説明

防食被覆鋼材

【課題】厳しい腐食環境にて長期間にわたって安定した防食性能を維持する鋼材を提供する。
【解決手段】鋼材の表面の全部もしくは一部を硫黄固化体で被覆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、土木工事や建築工事で使用する鋼材に関するものであり、特に海洋環境や酸性環境等の厳しい腐食環境にて長期間にわたって安定した防食特性を維持する鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
土木工事や建築工事で使用する鋼管杭,鋼矢板,鋼管矢板等の鋼材は、様々な環境(たとえば多雨地域,沿岸地域等)に曝されるので、種々の防食技術が施される。たとえば特許文献1〜4には、
(a)タールエポキシ樹脂塗装等の防食塗装
(b)ポリウレタン樹脂被覆,ポリオレフィン樹脂被覆等の有機ライニング
(c)FRPカバーと防食材の組み合わせ
(d)セメントモルタルライニング
(e)ステンレス鋼,チタン等の高耐食性金属被覆
等の防食技術が開示されている。
【0003】
しかしながら、厳しい腐食環境である海洋地域で使用する鋼材に上記の(a)〜(e)の防食技術を適用する場合は、
(A)防食塗装では、鋼材と被覆層との接合部が劣化して被覆層が剥離する、
(B)有機ライニングでは、鋼材と被覆層との接合部が劣化して被覆層が剥離する、
(C)FRPカバーは、単位面積あたりの施工コストが上昇する、
(D)セメントモルタルライニングは、海水が透過浸透するので、防食効果が持続しない、
(E)高耐食性金属被覆は、地鉄と接触する部位にガルバニック腐食が生じ、しかも所定の形状に加工して被覆することが困難である
という問題がある。
【0004】
海洋地域(たとえば港湾,海中等)の構造物は、100年を超える耐用年数で設計される場合があり、また公共のインフラであることから、一般の土木建築資材に比べて、長期間にわたって安定した防食特性を維持する鋼材を使用する必要がある。また、大量の鋼材を使用するので、安価な防食手段を採用する必要がある。
そこで発明者らは、石油類の水素化脱硫工程で副生成物として回収される硫黄に着目した。その理由は、回収された硫黄は種々の用途に再利用されるが、回収量の半分程度の需要しかないので、安価に入手できるからである。
【0005】
硫黄を土木建築資材として使用する技術としては、特許文献5,6に、硫黄を固化した固形物と各種の骨材とを混合して成形体を製造した土木建築資材が開示されている。これらの技術は、いずれも硫黄と骨材の成形体をコンクリートの代替として使用するものであり、鋼材に及ぼす影響は考慮されていない。
【特許文献1】特許第2743220号公報
【特許文献2】特許第2960637号公報
【特許文献3】特開平8-257635号公報
【特許文献4】特許第3345313号公報
【特許文献5】特開平8-59326号公報
【特許文献6】特許第3436736号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、厳しい腐食環境にて長期間にわたって安定した防食性能を維持する鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、改質硫黄と骨材との混合物(以下、硫黄固化体という)を用いて鋼材の防食特性を改善する技術について検討した。その結果、硫黄固化体を塗布して被覆層を形成した鋼材(以下、防食被覆鋼材という)は、防食特性が向上し、海水が常時接触する海中の構造物や海水の飛沫が飛散する沿岸の構造物のみならずpH1以下の強酸性の環境においても十分な防食特性が得られることを見出した。
【0008】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものである。
すなわち本発明は、鋼材の表面の全部もしくは一部が硫黄固化体で被覆されてなる防食被覆鋼材である。
本発明の防食被覆鋼材においては、鋼材が、鋼管,鋼管杭,鋼管矢板,鋼板,鋼矢板,形鋼,棒鋼および線材の中から選ばれるいずれか1種であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、厳しい腐食環境にて長期間にわたって安定した防食性能を維持する鋼材を得ることができる。具体的には、
(I)硫黄固化体は緻密な結晶構造を有するので、上記した(a)〜(e)の防食技術に比べて水分の透過量が少なく、塩素イオンの浸透が抑制される、
(II)硫黄固化体は耐酸性に優れているので、pH値の小さい酸性土壌における構造物、あるいは酸性流体(すなわち液体,気体)の配管や貯蔵設備等の酸性環境においても十分な防食特性が得られる、
(III)硫黄固化体を鋼材に塗布するにあたって、鋼材の表面を従来から知られている下地処理(たとえばサンドブラスト等)を施すだけで、十分な接着力が得られ、しかも安価に被覆層を形成できる、
(IV)溶融した硫黄固化体を鋼材に塗布した後、冷却あるいは乾燥して再び固化すれば防食被覆鋼材として使用できるので、簡便な装置で製造できる、
(V)石油類の水素化脱硫工程にて副生成物として回収される硫黄は供給過剰であり、安価に入手できるので防食被覆鋼材の製造コストを低減できる
という効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の防食被覆鋼材は、改質硫黄と骨材との混合物(すなわち硫黄固化体)で鋼材の表面の全部もしくは一部を被覆したものである。
改質硫黄は、通常の硫黄(たとえば天然産の硫黄,石油や天然ガスの脱硫によって生成した硫黄等)を硫黄改質剤によって重合したものである。
硫黄改質剤は、炭素数4〜20のオレフィン系炭化水素またはジオレフィン系炭化水素を使用する。具体的には、リモネン,ビネン等の環状オレフィン系炭化水素、スチレン,ビニルトルエン,メチルスチレン等の芳香族炭化水素、ジシクロペンタジエンおよびそのオリゴマー,シクロペンタジエン,テトラヒドロインデン,ビニルシクロヘキセン,ビニルノルボルネン,エチリデンノルボルネン,シクロオクタジエン等のジエン系炭化水素である。これらの物質を単体で使用しても良いし、あるいは2種以上を混合して使用しても良い。
【0011】
改質硫黄における硫黄改質剤の混合比率が、硫黄と硫黄改質剤の合計量に対して0.1質量%未満では、硫黄固化体の強度,難燃性,遮水性が十分でない惧れがある。通常は硫黄改質材が多いほど、それぞれの性能が改善される。一方、30質量%を超えると、改質硫黄の粘性的性質が顕著に出現し、製造時の粘度上昇が大きくなり、反応制御が困難になる傾向がある。したがって改質硫黄における硫黄改質剤の混合比率は、硫黄と硫黄改質剤の合計量に対して0.1〜30質量%の範囲内が好ましい。より好ましくは1.0〜20質量%である。
【0012】
改質硫黄の調整(すなわち硫黄の重合)は、120〜160℃の範囲内で溶融混合し、140℃における粘度が0.05〜3.0Pa・sになるまで滞留させることによって行なう。なお、溶融混合の温度は130〜155℃が好ましい。より好ましくは140〜155℃である。
骨材は、コンクリート等で一般的に用いられる骨材を使用する。具体的には、天然石,砂,れき,硅砂,砂利,鉄鋼スラグ,フェロニッケルスラグ,銅スラグ,金属製造時に生成する副産物,石炭灰,燃料焼却灰,電気集塵灰,溶融スラグ類,シリカヒューム,アルミナ,石英粉,石英質岩石,粘土鉱物,活性炭,ガラス粉末や他の無機系微粉末,有機系微粉末である。これらの物質を単体で使用しても良いし、あるいは2種以上を混合して使用しても良い。
【0013】
これらの改質硫黄と骨材との混合物である硫黄固化体を塗布する鋼材の形状は、特に限定しないが、土木建築工事で使用する鋼管,鋼管杭,鋼管矢板,鋼板,鋼矢板,形鋼,棒鋼,線材が好ましい。
硫黄固化体で鋼材を被覆する方法は、特に限定しないが、たとえば
(1)硫黄を加熱して溶融させた後、硫黄改質剤を添加し、さらに骨材を加えて混合し、得られた溶融混合物を鋼材に塗布して冷却する方法、
(2)硫黄を加熱して溶融させた後、硫黄改質剤を添加し、さらに骨材を加えて混合し、得られた溶融混合物をスプレーを用いて鋼材に吹き付ける方法、
(3)硫黄を加熱して溶融させた後、硫黄改質剤を添加し、さらに骨材を加えて混合し、得られた溶融混合物を鋼管の内側に注入して冷却する方法、
(4)硫黄を加熱して溶融させた後、硫黄改質剤を添加し、さらに骨材を加えて混合し、型枠に注入して冷却し、得られた成形体を鋼材に接合する方法
等である。
【0014】
なお、硫黄固化体で鋼材を被覆するに先立って、鋼材に下地処理を施しても良い。下地処理は、サンドブラスト,ショットブラスト,ケレン,酸洗等が好ましい。また、プライマー等を塗布しても良い。
【実施例】
【0015】
硫黄19質量部と硫黄改質剤(ジシクロペンタジエン)1質量部とを140℃で加熱して溶融し、骨材(硅砂70質量部および石炭灰10質量部)を加えて混合し、溶融混合物を得た。予め下地処理(1種ケレン)を施した鋼板を型枠に収納し、その溶融混合物を注入した後、室温まで冷却して固化した。このような手順によって、硫黄固化体で被覆した鋼材(以下、試験材1という)を作製した。なお、鋼材は長さ100mm,幅100mm,厚さ6mmの厚板を使用し、硫黄固化体の被覆厚さは3mmとした。これを発明例1とする。
【0016】
次に、発明例1同様に、硫黄19質量部と硫黄改質剤(ジシクロペンタジエン)1質量部とを140℃で加熱して溶融し、骨材(硅砂70質量部および石炭灰10質量部)を加えて混合し、溶融混合物を得た。予め下地処理(3種ケレン)を施した鋼管(JIS規格SGP50A相当)をFRPカバーで覆っておき、その溶融混合物を鋼管とFRPカバーとの隙間に注入した後、室温まで冷却して固化し、FRPカバーを取り外した。このような手順によって、硫黄固化体で被覆した鋼管(以下、試験材2という)を作製した。なお、硫黄固化体の被覆厚さは10mmとした。これを発明例2とする。
【0017】
一方、比較例1として、下地処理(1種ケレン)を施した鋼板の表面にクロメート処理液を、全クロム付着量が300mg/m2となるように塗布した後、乾燥させ、さらにエアレススプレーにて厚さ0.05mmとなるようにウレタン系プライマーを塗布して有機プライマー被覆層を形成した。有機プライマー被覆層が硬化した後、ポリウレタン樹脂をエアレススプレーにて厚さが3mmとなるように塗布してポリウレタン被覆層を形成した。このような手順によって、ポリウレタン樹脂で被覆した鋼材(以下、試験材3という)を作製した。なお鋼材は発明例1と同様に、長さ100mm,幅100mm,厚さ6mmの厚板を使用した。
【0018】
次に、比較例2として、消石灰50質量部(乾燥重量),石炭灰2300質量部(乾燥重量),石膏(2水和物,40℃で24時間乾燥)180質量部を5分間混合し、さらに水540質量部を添加して5分間混合して得られたセメント質混合物30質量部に、高炉スラグ50質量部を加えて混練し、コンクリート状混合物を得た。予め発明例2と同様に、下地処理(3種ケレン)を施した鋼管(JIS規格SGP50A相当)をFRPカバーで覆っておき、そのコンクリート状混合物を鋼管とFRPカバーとの隙間に注入した後、室温で7日間放置して固化し、FRPカバーを取り外した。このような手順によって、コンクリート状混合物で被覆した鋼管(以下、試験材4という)を作製した。なお、コンクリート状混合物の被覆厚さは10mmとした。
【0019】
発明例1および比較例1の試験材1,3について、高塩分環境における防食特性を調査するために塩水を用いて浸漬試験を行なった。すなわち、3.5質量%の食塩水を60℃に保持して、試験材1,3を3ケ月間浸漬した後、試験材の外観と、硫黄固化体を剥離した鋼材の腐食状況を目視で観察した。その結果を表1に示す。
また発明例2および比較例2の試験材2,4について、酸性環境における防食特性を調査するために塩酸を用いて浸漬試験を行なった。すなわち、塩酸を添加してpHを1に調整した3.5質量%の食塩水(常温)に試験材2,4を3ケ月間浸漬し、5質量%の食塩水(50℃)に2週間浸漬し、さらに湿潤環境(温度50℃,湿度95%)に2週間曝露するサイクルを3回繰り返した後、試験材の外観と、硫黄固化体を剥離した鋼材の腐食状況を目視で観察した。その結果を表1に示す。
【0020】
【表1】

【0021】
表1から明らかなように、発明例は、高塩分環境および酸性環境のいずれにおいても、優れた防食特性が発揮される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材の表面の全部もしくは一部が硫黄固化体で被覆されてなることを特徴とする防食被覆鋼材。

【公開番号】特開2007−307806(P2007−307806A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−139725(P2006−139725)
【出願日】平成18年5月19日(2006.5.19)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】