説明

雷放電位置標定システム

【課題】到達時間差法を用いた雷放電位置標定システムにおいて、位置標定精度をさらに高める。
【解決手段】本発明に係る雷放電位置標定システムの代表的な構成は、雷放電に伴う電磁波を含む電磁波を受信し電界の微分信号を出力するアンテナ104と、電界信号を出力する積分回路114と、雷放電に伴う電磁波の到達時刻を特定する処理部112とを有する複数の受信局102と、複数の受信局における雷放電に伴う電磁波の到達時刻から雷放電が発生した位置を標定する中央処理部134とを備え、処理部112は、電界信号のピークの時刻より十分にさかのぼった所定時間幅の微分信号の平均を取ってゼロレベルを決定し、電界信号のピークよりも前の時刻において微分信号のピークを決定し、微分信号のピークよりも前の時刻において微分信号の値がゼロレベルから微分信号のピークまでの40〜90%の間の所定値となった時刻を雷放電に伴う電磁波の到達時刻とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、雷放電に伴う電磁波の到達時刻を用いて雷放電が発生した位置を高精度に標定する雷放電位置標定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
落雷発生時には、被害を調べ、復旧作業を行うため、速やかに落雷位置を知る必要がある。そこで従来から、落雷位置の標定が行われている。現在用いられている落雷位置標定方法は交会法および到達時間差法と呼ばれる方法を組み合わせた方法で行われている。交会法は2箇所以上の受信局で雷放電に伴う電磁波の到来方位を検出し、その交点から落雷点の位置標定を行う。このため、雷放電に伴う電界変化波形が複雑、または複数の箇所でほぼ同時に落雷が発生しても位置標定を行う事が出来る。到達時間差法は、落雷位置標定(2次元の位置標定)では3ヶ所以上の受信局で、雷放電に伴う電磁波の各観測局への到達時刻を記録し、到達時間差から落雷点の位置標定を行う方法である。各局への到達時間差はGPS時計を用いて高精度で記録するため、交会法に比べて精度良く落雷位置の標定ができる。位置標定精度は到達時間差法の方が優れている為、現行のシステムでは到達時間差法で位置標定が難しい場合にのみ交会法で位置標定を行う。
【0003】
現行のシステムでは、各観測局は互いに100km程度以上離れて雷放電に伴う電磁波を観測している。しかし、伝搬距離が100kmを超える長距離だと、伝搬経路の地形や大地導電率の影響を受け、電磁界変化波形は変歪、減衰してしまい、結果として位置標定結果に誤差が発生する。これを防ぐ為には、伝搬距離が短くなるように観測局間の距離を短くすれば良い。しかし、現行の落雷位置標定システムでは、観測対象としている周波数帯が300kHz程度以下と低く、A/D変換のサンプリングレートも0.2μs程度と遅いため、伝搬距離が短くなるように受信局間の間隔を狭くしても位置標定精度は400m程度止まりであった。
【0004】
これに対し特許文献1では、受信周波数及びサンプリングレートを高め、従来のシステムと比較して比較的近距離の所定半径円内(好ましくは50km)に3局または4局以上の受信局を設置することによって、位置標定精度を200m程度に向上させた。また、精度が向上したことにより、4局以上で観測する場合には三次元位置標定が可能となり、雲内のみの雷放電と落雷との分類も可能にしている。そのため従来の2次元での位置標定システムが一般的に「落雷位置標定システム」とされるのに対して、特許文献1に示す発明は「雷放電位置標定システム」と呼ぶ。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−121127号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
落雷時に被害を確認する代表的な設備の1つに、送電鉄塔がある。雷放電位置標定システムによって落雷があったとされる位置に送電鉄塔がある場合には、これに登って送電線を確認する必要がある。しかし、特許文献1のシステムでは、位置標定精度が200m程度であり、隣接する鉄塔の間隔が300m程度の通常の場合でも、どの鉄塔に落雷があったか特定できない。この場合は、複数の鉄塔に登って確認作業を行う必要があり、費用と時間が掛かるという問題がある。
【0007】
発明者らが検討したところ、位置標定精度が低下する原因は、地形や大地導電率の影響で電磁界変化波形に変歪が生じ、特許文献1のシステムで電磁波到達時刻としている電界変化波形のピーク時刻に誤差が発生するためである。特許文献1のシステムを用いる事によって、現行のシステムに比べればこの影響は大幅に軽減する事が出来、位置標定精度は向上したが、前述の通り不十分であり、更なる改善が必要である。
【0008】
そこで本発明は、到達時間差法を用いた雷放電位置標定システムにおいて、位置標定精度をさらに高めることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らが検討したところ、数十km程度以内の比較的近距離を電磁波が伝搬した場合でも、落雷に伴う電磁界変化波形のわずかな変歪によるピーク時刻の変化はなお大きく、またピーク時刻の判定は、ラジオ放送波などのノイズの影響も受けやすい。これらのことから、従来のように電磁界変化波形のピークの時刻を電磁波到達時刻と判定すること自体に精度向上の限界があると考えるに至り、これに代わる電磁波到達時刻の判定方法について検討し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明に係る雷放電位置標定システムの代表的な構成は、雷放電に伴う電磁波を含む電磁波を受信し電界の微分信号を出力するアンテナと、微分信号を積分して電界信号を出力する積分回路と、雷放電が発生した時刻である雷放電に伴う電磁波の到達時刻を特定する処理部とを有する複数の受信局と、複数の受信局における雷放電に伴う電磁波の到達時刻から雷放電が発生した位置を標定する中央処理部とを備え、処理部は、電界信号のピークの時刻より十分にさかのぼった所定時間幅の微分信号の平均を取ってゼロレベルを決定し、電界信号のピークよりも前の時刻において微分信号のピークを決定し、微分信号のピークよりも前の時刻において微分信号の値がゼロレベルから微分信号のピークまでの40〜90%の間の所定値となった時刻を雷放電に伴う電磁波の到達時刻とすることを特徴とする。
【0011】
上記構成によれば、電磁波の長距離伝搬による波形変歪の影響を極めて低減させることができ、雷放電による電磁波の到達時間差を精度良くかつ安定的に取得することができる。これは、特許文献1で雷放電に伴う電磁波の到達時刻としてきたピーク時刻より時間的に前の部分の波形から到達時刻を決定するため、先行する電界変化波形の変歪の重畳をさらに軽減出来るためである。これにより、雷放電の位置標定精度を飛躍的に向上させることが可能となった。
【0012】
上記所定値は、ゼロレベルから微分信号のピークまでの75〜85%の間であることが好ましい。上記所定値は電界の微分波形の立ち上がり部分の40〜90%の間で事案に応じて検討、設定すべきである。現在試用しているシステムで得られたデータでは、75%〜85%の間が、S/N(signal-noise ratio)良く到達時刻を定められる確率が高い。なお、40%以下の箇所は長距離伝搬による変歪は低減できるが、信号の変化が緩くS/Nが低下するため適さない。90%以上も変化が緩くS/Nが低下する上、時間的に後になり伝搬の影響による変歪も大きくなり適さない。
【0013】
微分信号において、放送波の周波数成分を除去するデジタルフィルタを備えることが好ましい。これにより、ラジオ放送などの放送波によるノイズを低減し、位置標定精度をより高めることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、電磁波の伝搬経路の大地導電率及び地形による波形変歪の影響を低減させることができ、雷放電による電磁波の到達時間差を精度良くかつ安定的に取得することができる。これにより、雷放電の位置標定精度を飛躍的に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態に係る雷放電位置標定システムの原理を説明する図である。
【図2】受信局の回路構成を説明する図である。
【図3】信号波形の例を示す図である。
【図4】雷放電時刻の特定を説明するフローチャートである。
【図5】微分信号にデジタルフィルタを適用した例を示す図である。
【図6】ゼロレベルの取得を説明する図である。
【図7】ゼロレベルとゼロクロス点を説明する図である。
【図8】雷放電に伴う電磁波の到達時刻とすべき40〜90%の間の所定値をどのように設定するかについて説明する図である。
【図9】比較例と実施例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0017】
図1は実施形態に係る雷放電位置標定システムの原理を説明する図、図2は受信局の回路構成を説明する図である。本実施形態に係る雷放電位置標定システムは、到達時間差法を用いる。
【0018】
図1に示す雷放電位置標定システム100は、雷放電に伴う電磁波をアンテナで受信し、雷放電に伴う電磁波到達時刻を特定するための受信局102(102a、102b、102c、102d、…)を半径50kmの円内に4局以上設置する。各受信局102は電界信号を取得し、この電界信号に基づいて後述するように雷放電に伴う電磁波到達時刻を特定し、ホスト装置130(図2参照)に送信する。ホスト装置130は少なくとも4局の受信局102における雷放電に伴う電磁波の到達時刻を用いて、三次元の到達時間差法により雷放電が発生した三次元位置Pを標定する。
【0019】
ホスト装置130は、全ての受信局102の設置位置をx、y、z軸の三次元座標で記憶しており、各受信局102での雷放電に伴う電磁波の到達時刻を三次元の到達時間差法に適用することで、雷放電が発生した三次元位置Pを標定することができる。
【0020】
図2に示すように、受信局102は、電界アンテナ104、VLF−MF帯の電界アンプ106、A/Dコンバータ108、高精度時計110、処理部112、積分回路114、トリガ回路116、通信部118、デジタルフィルタ120を備える。
【0021】
電界アンテナ104は、VLF−MF帯の電磁波を受信し、電界Eの微分信号dE/dtを受信信号として出力する。ただし、電界アンテナ104の出力は微弱であるので、後段におけるサンプリングに適したダイナミックレンジにするために、次の電界アンプ106を使用する。
【0022】
アンテナは磁界アンテナでもよい。その場合、磁界アンテナは電磁波の磁界の微分信号を受信信号として出力することになる。電界アンテナ104を用いるか、磁界アンテナを用いるかは受信局設置場所の条件により選択してもよい。なお、磁界アンテナの場合は、地面に平行で互いに直交する2成分を同時に観測するが、回路構成は図2に準じる。
【0023】
電界アンプ106は、電界アンテナ104の出力を増幅する。電界アンプ106は、少なくともVLF−MF帯(3kHz〜3MHz)の帯域で減衰なく増幅ができる周波数特性を有する。なお、VLF帯は3kHz〜30kHz、LF帯は30kHz〜300kHz、MF帯は300kHz〜3MHz、HF帯は3MHz〜30MHz、VHF帯は30MHz〜300MHzである。
【0024】
A/Dコンバータ108は、電界アンプ106が出力した微分信号を時系列のデジタルデータに変換する。A/Dコンバータ108のサンプリング周期は、100ns以下である。
【0025】
高精度時計110は、他の受信局に収容されている同様の装置と時刻同期を図るためのものであり、例えば、ルビジウム高精度時計からなる。これらの高精度時計110は、GPSシステム等を利用して100ns以内の精度で同期を取るようにしてもよい。
【0026】
処理部112は、主として雷放電に伴う電磁波の各局への到達時刻の特定を行う。処理の詳細は後述する。処理部112は、具体例としては汎用のコンピュータ上で動作するソフトウェアによって実現することができる。処理部112は、トリガ回路116による雷放電イベント検出時にのみ、つまりトリガ信号が処理部112に到着したときのみ、雷放電による各局への電磁波の到達時刻の特定を実行する。
【0027】
また本実施形態では、A/Dコンバータ108と処理部112の間にデジタルフィルタ120を備えている。デジタルフィルタ120は、ラジオ放送などの既知の放送波の成分を除去する。具体的には、デジタルフィルタ120によって放送波の周波数(搬送波の周波数)を減衰させる。このとき、各受信局102に到達する各放送波の電界強度をあらかじめ取得しておくことにより、適切な強度に減衰させることが可能となる。これにより、放送波によるノイズを低減し、より位置標定精度を高めることができる。
【0028】
積分回路114は、電界アンプ106で増幅された受信信号を積分する。受信信号が電界の微分信号dE/dtであるから、これを積分した積分回路114の出力は電界Eの大きさ及び極性を表した電界信号である。
【0029】
トリガ回路116は、電界信号が雷放電の発生と関連する有意レベルに達したかどうかを判定する回路である。
【0030】
図3は信号波形の例を示す図であって、図3(a)は微分信号の波形を示す図、図3(b)は電界信号の波形を示す図、図3(c)は微分信号の波形の拡大図、図3(d)は電界信号の波形の拡大図である。図3(a)に示されるように、受信信号dE/dtは、振幅や周期が様々なパルス状の波形が多く重畳している。そのため、dE/dtでは電界強度が雷放電の発生と関連する強度に達したか判断が難しい。そこで、積分回路114が受信信号を積分することで電界信号を作ると、図3(b)に示すような重畳するパルスの少ない電界信号の波形が得られる。そしてトリガ回路116は、電界信号の強度が雷放電の発生と認められるほど有意レベルに達したかどうかを判定する。つまり、トリガ回路116は、電界信号(アナログ信号)強度がしきい値を越えたことで雷放電があったというイベントを検出する。トリガ回路116の出力であるトリガ信号は、処理部112に入力される。
【0031】
なお、図3(a)に示す微分信号のピーク波形122と、図3(b)に示す電界信号のピーク波形124とは、おおむね同じ位置にある。しかし詳細には、図3(c)、図3(d)に示すように、微分信号のピークは電界信号の最も急峻な時刻に対応し、電界信号のピークは微分信号が減衰してゼロとなる時刻に対応する。
【0032】
通信部118は、処理部112が出力した雷放電に伴う電磁波到達時刻および電界信号のピーク波高値を、インターネットやISDNなどのデータ通信網128を介してホスト装置130に送信する。
【0033】
ホスト装置130は、複数の受信局102からデータを受信する通信部132と、中央処理部134とを備えている。ホスト装置130は、具体例としては汎用のコンピュータを用いることができ、中央処理部134はそのコンピュータ上で動作するソフトウェアによって実現することができる。
【0034】
中央処理部134は、図1の各受信局102(102a、102b、102c、102d)から、それぞれ雷放電に伴う電磁波の受信時刻t(t1、t2、t3、t4)を取得する。中央処理部134は、全ての受信局102の設置位置をx、y、z軸の三次元座標で記憶しており、各受信局102の設置位置を示した三次元空間において、各受信局102(102a、102b、102c、102d)における雷放電に伴う電磁波の受信時刻t(t1、t2、t3、t4)を三次元の到達時間差法に適用することで、雷放電の三次元位置Pを標定する。
【0035】
具体的には、中央処理部134は、受信局102a、102b間の到達時間差t1−t2をもたらす点の集合として回転双曲面S1(図示困難のため図示せず)を計算する。別の受信局の組からも同様に到達時間差t2−t3、t3−t4に基づいた回転双曲面S2、S3(図示せず)を計算する。これらの回転双曲面S1、S2、S3の交点が三次元位置Pであるから、ホスト装置は、回転双曲面S1、S2の交線K12を計算し、回転双曲面S2、S3の交線K23を計算し、交線K12と交線K23との交点である三次元位置Pを計算する。
【0036】
回転双曲面S1、S2、S3が図示できないので、参考のため、回転双曲面S1と大地(XY平面)との交線K10、回転双曲面S2と大地との交線K20、回転双曲面S3と大地との交線K30が示してある。これらの交線K10、K20、K30はいずれも双曲線となる。
【0037】
実際の計算においては、観測領域全体をメッシュに区切り、各メッシュ点でのchi−square検定による誤差評価を行い、最適な地点を探し出すことが好ましい。chi−square検定の式は、以下の通りである。
【数1】


上記の式を用いて、各受信局102のchi−squareを合算し、最小となる位置、時刻を特定する。なお、最小となる位置の探索方法については、通常の最急降下法では最小解ではなく点在する極に入り込む可能性がある。極に入ることを防止するためには全てのメッシュ点でchi−squareを計算することが理想的だが、それでは計算量が膨大になるため、現実的ではない。そこで、探索区域をある程度粗いメッシュに区切り、そのメッシュでの最小点を探索し、その点を中心として更に細かいメッシュで探索する。これによりローカルな極に入り込むことを防止し、迅速に適切な解を得ることができる。
【0038】
なお、本実施形態では受信局102の数を4つと説明している。受信局が4つあれば到達時間差法による三次元の雷放電位置標定をすることが可能である。しかし、受信局102の数は多いほど位置標定誤差の標準偏差は小さくできる。また、受信局102が5局以上あれば、chi−squareの計算を行ったときに値の大きくなってしまったデータ(他の落雷を観測、S/Nの悪いデータ)を除外して再計算することも可能である。これより、受信局102の数は5局以上の方が位置標定精度を高めることができる。
【0039】
上記構成の雷放電位置標定システム100において、本実施形態の特徴は、受信局102の処理部112における、雷放電に伴う電磁波の受信局102への到達時刻の特定にある。
【0040】
上述の特許文献1(特開2007−121127号公報)では、微分信号(電界微分波形)のゼロクロス値を到達時刻としている。これは、積分した電界信号の最大ピークに該当する。しかしながら、電界信号の最大ピーク時刻を用いると、長距離伝搬による変歪によって、各観測局への到達時間差に誤差が発生する。
【0041】
そこで本実施形態では、微分信号の立ち上がり部分の一点の時刻を到達時刻とする。なお、この立ち上がりの部分の一点はネットワークの構成、場所、季節により最適な位置が変化するため、微分信号の値がゼロレベルから微分信号のピークまでの40〜90%の間で逐次調整を行う。初期値はピークの80%の位置とする。
【0042】
図4は雷放電時刻の特定を説明するフローチャートである。まずアンテナ104によって微分信号を受信すると(ステップ200)、積分回路114によって電界信号を取得する(ステップ202)。そしてトリガ回路116によって雷放電イベントを検出すると(ステップ204)、処理部112は雷放電に伴う電磁波の到達時刻の特定を開始する(ステップ206)。具体的には、処理部112は常時微分信号を蓄積しており、雷放電イベントが来ると、そのイベントの時刻から所定時間さかのぼった時点からの微分信号に対して処理を行う。
【0043】
処理部112は、まず微分信号のゼロレベルを取得する必要がある。しかし、受信した微分信号には多くのノイズが乗っている。ノイズの原因は様々であるが、最も影響が大きいと考えられる放送波によるノイズをデジタルフィルタ120によって除去する(ステップ208)。図5は微分信号にデジタルフィルタ120を適用した例を示す図である。図5に示すように、放送波によるノイズを低減することによって効果的にノイズを低減することができる。
【0044】
次に処理部112は、微分信号のゼロレベルを取得する(ステップ210)。ゼロレベルは雷放電より前の時刻、すなわち電界信号のピークの時刻よりも十分にさかのぼった所定時間幅の微分信号の平均を取ってゼロレベルを決定する。これは雷放電による電界信号が観測されている間はゼロレベルが決められないためである。
【0045】
図6はゼロレベルの取得を説明する図である。図6では、微分信号の始め(雷放電イベントから所定時間さかのぼった時刻のデータ)から、100データ(4μs)、300データ(12μs)、500データ(20μs)で移動平均を取っている。1データは40nsである。図6から、100データや300データでは変動が大きく、500データでは変動が小さくなっていることから、これを用いてゼロレベルを決定することができる。
【0046】
次に処理部112は、微分信号とゼロレベルとの交点であるゼロクロス点を算出する(ステップ212)。図7は前述のゼロレベルとゼロクロス点を説明する図である。図7に示すように、ゼロクロス点となる時刻は、電界信号のピークの時刻となる。
【0047】
次に処理部112は、ゼロクロス点よりも前の時刻において微分信号のピークを検出する(ステップ214)。微分信号のピークは、電界信号が最も急峻となっていることを意味する。複数のピークが存在する場合があるが、ここでは単に最大のピークを検出する。
【0048】
そして処理部112は、微分信号のピークよりも前の時刻において、微分信号の値がゼロレベルから微分信号のピークまでの40〜90%の間の所定値となった時刻を雷放電に伴う電磁波の到達時刻とする(ステップ216)。
【0049】
すなわち、電界信号のピークの時刻(微分信号のゼロクロス点)ではなく、微分信号のピークの時刻でもなく、微分信号の立ち上がり部分の一点の時刻を到達時刻とする。微分信号が急激に立ち上がる箇所ではS/Nが良い為、安定した到達時刻を定めることができる。これにより、複数の受信局102の間で雷放電に伴う電磁波の到達時刻の差を精度良く、かつ安定的に取得することが可能となる。
【0050】
図8は雷放電に伴う電磁波の到達時刻とすべき40〜90%の間の所定値をどのように設定するかについて説明する図である。図8に示すデータは本発明の検証のために試験的に稼動しているシステムで得られたデータであり、夏季に栃木県周辺で観測されたものである。図8(a)は所定値の比率に対する標定位置誤差を示す図、図8(b)は図8(a)に示すデータ2の微分信号の波形を示す図、図8(c)は推定電流値を示す図、図8(d)はchi−squareを示す図である。
【0051】
図8(a)に示す表の右端にある合計の列を参照すると、40%のときの誤差が大きく、60%と80%の誤差は同等である。したがって、所定値を60%としても、80%としても同等の結果を得ることができることがわかる。ただし個別にデータを参照すると、図8(b)に示すように、データ2では60%の位置を複数回通過していて、7データ(280ns)のずれがある位置にも60%を通過するデータが存在していた。なお、図8(a)では1度目に通過した時刻で計算している。このようなデータがある場合には、80%の位置で計算した方が信頼性が高いと考えられる。
【0052】
また図8(c)を参照すると、データ1の電流値が比較的大きめである。データ1は受信された電界変化波形の強度も強いため、S/Nが良く、ノイズに影響されず本発明の妥当性を検証するには図8のデータの中では最も適している。そのため、これに注目して図8(d)を参照する。すると、データ1では60%より80%のほうがchi−squareの値が小さい。このことからも、このときの一連のデータでは所定値として80%を用いることが適切である。
【0053】
なお上述したように、この立ち上がりの部分の一点はネットワークの構成、場所、季節により最適な位置が変化するため、微分信号の値がゼロレベルから微分信号のピークまでの40〜90%の間で逐次調整を行うことが望ましい。ただし、特に75%〜85%の間ではS/Nが向上し、安定して所定値を設定することができると推定される。
【0054】
(実施例と比較例)
図9は比較例と実施例を示す図である。比較例としては東京電力で運用されている従来からの落雷位置標定システム、実施例としては上記実施形態で説明した雷放電位置標定システムを用いた。同じ雷のデータ(いずれも落雷位置が確認されたもの)について比較例と実施例のシステムで雷放電位置を算出したところ、比較例においては平均誤差が367m、最大誤差では759mとなり、実施例では平均誤差が80m、最大誤差が230mであった。したがって、平均誤差で1/5程度、最大誤差で1/3程度と、大幅な精度向上が確認された。
【0055】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、雷放電に伴う電磁波到達時刻を用いて雷放電が発生した位置を標定する雷放電位置標定システムとして利用することができる。
【符号の説明】
【0057】
100…雷放電位置標定システム、102…受信局、104…アンテナ、106…電界アンプ、108…A/Dコンバータ、110…高精度時計、112…処理部、114…積分回路、116…トリガ回路、118…通信部、120…デジタルフィルタ、122…ピーク波形、124…ピーク波形、128…データ通信網、130…ホスト装置、132…通信部、134…中央処理部、t…雷放電に伴う電磁波受信時刻

【特許請求の範囲】
【請求項1】
雷放電に伴う電磁波を含む電磁波を受信し電界の微分信号を出力するアンテナと、前記微分信号を積分して電界信号を出力する積分回路と、雷放電が発生した時刻である雷放電に伴う電磁波の到達時刻を特定する処理部とを有する複数の受信局と、
前記複数の受信局における雷放電に伴う電磁波の到達時刻から雷放電が発生した位置を標定する中央処理部とを備え、
前記処理部は、
前記電界信号のピークの時刻より十分にさかのぼった所定時間幅の前記微分信号の平均を取ってゼロレベルを決定し、
前記電界信号のピークよりも前の時刻において前記微分信号のピークを決定し、
前記微分信号のピークよりも前の時刻において微分信号の値が前記ゼロレベルから前記微分信号のピークまでの40〜90%の間の所定値となった時刻を雷放電に伴う電磁波の到達時刻とすることを特徴とする雷放電位置標定システム。
【請求項2】
前記所定値は、好ましくは前記ゼロレベルから前記微分信号のピークまでの75〜85%の間であることを特徴とする請求項1に記載の雷放電位置標定システム。
【請求項3】
前記微分信号において、放送波の周波数成分を除去するデジタルフィルタを備えることを特徴とする請求項1に記載の雷放電位置標定システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−189387(P2012−189387A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−51799(P2011−51799)
【出願日】平成23年3月9日(2011.3.9)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】