説明

防食塗料組成物及びその製造方法

【課題】従来に比べて下地処理の低減を図り、防錆剤として使用する亜硝酸塩を適正に封じ込めて亜硝酸塩の拡散スピードを低下させ、鋼材の防錆効果を長期に亘って維持することができる防食塗料組成物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明は、セメントと無機系粉材と膨張材とを含有するコンパウンドと、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンと、亜硝酸塩とを含有する防食塗料組成物であり、亜硝酸塩量を2.5〜9.0質量%とするため、エマルジョン量を11〜44質量%とする。併せて、セメント量を26〜38質量%としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材表面の下塗り塗料として使用される防食塗料組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、鉄骨建築物や鉄骨橋梁等の鋼構造物は、長期間の使用を前提とするため、防食と美観の確保を目的として表面塗装が施されている。通常、塗装は、錆止めを目的とする下塗り塗装と、耐候性と美観の確保を目的とする上塗り塗装と、下塗り塗装と上塗り塗装との付着性を向上させるための中塗り塗装の三層から構成されている。
塗装寿命は、塗装材料や使用環境に大きく影響されるが、比較的厳しい環境下では、変性エポキシ系塗料で6年、エポキシウレタン系塗料で10年という例もあり、鋼構造物の供用期間中において複数回の塗り替え塗装が必要となる。
【0003】
ここで、錆発生のメカニズムについて説明しておく。鉄が雨水などに晒されると、鉄表面に吸着した水分は、鉄元素から電子を取り込み、空気中の酸素と化学反応を起こしてOHを生成する。一方、電子が取られたFe2+は水分中に溶け込み、生成されたOHと結合してFe(OH)となり、酸化されてFeOOH、Fe・nHO、Fe・nHOなどの錆に変化する。
【0004】
鉄の防錆方法の一つとして、鉄の表面をアルカリ性に保ち、不動態化する方法が知られている。一般に、鉄は、pH9〜12.5の範囲においてFeの不動態層が形成され、安定な状態になるといわれている。鉄表面をアルカリ性に保つことで発錆を防ぐ技術として、例えば特許文献1では、白色セメントと超微粒子シリカとの混合物でなる主材にカーボンファイバーを添加配合したコンパウンドと、カチオン性スチレンブタジエン共重合体とメタクリル酸シクロヘキシル共重合体との混合物でなる水溶性硬化剤とからなる表面塗装剤の発明が開示されている。
【0005】
また、特許文献2では、樹脂固形分に対し、精練過程で生成されたアルカリ基を含有したスラグ、マイカ、リンモリブデン酸アルミニュウムを配合してなる無公害防錆被覆組成物の発明が開示されている。
【0006】
他方、上記アルカリ防食塗装と異なる防食塗装技術として、特許文献3では、ポリマーセメントと骨材と水と亜硝酸リチウム溶液とを混合してなるモルタルをモルタル吹付ノズルを介してコンクリート構造体の所定個所に吹き付けることを特徴とするモルタル吹付工法の発明が開示されている。この発明では、モルタル中に存在する亜硝酸リチウム(LiNO2)の亜硝酸イオン(NO2)の作用により下記の反応が起こることで不動態被膜(Fe)が形成され、錆の発生が防止される。
Fe2++2OH+2NO→2NO+Fe+H
【0007】
また、特許文献4では、下地調整材に陰イオン吸着剤を含有させることで、さび層と鋼材の界面に生成するネスト(鋼の腐食で鋼表面に形成された腐食セルにより、陰イオンがアノード部に電気化学的に補足され濃縮したもの)中の陰イオンを積極的に除去する鋼材の下地調整材の発明が開示されている。
【0008】
【特許文献1】特開平5−155649号公報
【特許文献2】特開2002−80786号公報
【特許文献3】特開2007−177567号公報
【特許文献4】特開2004−299979号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載された表面塗装剤は、高コスト材料であるカーボンファイバーを使用することに加えて、塗膜厚みを厚く(700〜800μm)することによって、塗膜の亀裂防止並びに水分と酸素の拡散抑制効果を高め、長寿命化を図っているため、従来のエポキシ塗料の3倍程度の高コストとなっている。
また、特許文献2に記載された無公害防錆被覆組成物は長期防錆性に優れるとされているが、アルカリ基を含有したスラグ等の成分により形成された鋼材表面の不動態被膜は、塗膜劣化あるいは外的損傷により発生するキズ部分より進入する腐食因子により破壊され、錆が短期間に進行し、寿命が十年程度と短い。
【0010】
一方、特許文献3に記載された発明では、不動態被膜が何らかの外的要因により損傷した場合には、亜硝酸イオンの働きにより不動態被膜が再構築されるが、鋼材の腐食防止塗料として塗装した場合、亜硝酸塩が可溶性のため防錆剤が溶出する。このため、長期防食性については問題がある。
また、特許文献4に記載された発明では、水性エポキシ樹脂を混和剤としたセメント系下地調整剤に、セメントとの反応によって消費されないカルシウム・アルミニウム複合水酸化物等の陰イオン吸着剤を含有させ、鋼材の腐食の発生を抑制しているが、長期防食性については明らかにされていない。
【0011】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、従来に比べて下地処理の低減を図り、防錆剤として使用する亜硝酸塩を適正に封じ込めて亜硝酸塩の拡散スピードを低下させ、鋼材の防錆効果を長期に亘って維持することができる防食塗料組成物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
特許文献3などに記載されている従来のポリマーセメントモルタルにおける亜硝酸塩(固形分)の使用量は、全組成物に対する配合比を大きくするとセメントの異常凝結が起きるため、亜硝酸リチウムの場合、5質量%、亜硝酸カルシウムの場合、1.25質量%が上限とされていた。しかし、塗料化に伴い、長期の防錆効果を維持するには、亜硝酸塩量を2.5質量%以上とする必要がある。このため、本発明では、エマルジョン量を11質量%以上とすることで、亜硝酸塩の増量を図った。また、セメント量を26質量%以上とすることで、塗膜にpH11.5〜12.5のアルカリ雰囲気をもたせ、下地処理の低減及び長期間の防食を可能とした。また併せて、塗料としての抗張力、伸び追従性、及び付着強さを確保するため、コンパウンドに無機系粉材と膨張材を含有させることとした。具体的には以下の通りである。
【0013】
本発明に係る防食塗料組成物は、セメントと無機系粉材と膨張材とを含有するコンパウンドと、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンと、亜硝酸塩とを含んでいる。
上記構成とすることにより、塗料としての施工性や耐久性が確保される。また、鋼材表面にアルカリ性塗膜が形成されるため、鋼材表面が不動態化され、腐食が進行しない。不動態被膜(Fe)が何らかの外的要因により損傷した場合には、亜硝酸イオン(NO2)がFe2+及びOHと化学反応を起こして不動態被膜(Fe)を再構築する。このため、従来に比べて大幅に鋼構造物の長寿命化を図ることができる。加えて、無機系粉材に対するセメントの質量比が1.0〜1.4となるようにすることで、密実な組織を構築することができる。これにより、亜硝酸塩の拡散スピードが低下し、亜硝酸塩の防錆効果を長期に亘って維持することができる。その結果、鋼構造物の供用期間中における塗り替え回数が減少し、塗り替えに掛かる費用を大幅に低減することができる。一方、無機系粉材に対するセメントの質量比が1.0未満もしくは1.4を超えた場合は、亜硝酸塩の拡散スピードを適正に低下させることはできない。
【0014】
さらに、本発明では、亜硝酸塩イオン(NO2−)が陽極に向かう流れを助長するため、アニオン系のエマルジョンとしてアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを採用した。アクリル/スチレン共重合体エマルジョンは、下地への付着性が良好で、しかも温度による依存性が少なく、低温や比較的温度の高い領域でも優れた弾性を有している。このため、耐透水性、耐候性に優れた塗膜を得ることができる。
なお、特許文献1に記載されているカチオン性スチレンブタジエン共重合体系の合成樹脂は、防錆効果は期待できるが、塗膜の変形能力(伸び)が0.4%であり、鋼材に曲げ軸力が作用した際の伸びが0.5%以上であることからすると、塗膜の亀裂等の問題がある。また、特許文献4に記載されているエポキシ系の合成樹脂は、カチオン性スチレンブタジエン共重合体系の合成樹脂より伸びが小さいと一般的に言われている。
【0015】
また、本発明に係る防食塗料組成物では、前記亜硝酸塩が2.5〜9.0質量%であることを好適とする。
亜硝酸塩が2.5質量%未満であると、防錆効果がエポキシ樹脂塗料並みとなり、塩水噴霧試験3000時間においてクロスカット部に錆が発生する。因みに、本発明における亜硝酸塩量を3質量%とした場合、亜硝酸塩量は従来塗料の約2.5倍となる。一方、亜硝酸塩が9.0質量%を超えると、エマルジョンと混和する際の水量が増加し、セメント水和物中の空隙が増加する。これに伴い、空隙に水分が浸入しやすくなり、セメント水和物中の亜硝酸塩の拡散が早くなる。その結果、長期的な防錆効果が期待できなくなる。
【0016】
また、本発明では、前記アクリル/スチレン共重合体エマルジョンは11〜44質量%であることを好適とする。
アクリル/スチレン共重合体エマルジョンが11質量%未満であると、セメント100質量部に対してアクリル/スチレン共重合体エマルジョンが20質量部未満となり、塗膜の伸度及び破断強度が向上せず、鋼材の変形に対する追従性が低下する。このため、塗膜亀裂が発生しやすく、亀裂部からの錆が進行する。一方、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンが44質量%を超えると、塗膜として必要以上の変形能力を有する反面、塗膜付着強度が不足して塗膜剥離が起きる。
【0017】
さらに、本発明では、前記セメントが26〜38質量%、前記無機系粉材が20〜28質量%、前記膨張材が0.5〜1.5質量%であることを好適とする。
セメントが26質量%未満であると、亜硝酸塩とアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを適正に混和した際に、水セメント比が1.0を上回り、所要の塗膜強度が得られない。具体的には、付着強度不足から塗膜剥離が起きると共に、圧縮強度不足から凝集破壊が発生する。一方、38質量%を超えると、所要の塗膜強度は期待できるが、セメント過多となり、収縮量が増大し塗膜面にひび割れが発生する。
【0018】
無機系粉材が20質量%未満であると、塗膜がセメントリッチになって乾燥中におけるひび割れの発生確率が高くなるだけでなく、水量が増加し塗膜強度が確保できなくなる。一方、無機系粉材が28質量%を超えると、骨材粉が多くなり過ぎ、セメント水和物の粘度が低下し、下地面の接着力が低下する。
膨張材は、適正なセメント使用量の時に、その効果が期待できる。膨張材が0.5質量%未満であると、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンが少ない場合、塗膜が脆くなり、セメントに起因する収縮に対応できない。逆に、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンが多い場合、必然的に水量も多くなり、塗膜が軟らかくなり過ぎ、膨張材の効果が期待できない。一方、1.5質量%を超えると、コンパウンド中のSO(三酸化硫黄)量が増加して使用限界値(対セメント質量比で8%)に近づき、膨張ひび割れの原因となる。
【0019】
水分は、7〜23質量%であることを好適とする。ここでの水分は、亜硝酸塩水溶液中の水分である。水分が7質量%未満であると、亜硝酸塩2.5質量%が確保できず、23質量%を超えると、亜硝酸塩が9.0質量%を超え過剰スペックとなる。
【0020】
また、塗膜面の白斑やピンホールの低減を図るため、前記無機系粉材は、硅砂粉、炭酸カルシウム、スラグ粉末、及びクレー粉から選ばれる1種又は2種以上であることが好ましい。
夏季施工で薄塗り施工の際は、ドライアウト(下地に水分をとられて水和反応が阻害され、硬化不良や接着不良を起こすこと。)を防止するうえでメチルセルローズ系の増粘剤に更にクレー粉を使用することで保水性を確保させることができ、効果が一層向上する。
【0021】
また、本発明に係る防食塗料組成物では、前記セメントが普通ポルトランドセメントの場合、前記亜硝酸塩は亜硝酸リチウムであることが好ましい。また、前記亜硝酸塩が亜硝酸カルシウムの場合、前記セメントは高炉セメントであることが好ましい。
セメント製造過程で生成されるクリンカーは、エーライト、ビーライト、アルミネート相、及びフェライト相を主な構成要素とする。本発明者等は、クリンカー中のアルミネート相が亜硝酸カルシウムと反応し、セメントの異常凝結を引き起こすことを発見した。そこで、セメントの異常凝結を防止するため、セメントが普通ポルトランドセメントの場合、亜硝酸塩には亜硝酸リチウムを使用することとした。また、亜硝酸塩として亜硝酸カルシウムを使用する場合は、高炉セメントを使用してアルミネート相の減量を図り、セメントの異常凝結を防止した。
なお、高炉セメントと亜硝酸リチウムを組み合わせた場合、凝結時間が延びるため、施工時に塗料が垂れ、塗膜厚を確保することが難しくなる。
【0022】
また、本発明に係る防食塗料組成物の製造方法は、上記防食塗料組成物を製造する際、前記亜硝酸塩の水溶液に前記アクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えた混和液を恒温前処理する第一の工程と、恒温前処理した前記混和液に、前記セメントと前記無機系粉材と前記膨張材とを含有する前記コンパウンドを加える第二の工程とを有することを特徴としている。
ここで、「恒温前処理」とは、亜硝酸塩水溶液にアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えた混和液を所定温度を維持した状態で所定時間、低速撹拌することをいう。所定温度としては40℃前後、また所定時間としては5分間程度が好適である。なお、恒温前処理した混和液を7日間程度静置した後、該混和液にコンパウンドを加えるとなお良い。
【0023】
本発明では、亜硝酸塩水溶液にアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えた混和液を恒温前処理することにより、混和液の粘度をアクリル/スチレン共重合体エマルジョン単独の粘度の1/40程度に低減することが可能となる。その結果、コンパウンドとの混練効果に関して大幅な改善が期待できる。しかも、長期的に安定した混和液となり、長期保存も可能となる。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、セメントと無機系粉材と膨張材とを含有するコンパウンドと、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンと、亜硝酸塩とを含有する防食塗料組成物であり、亜硝酸塩量を2.5質量%以上とするため、エマルジョン量を11質量%以上とする。併せて、組成物全体のセメント量を26質量%以上としている。これにより、塗膜にpH11.5〜12.5のアルカリ雰囲気をもたせ、下地処理の低減及び長期間の防食を可能とした。加えて、硬化後のセメントペーストが、防錆剤として使用する亜硝酸塩を適正に封じ込めるので、亜硝酸塩の拡散スピードが低下し、亜硝酸塩の効果を長期に亘って維持することができる。
【0025】
また、本発明では、防食塗料組成物を製造する際に、予め亜硝酸塩水溶液にアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えた混和液を恒温前処理するので、混和液の粘度をアクリル/スチレン共重合体エマルジョン単独の粘度の1/40程度に減少させることが可能となる。その結果、コンパウンドとの混練効果に関して大幅な改善が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
続いて、本発明を具体化した実施の形態について説明するが、本発明は何ら下記実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。
【0027】
本発明の一実施の形態に係る防食塗料組成物は、鋼材表面の下塗り塗料として使用される防食塗料組成物であり、亜硝酸塩水溶液にアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えて恒温前処理した混和液に、セメントと無機系粉材と膨張材とを含有するコンパウンドを加えることにより作製される。この際、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンを11〜44質量%、亜硝酸塩を2.5〜9.0質量%とすることが好ましいが、防錆品質を低下させない耐久性を確保し、且つ所定の下地塗装厚(200〜550μm)を確保するには、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンを27〜40質量%、亜硝酸塩を4〜6.5質量%とすることがより好ましい。
なお、亜硝酸塩水溶液にアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えた混和液を恒温前処理しておくと、亜硝酸塩を容易に増量化することができる。
【0028】
また、コンパウンドの配合としては、全組成物の50〜60質量%とすることがより好ましい。また、塗膜のひび割れを防止するため、無機系粉材を21〜24質量%とすると共に、塗膜のSO(三酸化硫黄)量抑制のため、膨張材を0.5〜1質量%とすることがより好ましい。
【0029】
亜硝酸塩は、防錆効果を付与する物質である。亜硝酸リチウム、亜硝酸ナトリウム、亜硝酸カリウム、亜硝酸カルシウム、亜硝酸マグネシウム、亜硝酸バリウムなどが使用できるが、亜硝酸リチウムと亜硝酸カルシウムがセメントとの相性が良い。
【0030】
セメントは、塗膜をアルカリ性に保つと共に結合材としての機能を有している。セメントは特に限定されず、各種ポルトランドセメントや各種混合セメント、並びに高炉セメントやフライアッシュセメント等が利用できるが、亜硝酸塩に亜硝酸カルシウムを用いる場合は、流動性を高めるため、高炉セメントを用いることが好ましい。
【0031】
無機系粉材は、コンパウンドの分散性と付着性を強化する。無機系粉材としては、天然硅砂や再生硅砂などの硅砂粉、クレー粉あるいは炭酸カルシウムやスラグ粉末などが利用できるが、なかでも炭酸カルシウム、スラグ粉末、及びクレー粉から選ばれる1種又は2種以上とすることが好ましい。
コンパウンドがセメントと膨張材のみの場合、塗膜厚が確保できず、またセメント硬化に伴って収縮する等の理由により、防食塗料組成物には無機系粉材を加える必要がある。この際、無機系粉材の粒度を最小塗膜厚の1/3程度にしないと安定した塗膜にならないため、無機系粉材の粒度分布は、最小塗膜厚を200μmとして、74μm以下の無機系粉材の比率が80%以上とする。
【0032】
膨張材は、コンパウンドの乾燥収縮を防止するために使用する。膨張材としては、石灰系膨張材など市販のものを使用することができる。
【0033】
さらに、上記材料に加えて、水分を減らして流動性を高めるための減水剤や、粘性を増すための増粘剤などを混和剤として添加してもよい。混和剤の量は、0.3〜0.6質量%が好ましく、さらには、0.4質量%がより好ましい。
【0034】
本発明に係る防食塗料組成物を用いた塗装と、エポキシ樹脂塗装、アルカリ塗装、及び重防食塗装について、各塗装の期待寿命を30年、7年、8年、10年として、材料費や仮設費などの総コストを算出したところ、本発明に係る防食塗料組成物を用いた場合の総コストを1とすると、エポキシ樹脂塗装で5.0、アルカリ塗装で4.1、重防食塗装で5.0となった。このことからも、本発明に係る防食塗料組成物を用いることにより、鋼構造物のライフサイクルコストを大幅に低減できることがわかる。
【実施例】
【0035】
[複合サイクル試験]
表面下地処理を施した帯板状の鋼板に下塗り材と上塗り材を塗布した試験片について、複合サイクル試験を行った。複合サイクル試験を行った実施例と比較例の一覧を表1に示す。なお、実施例、比較例とも試験片は各2枚とし、各試験片とも上塗り材を塗布した後、試験片表面に定規を当ててカッターナイフでクロスカットを入れた。
【0036】
【表1】

【0037】
実施例1〜3は、下塗り材に含まれる亜硝酸塩に亜硝酸リチウムを使用し、セメントは普通ポルトランドセメントとした。無機系粉材については、実施例1は炭酸カルシウム、実施例2はスラグ粉とクレー粉を組み合わせたもの、実施例3は炭酸カルシウムとクレー粉を組み合わせたものをそれぞれ使用した。
一方、上塗り材については、実施例1、2はエポキシ樹脂塗料、実施例3は弱溶剤シリコンエポキシ樹脂を使用した。その際、弱溶剤シリコンエポキシ樹脂は、主剤7質量部に対して硬化剤1質量部の割合で配合したものである。
【0038】
塗布量については、下塗り材の場合、1.0kg/mとし、上塗り材の場合、0.4〜0.5kg/mとした。なお、表1の各塗膜厚は膜厚計による計測値である。
【0039】
比較例1〜3の下塗り材には、白色セメントと超微粒子シリカを主成分とする、マイティ化学株式会社製のマイティCFを使用し、比較例4、5の下塗り材には、シリコン樹脂と亜鉛粉末を主成分とする、プライメットテクノロジー株式会社製のトモリック(登録商標)を使用した。また、比較例6、7の下塗り材はアルカリ塗料、比較例8の下塗り材はジンクリッチ塗料、比較例9の下塗り材はエポキシ塗料とした。なお、比較例10〜12は、本発明と同じ成分からなるが、配合比率が本発明の範囲外となる塗料である。
一方、上塗り材については、比較例7のみ塩素化オレフィン系塗料を使用し、それ以外の比較例はエポキシ樹脂塗料を使用した。
【0040】
複合サイクル試験は、キャス噴霧試験を35℃下で4時間実施した後、60℃、湿度50%の温湿度下で2時間乾燥させ、さらに50℃、湿度95%の温湿度下にて耐湿試験を2時間実施する合計8時間に及ぶ試験を1サイクルとし、複数サイクル実施するものである。
【0041】
上記キャス噴霧試験は、JIS Z 2371による塩水噴霧試験方法において、試験液を塩水からキャス溶液に変更した試験である。キャス溶液は、塩化ナトリウム40g/Lと塩化第二銅0.205g/Lを含み、酢酸でpH3.0に調製した水溶液である。
また、耐湿試験は、JIS K 5600−7−3耐湿性(不連続結露法)に則って実施した。
【0042】
複合サイクル試験は200回実施した。そして、実施例、比較例とも2枚の試験片表面の錆の発生状態について、表2に示した基準に基づいて10点満点で評価し、2枚の試験片の評価点の平均を求めた。その結果を棒グラフにして図1に示す。同図より、実施例1〜3のほうが比較例1〜3に比べて評価点が高く、8点以上である。特に、実施例3では、クロスカット部からの発錆が全く見られなかった。また、亜硝酸塩は、亜硝酸カルシウムより亜硝酸リチウムのほうが防食効果が大きく、防食効果は上塗り塗料の影響も受けることがわかる。一方、比較例では、比較例1〜3、11、12が5点以上であり、比較例4〜10は3点以下である。
なお、表1における総合評価は、防錆効果の評価点が9.5以上の場合を◎、8.0以上の場合を○、8.0未満を×とした。
【0043】
【表2】

【0044】
[塩水噴霧試験]
表面下地処理を施した帯板状の鋼板に下塗り材と上塗り材を塗布した試験片について、塩水噴霧試験を行った。塩水噴霧試験を行った実施例の一覧を表3、比較例の一覧を表4にそれぞれ示す。先の複合サイクル試験と同様、試験片は各2枚とし、各試験片とも上塗り材を塗布した後、試験片表面に定規を当ててカッターナイフでクロスカットを入れた。
【0045】
【表3】

【0046】
【表4】

【0047】
実施例4〜10及び比較例13、14、17〜21、23、24、29、30は、下塗り材に含まれる亜硝酸塩に亜硝酸リチウムを使用し、実施例11〜16及び比較例15、16、22、25〜28、31〜34では亜硝酸カルシウムを使用した。また、実施例4〜10及び比較例13、14、17〜24、29、30は、セメントを普通ポルトランドセメントとし、実施例11〜16及び比較例15、16、25〜28、31〜34では高炉セメントを使用した。この際、無機系粉材として、実施例4、6〜8及び比較例13、14、16、25、26では炭酸カルシウムとクレー粉を組み合わせたもの、実施例12及び比較例27では硅砂粉とクレー粉を組み合わせたもの、実施例16及び比較例30、31ではスラグ粉とクレー粉を組み合わせたもの、実施例9、10、13、14及び比較例15、19、20、32〜34では炭酸カルシウム、実施例11及び比較例17、18、28では硅砂粉、実施例5及び比較例21、22、29ではスラグ粉、実施例15及び比較例23、24ではクレー粉をそれぞれ使用した。
一方、上塗り材は、弱溶剤シリコンエポキシ樹脂とし、厚さは全て180μmとした。
【0048】
塩水噴霧試験は、JIS Z 2371による塩水噴霧試験方法に則って3000時間実施した。その結果を棒グラフにして図2及び図3に示す。これらの図より、全ての実施例において評価点が9点以上であり、比較例は8点未満であることがわかる。
【0049】
[混和安定性]
亜硝酸リチウム水溶液にアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えた混和液と、亜硝酸カルシウム水溶液にアクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えた混和液それぞれについて、恒温前処理直後と恒温前処理後7日間静置した後の性状を表5に対比して示す。ここで、亜硝酸水溶液とアクリル/スチレン共重合体エマルジョンとの質量比は3:4である。また、粘度は、BH型粘度計を用いて回転数20rpmで計測したものである。同表より、恒温前処理直後と7日間静置後における濃度、粘度、及びpHに関して大きな変化が見られず、性状が安定していることがわかる。
なお、両混和液の粘度は40〜50mPa・sであり、アクリル/スチレン共重合体エマルジョン単独の粘度1500〜1600mPa・sに比べて大幅に流動性が向上していることがわかる。
【0050】
【表5】

【0051】
[抗張力試験]
本試験は、塗膜の抗張力を判断するものである。実施例17の配合を表6に示す。塗膜の場合、0.5〜1.0N/mm2以上の抗張力が必要であるが、実施例17の抗張力は1.5N/mm2であり、塗膜として十分な抗張力を保有している。
【0052】
【表6】

【0053】
[破断伸度試験]
本試験は、塗膜の破断伸度を判断するものがある。実施例の配合は抗張力試験時と同じである。母材の変形に追従するには、鋼材の場合、1.0%の伸度が必要であるが、実施例の破断伸度は20%であり、塗膜として十分に母材の変形に追従することができる。因みに、従来品の場合、破断伸度は1.4%レベルである。
【0054】
[付着強さ試験]
本試験は、母材と塗膜間の接着度合を判断するものである。今回は、JIS A 6203「セメント混和用ポリマーディスパージョン及び再乳化形粉末樹脂」の規定に準じて実施した。実施例18の配合を表7に示す。実施例18の付着強さは1.1N/mm2であり、JIS A 6916に規定された薄塗り塗材の付着強さ0.5N/mm2及び厚塗り塗材の付着強さ1.0N/mm2を満足している。
【0055】
【表7】

【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】複合サイクル試験における実施例及び比較例の平均評価点を示した棒グラフである。
【図2】塩水噴霧試験における実施例の平均評価点を示した棒グラフである。
【図3】塩水噴霧試験における比較例の平均評価点を示した棒グラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セメントと無機系粉材と膨張材とを含有するコンパウンドと、アクリル/スチレン共重合体エマルジョンと、亜硝酸塩とを含む防食塗料組成物であって、
前記セメントが26〜38質量%、前記無機系粉材が20〜28質量%、前記膨張材が0.5〜1.5質量%、前記アクリル/スチレン共重合体エマルジョンが11〜44質量%、前記亜硝酸塩が2.5〜9.0質量%であり、
さらに7〜23質量%の水分を含み、前記無機系粉材は、硅砂粉、炭酸カルシウム、スラグ粉末、及びクレー粉から選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする防食塗料組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の防食塗料組成物において、前記セメントが高炉セメント、且つ前記亜硝酸塩が亜硝酸カルシウムである防食塗料組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の防食塗料組成物において、前記セメントが普通ポルトランドセメント、且つ前記亜硝酸塩が亜硝酸リチウムである防食塗料組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の防食塗料組成物の製造方法であって、
前記亜硝酸塩の水溶液に前記アクリル/スチレン共重合体エマルジョンを加えた混和液を恒温前処理する第一の工程と、恒温前処理した前記混和液に、前記セメントと前記無機系粉材と前記膨張材とを含有する前記コンパウンドを加える第二の工程とを有する防食塗料組成物の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−53301(P2010−53301A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−222200(P2008−222200)
【出願日】平成20年8月29日(2008.8.29)
【出願人】(000108904)ダイキ工業株式会社 (2)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(500128549)エス・エルテック株式会社 (1)
【Fターム(参考)】