野生型マウスを表す。
【図4】(A)は、CD8T細胞の割合を測定した結果を示すグラフであり、(B)は、NKG2D陽性CD8T細胞の割合を測定した結果を示すグラフである。(A)および(B)においてB6は野生型マウスを表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から採取した試料におけるNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出する検出工程を含む、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定方法。
【請求項2】
上記検出工程では、リンパ球におけるNKG2Dレセプターの発現を検出することを特徴とする請求項1に記載の判定方法。
【請求項3】
上記NKG2Dレセプターの発現は、上記リンパ球表面上へのNKG2Dレセプタータンパク質の発現であることを特徴とする請求項2に記載の判定方法。
【請求項4】
上記検出工程では、樹状細胞におけるNKG2Dリガンドの発現を検出することを特徴とする請求項1に記載の判定方法。
【請求項5】
上記NKG2Dリガンドの発現は、上記樹状細胞表面上へのNKG2Dリガンドタンパク質の発現であることを特徴とする請求項4に記載の判定方法。
【請求項6】
請求項1から5の何れか1項に記載の判定方法を実施するために用いるキットであって、
NKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現を検出するためのプライマー、プローブ、アレイおよび抗体のうちの少なくとも何れか1つを備えていることを特徴とする関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定キット。
【請求項7】
体内時計遺伝子の発現を検出する工程をさらに含み、当該工程にて検出した体内時計遺伝子の発現と、上記検出工程にて検出したNKG2DレセプターおよびNKG2Dリガンドの少なくとも何れかの発現との両方に基づいて、関節リウマチによる睡眠障害の発症または発症可能性の判定することを特徴とする請求項1から5の何れか1項に記載の判定方法。
【請求項8】
上記体内時計遺伝子は、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子およびPer3遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子であることを特徴とする請求項7に記載の判定方法。
【請求項9】
体内時計遺伝子の発現を検出するためのプライマー、プローブ、アレイおよび抗体のうちの少なくとも何れか1つをさらに備えていることを特徴とする請求項6に記載の判定キット。
【請求項10】
上記体内時計遺伝子は、Cry1遺伝子、Cry2遺伝子、Clock遺伝子、Bmal1遺伝子、Per1遺伝子、Per2遺伝子およびPer3遺伝子からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子であることを特徴とする請求項9に記載の判定キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−11776(P2010−11776A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−173844(P2008−173844)
【出願日】平成20年7月2日(2008.7.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.「第52回日本リウマチ学会総会・学術集会第17回国際リウマチシンポジウムプログラム・抄録集」 発行日 平成20年3月21日 発行所 有限責任中間法人 日本リウマチ学会 2.「MODERN RHEUMATOLOGY,ABSTRACT SUPPLEMENT The 52nd Annual Scientific Meeting and The 17th International Rheumatology Symposium」 発行日 平成20年3月21日 発行所 Japan College of Rheumatology (JCR) MR Editorial Board
【出願人】(504156706)株式会社膠原病研究所 (13)
【Fターム(参考)】