説明

陽電子消滅によるフリーラジカル超微細結合定数測定法

【課題】 本発明は、短寿命フリーラジカルを直接観測することを可能とする方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、フリーラジカルの超微細結合定数を測定する方法であって、陽電子源が発生した陽電子を試料中に入射させてフリーラジカルを生成するステップと、前記フリーラジカル形成時に放出された電子と前記入射陽電子によりポジトロニウムを生成するステップと、前記フリーラジカルと前記ポジトロニウムのうち75%のオルソーポジトロニウムとの周期性のあるラジカル反応を起こさせるステップと、前記ラジカル反応の収率の時間依存性を、前記ラジカル反応の競争反応であり、すでに開発されているAMOCで観測可能な前記オルソーポジトロニウムのスピン交換反応の、時間依存性に現れる周期性のある振動を観測するステップと、前記AMOCにより得られたスペクトルに現れる周期性のある振動を用いて、前記フリーラジカルの超微細結合定数aを求めるステップと、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フリーラジカルを測定する方法に関し、より詳細には、陽電子消滅によるフリーラジカル超微細結合定数測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在までにフリーラジカルを測定する手法には、特許文献1に記載されるような電子常磁性共鳴法(電子スピン共鳴法)などがある。しかし、この手法は非常に短寿命のフリーラジカルを観測することは不可能であり、短寿命フリーラジカルは分子や安定なラジカルと反応させ、長寿命な状態にしてから測定が行われてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−251899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
短寿命フリーラジカルには多くの研究分野で重要と考えられる反応機構などに影響を及ぼすものが多い。例えば、ヒドロキシルラジカル(・OH)は非常に反応性が高く、原子炉内部における水の放射線分解、生体内での反応などで極めて重要である。
【0005】
しかし、このような短寿命フリーラジカルは直接観測する手法が無く、従来、研究や開発の障害となってきた。
【0006】
本発明によるフリーラジカル測定法では、短寿命フリーラジカルを直接観測することが可能とし、従来、行うことが出来なかった、ナノ秒領域における反応機構、分子運動などの評価が行える方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、フリーラジカルの超微細結合定数を測定する方法であって、陽電子源が発生した陽電子を試料中に入射させてフリーラジカルを生成するステップと、前記フリーラジカル形成時に放出された電子と前記入射陽電子によりポジトロニウムを生成するステップと、前記フリーラジカルと前記ポジトロニウムのうち75%のオルソーポジトロニウムとの周期性のあるラジカル反応を起こさせるステップと、前記ラジカル反応の収率の時間依存性を、前記ラジカル反応の競争反応であり、すでに開発されているAMOCで観測可能な前記オルソーポジトロニウムのスピン交換反応の、時間依存性に現れる周期性のある振動を観測するステップと、前記AMOCにより得られたスペクトルに現れれる周期性のある振動を用いて、前記フリーラジカルの超微細結合定数aを求めるステップと、を備える。
【0008】
前記方法において、前記フリーラジカルの超微細結合定数aを求めるステップは、前記超微細結合定数aに依存するドップラー広がり幅の振動を、前記AMOCスペクトルの、各時刻における、図4に示す消滅ガンマ線スペクトルの全体の面積に対する、前記消滅ガンマ線スペクトルの中央部の面積の比率を表すSパラメータの時間依存性から得られる。
【0009】
前記超微細結合定数aは、下記式(A’)
【0010】
【数1】

【0011】
により求められ、ここで、振動数μは、前記Sパラメータの時間依存性の測定から得られた値であり、自由電子の磁気回転比γは1.76×1011T/sであり、円周率πは3.14である。
【0012】
前記フリーラジカルは、短寿命のフリーラジカルである。前記式(A’)を用いて求められた前記微細結合定数aに起こる変化によって、前記試料内における前記フリーラジカル周辺の分子運動性の変化などの状態分析を行う。
【発明の効果】
【0013】
本発明により従来、直接観測が不可能であった液体試料中に形成される短寿命フリーラジカルの測定が行えるようになり、水の放射線化学反応を初め、生体内における反応などの研究に大きく貢献する。例えば、原子炉内部で原子炉材料の劣化を引き起こす腐食性の高い短寿命フリーラジカルの反応による腐食機構の解明、また、生体内で極めて反応性の高いヒドロキシルラジカルの挙動を直接観測し、放射線による突然変異やDNA損傷機構などの解明などに役立つことが期待される。また、イオン液体中の活性種周辺の分子運動性の評価なども可能になると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】2ナノ秒の速度で回転する電子スピンと10ピコ秒で回転する電子スピンによるジェミネート・ラジカル対の一重項状態の存在確率の時間依存性を示す図である。
【図2】一重項状態と三重項状態の概念図を挿入した反応フロー図である。
【図3】AMOC測定方法に用いる装置のブロック図である。
【図4】Ge半導体検出器で測定した陽電子・電子2光子対消滅ガンマ線のエネルギースペクトル(全吸収ピーク)である。
【図5】AMOCにより得られた水中の陽電子消滅ガンマ線エネルギー分布の陽電子齢依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の陽電子消滅によるフリーラジカル超微細結合定数測定法に係る実施形態を、図1〜図5を参照して説明する。
【0016】
初めに、陽電子消滅によるフリーラジカルの生成機構に関して説明する。分子内の電子は、対を作り、同じ軌道には二つの電子が占有する。電子はスピンを有しており、この状態ではこの電子対のスピンは一重項状態にある。
【0017】
水に陽電子が入射した場合の反応を以下の式(1)〜(5)を説明する。入射陽電子は電子と同様にその飛程にそって分子にエネルギーを付与し、このエネルギーが水分子に吸収されると、式(1)の反応が起こる。水分子が反応式(1)のようにイオン化すると、その際に形成された陽イオンラジカル(親イオンラジカル)内の不対電子とはじき出された電子(娘電子)にはスピンの記憶があり、一重項である。その後、ピコ秒程度の時間領域で式(1)から式(3)のようないろいろな反応が起こり、親イオンラジカル内の不対電子のスピンの記憶を保ったまま、異なるラジカル(ここでは親ラジカルと呼ぶ)へと変化することもある。水の場合では式(3)のように短寿命のヒドロキシルラジカル(・OH)に変化している。
【0018】
一方、入射陽電子が式(2)のように、娘電子とピコ秒領域にポジトロニウムを形成することが可能で、ポジトロニウム内の電子のスピンの記憶も保たれる。ポジトロニウム内の電子は対を作る陽電子のスピンとの超微細結合により、スピンが回転するが、その周期は10ピコ秒程度であり、通常の陽電子消滅の測定に用いられる装置の時間分解能(おおよそ200ピコ秒)より速い為観測されない。一方、親ラジカル内の電子も親ラジカル内部の核スピンとの超微細結合により回転する。この周期は核スピンとの超微細結合の強さに依存し、超微細結合定数が大きい場合、ナノ秒領域になる。これは陽電子消滅法で用いられる装置の時間分解能で変化が追える。
【0019】
式(2)のように、ポジトロニウムは1/4がパラーポジトロニウムとして形成され、これは125ピコ秒で消滅する。残りの3/4はオルソーポジトロニウムであり、通常の液体や固体中では1ナノ秒から10ナノ秒程度の寿命をもつ。この長寿命のオルソーポジトロニウムは、式(4)や、式(5)のように親ラジカルと反応することが可能である。ポジトロニウムはひとつの陽電子とひとつの電子で構成されており、フリーラジカルの一種であり、親ラジカルと娘電子を含むポジトロニウムのペア(ジェミネート・ラジカル対)の反応はラジカル反応や電子移動となる。式(4)のようなラジカル反応(電子移動も含む)などは、パウリの原理によって、二つのラジカル内の不対電子が一重項の時に可能である。また、親ラジカルとポジトロニウムの間では、式(5)のようなスピン交換反応も可能であり、これはスピンの依存性は現れない。通常、このような活性種同士の反応は拡散によって反応速度が決まり、式(4)のラジカル反応と式(5)のスピン交換反応の速度の総和はほぼ一定になる。つまり、ヒドロキシルラジカルとオルソーポジトロニウムが出会うと、式(5)のスピン交換反応は常に可能であり、式(4)のラジカル反応にはスピン依存性が現れる。
【0020】
【数2】

【0021】
ここでo-Psはオルソーポジトロニウム、p-Psはパラーポジトロニウム、PsOHはポジトロニウムとOHラジカルの結合状態を示している。(↑)(↓)はフリーラジカル中の不対電子のスピン1/2と-1/2をそれぞれ表している。親ラジカル内の電子とオルソーポジトロニウム内の娘電子はイオン化の時、一重項であり、その後、親ラジカル内の電子のスピンがナノ秒程度の周期で回転し、オルソーポジトロニウム内の電子は10ピコ秒程度で回転する。この状態での電子スピンの回転方向は超微細結合している相手の原子核、あるいは陽電子のスピン方向に依存するため、このジェミネート・ラジカル対は一重項と三重項の間をこれらの2つの電子スピンの回転速度の差、あるいは和で振動することとなる。その結果、一重項状態の存在確率の時間依存性は10ピコ秒の短い周期にフリーラジカルの超微細結合によって起こる遅い回転がうねりとなって現れる。その様子を図1に示す。
【0022】
例えば500、1500ピコ秒では一重項の存在確率は0.5であり、ジェミネート・ラジカル対のオルソ-ポジトロニウムとラジカルが出会うと半分はラジカル反応し、残りの半分はラジカル反応を起こすことが出来ず、スピン交換反応のみ起こることとなる。また、0、あるいは1000ピコ秒では一重項の存在確率は0と1の間に10ピコ秒の周期で振動することとなり、全てのジェミネート・ラジカル対が一重項の存在確率1のところを10ピコ秒間隔で通ることとなり、その結果、多くのジェミネート・ラジカル対がラジカル反応を起こすことが可能となる。
【0023】
まとめると、0や1000ピコ秒ではジェミネート・ラジカル対を作るオルソーポジトロニウムの多くがラジカル反応により式(4)のように結合状態や酸化が起こり、500、1500ピコ秒では半分が式(4)の反応に進み、残りの半分はスピン交換反応のみ起こり、パラーポジトロニウムとして消滅していくこととなる。つまり、パラーポジトロニウムからの消滅は500ピコ秒、1500ピコ秒で最大を示すこととなり、これは実際のラジカルの超微細結合による電子スピンの回転の周期の半分となる。
【0024】
液体や固体中で陽電子が消滅する場合は、消滅する電子と陽電子の質量に相当するエネルギーが、E=mcに従って放出される。その際、エネルギーと運動量を保存するために、ほぼ全ての場合に二つのガンマ線が反対方向に放出される。そのエネルギーはほぼ511keVとなるが、消滅直前の電子と陽電子の運動量に依存してずれ(ドップラーシフト)が生じる。このずれの大きさはパラ−ポジトロニウムの場合には小さく、オルソ−ポジトロニウムの場合は大きくなる。このずれは、実際には消滅ガンマ線エネルギーによるピークの広がりの変化となって観測される。上で述べたように、ある周期でパラ―ポジトロニウムからの消滅があるとすると、この消滅ガンマ線エネルギーの広がりには周期性が観測されることとなる。実際のスピンの振動の倍の周期で振動することから、このパラーポジトロニウムからの消滅によって起こる、消滅ガンマ線エネルギーの広がりの変化の振動数μは、下記式(A)により求められる。
【0025】
【数3】

【0026】
ここでγは磁気回転比、aが超微細結合定数、πは円周率であり、測定で得られた振動数μから親ラジカルの超微細結合定数aを知ることができる。また、その振動の振幅の変化から親ラジカルのナノ秒領域における濃度変化などを知ることが可能となる。
【0027】
本発明は、今まで直接観測するのが難しかった、水中で形成されるヒドロキシルラジカルのような、ナノ秒で反応が起こる短寿命フリーラジカルを直接観測することで、短寿命フリーラジカルの構造、短寿命フリーラジカルと周囲分子のナノ秒領域における相互作用、反応などの現象を解明し、また、その拡散の様子、フリーラジカル周辺の分子運動性などを評価できる新しい手法を提供する。
【0028】
分子・原子内の電子は一つの軌道に二つの電子が占有している。その二つの電子は図2の一重項のようになっている。矢印は電子のスピンを示しており、同じ軌道内の電子は同じ環境にあるので同じ周波数で回転している。イオン化でひとつの電子がはじき出されると、その瞬間には一重項であった電子の対がそれぞれ異なる環境に置かれ、その結果、異なる周期で回転することになり、その周期のずれで図1に示したように、三重項と一重項の間で振動することになる。
【0029】
フリーラジカルとは、それぞれの電子が対を作っておらず(不対電子と呼ぶ)、その結果、反応性が高くなる。このフリーラジカル同士の反応や、フリーラジカル間の電子移動の場合、パウリの原理より、一重項状態でないと同じ軌道に入ることができないため、反応が進まない。陽電子を用いた本発明では、陽電子源から入射した陽電子が分子・原子のイオン化を起こし、その際に放出された電子を捕まえてポジトロニウムを形成する。つまり、ポジトロニウムには不対電子を有し、フリーラジカルである。イオン化で電子の放出の後に残されたイオンにも不対電子が存在し、このイオン、あるいはイオンから形成された活性主はフリーラジカルであり、ポジトロニウムと反応、あるいは電子移動を起こす場合は一重項である必要がある。一方、フリーラジカル内の電子スピンはスピン交換反応によってそれぞれの状態を交換することが可能であり、拡散率速で進むフリーラジカルとポジトロニウムの反応は出会ったときに三重項の場合はスピン交換反応のみが起こり、一重項であればラジカル反応や電子移動なども可能となる。
【0030】
図3に、陽電子消滅ガンマ線寿命−運動量相関測定(AMOC:age−momentum correlation)法に用いる装置100を示す。AMOCとは、陽電子消滅の寿命測定(PAL)と、消滅γ線ドップラー幅測定(DBPA:Doppler broadening of positron annihilation radiation)と、を組み合わせた測定手法である。用いる陽電子源としては放射性同位元素を用いたものと陽電子ビームによるものがある。図3で寿命測定のスタート信号を得る方法としては、(1)陽電子源である22Naをそのまま用いる初期のAMOCのように、陽電子放出と同時に放出される1.27MeVのγ線を検出するもの、(2)高エネルギーの陽電子を用いる場合は陽電子を薄型シンチレータを通過させて検出するもの(図3はこれをイメージしている)、(3)低速陽電子ビームを用いる場合はビームラインのパルス化信号を利用するものなどがある。いずれも3種類の事象を同時に検出しなくてはならないので、計数率を大きく出来ないが、スタート信号の検出効率が(1)に比べて一桁以上大きい(2)と(3)の方法が開発されている。
【0031】
図3において、装置100は、陽電子が入射し試料を保持する容器10と、陽電子と試料との反応により容器10内で発生したγ線を検出するシンチレーション検出器(SD)20と、SD20に接続される寿命測定システム(PAL)30と、二次元多重波高分析器(2D−MCA)であるAMOCシステム40と、消滅γ線を検出するGe半導体γ線検出器(SSD)60と、SSD60に接続されるドップラー幅広がり測定システム(DBPA)50と、から構成される。PAL30及びSSD60は、AMOCシステム40に接続されている。
【0032】
図3に示すように、陽電子eは試料中の電子と消滅して2つの消滅γ線になるが、その一方は寿命測定システムPAL30のストップ信号として使い、他方の消滅γ線は、エネルギー分解能の高いGe半導体検出器(SSD)60で検出してDBPAを得る。寿命情報とDBPA情報とを二次元の多重波高分析器(2D−MCA)で同時計数による相関測定すると、AMOCスペクトルが得られる。即ち、相関測定により、寿命が測定された陽電子と同じ陽電子からの消滅γ線のエネルギー情報が計測される。
【0033】
図4に示すスペクトルはGe半導体検出器(SSD)60で測定した電子・陽電子対の2光子消滅によって放出される、おおよそ511keVのガンマ線のスペクトルである。
【0034】
放射性同位元素から放出されるガンマ線はエネルギーが揃っており、測定されるガンマ線のピーク形状は、装置のエネルギー分解能を示すが、消滅ガンマ線は消滅時の電子・陽電子の運動量に依存してドップラー効果によってエネルギーに広がりが出来る。このドップラー広がりの違いから、例えばパラーポジトロニウム状態からの消滅成分が多いか少ないかを定性的に議論することが出来る。定性的に議論する際には、Sパラメータが良く用いられる。Sパラメータとは、ピーク全体の面積に対する決められた中央部の面積の比率と定義される。パラーポジトロニウムからの消滅が増えるとピークは鋭くなり、結果としてSパラメータは大きくなる。図4において、幅W及びWがSパラメータ導出のための範囲を示している。Sパラメータは、幅Wに含まれるスペクトル中央部に入っている領域面積の、幅Wに含まれるスペクトル全体の面積に対する比率として求められる。
【0035】
図5に、水中におけるAMOC測定の結果を示す。図5において、S(t)とは、図3における、陽電子の試料中への入射時刻を示す前記スタート信号と陽電子消滅を示す消滅γ線を前記SDで検出するストップ信号との時間差によって測定される陽電子寿命tに対するSパラメータを意味する。S(t)の値が大きいものは消滅ガンマ線エネルギー分布が狭いことを示す。実線はピーク位置から考えられる二つの振動数成分の重ねあわせを表している。実際の実験結果はラジカル反応やスピン交換反応などにも依存し、実線は、それら反応を考慮していないため、ピーク位置以外は実験結果を正確には再現できていない。ピーク位置が分かりやすいように長時間側で変化を大きく見せている。
【0036】
図5において、18℃の測定で2ナノ秒から10ナノ秒でS(t)に振動が見られている。これは消滅ガンマ線のエネルギー分布の広がりに振動が起きていることを示している。この時間領域は陽電子消滅過程の中で最も長い寿命を示すオルソーポジトロニウムからの消滅である。水中では大体2ナノ秒程度の寿命を示す。18℃の測定結果では、例えば2.8ナノ秒付近でS(t)が増大している部分で、消滅ガンマ線のエネルギーの分布が狭くなっており、エネルギーのずれが小さいことを示している。これはオルソーポジトロニウムがパラーポジトロニウムに変換されて消滅している成分の増大を示しており、上記したスピン交換反応が起こっていることを示している。つまり、この時刻ではジェミネート・ラジカル対、つまり、オルソーポジトロニウム中の不対電子とフリーラジカル(ここではヒドロキシルラジカル)中の不対電子の一部は、一重項状態になれないことがわかる。その後、3.5ナノ秒付近ではS(t)が低下しており、これは消滅ガンマ線のエネルギーのずれが大きいことを示しており、スピン交換反応が起こっていないことを示している。つまり、拡散で出会ったオルソーポジトロニウムとヒドロキシルラジカルはラジカル反応が起こっていることを示しており、この時刻では一重項状態になることが可能であることがわかる。
【0037】
このように、オルソーポジトロニウムの消滅過程から見られるS(t)の変化は図1に示すような、一重項状態の存在確率の変化に見られるうねりによって振動を示している。結果的にフリーラジカル内での電子スピンの回転周期の2倍の周期がAMOCの測定では観測される。つまり、図5で見られるS(t)の振動から、フリーラジカル内の電子の超微細結合定数を得る事ができる。
【0038】
実際に超微細結合定数を18℃で水を測定した結果から求めてみる。水の中ではある温度で水のクラスター構造は複数存在すると考えられる。その結果、ヒドロキシルラジカルも複数の構造の水に囲まれていることが予想でき、その結果、超微細結合定数も複数存在することになる。図5の18℃で測定した結果では、実験によって得られたピーク位置を長い矢印と短い矢印で示した。ある振動数で振動する2つの成分が存在することがわかる。このそれぞれの振動は、1.15ナノ秒と1.32ナノ秒の周期であることがわかる。これらの周期を振動数μに直すと、それぞれ970MHz、758MHzとなる。超微細結合定数aは、上述の式(A)を変形した以下の式(A’)に、得られた振動数μを入力して求めることができる。
【0039】
【数4】

【0040】
ここで、自由電子の磁気回転比γは1.76×1011T/sであり、円周率πは3.14として、これらを代入すると、それぞれ、超微細結合定数aは、34.6mT、27.0mTとなる。
【0041】
また、ここで得られている超微細結合定数aは等方的なものであり、その条件とは、フリーラジカルが液体の中で高速に回転しており、その結果、異方性を示す超微細結合定数が見えなくなるためである。この原理を用いると、フリーラジカルの回転が遅くなることで、異方性を示す超微細結合定数が結果に影響を及ぼすようになり、例えば、温度を下げて、分子運動が抑制されると、図4で見られるS(t)の振動の形が崩れていくことになる。この方法で、局所的なナノ秒領域の分子運動性の評価に適用できる。
【符号の説明】
【0042】
100 装置
10 容器
20 SD
30 PAL
40 AMOC(2D−MCA)
50 DBPA
60 SSD

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フリーラジカルの超微細結合定数を測定する方法であって、
陽電子源が発生した陽電子を試料中に入射させてフリーラジカルを生成するステップと、
前記フリーラジカル形成時に放出された電子と前記入射陽電子によりポジトロニウムを生成するステップと、
前記フリーラジカルと前記ポジトロニウムのうち75%のオルソーポジトロニウムとの周期性のあるラジカル反応を起こさせるステップと、
前記ラジカル反応の収率の時間依存性を、前記ラジカル反応の競争反応であり、すでに開発されているAMOCで観測可能な前記オルソーポジトロニウムのスピン交換反応の、時間依存性に現れる周期性のある振動を観測するステップと、
前記AMOCにより得られたスペクトルに現れる周期性のある振動を用いて、前記フリーラジカルの超微細結合定数aを求めるステップと、を備える方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、前記フリーラジカルの超微細結合定数aを求めるステップは、前記超微細結合定数aに依存するドップラー広がり幅の振動を、前記AMOCスペクトルの、各時刻における、消滅ガンマ線スペクトルの全体の面積に対する、前記消滅ガンマ線スペクトルの中央部の面積の比率を表すSパラメータの時間依存性から得られる、方法。
【請求項3】
請求項2に記載のフリーラジカルの超微細結合定数を測定する方法において、
前記超微細結合定数aは、下記式(A’)
【数1】

により求められ、ここで、振動数μは、前記Sパラメータの時間依存性の測定から得られた値であり、自由電子の磁気回転比γは1.76×1011T/sであり、円周率πは3.14である、方法。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか一項に記載の方法において、前記フリーラジカルは、短寿命のフリーラジカルである、方法。
【請求項5】
請求項3に記載のフリーラジカルの超微細結合定数を測定する方法において、
前記式(A’)を用いて求められた前記微細結合定数aに起こる変化によって、前記試料内における前記フリーラジカル周辺の分子運動性の変化などの状態分析を行う、方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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