説明

降水強度推定システム及び降水強度推定方法

【課題】単一偏波レーダによる降水強度の推定精度を向上させる。
【解決手段】実施形態によれば、降水強度推定システムは、最適化装置103と推定装置104とを含む。最適化装置103は、各パラメータを仮設定したレーダ方程式を単一偏波レーダ101の受信電力11に適用して得られる降水強度と、単一偏波レーダ101と観測範囲が地理的に重複するMPレーダ102によって観測された降水強度12との間の誤差に基づいて各パラメータを最適化する。推定装置104は、最適化されたパラメータ13を設定したレーダ方程式を単一偏波レーダ101の受信電力11に適用して降水強度14を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
実施形態は、単一偏波レーダによる降水強度の推定に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、降水強度を推定するための気象レーダの1つとして、単一偏波レーダが利用されている。単一偏波レーダは、受信電力をいわゆるレーダ方程式に代入し、これを解くことによって、降水強度を推定している。レーダ方程式は、B,β,Kr,αなどの各種パラメータを用いて規定される。多くの場合に、係るパラメータは経験的に得られた定数に固定される。
【0003】
しかしながら、上記パラメータは、観測対象における降水粒子の粒径分布に応じて最適化されることが望ましい。例えば、観測対象における降水粒子の粒径分布が通常と大きく異なる場合にレーダ方程式の各パラメータを固定させていると、降水強度を高精度に推定することが困難となるかもしれない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−17266号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】吉田孝 監修、「改訂 レーダ技術」、社団法人電子情報通信学会、平成8年10月1日、初版、“第9章 気象レーダ”、P238−253
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
実施形態は、単一偏波レーダによる降水強度の推定精度を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
実施形態によれば、降水強度推定システムは、最適化装置と推定装置とを含む。最適化装置は、各パラメータを仮設定したレーダ方程式を単一偏波レーダの受信電力に適用して得られる降水強度と、単一偏波レーダと観測範囲が地理的に重複するMPレーダによって観測された降水強度との間の誤差に基づいて各パラメータを最適化する。推定装置は、最適化されたパラメータを設定したレーダ方程式を単一偏波レーダの受信電力に適用して降水強度を推定する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】一実施形態に係る降水強度推定システムを例示するブロック図。
【図2】図1の降水強度推定システムの動作を例示するフローチャート。
【図3】単一偏波レーダ及びMPレーダの観測範囲の説明図。
【図4】回帰分析法によるパラメータ最適化の説明図。
【図5】感度分析法によるパラメータ最適化の説明図。
【図6】2段階の感度分析法によるパラメータ最適化の説明図。
【図7】感度分析法及び回帰分析法の組み合わせによるパラメータ最適化の説明図。
【図8】降水強度の時間的不連続性を解消する一手法の説明図。
【図9】降水強度の時間的不連続性を解消する別の手法の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して、実施形態について説明する。
(一実施形態)
一実施形態に係る降水強度推定システムは、図1に示されるように、気象レーダ101、MP(MultiParameter)レーダ102、パラメータ最適化装置103及び降水強度推定装置104を含む。
【0010】
気象レーダ101は、いわゆる単一偏波レーダである。具体的には、気象レーダ101は、日本の気象庁または国土交通省が運用している標準的なもの(パラボラアンテナによって電波を送受信するレーダ)であってもよいし、フェーズドアレイレーダであってもよいし、別の方式の単一偏波レーダであってもよい。気象レーダ101の使用周波数は、例えばC Band(5,300MHz帯)である。気象レーダ101は、観測対象へ向けてアンテナから電磁波を放射し、観測対象からの反射波を上記アンテナによって受信する。気象レーダ101による受信電力(データ)11は、パラメータ最適化装置103及び降水強度推定装置104に夫々出力される。
【0011】
降水強度推定装置104は、気象レーダ101から受信電力11を入力し、後述するパラメータ最適化装置103から最適化されたパラメータ13を入力する。降水強度推定装置104は、最適化されたパラメータ13を下記の数式(1)に示されるレーダ方程式に設定して受信電力11を代入し、降水強度14を推定する。
【数1】

【0012】
ここで、Pは受信電力を表しており、受信電力11が代入される。Cはレーダ定数を表す。Fはシステム補正係数を表す。B,βは本実施形態において可変のパラメータであるが、一般的には雨の種類によっておよそ決まる定数が夫々用いられる。Rは降水強度[mm/h]を表しており、この値が降水強度14として用いられる。rは観測対象までの距離を表す。Lは給電系及びレドームの損失を表す。Kaは、大気ガスの減衰係数を表す。Kr及びαは、途中降雨減衰係数を表す。上記パラメータのうち、B,β,Kr,αには最適化されたパラメータ13によって指定される可変値が順次設定される。
【0013】
降水強度推定装置104は、受信電力11及び最適化されたパラメータ13を順次入力し、降水強度14を順次推定する。即ち、降水強度推定装置104は、基本的には、最新の最適化されたパラメータ13を用いて降水強度14を推定する。降水強度推定装置104は、推定した降水強度14を外部に出力する。
【0014】
MPレーダ102は、単一偏波レーダとは異なるアルゴリズムによって降水強度を推定する。MPレーダ102の使用周波数は、例えばX Band(9,300MHz帯)である。一般に、MPレーダ102は、気象レーダ101のような単一偏波レーダに比べて観測範囲が狭いものの高精度に降水強度を推定することができる。MPレーダ102は、推定した降水強度12をパラメータ最適化装置103に出力する。MPレーダ102の観測範囲は、気象レーダ101の観測範囲の一部と地理的に重複する。
【0015】
近年、MPレーダは、局地的な大雨、集中豪雨などの監視を目的として国内の大都市を中心に国土交通省などによって整備されつつある。例えば、図3に示されるように、既に整備されている単一偏波レーダ(例えば、気象レーダ101)の観測範囲21,22,23の一部に地理的に重複するように、MPレーダ(例えば、MPレーダ102)の観測範囲24が形成されることがある。
【0016】
パラメータ最適化装置103は、気象レーダ101から受信電力11を順次入力し、MPレーダ102から降水強度12を順次入力する。パラメータ最適化装置103は、各パラメータ(B,β,Kr,αの全部または一部)の値を仮設定したレーダ方程式を受信電力11に適用して得られる降水強度と、降水強度12との間の誤差に基づいて各パラメータを最適化する。例えば、パラメータ最適化装置103は、上記誤差を最小化(または極小化)する各パラメータを例えば非線形最小二乗法によって探索する処理を順次実施する。パラメータ最適化装置103は、最適化されたパラメータ13を降水強度推定装置104に順次出力する。
【0017】
例えば、パラメータ最適化装置103は、下記の数式(2)の評価関数E1(B,β,Kr,α)または数式(3)の評価関数E2(B,β,Kr,α)を用いて、上記誤差を評価する。
【数2】

【0018】
【数3】

【0019】
ここで、iは、気象レーダ101及びMPレーダ102の観測地点を識別するインデックスである。個々の観測地点は、観測範囲を細分化したものであり、メッシュとも呼ばれる。Rr1(Pr,B,β,Kr,α)は、B,β,Kr,αの値を仮設定したレーダ方程式を気象レーダ101のメッシュiにおける受信電力11(=Pr[mW](或いは、[dBm]))に適用して得られる降水強度[mm/h]を表す。Rr2は、MPレーダ102のメッシュiにおける降水強度12[mm/h]を表す。
【0020】
気象レーダ101のメッシュiと、MPレーダ102のメッシュiとの間の対応は地理的関係に基づいて定めることができる。例えば、MPレーダ102のメッシュiとの地理的な重複率が最大のものを気象レーダ101のメッシュiとして定めることができる。Nは、気象レーダ101とMPレーダ102との間で対応するメッシュの総数(即ち、インデックスiの総数)である。気象レーダ101及びMPレーダ102の観測範囲の重複が大きいほど、対応するメッシュの数(即ち、利用可能なサンプルの数)が増大するので、誤差を適正に評価しやすくなる。例えば、気象レーダ101に近接させて1基のMPレーダ102を整備すれば、利用可能なサンプル数は飛躍的に増大する。また、パラメータ最適化装置103は、複数のMPレーダ102から降水強度12を入力し、より多くのサンプルを利用してもよい。尚、多数のサンプルが利用できる場合に、計算量の軽減及び最適化処理の精度向上のために、良好なサンプルを選定することも有効である。
【0021】
尚、MPレーダ102が降水強度12を推定するために参照した受信電力と、受信電力11との間の観測時間差は小さいことが望ましい。パラメータ最適化装置103は、係る観測時間差の影響を緩和するために、受信電力の時間平均化、降水強度12の時間平均化などの処理を適宜行ってよい。
【0022】
パラメータ最適化装置103は、例えば回帰分析法、感度分析法を使用してパラメータを最適化する。
回帰分析法は、図4に示されるように、パラメータの初期値を与えて評価関数のパラメータ微分を計算し、評価関数が極小となるパラメータを分析する手法である。パラメータの初期値は、経験的に得られた値であってもよいし、前回処理において最適化されたパラメータ13の値であってもよい。
【0023】
感度分析法は、図5に示されるように、複数のパラメータセットを仮定して各組について評価関数を夫々計算し、評価関数が(上記複数のパラメータセットの中で)最小となるパラメータセットを分析する手法である。尚、感度分析法は、パラメータセットを予め仮定する必要がある。例えば、B及びKrは、Prと同じく対数スケールのパラメータである。従って、B及びKrも対数で等分割して定めることが有効である。一方、β及びαは、レーダ方程式の指数部で使用されるパラメータである。従って、β及びαは真数で等分割して定めることが有効である。
【0024】
また、パラメータ最適化装置103は、例えば回帰分析法、感度分析法などを組み合わせたアルゴリズムを実施してもよい。前述の図4及び図5からも明らかなように、評価関数は多数の極小値(即ち、ローカルミニマム)を持つが、パラメータを最適化するためには大域的な最小値を分析することが必要である。下記のように各分析法を有効に組み合わせることで、短時間かつ高精度にパラメータを最適化することができる。
【0025】
例えば、パラメータ最適化装置103は、図6に示されるように多段階(例えば2段階)の感度分析法によってパラメータを最適化してもよい。図6の例では、パラメータ最適化装置103は、1回目に前述の感度分析法を適用する。そして、パラメータ最適化装置103は、1回目の感度分析法によって得られた最適値の近傍においてより細分化された複数のパラメータセットを仮定し、2回目の感度分析法を適用する。係るアルゴリズムによれば、短時間かつ高精度にパラメータを最適化することができる。
【0026】
或いは、パラメータ最適化装置103は、図7に示されるように感度分析法及び回帰分析法の組み合わせによってパラメータを最適化してもよい。図7の例では、パラメータ最適化装置103は、1回目に前述の感度分析法を適用する。そして、パラメータ最適化装置103は、感度分析法によって得られた最適値を初期値として与えて回帰分析法を適用する。係るアルゴリズムによれば、短時間かつ高精度にパラメータを最適化することができる。
【0027】
ところで、パラメータ最適化装置103はパラメータの最適化処理を順次実施し、降水強度推定装置104は最適化されたパラメータ13に基づいて降水強度14を順次推定する。故に、降水強度14は時間的に不連続となりやすい。以下に、係る降水強度14の時間的不連続性を解消する手法を紹介する。
【0028】
例えば、パラメータ最適化装置103は、図8に示されるように、各時刻においてパラメータの可変範囲を制限してもよい。典型的には、パラメータ最適化装置103は、時刻t,t+1,t+2における最適化されたパラメータ13の値を中心とする所定幅に、次の時刻t+1,t+2,t+3における最適化されたパラメータ13の可変範囲を制限してもよい。係る処理によれば、最適化されたパラメータ13の変化が時間方向で平滑化されるので、降水強度14もまた時間方向で平滑化されて不連続性が解消される。
【0029】
また、パラメータ最適化装置103は、例えば下記の数式(4)によって時刻t毎に評価関数Eを再定義してもよい。尚、評価関数Eは、前述の評価関数E1(B,β,Kr,α)または数式(3)の評価関数E2(B,β,Kr,α)であってもよいし、他の評価関数であってもよい。
【数4】

【0030】
数式(4)による評価関数Eの再定義は、図9に示されるように実施される。係る評価関数Eの再定義によれば、重み付けされた過去の評価関数Eが反映されるので、降水強度14は時間的に連続となる。
【0031】
また、パラメータ最適化装置103は、数式(4)による評価関数Eの再定義において、例えば下記の数式(5)に示される変動率V(t)を更に利用してもよい。
【数5】

【0032】
数式(5)において、Rr(t)は時刻tにおける降水強度14を表す。係る変動率V(t)は、降水強度14の時間変動が大きいほど大きな値を持つ。変動率V(t)を評価関数の重み付けに利用することで、降水強度14の時間的変動を抑えることができる。例えば、パラメータ最適化装置103は、数式(4)に代えて、下記の数式(6)または数式(7)によって評価関数Eを再定義してもよい。
【数6】

【0033】
【数7】

【0034】
以下、図2を用いて図1の降水強度推定システムの動作例を説明する。
図2の処理が開始すると、パラメータ最適化装置103は、気象レーダ101から受信電力11を入力し(ステップS201)、MPレーダ102から降水強度12を入力する(ステップS202)。尚、ステップS201及びステップS202の実行順は図2と異なってもよい。
【0035】
パラメータ最適化装置103は、ステップS201において入力した受信電力11と、ステップS202において入力した降水強度12とに基づいて、前述のパラメータ最適化処理を実施する(ステップS203)。
【0036】
降水強度推定装置104は、ステップS203の処理結果である最適化されたパラメータ13を入力する(ステップS204)。降水強度推定装置104は、受信電力11と、ステップS204において入力した最適化されたパラメータ13とを用いてレーダ方程式を解くことによって、降水強度14を推定する(ステップS205)。
【0037】
以上説明したように、一実施形態に係る降水強度推定システムは、MPレーダによって高精度に推定された降水強度と、単一偏波レーダの受信電力に基づいて推定される降水強度との間の誤差を最小化するようにパラメータを最適化する。従って、本実施形態に係る降水強度推定システムによれば、単一偏波レーダによる降水強度の推定精度を近隣のMPレーダを利用して向上させることができる。
【0038】
上記実施形態の処理は、汎用のコンピュータを基本ハードウェアとして用いることで実現可能である。上記実施形態の処理を実現するプログラムは、コンピュータで読み取り可能な記憶媒体に格納して提供されてもよい。プログラムは、インストール可能な形式のファイルまたは実行可能な形式のファイルとして記憶媒体に記憶される。記憶媒体としては、磁気ディスク、光ディスク(CD−ROM、CD−R、DVD等)、光磁気ディスク(MO等)、半導体メモリなど、プログラムを記憶でき、かつ、コンピュータが読み取り可能な記憶媒体であれば、何れの形態であってもよい。また、上記実施形態の処理を実現するプログラムを、インターネットなどのネットワークに接続されたコンピュータ(サーバ)上に格納し、ネットワーク経由でコンピュータ(クライアント)にダウンロードさせてもよい。
【0039】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0040】
11・・・受信電力
12・・・降水強度
13・・・最適化されたパラメータ
14・・・降水強度
21,22,23,24・・・観測範囲
101・・・気象レーダ
102・・・MPレーダ
103・・・パラメータ最適化装置
104・・・降水強度推定装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各パラメータを仮設定したレーダ方程式を単一偏波レーダの受信電力に適用して得られる第1の降水強度と、前記単一偏波レーダと観測範囲が地理的に重複するMPレーダによって観測された第2の降水強度との間の誤差に基づいて前記各パラメータを最適化する最適化装置と、
最適化されたパラメータを設定したレーダ方程式を前記単一偏波レーダの受信電力に適用して第3の降水強度を推定する推定装置と
を具備する降水強度推定システム。
【請求項2】
前記最適化装置は、前記単一偏波レーダと前記MPレーダとの間で地理的に対応するメッシュ毎に前記誤差を評価する、請求項1の降水強度推定システム。
【請求項3】
前記単一偏波レーダは、電波を送受信するためのパラボラアンテナを備える、請求項1の降水強度推定システム。
【請求項4】
前記単一偏波レーダは、フェーズドアレイレーダである、請求項1の降水強度推定システム。
【請求項5】
各パラメータを仮設定したレーダ方程式を単一偏波レーダの受信電力に適用して得られる第1の降水強度と、前記単一偏波レーダと観測範囲が地理的に重複するMPレーダによって観測された第2の降水強度との間の誤差に基づいて前記各パラメータを最適化することと、
最適化されたパラメータを設定したレーダ方程式を前記単一偏波レーダの受信電力に適用して第3の降水強度を推定することと
を具備する降水強度推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−149920(P2012−149920A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7209(P2011−7209)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【出願人】(593107306)東芝電波システムエンジニアリング株式会社 (5)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】