説明

防かび剤

【課題】環境や人体にやさしく安全性がより高い天然物系の防かび剤を提供する。
【解決手段】イペ(Tabebuia spp.)材の抽出物を防かび剤の有効成分として含有することとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防かび剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
最終製品である製品革に使用される防かび剤として銀置換無機イオン交換体を主成分とした防かび剤が知られているが、ほとんどの革製品には防かび処理が行われていないため、革製品の輸入、輸送、保管段階、さらには販売後のさまざまな段階において、おもに環境由来のかび胞子が革製品の表面に付着し、これが湿度、温度等の条件により発芽し、かびが発生して製品等の品質や機能の低下を引き起こすという問題があった。
【0003】
一方で、皮革原皮の防かび処理に使用される薬剤として皮革用防かび剤が知られている。この皮革用防かび剤は、クロムなめし浴、タンニンなめし浴、加脂浴、水漬浴、ピックリング浴など原皮の製造工程中におけるかびの発生を抑制することを目的としており、その製造工程中において優れた防かび性能を示す。しかしながら、製品原料用革として出荷する時点では、前記製造工程中の水洗処理や乾燥処理などによって防かび成分が製品原料用革にほとんど残らないため、出荷後の製品には防かび性能が十分に付与されない。また前記皮革用防かび剤は、一般的にトリクロールフォスフェイト系、パラクロールメタクレゾール系、有機スズ系、ベンズイミダゾール系、ベンズイミダゾール系有機窒素ハロゲン系、有機硫黄系、塩素化脂肪族系、有機ヨウ素系、イマザリル硫酸塩系防かび剤などが知られているが、近年、環境や人体への影響を考慮し、環境や人体にやさしく安全性がより高いと考えられる天然物系の防かび剤が求められている。
【0004】
ところで、天然物系のものを用いた例としては特許文献1の抗菌剤があり、イペ(Tabebuia spp.)材のアセトン抽出物が細菌に対して抗菌作用を有することを報告している。しかしながら、この特許文献1の抗菌剤が対象にしているのはグラム陽性細菌・陰性細菌であり、本発明が対象にしているかび(真菌類(糸状菌))とはその構造、ライフサイクルがまったく異なる微生物であるため、特許文献1はかび(真菌類(糸状菌))発生防止の有効性を示唆するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−166803号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、皮革または皮革品に対して適用可能な、環境や人体にやさしく安全性がより高い天然物系の防かび剤を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下のことを特徴としている。
【0008】
第1には、本発明の防かび剤は、イペ(Tabebuia spp.)材の抽出物を有効成分として含有することを特徴とする。
【0009】
第2には、抽出物が、アルコール抽出物であることを特徴とする。
【0010】
第3には、本発明の皮革または革製品は、上記第1または第2の発明の防かび剤が表面に塗布もしくは塗沫されている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、皮革または革製品などに塗布もしくは塗沫することにより、皮革および革製品の表面に付着したおもに環境由来のかび胞子の発芽を抑制し、かびの発生を防止もしくは低減化できる。しかも、環境や人体に対して悪影響を及ぼすおそれがある従来の重金属類や有機塩素化合物類を含む防かび剤とは異なり、本発明は有効成分として天然物を用いているため、環境や人体に与える影響が小さく安全性の高い防かび剤が提供される。
【0012】
本発明の防かび剤は、皮革や革製品以外にも、プラスチック製品や塗料製品、接着剤、ティッシュペーパーや壁紙などの紙製品をはじめ、各種の工業材料および工業製品に適用でき、防かび性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の防かび剤の製造工程の概略図である。
【図2】イペ材のメタノール抽出物のガスクロマトグラフ質量分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の防かび剤は、イペ(Tabebuia spp.)材の抽出物を有効成分として含むものである。
【0015】
本発明において用いられるイペ材は、ブラジルやペルーなど南アメリカ大陸アマゾン川流域等に広く分布する、ノウンゼンカズラ科の広葉樹木材である。日本にはエクステリア材として輸入されているが、製材時の切削加工が難しいため、日本国産の針葉樹や広葉樹の製材歩留(60%程度)に比べて製材歩留が低くなっており、端材などの未利用廃棄物が多量排出される。イペ材の端材は気乾密度が高くパーティクルボードへの再利用が難しいことから、現状では未利用のまま一部が燃料として用いられているに過ぎないが、本発明ではこのイペ材廃棄物を使用することができ、イペ材廃棄物の有効利用法としても期待される。
【0016】
本発明の防かび剤は、例えば、図1に示す製造工程を経て得られる。まず、抽出の効率を高めるため、イペ端材などのイペ材を適当な大きさに粉砕して小片化する。後述する実施例では、20mm(放射方向)×20mm(接線方向)×5mm(繊維方向)程度の大きさに裁断しているが、これに限定されるものではない。イペ製材鋸屑を用いる場合は、粉砕処理は不要であり粉末状のまま使用できる。抽出溶媒は木材や植物等に一般的に用いられる有機溶媒を使用できるが、特に好ましいものとしてアルコール系溶媒を用いる。例えば、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソブチルもしくはブチルアルコール等の低級アルコールが好ましいものとして例示できる。抽出は、ソックスレー抽出など加熱環流により行うこともできるが、浸漬抽出であってもよい。抽出液(イペ材抽出成分液)は、そのまま本発明の防かび剤として使用することができるが、濃縮もしくは乾固(イペ材抽出成分乾固物)させて粉末にしてイペ材抽出成分粉末製剤とし、これを適当な溶媒に溶解して液状にしたり、あるいは疎水性基剤(油脂性基剤)に混合し分散させてペースト状にしたものを防かび剤として使用してもよい。濃縮処理は、例えば、減圧下または常圧下で、5分間〜3時間程度、40〜120℃加熱して行うことができる。乾固処理も、例えば、減圧下または常圧下で、40〜150℃加熱して行うことができる。なお、濃縮処理や乾固処理の処理条件は、これに限定されるものではない。
【0017】
以上のようにして得られた防かび剤は、後述する実施例で示しているように、皮革に生育しやすいかびとして知られている黒こうじかび(Aspergillus niger)及び青かび(Penicillium citrinum)等に有効であり、属が同一である他のAspergillus属やPenicillium属のかびにも効果が期待できる。上記防かび剤を皮革または皮革品の表面に塗布もしくは塗沫することによって、皮革または皮革品に優れた防かび性を付与することができる。特に皮革に適用した場合、以後の皮革から皮革製品への製造工程中の水洗処理や乾燥処理等によっても防かび性が失われないため、製品段階で防かび処理を施すことなくそのまま皮革製品を出荷できる等、優れた効果を奏する。もちろん、皮革や皮革品に限らず、プラスチック製品や塗料製品、接着剤、ティッシュペーパーや壁紙などの紙製品をはじめ、各種の工業材料および工業製品に適用することも可能であり、皮革や皮革品と同様に優れた防かび性を付与することができる。
【0018】
以上、実施形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記の実施形態に何ら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において各種の変更が可能である。以下、本発明の実施例を具体的に説明する。
【実施例】
【0019】
<実施例1>
イペ心材小片(20mm(放射方向)×20mm(接線方向)×5mm(繊維方向)程度)を、ソックスレー抽出器で8時間抽出して得た抽出溶液をエバポレーターで減圧濃縮し乾固させて抽出物を得た。抽出溶媒はメタノールを用いた。得られた抽出物の収量(抽出物含有量)は、抽出物をデシケーター中で減圧乾燥後に質量を測定して求めたところ、11.7%であった。得られた抽出物は、乳鉢で粉末状にすりつぶして粉末状製剤とした。
【0020】
前記粉末状製剤をアセトンに溶解し、その溶液を皮革片(2×2cm)に塗布して試験片を得た。試験片は、イペ材抽出成分の塗布濃度が0.0(対照試験)、0.5、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0mg/cmのものをそれぞれ準備した。なお、皮革片は、鞣し処理等を行った豚の製品用原料皮革を用いた。
【0021】
イペ材抽出成分の防かび剤としての性能は、防かび剤の効力試験等に用いられるペーパーディスク法を参考に下記により評価した。
【0022】
内径90mmの滅菌シャーレ内に高圧蒸気滅菌したポテトデキストロース寒天培地(PDA培地)を約20mL注入し固化させた。JIS Z 2911:2006かび抵抗性試験、皮革および皮革製品の試験に規定された黒こうじかび(Aspergillus niger van Tieghem NBRC6341)の胞子を一定量(5白金耳)とり、湿潤剤添加殺菌水(スルホこはく酸ジオクチルナトリウム50mg/l)10mlに懸濁させ、単一胞子懸濁液とした。単一胞子懸濁液を滅菌したガラスウールを詰めたロートでろ過し、全量50mlになるように湿潤剤添加殺菌水を加えた。殺菌したコンラージ棒をろ過後の単一胞子懸濁液に浸し、すみやかに上記ポテトデキストロース寒天培地上に単一胞子懸濁液をコンラージ棒を用いて塗沫した。そこに、準備した試験片をそれぞれ置き、温度28%、相対湿度95%以上で7日間培養し、試験片表面のかびの発生を目視および実体顕微鏡を用いて約50倍で観察し、防かび剤の性能(かび抵抗性)を評価した。なお、試験は、塗布してから24時間風乾した試験片と、さらに溶脱操作(イオン交換水中にて1時間かくはん処理)してから48時間風乾した試験片について実施した。
【0023】
防かび剤の性能(かび抵抗性)の評価基準は、かびの発生が試験片の面積の1/3以上に認められた場合を「2」、かびの発生が試験片の面積の1/3未満である場合を「1」、かびの発生が認められない場合を「0」として評価した。ここで評価結果が「1」または「0」であれば、防かび効果ありと判断できる。
【0024】
その結果を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
<実施例2>
実施例1において、黒こうじかび(Aspergillus niger van Tieghem NBRC6341)の胞子の代わりにJIS Z 2911:2006かび抵抗性試験、皮革および皮革製品の試験に規定された青かび(Penicillium citrinum Thom NBRC6352)の胞子を用いた以外は実施例1と同様にして、防かび剤の性能(かび抵抗性)を評価した。
【0027】
その結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表1及び表2中のかっこ内の評価は、実体顕微鏡を用いて約50倍で観察した結果であり、目視にて確認・判断するJIS規格よりも厳格な観察条件である。表1及び表2中、「痕跡」と評価されたものは、実体顕微鏡(約50倍)による観察によってかびの発生が僅かに確認されたものであるが、イペ材抽出成分の塗布濃度条件が同じである目視による観察結果(JIS規格)では「0」と評価されており、十分な防かび性能があると評価される。
【0030】
以上の結果から、イペ材のアルコール抽出成分を皮革片に2.0mg/cm以上の濃度に塗布すると、黒こうじかび(Aspergillus niger van Tieghem NBRC6341)に対して十分なかび生長抑制作用を示すことが確認できた。青かび(Penicillium citrinum Thom NBRC6352)に対しては、イペ材のアルコール抽出成分を皮革片に1.0mg/cm以上の濃度に塗布すると十分なかび生長抑制作用を示すことが確認できた。また、塗布後に溶脱操作(イオン交換水中にて1時間かくはん処理)を行ってもかび生長抑制作用の効果が変わらないことから、本発明の防かび剤を皮革原皮の防かび処理に用いた場合には、原皮の製造工程中および出荷後の皮革製品に対して十分な防かび性能を付与することができる。
<実施例3>
実施例1で得たイペ材のメタノール抽出物について、ガスクロマトグラフ質量分析(GC部:日本電子株式会社製JMS−GCmateII、MS部:Agilent社製6890A、カラムHP−1φ0.32mm×30m、膜厚0.25μm)を用いて主な成分の定性を行った。なお、試料導入口温度:300℃、検出部温度300℃、カラム初期温度:150℃、カラム昇温温度10℃/min、カラム最終温度:250℃とした。図2にイペ材のメタノール抽出物のガスクロマトグラフ質量分析結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イペ(Tabebuia spp.)材の抽出物を有効成分として含有することを特徴とする防かび剤。
【請求項2】
抽出物が、アルコール抽出物であることを特徴とする請求項1に記載の防かび剤。
【請求項3】
請求項1または2の防かび剤が表面に塗布もしくは塗沫されている皮革または革製品。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−248085(P2010−248085A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−96262(P2009−96262)
【出願日】平成21年4月10日(2009.4.10)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】