説明

防曇性膜被覆物品

【課題】防曇鏡や、自動車用窓ガラス、あるいは建築用窓ガラスなどの用途に使用可能な、充分な防曇性能を維持すると共に、高い膜硬度を有する防曇性被膜が設けられてなる防曇性膜被覆物品を提供する。
【解決手段】硬質基板と、その上に形成された吸水性複合膜を有する防曇性膜被覆物品であって、前記吸水性複合膜が、ポリビニルアセタール樹脂と、その100質量部に対して、コロイダルシリカ30〜80質量部及びシリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物由来のシリカ換算粒子を5〜55質量部の割合で含む防曇性膜被覆物品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は防曇性膜被覆物品に関し、さらに詳しくは、硬質基板、特に透光性硬質基板上に、防曇性に優れ、かつ鉛筆硬度の高い吸水性複合膜が設けられてなる防曇性膜被覆物品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
硬質基板上に防曇性被膜が設けられてなる防曇性膜被覆物品は、例えば、浴室用、洗面所用などの防曇鏡、自動車用などの防曇窓ガラスや防曇鏡、建築用の防曇窓ガラス等の各種の用途に用いられている。
【0003】
ところで、吸水性高分子化合物を用いた単層膜からなる防曇膜としては、特許文献1に、ポリビニルアセタール樹脂のみを塗布した後、常温で乾燥させて防曇膜とする塗布型防曇剤が開示されており、特許文献2に、ガラス、鏡、プラスチックフィルム等の物品表面に、アセタール化度2〜40mol%のポリビニルアセタール樹脂からなる防曇層を設けるか、あるいは物品表面に、水溶性樹脂層が設けられ、その上にアセタール化度2〜40mol%のポリビニルアセタール樹脂からなる防曇層が設けられている防曇性物品が開示されている。
【0004】
しかしながら、前記特許文献1及び特許文献2に記載の技術においては、乾燥した状態であっても耐擦傷性、耐摩耗性、耐湿布摩耗性が低く、吸湿時ではさらに性能が低下してしまい、日常的に被膜表面が拭かれる環境などでは使用することができないという問題がある。これは下記の理由による。
吸水性高分子化合物を用いた単層膜であり、吸水性高分子樹脂が表面に曝された状態であるため、防曇性能には優れるが吸水性高分子樹脂自体の耐擦傷性、耐摩耗性が低く、硬化剤などを添加した場合、膜の強度は上がるが吸水性は低下してしまい十分な防曇性能を発揮することができなくなるからである。
【0005】
一方、ポリビニルアセタール樹脂と無機成分を混在させた吸水性複合膜としては、例えば、特許文献3及び特許文献4に、アセタール化度が10モル%以下のポリビニルアセタール樹脂とアルキルシリルイソシアネートの加水分解物もしくは部分加水分解物が混在されてなる吸水性複合膜と、その上層に透水性を有する膜厚3〜10nmの保護膜や撥水層を積層した防曇性基材が開示されている。
【0006】
しかしながら、前記特許文献3及び特許文献4に記載の技術においては、吸水性複合膜単層では、十分な防曇性を維持したまま高い膜硬度と耐摩耗性を得ることはできず、吸水性複合膜の上層に保護層が必要となってしまう。また膜全体の硬度、耐摩耗性を上げるために保護層を厚くしてしまうと透水性が低下してしまい、防曇性が失われてしまうため、十分な防曇性と膜硬度、耐摩耗性を両立させることができないという問題がある。これは、下記の理由による。
アルキルシリルイソシアネートの添加量を上げていくと、被膜の骨格に占める無機性成分(SiO2)の割合が増えるため耐擦傷性、耐摩耗性は改善されるが膨潤性や柔軟性は低下してしまうため吸水性が低下してしまい、十分な防曇性を維持できなくなるためアルキルシリルイソシアネートは少量しか添加することができず、吸水性複合膜単層では十分な膜硬度が得られない。膜硬度や耐摩耗性を上げるために保護層の膜厚や膜硬度を上げると、透水性が低下してしまうため保護層に付与できる膜硬度、耐摩耗性も大きくすることができないからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−157794号公報
【特許文献2】特開平6−158031号公報
【特許文献3】特開2001−146585号公報
【特許文献4】特開2001−152137号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況下になされたものであり、防曇鏡や、自動車用窓ガラス、あるいは建築用窓ガラスなどの用途に使用可能な、充分な防曇性能を維持すると共に、高い膜硬度を有する防曇性被膜が設けられてなる防曇性膜被覆物品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、下記の知見を得た。
ポリビニルアセタール樹脂と、シリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物と、必要に応じて用いられる、平均粒径が5〜50nm程度のコロイダルシリカを、それぞれ所定の割合で含む吸水性複合膜を、硬質基板上に形成させることにより、その目的を達成し得ることを見出した。
無機成分としてシリコンアルコキシドの加水分解物もしくは部分加水分解物以外に、平均粒径が5〜50nm程度のSiO2の微粒子(コロイダルシリカ)を添加することにより、被膜の骨格はある程度の強度と柔軟性を持ったまま、被膜中にしめる無機成分の割合を増やすことができ、またコロイダルシリカを添加することで膜中に微細な空隙が形成されるため被膜中に水分を取り込みやすくなることから、十分な防曇性を維持したまま被膜の硬度を改善することができる。
また、コロイダルシリカを添加することで膜中に占める無機成分の割合を増やすことができるため、鉛筆硬度4H以上でも被膜にキズが発生しない膜硬度と十分な防曇性能をもった防曇膜を提供することができ、上層に保護層を積層する必要がない。
【0010】
ポリビニルアセタール樹脂に対する無機成分の割合を増やした場合、120℃で30分など、高温で長時間焼成してしまうと被膜の硬化が進んでしまい、ある程度の膜硬度と耐摩耗性は得られるが、十分な防曇性能は得られなくなってしまう。しかし、焼成温度が120℃であれば10分、焼成温度が60℃であれば30分以上60分以内など、焼成温度と時間を調整することで被膜の骨格にある程度の強度と柔軟性を持たせたまま被膜を硬化させることができ、十分な防曇性を維持したまま被膜の硬度および耐摩耗性、耐湿布摩耗性などの性能を改善することができる。
さらに、コロイダルシリカ、シリコンアルコキシドの加水分解もしくは部分加水分解物の膜中に占める割合を増やすことができるため、鉛筆硬度4H以上でも被膜にキズが発生しない膜硬度と十分な防曇性能をもった防曇膜を提供することができる。
【0011】
ポリビニルアセタール樹脂とコロイダルシリカ、シリコンアルコキシドの加水分解物もしくは部分加水分解物が混在した吸水性複合膜では、被膜の吸水量が飽和した後は被膜表面に曇りが発生してしまうため、吸水性のみで防曇試験をクリアできるような防曇性を持たせた場合、被膜の硬度や耐摩耗性をあげることができない。しかし、吸水性複合膜中に界面活性剤を分散させることにより被膜に親水性を付与することができ、被膜の吸水量が飽和した後は被膜表面に水膜が形成されるため曇りが発生しなくなる。
【0012】
したがって、ポリビニルアセタール樹脂とコロイダルシリカ、シリコンアルコキシドの加水分解物もしくは部分加水分解物が混在した吸水性複合膜を作製した後、被膜表面に界面活性剤を塗り込み、吸水性複合膜中に界面活性剤を分散させた吸水性+親水性複合膜とするのが有利である。
吸水性複合膜に親水性を付与することで、十分な防曇性能を持たせることができ、かつ鉛筆硬度6H以上でも被膜にキズが発生しない膜硬度を有する防曇膜を提供することができる。このためには、ポリビニルアセタール樹脂とコロイダルシリカ、シリコンアルコキシドの加水分解物もしくは部分加水分解物が混在した吸水性複合膜を作製した後、被膜に水系溶剤による表面処理を施した吸水性複合膜とするのが有利である。これは、吸水性複合膜を作製した後に、前記表面処理を行うことにより被膜の硬度や耐摩耗性、耐湿布摩耗性を維持させたまま吸水性を上げることができ、吸水性複合膜中に界面活性剤を分散させることにより被膜に親水性を付与することができ、被膜の吸水量が飽和した後は被膜表面に水膜が形成されるため曇りが発生しなくなるためである。
このように、吸水性複合膜に親水性を付与することで、凍結試験をクリアできる程度の吸水性能と防曇試験をクリアできる防曇性能を持たせることができ、ポストベーク時間を調整することにより鉛筆硬度9H以上でも被膜にキズが発生しない膜硬度を有する防曇膜を提供することができる。
本発明は、かかる知見に基づいて完成したものである。
【0013】
すなわち、本発明は、
(1)硬質基板と、その上に形成された吸水性複合膜を有する防曇性膜被覆物品であって、前記吸水性複合膜が、ポリビニルアセタール樹脂と、その100質量部に対して、コロイダルシリカ30〜80質量部及びシリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物由来のシリカ換算粒子を5〜55質量部の割合で含むことを特徴とする防曇性膜被覆物品、
(2)硬質基板が、鏡又は透光性硬質基板である上記(1)に記載の防曇性膜被覆物品、
(3)透光性硬質基板がガラス基板である上記(2)に記載の防曇性膜被覆物品、
(4)吸水性複合膜が、水系溶媒と、ポリビニルアセタール樹脂と、シリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物とを含む吸水性複合膜形成用塗工液を、硬質基板上に塗工し、加熱処理して形成されてなる上記(1)〜(3)のいずれかに記載の防曇性膜被覆物品、
(5)シリコンアルコキシド化合物がテトラアルコキシシランである上記(1)〜(4)のいずれかに記載の防曇性膜被覆物品、
(6)吸水性複合膜形成用塗工液を硬質基板上に塗工し加熱処理してなる吸水性複合膜表面に、界面活性剤水溶液を塗布したのち、加熱処理を施してなる上記(4)又は(5)に記載の防曇性膜被覆物品、及び
(7)吸水性複合膜の厚さが、2〜10μmである上記(1)〜(6)のいずれかに記載の防曇性膜被覆物品、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鏡や、自動車用窓ガラス、あるいは建築用窓ガラスなどの用途に使用可能な、吸水機能と親水機能を有し、充分な防曇性能を維持すると共に、高い膜硬度(鉛筆硬度4H以上)を有する防曇性被膜が設けられてなる防曇性物品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の防曇性膜被覆物品について説明する。
本発明の防曇性膜被覆物品は、硬質基板と、その上に形成された吸水性複合膜を有する防曇性膜被覆物品であって、前記吸水性複合膜が、ポリビニルアセタール樹脂と、その100質量部に対して、コロイダルシリカ30〜80質量部及びシリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物由来のシリカ換算粒子を5〜55質量部の割合で含むことを特徴とする。
【0016】
[硬質基板]
本発明の防曇性膜被覆物品において、基材として用いられる硬質基板としては、各種の鏡類や透光性硬質基板を挙げることができる。透光性硬質基板として特に制限はなく、例えばポリカーボネート基板や、ポリメチルメタクリレート基板などのアクリル樹脂基板等のプラスチック基板、あるいはガラス基板などを状況に応じて用いることができるが、これらの中では、鉛筆硬度の高い吸水性複合膜を形成させる観点から、ガラス基板が好適である。
【0017】
(ガラス基板)
ガラス基板は自動車用ならびに建築用、産業用ガラス等に通常用いられている板ガラス、所謂フロート板ガラスなどであり、クリアをはじめグリ−ン、ブロンズ等各種着色ガラスや各種機能性ガラス、強化ガラスやそれに類するガラス、合せガラスのほか複層ガラス等、さらに平板あるいは曲げ板等各種板ガラス製品を使用することができる。
また板厚としては、例えば1mm〜12mm程度であり、特に、建築用としては3mm〜10mmが好ましく、自動車用としては2mm〜5mmのガラスが好ましい。
【0018】
(プラスチック基板)
前記ポリカーボネート基板やアクリル樹脂基板を用いる場合、その板厚は、通常2〜8mm程度、好ましくは3〜6mmである。
また、プラスチック基板の場合、その表面に設けられる吸水性複合膜との密着性を向上させる目的で、所望により、該吸水性複合膜が形成される側の面に、酸化法や凹凸化法などの表面処理を施すことができる。上記酸化法としては、例えばコロナ放電処理、プラズマ処理、クロム酸処理(湿式)、火炎処理、熱風処理、オゾン・紫外線照射処理などが挙げられ、また、凹凸化法としては、例えばサンドブラスト法、溶剤処理法などが挙げられる。これらの表面処理法は用いられるプラスチック基板の種類に応じて適宜選ばれるが、一般にはコロナ放電処理が効果及び操作性などの面から、好ましく用いられる。
【0019】
[吸水性複合膜]
本発明の防曇性膜被覆物品において、前述した硬質基板の表面に形成される吸水性複合膜は、ポリビニルアセタール樹脂、コロイダルシリカ及びシリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物を含むものである。
【0020】
(ポリビニルアセタール樹脂)
本発明で用いるポリビニルアセタール樹脂は、ポリビニルアルコールにアルデヒドを縮合反応させてアセタール化することにより得ることができるが、そのアセタール化度は、通常2〜40モル%に設定され、好ましくは3〜30モル%、さらに好ましくは5〜20モル%に設定される。このアセタール化度は、例えば13C核磁気共鳴スペクトル法等に基づいて測定することができる。
該アセタール化度が2〜40モル%の範囲にあれば吸水性及び耐水性が良好で、防曇性を充分に発揮できる吸水性複合膜を形成することができる。また、ポリビニルアルコールのアセタール化は、酸触媒の存在下で水媒体を用いる沈澱法やアルコール等の溶媒を用いる溶解法など公知の方法を採用することができる。なお、原料としてポリ酢酸ビニル樹脂を用い、ケン化とアセタール化とを並行的に行ってポリビニルアセタール樹脂を得ることもできる。
【0021】
ポリビニルアルコールとしては、一般に平均重合度が200〜4500、好ましくは500〜4500のものが用いられる。平均重合度が200以上であると、ポリビニルアルコールの合成が可能であり、平均重合度が4500以下であると、溶液粘度が高くなり過ぎることがなく、防曇性被膜被覆物品としての用途における実用性の点から好適である。なお、この平均重合度は高い方が耐水性及び吸水性が良好となる。
また、ポリビニルアルコールのケン化度は、一般に75〜99.8モル%のものが用いられる。ケン化度が75モル%以上であると、反応の際の溶解性が充分となり、99.8モル%以下であれば、ポリビニルアルコールの合成が可能となる。なお、ケン化度は低い方が吸水性は良好となる。
【0022】
ポリビニルアルコールに縮合反応させるアルデヒドとしては、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ブチルアルデヒド、ヘキシルカルバルデヒド、オクチルカルバルデヒド、デシルカルバルデヒド等の脂肪族アルデヒド;ベンズアルデヒド、2−メチルベンズアルデヒド、3−メチルベンズアルデヒド、4−メチルベンズアルデヒド、その他のアルキル置換ベンズアルデヒド、クロルベンズアルデヒド、その他のハロゲン置換ベンズアルデヒド等の芳香族アルデヒド;芳香族環にヒドロキシ基、アルコキシ基、アミノ基、シアノ基等の置換基を持った芳香族系アルデヒド;ナフトアルデヒド、アントラアルデヒド等の縮合芳香環を持ったアルデヒド等が挙げられる。
特に、吸水性、耐水性、透明性の良好な樹脂が得られる点で芳香族アルデヒドが好ましい。芳香族アルデヒドは、疎水性が強いため低アセタール化度でも耐水性に優れており、また、そのために水酸基が多く残存し、吸水性にも優れている。
【0023】
当該吸水性複合膜における前記ポリビニルアセタール樹脂の含有量は、膜硬度、吸水性及び防曇性の観点から、通常40〜70質量%程度、好ましくは40〜60質量%、より好ましくは40〜50質量%である。
【0024】
(コロイダルシリカ)
当該吸水性複合膜に含まれるコロイダルシリカは、平均粒径が5〜50nm程度のSiO2微粒子であって、このコロイダルシリカを含有することにより、当該吸水性複合膜は、ある程度の強度と柔軟性を有すると共に、該複合膜中に占める無機成分の割合を増やすことができ、また、このコロイダルシリカを添加することで膜中に微細な空隙が形成されるため、被膜中に水分を取り込みやすくなることから、十分な防曇性を維持したまま被膜の硬度を改善することができる。
コロイダルシリカの平均粒径は、大きすぎると膜のヘーズ値が高くなって、該膜が白濁することがあり、また、小さすぎると凝集が起こりやすくなり、均一に分散させることができなくなる。したがって、コロイダルシリカの平均粒径は、5〜50nmの範囲が好ましく、8〜20nmの範囲がより好ましい。
なお、上記コロイダルシリカの平均粒径は、レーザ回折光散乱法や、コールター・カウンター法などにより、測定することができる。
【0025】
当該吸水性複合膜におけるコロイダルシリカの含有量は、前述したポリビニルアセタール樹脂100質量部に対して30〜80質量部である。このコロイダルシリカの含有量が30質量部以上であると、該複合膜の鉛筆硬度を4H以上とすることができ、一方、80質量部以下であると、当該吸水性複合膜の硬度が改善されるとともに、後述のプリベーク処理において吸水性が低下したり、防曇性能が低下することがない。
さらに、当該吸水性複合膜におけるコロイダルシリカの好ましい含有量は、鉛筆硬度の観点から、ポリビニルアセタール樹脂100質量部に対して、50〜80質量部である。
【0026】
(シリコンアルコキシド化合物)
当該吸水性複合膜には、シリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物を必須成分として含有する。
シリコンアルコキシド化合物としては、塩酸、硫酸、硝酸などの無機酸や、p−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸などの有機酸で容易に加水分解して、シリカを形成し得るテトラアルコキシシランが好ましく用いられる。このテトラアルコキシシランの4つのアルコキシ基は、たがいに同一であっても、異なっていてもよいが、入手性の観点から、通常同一のものが用いられる。また、該アルコキシ基としては、加水分解性の観点から、炭素数1〜4程度の低級アルコキシ基であるものが好ましい。
このようなテトラアルコキシシランとしては、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラ−n−プロポキシシラン、テトライソプロポキシシラン、テトラ−n−ブトキシシラン、テトライソブトキシシラン、テトラ−sec−ブトキシシラン、テトラ−tert−ブトキシシランなどを例示することができる。これらのテトラアルコキシシランは、一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0027】
本発明においては、前記シリコンアルコキシド1モルから、SiO21モルが形成するものとし、シリコンアルコキシドの使用量から、シリコンアルコキシドの加水分解物又は部分加水分解物由来のシリカ換算粒子量を算出し、当該吸水性複合膜中に、前述したポリビニルアセタール樹脂100質量部に対し、上記シリカ換算粒子を5〜55質量部の割合で含有することを要する。該シリカ換算粒子の含有量が5質量部以上であると、当該吸水性複合膜は、良好な防曇性能を有すると共に、高い鉛筆硬度を有する。一方、該含有量が55質量部以下であると、当該複合膜表面にシルキングが発生することがなく、平滑な被膜面が得られる。以上の観点から、好ましい含有量は、ポリビニルアセタール樹脂100質量部に対して、20〜55質量部、より好ましくは30〜55質量部の範囲である。
【0028】
次に、硬質基板上に吸水性複合膜の被膜を形成する方法について説明する。
[吸水性複合膜の被膜形成]
前述した硬質基板上に吸水性複合膜の被膜を形成するには、まず吸水性複合膜形成用塗工液を調製する。
【0029】
(吸水性複合膜形成用塗工液)
当該吸水性複合膜形成用塗工液(以下、単に「塗工液」と称することがある。)は、以下に示す方法により、調製することができる。
溶媒中に、ポリビニルアセタール樹脂、コロイダルシリカ及びシリコンアルコキシド化合物を、得られる吸水性複合膜中のこれら成分の含有量が前述した要件を満たすように、それぞれ所定の割合で加えると共に、前記シリコンアルコキシド化合物の加水分解触媒である無機酸や有機酸を適宜量加え、さらに必要に応じて各種添加剤を加えて、固形分濃度3〜20質量%程度の複合膜形成用塗工液を調製する。
【0030】
<溶媒>
当該塗工液における溶媒としては、有機溶媒と水との混合物である水系溶媒が好ましい。
前記有機溶媒としては、アルコール系、セロソルブ系、ケトン系、エーテル系などの水との混和性を有する極性溶媒を用いることができる。
アルコール系溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノールなど;セロソルブ系溶媒としては、例えばメチルセロソルブ、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブ及びそれらの誘導体など;ケトン系溶媒としては、例えばアセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなど;エーテル系溶媒としては、例えばジオキサン、テトラヒドロフランなどを挙げることができる。
これらの有機溶媒は一種を単独で用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
また、水の含有量は、ポリビニルアセタール樹脂100質量部に対して、140〜720質量部程度が好ましく、300〜500質量部がより好ましい。
【0031】
<加水分解触媒>
当該塗工液においては、シリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物を含有させるために、該シリコンアルコキシド化合物の加水分解触媒が加えられる。
この加水分解触媒としては、酸触媒、特に塩酸、硝酸、硫酸などの無機酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸などの有機酸を用いることが好ましい。
酸触媒の濃度は、酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンのモル濃度により表示して0.001〜2mo1/kgの範囲とすることが好ましい。
また、この加水分解に用いる水の量は、シリコンアルコキシド化合物の総量に対し、モル比により表示して、4倍以上であることが望ましい。
【0032】
<任意添加成分>
当該塗工液には、本発明の目的が損なわれない範囲で必要に応じ、公知の各種添加剤を配合することができる。このような添加剤としては、吸水性能を改善するためのグリセリン、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、その他各種の界面活性剤、レベリング剤、紫外線吸収剤、着色剤、消泡剤、防腐剤、シリカ、タルク、クレー、アルミナ等の充填剤等が挙げられる。
【0033】
(塗工液の塗布)
前記のようにして調製された吸水性複合膜形成用塗工液を、好ましくは室温で所定時間撹拌することにより、シリコンアルコキシド化合物の加水分解をある程度進行させたのち、前述した硬質基板上に室温で塗布する。
塗布法としては、特に限定されないが、生産性などの面からは例えばフローコート法、スピンコート法あるいはディップコート法、リバースコート法、フレキソ印刷法、その他のロールコート法、カーテンコート法、さらにはノズルコート法、スプレーコ−ト法、スクリーン印刷法などを適宜採用することができる。
【0034】
このようにして、硬質基板上に当該塗工液を塗布したのち、通常室温にて5〜20分間程度乾燥後、50〜130℃程度の温度にて5〜60分間程度加熱処理(プリベーク)を行う。次いで、所望により、このプリベークされた被膜に、後処理として下記の界面活性剤水溶液処理を行う。
【0035】
<界面活性剤水溶液処理>
この界面活性剤水溶液処理においては、界面活性剤濃度が0.5〜15質量%程度の水溶液を、前記のプリベークされた被膜表面に塗布したのち、50〜130℃程度の温度にて5〜60分間程度加熱処理(ポストベーク)を施す。
この界面活性剤水溶液処理により、吸水性複合膜中に界面活性剤を分散させて被膜に親水性を付与することができ、被膜の吸水量が飽和した後は被膜表面に水膜が形成されるため曇りが発生しなくなる。
本発明においては、所望により、水系溶媒、例えば水や水と混和性のある有機溶剤との混合物で、プリベークされた被膜の表面処理を行った後、界面活性剤水溶液処理を施してもよい。
このようにして形成された吸水性複合膜の厚さは、通常2〜10μm程度、好ましくは2〜6μmである。
【0036】
本発明の防曇性被膜被覆物品における防曇性膜は、吸水機能(膜に付着する水滴を膜内部へ吸水させて曇りを防止する機能)と親水機能(膜に付着する水滴を水膜として曇りを防止する機能)とを有しており、例えば、自動車において、車内側ガラス表面温度が車内側の雰囲気の露点以下となった時点から、10秒〜3分間程度は前記吸水機能により防曇性を発現し(膜表面には水膜なし)、それ以降は前記親水機能により防曇性を発現する(膜表面に水膜あり)、効果を奏する。
【0037】
本発明の防曇性膜被覆物品は、硬質基板、特に透光性硬質基板上に、防曇性に優れ、かつ鉛筆硬度の高い吸水性複合膜が設けられてなる物品であって、例えば、浴室用、洗面所用などの防曇鏡、自動車用などの防曇窓ガラスや防曇鏡、建築用の防曇窓ガラス等の各種の用途に好適に用いられる。
【実施例】
【0038】
次に、本発明を実施例により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
なお、各例で得られた吸水性複合膜付きガラス基板の諸特性は、以下に示す方法により求めた。
【0039】
(1)外観
吸水性複合膜の外観、透光性及びクラックの有無を目視で観察し、下記の基準で評価した。
○:問題なし。
△:膜表面に多少の凹凸があるが、実用上問題はない。
×:問題あり。
【0040】
(2)防曇性
吸水性複合膜付きガラス基板に、室温(25℃)で呼気を吹きかける呼気法により、曇りの発生状態を下記の基準で評価した。
◎:全く曇りが生じない。
○:大量の呼気で曇りが生じる。
△:一部曇りが生じる。
×:通常のガラスと同等か、それ以上に曇る。
【0041】
(3)鉛筆硬度
JIS K 5400塗料一般試験方法に準拠して、荷重1kg(9.8N)が加えられた鉛筆で膜表面を5回引っかき、膜の破れが2回未満であった該鉛筆の硬度を鉛筆硬度とした。
【0042】
(4)テーバ摩耗試験
テーバ摩耗試験では、テーバ摩耗試験機(TABER INDUSTRIES社製「5150ABRASER」)を用い、250gの荷重で500回摩耗を行い、試験前後での塗膜のヘーズ値を測定した。ヘーズ値はスガ試験機社製「HGM-2DP」を用いて測定し、試験前後での差が4%以下のものを合格とした。
○;合格
×;不合格
【0043】
(5)湿布摩耗試験機
湿布摩耗試験は、摩耗試験機(新東科学社製「HEIDON−18」)を用い、25℃の水2cm3を含ませたネル布を取り付け、0.1kg/cm2の荷重で250回摩耗試験を行い、被膜表面の変化の有無を目視観察した。
【0044】
実施例1
アルコール溶媒(日本アルコール工業製、商品名「ソルミックスAP−7」;エタノール85.5質量%、n−プロピルアルコール9.6質量%、イソプロピルアルコール4.9質量%の混合溶媒)26.25質量%、精製水14.86質量%、エスレックKX−5(積水化学工業社製、商品名、ポリビニルアセタール樹脂;8質量%(固形分))43.75質量%、スノーテックスOS(コロイダルシリカ、日産化学工業社製、商品名、アモルファスシリカ固形分20質量%)11.65質量%、p−トルエンスルホン酸(TsOH)0.01質量%、テトラエトキシシラン(TEOS)3.47質量%及びレベリング剤[信越シリコーン社製、商品名「KP−341」]0.01質量%をガラス製容器に入れて、室温(25℃)で、3時間撹拌することにより、吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
【0045】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(厚さ3.1mm、サイズ100×100mm)上に、湿度30%RH、室温(20℃)下で、前記塗工液をフローコート法にて塗工した。そのまま室温(20℃)で10分間乾燥したのち、120℃にて10分間加熱処理(プリベーク)を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。
この吸水性複合膜付きガラス基板の諸特性評価結果を表2に示す。
【0046】
実施例2
実施例1において、TEOSの量を5.65質量%に代え、かつAP−7の量を24.07質量%に代えたこと以外は、実施例1と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
さらに、実施例1と同様な操作を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0047】
実施例3
実施例2と同様にして、吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
次いで、実施例2と同様にして、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板上に、湿度30%RH、室温(20℃)下で、前記塗工液をフローコート法にて塗工した。そのまま室温(20℃)で10分間乾燥したのち、120℃にて10分間加熱処理(プリベーク)を行い、さらに、界面活性剤[日本油脂社製、商品名「ラピゾールA−30」、1,4−ビス(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム]の濃度が10質量%になるように水で希釈した溶液を被膜表面に塗布したのち、室温にて乾燥し、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0048】
実施例4
実施例3と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
次いで、実施例3と同様にして洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板上に、湿度30%RH、室温(20℃)下で、前記塗工液をフローコート法にて塗工した。そのまま室温(20℃)で10分間乾燥したのち、120℃にて10分間加熱処理(プリベーク)を行い、さらに、界面活性剤[日本油脂社製、商品名「ラピゾールA−30」、1,4−ビス(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム]の濃度が10質量%になるように水で希釈した溶液を被膜表面に塗布したのち、120℃にて10分間の加熱処理(ポストベーク)を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0049】
実施例5
実施例4と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
次いで、実施例4と同様にして洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板上に、湿度30%RH、室温(20℃)下で、前記塗工液をフローコート法にて塗工した。そのまま室温(20℃)で10分間乾燥したのち、120℃にて10分間加熱処理(プリベーク)を行い、さらに被膜表面に界面活性剤(前出)濃度が10質量%になるように水で希釈した溶液を被膜表面に塗布したのち、120℃にて30分間の加熱処理(ポストベーク)を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0050】
比較例1
実施例2において、コロイダルシリカを使用せず、かつAP−7の量を26.40質量%及び精製水の量を24.18質量%に代えたこと以外は、実施例2と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
さらに、実施例2と同様な操作を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0051】
比較例2
実施例1において、コロイダルシリカを使用せず、TEOSの量を6.94質量%に代え、AP−7の量を25.11質量%及び精製水の量を24.18質量%に代えたこと以外は、実施例1と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
さらに、実施例1と同様な操作を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0052】
比較例3
実施例2において、スノーテックスOSの量を5.00質量%に代え、かつAP−7の量を25.40質量%及び精製水の量を20.18質量%に代えたこと以外は、実施例2と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
さらに、実施例2と同様な操作を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0053】
比較例4
実施例2において、スノーテックスOSの量を15.00質量%に代え、かつAP−7の量を23.40質量%及び精製水の量を12.18質量%に代えたこと以外は、実施例2と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
さらに、実施例2と同様な操作を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0054】
比較例5
実施例2において、TEOSを添加せず、かつAP−7の量を29.72質量%に代えたこと以外は、実施例2と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
さらに、実施例2と同様な操作を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0055】
比較例6
コロイダルシリカ及び酸を添加せず、KX−1(積水化学工業社製、商品名、ポリビニルアセタール樹脂;8質量%(固形分))と、マトリックス形成用シリカゾル原料としてTEOSを使用し、「ソルミックスAP−7」と精製水との混合溶媒(「ソルミックスAP−7」:水質量比5:5)で希釈して、ポリビニルアセタール樹脂とシリカとの質量比が99.5:0.5で、固形分濃度3質量%の吸水性複合膜形成用塗工液を調製した。塗工液中の各成分の含有割合を表1に示す。
さらに、実施例1と同様な操作を行い、吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。このものの諸特性評価結果を表2に示す。
【0056】
比較例7
比較例6において、ポリビニルアセタール樹脂とシリカとの質量比が95.0:5.0となるようにした以外は、比較例6と同様にして吸水性複合膜形成用塗工液を調製し、さらに吸水性複合膜付きガラス基板を作製した。
前記塗工液中の各成分の含有割合を表1に示すと共に、前記吸水性複合膜付きガラス基板の諸特性を表2に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
[注]
・エスレックKX−5及びスノーテックスOSの( )内数値は固形分含有量を示し、TEOSの( )内数値はSiO2としての固形分含有量を示す。
・ソルミックスAP−7:アルコール溶媒、日本アルコール工業社製
・エスレックKX−5:ポリビニルアセタール樹脂、積水化学工業社製、固形分8質量%
・スノーテックスOS:コロイダルシリカ、日産化学工業社製、アモルファスシリカ固形分20質量%
・TsOH:p−トルエンスルホン酸
・TEOS:テトラエトキシシラン
・KP−341:レベリング剤、信越シリコーン社製
・界面活性剤10質量%水溶液処理:界面活性剤[日本油脂社製、商品名「ラピゾールA−30」、1,4−ビス(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム]の濃度が10質量%になるように水で希釈した溶液を被膜表面に塗布する処理を行う。
・比較例6及び比較例7は、比較例6及び比較例7の本文を参照。
【0059】
【表2】

【0060】
表1及び表2から、以下に示すことが分かる。
(1)実施例1では、ポリビニルアセタール樹脂に、コロイダルシリカおよびTEOSを添加することにより、防曇性能を維持したまま鉛筆硬度4Hの膜硬度が得られており、テーバ摩耗試験後のヘーズ値の変化が、4%以下と良好な耐摩耗性を示している。また、湿布摩耗試験後の外観及び呼気防曇性にも変化は見られなかった。
【0061】
(2)実施例2は、TEOSの添加量を増やした(SiO2量を増やした)こと以外は、実施例1と同じである。実施例1に比べて呼気防曇性は若干低下するものの、膜硬度、耐摩耗性においては、実施例1と同等の評価結果が得られている。
【0062】
(3)実施例3は、吸水性複合膜形成用塗工液の組成は実施例2と同じであるが、吸水性複合膜作製後に界面活性剤(商品名「ラピゾールA−30」、1,4−ビス(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム、日本油脂製)を10質量%になるように水で希釈した溶液を被膜表面に塗布したものである。界面活性剤を吸水性複合膜中に吸収させることにより塗膜表面に親水性を付与することができ、吸水性が飽和した後も親水性により水膜が形成されているため曇りは全く発生せず、膜硬度、耐摩耗性においても実施例2と同等の評価結果が得られている。
【0063】
(4)実施例4は、吸水性複合膜形成用塗工液の組成及び界面活性剤の塗布方法は実施例3と同じであるが、界面活性剤を被膜表面に塗布した後、120℃で10分の加熱乾燥(ポストベーク)を行ったものである。ポストベークを行うことにより、鉛筆硬度8Hの高硬度な塗膜が得られており、また界面活性剤が吸水性複合膜中に分散しているため、吸水量が飽和した後は被膜表面に水膜が形成されることから、曇りは全く発生しなかった。また、テーバ摩耗試験、湿布摩耗試験も合格であった。
【0064】
(5)実施例5は、界面活性剤(商品名「ラピゾールA−30」、1,4−ビス(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウム、日本油脂製)を10質量%に水で希釈した溶液を被膜表面に塗布した後、120℃で30分の加熱処理を行ったものである。界面活性剤を塗布した後であっても、ポストベークを30分間行うことにより、鉛筆硬度9Hの高硬度な被膜が得られた。また、テーバ摩耗試験、湿布摩耗試験も合格であった。
【0065】
(6)比較例1は、TEOSの添加量を多くした以外は実施例2と同じである。十分な吸水性を有しているため、呼気では曇りは発生しないが、テーバ摩耗試験後のヘーズ値が非常に高く、十分な耐摩耗性が得られなかった。また、湿布摩耗試験では被膜が剥離してしまった。
【0066】
(7)比較例2は、TEOSの添加量を増やしたこと以外は比較例1と同じである。TEOSを増やすことにより、塗膜表面にシルキングと呼ばれる凹凸形状が発生してしまい、平滑な塗膜表面を得ることができなかった。また、鉛筆硬度は2Hに低下してしまい、テーバ摩耗試験、湿布摩耗試験においても不合格であった。
まった。
【0067】
(8)比較例3は、コロイダルシリカの添加量を1質量%としたこと以外は実施例2と同じである。呼気防曇性は実施例2よりもよく、鉛筆硬度も4Hと実施例2と同等の評価結果が得られているが、テーバ摩耗試験後のヘーズ値が非常に高く、十分な耐摩耗性が得られなかった。また、湿布摩耗試験では被膜の一部が剥離してしまった。
【0068】
(9)比較例4は、コロイダルシリカの添加量を3質量%としたこと以外は実施例2と同じである。鉛筆硬度は4Hと高硬度な被膜が得られており、テーバ摩耗試験及び湿布摩耗試験も合格であったが、呼気により通常ガラスと同程度の曇りが発生してしまった。
【0069】
(10)比較例5はTEOSを添加しなかったこと以外は、実施例2と同じである。大量の呼気でも曇りは発生せず、鉛筆硬度3H程度の硬度が得られており、テーバ摩耗試験後のヘーズ値の変化も4%以下と十分な耐摩耗性が得られた。しかしながら、湿布摩耗試験では被膜が剥離してしまった。
【0070】
(11)比較例6は、コロイダルシリカ及び酸を添加せず、ポリビニルアセタール樹脂(エスレックKX−1、積水化学工業社製)、マトリックス形成用シリカゾル原料としてTEOSを使用し、ポリビニルアセタール樹脂とシリカの質量比が99.5:0.5で固形分濃度が3質量%となるように調整したものである。大量の呼気でも曇りは発生しないが、テーバ摩耗試験後のヘーズ値が非常に高く、十分な耐摩耗性が得られなかった。また、湿布摩耗試験では被膜が剥離してしまった。
【0071】
(12)比較例7は、ポリビニルアセタール樹脂とシリカの質量比が99.0:5.0となるようにしたこと以外は、比較例6と同じである。比較例6と同様に、呼気で曇りは発生せず、十分な防曇性能はあるが、テーバ摩耗試験後のヘーズ値が非常に高く、十分な耐摩耗性が得られなかった。また、湿布摩耗試験では被膜が剥離してしまった。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の防曇性膜被覆物品は、硬質基板、特に透光性硬質基板上に、防曇性に優れ、かつ鉛筆硬度の高い吸水性複合膜が設けられてなる物品であって、例えば浴室用、洗面所用などの防曇鏡、自動車用などの防曇窓ガラスや防曇鏡、建築用の防曇窓ガラス等の各種用途に好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質基板と、その上に形成された吸水性複合膜を有する防曇性膜被覆物品であって、前記吸水性複合膜が、ポリビニルアセタール樹脂と、その100質量部に対して、コロイダルシリカ30〜80質量部及びシリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物由来のシリカ換算粒子を5〜55質量部の割合で含むことを特徴とする防曇性膜被覆物品。
【請求項2】
硬質基板が、鏡又は透光性硬質基板である請求項1に記載の防曇性膜被覆物品。
【請求項3】
透光性硬質基板がガラス基板である請求項2に記載の防曇性膜被覆物品。
【請求項4】
吸水性複合膜が、水系溶媒と、ポリビニルアセタール樹脂と、シリコンアルコキシド化合物の加水分解物又は部分加水分解物とを含む吸水性複合膜形成用塗工液を、硬質基板上に塗工し、加熱処理して形成されてなる請求項1〜3のいずれかに記載の防曇性膜被覆物品。
【請求項5】
シリコンアルコキシド化合物がテトラアルコキシシランである請求項1〜4のいずれかに記載の防曇性膜被覆物品。
【請求項6】
吸水性複合膜形成用塗工液を硬質基板上に塗工し加熱処理してなる吸水性複合膜表面に、界面活性剤水溶液を塗布したのち、加熱処理を施してなる請求項4又は5に記載の防曇性膜被覆物品。
【請求項7】
吸水性複合膜の厚さが、2〜10μmである請求項1〜6のいずれかに記載の防曇性膜被覆物品。

【公開番号】特開2012−117025(P2012−117025A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−270922(P2010−270922)
【出願日】平成22年12月3日(2010.12.3)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】