説明

難燃性に優れたスエード調人工皮革およびその製造方法

【課題】ハロゲン系の難燃剤を用いることなく、所謂、非ハロゲンの難燃剤で処理することにより、JIS A 1091 A−2法(45°メッケルバーナー法)区分3に適合する難燃性を付与することができ、表面側および、裏面側の耐光性に優れ、表面側および、裏面側の際付きの発生が少なく、さらに難燃剤組成物の塗布表面に傷が付き難い新規な難燃性スエード調人工皮革とその製造方法を提供すること。
【解決手段】目付けが450g/m以上であるスエード調人工皮革であって、燐または窒素原子を含有している難燃性化合物Aが付与されており、さらに、片面にポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤、およびポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる難燃性組成物Bが付与され、さらに付与された該難燃性組成物Bの上層に、前記ポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる保護層が付与されている難燃性に優れたスエード調人工皮革であり、表面に起毛を有するとともにポリウレタン樹脂が含浸されてなる織物、編物または不織布からなる熱可塑性合成繊維布帛に、下記(a)〜(c)工程の処理を行う難燃性に優れたスエード調人工皮革の製造方法。
(a)燐または窒素原子を含有している難燃性化合物Aを付与する工程
(b)片面に、ポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤およびポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる難燃性組成物Bを付与する工程
(c)難燃性組成物Bの上層に、(b)工程で用いられたと同一のポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる保護層を付与する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、難燃性に優れたスエード調人工皮革とその製造方法に関する。
【0002】
さらに詳しくは、表面に起毛または立毛がされた熱可塑性合成繊維布帛にポリウレタン樹脂が含浸されてなる織物、編物または不織布をベースとしてなる人工皮革であり、ハロゲン系の難燃剤を使用することなく、良好な難燃性を有するとともに、布帛の表面側および裏面側の耐光堅牢度に優れ、布帛の表面側および裏面側に際付き(キワツキ)が生じ難く、難燃剤組成物の塗布表面に傷が付き難い、難燃性に優れたスエード調人工皮革とその製造方法に関するものである。
【0003】
ここで際付きとは、難燃性組成物を付与されたスエード調人工皮革において、表面側および裏面側から水滴に代表される水分が付着した後、自然に乾燥した時、その濡れていた部分が白い斑点状や染み状になる現象を言う。
【背景技術】
【0004】
従来から、ポリウレタン等の高分子弾性体が含浸された極細熱可塑性合成繊維からなる不織布、織物あるいは編物の表面をバフィングして熱可塑性合成繊維の立毛を表面に形成させたスエード調人工皮革は、高級衣料素材として広く展開がされてきた。
【0005】
近年は、このようなスエード調立毛人工皮革は、衣料用途だけでなく、資材用途、例えば、高級自動車のカーシートや内張りなどの車両内装材用途や、椅子張り、壁材等の家具、インテリア用途、建築材用途への展開が行われている。
【0006】
これらの非衣料分野では、特に、優れた難燃性能を有するものであることが要求されることがある。
【0007】
このため、従来にないレベルでの難燃性能を実現せんとして、通常の合成繊維製の織編物などにはない、スエード調人工皮革に特有の下記(1)〜(4)の問題を克服することを目標に種々の検討が行われてきた。
【0008】
(1)立毛間部分に空隙があり、構造的に燃えやすいこと。
(2)高分子弾性体と熱可塑性合成繊維とでは難燃化機構が異なること。
(3)難燃剤がスエード調立毛人工皮革の表面外観・表面品位ならびに耐光性を低下させること。
(4)難燃加工が、染色堅牢度の低下や風合い硬化を誘発すること。
【0009】
上述した(1)から(4)の問題点を解決する方法として、ハロゲン化燐酸エステルを、アクリル酸エステル樹脂とともに立毛面の裏面側に付与するという方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0010】
また、不織布等に含浸されるポリウレタン等の高分子弾性体に、あらかじめ難燃剤を含ませておくという方法が提案されている(特許文献2参照)。
【0011】
さらに、有機燐成分を共重合させた熱可塑性合成繊維を用いるという方法も提案されている(特許文献3参照)。
【0012】
しかしながら、ハロゲン化燐酸エステルをアクリル酸エステル樹脂とともに立毛面の裏面側に付与するという特許文献1の方法では、難燃性には優れるが、当然ながらハロゲン原子が含まれてしまう。近年、ハロゲン系難燃剤は環境への影響が問題視され、非ハロゲン系難燃剤の開発が急がれているが、このような要求に応えられるものではない。
【0013】
また、不織布に含浸させるポリウレタンにあらかじめ難燃剤を含ませておくという特許文献2の方法では、難燃剤は経時的にポリウレタン重合度を低下させ、脆化させることがあるために、長時間の使用後、スエード調立毛人工皮革の強度劣化を招き、破れ、モモケ、残留歪等が生じるだけでなく、染色の耐光堅牢度が低下する等の問題があった。
【0014】
さらに、有機燐成分を共重合させた熱可塑性合成繊維を用いるという特許文献3の方法では、共重合繊維に特有の経時的な強度低下や加水分解を生じるといった物性低下の問題があった。
【0015】
また、自己消火性を有する優れた防炎性を有し、かつ風合いが良好で染色堅牢度の低下がなく、しかも、焼却時にダイオキシンなどの有毒ガスが発生し難いスエード調の繊維構造物として、表面に立毛部を有する熱可塑性合成繊維布帛の裏面に、アクリル酸エステル樹脂を主成分として、かつ芳香族燐酸エステル化合物および、金属酸化物を含む樹脂組成物が付与されてなるスエード状の繊維構造物が提案されている(特許文献4参照)。
【0016】
さらに、防炎性と防融性に優れたスエード状繊維構造物として、すなわち、自己消火性を有し優れた防炎性と防融性を有し、かつ風合いが良好で染色堅牢度の低下がなく、しかも、焼却時にダイオキシンなどの有毒ガスが発生し難いスエード状繊維構造物として、その表面に立毛部を有するスエード状繊維構造物であって、該スエード状繊維構造物にはアクリル酸エステル樹脂および有機フッ素化ポリマー系撥水剤が付与されており、且つ該スエード状繊維構造物の裏面には、芳香族燐酸エステル化合物および金属系酸化物を含むアクリル酸エステル樹脂組成物が付着されているというスエード状繊維構造物が提案されている(特許文献5参照)。
【0017】
他にも、難燃性、耐光性および磨耗耐久性に優れ、かつ非ハロゲンである合成繊維からなる難燃性立毛人工皮革として、単繊維繊度1デシテックス以下の合成繊維を含む織物、編物、または不織布、および高分子弾性体を含んでなる布帛の片面に、燐酸グアニジン、ポリ燐酸アンモニウム、ポリ燐酸メラミンおよび燐酸アミドから選ばれる少なくとも1種の燐酸化合物、ペンタエリストール、ジペンタエリストール、メラミン、ジシアンジアミド、澱粉類、セルロース類およびソルビトールから選ばれる少なくとも1種の化合物およびバインダー樹脂を含む難燃性組成物が付与されている人工皮革が提案されている(特許文献6参照)。
【0018】
しかし、特許文献4や特許文献5で開示された難燃化技術ではアクリル酸エステル樹脂を使用しているため、JIS A 1091 A−2法(45°メッケルバーナー法)区分3の基準を満たすことは困難である。
【0019】
また、特許文献6で開示された難燃化技術では、難燃性組成物が付与されている裏面側に水分が付着した場合、著しい際付きが生じてしまうという問題があった。
【0020】
【特許文献1】特開昭58−013786号公報
【特許文献2】特開平7−18584号公報
【特許文献3】特開2002−294571号公報
【特許文献4】特開2004−36011号公報
【特許文献5】特開2004−308051号公報
【特許文献6】特開2005−2512号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明の目的は、上述したような従来技術に鑑み、ハロゲン系の難燃剤を用いることなく、所謂、非ハロゲンの難燃剤で処理することによって、JIS A 1091 A−2法(45°メッケルバーナー法)区分3に適合する難燃性を付与することができ、表面側および、裏面側の耐光性に優れ、表面側および、裏面側の際付きの発生が少なく、さらに、難燃剤組成物の塗布表面に傷が付き難い、新規な難燃性スエード調人工皮革とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上述した目的を達成する本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革は、以下の(1)の構成を有するものである。
【0023】
(1)目付けが450g/m以上であるスエード調人工皮革であって、燐または窒素原子を含有している難燃性化合物Aが付与されており、さらに、片面に、ポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤、およびポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる難燃性組成物Bが付与され、さらに付与された該難燃性組成物Bの上層に、前記ポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる保護層が付与されていることを特徴とする難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【0024】
また、かかる本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革において、より好ましい具体的構成として、以下の(2)〜(8)のいずれかの構成からなるものである。
【0025】
(2)前記難燃性化合物Aが、燐酸グアニジン、スルファミン酸グアニジンおよび下記一般式[1]で表わされる環式ホスホン酸エステルからなる群から選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする上記(1)記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【化1】

ここで、X;0,1
【0026】
(3)前記燐酸エステルが、ビスフェノールAビスジフェニルホスフェートであることを特徴とする上記(1)または(2)記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【0027】
(4)前記フッ素系撥水剤が、ペルフルオロアルキル基またはペルフルオロアルケニル基含有アクリル系共重合体であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【0028】
(5)前記耐光向上剤が、ベンゾトリアゾール系の紫外線吸収剤およびセミカルバジド系の光安定剤から選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【0029】
(6)ポリエステル樹脂の水性分散体である前記バインダー樹脂中、固形分であるポリエステル樹脂は、酸成分とアルコール成分より構成された高分子化合物であり、重合時に使用される酸成分として、スルホフタル酸類及び脂肪族ジカルボン酸類を、アルコール成分として、脂肪族多価アルコール類を含有していることを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【0030】
(7)スエード調人工皮革の難燃性能が、繊維製品の燃焼性試験方法JIS L 1091 A−2法(45°メッケルバーナー法)において区分3に区分され、かつ、JIS L 1091 D法(コイル法)において、接炎回数が4回以上であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【0031】
(8)スエード調人工皮革の表面側および裏面側の耐光性能が、紫外線カーボンアーク灯光に対する染色堅牢度試験方法JIS L 0842 第5露光法において、63±3℃下、40時間の露光に対して、変退色用グレースケール判定で、4−5級以上を有することを特徴とする上記(1)〜(7)のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【0032】
また、上述した目的を達成する本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革の製造方法は、以下の(9)の構成を有するものである。
【0033】
(9)上記(1)〜(8)のいずれかに記載された難燃性に優れたスエード調人工皮革を製造する方法であって、表面に起毛を有するとともにポリウレタン樹脂が含浸されてなる織物、編物または不織布からなる熱可塑性合成繊維布帛に、下記(a)工程、(b)工程、および(c)工程の処理を行うことを特徴とする難燃性に優れたスエード調人工皮革の製造方法。
(a)燐または窒素原子を含有している難燃性化合物Aを付与する工程
(b)片面に、ポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤およびポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる難燃性組成物Bを付与する工程
(c)難燃性組成物Bの上層に、(b)工程で用いられたと同一のポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる保護層を付与する工程
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、難燃性、耐光性に優れ、際付きが生じ難く、難燃剤組成物の塗布表面に傷が付き難い難燃性スエード調人工皮革で、かつハロゲン系難燃剤を用いていない、所謂、非ハロゲン難燃剤で処理されている難燃性スエード調人工皮革およびその製造方法が提供されるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下、さらに詳しく本発明のスエード調人工皮革とその製造方法について説明をする。
【0036】
本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革の構成要素であるスエード調人工皮革は、表面に起毛または、立毛を有するとともにポリウレタン樹脂が含浸されてなる織物、編物または、不織布からなるスエード調を呈した熱可塑性合成繊維布帛であり、従来から極細の熱可塑性合成繊維(一般的には、0.0001〜1.1dtexの極細繊維)およびポリウレタン樹脂を用いたスエード調人工皮革として知られているものであり、本発明の人工皮革は、目付けが450g/m以上であるスエード調人工皮革であって、燐または窒素原子を含有している難燃性化合物Aが付与されており、さらに、片面に、ポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤、およびポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる難燃性組成物Bが付与され、さらに付与された該難燃性組成物Bの上層に、前記ポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる保護層が付与されていることを特徴とする難燃性に優れたスエード調人工皮革である。
【0037】
また、本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革を製造する方法は、スエード調人工皮革に優れた難燃性能を付与するため、下記する1段目から2段目、そして3段目の加工工程を行うものである。
【0038】
1段目の加工工程(a)は、スエード調人工皮革に燐または窒素原子を含有している難燃性化合物Aを付与する工程である。
【0039】
2段目の加工工程(b)は、スエード調人工皮革の片面に、ポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤およびバインダー樹脂から構成されている難燃性組成物Bを付与する工程である。
【0040】
3段目の加工工程(c)は、スエード調人工皮革の片面に付与された難燃性組成物Bの上層に、2段目の加工工程で用いたバインダー樹脂からなる保護層を付与する工程である。
【0041】
以下に、さらに詳しく説明をしていく。
【0042】
上述した本発明の方法において、1段目の加工工程は、難燃性化合物Aをスエード調人工皮革に付与する工程である。その目的は、2段目の工程でスエード調人工皮革の片面に付与される難燃性組成物Bの難燃性能を補助するためである。付与量があまり多いとスエード調人工皮革の風合い、タッチ、表面外観を損なってしまうという観点から、難燃性化合物Aの付与量は、生地(ポリウレタンを含む)100重量部に対して、好ましくは1〜10重量部の範囲内、より好ましくは、2〜8重量部の範囲内とするのがよい。その付与量が、生地100重量部に対して1重量部以下では、難燃補助効果が弱く、10重量部を超えると、スエード調人工皮革の風合い、タッチ、表面外観を損なってしまう上、難燃性化合物Aによる表面摩擦堅牢度の低下や、経時的な薬剤のブリードアウト(組成物中の配合物の一部が成形品の表面に染み出してくる現象)が生じるなどの懸念がある。
【0043】
該難燃性化合物Aとしては、燐または窒素原子を含有している化合物が用いられ、より好ましい具体例としては、燐酸グアニジン、スルファミン酸グアニジンおよび下記一般式[1]で表わされる環式ホスホン酸エステルの内の少なくとも1種または2種以上を使用するものである。
【化2】

ここで、X;0,1
【0044】
難燃化合物Aの付与方法は、特に限定されるものではなく、スプレー法またはパディング法のいずれも採用することができる。スプレー法としては、難燃性化合物Aを含む水系液を、スプレーノズルにより、スエード調人工皮革の片面または両面に噴霧することにより所定の付着量になるように付着させ、100〜130℃下で、1〜10分間乾燥する方法を採用することができる。また、パディング法としては、難燃性化合物Aを含む水系液に、スエード調人工皮革を浸漬し、マングルなどで所定の付着量になるように絞り、100〜130℃下で、1〜10分間乾燥する方法を採用することができる。
【0045】
2段目の加工工程は、ポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤およびポリエステル樹脂からなる難燃性組成物Bをスエード調人工皮革の片面に付与する工程である。難燃剤組成物Bを付与するのは裏面(すなわち、立毛のない面)であることが好ましい。
【0046】
難燃性組成物Bの主な難燃化機構は、ポリ燐酸アンモニウムの炭化・脱水反応による難燃化の作用であるが、燐酸エステルを併用する目的はドリップ効果による難燃補助作用であり、これによりJIS L 1091 A−2法 区分3に適合する難燃性能を達成することができる。
【0047】
本発明のポリ燐酸アンモニウムは、下記一般式[3]で表わされる化合物であり、分岐したものや末端の一部が他の基によって置換されたものも使用できる。さらに望ましくは、燐含有量が25〜32重量%程度の化合物である。
【化3】

(ただし、式中nは、ポリ燐酸アンモニウムの重合度を表し、その値は通常1〜5,000、好ましくは3〜2,000、特に好ましくは5〜1,000である。)
【0048】
燐酸エステルとしては、トリフェニルホスフェートやレゾルシノールビスジフェニルホスフェートなどの油状燐酸エステルでも難燃補助効果が得られるが、本発明においては、耐加水分解性に優れた、ビスフェノールAビスジフェニルホスフェートを用いることが好ましい。
【0049】
フッ素系撥水剤は、該ポリエステル樹脂と併用することで、際付きを防止することができるものである。パラフィン系や高級脂肪酸アミド系の撥水剤を使用してもその効果は得られない。フッ素系撥水剤としては、ペルフルオロアルキル基またはペルフルオロアルケニル基を含有しているアクリル系共重合体であり、かつポリエステル樹脂との相用性に問題がなければよく、特に制限されるものではないが、下記に示すR基を有する(メタ)アクリレートの重合体を含有する撥水撥油剤組成物が好適である。[(メタ)アクリレートとは、アクリレートとメタクリレートを総称して表記したものである。]
【0050】
基とは、アルキル基の水素原子の2個以上がフッ素原子に置換された基を示す。R基の炭素数は2〜20が好ましく、特に6〜16が好ましい。R基は直鎖構造であっても、分岐構造であってもよく、直鎖構造が特に好ましい。分岐構造である場合には、分岐部分がR基の末端部分に存在し、かつ、炭素数1〜4程度の短鎖であるのが好ましい。R基は、フッ素原子以外の他のハロゲン原子を含んではならない。また、R基中の炭素−炭素結合間には、エーテル性酸素原子またはチオエーテル性硫黄原子が挿入されていてもよい。R基の末端部分の構造としては、−CFCF、−CF(CF、−CFH、−CFH等が挙げられ、−CFCFが好ましい。
【0051】
基中のフッ素原子数は、[(R基中のフッ素原子数)/(R基と同一炭素数の対応するアルキル基中に含まれる水素原子数)]×100(%)で表わすと、60%以上が好ましく、特に80%以上が好ましい。さらに、R基は、ポリエステル樹脂と併用する場合の際付き防止に優れることから、アルキル基の水素原子の全てがフッ素原子に置換された基(すなわちペルフルオロアルキル基)が好ましい。ペルフルオロアルキル基の炭素数は、2〜20が好ましく、特に6〜16が好ましい。R基の具体例としては、
−[F(CF−、(CFCFCF−、(CFC−、またはCFCF(CF)CF−等の構造異性の基のいずれか]、C11−[例えばF(CF−]、C13−[例えばF(CF−]、C15−[例えばF(CF−]、C17−[例えばF(CF−]、C19−[例えばF(CF−]、C1021−[例えばF(CF10−]、C1225−[例えばF(CF12−]、C1429−[例えばF(CF14−]、C1633−[例えばF(CF16−]、H(CF−[ここで、tは2〜20の整数]、(CFCF(CF−[ここで、yは1〜17の整数]、F(CFOCF(CF)−、F[CF(CF)CFO]CF(CF)CFCF−、F[CF(CF)CFO]CF(CF)−、F[CF(CF)CFO]CFCF−、F[CFCFCFO]CFCF−、F[CFCFO]CFCF−、F(CFSCF(CF)−、F[CF(CF)CFS]CF(CF)CFCF−、F[CF(CF)CFS]CF(CF)−、F[CF(CF)CFS]CFCF−、F(CFCFCFS)CFCF−、F(CFCFS)CFCF−(rは1〜5の整数、uは1〜6の整数、wは1〜9の整数を示す。)等が挙げられる。
【0052】
基を有する(メタ)アクリレートの重合体を構成する(メタ)アクリル酸エステルとしては、下記一般式[4]で表わされる化合物が好ましい。
一般式[4]
−Q−OCOCR=CH
(ここで、Qは2価の有機機、Rは水素原子またはメチル基を示す。)
【0053】
一般式[4]中のQとしては、−(CHp+q−、−(CHO(CH−、−CF=CH(CH−、−(CHCONH(CH−、−(CHOCONH(CH−、−(CHSONR´(CH−、−(CH2)pNHCONH(CH2)q−、−(CHCH(OH)−(CH−、等が好ましい。ここで、R´は水素原子またはアルキル基を示す。また、pおよびqは0以上の整数を示し、p+qは1〜22の整数である。これらの中でも、Qが−(CHp+q−、−(CHCONH(CH−、または(CHSONR´(CH−であり、かつqが2以上の整数、p+qが2〜6である場合が好ましく、特にp+qが2〜6である場合の−(CHp+q−(すなわち、エチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、ヘプタメチレン基またはヘキサメチレン基)が好ましい。また、上記一般式[4]において、Qと結合するRの炭素原子には、フッ素原子が結合しているのが好ましい。
【0054】
基を有する(メタ)アクリレートの重合体を構成する(メタ)アクリル酸エステルとしては、具体的には下記化合物が好ましく挙げられる。
【0055】
CF(CFCHOCOCR=CH
CF(CFCHCHOCOCR=CH
CFH(CFCHOCOCR=CH
CFH(CFCHOCOCR=CH
CFH(CFCHOCOCR=CH
CFH(CFCHCHOCOCR=CH
CF(CFCHCHCHOCOCR=CH
CF(CFCHCHOCOCR=CH
CF(CFCHCHOCOCR=CH
CF(CF11CHCHOCOCR=CH
CF(CF13CHCHOCOCR=CH
CF(CF15CHCHOCOCR=CH
(CFCF(CFCHCHOCOCR=CH
(CFCF(CFCHCHOCOCR=CH
(CFCF(CFCHCHOCOCR=CH
CF(CFSON(C)CHCHOCOCR=CH
CF(CFCHCHCHCHOCOCR=CH
CF(CFSON(CH)CHCHOCOCR=CH
CF(CFSON(C)CHCHOCOCR=CH
CF(CFCONHCHCHOCOCR=CH
(CFCF(CFCHCHCHOCOCR=CH
(CFCF(CFCHCH(OCOCH)OCR=CH
(CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCR=CH
(CFCF(CFCHCH(OH)CHOCOCR=CH
CF(CFCHCHOCOCR=CH
CF(CFCONHCHCHOCOCR=CH
(ここで、Rは水素原子またはメチル基を示す。)
【0056】
これらのR基を有する(メタ)アクリレートの重合体を構成する(メタ)アクリル酸エステルは、単独で重合されていてもよく、2種以上を併用することもできる。
【0057】
また、本発明で使用することができるフッ素系撥水剤は、上記一般式[4]で表されるポリフルオロアルキル基やポリフルオロアルケニル基を有するビニル単量体のみの単独重合によるものと、これらビニル単量体とポリフルオロアルキル基やポリフルオロアルケニル基を有しない他のビニル単量体との共重合によるものが挙げられる。
【0058】
ポリフルオロアルキル基やポリフルオロアルケニル基を有しない他のビニル単量体としては、例えば、アルキル基部分の炭素数が1〜20である(メタ)アクリル酸アルキルエステル、オレフィン、カルボン酸ビニル、スチレンおよび置換スチレン、アクリルアミドおよびメタクリルアミド、N−置換アクリルアミドおよびN−置換メタクリルアミド、ビニルアルキルエーテル、(置換アルキル)ビニルエーテル、ビニルアルキルケトン、ジエン、グリシジル(メタ)アクリレート、アジリジニル(メタ)アクリレート、置換アルキル(メタ)アクリレート、ヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート、水酸基末端ポリオキシアルキレン(メタ)アクリレート、アルコキシ基末端ポリオキシアルキレン(メタ)アクリレート、ポリオキシアルキレンジ(メタ)アクリレート、ポリシロキサン基含有(メタ)アクリレート、トリアリルシアヌレート、アリルグリシジルエーテル、カルボン酸アリル、N−ビニルカルバゾール、N−メチルマレイミド、無水マレイン酸、マレイン酸モノアルキルエステル、マレイン酸ジアルキルエステル、およびブロックされたイソシアネート基含有(メタ)アクリレート等が挙げられる。これらは、R基を有する(メタ)アクリレートの重合体を構成する(メタ)アクリル酸エステルと単独で共重合されていてもよく、2種以上を併用することもできる。
【0059】
本発明に使用できる撥水剤の具体例としては、旭硝子(株)製アサヒガードAG−950およびアサヒガードAG−7000、大原パラヂウム化学(株)製パラガードEC−95およびパラガードEC−450等を好適に用いることができるが、特に限定されるものではない。
【0060】
耐光向上剤は、スエード調人工皮革の耐光性を向上させるために用いるのである。ベンゾエート系の紫外線吸収剤やヒンダードアミン系の光安定剤でも耐光性を向上させることが可能であるが、ベンゾトリアゾール系の紫外線吸収剤およびセミカルバジド系の光安定剤から選ばれる少なくとも1種を使用すれば、特に優れた耐光性が得られる。
【0061】
したがって、本発明においては、耐光向上剤はベンゾトリアゾール系の紫外線吸収剤またはセミカルバジド系の光安定剤が好ましく用いられる。
【0062】
ベンゾトリアゾール系の紫外線吸収剤としては、具体的には、例えば、2−(2−ヒドロキシ−5−tert−ブチルフェニル)−2H−ベンゾトリアゾール、2−(2−ベンゾトリアゾール−2−イル)−4、2−(2H−ベンゾトリアゾール−2−イル)−4、6−ジ−tert−ペンチルフェノール、6−ビス(1−メチル−1−フェニルエチル)フェノール、2−(2H−ベンゾトリアゾール−2−イル)−6−(1−メチル−1−フェニルエチル)−4−(1、1、3、3−テトラメチルブチル)フェノール、3−(2H−ベンゾトリアゾール−2−イル)−5−(1、1−ジメチルエチル)−4−ヒドロキシ−オクチルエステルが挙げられる。
【0063】
また、セミカルバジド系としては、下記一般式[2]で表わされる化合物であって、具体例としては、例えば、1、6−ヘキサメチレンビス(N、N−ジメチルセミカルバジド)、4、4´−(メチレンジ−p−フェニレン)ビス(N、N−ジエチルセミカルバジド)、4、4´−(メチレンジ−p−フェニレン)ビス(N、N−ジ−i−プロピルセミカルバジド)、α、α−(p−キシリレン)ビス(N、N−ジメチルセミカルバジド)、1、4−シクロヘキシレンビス(N、N−ジメチルセミカルバジド)などが挙げられる。
【化4】

(ただし、式中R〜Rは同一もしくは異なるC〜Cのアルキル基を示し、Xは炭素数15以下の2価の炭化水素基を示す。)
【0064】
これらの化合物は、単独で使用してもよく、また、2種以上を混合して使用してもよい。
【0065】
また、本発明において、難燃性組成物Bにバインダー成分としてポリエステル樹脂を用いているのは、燐酸エステルによる燃焼時の樹脂融液の滴下(ドリップともいう)を促進する目的と際付きを生じ難くさせる目的である。本発明で使用するポリエステル樹脂の配合量は多くなるほど、難燃性能は安定し、際付きも生じ難くなる。
【0066】
本発明で使用するバインダー樹脂は、ドリップ効果を促進し、際付きを生じ難くさせ、かつ、本発明で使用するポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、耐光向上剤、フッ素系撥水剤との相用性に問題がなければよく、特に限定されるものではない。
【0067】
本発明で使用するポリエステル樹脂は、ポリエステル樹脂の水性分散体を用いるものであり、固形分であるポリエステル樹脂は、酸成分とアルコール成分より構成された高分子化合物であるが、重合時に使用される酸成分として、スルホフタル酸類及び脂肪族ジカルボン酸類を、アルコール成分として、脂肪族多価アルコール類を含有しているものである。
【0068】
スルホフタル酸類としては、例えば、3−スルホテレフタル酸ナトリウム及びそのメチル、エチル、プロピルエステル等のアルキルエステルやエチレングリコールエステル、5−スルホイソフタル酸ナトリウム及びそのメチル、エチル、プロピルエステル等のアルキルエステルやエチレングリコールエステル等が挙げられる。また、脂肪族ジカルボン酸類としては、例えば、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカン二酸等が挙げられる。脂肪族多価アルコール類としては、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−プロパンジオール、2,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,8−オクタンジオール、1,10−ドデカンジオール、ネオペンチルグリコール、ジメチロールヘプタン、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、2,2,4−トリメチル−1,3−ペンタンジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール等の脂肪族ジオール類、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、グリセリン、ペンタエリストール等のトリオール及びテトラオール類等が挙げられる。
【0069】
このようなポリエステル樹脂水性分散体は、単独で使用してもよく、2種類以上を組み合わせて使用することもできる。また、難燃性能及び際付き防止効果を阻害しない範囲であれば、酸成分としてテレフタル酸、イソフタル酸、オルソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸等の芳香族ジカルボン酸類及び1,4−シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環族ジカルボン酸類、アルコール成分として、1,4−シクロヘキサンジオール、1,4−シクロヘキサンジメタノール、スピログリコール、水素化ビスフェノールA、水素化ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物及びプロピレンオキサイド付加物、トリシクロデカンジオール、トリシクロデカンジメタノール等の脂環族多価アルコール類、パラキシレングリコール、メタキシレングリコール、オルトキシレングリコール、1,4−フェニレングリコール、1,4−フェニレングリコールのエチレンオキサイド付加物、ビスフェノールA、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物及びプロピレンオキサイド付加物等の芳香族多価アルコール類を含有していても構わない。
【0070】
また、難燃性、耐光性、際付き性および加工薬剤の経時安定性が阻害されない範囲内で、難燃性組成物Bの中に、帯電防止剤や架橋剤等の添加剤を配合することができる。
【0071】
上述の難燃剤組成物Bの付与量としては、ポリ燐酸アンモニウムが生地100重量部に対して好ましくは5〜20重量部、より好ましくは8〜15重量部である。5重量部未満では難燃性能が不十分であり、20重量部を超える場合では、際付き性、耐光性が阻害される方向である。
【0072】
燐酸エステルの付与量は、生地100重量部に対して好ましくは0.3〜4重量部、より好ましくは1〜3重量部である。付与量が、0.3重量部未満ではドリップ効果が弱く、難燃性が不十分であり、4重量部を超える場合では、際付き性の低下や、経日的なブリードアウトを招くおそれがある。
【0073】
フッ素系撥水剤の付与量は、生地100重量部に対して好ましくは0.1〜1.5重量部、より好ましくは0.3〜1.0重量部である。付与量が、0.1重量部未満では際付きの抑制が不十分であり、1.5重量部を超える場合では難燃性が阻害されるおそれがある上、撥水効果が著しくなり、水滴が表面に付着したとき、その水滴が繊維表面で水滴のまま乾いていくため、その水滴の周りに水溶成分が集まり、際付き現象を生じてしまう。
【0074】
耐光向上剤の付与量は、生地100重量部に対して好ましくは0.1〜1.5重量部、より好ましくは0.3〜1.0重量部である。付与量が、0.1重量部未満では耐光性が不十分であり、1.5重量部を超える場合では、ベンゾトリアゾール系では、色相が白化するため使用できなくなり、セミカルバジド系では、際付きの原因となるおそれがある。
【0075】
バインダー樹脂の付与量は、生地100重量部に対して好ましくは2〜10重量部、より好ましくは4〜8重量部である。付与量が、2重量部未満では難燃剤成分の繊維への固着が不十分で際付きが生じやすくなる上、難燃性能の安定性に欠け、10重量部を超える場合では、難燃剤成分とのバランスが崩れて、難燃性の低下を生じる。
【0076】
難燃性組成物Bの付与方法は、特に限定されるものではなく、ロータリースクリーン加工法または、コンマコーターのいずれも採用することができる。ロータリースクリーン加工法としては、難燃性組成物Bをスエード調人工皮革の片面に、ロータリースクリーンを用いて所定の付着量になるように付着させ、100〜130℃下で、1〜10分間乾燥する方法を採用することができる。また、コンマコーター法としては、難燃性組成物Bをスエード調人工皮革の片面に、コンマコーターを用いて所定の付着量になるように付着させ、100〜130℃下で、1〜10分間乾燥する方法を採用することができる。
【0077】
3段目の加工工程(c)は、さらなる性能向上のための工程であり、2段目の加工工程でスエード調人工皮革の片面側に付与された難燃剤組成物Bの上層に、保護層としてポリエステル樹脂を付与する工程である。保護層を付与することにより、難燃性組成分の表面に傷を生じ難くし、かつ、際付き性をさらに向上させることができる。
【0078】
保護層に用いる樹脂層としては、2段目の加工工程(b)で付与した難燃剤組成物B中の構成要素であるバインダー樹脂と同一のものを用いることが重要である。2段目の加工工程で使用したバインダー樹脂と、3段目で付与する樹脂が異なる樹脂である場合、難燃性能の低下を招く場合がある。
【0079】
また、3段目の加工工程で、保護層中には、難燃性、耐光性および際付き性が阻害されない範囲内で、難燃剤、耐光向上剤、撥水剤、帯電防止剤および架橋剤等の添加剤を配合することができる。
【0080】
3段目の加工工程で付与する樹脂量としては、人工皮革(1段目および2段目の加工工程で付与した化合物・樹脂組成物等を含む)100重量部に対して好ましくは1.5〜8重量部、より好ましくは2〜5重量部である。1.5重量部未満では、2段目で加工した難燃剤組成物の表面の保護が不十分であり、傷がつきやすい状態であり、8重量部を超えると、保護層の膜厚が増し、難燃性能のバランスが崩れてしまう。
【0081】
保護層としてのバインダー樹脂の付与方法は、特に限定されるものではなく、ロータリースクリーン加工法またはコンマコーター加工法のいずれも採用することができる。ロータリースクリーン加工法としては、ポリエステル樹脂を、難燃性組成物Bの保護層としてロータリースクリーンを用いて付与させ、好ましくは、例えば、100〜130℃下で、1〜10分間乾燥する方法を採用することができる。また、コンマコーター加工法としては、バインダー樹脂を、難燃性組成物Bの保護層としてコンマコーターを用いて付与させ、好ましくは、例えば、100〜130℃下で、1〜10分間乾燥する方法を採用することができる。
【0082】
また、本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革の目付けとしては、450g/m以上のものであることが重要である。目付け450g/m未満では、難燃性能の評価方法が、JIS L 1091 A−1法(45°ミクロバーナー法)となり、燃焼時の挙動が変化し、区分3に適合することができない場合がある。また、目付の上限は600g/m程度までである。本発明によるスエード調人工皮革は、インテリア素材としての用途を想定しているものであり、目付がそれ以上に大きいと、用途面から、風合いの悪化、コストが嵩む等の問題、さらに加工面からは、付着させるのが困難という問題があり、一般的でない。
【0083】
本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革は、高分子弾性体を含浸、立毛した人工皮革基布に対して、染色処理を施した後、前記の1段目〜3段目の加工を施すことにより得ることができる。
【0084】
上記人工皮革基布としては、単繊維繊度が1デシテックス以下の合成繊維を含む織物、編物または不織布に高分子弾性体を含浸したものが使用される。好ましくは0.5デシテックス以下の合成繊維、より好ましくは0.3デシテックス以下の合成繊維を含むものである。そして、織物、編物または不織布は、立毛を有することが好ましい。ここで使用される合成繊維としては、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートやこれらを主成分とした共重合ポリエステル系繊維に代表されるポリエステル系合成繊維、ナイロン6やナイロン6,6に代表されるポリアミド系合成繊維、ポリプロピレン系などの合成繊維を用いることができる。中でも、染色性、染色堅牢度および耐摩耗性に優れるポリエチレンテレフタレート繊維が好ましい。
【0085】
本発明における人工皮革基布の製造方法は、特に限定されるものではなく、通常の方法を用いることができる。例えば、海島紡糸法によりポリスチレンを海成分、ポリエステルを島成分とする複合繊維を紡糸し、該複合繊維を用いて、スパンボンド、メルトブロー、抄紙法、カードとクロスラッパーとを組み合わせた方法等により繊維ウェブを形成し、該繊維ウェブを用いて、ニードルパンチ処理あるいはウォータージェットパンチ処理などの絡合処理により、絡合不織布を形成する。なお、該絡合処理については、ニードルパンチ処理が繊維の高絡合化による繊維の高密度化(緻密な立毛面形成)の観点から好ましく採用される。
【0086】
次に、複合繊維の海成分を溶剤抽出または熱分解等の方法で除去する。その際、高分子弾性体が付与される前または後で溶剤抽出させる方法が、海成分除去率の観点から好ましく採用される。高分子弾性体としては、ポリウレタンエラストマー、アクリロニトリル、ブタジエンラバー、天然ゴムなどを使用することができる。また、高分子弾性体の付与方法としては、高分子弾性体を塗布あるいは含浸して乾燥、固着させる方法等を採用することができる。
【0087】
続いて、高分子弾性体を付与した不織布に対して、表面をサンドペーパーなどを用いて起毛処理することにより、立毛面を有する人工皮革基布を得ることができる。
【0088】
本発明において、上記人工皮革に対して染色処理を施す方法としては、特に限定されるものではなく、通常の方法を用いることができる。例えば、ジャガー染色機や液流染色機を用いた液流染色処理、連続染色機を用いたサーモゾル染色処理等の浸染処理並びに、ローラー捺染、スクリーン捺染、インクジェット方式捺染、昇華捺染等による立毛面への捺染処理等を用いることができる。中でも、風合い等の品位面から液流染色機を用いることが好ましい。また、必要に応じて、染色後に樹脂仕上げ加工を施してもよい。
【0089】
以上のようにして製造した本発明のスエード調人工皮革は優れた難燃性を有する。
【0090】
特に本発明者らの知見によれば、生地(ポリウレタンを含む)100重量部に対して、1段目の加工工程において難燃性化合物Aを1〜10重量部、2段目の加工工程において難燃剤組成物B成分として、ポリ燐酸アンモニウムを5〜20重量部、リン酸エステルを0.3〜4重量部、バインダー樹脂(ポリエステル樹脂水性分散体)を2〜10重量部をそれぞれ付与することによって製造された本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革は、繊維製品の燃焼性試験方法JIS L 1091 A−2法(45°メッケルバーナー法)による測定において、区分3を達成することができる。また、JIS L 1091 D法(コイル法)による測定において、接炎回数が4回以上を達成することができる。さらに保護層として、3段目の加工工程において、バインダー樹脂(ポリエステル樹脂水性分散体)を生地(ポリウレタンを含む)100重量部に対して、1.5〜8重量部を付与しても同難燃性能を達成することができる。
【0091】
かつまた、上記に加えて、2段目の加工工程において難燃性組成物B成分としてベンゾトリアゾール系もしくはセミカルバジド系の耐光向上剤を生地(ポリウレタンを含む)100重量部に対して、0.1〜1.5重量部付与することによって製造された本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革は、優れ耐光性を有するものであり、該スエード調人工皮革の表(おもて)面側及び裏面側の両面について、紫外線カーボンアーク灯光に対する染色堅牢度試験方法JIS L 0842 第5露光法(63±3℃下、40時間の露光)で耐光性を測定した場合、いずれの面も変退色用グレースケール判定で4−5級以上を達成できる。ちなみに、従来のスエード調人工皮革は一方の面のみの耐候性は優れていても、もう一方の面については耐候性を有していないか、有していても劣るものがほとんどであるが、本発明のスエード調人工皮革は表(おもて)面および裏面のいずれも4−5級以上を有するものである。
【0092】
さらに上記に加えて、2段目の加工工程において難燃性組成物B成分として、フッ素系撥水剤を生地(ポリウレタンを含む)100重量部に対して、0.1〜1.5重量部付与することによって製造された本発明の難燃性に優れたスエード調人工皮革は、際付きが生じ難く、上述したような難燃性能及び耐光性を達成することができる。
【実施例】
【0093】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。また、実施例中の品質評価は、次の方法で実施した。
【0094】
(1)燃焼性試験
1999年度版 JIS L 1091 A−2法(45°メッケルバーナー法)およびJIS L 1091 D法(コイル法)に準じて評価した。
(2)際付き性
試験試料の断面を水に5mm浸漬させ、5時間放置後、自然乾燥後の試料の状態を観察した。
(3)耐光性
2004年度版 JIS L 0842 第5露光法において、表面側および裏面側から63±3℃下、40時間の露光で測定した。
(4)チョークマーク
爪で保護層としてのバインダー樹脂の表面をこすったときの傷の付き易さを観察した。判定は、傷が目立つか目立たないかで比較した。
【0095】
実施例1〜6および比較例1〜8では目付け375g/m、比較例9では目付け130g/mのスエード調人工皮革基布を使用した。全て試験に用いた試料は、下記の処理方法により、難燃性化合物A、難燃性組成物Bおよび保護層としてのポリエステル樹脂を付与した。
【0096】
難燃性化合物Aは、パディング法により処理し、100℃下で10分間乾燥させた。
【0097】
難燃性組成物Bは、コンマコーターにより処理し、100℃下で10分間乾燥させた。
【0098】
保護層としてのバインダー樹脂は、コンマコーターにより処理し、100℃下で10分間乾燥させた。
【0099】
実施例1
難燃性組成物Aとして燐酸グアニジンを使用し、難燃性組成物Bの構成成分である燐酸エステルにはビスフェノールAビスジフェニルホスフェート、撥水剤にはフッ素系(旭硝子(株)製アサヒガードAG−950)、耐光向上剤には3−(2H−ベンゾトリアゾール−2−イル)−5−(1、1−ジメチルエチル)−4−ヒドロキシ−オクチルエステル、バインダー樹脂にはポリエステル樹脂水性分散体を使用し、保護層として同ポリエステル樹脂水性分散体を使用して、目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
ポリエステル樹脂水性分散体としては、下記の方法で合成したものを用いた。
攪拌機、温度計、精留塔および不活性ガス導入管を備えた1リッターのフラスコに、ジメチルテレフタル酸155.2g、ジメチルセバチン酸23.0g、5−スルホイソフタル酸ジメチルナトリウム29.6g、エチレングリコール136.0g、ポリエチレングリコール(数平均分子量4000)600.0g、エステル交換触媒として酢酸マンガン四水和物0.2gおよび重縮合触媒としてテトラブチルチタネート0.1gを仕込み、150〜250℃でエステル交換反応を行った。内温が150℃に達した時、メタノールが留出し始め、徐々に内温を上げ250℃に達したところでエステル交換反応を終了した。次いで、トリメチルホスフェート0.2gを加え、内温を200℃に下げ、10mmHgの減圧下で重縮合反応を1時間行い、数平均分子量15000のポリエステル樹脂を得た。さらに、10リッターのビーカーに50℃の温湯3500gを入れ、ホモジナイザーで攪拌しながら、180℃に冷却した上記数平均分子量15000のポリエステル樹脂を618gをゆっくり滴下して30分間分散させた後、常温に冷却し、固形分15%のポリエステル樹脂の水性分散体を得た。
【0100】
実施例2
耐光向上剤に1、6−ヘキサメチレンビス(N、N−ジメチルセミカルバジド)を使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0101】
実施例3
難燃性組成物Aにスルファミン酸グアニジンを使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0102】
実施例4
難燃性組成物Aに環式ホスホン酸エステルを使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約484g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0103】
実施例5
耐光向上剤に2、4−ジ−ターシャルブチルフェニル−3、5−ジ−ターシャルブチル−4−ヒドロキシベンゾエートを使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0104】
実施例6
耐光向上剤にビス(2、2、6、6−テトラメチル−4−ピペリジニル)セバケートを使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0105】
比較例1
燐酸エステルにトリフェニルホスフェートを使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0106】
比較例2
燐酸エステルにレゾルシノールビスジフェニルホスフェートを使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0107】
比較例3
撥水剤にパラフィン系(明成化学工業(株)製パラジットPRニュー)を使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0108】
比較例4
撥水剤に高級脂肪酸アミド系(明成化学工業(株)製ユニペランPA)を使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0109】
比較例5
バインダー樹脂と保護層にポリウレタン樹脂水性分散体(大日本インキ化学工業(株)製ハイドランWLS−210)を使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0110】
比較例6
バインダー樹脂と保護層にアクリル酸エステル樹脂水性分散体(大日本インキ化学工業(株)製ボンコートAB−782−E)を使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0111】
比較例7
保護層にポリウレタン樹脂水性分散体(大日本インキ化学工業(株)製ハイドランWLS−210)を使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0112】
比較例8
バインダー樹脂にアクリル酸エステル樹脂水性分散体(大日本インキ化学工業(株)製ボンコートAB−782−E)を使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約499g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0113】
比較例9
目付け130g/mのスエード調人工皮革基布を使用した以外は、全て実施例1と同様にして目付け約173g/mのスエード調人工皮革を得た。
【0114】
実施例1〜6、比較例1〜9によって得られたスエード調人工皮革の詳細と評価結果を表1と表2にそれぞれ示す。
【0115】
【表1】

【0116】
【表2】

【0117】
表1および表2から、本発明によるものは、ハロゲン系の難燃剤を使用することなく、良好な難燃性を有するとともに、布帛の表面側および、裏面側の両面の耐光堅牢度に優れ、布帛の表面側および、裏面側の両面に際付きが生じ難く、難燃剤組成物の塗布表面に傷が付き難い難燃性に優れたスエード調人工皮革であることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目付けが450g/m以上であるスエード調人工皮革であって、燐または窒素原子を含有している難燃性化合物Aが付与されており、さらに、片面に、ポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤、およびポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる難燃性組成物Bが付与され、さらに付与された該難燃性組成物Bの上層に、前記ポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる保護層が付与されていることを特徴とする難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【請求項2】
前記難燃性化合物Aが、燐酸グアニジン、スルファミン酸グアニジンおよび下記一般式[1]で表わされる環式ホスホン酸エステルからなる群から選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【化1】

ここで、X;0,1
【請求項3】
前記燐酸エステルが、ビスフェノールAビスジフェニルホスフェートであることを特徴とする請求項1または2記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【請求項4】
前記フッ素系撥水剤が、ペルフルオロアルキル基またはペルフルオロアルケニル基含有アクリル系共重合体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【請求項5】
前記耐光向上剤が、ベンゾトリアゾール系の紫外線吸収剤およびセミカルバジド系の光安定剤から選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【請求項6】
ポリエステル樹脂の水性分散体である前記バインダー樹脂中、固形分であるポリエステル樹脂は、酸成分とアルコール成分より構成された高分子化合物であり、重合時に使用される酸成分として、スルホフタル酸類及び脂肪族ジカルボン酸類を、アルコール成分として、脂肪族多価アルコール類を含有していることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【請求項7】
スエード調人工皮革の難燃性能が、繊維製品の燃焼性試験方法JIS L 1091 A−2法(45°メッケルバーナー法)において区分3に区分され、かつ、JIS L 1091 D法(コイル法)において、接炎回数が4回以上であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【請求項8】
スエード調人工皮革の表面側および裏面側の耐光性能が、紫外線カーボンアーク灯光に対する染色堅牢度試験方法JIS L 0842 第5露光法において、63±3℃下、40時間の露光に対して、変退色用グレースケール判定で、4−5級以上を有することを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の難燃性に優れたスエード調人工皮革。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載された難燃性に優れたスエード調人工皮革を製造する方法であって、表面に起毛を有するとともにポリウレタン樹脂が含浸されてなる織物、編物または不織布からなる熱可塑性合成繊維布帛に、下記(a)工程、(b)工程、および(c)工程の処理を行うことを特徴とする難燃性に優れたスエード調人工皮革の製造方法。
(a)燐または窒素原子を含有している難燃性化合物Aを付与する工程
(b)片面に、ポリ燐酸アンモニウム、燐酸エステル、フッ素系撥水剤、耐光向上剤およびポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる難燃性組成物Bを付与する工程
(c)難燃性組成物Bの上層に、(b)工程で用いられたと同一のポリエステル樹脂の水性分散体であるバインダー樹脂からなる保護層を付与する工程

【公開番号】特開2009−235628(P2009−235628A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−84609(P2008−84609)
【出願日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(592092032)大京化学株式会社 (19)
【Fターム(参考)】