説明

防曇性物品およびその製造方法

【課題】 親水性有機ポリマーを含む防曇被膜による防曇性物品において、必要とされる防曇性を維持しつつ、高い耐摩耗性や耐擦傷性を有する防曇性物品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 無機物品の表面に、無機微粒子群の結合された凸部群を含んでなる下地が形成されており、前記下地の表面を覆うように、主成分としてカルボキシル基を分子中に含む親水性有機ポリマーと、シリコン原子に有機基が結合してなる化合物とを含んでなる親水性被膜が、形成されていることを特徴とする防曇性物品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防曇性物品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、風呂場に設置される鏡や自動車用窓ガラスには、実用面から防曇性が求められている。清浄な表面のガラスは親水性であり、防曇性を有している。しかし、時間の経過に従って、ガラス表面が汚染されてきて、親水性がなくなり防曇性も低下してしまう。
【0003】
本発明者らは、特開平11−100234号公報にて、「4〜300nmの粒径を有する金属酸化物微粒子を含有し、金属酸化物をマトリックスとする膜が基材上に被覆されており、前記膜表面には算術平均粗さ(Ra)が1.5〜80nmであり、かつ凹凸の平均間隔(Sm)が4〜300nmである凹凸が形成されている防曇物品」を開示している。
【0004】
優れた防曇性を付与するためには、吸水性を持った有機材料の防曇剤を用いるとよい。しかし、この有機材料の防曇剤だけでは、布などで摩擦される条件下では耐久性が十分でない場合が多い。そこで例えば、吸水性高分子層と表面の凹凸を利用した技術として、特開平07−164971号公報には、「ガラス基板の一面に反射性のコーティングを施したミラーにおいて、該ガラス基板の反射性のコーティング面と反対側の表面上に、金属酸化物からなる表面が微細凹凸をした下地層、吸水性高分子層が順次形成されていることを特徴とする親水性ミラー」が、開示されている。
【0005】
さらに、防曇性膜の耐久性を維持向上させるために、吸水性有機材料を無機材料であるガラス質骨格と組み合わせることが提案されている。例えば、特開2001−152137号公報には、「基材表面に、吸水性有機高分子と無機物質よりなる吸水性有機無機複合被膜を被覆し、その表面を撥水性加工してなることを特徴とする防曇被膜形成基材」が開示されている。
【0006】
また、特開2005−110918号公報では、鏡本体と該鏡本体と密着した被膜を具備した防曇鏡において、該被膜が吸水性と親水性を呈する被膜であり、被膜の膜厚が5μm以上30μm以下である防曇鏡を開示している。被膜中に存在するオキシエチレン鎖によって、被膜に十分な吸水性を得るとしている。
【特許文献1】特開平11−100234号公報
【特許文献2】特開平07−164971号公報
【特許文献3】特開2001−152137号公報
【特許文献4】特開2005−110918号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の特開平07−164971号公報に記載された技術では、フッ素樹脂とゾル溶液を混合し、このフッ素樹脂を熱分解させて、金属酸化物からなる微細凹凸下地層を形成している。この下地層の凹部に、吸水性高分子層を形成して防曇性を発現させている。しかし、この技術では、下地層表面に形成できる凹部の体積には限界があった。
【0008】
また、上述の特開2001−152137号公報に記載された技術では、引っかきや摩耗に耐えうるほどの硬度を持たせるために、無機成分の配合比率を上げると、有機防曇剤が本来有していた吸水性が低下してしまう。このため、防曇性は著しく劣化する。この技術では、防曇性を失わずに、膜の耐擦傷性を改善するには限界があった。
【0009】
さらに、上述の特開2005−110918号公報に記載された技術では、吸水性と親水性を呈する被膜の膜厚が5μm以上必要であり、やはり膜の耐擦傷性を改善するには限界があった。
【0010】
本発明は、このような従来の問題点に着目してなされたもので、その目的は、親水性有機ポリマーを含む防曇性被膜による防曇性物品において、必要とされる防曇性を維持しつつ、高い耐摩耗性や耐擦傷性を有する防曇性物品、およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(予備検討)
まず、上述した特開2001−152137号公報に記載の技術を用いて、物品の防曇性を向上させることを検討した。そのためには、防曇性被膜の膜厚を厚くするとよい。つまり、防曇性のために必要な防曇性被膜の単位面積あたりの体積を、所定量以上確保するようにしたのである。この複合被膜を厚くしたところ、耐摩耗性などの耐久性が劣化してしまうことが明らかとなった。
【0012】
また、防曇被膜の耐久性を向上させるためには、下地部分の硬度が硬く物品との密着力に優れていることが望まれる。そこで、本発明ではまず、無機材料にて下地を構成することとした。さらに、防曇性被膜の厚みを必要以上に厚くすることなく、防曇性のために必要な親水性被膜の単位面積あたりの体積を確保するため、複数の凸部を有する下地とした。
【0013】
加えて、この下地の上に形成する親水性有機ポリマーを含んでなる親水性被膜において、親水性有機ポリマーの親水性官能基に着目して、さらに検討を行った。
【0014】
その結果、無機微粒子群を好ましくはバインダーを介して物品の表面に結合して複数の凸部を形成すると、耐久性の基礎となる耐摩耗強度に優れた下地とすることができ、さらに、カルボキシル基を分子中に含む親水性有機ポリマーと、シリコンアルコキシドの重合物を含んでなる親水性被膜を形成することで、高い防曇性と耐摩耗性が両立できることを見出した。
【0015】
つまり、上述の特開平07−164971号公報に記載された技術のように、下地を連続膜とするのではなく、微粒子により複数の凸部を形成したのである。さらに、この複数の凸部を覆い、その隙間に、カルボキシル基を分子中に含む親水性有機ポリマーと、シリコン原子に有機基が結合してなる化合物とを含んでなる親水性被膜を充填するように形成するとよい。
【0016】
このような下地と親水性被膜とを組み合わせると、親水性被膜のみならず、防曇性被膜の膜厚を厚くしなくても、良好な防曇性を発揮させることができる。
【0017】
すなわち、本発明は請求項1に記載の発明として、
無機物品の表面に、無機微粒子群の結合された凸部群を含んでなる下地が形成されており、
前記下地の表面を覆うように、主成分としてカルボキシル基を分子中に含む親水性有機ポリマーと、シリコン原子に有機基が結合してなる化合物とを含んでなる親水性被膜が、形成されていることを特徴とする防曇性物品である。
【0018】
請求項2に記載の発明として、
請求項1に記載の防曇性物品において、
前記シリコン原子に結合した有機基は、親水性である防曇性物品である。
【0019】
請求項3に記載の発明として、
請求項2に記載の防曇性物品において、
前記シリコン原子に結合した親水性の有機基は、少なくともエポキシ基、アミノ基、ウレイド基、イソシアネート基のいずれか一つである防曇性物品である。
【0020】
請求項4に記載の発明として、
請求項1に記載の防曇性物品において、
前記防曇被膜中に、さらに界面活性剤を含む防曇性物品である。
【0021】
請求項5に記載の発明として、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記親水性被膜の厚みが20nm〜500nmである防曇性物品である。
【0022】
請求項6に記載の発明として、
請求項1〜5のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記凸部の平均高さが300nm以下である防曇性物品である。
【0023】
請求項7に記載の発明として、
請求項1〜6のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記複数の凸部の全ての高さが所定の範囲内にある防曇性物品である。
【0024】
請求項8に記載の発明として、
請求項1〜7のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記無機微粒子群はシリカ微粒子であり、無機バインダーを介して前記無機物品の表面に結合され、前記下地を形成している防曇性物品である。
【0025】
請求項9に記載の発明として、
請求項8に記載の防曇性物品において、
前記シリカ微粒子の粒径が20nm〜300nmである防曇性物品である。
【0026】
請求項10に記載の発明として、
請求項1〜9のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記防曇被膜の少なくとも一部が、前記凸部群の隙間に充填されている防曇性物品である。
【0027】
請求項11に記載の発明として、
請求項1〜10のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記親水性有機ポリマーが、アクリル酸もしくはマレイン酸の重合体、またはアクリル酸もしくはマレイン酸を含む共重合体からなる防曇性物品である。
【0028】
請求項12に記載の発明として、
無機物品の表面に、無機微粒子群を直接、または無機バインダーを介して結合して、凸部群を含む下地を形成し、
前記下地の表面に、主成分としてカルボキシル基が分子中に含まれる親水性有機ポリマーと、シリコン原子に有機基が結合してなる化合物とを含んでなる親水性被膜を、形成することを特徴とする防曇性物品の製造方法である。
【0029】
以上のように構成した無機微粒子による下地は、無機微粒子の持つ本来の硬度により、面に垂直方向の圧縮力に対しては非常に強いものとなる。さらに、この凸部上に親水性被膜を形成すると、親水性被膜が無機微粒子同士の隙間に入り込んで固定化される。なお、本明細書において、親水性を有する被膜を親水性被膜と呼び、下地の上に親水性被膜を形成したものを防曇性被膜と呼ぶことにする。
【0030】
下地として複数の凸部を有することで、親水性被膜の接合面の面積が拡大し、その表面形状が複雑化するので、密着度が飛躍的に向上する効果がある。また、無機微粒子群による下地が存在するので、表面摩耗等のように膜面に平行な力が加わったときに、親水性被膜が物品から容易に剥がれ難くなる効果がある。この結果、防曇性被膜の耐摩耗性が向上するのである。
【0031】
加えて、硬い下地の上に親水性被膜を適度な厚みで形成したので、防曇性被膜の耐擦傷性にも優れている。
【0032】
本発明における複数の凸部の平均高さとは、全ての凸部の高さを平均したものをいう。この平均高さが300nmを超えると、例えばガラスなどの透明体の場合には、透視性が損なわれる。鏡であれば、反射映像が曇ってしまう。また、この平均高さの下限値は、20nmが好ましい。この平均高さが20nm未満になると、凸部を形成した効果が弱くなるので、好ましくない。
【0033】
本発明において、複数の凸部の全ての高さは、所定の範囲内にあることが好ましい。この所定の範囲とは、平均高さを基準にして±30%以内であることを意味する。好ましくは、±20%以内であり、より好ましくは±10%以内である。
【0034】
無機微粒子の材料としては、酸化錫やシリカ微粒子が好ましく用いられる。酸化錫としては、CVD法により形成されるとよい。CVD法によると、物品と結合力の強い酸化錫微粒子を形成することができる。
【0035】
シリカ微粒子は、粒径の揃ったものが容易に入手可能であるので、凸部の平均高さを簡単に制御することができ、本発明には好適に使用される。なお、シリカ微粒子では、物品との結合力が十分でない場合もあるので、バインダーを介して物品表面に結合されているとよい。
【0036】
シリカ微粒子の粒径は20〜300nmが好ましい。この粒径のシリカ微粒子を用いると、好ましい平均高さの凸部を容易に形成できる。
【0037】
さらに、このシリカ微粒子は、粒径の異なる2つの群を含ませて用いることもできる。大きな粒径のシリカ微粒子によって、複数の凸部の高さが決まる。小さな粒径のシリカ微粒子は、下地の表面積の増大に寄与し、またバインダーとして大きな粒径のシリカ微粒子の物品表面との結合力を補う。
【0038】
本発明において、親水性被膜の厚みとは、物品表面と防曇性被膜の最表面との距離から、下地である複数の凸部の平均高さを引いたものとして定義する。親水性被膜の厚みは、20〜500nmの範囲が好ましい。20nm未満では防曇性能が十分でない。500nmを超えると、耐摩耗性などが劣ってくる。親水性被膜の厚みは、150nm以下がより好ましく、100nm以下でもよく、50nm以下でもよい。
【0039】
なお、凸部群の平均高さが高いほど、アンカー効果や表面積が増大することによって、親水性被膜を下地に強固に密着できるとともに、親水性被膜の体積を増やすことができる。
【0040】
本発明において、無機物品としては、ガラス,セラミックス,金属などが挙げられる。特に、透明ガラス板やガラス製鏡などに、本発明は好ましく適用される。
【0041】
本発明に用いられる親水性有機ポリマーとしては、アクリル酸もしくはマレイン酸の重合体や、アクリル酸もしくはマレイン酸を含む共重合体を例示することができる。
【0042】
具体的に、親水性有機ポリマーとしての重合体としては、ポリアクリル酸、ポリマレイン酸が挙げられる。親水性有機ポリマーとしてのアクリル酸を含む共重合体としては、アクリル酸−マレイン酸共重合体、エチレン−アクリル酸共重合体、スチレン−アクリル酸共重合体、イソブチレン−アクリル酸共重合体、アクリルアミド−アクリル酸共重合体、ジアリルジメチルアンモニウムクロリド−アクリル酸共重合体、デンプン−アクリル酸共重合体、N-ビニルアセトアミド−アクリル酸共重合体、アリルアミン−アクリル酸共重合体、およびこれらのナトリウム塩などが挙げられ、これらはそれぞれ単独で使用することができ、または2種以上併用することもできる。
【0043】
マレイン酸を含む共重合体としては、アクリル酸−マレイン酸共重合体(再掲)、アクリルアミド−マレイン酸共重合体、アクリル酸エステル−無水マレイン酸共重合体、エチレン−エチルアクリレート−無水マレイン酸共重合体、エチレン−無水マレイン酸共重合体、スチレン−無水マレイン酸共重合体、イソブチレン−無水マレイン酸共重合体、ブタジエン−無水マレイン酸共重合体、ジイソブテン−無水マレイン酸共重合体、ビニルメチルエーテル−無水マレイン酸共重合体、酢酸ビニル−無水マレイン酸共重合体、スルホン化スチレン−イソブチレン−無水マレイン酸共重合体、ジビニルエーテル−無水マレイン酸共重合体、メトキシエチレン−無水マレイン酸共重合体、アルキルスチレン−無水マレイン酸共重合体、ポリエチレンオキシド−無水マレイン酸共重合体、ノルボルネン−無水マレイン酸共重合体、ジメチルジアリルアンモニウムクロリド−マレイン酸共重合体およびこれらのナトリウム塩などが挙げられ、これらはそれぞれ単独で使用することができ、または2種以上併用することもできる。
【0044】
本発明に用いる親水性被膜は、上述した親水性ポリマーとともに、シリコン原子に有機基が結合してなる化合物を含んでなる。このような化合物としては、シリコンアルコキシドの重合物が挙げられる。シリコンアルコキシドとしては、4官能のシリコンアルコキシド(例:テトラエトキシシラン)の他に、エポキシ基、アミノ基、エポキシ基、ウレイド基、イソシアネート基といった親水性の有機基を有する、いわゆるシランカップリング剤を示すことができる。シリコンアルコキシドのシリコン原子に結合した親水性の有機基は、上述した基の1種類のみでもよいし、2種類以上であってもよい。
【0045】
これらは、アルコキシル基同士で縮合反応し、親水性有機ポリマー中に無機質のネットワークを形成することによって、親水性被膜の膜強度を向上させることができる。また、無機微粒子からなる凹凸下地の表面水酸基とも結合を形成することが可能であり、これにより密着性の向上が期待できる。
【0046】
また、エポキシ基、アミノ基、ウレイド基、イソシアネート基といった親水性の有機基が、親水性有機ポリマー中に含まれるカルボキシル基と水素結合的な相互作用、あるいは共有結合を形成することにより、膜中により強固にポリマーを固定することが可能である。さらに、該親水性基そのものによる親水性の向上も期待できる。
【0047】
本発明の親水性被膜は、主成分として親水性ポリマーとシリコン原子に有機基が結合してなる化合物とを含んでなる。この「主成分」とは、親水性被膜において質量%にて50%以上含まれていることを意味する。また、「主成分として」とは、界面活性剤などの第三成分の含有を否定しない意味である。
【0048】
本発明の親水性被膜には、界面活性剤が含まれていてもよい。この界面活性剤としては、アニオン系、ノニオン系、カチオン系、両性界面活性剤のいずれかのタイプの界面活性剤を挙げることができる。また、これらはそれぞれ単独で使用することができ、2種以上併用することもできる。
【発明の効果】
【0049】
以上のような構成により、必要とされる防曇性能を維持しつつ、耐摩耗性や耐擦傷性に優れた防曇性被膜が実現可能となった。
【0050】
特に本発明では、従来ミクロンオーダーの膜厚を必要としていた防曇性被膜が、数百nmオーダーでよい。このように防曇性被膜が薄くてよいので、透明基板や鏡に適用すると、透明性に優れた特徴を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0051】
以下、本発明の形態を、実施例を用いて説明する。なお、以下の実施例では、防曇性物品としてガラス板に防曇性被膜を形成している。得られた防曇被膜付きガラス板は、以下に示す各種特性によって評価した。
【0052】
(サンプルの評価)
1.外観評価
フローコートによって発生する防曇性被膜の塗布むら、すじ等の欠点を、目視にて判定した。判定基準は以下の通りである。
○:むら、すじ等なく表面が均一である
△:若干むら、すじが見られるが、透過したとき視界を妨げるほどではない
×:ヘイズ(白濁による曇り)や、むら等により視界が妨げられる
【0053】
2.防曇性評価
防曇性は、室温に保持した防曇性ガラス板に、呼気を一定量吹きかけ、曇りの程度を目視にて判断した(呼気法)。判定基準は以下の通りである。
○:呼気法によっても全く曇らない
△:呼気によって水滴や水膜が形成される
×:通常のガラス板と同等か、それ以上に曇る
【0054】
3.耐擦傷性(外観評価)
湿布を用いて防曇性被膜の表面を往復して擦り、付いた傷の程度を目視にて判定した。判定基準は以下の通りである。
○:目視で傷が確認できない
△:目視で傷が確認される
×:目視で傷や膜剥離が確認される
【0055】
4.耐擦傷性(防曇性評価)
湿布を用いて防曇性被膜の表面を往復して擦り、試験後の防曇性を上述の呼気法にて判定した。判定基準は以下の通りである。
○:防曇性は維持されている
△:防曇性は若干低下する
×:防曇性が著しく低下する
【0056】
(実施例1)
(下地形成用コーティング溶液)
本発明に用いる下地形成用コーティング液の組成を表1に示した。エタノール系溶媒(日本アルコール販売(株)、AP−7)、触媒として濃塩酸(HCl)、無機微粒子としてコロイダルシリカ水分散液(日産化学工業(株)、スノーテックスOUP、ST−OUPと略することがある)、バインダーとしてテトラエトキシシラン(以下、TEOSと略することがある)(信越化学工業(株)、KBE−04)、および3-ウレイドプロピルトリメトキシシラン(以下、ウレイドシランと略することがある)(信越化学工業(株)、KBE−585)を混合し、サンプル瓶において室温で2時間撹拌してコーティング液を調整した。なお、無機微粒子であるシリカ微粒子(コロイダルシリカ)の粒径は、40nm〜100nmである。
【0057】
(表1)
――――――――――――――――――――――――――――
成分 質量%
――――――――――――――――――――――――――――
濃塩酸 2
コロイダルシリカ液 0.24
TEOS 0.04
ウレイドシラン 0.01
AP−7 残部
――――――――――――――――――――――――――――
【0058】
(下地の作製)
上述のコーティング液を,基体として洗浄したソーダライムガラス板(150×60×3.4mm)上にフローコートし、下地を形成した。なお、フローコートは温度20℃、湿度30%に調整した室内で実施した。下地形成後は自然乾燥させて膜を硬化させた。こうして、無機物品であるガラス板の表面に、無機微粒子群としてシリカ微粒子が結合され、凸部群を有する下地が形成された。
【0059】
このようにして得られた下地の斜め上方から断面を、電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM、日立製作所製、S−4500)によって観察した。その結果を図1に示した。撮影条件は、加速電圧は10kV、撮影倍率10万倍であった。図1から、粒径の揃ったシリカ微粒子が、ガラス板の表面に結合され、凸部群を有する下地を形成している様子が分かる。なお下地の膜厚は、約30nmであった。
なお、この下地付き基板を各実施例や比較例に適用した。
【0060】
(親水性被膜形成用コーティング液)
本発明における防曇性被膜の上地である親水性被膜用コーティング液の組成を、表2に示した。溶媒として精製水、触媒として濃塩酸(HCl)、親水性ポリマーとして、ビニルメチルエーテル−無水マレイン酸共重合体VEMA A−106、シリコン原子に有機基が結合してなる化合物であるシランカップリング剤として、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン(信越化学工業(株)、KBM−303)、界面活性剤としてラピゾールA−30(日本油脂(株))を混合し、50℃恒温槽中で約3時間撹拌した。なお、上述のビニルメチルエーテル−無水マレイン酸共重合体は、予め1質量%の水溶液を調製し、50℃恒温槽中で一晩撹拌することで、無水マレイン酸部分を加水分解してから用いた。
【0061】
(表2)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
成分(質量%) 実施例1 実施例2 実施例3 実施例4 比較例1
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
VEMA A−106 0.1 0.18 0.18 0.1 0.2
シランカップリング剤 KBM-303 KBM-403 KBM-603 KBM-903 ――
添加量 0.1 0.02 0.02 0.1 0.0
cHCl 0.2 0.2 0.2 0.2 0.0
ラピゾールA−30 0.01 0.01 0.01 0.01 0.01
精製水 残部 残部 残部 残部 残部
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
外観 ○ ○ ○ ○ ○
防曇性 ○ ○ ○ ○ ○
耐擦傷性(外観評価) ○ ○ ○ ○ ×
耐擦傷性(防曇性評価) ○ △ ○ ○ ×
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【0062】
(親水性被膜の作製)
下地付き基体上に、上述の親水性被膜形成用コーティング液をフローコートした。なお、フローコートは、温度20℃、湿度30%に調整した室内で実施した。コーティング後は自然乾燥を経て、120℃に加熱したオーブン中で30分間加熱して親水性被膜とし、防曇性被膜を形成した防曇性ガラス板を得た。この防曇性ガラス板の特性評価の結果を、表2に併せて示す。
【0063】
このようにして得た本発明による防曇性物品について、FE−SEMにより斜め上方から断面を観察した結果を図2に示した。撮影条件は、上述の図1の条件と同じである。図2から、上述した下地の表面を覆うように、親水性被膜が形成されている様子が分かる。なお、親水性被膜の膜厚は約30nmであった。
【0064】
実施例1では、外観、防曇性、耐擦傷性のいずれにおいても、良好な結果が得られた。これは、シランカップリング剤が縮合反応することによって、親水性有機ポリマー中に無機質のネットワークを形成し、親水性被膜の膜強度が向上したため、と考えられる。また、実施例1では、親水性有機ポリマーとして、ビニルメチルエーテル−無水マレイン酸共重合体を用いた。この親水性有機ポリマーは、加水分解により無水マレイン酸部分に起因するカルボキシル基を官能基とするポリマーである。この官能基は高い親水性を有しており、その結果、優れた防曇性が発現される。さらに、シランカップリング剤に含まれるエポキシ基も、水と反応することによって、水酸基を生ずる。この水酸基も、親水性を示すことから、摩耗後も防曇性が維持されたものと考えられる。
【0065】
(実施例2)
親水性被膜形成用コーティング液の組成を表2に示すものとし、それ以外は実施例1と同様にして、防曇性ガラス板を得た。なお、ここではシランカップリング剤として、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業(株)、KBM−403)を用いた。この防曇性ガラス板の特性評価の結果を、表2に併せて示す。親水性被膜の膜厚は約30nmであった。
【0066】
実施例2では、シランカップリング剤に含まれる親水性の有機基の種類を変更している。これにより、外観、防曇性、耐擦傷性の外観評価では良好であるものの、防曇性被膜の膜面を湿布で摩耗した後の防曇性が、実施例1に比較して若干低下していることが分かる。KBM−403を用いた場合には、KBM−303と比較して、添加量の増加に伴い、膜面を湿布で摩耗した後の防曇性の低下が著しい。このことから、KBM−303の方が、親水性被膜中において、より高い親水性を示すものと考えられる。
【0067】
(実施例3)
親水性被膜形成用コーティング液の組成を表2に示すものとし、それ以外は実施例1と同様にして、防曇性ガラス板を得た。なお、ここではシランカップリング剤として、N-2(アミノエチル)3-アミノプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業(株)、KBM−603)を用いた。この防曇性ガラス板の特性評価の結果を、表2に併せて示す。親水性被膜の膜厚は約30nmであった。
【0068】
(実施例4)
親水性被膜形成用コーティング液の組成を表2に示すものとし、それ以外は実施例1と同様にして、防曇性ガラス板を得た。なお、ここではシランカップリング剤として、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業(株)、KBM−903)を用いた。この防曇性ガラス板の特性評価の結果を、表2に併せて示す。親水性被膜の膜厚は約30nmであった。
【0069】
実施例3および4では、シランカップリング剤に含まれる親水性の有機基をアミノ基としている。これらのシランカップリング剤によっても、実施例1や2と同様に、外観、防曇性、耐擦傷性のいずれにおいても、良好な結果が得られている。また、KBM−603とKBM−903とを比較すると、KBM−603の方が添加量の増加に伴い、防曇性被膜の膜面を湿布で摩耗した後の防曇性の低下が著しい。このことから、KBM−903の方が、親水性被膜中において、より高い親水性を示すものと考えられる。
【0070】
(比較例1)
(防曇性皮膜形成用コーティング液)
親水性被膜形成用コーティング液の組成は表2に示すものとし、それ以外は実施例1と同様にして、防曇性ガラス板を得た。なお、ここではシランカップリング剤を添加せず、親水性有機ポリマーと界面活性剤のみを含むコーティング液を用いた。この防曇性ガラス板の特性評価の結果を、表2に併せて示す。親水性被膜の膜厚は約30nmであった。
【0071】
親水性被膜中にシランカップリング剤を含まない場合は、外観および防曇性は良好であるものの、耐擦傷性に劣ることが分かった。これは、親水性有機ポリマー中に無機質のネットワークが形成されないために、膜強度が不十分であり、親水性被膜が下地から剥離したためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明に用いる下地の観察結果を示す写真である。
【図2】本発明による防曇性物品の観察結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機物品の表面に、無機微粒子群の結合された凸部群を含んでなる下地が形成されており、
前記下地の表面を覆うように、主成分としてカルボキシル基を分子中に含む親水性有機ポリマーと、シリコン原子に有機基が結合してなる化合物とを含んでなる親水性被膜が、形成されていることを特徴とする防曇性物品。
【請求項2】
請求項1に記載の防曇性物品において、
前記シリコン原子に結合した有機基は、親水性である防曇性物品。
【請求項3】
請求項2に記載の防曇性物品において、
前記シリコン原子に結合した親水性の有機基は、少なくともエポキシ基、アミノ基、ウレイド基、イソシアネート基のいずれか一つである防曇性物品。
【請求項4】
請求項1に記載の防曇性物品において、
前記親水性被膜中に、さらに界面活性剤を含む防曇性物品。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記親水性被膜の厚みが20nm〜500nmである防曇性物品。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記凸部の平均高さが300nm以下である防曇性物品。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記複数の凸部の全ての高さが所定の範囲内にある防曇性物品。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記無機微粒子群はシリカ微粒子であり、無機バインダーを介して前記無機物品の表面に結合され、前記下地を形成している防曇性物品。
【請求項9】
請求項8に記載の防曇性物品において、
前記シリカ微粒子の粒径が20nm〜300nmである防曇性物品。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記防曇被膜の少なくとも一部が、前記凸部群の隙間に充填されている防曇性物品。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の防曇性物品において、
前記親水性有機ポリマーが、アクリル酸もしくはマレイン酸の重合体、またはアクリル酸もしくはマレイン酸を含む共重合体からなる防曇性物品。
【請求項12】
無機物品の表面に、無機微粒子群を直接、または無機バインダーを介して結合して、凸部群を含む下地を形成し、
前記下地の表面に、主成分としてカルボキシル基が分子中に含まれる親水性有機ポリマーと、シリコン原子に有機基が結合してなる化合物とを含んでなる親水性被膜を、形成することを特徴とする防曇性物品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−272936(P2008−272936A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−231629(P2005−231629)
【出願日】平成17年8月10日(2005.8.10)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】