説明

関節機能改善剤及び飲食品

【課題】滑膜細胞におけるヒアルロン酸産生量を高めること、軟骨細胞におけるII型コラーゲンの産生量を高めること、及びマクロファージにおけるTNF−αの産生量を低減することにより、変形性関節症等による関節の機能障害を改善することができる安全性の高い新規な関節機能改善剤、並びに飲食品の提供。
【解決手段】ハス胚芽抽出物を含有する関節機能改善剤、及び前記関節機能改善剤を含有する飲食品である。前記関節機能改善剤は、ヒアルロン酸産生促進剤、II型コラーゲン産生促進剤、及びTNF−α産生抑制剤のいずれかとして好適に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、関節機能改善剤及び飲食品に関する。具体的には、ヒアルロン酸産生促進作用、II型コラーゲン産生促進作用、及び腫瘍壊死因子(TNF−α)産生抑制作用を有する関節機能改善剤、滑膜細胞におけるヒアルロン酸産生量を高めることができるヒアルロン酸産生促進剤、II型コラーゲン産生促進剤、TNF−α産生抑制剤、並びにこれらを含有する飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
関節の表面を覆っている軟骨や滑膜組織から分泌される滑液(関節液)は、関節の荷重の衝撃を和らげたり、関節の動きを滑らかにしたりする機能を果たしていることが知られている。前記滑液の主成分であるヒアルロン酸は、関節をスムーズに動かすための潤滑剤及びクッションの役割を果たしている。
前記滑液中のヒアルロン酸濃度は、正常な人の場合には、約3.4mg/mL〜5mg/mLであるが、変形性関節症の場合には前記濃度が約30%〜50%低下することが知られている。そして、滑液中のヒアルロン酸量の減少又はその粘性の低下によって、軟骨の摩耗、関節痛、運動障害といった症状が現れる。
【0003】
上記疾患において、潤滑機能の改善、関節軟骨の被覆(保護)、痛みの抑制及び病的関節液の改善若しくは正常化のために、関節液中のヒアルロン酸量を増加させることが考えられる。例えば、慢性関節リウマチ患者にヒアルロン酸ナトリウムの関節注入療法を行うと上記症状の改善が認められることが報告されている(非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、上記疾患の治療は長期にわたり、しかも医師の処方を必要とする。また、ヒト細胞のヒアルロン酸を産生する薬剤としては、インシュリン様成長因子−1、上皮成長因子(非特許文献2参照)及びインターロイキン−1(非特許文献3参照)等のサイトカイン、或いはフォルボールエステル(非特許文献4参照)などが知られているが、いずれも医薬品や飲食品等として簡便にかつ安心して使用することができるものではない。
【0005】
また、関節の骨と骨とが接する面には粘弾性に富んだ関節軟骨が存在しており、関節を保護すると共に関節面を滑らかにして関節の動きを円滑にしている。前記関節軟骨が激しい運動や加齢に伴ってすり減ると、変形性関節症に移行しやすいことが知られている。前記関節軟骨は自己修復能が乏しく自然には治癒し難いという問題がある。
そこで、関節軟骨の創傷治癒及び健康な関節の維持のためには、軟骨前駆細胞の軟骨細胞への分化誘導及び軟骨の主要構成成分であるII型コラーゲンの産生促進作用を有することが求められる。
【0006】
また、関節機能が低下し、関節炎が発生している場合、マクロファージが活性化されてTNF−αなどのサイトカインを盛んに産生することが知られている。前記サイトカインにより、好中球及び単球の誘導と、マクロファージ自身やヘルパーT4細胞の活性化とが加速されると、炎症が拡大しパンヌス(炎症を生じた滑膜の表層細胞が増殖して、それが絨毯状に広がって軟骨や骨に浸潤している状態)が形成される。前記パンヌスや軟骨がTNF−αの刺激を受けることで細胞外マトリックス蛋白分解酵素(MMP−3)が産生され、軟骨や骨を破壊する結果、関節の変形などの症状を引き起こすと考えられている。このような炎症のスパイラルに入り込むことを防ぐため、マクロファージにおけるサイトカインの産生を抑制することが求められる。
【0007】
したがって、生体内において滑膜細胞によるヒアルロン酸産生量を高め、産生されたヒアルロン酸が関節に補充されること、軟骨前駆細胞から軟骨細胞への分化誘導によるII型コラーゲンの産生を促進すること、及びマクロファージにおけるサイトカインの産生を抑制することにより軟骨の破壊を抑制することによって変形性関節症に対して効果を発揮する、つまり、関節のスムーズな動きを維持し、関節の変形を防ぎ、変形性関節症による痛み、運動障害などへの予防及び改善効果を有する簡便で安全性の高い素材が待ち望まれている。
【0008】
一方、ハスは古来よりその実が食されて或いは漢方薬として服用されており、その安全性が確立されている。
このハスを用いたものとして、例えば、ハスの種子の胚芽を水や水混和性の有機溶媒などを用いて抽出された抽出物が血圧降下作用を有すること(特許文献1参照)、同じくハスの胚芽から抽出された抽出物が高血圧症などの循環器疾患や気管支喘息などの呼吸器疾患、不眠症などの中枢神経疾患などに作用を有すること(特許文献2参照)、同じくハスの胚芽から抽出された抽出物が皮膚の老化防止作用を有すること(特許文献3参照)、更には、同じくハスの胚芽から抽出された抽出物が皮膚の表皮層の新陳代謝を促す作用を有すること(特許文献4参照)がそれぞれ開示されている。
【0009】
しかしながら、ハス(種子)の胚芽については、上記作用効果が知られているだけであり、ヒアルロン酸産生促進作用、II型コラーゲン産生促進作用、TNF−α産生抑制作用、関節機能改善作用などについては知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭63−66126号公報
【特許文献2】特開昭64−90129号公報
【特許文献3】特開2002−29980号公報
【特許文献4】特開2002−68993号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「炎症」、日本炎症学会、11巻、16頁、1991年
【非特許文献2】“Biochemica Biophysica Acta”、1014、p.305(1989)
【非特許文献3】「日本産科婦人科学会」雑誌、41巻、1943頁、1989年
【非特許文献4】“Experimental Cell Research”、vol.148、p.377(1983)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、滑膜細胞におけるヒアルロン酸産生量を高めること、軟骨細胞におけるII型コラーゲンの産生量を高めること、及びマクロファージにおけるTNF−αの産生量を低減することにより、変形性関節症等による関節の機能障害を改善することができる安全性の高い新規な関節機能改善剤、並びに飲食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、古来より食され、或いは漢方薬として使用されており、その安全性が確立されているハスの実の一部であるハス胚芽を用いて抽出されたハス胚芽抽出物が、ヒアルロン酸産生促進作用、II型コラーゲン産生促進作用、及びTNF−α産生抑制作用を有することを知見した。
【0014】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> ハス胚芽抽出物を含有することを特徴とする関節機能改善剤である。
<2> 関節機能改善剤が、ヒアルロン酸産生促進剤、II型コラーゲン産生促進剤、及び腫瘍壊死因子(TNF−α)産生抑制剤のいずれかである前記<1>に記載の関節機能改善剤である。
<3> 前記<1>から<2>のいずれかに記載の関節機能改善剤を含有することを特徴とする飲食品である。
<4> 前記<1>から<2>のいずれかに記載の関節機能改善剤を含有することを特徴とする皮膚外用剤である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、滑膜細胞におけるヒアルロン酸産生量を高めること、軟骨細胞におけるII型コラーゲンの産生量を高めること、及びマクロファージにおけるTNF−αの産生量を低減することにより、変形性関節症等による関節の機能障害を改善することができる安全性の高い新規な関節機能改善剤、並びに飲食品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、参考例1におけるコラーゲン産生促進作用を示すグラフである。
【図2】図2は、実施例2におけるコラーゲン産生促進作用を示すグラフである。
【図3】図3は、実施例3におけるコラーゲン産生促進作用を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(関節機能改善剤)
本発明の関節機能改善剤は、ハス胚芽抽出物を含有してなり、必要に応じて更にその他の成分を含有してなる。また、前記関節機能改善剤は、ヒアルロン酸産生促進剤、II型コラーゲン産生促進剤、及び腫瘍壊死因子(TNF−α)産生抑制剤のいずれかであり得る。なお、本発明にいうヒアルロン酸産生促進剤とは、上記したように滑膜細胞におけるヒアルロン酸の産生を促進する作用を有するものであって、後述する実施例の試験法にて作用を確認することができる物質を意味する。また、前記II型コラーゲン産生促進剤とは、軟骨細胞におけるII型コラーゲンの産生を促進する作用を有するものであり、前記TNF−α産生抑制剤とは、マクロファージにおけるTNF−αの産生を抑制する作用を有するものである。また、前記関節機能改善剤は、前記ヒアルロン酸産生促進作用、II型コラーゲン産生促進作用及びTNF−α産生抑制作用の少なくともいずれかを有する。
【0018】
本発明においては、スイレン科ハス属のハス(Nelumbo nucifera Gaertn.)の種子中にある胚(胚芽)が用いられる。胚芽は、通常緑色で棒状をしており、採取した種子から取り出し、生のまま或いは直ちに乾燥したものが好適に用いられる。
【0019】
ハス胚芽抽出物は、この胚芽を水や各種の有機溶媒、例えば、メタノール、エタノール等の低級脂肪族アルコール、アセトン、1,3−ブチレングリコール等の極性溶媒のほかクロロホルム、酢酸エチル等の中間性溶媒又はこれらの混合物、更には水とこれらの有機溶媒との混合抽出溶媒を用いて抽出することにより得られるものである。
【0020】
抽出に際してはハス種子より得られた胚芽をそのまま用いることもできるが、抽出効率を高めるため、予め粉砕して用いるのが好ましい。また、ヘキサンなどの非水系溶媒(非極性溶媒)を用いて予め脱脂処理しておくと、不純物含量が少なくなり、より効果の高い抽出物が得られる。
【0021】
前記抽出は、室温ないし加熱下において、抽出溶媒に応じて任意の装置を用いて行うことができる。例えば、抽出溶媒を満たした処理槽に粉砕したハス胚芽を投入し、ときどき撹拌しながら可溶性成分を溶出させる。その後、ろ過して抽出残渣を除去し、抽出液を得ることができる。このとき用いる溶媒量は、概ねハス胚芽に対して質量比で、1:5〜1:20となるように用いるのがよい。
【0022】
こうして得られた抽出物(液)は、そのまま関節機能改善剤として用いることもできるが、これらの剤の作用を妨げない範囲で、抽出液を濃縮した濃縮液や更に濃縮したエキス状物あるいは抽出溶媒等を留去した乾燥物として提供することもできる。
【0023】
また、ハス胚芽の抽出物は特有のにおいと味を有するので、その作用を低下させない程度に脱臭や脱色等を目的として精製を行うのが好ましい。もちろん、その使用目的等に応じて、例えば、本発明に係る飲食品に含有させる場合には、大量に使用するものではないため、そのまま使用しても実用上差し支えない。
【0024】
更に、本発明の関節機能改善剤には、必要に応じて上記抽出物に、保存やその取り扱いを容易にすべく、ショ糖や乳糖などの各種糖類、たんぱく質やデンプンなどの賦形剤、その他の任意の助剤を用いてもよい。また、適宜、製剤化して提供することも可能であって、例えば、粉末状、顆粒状、錠剤状など任意の剤形として提供することも可能である。
【0025】
<用法>
本発明の関節機能改善剤は、滑膜細胞によるヒアルロン酸産生量を高め、産生されたヒアルロン酸が関節に補充されることによって変形性関節症に対して効果を発揮するヒアルロン酸産生促進剤として適用できる。また、本発明の関節機能改善剤は、軟骨前駆細胞の軟骨細胞への分化を誘導し、軟骨の主要構成成分であるII型コラーゲンの産生量を高め、関節軟骨の創傷治癒及び健康な関節の維持に効果を発揮するII型コラーゲン産生促進剤として適用できる。また、本発明の関節機能改善剤は、マクロファージにおけるサイトカインの産生を抑制することにより軟骨の破壊を抑制し、炎症を抑制する効果を有するTNF−α産生抑制剤として適用できる。したがって、本発明のヒアルロン酸産生促進剤、II型コラーゲン産生促進剤及びTNF−α産生抑制剤は、関節のスムーズな動きを維持し、関節の変形を防ぎ、変形性関節症による痛み、運動障害などへの予防及び改善効果を有する人体に安全な関節機能改善剤として用いることができる。その形態としては、飲食品又は皮膚外用剤に配合して用いたり、医薬製剤として投与したりすることができる。また、これらの剤は、ヒトだけでなく動物にも適用することができる。
【0026】
前記関節機能改善剤を皮膚外用剤に配合する場合、ハス胚芽抽出物の配合量(乾燥質量)としては、外用剤全量中、0.0001質量%〜70質量%が好ましく、0.001質量%〜30質量%がより好ましい。
【0027】
前記関節機能改善剤を皮膚外用剤に適用する場合、上記成分に加えて、更に必要により、本発明の効果を損なわない範囲内で、通常化粧品や医薬品等の皮膚外用剤に用いられる成分、例えば、酸化防止剤、油分、紫外線防御剤、界面活性剤、増粘剤、アルコール類、粉末成分、色材、水性成分、水、各種皮膚栄養剤等を必要に応じて適宜配合することができる。
【0028】
更に、エデト酸二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、グルコン酸等の金属イオン封鎖剤、メチルパラベン、エチルパラベン、ブチルパラベン等の防腐剤、カフェイン、タンニン、ベラパミル、トラネキサム酸又はその誘導体、甘草抽出物、グラブリジン、カリンの果実の熱水抽出物、各種生薬、酢酸トコフェロール、グリチルリチン酸若しくはその誘導体又はその塩等の薬剤、ビタミンC、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸グルコシド、アルブチン、コウジ酸等の美白剤、グルコース、フルクトース、マンノース、ショ糖、トレハロース等の糖類なども適宜配合することができる。
【0029】
また、前記皮膚外用剤は、外皮に適用される化粧料、医薬部外品等、特に好適には化粧料に広く適用することが可能であり、その剤型も、皮膚に適用できるものであればいずれでもよく、溶液系、可溶化系、乳化系、粉末分散系、水−油二層系、水−油−粉末三層系、軟膏、化粧水、ゲル、エアゾール等、任意の剤型が適用される。
【0030】
使用形態も任意であり、例えば、化粧水、乳液、クリーム、パック等のフェーシャル化粧料、ファンデーション、口紅、アイシャドウ等のメーキャップ化粧料、芳香化粧料、浴用剤等に用いることができる。
【0031】
また、トイレタリー製品として、例えば、ボディーソープ、石けん等の形態に広く適用可能である。更に、医薬部外品であれば、各種の軟膏剤等の形態に広く適用が可能である。そして、これらの剤型及び形態に、本発明の関節機能改善剤の採り得る形態が限定されるものではない。
【0032】
本発明の関節機能改善剤を医薬製剤として用いる場合、該製剤は経口的にあるいは非経口的(静脈投与、腹腔内投与、等)に適宜に使用される。剤型も任意で、例えば錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等の経口用固形製剤、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤、又は注射剤などの非経口用液体製剤など、いずれの形態にも公知の方法により適宜調製することができる。これらの医薬製剤には、通常用いられる結合剤、崩壊剤、増粘剤、分散剤、再吸収促進剤、矯味剤、緩衝剤、界面活性剤、溶解補助剤、保存剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、pH調整剤等の賦形剤などを適宜使用してもよい。
【0033】
(飲食品)
本発明の関節機能改善剤は、任意の飲食品に添加することにより、あるいはこれらを主成分とした栄養補助食品などとして、経口的に活用することができる。
前記飲食品としては、特に制限はなく、例えば、各種の清涼飲料水、果汁飲料、和洋菓子、乳製品その他の畜産加工品、果実加工品、野菜加工品、穀物の加工品、水産加工品、調味料、ビタミンなどを主成分としたいわゆる各種の健康食品など数多くの飲食品が挙げられる。また、栄養補助食品としては、例えば、液剤の形態のもの又は錠剤などの形態のものとして提供することもできる。この場合の添加率は、添加対象である飲食品の一般的な摂取量を考慮して、液状、固形状など抽出物の形態によっても異なるが、概ね通常成人1日当たりのハス胚芽抽出物摂取量として約1mg〜1,000mg、原料であるハス胚芽乾燥物に換算して、概ね3mg〜6,000mgになるように添加するのが適当である。
【0034】
なお、本発明の飲食品には、ヒアルロン酸産生促進作用、II型コラーゲン産生促進作用、及びTNF−α産生抑制作用を妨げない限り、飲食品の製造に通常用いられる各種原材料を用いることができる。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0036】
(実施例1:ヒアルロン酸産生促進作用の評価)
ハス胚芽抽出物について、ヒト滑膜細胞におけるヒアルロン酸産生促進作用に関する試験を行った。具体的には、まず、慢性関節リウマチ患者由来のヒト滑膜細胞(HFLS−RA)をヒト滑膜細胞増殖培地(Synoviocyte Basal Medium、CELL APPLICATIONS,INC.製)を用いて7日間培養した。なお、培養装置としては、三洋電機株式会社製COインキュベーターを用い、培養条件としては、CO濃度5%、インキュベーション温度37℃とした。
その後、Trypsin/EDTA溶液を用いて、3分間トリプシン処理を行い、細胞を回収した。
次いで、回収した細胞を1.25×10cell/mLの濃度になるように1質量%ウシ胎児血清(Fetal Bovine Serum;FBS)含有ヒト細胞滑膜細胞増殖培地(Synoviocyte Basal Medium、CELL APPLICATIONS,INC.製)で希釈した後、96ウェルプレートに1ウェル当たり100μLずつ播種し、24時間培養した。培養後、1質量%FBS含有ヒト細胞滑膜細胞増殖培地で溶解したハス胚芽抽出物を各ウェルに100μLずつ添加し、24時間培養した。
【0037】
なお、前記ハス胚芽抽出物としては、ハス胚芽エキスパウダーMF(丸善製薬株式会社製)を用いた。ハス胚芽抽出物の濃度としては、培地中の最終濃度が25μg/mL、100μg/mL及び400μg/mLの3種類について試験を行った。
次いで、培養後、各ウェルの培地中のヒアルロン酸量をヒアルロン酸結合タンパク質(HABP)を用いたサンドイッチ法により測定した。具体的には、培養上清をAssayBuffer(0.5M NaCl、0.02%(v/v)Tween−20、1%(w/v)BSA/PBS)にて11倍希釈後、HABPプレートにアプライした。室温で2時間放置後、WashingBuffer(1.5M NaCl、0.05%(v/v)Tween−20、dHO)にて洗浄後、B−HABP溶液(生化学バイオビジネス株式会社製)を100μL添加し、1時間反応させた。その後、Streptavidin,Peroxidase Conjugate(CALBIOCHEM社製)で発色した後、415nmにおける吸光度を測定した。ヒアルロン酸量は、各ウェルから得られた試料について測定された吸光度を標準となるサンプルの検量線から換算した。結果を表1に示す。
ヒアルロン酸産生促進率の計算方法は、以下のとおりである。
ヒアルロン酸産生促進率(%)=A/B × 100
ただし、Aは、ハス胚芽抽出物を添加した場合のヒアルロン酸量、Bは、ハス胚芽抽出物を添加しなかった場合のヒアルロン酸量を、それぞれ表す。
【0038】
前記試験の対照試験として、慢性関節リウマチ患者由来のヒト滑膜細胞(HFLS−RA)を新生児皮膚線維芽細胞(NB1RGB、RIKEN GENE BANK)に変更し、培地をヒト滑膜細胞増殖培地から線維芽細胞増殖培地Minimum Essential Medium Alpha Medium(GIBCO社製)に変更した以外は、上記の方法と同様にして、新生児皮膚線維芽細胞におけるハス胚芽抽出物のヒアルロン酸産生促進作用を調べた。結果を表1に示す。
【0039】
【表1】

表1から、ハス胚芽抽出物は、ヒト滑膜細胞に対する優れたヒアルロン酸産生促進作用を有することが分かった。また、ハス胚芽抽出物は、新生児皮膚線維芽細胞に対するヒアルロン酸産生促進作用を有さないことから、前記作用は滑膜細胞に特異的であることが分かった。
【0040】
(II型コラーゲン産生促進作用の評価:参考例1、並びに実施例2及び3)
被験試料として、ハス胚芽エキスパウダーMF(丸善製薬株式会社製)を用い、軟骨細胞におけるII型コラーゲン産生促進作用を特開2010−189315号公報及び特開2011−213694号公報に記載の方法に従い、以下のようにして試験した。なお、本試験に用いる軟骨前駆細胞ATDC5は、コンフルエントになった後に軟骨細胞へ分化する細胞であり、未分化時にはI型コラーゲンを産生し、分化時にII型コラーゲンを産生するという特性が知られている(“The Journal of Cell Biology”、vol.133、No.2、p.457(1996)参照)。そこで、培養条件を変更し、未分化時と分化時における被験試料の作用を確認する試験を実施した。
【0041】
(参考例1)
マウス由来軟骨前駆細胞ATDC5(理研バイオリソースセンターから入手)を、5質量%のFBSを含有するダルベッコMEM/ハムF−12培地(質量比1:1、日水製薬株式会社製)を用いて前培養した後、トリプシン処理により細胞を回収した。回収した細胞を5.0×10cells/wellの濃度になるように5質量%FBS含有ダルベッコMEM/ハムF−12培地で希釈した後、24ウェルプレートに1ウェル当たり500μLずつ播種し、1日間培養した。培養終了後、培地を取り除き、0.1質量%BSA含有ダルベッコMEM/ハムF−12培地(FBSを含まない)で溶解した被験試料を各ウェルに500μL添加し、3日間培養した。培養終了後、培地を取り除き、細胞をプレートに固定させウェル中のコラーゲンをシリウスレッド(和光純薬工業株式会社製)、非コラーゲンタンパク質をファストグリーン(和光純薬工業株式会社製)によって染色した。染色後、メタノールと1NのNaOHとの混合液(質量比1:1)で抽出した後、波長540nmにおける吸光度を測定した。同時に非コラーゲンタンパク質量として波長605nmにおける吸光度を測定し、両者の差からコラーゲン量を算出した。
なお、コラーゲン産生促進率の計算方法は以下の通りである。
コラーゲン産生促進率(%)=A/B×100
A:被験試料添加時のコラーゲン産生量
B:被験試料無添加時(陰性対照)のコラーゲン産生量
【0042】
なお、被験試料を添加しない陰性対照及びハス胚芽エキスパウダーMFを添加した細胞は未分化であることを顕微鏡観察により確認した。したがって、この試験はI型コラーゲンの産生促進作用の評価に相当する。また、分化誘導させた陽性対照として、ハス胚芽エキスパウダーMFに代えてアスコルビン酸リン酸マグネシウムを用い、同様に評価した。結果を表2及び図1に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
表2及び図1から、未分化の軟骨前駆細胞においてはハス胚芽エキスパウダーMFにはコラーゲン産生促進作用が認められなかった。したがって、I型コラーゲン産生促進作用は有さないと考えられる。
【0045】
(実施例2)
参考例1において、被験試料添加後の培養時間を3日間から14日間に変更した以外は、参考例1と同様にして、コラーゲン産生促進率を評価した。結果を表3及び図2に示す。なお、試料を添加しない陰性対照細胞は未分化であることを顕微鏡観察により確認した。また、ハス胚芽エキスパウダーMFを添加した細胞では、一部の細胞において軟骨細胞に分化していることを顕微鏡観察により確認した。また、分化誘導させた陽性対照として、ハス胚芽エキスパウダーMFに代えてアスコルビン酸リン酸マグネシウムを用い、同様に評価した。
【0046】
【表3】

【0047】
表3及び図2から、ハス胚芽エキスパウダーMFにおいてコラーゲン産生促進作用が認められた。実施例2では、I型及びII型のどちらのコラーゲン産生促進能も検出されると考えられるが、参考例1の結果と合わせて考えると、ハス胚芽エキスパウダーMFは分化を誘導することでII型コラーゲンの産生を促進していると考えられる。
【0048】
(実施例3)
参考例1において、細胞の培養条件を以下のように変更した以外は、参考例1と同様にして、細胞を固定し、染色して、コラーゲン産生促進率を算出した。結果を表4及び図3に示す。なお、本実施例における培養条件は、アスコルビン酸リン酸マグネシウムにより軟骨前駆細胞を軟骨細胞に分化させる条件であり、分化していることを顕微鏡観察により確認した。
<培養条件>
マウス由来軟骨前駆細胞ATDC5(理研バイオリソースセンターから入手)を、5質量%FBS含有ダルベッコMEM/ハムF−12培地を用いて前培養した後、トリプシン処理により細胞を回収した。回収した細胞を5.0×10cells/wellの濃度になるように分化誘導培地〔50μg/mLのアスコルビン酸リン酸マグネシウムを添加したα−MEM培地(日水製薬株式会社製、FBSを含まない)〕で希釈した後、24ウェルプレートに1ウェル当たり500μLずつ播種し、7日間培養した。培養終了後、培地を取り除き、0.1質量%BSA含有MEM/ハムF−12培地(FBSを含まない)で溶解した被験試料を各ウェルに500μL添加し、1日間培養した。
【0049】
【表4】

【0050】
表4及び図3から、ハス胚芽エキスパウダーMFによるコラーゲン産生促進作用が認められた。したがって、ハス胚芽エキスパウダーMFは、分化した軟骨細胞に対するII型コラーゲン産生促進作用を有すると考えられる。
【0051】
参考例1、並びに実施例2及び3の結果から、ハス胚芽抽出物はII型コラーゲンの産生促進作用を有すると考えられる。また、実施例2から、未分化の軟骨前駆細胞を分化に誘導することでII型コラーゲンの産生を促進すること、実施例3から、分化した軟骨細胞のII型コラーゲンの産生を促進することが示唆された。したがって、ハス胚芽抽出物は軟骨の損傷治療及び健康な軟骨を維持する作用を有すると考えられる。
【0052】
(実施例4:腫瘍壊死因子(TNF−α)産生抑制作用の評価)
被験試料としてハス胚芽エキスパウダーMF(丸善製薬株式会社製)を用い、下記の試験方法により腫瘍壊死因子(TNF−α)産生抑制作用を試験した。
【0053】
マウスマクロファージ細胞(RAW264.7、大日本製薬株式会社製)を10質量%FBS含有ダルベッコMEM(日水製薬株式会社製)を用いて培養した後、セルスクレーパーにより細胞を回収した。回収した細胞を1.0×10cells/mLの濃度になるように10質量%FBS含有ダルベッコMEMで希釈した後、96ウェルプレートに1ウェル当たり100μLずつ播種し、37℃、5%CO下で4時間培養した。培養終了後、培地を取り除き、終濃度2%のDMSOを含む10質量%FBS含有ダルベッコMEMで溶解した被験試料を各ウェルに100μL添加し、終濃度1μg/mLで10質量%FBS含有ダルベッコMEMに溶解したリポポリサッカライド(LPS、E.coli
0111;B4、DIFCO社製)を100μL加え、37℃、5%CO下で24時間培養した。培養終了後、各ウェルの培養上清中のTNF−α量を下記のサンドイッチELISA法を用いて測定した。
一次抗体であるラット抗マウスTNF−αモノクローナル抗体(Endogen Inc.製)を50mMの炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.6)で2.5μg/mLとなるように溶解し、その溶液100μLを96ウェルマイクロプレートに加え、一晩、4℃でコーティングした。次いで、洗浄液(0.05質量%のTween20を含むリン酸緩衝液)で各ウェルを洗浄後、1質量%BSAを含むリン酸緩衝液でブロッキングを行った。
洗浄液によって各ウェルを洗浄後、試験培地で培養上清を希釈し、その100μLを各ウェルに加え、37℃で120分間インキュベートした。各ウェルを洗浄した後、二次抗体として、0.3質量%BSAを含むリン酸緩衝液に2.5μg/mLの濃度で溶解させたウサギ抗マウスTNF−αポリクローナル抗体(Endogen Inc.製)100μLを加え、37℃で60分間インキュベートしてから洗浄した。
次いで、1,000倍に希釈したアルカリフォスファターゼ標識抗ウサギIgG抗体(CHEMICON Inc.製)を100μL加え、37℃で60分間インキュベートした。各ウェルを洗浄した後、発色用緩衝液(20mM硫酸マグネシウム含有トリス塩酸緩衝液、pH8.0)100mLにp−ニトロフェニルリン酸50mgを溶解してなる基質溶液150μLをウェルに添加し、37℃で20分間〜30分間酵素反応を行って発色させ、405nmの吸光度を測定し、リコビナントマウスTNF−α(Endogen Inc.製)標準液より作成した標準曲線から、培養上清中のTNF−α量(pg/mL)を求めた。
TNF−α産生抑制率は、下記式により算出した。
TNF−α産生抑制率(%)={(B−A)/B}×100・・・(式)
A:被験試料添加時のTNF−α量
B:被験試料無添加時(コントロール)のTNF−α量
【0054】
なお、被験試料の濃度を25μg/mL、50μg/mL、及び100μg/mLとして上記TNF−α産生抑制率の測定を行い、これらのTNF−α産生抑制率から、内挿法により、TNF−α産生抑制率が50%になる被験試料濃度IC50(μg/mL)を求めた。結果を表5に示す。
【0055】
【表5】

【0056】
表5から、ハス胚芽抽出物はTNF−αの産生抑制作用を有することが示された。したがって、ハス胚芽抽出物はマクロファージにおけるサイトカインの産生を抑制することにより軟骨の破壊を抑制し、関節炎を抑制すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の関節機能改善剤によれば、ヒアルロン酸産生促進作用、II型コラーゲン産生促進作用及びTNF−α産生抑制作用により、変形性関節症等による関節の機能障害を改善することができ、安全性の高い新規な関節機能改善剤として適用できる。また、滑膜細胞におけるヒアルロン酸産生量を高められるため、ヒアルロン酸産生促進剤として適用できる。また、軟骨細胞におけるII型コラーゲンの産生量を高められるため、II型コラーゲン産生促進剤として適用できる。また、マクロファージにおけるTNF−αの産生量を低減できるため、TNF−α産生抑制剤として適用できる。また、前記関節機能改善剤を任意の飲食品に添加することにより、又はこれらを主成分とした栄養補助食品などとして変形性関節症の症状緩和に貢献できる。具体的には、関節のスムーズな動きを維持し、関節の変形を防ぎ、変形性関節症による痛み、運動障害などへの予防及び改善に貢献できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハス胚芽抽出物を含有することを特徴とする関節機能改善剤。
【請求項2】
関節機能改善剤が、ヒアルロン酸産生促進剤、II型コラーゲン産生促進剤、及び腫瘍壊死因子(TNF−α)産生抑制剤のいずれかである請求項1に記載の関節機能改善剤。
【請求項3】
請求項1から2のいずれかに記載の関節機能改善剤を含有することを特徴とする飲食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−176945(P2012−176945A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−20533(P2012−20533)
【出願日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【出願人】(591082421)丸善製薬株式会社 (239)
【Fターム(参考)】