説明

難燃性ポリエステル繊維

【課題】
ハロゲンを含まず、衣料用途、非衣料用途、産業用途などで好適に用いることができる難燃性ポリエステル繊維を提供する。
【解決手段】
ホスフィン酸金属塩(成分A)をリン元素換算で0.1〜2.5重量%と分解開始温度が400℃以下の窒素化合物(成分B)を窒素元素量として0.5〜7.5重量%とを有するポリエステル繊維であって、繊維の横断面における外層の成分Bの窒素元素量(X)と、内層の成分Bの窒素元素量(Y)の比(Y/X)が0.1以下であることを特徴とする難燃性ポリエステル繊維。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスフィン酸塩化合物と窒素化合物とを有する難燃性ポリエステル繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、ポリエステル繊維の難燃化手法として、ハロゲン系難燃剤やアンチモン系難燃剤が多く使われてきた。これらの難燃剤はポリエステル繊維に対して高い難燃性を付与できるが、燃焼時にハロゲン化ガスを発生させ、また排出時の環境への負荷も懸念されている。そのため、これらの難燃剤を使用しない難燃化手法の検討が数多くなされている。
【0003】
非ハロゲンのポリエステル樹脂の難燃化手法として、縮合リン酸エステル系化合物やシリコーン化合物を難燃剤として用いる手法や、金属水酸化物などをフィラーとして含有させる方法などが知られている。しかし、これらの手法は射出成型物などにおいてはある程度の難燃性を得られるものの、ポリエステル繊維の難燃化手法としては難燃性が不十分であった。
【0004】
難燃性の高い非ハロゲンのポリエステル樹脂の難燃化手法としては、ホスフィン酸塩と窒素化合物を組み合わせて難燃化する手法がある。例えば、ホスフィン酸塩に特定構造の窒素化合物を組み合わせる熱可塑性ポリマー用の相乗難燃剤コンビネーションが提案されている(特許文献1)。また、ポリブチレンテレフタレートにホスフィン酸塩と、トリアジン、グアニジンなどの含窒素難燃剤と、チャー生成ポリマーを含有する難燃性ポリエステル組成物が提案されている(特許文献2)。
【0005】
リン化合物と窒素化合物の組み合わせによる難燃メカニズムは、一般的にはリンのポリマーの炭化促進の作用が窒素による相乗効果でさらに促進されると言われている。しかし、比表面積の大きな繊維では分解ガスが速やかに発生し、繊維表面が炭化する前に燃焼ガスに着火するため難燃効果が得られない。
【0006】
すなわち、この難燃化手法をポリエステル繊維に応用することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−138185
【特許文献2】特表2007−514828
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、ハロゲンを含まず、衣料用途、非衣料用途、産業用途などで好適に用いることができる難燃性ポリエステル繊維を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記した課題は、下記構造式(1)で表されるホスフィン酸金属塩(成分A)と分解開始温度が400℃以下の窒素化合物(成分B)とを有するポリエステル繊維であって、成分Aに基づくリン元素の含有量が繊維全体の0.1〜2.5重量%であり、成分Bに基づく窒素元素量が繊維全体の0.5〜7.5重量%であり、繊維の横断面における外層の成分Bの窒素元素量(X)と、内層の成分Bの窒素元素量(Y)の比(Y/X)が0.1以下であることを特徴とする難燃性ポリエステル繊維で達成される。
[ここで、繊維横断面の外層、内層とは、繊維横断面の外接円の中心から繊維表面の長さをrとし、中心からr/2より外側を外層、中心からr/2以内を内層とする]
【0010】
【化1】

【0011】
[式中、RおよびRは炭素数6以下の有機基であり、Mは金属原子である。nはMのイオン価数に等しい数である。]
【発明の効果】
【0012】
本発明よれば、実用可能な繊維強度を有し、且つ、高い難燃性が得られるため、衣料用途、非衣料用途、産業用途などで好適に用いることができる難燃性ポリエステル繊維を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
発明者らは従来の炭化促進作用による難燃メカニズムとは異なる難燃メカニズムを検討した結果、繊維の比表面積が大きいことを利用し繊維の接炎時に不活性ガスによる燃焼性ガスの希釈によるポリエステル繊維の難燃化メカニズムを見出した。
【0014】
本発明は不活性ガスを効率よく発生するために繊維構造、添加物などを鋭意検討した結果、本発明の難燃性ポリエステル繊維に至ったものである。
【0015】
このような難燃メカニズムを発現するために、本発明は、下記構造式(1)で表されるホスフィン酸金属塩(成分A)と分解開始温度が400℃以下の窒素化合物(成分B)とを有するポリエステル繊維であって、成分Aに基づくリン元素の含有量が繊維全体の0.1〜2.5重量%であり、成分Bに基づく窒素元素量が繊維全体の0.5〜7.5重量%であり、繊維の横断面における外層の成分Bの窒素元素量(X)と、内層の成分Bの窒素元素量(Y)の比(Y/X)が0.1以下であることを特徴とする難燃性ポリエステル繊維によりポリエステル繊維の難燃化することを見出したものである。
[ここで、繊維横断面の外層、内層とは、繊維横断面の外接円の中心から繊維表面の長さをrとし、中心からr/2より外側を外層、中心からr/2以内を内層とする]
【0016】
【化1】

【0017】
[式中、RおよびRは炭素数6以下の有機基であり、Mは金属原子である。nはMのイオン価数に等しい数である。]
本発明のポリエステル繊維は、下記構造式(1)で表されるホスフィン酸金属塩を有していることを特徴としている。
【0018】
【化1】

【0019】
かかるホスフィン酸金属塩は、化合物中におけるリン元素の含有量が多く、目標のリン元素含有量とするためにリン化合物の含有量が少なくすることができ、繊維強度の低下を抑制することができる。
【0020】
ホスフィン酸金属塩のRおよびRは炭素数6以下の有機基であれば特に限定されないが、具体的には例えばメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基などのアルキル基やフェニル基が挙げられる。これらのアルキル基は直鎖であっても分岐鎖であってもよい。中でもメチル基、エチル基を用いるとホスフィン酸金属塩におけるリン元素の含有量が多くなることから好ましい。また、RおよびRは同一であっても異なっていても良い。
【0021】
金属原子Mは周期律表において2A族、2B族、3B族の金属より選ばれる。これらの金属原子を用いることで難燃性が高くなる。中でもアルミニウム、カルシウム、マグネシウム、亜鉛を用いると化合物中のリン原糸含有量が多くなり好ましい。また、アルミニウムおよび亜鉛を用いると難燃性が向上するためより好ましい。更に、亜鉛を用いるとホスフィン酸金属塩の融点が低下しポリマー中へ微分散しやすくなることから、リン化合物の表面積が向上し難燃性が向上する傾向にあり、繊維強度が向上するため更に好ましい。
【0022】
このようなホスフィン酸金属塩として、構造式(1)を満足すれば特に限定されないが、ジメチルホスフィン酸、ジエチルホスフィン酸、メチルエチルホスフィン酸、ジフェニルホスフィン酸、ジブロピルホスフィン酸の金属塩が挙げられる。中でも、ジメチルホスフィン酸アルミニウム、ジエチルホスフィン酸アルミニウム、ジエチルホスフィン酸亜鉛が好適に用いられる。更に、ジエチルホスフィン酸亜鉛は融点が220℃であり、ポリエステルと混合するとより微分散するため表面積が大きくなり難燃性が向上する傾向にあることから特に好ましい。
【0023】
本発明のホスフィン酸金属塩は平均粒径が1μm以下であることが好ましい。繊維中に含まれるホスフィン酸金属塩の平均粒径が1μm以下とすることで繊維の強度が低下しにくい傾向となったり、ホスフィン酸金属塩の表面積が大きくなることから難燃性が向上する傾向にある。より好ましくは0.7μm以下である。
【0024】
ホスフィン酸金属塩の平均粒径を1μm以下とする方法については特に限定されない。
【0025】
例えば、ジエチルホスフィン酸アルミニウムのように融点を有しないホスフィン酸金属塩では、予め粉砕し平均粒径を1μm以下とした微細粉末をポリエステルに添加し、繊維化することか挙げられる。
【0026】
また、例えばジエチルホスフィン酸亜鉛のように融点を有するホスフィン酸金属塩では、ポリエステルに分散させる前の平均粒径が1μmを超える粒子であってもポリエステルの溶融紡糸工程に配合して繊維中に微分散させ平均粒径を1μm以下にすることができる。
【0027】
繊維中のホスフィン酸金属塩の平均粒径は、繊維断面を透過型電子顕微鏡で観察し、繊維中のホスフィン酸金属塩の粒径を測定することができる。
【0028】
本発明のホスフィン酸金属塩はリン元素換算で0.1〜2.5重量%含有していることを特徴としている。
【0029】
ホスフィン酸金属塩がリン元素換算で0.1重量%未満では難燃性を得ることができない。難燃性を得るためにはホスフィン酸金属塩がリン元素換算で0.3重量%以上が好ましく、0.5重量%以上が更に好ましい。
【0030】
また、ホスフィン酸金属塩がリン元素換算で2.5重量%を越えると繊維の強度が低下し実用化することができない。実用可能な繊維強度を得るためにはホスフィン酸金属塩がリン元素換算で2.2重量%以下であることが好ましく、2.0重量%以下であることが更に好ましい。
【0031】
本発明のポリエステル繊維は分解開始温度が400℃以下の窒素化合物を有していることを特徴としている。
【0032】
本発明の窒素化合物は、化合物中に窒素元素を有している化合物のことである。窒素化合物に窒素元素を有していればよいが、化合物中の窒素元素の含有量が多いほうが好ましく、窒素元素として20重量%以上の窒素化合物が好ましい。
【0033】
本発明の窒素化合物は、分解開始温度が400℃以下であることを特徴としている。400℃以下とすることで燃焼時に不活性ガスが効率的に発生し難燃性の高いポリエステル繊維とすることができる。
【0034】
ここで、不活性ガスとは科学的に不活性であるか、または空気と混合しても燃焼しないガスのことである。具体的には例えば窒素ガス、炭酸ガス、アンモニアガス、シアン酸ガス、シアン酸アンモニウムガスなどが挙げられる。
【0035】
窒素化合物の分解開始温度400℃より高いと、燃焼時に不活性ガスを効率的に発生させることができないため難燃性が低下する。窒素化合物の分解開始温度を400℃以下とすることで不活性ガスを効率的に発生させることができる。更に、リン化合物による炭化作用が促進され高い難燃性を発現する。
【0036】
分解開始温度とは、TG−DTA(示差熱重量同時測定)などで測定される一定の昇温速度で過熱した際に化合物が1重量%減量する温度のことである。
【0037】
このような窒素化合物は特に限定されないが、例えばメラミンシアヌレート、アゾジカルボンアミド、ジニトロソペンタメチレンテトラミンや、ビステトラゾール・ジアンモニウム、ビステトラゾール・ピペラジンなどのテトラゾール系化合物などが挙げられる。難燃性、分解開始温度の観点からはメラミンシアヌレート、アゾジカルボンアミド、テトラゾール系化合物が好ましく、メラミンシアヌレート、テトラゾール系化合物がより好ましい。
【0038】
本発明の窒素化合物の分解開始温度は400℃以下であれば特に限定されないが、加熱を伴う加工を行うときには、その加熱加工温度よりも窒素化合物の分解温度が高いことが好ましい。窒素化合物の分解開始温度が加熱加工温度よりも低い場合には、加熱加工による熱により窒素化合物が分解し難燃性が低下する傾向にある。
【0039】
溶融混練などによりポリマー中に窒素化合物を混練するときにはポリマーの溶融加工温度よりも高いことが好ましく、例えばポリエチレンテレフタレートに溶融混練するときには窒素化合物の分解開始温度は300℃以上であることが好ましい。
【0040】
繊維の後加工などで窒素化合物を含浸または表面に付着させる場合には150℃以上の分解開始温度が好ましい。
【0041】
本発明の窒素化合物は繊維に対し窒素元素量を0.5〜7.5重量%有していることを特徴としている。窒素元素量が0.5重量%未満では難燃効果を発現しない。また、窒素元素量が7.5重量%を越えると繊維強度が低下したり、得られた布帛の風合いが硬くなるなどの物性低下となり実用化できない。繊維に対する窒素元素量は1.0〜6.0重量%が好ましく、1.5〜5.0重量%が難燃性、繊維特性の観点からより好ましい。
【0042】
本発明の窒素化合物は、平均粒径が5μm以下であることが好ましい。窒素化合物の分解や気化は粒子の表面より進行する。そのため、窒素化合物の平均粒径を小さくすることで窒素化合物の分解や気化がしやすくなり難燃性が向上する傾向にある。より好ましくは1μm以下であり、0.7μm以下にすると更に好ましい。
【0043】
本発明の難燃ポリエステル繊維でもっとも特徴的なのは、窒素化合物が繊維の横断面における外層の成分Bの窒素元素量(X)と、内層の成分Bの窒素元素量(Y)の比(Y/X)が0.1以下であることである。
【0044】
ここで、繊維横断面の外層、内層とは、繊維横断面の外接円の中心から繊維表面の長さをrとし、中心からr/2より外側を外層、中心からr/2以内を内層とする。
なお、外層には繊維表面の付着も含まれる。
【0045】
本発明の窒素元素量の比率(Y/X)が0.1以下であるとは、繊維の外層に窒素化合物が多く存在していることを意味する。即ち、繊維の外層に窒素化合物を多く存在させることにより窒素化合物の分解・気化により発生する不活性ガスを効率的に繊維表面に拡散させることができ、難燃効果を発現することができる。
【0046】
窒素元素量の比率(Y/X)が0.1より大きいと窒素化合物より発生する不活性ガスが効率的に繊維表層より拡散しないため難燃性が得られない。
【0047】
窒素元素量の比率(Y/X)は、0.05以下が好ましく、より好ましくは0である。窒素元素量の比率(X/Y)が0とは、窒素化合物が外層にのみ存在することを意味し、不活性ガスが最も効率的に発生するため難燃性は最大となる。
【0048】
本発明の窒素元素量の比率とするためには、鞘成分に窒素化合物を溶融混練した芯鞘複合繊維とする方法、窒素化合物を後加工により本発明の窒素化合物をホスフィン酸金属塩を含有したポリエステル繊維に吸尽させる方法が挙げられる。
【0049】
芯鞘複合繊維の製造方法としては、本発明の窒素化合物を含有した鞘成分のポリマーと窒素化合物を有しない芯成分のポリマーを複合紡糸することで得ることができる。ここで、ホスフィン酸金属塩については芯成分および鞘成分のどちらか一方または両方に含有していることが必要となる。芯鞘複合繊維の複合比率(芯/鞘)は1/3以上であることで難燃性が向上する傾向にあり好ましい。この比率とすることで外層部分に窒素化合物を多く含有させることができる。より好ましくは芯鞘複合比率(芯/鞘)を1/2以上、更に好ましくは1/1以上である。
【0050】
本発明の窒素化合物をホスフィン酸金属塩を含有したポリエステル繊維に吸尽させる方法としては、浴中処理法、パッド・ドライ/キュアー法などを用いることができる。
【0051】
浴中処理とは微分散させた窒素化合物の分散液中で、100℃以上の温度でポリエステルに吸尽処理する方法である。また、染色浴中に窒素化合物を投入し、染色と同時に行うこともできる。その場合、ポリエステル繊維への吸尽効率を考慮し、本発明の窒素化合物の窒素元素量がポリエステル繊維に対して0.5〜7.5重量%吸尽されるように投入量を調整する。その他、通常の染色に使用される染料、pH調整剤、均染剤など適宜添加する。浴中処理における処理温度は100℃以上とすることが好ましい。100℃以上とすることで本発明の窒素化合物を十分に付与できる傾向にある。
【0052】
パッド・ドライ/キュアー法とは本発明の窒素化合物の分散液にポリエステル繊維を浸漬/マングルで脱液した後、100℃以上で乾燥し、その後150℃以上で求人する方法を用いることができる。本発明の窒素化合物の均一付与の観点から、浸漬/マングルで脱液した後、100〜120℃の温度で乾燥し、その後、170〜200℃の温度で10〜180秒間の熱処理を行うのが好ましい。窒素化合物の脱落防止のため、アクリル、ウレタン、シリコーン、メラミンなどのバインダーを用いることが好ましい。ウレタンバインダー、メラミンバインダーを用いると難燃性が向上する傾向にあり更に好ましい。また、バインダーの固形分が分解開始温度400℃以下の窒素化合物である場合、繊維表面に付着しているバインダーも本発明の窒素化合物に含まれる。
【0053】
本発明の窒素化合物は、表面をシリカや脂肪酸などでコーティングされていたり、マイクロカプセル化したものでも良い。
【0054】
本発明のポリエステル繊維とは、ポリエステルを主たる成分とした繊維をいい、具体的にはポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリ乳酸が挙げられる。中でも、ポリエチレンテレフタレートは本発明の効果が効率的に発現することから好適に用いられる。
【0055】
本発明のポリエステル繊維は、総繊度が10〜1000dtexの短繊維、長繊維であり、モノフィラメントまたはマルチフィラメントを問わない。
【0056】
本発明のポリエステル繊維の繊維断面形状は丸形、異形でもよく、また繊維構造物の形態は不織布、織物、編物であってもよい。
【0057】
本発明の難燃性ポリエステル繊維には目的とする繊維の強度や難燃性を損なわない限り、抗菌剤、消臭剤、紫外線吸収剤、静電剤、難燃剤、例えばシリコーン化合物、リン化合物、有機化粘土、金属水酸化物、無機粒子などを添加しても良い。
【0058】
ポリエステル繊維の製造方法としては、本発明は製造工程の影響を特に受けるものではないので、既知のポリエステル重合工程、製糸工程、延伸工程を採用できる。例えば重合工程では固相重合、連続重合など、製糸工程では高速紡糸、複合紡糸など、延伸工程では製糸工程と延伸工程を連続で行う方法なども可能である。
【0059】
繊維構造物の製造方法としても、本発明は製造工程の影響を特に受けるものではないため、既知の製造方法により必要とされる繊維形態とすれば良い。
【実施例】
【0060】
以下に本発明を実施例で具体的に説明する。
【0061】
なお、各物性の評価方法は以下に示す方法によりそれぞれ測定した。
(1)リン元素含有量(P量[重量%])
繊維7gを溶融させ、直径3.5cm×厚さ4〜6mmの円盤状サンプルを作成した。そのサンプルに対し、蛍光X線分析装置(ZSX400 株式会社リガク製)を用いてリン元素の含有量を測定した。
(2)窒素元素量(N量[重量%])
繊維構造体を1g採取しJIS K 0102:2008 44.1に準じたゲルダール法により前処理を行い、JIS K 0102:2008 44.3に準じた中和滴定法により窒素元素量を測定した。
(3)ホスフィン酸金属塩および窒素化合物の粒径測定
単繊維を3本選択し、その繊維の横断面を透過型電子顕微鏡により5000倍〜20000倍の範囲で観察した。粒子の一方向の最大径Xと該一方向に対して垂直方向の最大径Yの平均値を粒径とし、20個以上の粒子から粒径を測定し、その平均値を平均粒径とした。
手法 :超薄切片法
観察装置:透過型電子顕微鏡(H800 株式会社日立ハイテクノロジーズ製)
超薄切片作製装置:ウルトラミクロトーム(MT6000型 Sorvall社製)
切断方向:横断(繊維断面方向)
粒径測定:画像解析ソフト(WinRooF5.0 三谷商事株式会社製)
(4)外層と内層における窒素化合物の窒素元素量比率(Y/X)
30g/lの水酸化ナトリウム水溶液1リットルに繊維構造体50gを投入し、繊維直径が50%となるまで98℃で減量処理し、処理液Aを採取した(処理液A)。
【0062】
新たに30g/lに調整した水酸化ナトリウム水溶液1リットルに減量処理した繊維構造体を投入し、繊維が完全に分解するまで98℃で加熱処理し、処理液Bを採取した。
【0063】
処理液Aおよび処理液Bの窒素元素濃度をJIS K 0102:2008 45.2(紫外線吸収法)に準じて測定した。
【0064】
これらの濃度を次式を用いて窒素元素量比(Y/X)を求めた。
【0065】
Y/X=[処理液Bの窒素元素濃度]/[処理液Aの窒素元素濃度]
なお、処理液中の窒素元素濃度はJIS K 0102:2008 45.2に準じて行った。
(5)繊維強度および伸度の測定
テンシロン引張試験機(TENSIRON UCT−100 オリエンテック社製)を用い、初期試料長200mm、引張速度200mm/分で破断強度(以下、繊維強度と表記)と残留伸度(以下、伸度と表記)を測定し、5回測定した平均値をそれぞれの測定値とした。
(6)燃焼性試験
評価する繊維構造物を、長さ100mm、質量1gの試験片を作成し、JIS L 1091 D法に準じて評価した。このとき、試料を全て燃焼させるまでに要した接炎回数を評価した。接炎回数は3回以上を合格とした。
【0066】
また、実施例で用いた原料は以下に示したものを使用した。
(1)ポリエステルチップ
公知の方法により得られた固有粘度0.65のポリエチレンテレフタレートのペレットを乾燥温度150℃、真空下で10時間乾燥したものを用いた。
(2)ホスフィン酸金属塩
ホスフィン酸金属塩は次のものを使用した。
【0067】
ジエチルホスフィン酸亜鉛:クラリアント社製 Exolit OP950を用いた。
【0068】
ジエチルホスフィン酸アルミニウム:クラリアント社製 Exolit OP935(平均粒径3μm)を用いた。また、平均粒径0.6μmとするために必要に応じて粉砕処理を行い用いた。
【0069】
ジエチルホスフィン酸カルシウム:ジエチルホスフィン酸と水酸化カルシウムより合成した。
(3)窒素化合物
メラミンシアヌレートはSTABIACE MC−2010N(堺化学工業株式会社社製、平均粒径1.2μm、分解開始温度360℃)、STABIACE MC−5F(堺化学工業株式会社社製、0.5μm、分解開始温度360℃)を用いた。また、粒径の大きな5μm、10μmのメラミンシアヌレートはメラミンとシアヌル酸から合成したもの(分解開始温度360℃)を用いた。
【0070】
アゾジカルボンアミドはセルマイクC−2(三協化成株式会社製 平均粒径3μm 分解開始温度200℃)を用いた。
【0071】
ジニトロソペンタメチレンテトラミンはセルラーD(永和化成工業株式会社製 平均粒径3μm 分解開始温度200℃)を用いた。
【0072】
ビステトラゾール・ジアンモニウムはセルテトラBHT−2NH(永和化成工業株式会社製、平均粒径3μm 分解開始温度350℃)

実施例1
ポリエステルチップ94重量%およびジエチルホスフィン酸亜鉛6重量%を285℃に加熱されたニーディングゾーンが2箇所有したベント式2軸混練押出機に供給して、せん断速度100sec−1、滞留時間1分にて溶融押出した。混練時の樹脂温度は285℃であった。混練機より冷水中にストランド状に吐出、直ちにカッティングしてジエチルホスフィン酸アルミニウムを含有したポリエチレンテレフタレートチップ(ポリマーA)を得た。
【0073】
ポリエステルチップ84重量%、ジエチルホスフィン酸亜鉛6重量%およびメラミンシアヌレート10重量%を285℃に加熱されたニーディングゾーンが2箇所有したベント式2軸混練押出機に供給して、せん断速度100sec−1、滞留時間1分にて溶融押出した。混練時の樹脂温度は285℃であった。混練機より冷水中にストランド状に吐出、直ちにカッティングしてジエチルホスフィン酸アルミニウムおよびメラミンシアヌレートを含有したポリエチレンテレフタレートチップ(ポリマーB)を得た。
【0074】
次に、ポリマーAを芯成分、及びポリマーBを鞘成分に用い、複合紡糸を行った。各ポリマーを事前に真空乾燥機で150℃、10時間、2Torrで乾燥した後、それぞれ別々に溶融し、公知の複合紡糸機を用いて、所定の芯鞘複合比50/50、紡糸温度290℃、紡糸速度3000m/分、口金口径0.23mm−24H(ホール)、吐出量40g/分の条件で紡糸を行い、未延伸糸を得た。次いで、加工速度400m/分、延伸温度90℃、セット温度150℃の条件で、得られる延伸糸の繊度が85dtex−24フィラメントになるような延伸倍率で延伸を行い、延伸糸を得た。
【0075】
延伸糸のリン元素含有率は1.2重量%、窒素元素量は2.4重量%、繊維強度2.6cN/dtex、伸度34%であった。
【0076】
得られた延伸糸を筒編み機で目付け100g/mの編物の繊維構造物を作製し、外層と内層の窒素元素量を測定した結果、外層と内層の比(Y/X)は0であった。難燃性の評価方法を行った結果、接炎回数5回以上であり難燃性を有した繊維であった。結果を表1に示す。
実施例2〜7、比較例1
ジエチルホスフィン酸亜鉛の量を変更した以外は実施例1と同様にして行った。結果を表1に示す。
比較例2
ジエチルホスフィン酸亜鉛を添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして行った。結果を表1に示す。
【0077】
【表1】

【0078】
実施例8〜11
ジエチルホスフィン酸亜鉛をジエチルホスフィン酸アルミニウム、ジエチルホスフィン酸カルシウムに変更した以外は実施例1と同様にして行った。結果を表2に示す。
実施例12
ポリマーBのメラミンシアヌレートの添加量を6.2重量%とし、芯鞘複合比20/80とした以外は実施例1と同様にして行った。結果を表2に示す。
実施例13
ポリマーBのメラミンシアヌレートの添加量を7.5重量%とし、芯鞘複合比35/65とした以外は実施例1と同様にして行った。結果を表2に示す。
実施例14
ポリマーBのメラミンシアヌレートの添加量を25重量%とし、芯鞘複合比80/20とした以外は実施例1と同様にして行った。結果を表2に示す。
比較例3
ポリマーBのメラミンシアヌレートの添加量を5.3重量%とし、芯鞘複合比6/94とした以外は実施例1と同様にして行った。結果を表2に示す。
【0079】
【表2】

【0080】
実施例15、比較例4
メラミンシアヌレートの添加量を変更した以外は実施例1と同様にして行った。結果を表3に示す。
実施例16、17
メラミンシアヌレートの平均粒径を変更した以外は実施例1と同様にして行った。結果を表3に示す。
【0081】
【表3】

【0082】
実施例18
ポリエステルチップ94重量%およびジエチルホスフィン酸亜鉛6重量%を285℃に加熱されたニーディングゾーンが2箇所有したベント式2軸混練押出機に供給して、せん断速度100sec−1、滞留時間1分にて溶融押出した。混練時の樹脂温度は285℃であった。混練機より冷水中にストランド状に吐出、直ちにカッティングしてジエチルホスフィン酸アルミニウムを含有したポリエチレンテレフタレートチップ(ポリマーA)を得た。
【0083】
次に、ポリマーAを単独で紡糸を行った。各ポリマーを事前に真空乾燥機で150℃、10時間、2Torrで乾燥した後、紡糸機を用いて、紡糸温度290℃、紡糸速度3000m/分、口金口径0.23mm−24H(ホール)、吐出量40g/分の条件で紡糸を行い、未延伸糸を得た。次いで、加工速度400m/分、延伸温度90℃、セット温度150℃の条件で、得られる延伸糸の繊度が85dtex−24フィラメントになるような延伸倍率で延伸を行い、延伸糸を得た。
【0084】
得られた延伸糸を筒編み機で目付け100g/mの編物の繊維構造物を作製した。得られた繊維構造物を、炭酸ナトリウム2.0g/L、界面活性剤0.2g/L(グランアップUS20 三洋化成工業株式会社)を含む水溶液で60℃−30分の条件で精練した。
【0085】
水100重量部に対して、原料時点での粒径がそれぞれ異なる成分Bを7重量部、ウレタンバインダーを4重量部添加した処理液に繊維構造物を浸した後、接着面に0.2MPaの圧力をかけながら回転する2対のローラー(マングル)の間を通して余剰の処理液を絞り落とした。その後、ピンテンターを用いて110℃×90秒で繊維構造物を乾燥し、ピンテンターで170℃×120秒の加熱処理を行い、難燃性ポリエステル繊維を得た。
【0086】
外層と内層の窒素元素量を測定した結果、外層と内層の比(Y/X)は0であった。難燃性の評価方法を行った結果、接炎回数5回以上であり難燃性を有した繊維であった。結果を表4に示した。
実施例19〜24、比較例5
ジエチルホスフィン酸亜鉛の添加量を変更した以外は実施例15と同様にして行った。結果を表4に示す。
比較例6
ジエチルホスフィン酸亜鉛を添加しなかった以外は実施例15と同様にして行った。結果を表4に示す。
【0087】
【表4】

【0088】
実施例25〜28
ジエチルホスフィン酸亜鉛をジエチルホスフィン酸アルミニウム、ジエチルホスフィン酸カルシウムに変更した以外は実施例1と同様にして行った。結果を表5に示す。
実施例29、比較例7
メラミンシアヌレートの量を変更した以外は実施例16と同様にして行った。結果を表5に示す。比較例10に示したメラミンシアヌレートの量を変更し窒素化合物量が窒素元素換算で10重量%付着したものは繊維強度や難燃性は良好であるが、繊維構造物が硬く実用することができなかった。
実施例30、31
メラミンシアヌレートの平均粒径を変更した以外は実施例15と同様にして行った。結果を表5に示す。
【0089】
【表5】

【0090】
実施例32〜34
メラミンシアヌレートをアゾジカルボンアミド、ジニトロソペンタメチレンテトラミン、ビステトラゾール・ジアンモニウムに変更した以外は実施例15と同様にして行った。結果を表6に示す。
【0091】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明によれば、ハロゲンを含まず、衣料用途、非衣料用途、産業用途などで好適に用いることができる難燃性ポリエステル繊維を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式(1)で表されるホスフィン酸金属塩(成分A)と分解開始温度が400℃以下の窒素化合物(成分B)とを有するポリエステル繊維であって、成分Aに基づくリン元素の含有量が繊維全体の0.1〜2.5重量%であり、成分Bに基づく窒素元素量が繊維全体の0.5〜7.5重量%であり、繊維の横断面における外層の成分Bの窒素元素量(X)と、内層の成分Bの窒素元素量(Y)の比(Y/X)が0.1以下であることを特徴とする難燃性ポリエステル繊維。
[ここで、繊維横断面の外層、内層とは、繊維横断面の外接円の中心から繊維表面の長さをrとし、中心からr/2より外側を外層、中心からr/2以内を内層とする]
【化1】

[式中、RおよびRは炭素数6以下の有機基であり、Mは金属原子である。nはMのイオン価数に等しい数である。]
【請求項2】
成分Aがホスフィン酸アルミニウム塩、ホスフィン酸亜鉛塩の少なくとも一種であることを特徴とする請求項1に記載の難燃性ポリエステル繊維。
【請求項3】
成分Aの平均粒径が1μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の難燃性ポリエステル繊維。
【請求項4】
成分Bがメラミンシアヌレート、アゾジカルボンアミド、ジニトロソペンタメチレンテトラミン、テトラゾール系化合物のいずれかであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の難燃性ポリエステル繊維。
【請求項5】
成分Bの平均粒径が5μm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の難燃性ポリエステル繊維。

【公開番号】特開2010−275652(P2010−275652A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−128021(P2009−128021)
【出願日】平成21年5月27日(2009.5.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】