説明

防汚性薄膜形成用塗布液と防汚性製品及び防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法並びに防汚性製品の製造方法

【課題】透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れた防汚性薄膜を基材の表面に容易に形成することのできる防汚性薄膜形成用塗布液と防汚性製品及び防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法並びに防汚性製品の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の防汚性薄膜形成用塗布液は、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防汚性薄膜形成用塗布液と防汚性製品及び防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法並びに防汚性製品の製造方法に関し、特に、調理中に付着した食品の焦げ付き汚れや油汚れを、繰り返し簡単に除去することが可能な防汚性製品を作製する際に用いて好適な防汚性薄膜形成用塗布液と、この防汚性薄膜形成用塗布液を基材の表面に塗布することで防汚性薄膜が形成された防汚性製品、及び、この防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法並びに防汚性製品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、調理器具等に用いられている琺瑯製品、セラミック板、陶磁器等では、表面に、食材の焦げ付き汚れが付き難く、また、焦げ付き汚れが付着したとしても水で十分に湿らせた後に、簡単に除去することができるという防汚性を付与するために、これらを構成する基材の温度を室温または100℃以下とした状態で、この基材の表面に防汚膜形成用の塗布液を塗布し、次いで、100℃以上の温度にて焼成を行い、この基材の表面に防汚膜を形成する方法が取られる。
例えば、琺瑯製品の表面に、フッ素系樹脂、シリコーン系樹脂、シランカップリング材、有機金属化合物等からなる防汚膜を形成する場合、通常、琺瑯処理した鉄板や鉄製品の表面に、フッ素系樹脂、シリコーン系樹脂、シランカップリング材、有機金属化合物等を塗布し、その後、加熱処理を施すことにより、琺瑯製品の表面に防汚膜を形成する方法が取られる。
【0003】
しかしながら、上記の防汚膜は、フッ素樹脂やシリコーン樹脂が有機樹脂であることから、耐熱性や耐摩耗性が劣るという問題点がある。
また、琺瑯製品の表面に、フッ素系樹脂やシリコーン系樹脂等の防汚膜を形成する場合、琺瑯製品の表面に塗布膜を形成し、次いでこの塗布膜を熱処理する必要があるので、工程数が多くなり、製造コストを上昇させる要因となる。
【0004】
そこで、酸化ジルコニウムを主成分とする無機物のコーティング膜が提案されている。
この無機物のコーティング膜は、例えば、硝酸ジルコニウムや酢酸ジルコニウム等の水溶性ジルコニウム化合物、あるいは酸化ジルコニウムゾルやジルコニウムアルコキシドを琺瑯等の耐熱性の基材に塗布し、その後、加熱処理を施すことにより、基材の表面に防汚膜を形成している。
しかしながら、この方法では、硝酸ジルコニウムや酢酸ジルコニウム等は、高温で長時間熱処理(焼成)しないと熱分解することができず、また、脱離ガスが発生し、その結果、緻密な膜ができず、耐摩耗性が劣ってしまうという問題点がある。
【0005】
また、酸化ジルコニウムゾルを用いてコーティング膜を形成した場合には、表面の平滑性が不十分なものとなり、その結果、食材の焦げ付き汚れが固着し易いという問題点がある。
また、ジルコニウムアルコキシド等は、金属アルコキシドに含まれる有機基が燃焼することにより、塗膜に細孔が発生し易く、十分に緻密な膜を得ることが難しいという問題点がある。その結果、食材の焦げ付き汚れが固着し易く、これら固着した食材の焦げ付き汚れを除去することは容易ではなく、しばし問題となっている。
そこで、これら無機物のコーティング膜の問題点を解決するために、例えば、平均粒子径が20nm以下の酸化ジルコニウム微粒子を用いて防汚膜を形成する方法(例えば、特許文献1参照)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−178631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述した従来の酸化ジルコニウム微粒子を用いた防汚膜においても、酸化ジルコニウム微粒子を含む塗布液を、室温または100℃以下の基材の表面に塗布し、次いで、100℃以上の温度にて熱処理(焼成)を行っていることから、やはり、表面の平滑性が十分ではなく、食材の焦げ付き汚れが固着し易いという問題点があった。
また、塗布液を、室温または100℃以下にて基材の表面に塗布した後、100℃以上の温度にて熱処理(焼成)する必要があるが、熱処理(焼成)が不十分であると、得られた防汚膜の密着強度が不十分なものとなり、その結果、耐摩耗性が低下するという問題点があった。また、工程数が多くなることから、製造コストが上昇するという問題点もある。
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであって、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れた防汚性薄膜を基材の表面に容易に形成することのできる防汚性薄膜形成用塗布液と防汚性製品及び防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法並びに防汚性製品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有してなる防汚性薄膜形成用塗布液を製品の基体の表面に塗布することで、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れた防汚性薄膜が形成された防汚性製品を容易に得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の防汚性薄膜形成用塗布液は、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有してなることを特徴とする。
【0011】
本発明の防汚性薄膜形成用塗布液では、前記金属酸化物クラスターは、ジルコニウムを主成分とすることが好ましい。
前記金属酸化物クラスターは、さらにケイ素成分を含有し、このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に換算したときの、この酸化ケイ素(SiO)の換算値と前記ジルコニウムを酸化ジルコニウム(ZrO)に換算したときの換算値との合計量に対する質量百分率が30質量%以下であることが好ましい。
【0012】
本発明の防汚性製品は、基材の表面に、本発明の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布することにより、前記表面に防汚性薄膜を形成してなることを特徴とする。
【0013】
本発明の防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法は、金属酸化物クラスターと溶媒とを含有してなる防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法であって、
金属塩溶液に塩基性溶液を加えて中和反応させる際に、前記金属塩溶液中の金属イオンまたは金属酸化物イオンの価数をm、前記塩基性溶液中の水酸基のモル比をnとしたとき、これらm及びnが次の式(1)
0.5<n<m ……(1)
を満たすように前記金属塩溶液に前記塩基性溶液を加えて前記金属塩溶液を部分中和させる工程と、得られた金属酸化物クラスターを含む溶液を洗浄し脱塩する工程と、この脱塩された金属酸化物クラスターを含む溶液に純水を添加する工程とを有することを特徴とする。
【0014】
本発明の防汚性製品の製造方法は、基材の表面に防汚性薄膜を形成してなる防汚性製品の製造方法であって、表面温度が200℃以上かつ400℃以下の前記基材の表面に請求項1ないし3のいずれか1項記載の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布し、この塗布後の前記基材の温度を150℃以下とすることにより前記基材の表面に前記防汚性薄膜を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の防汚性薄膜形成用塗布液によれば、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有したので、この防汚性薄膜形成用塗布液を製品の基体の表面に塗布することで、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れるはもちろんのこと、より平滑で厚みが均一な防汚性薄膜を基材の表面に容易に形成することができる。
【0016】
本発明の防汚性製品によれば、基材の表面に、本発明の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布することにより防汚性薄膜を形成したので、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れている。
この防汚性薄膜は、金属酸化物ナノ微粒子含有塗布液により形成した防汚膜と比べて、より低温で強固な膜密着強度(耐摩耗性)を得ることができる。したがって、従来の防汚膜と比べて、厚みを薄くすることができる。
この防汚性薄膜は、金属酸化物クラスターという無機材料を用いているので、有機系材料であるフッ素系樹脂、シリコーン系樹脂、有機金属化合物等を用いて形成された防汚膜と比べて、耐熱性、耐磨耗性、防汚性に優れている。
【0017】
本発明の防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法によれば、金属塩溶液に塩基性溶液を加えて中和反応させる際に、前記金属塩溶液中の金属イオンまたは金属酸化物イオンの価数をm、前記塩基性溶液中の水酸基のモル比をnとしたとき、これらm及びnが次の式(1)
0.5<n<m ……(1)
を満たすように前記金属塩溶液に前記塩基性溶液を加えて前記金属塩溶液を部分中和させるので、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れた防汚性薄膜を容易に形成することが可能な防汚性薄膜形成用塗布液を、容易かつ安価に製造することができる。
【0018】
本発明の防汚性製品の製造方法によれば、基材の表面に、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れた防汚性薄膜が形成された防汚性製品を、容易かつ安価に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の防汚性薄膜形成用塗布液と防汚性製品及び防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法並びに防汚性製品の製造方法を実施するための形態について説明する。
なお、この形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0020】
[第1の実施形態]
本発明の第1の実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液と防汚性製品及び防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法並びに防汚性製品の製造方法について説明する。
「防汚性薄膜形成用塗布液」
本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液は、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有してなる塗布液である。
【0021】
本実施形態における「金属酸化物クラスター」とは、金属酸化物を構成する複数種の原子または分子が数個ないし数百個有機的に結合してなる原子集団または分子集団、あるいは集合体のことであり、微粒子(直径が概ね1〜100nm)より小さい集合体である。
金属酸化物クラスターとしては、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れたものであればよく、例えば、ジルコニウムを主成分とする酸化ジルコニウムクラスター(以下、ジルコニアクラスターとも称する)、酸化セリウムクラスター(以下、セリアクラスターとも称する)、酸化イットリウムクラスター(以下、イットリアクラスターとも称する)、酸化ランタンクラスター(以下、ランタニアクラスターとも称する)等が挙げられる。
【0022】
ここで、金属酸化物クラスターとして、酸化ジルコニウムクラスターの場合を例に取ると、この酸化ジルコニウムクラスターは、ジルコニウム(Zr)、亜酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化ジルコニウム(ジルコニア:ZrO)、ジルコニウムの水和物(ZrO(OH)・nHO(n>0))等が有機的に結合して形成されたナノメートル級の集合体またはナノ粒子である。
【0023】
本実施形態における「数平均粒子径」とは、マイクロトラック法を用いて測定した個数分布平均粒子径のことであり、より詳しくは、粒子径を横軸に得られた個数分布曲線における累積個数が全体の50%のときの粒子径のことである。
ここで、金属酸化物クラスターの数平均粒子径を10nm以下とした理由は、数平均粒子径が10nmを超えると、金属酸化物クラスターとしての特性を失って微粒子と同様の振る舞いをするようになり、その結果、塗膜に欠陥が生じ易くなり、耐摩耗性や耐熱性等に代表される耐久性が低下するという問題が生じるからである。
【0024】
上記の溶媒としては、上述した金属酸化物クラスターを分散させることのできる溶媒であれば、特に制限なく用いることができ、例えば、水、メタノール、エタノール、2−プロパノール、1−ブタノール等の低級アルコール、ヘクタノール、オクタノール等の高級アルコール類、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類、エチレングリコールモノメチルエーテル(メチルセロソルブ)、エチレングリコールモノエチルエーテル(エチルセロソルブ)、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、エチレングリコールメチルエチルエーテル(2−メトキシエタノール)、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のエーテル類が好適である。
【0025】
この防汚性薄膜形成用塗布液においては、金属酸化物クラスターの含有率は、0.01質量%以上かつ10質量%以下であることが好ましく、より好ましくは0.05質量%以上かつ5質量%以下、さらに好ましくは0.05質量%以上かつ1質量%以下である。
ここで、金属酸化物クラスターの含有率が0.01質量%未満であると、溶媒が多すぎて所望の膜厚の薄膜を形成することが困難となり、一方、含有率が10質量%を超えると、金属酸化物クラスターが凝集し易くなり、その結果、金属酸化物クラスターとしての特性を失って単に粒子と同様の振る舞いをするようになるので好ましくない。
【0026】
この防汚性薄膜形成用塗布液に、用いる塗布方法に適した塗布性(粘性)を付与するために、増粘剤を添加してもよい。このような増粘剤としては、メチルセルロース、ポリビニルアルコール、アクリル樹脂等を挙げることができる。
【0027】
「防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法」
本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法は、金属酸化物クラスターと溶媒とを含有してなる防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法であり、
金属塩溶液に塩基性溶液を加えて中和反応させる際に、前記金属塩溶液中の金属イオンまたは金属酸化物イオンの価数をm、前記塩基性溶液中の水酸基(OH)のモル比をnとしたとき、これらm及びnが次の式(1)
0.5<n<m ……(1)
を満たすように前記金属塩溶液に前記塩基性溶液を加えて前記金属塩溶液を部分中和させる工程と、得られた金属酸化物クラスターを含む溶液を洗浄し脱塩する工程と、この脱塩された金属酸化物クラスターを含む溶液に純水を添加する工程とを有する方法である。
以下、この防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法について、詳細に説明する。
【0028】
まず、金属塩溶液に塩基性溶液を加え、この金属塩溶液を部分中和させる。
金属塩溶液としては、その種類に制限はないが、例えば、価数が2価、3価、4価、5価、6価のいずれか1種または2種以上の金属イオンまたは金属酸化物イオンと、塩素イオン、硝酸イオン、硫酸イオン等の無機酸イオン、あるいは酢酸イオン、蓚酸イオン、酒石酸イオン、クエン酸イオン、乳酸イオン等の有機酸イオンと、溶媒とから構成される溶液が好適に用いられる。
【0029】
上記の金属イオンとしては、例えば、ジルコニウム(Zr)、セリウム(Ce)、イットリウム(Y)、ランタン(La)等のイオンが挙げられる。また、金属酸化物イオンとしては、例えば、酸化ジルコニウム(ジルコニア)、酸化セリウム(セリア)、酸化イットリウム(イットリア)、酸化ランタン(ランタニア)等の金属酸化物のイオンが挙げられる。
【0030】
上記の溶媒としては、上述した金属イオンまたは金属酸化物イオン、無機酸イオン、有機酸イオン等を溶解させることのできる溶媒であれば、特に制限なく用いることができ、水の他、水溶性の有機溶媒、例えば、メタノール、エタノール、2−プロパノール、1−ブタノール等の1価アルコール、エチレングリコール等の2価アルコール(グリコール)、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類、エチレングリコールモノメチルエーテル(メチルセロソルブ)、エチレングリコールモノエチルエーテル(エチルセロソルブ)、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、エチレングリコールメチルエチルエーテル(2−メトキシエタノール)、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のエーテル類が好適である。
【0031】
塩基性溶液としては、金属塩溶液を部分中和させることのできる溶液であれば良く、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア等の水溶液、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム等のアルカリ炭酸塩やアルカリ炭酸水素塩の水溶液、あるいはエタノールアミン、ジエタノールアミン、ホルムアミド等の塩基性有機化合物を含む溶液を用いることができる。
【0032】
ここでは、金属塩溶液を部分中和させる際に、金属塩溶液中の金属イオンまたは金属酸化物イオンの価数をm、塩基性溶液中の水酸基のモル比をnとしたとき、これらm及びnが次の式(1)
0.5<n<m ……(1)
を満たすように金属塩溶液に塩基性溶液を加えて金属塩溶液を部分中和させる。
【0033】
ここで、金属塩溶液を部分中和させる理由について説明する。
通常の中和反応では、中和反応を完全に行わせるためにn≧mとしている。この条件で中和反応を行わせて得た金属酸化物の中和反応物は、中和反応時に必ず金属酸化物前駆体の等電点(前駆体粒子表面電荷がゼロになるpH)を通ることになるので、金属酸化物前駆体の極微細な粒子が凝集して3次元の網目状に結合したネットワーク構造となっている。
このようなネットワーク構造のものでは、金属酸化物前駆体が脱水縮合することにより粒子同士が凝集し、クラスターより大きな金属酸化物粒子を生成することとなり、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターを生成することはできない。
【0034】
一方、金属塩溶液中の金属イオンまたは金属酸化物イオンの価数mと、塩基性溶液中の水酸基(OH)のモル比nが次の式(1)
0.5<n<m ……(1)
を満たす場合、mとnが等しいとき(n=m)を中和率=1とすると、中和率が1未満では、金属酸化物前駆体の等電点の手前で中和反応を終了させるので、金属酸化物前駆体の凝集は起こらず、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターがゾル状態で溶液中に存在することとなる。
なお、nが0.5以下では、金属酸化物前駆体の生成率が極端に低下し、その結果、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターの生成が悪化するので実用的ではない。
【0035】
次いで、この金属塩溶液の部分中和により得られた金属酸化物クラスターを含む溶液を洗浄し、脱塩する。
洗浄液としては、金属塩溶液に用いられた溶媒が好適であり、脱塩の容易さを勘案すると、水が好ましい。
脱塩に要する時間は、溶液に含まれる金属酸化物クラスターの量にもよるが、概ね120分以上かつ600分以下である。
【0036】
次いで、この脱塩された金属酸化物クラスターを含む溶液に、純水を添加し、溶液中の金属酸化物クラスターの含有率を0.5質量%以上かつ10質量%以下、好ましくは1.0質量%以上かつ5.0質量%以下に調整する。
以上により、本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液を作製することができる。
【0037】
「防汚性製品」
本実施形態の防汚性製品は、基材の表面に、本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布することにより、この基材の表面に防汚性薄膜が形成された製品である。
この防汚性製品としては、特に制限されず、例えば、屋内のキッチンや調理場等の厨房で使用されるフライパン、鍋、調理用プレート、魚焼き用グリルの水入れ皿、焼き網等はもちろんのこと、コンロ天板、コンロ部品、オーブンの内部品等、食品の調理に用いられる各種器具及び各種部材並びに各種厨房設備の付帯部品等があり、この各種部材には、グリル、オーブン、トースター等の食品を収容して加熱調理する加熱調理機器の加熱調理室内の天板や内壁面を含んでいる。
この防汚性製品は、水垢や糞便が固着しやすい便器、洗面器等の衛生陶器、皿や鉢等の食器、浴室で使用されるタイル類等であってもよい。
【0038】
この製品の基材の材質としては、鋼、ステンレス鋼、アルミニウム、銅等の金属材料、ガラス、ジルコニア等のセラミックス材料、琺瑯等の金属−セラミックス複合材料等、種類を問わない。
この防汚性薄膜を成膜する領域としては、少なくとも、例えば食品が触れる虞のある領域等のように有機物に起因する汚れが生じる領域や、水垢、糞便が生じる虞のある領域とする必要があるが、製品の表面全体に洩れなく上記の防汚性薄膜を成膜した構成としてももちろんかまわない。
【0039】
「防汚性製品の製造方法」
本実施形態の防汚性製品の製造方法は、基材の表面に防汚性薄膜を形成してなる防汚性製品の製造方法であり、表面温度が200℃以上かつ400℃以下の基材の表面に上記の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布し、この塗布後の基材の温度を150℃以下とすることにより、この基材の表面に防汚性薄膜を形成する方法である。
以下、この防汚性製品の製造方法について説明する。
【0040】
まず、上記の防汚性薄膜形成用塗布液を、製品の本体を構成する基材の表面の少なくとも一部、すなわち、少なくとも、食品が触れる虞のある領域、油汚れが生じる虞のある領域等の有機物に起因する汚れや水垢が固着し易い領域に、塗布する。
塗布法としては、特に制限されず、例えば、スプレー法、デイップ法、刷け塗り法等が好適に用いられる。
【0041】
塗布にあたっては、塗布膜の厚みを、目的とする防汚性薄膜の膜厚が10nm以上かつ150nm以下の範囲になるように調整することが好ましい。
この防汚性薄膜の厚みが10nmを下回ると、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性が不十分なものとなり、その結果、食品等の有機物に起因する焦げ付き汚れ、油汚れ、水垢の除去容易性が不充分となるので好ましくなく、一方、厚みが150nmを越えると、防汚性薄膜の耐衝撃性が低下してクラックが入り易く、また、透明性が低下して製品の基体の色調等の意匠性が低下するので好ましくない。
【0042】
この防汚性薄膜形成用塗布液の温度が室温(25℃)程度、あるいは100℃以下の場合、この防汚性薄膜形成用塗布液を表面温度が200℃以上かつ400℃以下の基材の表面に塗布することにより、この塗布後の基材の温度は150℃以下、好ましくは100℃以上かつ150℃以下にまで低下することとなる。
なお、この防汚性薄膜形成用塗布液を基材の表面に複数回塗布することにより、塗布後の基材の温度を150℃以下、好ましくは100℃以上かつ150℃以下にまで低下することとしてもよい。
この基材の温度が低下する間に、塗布膜中の金属酸化物クラスターが基材の表面に強固に密着し、より平滑で膜厚が10nm以上かつ150nm以下の範囲内で均一な防汚性薄膜を基材の表面に容易に形成することができる。
【0043】
以上説明したように、本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液によれば、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有したので、この防汚性薄膜形成用塗布液を製品の基体の表面に塗布することで、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れるはもちろんのこと、より平滑で厚みが均一な防汚性薄膜を基材の表面に容易に形成することができる。
【0044】
本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法によれば、金属塩溶液に塩基性溶液を加えて中和反応させる際の金属塩溶液中の金属イオンまたは金属酸化物イオンの価数をm、塩基性溶液中の水酸基のモル比をnとしたとき、これらm及びnが次の式(1)
0.5<n<m ……(1)
を満たすように金属塩溶液に塩基性溶液を加えて金属塩溶液を部分中和させるので、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れた防汚性薄膜を容易に形成することが可能な防汚性薄膜形成用塗布液を、容易かつ安価に製造することができる。
【0045】
本実施形態の防汚性製品によれば、基材の表面に、本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布して防汚性薄膜を形成したので、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れている。
この防汚性薄膜は、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有する塗布液を用いて形成したので、金属酸化物ナノ微粒子含有塗布液を用いて形成した防汚膜と比べて、より低温で強固な膜密着強度(耐摩耗性)を得ることができる。したがって、従来の防汚膜と比べて、厚みを薄くすることができる。
この防汚性薄膜は、金属酸化物クラスターという無機材料を用いているので、有機系材料であるフッ素系樹脂、シリコーン系樹脂、有機金属化合物等を用いて形成された防汚膜と比べて、耐熱性、耐磨耗性、防汚性に優れている。
【0046】
本実施形態の防汚性製品の製造方法によれば、表面温度が200℃以上かつ400℃以下の基材の表面に上記の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布し、この塗布後の基材の温度を150℃以下とすることにより、この基材の表面に防汚性薄膜を形成するので、基材の表面に、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れた防汚性薄膜が形成された防汚性製品を、容易かつ安価に製造することができる。
【0047】
[第2の実施形態]
本発明の第2の実施形態に係る防汚性薄膜形成用塗布液と防汚性製品及び防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法並びに防汚性製品の製造方法について説明する。
「防汚性薄膜形成用塗布液」
本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液は、ジルコニウムを主成分とする数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと、溶媒と、ケイ素成分とを含有し、このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に換算したときの、この酸化ケイ素(SiO)の換算値と前記ジルコニウムを酸化ジルコニウム(ZrO)に換算したときの換算値との合計量に対する質量百分率が30質量%以下の塗布液である。
【0048】
本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液は、第1の実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液と異なる点は、金属酸化物クラスターを、ジルコニウムを主成分とする数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターとし、さらにケイ素成分を含有し、このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に換算したときの、この酸化ケイ素(SiO)の換算値と前記ジルコニウム、すなわち酸化ジルコニウムクラスターを酸化ジルコニウム(ZrO)に換算したときの換算値との合計量に対する質量百分率を30質量%以下とした点であり、その他の構成要素については第1の実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液と全く同様であるから説明を省略する。
【0049】
上記のジルコニウムを主成分とする金属酸化物クラスターとしては、数平均粒子径が10nm以下の酸化ジルコニウムクラスター(ジルコニアクラスター)の他、酸化セリウムクラスター(セリアクラスター)、酸化ランタンクラスター(ランタニアクラスター)等が挙げられる。
上記のケイ素成分としては、上記の防汚性薄膜形成用塗布液を表面温度が200℃以上かつ400℃以下の基材の表面に塗布した場合に、この塗布後の基材の温度を150℃以下とする間に酸化ケイ素となり得るケイ素化合物であれば特に制限はないが、例えば、コロイダルシリカ、ケイ素アルコキシド、ケイ素アルコキシドの加水分解物を挙げることができる。この加水分解物の加水分解率としては、特に制限はなく、0モル%超〜100モル%の範囲内のものを使用することができる。
【0050】
上記のケイ素成分としてシリコンアルコキシド、シリコンアルコキシドの加水分解物、シリコンアルコキシドおよびシリコンアルコキシドの加水分解物、のいずれかを用いる場合には、このケイ素成分の加水分解反応を制御する触媒を添加してもよい。
この触媒としては、塩酸、硝酸等の無機酸、クエン酸、酢酸等の有機酸等を挙げることができる。また、この触媒の添加量は、通常、塗布液中の金属酸化物クラスター及びケイ素成分の合計量に対して0.01〜0.5質量%程度が好ましい。
ケイ素成分としてコロイダルシリカを用いると、加水分解反応を制御する触媒である酸を添加する必要がないので好ましい。
【0051】
このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に換算したときの、この酸化ケイ素(SiO)の換算値と酸化ジルコニウムクラスターを酸化ジルコニウム(ZrO)に換算したときの換算値との合計量に対する質量百分率は、30質量%以下が好ましく、より好ましくは5質量%以上かつ20質量%以下の範囲である。
ケイ素成分の質量百分率を上記の範囲に限定すると、例えば、調理中に付着した食品等の有機物の焦げ付き汚れの除去容易性が特に優れたものとなる。もちろん、油汚れの除去容易性、水垢の除去容易性、防汚性薄膜の耐水性も良好となる。
【0052】
上記の溶媒としては、上述した酸化ジルコニウムクラスター及びケイ素成分を溶解または分散させることのできる溶媒であれば、特に制限なく用いることができ、例えば、水、メタノール、エタノール、2−プロパノール、1−ブタノール等の1価アルコール、エチレングリコール等の2価アルコール(グリコール)、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類、エチレングリコールモノメチルエーテル(メチルセロソルブ)、エチレングリコールモノエチルエーテル(エチルセロソルブ)、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、エチレングリコールメチルエチルエーテル(2−メトキシエタノール)、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のエーテル類が好適である。
【0053】
この塗布液に、用いる塗布方法に適した塗布性(粘性)を付与するために、増粘剤を添加してもよい。このような増粘剤としては、メチルセルロース、ポリビニルアルコール、アクリル樹脂等を挙げることができる。
【0054】
「防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法」
本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法は、ジルコニウムを主成分とする数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと、溶媒と、ケイ素成分とを含有してなる防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法であり、第1の実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法とは、金属塩溶液に塩基性溶液を加えて金属塩溶液を部分中和させる工程の後に、この部分中和した溶液に上記のケイ素成分を添加する点が異なるのみであり、その他の構成要素については第1の実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法と全く同様である。
【0055】
この部分中和した溶液に上記のケイ素成分を添加する場合、このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に換算したときの、この酸化ケイ素(SiO)の換算値とジルコニウムを主成分とする金属酸化物クラスターを酸化ジルコニウム(ZrO)に換算したときの換算値との合計量に対する質量百分率が30質量%以下となるように、添加する。
【0056】
次いで、このジルコニウムを主成分とする金属酸化物クラスター及びケイ素成分を含む溶液を洗浄し、脱塩する。
洗浄液としては、金属塩溶液に用いられた溶媒が好適であり、脱塩の容易さを勘案すると、水が好ましい。
脱塩に要する時間は、溶液に含まれるジルコニウムを主成分とする金属酸化物クラスター及びケイ素成分の量にもよるが、概ね120分以上かつ600分以下である。
【0057】
次いで、この脱塩されたジルコニウムを主成分とする金属酸化物クラスター及びケイ素成分を含む溶液に、純水を添加し、溶液中の金属酸化物クラスター及びケイ素成分の合計の含有率を0.05質量%以上かつ1.0質量%以下、好ましくは0.1質量%以上かつ0.5質量%以下に調整する。
以上により、本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液を作製することができる。
【0058】
「防汚性製品」
本実施形態の防汚性製品は、基材の表面に、本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布することにより、この基材の表面に防汚性薄膜が形成された製品である。
この防汚性製品の種類や基材の材質については、第1の実施形態の防汚性製品と全く同様であるから、説明を省略する。
【0059】
「防汚性製品の製造方法」
本実施形態の防汚性製品の製造方法は、基材の表面に防汚性薄膜を形成してなる防汚性製品の製造方法であり、表面温度が200℃以上かつ400℃以下の基材の表面に上記の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布し、この塗布後の基材の温度を150℃以下とすることにより、この基材の表面に防汚性薄膜を形成する方法である。
以下、この防汚性製品の製造方法について説明する。
【0060】
まず、上記の防汚性薄膜形成用塗布液を、製品の本体を構成する基材の表面の少なくとも一部、すなわち、少なくとも、食品が触れる虞のある領域、油汚れが生じる虞のある領域等の有機物に起因する汚れや水垢が固着し易い領域に、塗布する。
この防汚性薄膜形成用塗布液を塗布する方法や膜厚については、第1の実施形態の防汚性製品の製造方法と全く同様である。
【0061】
この防汚性薄膜形成用塗布液の温度が室温(25℃)程度、あるいは100℃以下の場合、この防汚性薄膜形成用塗布液を表面温度が200℃以上かつ400℃以下の基材の表面に塗布することにより、この塗布後の基材の温度は150℃以下、好ましくは100℃以上かつ150℃以下にまで低下することとなる。
なお、この防汚性薄膜形成用塗布液を基材の表面に複数回塗布することにより、塗布後の基材の温度を150℃以下、好ましくは100℃以上かつ150℃以下にまで低下することとしてもよい。
【0062】
この基材の温度が低下する間に、塗布膜中のジルコニウムを主成分とする金属酸化物クラスター及びケイ素成分が反応してジルコニウム−ケイ素酸化物が形成され、このジルコニウム−ケイ素酸化物が基材の表面に強固に密着することとなる。これにより、このジルコニウム−ケイ素酸化物を成分とする、より平滑で膜厚が0.01μm以上かつ0.15μm以下の範囲内で均一な防汚性薄膜を基材の表面に容易に形成することができる。
【0063】
このジルコニウム−ケイ素酸化物の化学構造は、ジルコニウム(Zr)原子とケイ素(Si)原子が酸素(O)原子を介して結合した下記式(1)
【化1】

にて表される化学結合を分子骨格中に有するジルコニウム−ケイ素酸化物により構成され、このジルコニウム−ケイ素酸化物が三次元網目構造を形成した無機物質から構成されていると考えられる。
【0064】
このようにして成膜された防汚性薄膜の組成を撥水性及び親水性の点から考えると、酸化ジルコニウム(ZrO)は表面に非親水性基(=O)を有するので撥水性を示すが、酸化ケイ素(SiO)は、表面に親水性基(−OH)を有するので親水性を示す。したがって、撥水性を示す酸化ジルコニウム(ZrO)に、酸化ケイ素(SiO)を所定の割合で導入すると、この酸化ケイ素(SiO)含有酸化ジルコニウム(ZrO)からなる薄膜は、適度な撥水性と親水性とを兼ね備えたものとなる。
【0065】
このような化学構造を有する防汚性薄膜は、それを構成する成分の違いにより、それぞれ、次のような優れた防汚性を備えている。
(1)塗布液中に金属酸化物クラスター及びケイ素成分を含み、このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に、ジルコニウムを主成分とする金属酸化物クラスターを酸化ジルコニウム(ZrO)に、それぞれ換算したときの、酸化ケイ素(SiO)の、酸化ジルコニウム(ZrO)と酸化ケイ素(SiO)の合計量に対する質量百分率が20質量%以下の場合は、調理中に付着した食品等の有機物の焦げ付き汚れの除去容易性が特に優れたものとなり、油汚れの除去容易性、水垢の除去容易性も良好である。
【0066】
(2)塗布液中に金属酸化物クラスター及びケイ素成分を含み、このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に、ジルコニウムを主成分とする金属酸化物クラスターを酸化ジルコニウム(ZrO)に、それぞれ換算したときの、酸化ケイ素(SiO)の、酸化ジルコニウム(ZrO)と酸化ケイ素(SiO)の合計量に対する質量百分率が20質量%を超えかつ50質量%以下の場合は、油汚れの除去容易性が特に優れたものとなり、調理中に付着した食品等の有機物の焦げ付き汚れの除去容易性、水垢の除去容易性も良好である。
【0067】
以上説明したように、本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液によれば、ジルコニウムを主成分とする数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと、溶媒と、ケイ素成分とを含有し、このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に換算したときの、この酸化ケイ素(SiO)の換算値と前記ジルコニウムを酸化ジルコニウム(ZrO)に換算したときの換算値との合計量に対する質量百分率を30質量%以下としたので、この防汚性薄膜形成用塗布液を製品の基体の表面に塗布することで、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れるはもちろんのこと、食品等の有機物の焦げ付き汚れや油汚れの除去容易性が特に優れたものとなり、より平滑で厚みが均一な防汚性薄膜を基材の表面に容易に形成することができる。
【0068】
本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法によれば、金属塩溶液に塩基性溶液を加えて金属塩溶液を部分中和させた後、この部分中和した溶液にケイ素成分を添加するので、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れ、食品等の有機物の焦げ付き汚れや油汚れの除去容易性に特に優れた防汚性薄膜を容易に形成することが可能な防汚性薄膜形成用塗布液を、容易かつ安価に製造することができる。
【0069】
本実施形態の防汚性製品によれば、基材の表面に、本実施形態の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布して防汚性薄膜を形成したので、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れ、食品等の有機物の焦げ付き汚れや油汚れの除去容易性に特に優れている。
この防汚性薄膜は、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とケイ素成分とを含有する塗布液を用いて形成したので、金属酸化物ナノ微粒子含有塗布液を用いて形成した防汚膜と比べて、より低温で強固な膜密着強度(耐摩耗性)を得ることができる。
【0070】
本実施形態の防汚性製品の製造方法によれば、表面温度が200℃以上かつ400℃以下の基材の表面に上記の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布し、この塗布後の基材の温度を150℃以下とすることにより、この基材の表面に防汚性薄膜を形成するので、基材の表面に、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れ、食品等の有機物の焦げ付き汚れや油汚れの除去容易性に特に優れた防汚性薄膜が形成された防汚性製品を、容易かつ安価に製造することができる。
【実施例】
【0071】
以下、実施例及び比較例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0072】
「実施例1」
オキシ塩化ジルコニウム8水塩2615gを純水40Lに溶解させたジルコニウム塩溶液に、濃度が28%のアンモニア水344gを純水20Lに溶解させた希アンモニア水を攪拌しながら加え、ジルコニア前駆体スラリーを調整した。
次いで、限外洗浄機にて、5L/分の流量にて4時間水を流して洗浄脱塩した後、純水を加えて、ZrO換算値にて0.2質量%の塗布液を調整した。
次いで、この塗布液を、予め350℃に余熱した琺瑯板にスプレー法にて、基板温度が100℃以下になるまで塗布を行い、実施例1の防汚性薄膜付琺瑯板を得た。
【0073】
「実施例2」
オキシ塩化ジルコニウム8水塩2615gを純水40Lに溶解させたジルコニウム塩溶液に、濃度が28%のアンモニア水344gを純水20Lに溶解させた希アンモニア水を攪拌しながら加え、ジルコニア前駆体スラリーを調整した。
次いで、限外洗浄機にて、5L/分の流量にて4時間水を流して洗浄脱塩した後、さらに、平均粒子径が4〜6nmのコロイダルシリカOXS(スノーテックス社製)を加えて攪拌し、塗布液中のSiO量が0.03質量%、ZrO量が0.17質量%となるように、塗布液を調整した。
次いで、この塗布液を、予め350℃に余熱した琺瑯板にスプレー法にて、基板温度が100℃以下になるまで塗布を行い、実施例2の防汚性薄膜付琺瑯板を得た。
【0074】
「実施例3」
オキシ塩化ジルコニウム8水塩2615gを純水40Lに溶解させたジルコニウム塩溶液に、濃度が28%のアンモニア水344gを純水20Lに溶解させた希アンモニア水を攪拌しながら加え、ジルコニア前駆体スラリーを調整した。
次いで、限外洗浄機にて、5L/分の流量にて4時間水を流して洗浄脱塩した後、さらに、平均粒子径が4〜6nmのコロイダルシリカOXS(スノーテックス社製)を加えて攪拌し、塗布液中のSiO量が0.06質量%、ZrO量が0.14質量%となるように、塗布液を調整した。
次いで、この塗布液を、予め350℃に余熱した琺瑯板にスプレー法にて、基板温度が100℃以下になるまで塗布を行い、実施例3の防汚性薄膜付琺瑯板を得た。
【0075】
「比較例1」
オキシ塩化ジルコニウム8水塩2615gを純水40Lに溶解させたジルコニウム塩溶液に、濃度が28%のアンモニア水344gを純水20Lに溶解させた希アンモニア水を攪拌しながら加え、ジルコニア前駆体スラリーを調整した。
次いで、限外洗浄機にて、5L/分の流量にて4時間水を流して洗浄脱塩した後、さらに、平均粒子径が4〜6nmのコロイダルシリカOXS(スノーテックス社製)を加えて攪拌し、塗布液中のSiO量が0.1質量%、ZrO量が0.1質量%となるように、塗布液を調整した。
次いで、この塗布液を、予め350℃に余熱した琺瑯板にスプレー法にて、基板温度が100℃以下になるまで塗布を行い、比較例1の防汚性薄膜付琺瑯板を得た。
【0076】
「比較例2」
オキシ塩化ジルコニウム8水塩2615gを純水40Lに溶解させたジルコニウム塩溶液に、濃度が28%のアンモニア水344gを純水20Lに溶解させた希アンモニア水を攪拌しながら加え、ジルコニア前駆体スラリーを調整した。
次いで、限外洗浄機にて、5L/分の流量にて4時間水を流して洗浄脱塩した後、純水を加えて、ZrO換算値にて0.2質量%の塗布液を調整した。
次いで、この塗布液を、予め350℃に余熱した琺瑯板にスプレー法にて、基板温度が250℃になるまで塗布を行い、比較例2の防汚性薄膜付琺瑯板を得た。
【0077】
「比較例3」
オキシ塩化ジルコニウム8水塩2615gを純水40Lに溶解させたジルコニウム塩溶液に、濃度が28%のアンモニア水344gを純水20Lに溶解させた希アンモニア水を攪拌しながら加え、ジルコニア前駆体スラリーを調整した。
次いで、限外洗浄機にて、5L/分の流量にて4時間水を流して洗浄脱塩した後、純水を加えて、ZrO換算値にて0.2質量%の塗布液を調整した。
次いで、この塗布液を、予め180℃に余熱した琺瑯板にスプレー法にて、基板温度が100℃以下になるまで塗布を行い、比較例3の防汚性薄膜付琺瑯板を得た。
【0078】
「比較例4」
平均一次粒子径が8nmのジルコニアナノ粒子(住友大阪セメント製)を水中に分散させたジルコニアナノ粒子分散液に純水を加えて、ZrO換算値にて0.2質量%の塗布液を調整した。
次いで、この塗布液を、予め350℃に余熱した琺瑯板にスプレー法にて、基板温度が100℃以下になるまで塗布を行い、比較例4の防汚性薄膜付琺瑯板を得た。
【0079】
「比較例5」
オキシ塩化ジルコニウム8水塩2615gを純水40Lに溶解させたジルコニウム塩溶液に、濃度が28%のアンモニア水344gを純水20Lに溶解させた希アンモニア水を攪拌しながら加え、ジルコニア前駆体スラリーを調整した。
次いで、限外洗浄機にて、5L/分の流量にて20時間水を流して洗浄脱塩した後、純水を加えて、ZrO換算値にて0.2質量%の塗布液を調整した。
次いで、この塗布液を、予め350℃に余熱した琺瑯板にスプレー法にて、基板温度が100℃以下になるまで塗布を行い、比較例5の防汚性薄膜付琺瑯板を得た。
【0080】
「防汚性薄膜の評価」
実施例1〜3及び比較例1〜5各々の防汚性薄膜付琺瑯板の膜厚、平均粒子径、表面光沢度、基板の表面温度(塗布直前及び塗布直後)、接触角、耐摩耗性、防汚性1、防汚性2を評価した。ここでは、防汚性薄膜を形成していない琺瑯板を従来例とした。
これらの評価結果を表1に示す。
【0081】
上記の各項目における評価方法は以下の通りである。
(1)膜厚
薄膜測定装置 film metrics F20(松下テクノトレーディング(株)社製)を用いて、防汚性薄膜の膜厚を測定した。
(2)数平均粒子径
マイクロトラック法を用いた粒子径測定装置 HPP5001(Malvern Instruments ltd社製)を用いて、個数分布平均粒子径を測定した。
【0082】
(3)表面光沢度
表面光沢度測定機 GLOSS CHECKER IG-320(堀場製作所社製)を用いて、防汚性薄膜の表面光沢度を測定した。
(4)基板の表面温度
放射温度計 HT-21(コニカミノルタ社製)を用いて、基板の塗布直前及び塗布直後各々の表面温度を測定した。
(5)接触角
接触角計 CX-X型(協和界面科学(株)社製)を用いて、防汚性薄膜の表面における接触角を、温度23℃、湿度50%に保たれたクリーンルーム内にて、蒸留水を用いて測定した。
【0083】
(6)耐摩耗性
防汚性薄膜付琺瑯板の表面にクリームクレンザー2gを滴下し、セロファン製のフィルムを用いて、30mg/cmの荷重にて5000回擦った。次いで、防汚性薄膜の表面に醤油を5mL滴下し、大気中、250℃にて30分加熱し、醤油を焦げ付かせた。次いで、この焦げ付き汚れを、水を含ませた布を用いて水拭きし、除去の容易性を下記の評価基準にて評価した。
○:焦げ付き汚れを容易に除去することができた。
△:焦げ付き汚れは残るが、時間をかけて水拭きすれば除去することができた。
×:焦げ付き汚れが50体積%以上残ってしまい、時間をかけて水拭きしても除去
が困難であった。
【0084】
(7)防汚性1
防汚性薄膜付琺瑯板の表面に醤油を5mL滴下し、大気中、300℃にて1時間加熱し、醤油を焦げ付かせた。次いで、この焦げ付き汚れを、水を含ませた布を用いて水拭きし、除去の容易性を下記の評価基準にて評価した。
○:焦げ付き汚れを容易に除去することができた。
△:焦げ付き汚れは残るが、時間をかけて水拭きすれば除去することができた。
×:焦げ付き汚れが残ってしまい、時間をかけて水拭きしても除去が困難で
あった。
【0085】
(8)防汚性2
防汚性薄膜付琺瑯板の表面にサラダ油を1mL滴下し、大気中、250℃にて30分間加熱し、サラダ油を固化させた。次いで、この油汚れを、水を含ませた布を用いて水拭きし、除去の容易性を下記の評価基準にて評価した。
○:油汚れを容易に除去することができた。
△:油汚れは残るが、時間をかけて水拭きすれば除去することができた。
×:油汚れが50体積%以上残ってしまい、時間をかけて水拭きしても除去が困難であった。
【0086】
【表1】

【0087】
表1によれば、実施例1〜3の防汚性薄膜付琺瑯板では、表面光沢度、接触角、耐摩耗性、防汚性1、防汚性2共に優れていた。
一方、比較例1〜5の防汚性薄膜付琺瑯板では、表面光沢度、接触角、耐摩耗性、防汚性1、防汚性2のうちいずれか1つ以上が実施例1〜3の防汚性薄膜付琺瑯板と比べて劣っており、特に防汚性1では、その効果の差が大きなものであった。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の防汚性薄膜形成用塗布液は、数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有したことにより、この防汚性薄膜形成用塗布液を製品の基体の表面に塗布することで、透明性、耐摩耗性、耐熱性及び焦げ付き汚れ除去性に優れるはもちろんのこと、より平滑で厚みが均一な防汚性薄膜を基材の表面に容易に形成することができるものであるから、食品の調理に用いられる調理器具や各種厨房設備の付帯部品はもちろんのこと、この調理器具以外の防汚性が要求される各種部材や各種部品等に対しても適用可能であり、その工業的意義は極めて大きいものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
数平均粒子径が10nm以下の金属酸化物クラスターと溶媒とを含有してなることを特徴とする防汚性薄膜形成用塗布液。
【請求項2】
前記金属酸化物クラスターは、ジルコニウムを主成分とすることを特徴とする請求項1記載の防汚性薄膜形成用塗布液。
【請求項3】
前記金属酸化物クラスターは、さらにケイ素成分を含有し、このケイ素成分を酸化ケイ素(SiO)に換算したときの、この酸化ケイ素(SiO)の換算値と前記ジルコニウムを酸化ジルコニウム(ZrO)に換算したときの換算値との合計量に対する質量百分率は30質量%以下であることを特徴とする請求項2記載の防汚性薄膜形成用塗布液。
【請求項4】
基材の表面に、請求項1ないし3のいずれか1項記載の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布することにより、前記表面に防汚性薄膜を形成してなることを特徴とする防汚性製品。
【請求項5】
金属酸化物クラスターと溶媒とを含有してなる防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法であって、
金属塩溶液に塩基性溶液を加えて中和反応させる際に、前記金属塩溶液中の金属イオンまたは金属酸化物イオンの価数をm、前記塩基性溶液中の水酸基のモル比をnとしたとき、これらm及びnが次の式(1)
0.5<n<m ……(1)
を満たすように前記金属塩溶液に前記塩基性溶液を加えて前記金属塩溶液を部分中和させる工程と、得られた金属酸化物クラスターを含む溶液を洗浄し脱塩する工程と、この脱塩された金属酸化物クラスターを含む溶液に純水を添加する工程とを有することを特徴とする防汚性薄膜形成用塗布液の製造方法。
【請求項6】
基材の表面に防汚性薄膜を形成してなる防汚性製品の製造方法であって、
表面温度が200℃以上かつ400℃以下の前記基材の表面に請求項1ないし3のいずれか1項記載の防汚性薄膜形成用塗布液を塗布し、この塗布後の前記基材の温度を150℃以下とすることにより前記基材の表面に前記防汚性薄膜を形成することを特徴とする防汚性製品の製造方法。

【公開番号】特開2013−75974(P2013−75974A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−216119(P2011−216119)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000183266)住友大阪セメント株式会社 (1,342)
【Fターム(参考)】