説明

難燃性湿式不織布とその製造方法

【課題】PPS繊維と防炎レーヨン繊維とからなる緻密な湿式不織布であって、難燃性を有して着炎しても孔が開かず、更に着炎したときの熱に曝されても不織布の収縮が極めて小さい難燃性湿式不織布を提供する。
【解決手段】難燃性湿式不織布は、ポリフェニレンサルファイド繊維と防炎レーヨン繊維とからなる湿式不織布であって、前記ポリフェニレンサルファイド繊維の少なくとも一部が前記防炎レーヨン繊維と融着して結合しており、0.3〜1.2g/cmの範囲内にある見掛け密度を有する湿式不織布である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンサルファイド繊維と防炎レーヨン繊維とからなる難燃性湿式不織布(混抄紙)とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
耐熱性と耐薬品性に優れているポリフェニレンサルファイド繊維(以下、PPS繊維と称することがある。)は、高機能繊維として用途が拡大しており、具体的に、高温のガス集塵に用いるフィルター、工業製品の乾燥工程に使用するドライヤー用カンバス、およびオフィス用コピー機のロール拭き取り材などの用途に用いられており、今後も適用用途の広がりを見せるとされる。
【0003】
PPS繊維が用途を拡大しつつある中で、PPS繊維が融点を有し285℃の温度で溶融するという特徴があるため、非溶融性が必要な防炎素材としての適用はなされていない。それは、PPS繊維は着炎すると繊維が溶融して孔が開き、炎が貫通する性質を有するからである。
【0004】
一般的な技術として、着炎しても孔が開かない性質を付与するために、繊維自体に後加工を施して難燃化する技術が存在する。後加工による繊維の難燃化技術としては、チタン、ジルコニウム化合物および有機リン化合物等に代表される難燃剤を繊維そのものに固着させる手法が知られている。しかしながら、後加工による難燃化技術では難燃剤の脱落が生じやすく、更なる改良が求められている。
【0005】
また、昨今では、繊維形成性ポリマーに難燃剤を練り込んでポリマーを改質し、しかる後に紡糸し繊維化する手法も採用されるが、難燃剤を練り込んでPPSポリマーを改質する手法については、製造方法の困難さから実用化に到っていない。
【0006】
一方で、PPS繊維以外の他の繊維素材に着目すると、レーヨン繊維に代表されるセルロース繊維は天然素材として広く活用されているが、セルロース繊維は非常に燃えやすいために難燃化する技術が必須である。このことから、セルロース中に難燃成分を混合し、しかる後に紡糸し繊維化する技術が提案されている(特許文献1参照。)。この提案では、難燃剤として珪素やマグネシウム成分を選択的に使用することにより、着炎してもハロゲン元素に由来する有害物質の発生が無い防炎レーヨン繊維を提供できるとしている。
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の提案で用いられる防炎レーヨン繊維で不織布を構成して燃焼試験をすると、確かに着炎して孔が開かないことから好ましい手段であるが、不織布全体が収縮して原型を留めないという課題がある。すなわち、この提案では、防炎レーヨン繊維自体が溶融しないので、不織布に着炎しても孔は開かないが、防炎レーヨン繊維同士の接合が弱いために、着炎時の熱で大きく収縮するという課題があった。
【0008】
また、PPS繊維と難燃化されたレーヨン繊維を組み合わせて使用する方法が提案されている(特許文献2参照。)。この方法は、PPS繊維と難燃レーヨン繊維の混合不織布に、難燃剤とバインダーを有する接着剤を用いて接着させるものであり、層間剥離の無い難燃不織布を提供するものである。
【0009】
しかしながら、特許文献2に記載の手法では、接着剤を用いて不織布を接着させており、特にガラス転移温度が40℃以下のバインダーが好ましいとしていることと、更には、不織布の見掛け密度を0.25g/cmより低く設計することにより、接着剤の内部侵入が達成できるとしている。すなわち、この提案では、ガラス転移温度の低い接着成分を必要とするので難燃不織布全体で見ると耐熱性が悪くなり、かつ、見掛け密度を0.25g/cmよりも高く設計し緻密な難燃不織布を提供できるものではなかった。
【0010】
また、別の技術として、PPS繊維からなる密度の高い不織布が提案されている(特許文献3参照。)。この提案は、PPS繊維の中途配向繊維をPPS繊維の配向繊維と混合し、中途配向繊維の軟化点以上の温度で熱処理することにより、中途配向繊維が大きく熱収縮して不織布が高密度化するとともに、中途配向繊維が軟化して不織布を構成する単繊維を部分的に接着せしめるものである。
【0011】
しかしながら、この方法で得られる不織布は、高密度化しているものの、PPS繊維単独で形成されることから着炎時には溶融して孔が開き、炎が貫通するという課題は解決できないものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第4094052号公報
【特許文献2】特開2009−120992号公報
【特許文献3】特開昭63−243364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そこで本発明の目的は、上記従来技術のもつ課題に鑑み、PPS繊維と防炎レーヨン繊維とからなる緻密な湿式不織布であって、難燃性を有して着炎しても孔が開かず、更に着炎したときの熱に曝されても不織布の収縮が極めて小さい難燃性湿式不織布を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記目的を達成せんとするものであり、本発明の難燃性湿式不織布は、PPS繊維と防炎レーヨン繊維とからなる湿式不織布であって、前記ポリフェニレンサルファイド繊維の少なくとも一部が前記防炎レーヨン繊維と融着して結合しており、0.3〜1.2g/cmの範囲内にある緻密な見掛け密度を有することを特徴とするものである。
【0015】
本発明の難燃性湿式不織布の好ましい態様によれば、前記のポリフェニレンサルファイド繊維の少なくとも一部は、未延伸ポリフェニレンサルファイド繊維を含み、該未延伸ポリフェニレンサルファイド繊維と前記の防炎レーヨン繊維とが融着して結合していることである。
【0016】
本発明の難燃性湿式不織布の好ましい態様によれば、前記の防炎レーヨン繊維は、湿式不織布を構成する繊維全体の35〜90重量%を占めることである。
【0017】
本発明の難燃性湿式不織布の好ましい態様によれば、前記の防炎レーヨン繊維は、珪素またはマグネシウムを含み、かつ、ハロゲン原子または燐原子を含まないことである。
【0018】
本発明の前記の難燃性湿式不織布は、前記の未延伸ポリフェニレンサルファイド繊維と前記の防炎レーヨン繊維とを混合して抄紙加工し、しかる後に加熱・加圧加工を施すことにより製造される。
【発明の効果】
【0019】
防炎レーヨン繊維単独で構成される不織布等の布帛は接炎時に溶融しない特徴を有するが、接炎時の熱で収縮するという問題があった。これに対し、本発明によれば、PPS繊維と防炎レーヨン繊維とをPPS未延伸糸の融着で結合させ、特定の高い見掛け密度に設計した湿式不織布とすることにより、接炎時にも孔が開かず、尚且つ熱による収縮も同時に抑制することが可能な難燃性湿式不織布が得られる。また、防炎レーヨン繊維がハロゲン原子や燐原子を含まず、PPS繊維も同様の原子を含まないことから、接炎時にダイオキシンなどの有毒ガス発生を抑制することができる効果も奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、実施例1で得られた湿式不織布の燃焼試験後の外観を示す図面代用写真である。
【図2】図2は、比較例1で得られた湿式不織布の燃焼試験後の外観を示す図面代用写真である。
【図3】図3は、実施例2で得られた湿式不織布の燃焼試験後の外観を示す図面代用写真である。
【図4】図4は、比較例2で得られた湿式不織布の燃焼試験後の外観を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者らは、PPS繊維を用いてなる不織布において、難燃性能を有して着炎時に孔が開かない難燃不織布とするには防炎レーヨン繊維との混抄で改善することを見出した。本発明者らは、更に、防炎レーヨン繊維単独の紙であったり、PPS繊維と防炎レーヨン繊維とを単純に混合しただけの湿式不織布では着炎時の収縮が大きいという問題点に着目し、かかる問題が、湿式不織布を構成する繊維同士の結合が弱いことや湿式不織布の密度が大きいことに起因するため、未延伸PPS繊維を融着させて防炎レーヨン繊維と結合することで解決することを見出し、本発明に到達した。
【0022】
すなわち、本発明の難燃性湿式不織布は、PPS繊維と防炎レーヨン繊維とからなる湿式不織布であって、前記ポリフェニレンサルファイド繊維の少なくとも一部が前記防炎レーヨン繊維と融着して結合しており、0.3〜1.2g/cmの範囲内にある見掛け密度を有する湿式不織布である。
【0023】
本発明で規定する難燃性の定義は、JIS L 1091(1999)のA−1法に規定される45°ミクロバーナ試験法において孔が開かず、試験後の湿式不織布が収縮しないことを意味する。孔が開かないということは、すなわち、着炎しても十分な難燃性能を有しており、繊維が溶融して脱落しないことを意味し、また収縮しないとは、着炎時の熱によって湿式不織布が収縮しないことを意味する。
【0024】
更に好ましくは、上記の試験において、孔が開かずに収縮もせず、なおかつ、難燃試験の結果が区分「3」に分類できることである。区分「3」では、1分の加熱もしくは着炎した後において残炎時間が3秒以下であり、燃焼面積も30cm以下であることから、実質的に炎の延焼が継続しない性質を意味する。
【0025】
本発明の難燃性湿式不織布の見掛け密度は、0.3〜1.2g/cmの範囲内にあることが必要である。見掛け密度が0.3g/cmより小さいと構成する繊維同士の空隙が多く、繊維同士も密着していないことから、着炎したときの熱で容易に収縮が発生するので問題であるし、構成繊維の本数そのものも少ないので、本発明で目的としている難燃性能を有しない。また、見掛け密度が1.2g/cmより大きいと、構成繊維の密着性や緻密さは高くなるが、湿式不織布の剛性が高くなり、絶縁資材として組み込むときの追従性と装着性が損なわれる。
【0026】
本発明で用いられるPPS繊維とは、ポリマー構成単位の90モル%以上が−(C−S)−で構成されるフェニレンサルファイド構造単位を含有する重合体からなる合成繊維である。
【0027】
本発明で用いられるPPS繊維は、湿式不織布に使用するために、その繊維長が2〜38mmの範囲内であることが好ましい。繊維長が2〜38mmの範囲内であれば、抄紙用の原液に均一に分散が可能となり、抄紙した後の湿式不織布が十分な引張強力を有する。また、PPS繊維の太さについても、抄紙用の原液に繊維が凝集せずに均一分散できることから、単繊維繊度は0.1〜10.0dtexの範囲内にあるものが好ましい。
【0028】
本発明で用いられるPPS繊維の製造方法は、上述のフェニレンサルファイド構造単位を有するポリマーをその融点以上で溶融し、紡糸口金から紡出することにより繊維状にするものである。紡出された繊維は、その大部分が非晶構造で寸法安定性が乏しいので、熱延伸して配向させることにより繊維の強力を向上させ、市販のPPS繊維とされる。市販品としては“トルコン”(登録商標)(東レ社製)、“プロコン”(登録商標)(東洋紡社製)など、複数のPPS繊維が流通している。
【0029】
また、本発明で用いられる防炎レーヨン繊維は、レーヨンに難燃剤を練り込んで構成されるものであり、この防炎レーヨン繊維も繊維長が2〜38mmの範囲内であることが好ましい。繊維長の好ましい範囲については、PPS繊維の場合と同様の理由である。
【0030】
本発明で用いられる防炎レーヨン繊維の単繊維繊度は、抄紙用の原液に十分に分散し、尚且つ十分な紙力を得るために、1.0〜10.0dtexの範囲内にあるものが好ましい。
【0031】
本発明で用いられる防炎レーヨン繊維の製造方法は、ビスコース原液(セルロース、苛性ソーダおよび二硫化炭素の混合体)と、珪酸ソーダに代表される珪素含有物、あるいは、硫酸マグネシウムに代表されるマグネシウム含有物を混合し、紡糸口金から紡出することにより繊維状にするものである。ダイワボウレーヨン社などから、“DFG”(登録商標)や“FR CORONA”(登録商標)として市販されている。
【0032】
また、本発明の難燃性湿式不織布においては、PPS繊維の一部が未延伸のPPS繊維を含み、その未延伸のPPS繊維と防炎レーヨン繊維とが融着して結合していることが重要である。未延伸のPPS繊維とは、その大部分が非晶構造で構成される繊維であって、120〜140℃程度の低い温度で処理することにより軟化し、バインダーとしての機能を奏するものである。
【0033】
本発明で用いられる未延伸糸は、その紡糸口金から特定の速度で引き取った繊維であって、実質的な延伸がなされていない糸である。特定の引き取り速度は、500〜7,000m/分の範囲が、異常糸の発生が少ないことから好適に採用される。このようにして得られた未延伸糸は、好適には3〜7倍の延伸倍率で熱延伸して配向することにより、3.0cN/dtex以上の強度を有する市販の延伸糸となる。
【0034】
このような未延伸のPPS繊維と防炎レーヨン繊維とを混合した湿式不織布において、上述の120〜140℃程度の低温で熱処理することにより未延伸のPPS繊維と防炎レーヨン繊維とが融着して結合し、繊維同士が固く結合される。このように融着による結合が存在することにより、湿式不織布に着炎したときの熱に曝されても、湿式不織布が収縮しない。
【0035】
かかる収縮が発生しないという観点から、未延伸のPPS繊維は湿式不織布全体の10〜40重量%であることが好ましい。未延伸のPPS繊維が10重量%未満では、防炎レーヨン繊維と融着して結合する点が少ないため、着炎したときの熱で湿式不織布が収縮することになる。また、未延伸のPPS繊維が40重量%を超えると、防炎レーヨン繊維の混率が減少し、着炎したときの炎で湿式不織布に孔が開いてしまう傾向がある。
【0036】
同様の理由から、防炎レーヨン繊維は、湿式不織布を構成する繊維全体の35〜90重量%であることが好ましい。防炎レーヨン繊維が35重量%未満では、着炎したときの防炎性能が十分に達成できず、湿式不織布に孔が開いてしまう傾向がある。また、防炎レーヨン繊維が90重量%を超えると、バインダーとして機能する未延伸のPPS繊維と融着して結合する点が減少し、接炎したときの熱で湿式不織布が収縮してしまうことになる。より好ましくは、防炎レーヨン繊維は湿式不織布を構成する繊維全体の50〜75重量%であり、このようにすることにより難燃性能と着炎時の形態保持性能という2つの面で特に優れている。
【0037】
本発明の難燃性湿式不織布は、湿式不織布を構成する繊維として、PPS繊維と防炎レーヨン繊維とを含むことが必要であるが、PPS繊維として未延伸のPPS繊維と延伸したPPS繊維の両方を含んでも良い。未延伸のPPS繊維は上述のとおりに防炎レーヨン繊維と融着して結合し、着炎したときの形態安定性を発揮する。一方、延伸したPPS繊維は、抄紙過程で必要な湿紙強力を発揮し、更に抄紙完了後の湿式不織布全体の引張強力を高くすることができる。
【0038】
本発明の難燃性湿式不織布を構成する繊維は、難燃性能と着炎時の形態保持性という観点から、PPS繊維と防炎レーヨン繊維との割合が25〜50:75〜50重量%が好ましく、中でもPPS繊維としては、着炎したときの形態安定性と湿式不織布全体の引張強力という両方の性能を満たすために、湿式不織布全体に占める割合としてPPS繊維の未延伸糸は5〜50重量%であることが好ましい。
【0039】
より具体的な好ましい態様は、湿式不織布を構成する各繊維比率として、防炎レーヨン繊維:PPS繊維の未延伸糸:PPS繊維の延伸糸は40〜60:10〜30:50〜10重量%である。
【0040】
また、本発明で用いられる防炎レーヨン繊維は、珪素またはマグネシウムを含み、かつ、ハロゲン原子または燐原子を含まないことが好ましい態様である。難燃剤として、チタン化合物、ジルコニウム化合物および有機リン化合物等が一般的に知られているが、中でも珪素またはマグネシウムという無機系の難燃成分を含むことが好ましい。珪素またはマグネシウムを含む防炎レーヨン繊維は、着炎しても珪素またはマグネシウムという無機成分が残留して形態を維持することから、高い難燃性能を有する。
【0041】
更にまた、難燃剤として一般的なハロゲン原子または燐原子を含まないことから、着炎してもハロゲン原子に由来する有害物質の発生が無い。またこの性質は、PPS繊維がポリマー構成単位としてハロゲンを含まないので、PPS繊維と防炎レーヨン繊維とからなる湿式不織布全体で見たときに、着炎してもハロゲン原子に由来する有害物質の発生が無いので、極めて好ましい態様である。
【0042】
本発明の難燃性湿式不織布においては、本発明の効果を妨げない範囲で、他種の繊維を混合して用いることができる。
【0043】
本発明の難燃性湿式不織布の製造方法は、未延伸のPPS繊維と防炎レーヨン繊維とを混合して抄紙加工し、しかる後に加熱・加圧工程を施すものである。未延伸のPPS繊維と防炎レーヨン繊維とを所定の割合で混合し、抄紙原液として水、分散剤および消泡剤とからなる水溶液中に分散して調整する。しかる後に、抄紙機に通じて漉きあげ抄紙とする。抄紙機は、一般的な構造のものであれば問題なく採用することができ、円網、長網および短網のいずれでも良い。得られた湿紙をベルト上に載せて、水を絞りつつ乾燥して巻き取ることにより湿式不織布とすることができる。
【0044】
本発明の難燃性湿式不織布においては、水を絞って乾燥した後に、得られた湿式不織布を加熱・加圧工程を施すことが必要である。加熱・加圧を同時に行うことにより初めて、未延伸のPPS繊維が軟化して防炎レーヨン繊維と融着して結合し、難燃性湿式不織布に着炎しても収縮しない特徴を有することになる。
【0045】
かかる加熱・加圧工程は、一対のローラー間に不織布を通すことで処理することができ、一対のローラーに用いられる材質は、鉄同士のもの、鉄とペーパーのものおよび鉄とゴムのもの等、適宜選択して用いることができる。
【0046】
加熱温度と加圧圧力は、未延伸のPPS繊維が軟化して防炎レーヨン繊維と結合する条件とすることが必要であり、80〜220℃の温度範囲と、100〜8,000N/cmの線圧範囲が好ましい。温度が80℃未満で線圧が100N/cm未満の場合、未延伸のPPS繊維が十分に軟化しない傾向がある。また、温度が220℃を超えて線圧が8,000N/cmを超える場合、湿式不織布はフィルムのように極めて緻密化し、見掛け密度が1.2g/cmより大きくなって剛性が高くなり、湿式不織布に比べて割れやすくなり、絶縁資材として組み込むときの追従性と装着性が損なわれることがある。
【0047】
本発明の湿式不織布は、モーターやトランス、セパレーター等に用いられる電気絶縁紙として利用可能であり、非溶融性能と難燃性能が同時に必要な難燃資材として利用可能である。
【実施例】
【0048】
次に実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0049】
[測定・評価方法]
(1)目付
JIS L 1906:2000に準じて、25cm×25cmの試験片を、1枚採取し、標準状態におけるそれぞれの質量(g)を量り、1m当たりの質量(g/m)で表した。
【0050】
(2)厚さ
JIS L 1906:2000で準用するJIS L 1096:1999に準じて、試料の異なる10か所について、厚さ測定機を用いて、直径22mmの加圧子による2kPaの加圧下、厚さを落ち着かせるために10秒間待った後に厚さを測定し、平均値を算出した。
【0051】
(3)難燃性能
JIS L 1091:1999のA−1法(45°ミクロバーナ法)に準じて、約250mm×約200mmサイズにサンプルをカットし、試験片支持枠にたるみの無いように挟む。これを燃焼試験箱に取り付けて1分間加熱し、残炎時間と残じん時間を測定する。次に、サンプルを試験片支持枠から外して燃焼面積を測定し、区分「1」〜「3」を判断した。
【0052】
区分「1」・・・燃焼面積(炭化面積)が45cmを超える
区分「2」・・・燃焼面積(炭化面積)が45cm以下
区分「3」・・・燃焼面積(炭化面積)が30cm以下
また試験後のサンプルについて、着炎部分に孔があるか無いかを目視で判定した。
【0053】
更に試験後のサンプルについて、ヨコ方向の収縮があるか無いか確認した。収縮のある場合には、次式で収縮率を計算した。
ヨコ方向の収縮率(%)=(試験前の幅−試験後の幅)/(試験前の幅)×100。
【0054】
(PPS繊維の未延伸糸)
未延伸のPPS繊維として、単繊維繊度3.0dtex、カット長6mmの東レ社製“トルコン”(登録商標)、品番S111を用いた。
【0055】
(PPS繊維の延伸糸)
延伸されたPPS繊維として、単繊維繊度1.0dtex、カット長6mmの東レ社製“トルコン”(登録商標)、品番S301を用いた。
【0056】
(防炎レーヨン繊維)
防炎レーヨン繊維として、単繊維繊度3.3dtex、カット長5mmのダイワボウレーヨン社製“FR CORONA”(登録商標)を用いた。
【0057】
(手漉きの抄紙機)
底に140メッシュの手漉き抄紙網を設置した大きさ25cm×25cm、高さ40cmの手すき抄紙機(熊谷理機工業社製)を用いた。
【0058】
(加熱・加圧工程)
金属ロールとペーパーロールとからなるカレンダー加工機(由利ロール社製)を使用して加熱・加圧工程を施した。
【0059】
[実施例1]
PPS繊維の未延伸糸と防炎レーヨン繊維とを表1の重量比率になるように準備し、水に分散した分散液を用いて手漉きの抄紙機で湿紙を作成し、ろ紙の上で1日、常温乾燥した。続いて温度150℃、線圧2,000N/cm、ロール回転速度5m/minで加熱・加圧し、見掛け密度が0.3g/cmの湿式不織布を得た。得られた湿式不織布は、燃焼試験での孔開きも収縮も無く、難燃性能に優れるものであった。ただし燃焼面積(炭化した面積)は広かったため、燃焼試験での区分は最も劣る「1」に分類された。結果を表1に示す。図1に、実施例1で得られた湿式不織布の燃焼試験後の外観を示す。上部の中間部分が、試験後の取扱で脱落している。
【0060】
[比較例1]
PPS繊維の延伸糸と防炎レーヨン繊維とを表1の重量比率になるように準備し、水に分散した分散液を用いて手漉きの抄紙機で湿紙を作成し、ろ紙の上で1日、常温乾燥した。続いて温度160℃、線圧3,000N/cm、ロール回転速度5m/minで加熱・加圧したが、PPS繊維の未延伸成分を含まないために緻密化せず、見掛け密度は0.1g/cmの湿式不織布を得た。得られた湿式不織布は、燃焼試験での孔開きこそ無かったが、ヨコ方向で収縮し、難燃性能は不十分であった。また、燃焼面積(炭化した面積)も広く、燃焼試験での区分は最も劣る「1」に分類された。結果を表1に示す。図2に、比較例1で得られた湿式不織布の燃焼試験後の外観を示す。上部の一部分が、試験後の取扱で脱落している。
【0061】
比較例1は、防炎レーヨン繊維とPPS繊維の延伸糸のみで、PPS繊維の未延伸糸が含まれていない。PPS延伸糸は、結晶成分が多く熱や圧力を加えても軟化し難い。従って、比較例1では加熱・加圧はしたものの、PPS延伸糸が軟化せずに防炎レーヨン繊維との融着がなく湿式不織布の厚みも薄くならなかったので、見掛け密度は0.1と低いままである。
【0062】
[実施例2]
PPS繊維の未延伸糸と延伸糸、さらに防炎レーヨン繊維とを表1の重量比率になるように準備し、水に分散した分散液を用いて手漉きの抄紙機で湿紙を作成し、ろ紙の上で1日、常温乾燥した。続いて温度170℃、線圧4,000N/cm、ロール回転速度5m/minで加熱・加圧し、見掛け密度が0.9g/cmの湿式不織布を得た。得られた湿式不織布は、燃焼試験での孔開きも収縮も無く、難燃性能に優れるものであった。更には燃焼面積(炭化した面積)も少なく、燃焼試験での区分は最も優れる「3」に分類された。結果を表1に示す。図3に、実施例2で得られた湿式不織布の燃焼試験後の外観を示す。
【0063】
[比較例2]
PPS繊維の未延伸糸と延伸糸、さらに防炎レーヨン繊維とを表1の重量比率になるように準備し、水に分散した分散液を用いて手漉きの抄紙機で湿紙を作成し、ろ紙の上で1日、常温乾燥した。続いて温度170℃、線圧2,000N/cm、ロール回転速度5m/minで加熱・加圧し、見掛け密度が0.2g/cmの湿式不織布を得た。得られた湿式不織布は、燃焼試験で孔が開き、ヨコ方向でも収縮したため、難燃性能は極めて不十分であった。また、燃焼面積(炭化した面積)は燃焼試験で孔が開いたことから延焼せず、燃焼試験での区分は最も良い「3」に分類された。結果を表1に示す。図4に、比較例2で得られた湿式不織布の燃焼試験後の外観を示す。
【0064】
比較例2は、加熱・加圧して軟化して緻密化するPPS繊維の未延伸糸が5重量%しかないので、見掛け密度は0.2と緻密化は十分進まなかった。
【0065】
[比較例3]
PPS繊維の未延伸糸と延伸糸、さらに防炎レーヨン繊維とを表1の重量比率になるように準備し、水に分散した分散液を用いて手漉きの抄紙機で湿紙を作成し、ろ紙の上で1日、常温乾燥した。加熱・加圧加工しないで得られた湿式不織布は見掛け密度が0.1g/cmのものであり、繊維同士の融着は無かった。この湿式不織布は、燃焼試験で孔こそ開かなかったが、ヨコ方向で収縮したため、難燃性能は不十分であった。また、燃焼面積(炭化した面積)は燃焼試験で孔が開いたことから延焼が進まず、燃焼試験での区分は中間の「2」に分類された。結果を表1に示す。
【0066】
[比較例4]
PPS繊維の未延伸糸と延伸糸とを表1の重量比率になるように準備し、水に分散した分散液を用いて手漉きの抄紙機で湿紙を作成し、ろ紙の上で1日、常温乾燥した。続いて温度190℃、線圧5,500N/cm、ロール回転速度5m/minで加熱・加圧し、見掛け密度が1.3g/cmのPPS繊維のみからなる湿式不織布を得た。得られた湿式不織布は、燃焼試験で瞬時に孔が開いたので、収縮や延焼こそ無かったものの、難燃性能が劣るものであった。結果を表1に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
表1から明らかなように、実施例1と2について、いずれも燃焼試験での収縮や孔開きが無く、優れた難燃性能を有する結果であった。中でも、実施例2は収縮や孔開きも無いことに加えて、燃焼試験での区分も「3」と最も燃焼面積が小さく優れるものであり、未延伸PPS繊維と延伸PPS繊維、更に防炎レーヨン繊維とを適正比率で混合し、湿式不織布の見掛け密度を適正に設計したもののみが優れた難燃性能を兼備することがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンサルファイド繊維と防炎レーヨン繊維とからなる湿式不織布であって、前記ポリフェニレンサルファイド繊維の少なくとも一部が前記防炎レーヨン繊維と融着して結合しており、0.3〜1.2g/cmの範囲内にある見掛け密度を有することを特徴とする難燃性湿式不織布。
【請求項2】
ポリフェニレンサルファイド繊維の少なくとも一部が未延伸ポリフェニレンサルファイド繊維を含み、該未延伸ポリフェニレンサルファイド繊維と防炎レーヨン繊維とが融着して結合していることを特徴とする請求項1記載の難燃性湿式不織布。
【請求項3】
防炎レーヨン繊維が、湿式不織布を構成する繊維全体の35〜90重量%を占めることを特徴とする請求項1または2記載の難燃性湿式不織布。
【請求項4】
防炎レーヨン繊維が、珪素またはマグネシウムを含み、かつ、ハロゲン原子または燐原子を含まないことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の難燃性湿式不織布。
【請求項5】
未延伸ポリフェニレンサルファイド繊維と防炎レーヨン繊維とを混合して抄紙加工し、しかる後に加熱・加圧加工を施すことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の難燃性湿式不織布の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−184839(P2011−184839A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−54092(P2010−54092)
【出願日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】