説明

防錆剤及び方法

【課題】環境に優しく安全でしかも容易に金属を防錆できる防錆剤及び防錆方法を提供する。
【解決手段】枯草菌は、有機物である油脂を分解する微生物であり、用水系統の配管やタンクの内面に付着したヌメリや沈着した汚泥を剥離分解させるために使用されている。すなわち、枯草菌の胞子は、有機物を栄養として酸素と反応することにより、枯草菌の栄養細胞となり、油脂及び悪臭の元となる物質に働きかけて油脂を分解し悪臭を除去するものであり、該枯草菌を主成分とした防錆剤を構成するとともに、枯草菌を用水系統の用水に投入し、用水が接触する用水系統の金属設備を防錆し、また、枯草菌を水に溶かした水溶液を金属の表面に散布し、金属を防錆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、用水系統を構成する金属設備の発錆を抑制する防錆剤及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、発電所には発電に必要な重要機器の冷却水系統のように発錆が発電の妨げとなる等、非常に問題となる系統や消火用水系統や雑用水系統などのように発電に影響を及ぼすことのない用水系統が設けられている。発錆が問題となる重要設備では、用水系統の金属設備の防錆処理に、金属設備内面に塗装やライニング等の内面保護処理を施したり、用水中に防錆剤(薬品)を投入する等が行われている。しかし発電に影響を及ぼさない用水管等では費用的な観点で防錆処理を施さない、または排水、放水が常に行われる用水管であって環境面から防錆処理を施すことが出来ないことも多い。
【0003】
ここで、枯草菌に分類される微生物を用いた消臭剤にて、悪臭を表面的に処理するのではなく、根本的に分解して消臭し、汚物等が付着してもそれに由来する悪臭を直接消臭だけでなく、その周囲空間に存在する悪臭も消臭できるようにしたものがある(例えば、特許文献1参照)。また、枯草菌に分類される微生物を有効成分として循環水に含有させ、水中の汚れや雑菌その他の有機質を効率的に安全に除去するようにしたものがある(例えば、特許文献2参照)。さらに、有用微生物群を用いた防錆剤として、有用微生物群の醗酵液にイオン化ミネラルを加えたミネラル含有水溶性防錆溶液がある(例えば、特許文献3参照)。イオン化ミネラルは有用微生物群の醗酵液に2wt%程度加えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−275975号公報
【特許文献2】特開2001−104991号公報
【特許文献3】特開2002−20885号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、金属設備の防錆のために防錆処理を施す場合にはコスト高となるだけでなく、防錆処理を施しても経年とともに防錆効果が低下するので万全といえない。また、用水系統の金属設備であるタンクや配管などに防錆剤を定期的に投入する場合には、環境保全面から防錆剤を投入した用水をそのまま外部に排水することはできないので、排水処理が必要となる。さらに、発錆がさほど問題視されていない用水系統においても、経年による金属設備内面の発錆により用水が赤く変色してしまい、用水使用後に散水範囲の景観が著しく損なわれている。
【0006】
一方、枯草菌は安全な微生物であり、そのまま外部に排出しても環境面の問題はないが、特許文献1では枯草菌は防臭のために使用されており防錆のためではない。また、特許文献2でも、水中の汚れや雑菌その他の有機質を効率的に安全に除去するために枯草菌を使用しており防錆のためではない。さらに、特許文献3に記載の防錆溶液は、有用微生物群の醗酵処理やミネラルの添加が必要でありコストが高くなる。
【0007】
本発明の目的は、環境に優しく安全でしかも容易、安価に金属を防錆できる防錆剤及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1の発明に係わる防錆剤は、枯草菌を主成分としたことを特徴とする。
【0009】
請求項2の発明に係わる防錆方法は、枯草菌を用水系統の用水に投入し、前記用水が接触する前記用水系統の金属設備を防錆することを特徴とする。
【0010】
請求項3の発明に係わる防錆方法は、枯草菌を水に溶かした水溶液を金属の表面に散布し、前記金属を防錆することを特徴とする。
【0011】
以下、本発明に至った経緯を説明する。枯草菌は、有機物である油脂を分解する微生物であり、用水系統の配管やタンクの内面に付着したヌメリや沈着した汚泥を剥離分解させるために使用されている。すなわち、枯草菌の胞子は、有機物を栄養として酸素と反応することにより、枯草菌の栄養細胞となり、油脂及び悪臭の元となる物質に働きかけて油脂を分解し悪臭を除去するものであり、有機物の分解に対して有効であることは知られているが、無機物である金属に対する発錆の抑制については有効性が未だ確認されていない。
【0012】
そこで、金属に対する発錆の抑制についても、枯草菌が有効ではないかと着想し、以下に述べる実験を行い、鋭意検討した結果、枯草菌に防錆効果があることを知見するに至った。
【0013】
図1は本発明の枯草菌による防錆効果の実験過程の写真図である。図1(a)に示すように、枯草菌の発錆への影響確認のために、水道水に枯草菌を投入した容器11a及び単に水道水を入れた容器11bを用意し、それぞれに同程度に少し錆びた状態の金属部材サンプルである鍵12a、12bを浸漬した。なお、金属部材サンプルの鍵12a、12bは、防錆処理のメッキが施されているものである。以下、水道水に枯草菌を投入した容器11aに鍵12aを浸漬したものをサンプルA、単に水道水を入れた容器11bに鍵12bを浸漬したものをサンプルBということにする。
【0014】
図1(b)は、図1(a)の状態から3日経過した状態である。サンプルAでは水の色に変化がほとんど見られなかった。一方、サンプルBでは水がやや錆び色に変色した。
【0015】
図1(c)は、図1(a)の状態から7日経過した状態(図1(b)の状態から4日経過した状態)である。サンプルAでは水の色に変化がほとんど見られなかった。一方、サンプルBでは水が図1(b)の場合より濃い錆び色となった。
【0016】
図1(d)は、図1(a)の状態から15日経過した状態(図1(c)の状態から8日経過した状態)である。サンプルAでは水の色に変化がほとんど見られなかった。一方、サンプルBでは水が図1(c)の場合よりさらに濃い錆び色となった。また、この時点で途中サンプルCとして、5日前に水道水を入れた容器11cに錆びた番線13を浸漬したものを追加した。番線13は防錆処理が施されていない金属部材である。
【0017】
図1(e)は、図1(a)の状態から18日経過した状態(図1(d)の状態から3日経過した状態)である。サンプルAでは水の色に変化がほとんど見られなかった。一方、サンプルBでは水が図1(d)の場合よりさらに濃い錆び色となった。また、サンプルCでは、さらに濃い錆び色となった。この状態でサンプルBに枯草菌を投入した。
【0018】
図1(f)は、図1(a)の状態から23日経過した状態(図1(e)の状態から5日経過した状態)である。サンプルAでは水の色に変化がほとんど見られなかった。一方、サンプルBでは枯草菌を投入したことから水が図1(e)の場合より透き通ってきた。また、サンプルCでは、さらに濃い錆び色となり、番線13がほとんど見えない程に濁った。
【0019】
以上の実験結果から分かるように、枯草菌を投入した水道水のサンプルAは錆びの進行が認められず、その水も透き通った状態でほぼ変化がなかった。一方、水道水のサンプルBは錆びが進行し、また水も錆び色いわゆる赤水へ変化した。この過程で枯草菌を投入すると赤水が透き通ってきた。また、途中で追加したサンプルCの番線13は、鍵12a、12bのように防錆処理のメッキが施されていないので赤水化の進行が早かった。
【0020】
図2は、図1(f)の各サンプルA、B、Cの水分を蒸発させて金属部材を取り出した写真図である。サンプルAでは実験開始時の鍵12aの状態とほとんど同じであり、サンプルBでは鍵12bに錆が進行し錆分も出ていた。また、サンプルCでは番線13にさらに錆が進行しており錆分もサンプルBより多かった。この実験結果から枯草菌は発錆の防止や用水の赤水化防止及び赤水化した用水の透明化に有効であることが確認できた。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、枯草菌は発錆の防止や用水の赤水化防止及び赤水化した用水の透明化に有効であることが得られたので、金属の防錆剤として使用できる。そのため、水を取り扱う用水系統内に枯草菌を投入することで用水系統内面の防錆及び防錆に伴い赤水化防止を行うことができる。また、汎用的な用途として金属表面に枯草菌の溶解液を散布して防錆を行うことができる。この際、菌の醗酵処理やミネラルの添加は不要であり、安価に防錆できる。さらに、枯草菌を防錆剤として使用することで、排水時の水処理が不要となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の枯草菌による防錆効果の実験過程の写真図。
【図2】図1(f)の各サンプルA、B、Cの水分を蒸発させて金属部材を取り出した写真図。
【図3】枯草菌の投入直後の散水・水幕を行った状態でのろ過水タンク周りの写真図。
【図4】枯草菌を投入してから6ヶ月経過後に散水・水幕を行った状態でのろ過水タンク周りの写真図。
【図5】表1に示した気化器海水冷却水タンクの毎月の水質分析結果のグラフ。
【図6】枯草菌を投入してからの鉄分の変化を示す写真図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態を説明する。枯草菌に防錆効果があることを知見したことから、防錆のための何の薬品処理もされていない発電所内の所内用水系統への使用を検討するとともに、脱酸素による防錆のために薬品の投入による溶存酸素の管理を行っている用水系統設備への使用を検討した。
【0024】
枯草菌(Bacillus subtilis)は、自然環境から分離したものや、市販の枯草菌に分類される微生物を使用することができる。
【実施例1】
【0025】
まず、防錆のための何の薬品処理もされていない発電所内の所内用水系統への枯草菌の使用について説明する。
【0026】
所内用水系統は、淡水消火系統や海水消火系統の充満水としており、何の薬品処理もされておらず、従来においては、ろ過水タンクから系統水を供給している。その系統水は錆により常に赤水であり配管も錆びによる腐食の進行が激しく、ピンホールや亀裂等によるリークも多発している。さらには、各散水や水膜作動確認テストにおいても、散水水幕ノズル、ブローライン等の錆び屑の詰まりも多発し、作業量や費用が嵩んでいる。また水幕や散水テストでの排水が赤水であるためLNGタンクの屋根、側壁、ラック、地表面、側溝等が水幕や散水テスト後に真っ赤に染まっており、従来からの問題として解決に至っていない。
【0027】
そこで、所内用水系統である消火系統の隣接ろ過水タンクへ直接枯草菌を投入した。図3は、枯草菌の投入直後の散水・水幕を行った状態でのLNGタンク周りの写真図であり、図3(a)は側溝の写真図、図3(b)はLNGタンク14への散水水幕を行う給水母管15及び散水水幕ノズル16の写真図、図3(c)は散水・水幕の写真図、図3(d)はLNGタンク14の上部の写真図、図3(e)は隣接雨水排水槽の写真図である。この状態では配管内に枯草菌が投入されたろ過水がほぼ充満されたものと推定できるが、図3(a)〜図3(e)から分かるように排水は赤水により濁っている。
【0028】
図4は、枯草菌を投入してから6ヶ月経過後に散水・水幕を行った状態でのLNGタンク周りの写真図であり、図4(a)は側溝の写真図、図4(b)はLNGタンク14への散水水幕を行う部分の写真図、図4(c)は散水・水幕の写真図、図4(d)はLNGタンク14の上部の写真図、図4(e)は隣接雨水排水槽の写真図である。図4(a)〜図4(d)から分かるように水は綺麗になっており、図4(e)から分かるように排水は赤っぽい色が薄れ土色に変化し濁りが減少している。
【0029】
このように、排水の濁りが減少していることから、散水水幕配管の赤水対策はもとより、これによる様々な設備の発錆抑制が可能である。また枯草菌は環境に優しいので、そのまま排水した場合においても、側溝や隣接雨水排水槽を浄化し、さらに河川や土壌を綺麗にしてくれるものと考察できる。
【実施例2】
【0030】
次に、脱酸素による防錆のために薬品の投入による溶存酸素の管理を行っている用水系統設備への枯草菌の使用について説明する。
【0031】
現在、気化器海水ポンプモーター用冷却水は、気化器海水冷却水タンクから冷却水系統にて循環運転を実施しており、リン酸系薬品「クリレックスL−110」を適宜投入し、防錆対策及び設備保全を行っている。冷却水の水質管理については月/回の水質分析を行い、リン酸濃度、濁度、鉄分濃度等の確認を行い、各基準値超過時には、薬品投入または冷却水貯蔵タンク内に所内用水入れ替えを実施し水質管理をしている。
【0032】
そこで、気化器海水冷却水タンクの防錆剤(薬品:クリレックスL−110)の代替として、枯草菌を気化器海水冷却水タンクヘ投入した。枯草菌の投入については、既に投入していた薬品(クリレックスL−110)の追加投入を停止し、冷却水中の薬品(クリレックスL−110)がある程度減少した後に枯草菌を投入した。また、枯草菌の投入量は、冷却水タンク内の枯草菌の濃度を10ppmとした。そのため、冷却水タンク1基当りのタンク容量が30mであることから300mlを投入した。
【0033】
薬品(クリレックスL−110)を投入した状態から薬品(クリレックスL−110)の追加投入を停止し、その後に枯草菌を投入した場合の気化器海水冷却水タンクの毎月の水質分析結果を表1に示す。
【表1】

【0034】
また、図5は、表1に示した気化器海水冷却水タンクの毎月の水質分析結果のグラフである。曲線S1は電気伝導度、曲線S2は薬品(クリレックスL−110)の濃度、曲線S3は濁度、曲線S4はpH、曲線S5は鉄分濃度である。
【0035】
気化器海水冷却水タンクの毎月の水質の計測開始後の4ヶ月めの時点t1で防錆剤である薬品(クリレックスL−110)を追加投入を停止し、投入中の薬品「クリレックスL−110」の防錆効果がほぼ2ヶ月程度でなくなることから、薬品「クリレックスL−110」投入停止した4ヶ月めの時点t1からほぼ2ヶ月後の計測開始6ヶ月めの時点t2で枯草菌を投入した。従って、枯草菌の効果は時点t2以降のデータで判断することになる。
【0036】
表1及び図5から分かるように、枯草菌の投入前(時点t2前)においては鉄分が常に1mg/l以上であったが、枯草菌の投入後の2ヶ月経過後(時点t3)では、鉄分は0.5mg/lに低下した。
【0037】
また、それに合わせて濁度が6.4度まで低下した。濁度は水中の透過度を測定しておりそれ自体も鉄分の低下を表している。鉄分の変化は分析に使用するミルボワフィルターでサンプル水を通過させた色の濃淡で量を測定している。図6は鉄分の変化を示す写真図であり、図6(a)は7ヶ月めの写真図、図6(b)は8ヶ月めの写真図(時点t3)である。図6から分かるように明らかに淡色に変化しており、鉄分が低下していることが一目で分かる。このように、枯草菌を投入してから2ヶ月後の分析で顕著な効果が現れた。5ヶ月後においても鉄分は0.5mg/l程度を維持しており更に濁度は3.3度まで低下している。
【0038】
このように、保護膜形成よる防錆のため薬品の投入による薬品の濃度管理を行っている用水系統設備への使用も問題がないことが確認できた。防錆剤の薬品の代替として枯草菌が使用できるので、薬品使用の削減による環境負荷の低減が可能となり、用水系統の設備点検時のブローによる排水も気にする必要がなくなるという効果も有する。
【実施例3】
【0039】
枯草菌による防錆のメカニズムについて検討するため、枯草菌投入の有無による水中溶存酸素濃度の比較を行った。
【0040】
水道水と、枯草菌を投入した水道水を用意し、それぞれを別のペットボトルに入れて蓋を閉めて放置した。放置開始から6日後および20日後に、それぞれのペットボトルから少量の液体をビーカーに移し、溶存酸素濃度を計測した。
【0041】
溶存酸素濃度の計測は、低濃度ポータブル溶存酸素計(東亜ディーケーケー株式会社製D0−32A)を用いた。蓋をしない状態でビーカーに溶存酸素電極を入れ、開放条件で計測を行った。計測結果を表2に示す。
【表2】

【0042】
表2より、枯草菌投入水道水の方は溶存酸素濃度が急速に低下し、水道水に比較して6日後で約1/3、20日後で約1/16となった。溶存酸素濃度の低下を考慮すると、枯草菌投入水道水の環境では、通常の水道水よりも鉄の腐食速度が少なくとも約1/16(約0.006mm/yr)になると想定される。よって、枯草菌投入により防錆効果が発揮された要因の1つとして、水中の溶存酸素濃度が低下したことが考えられる。
【符号の説明】
【0043】
11…容器、12…鍵、13…番線、14…LNGタンク、15…給水母管、16…散水水幕ノズル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
枯草菌を主成分としたことを特徴とする防錆剤。
【請求項2】
枯草菌を用水系統の用水に投入し、前記用水が接触する前記用水系統の金属設備を防錆することを特徴とする防錆方法。
【請求項3】
枯草菌を水に溶かした水溶液を金属の表面に散布し、前記金属を防錆することを特徴とする防錆方法。

【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−144781(P2012−144781A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−4724(P2011−4724)
【出願日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】