説明

電位差計測システム及び電位差計測方法

【課題】ジュール熱の発生を抑制した状態での電位差計測法による計測を実現する。
【解決手段】被測定物200に対して電流を印加した通電状態における電位差端子22間の通電状態電圧値と、被測定物200に対して電流を印加していない非通電状態における電位差端子22間の非通電状態電圧値とを計測し、通電状態電圧値と非通電状態電圧値との電位差を求める電位差計測システム100とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高精度に電位差を計測する電位差計測システム及び電位差計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属の埋没き裂や裏面き裂等を検出する方法として電位差計測方法が用いられている。電位差計測法とは、端子を被測定物に押し当てて欠陥部のある場所で計測した電位差をV1、欠陥がない部で計測した電位差をV0とし、これら測定値の差、すなわちΔV=(V1−V0)の値から欠陥の有無を判定する方法である。直流を用いる電位差計測法は部材の板厚方向にも電流が流れるため、埋没き裂、裏面き裂を電流場の乱れに起因する電位差の変化として検出することができる。また、応力腐食割れや疲労き裂といったき裂を検出することもできる。
【0003】
これまで、電流供給端子および電位差計測端子の位置ずれによる誤差をなくし、端子間距離のずれによる誤差を少なくした電位差計測法が開示されている(特許文献1)。また、被検体内に埋没したき裂、表面に露出したき裂、又は被検体の減肉などの損傷を任意のアスペクト比と傾きをもつ三次元で定量化することを可能とした電位差計測方法が開示されている(特許文献2)。また、パルス・交番通電式(ケースレーインスツルメンツ・カタログ参照)やパルス+交番通電式(マテレクト・カタログ参照)等も知られている。
【0004】
また、電位差計測方法は、浸炭焼き入れ硬化層深さの評価(非特許文献1)や損傷検出(特許文献2,3)にも適用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−128816号公報
【特許文献2】特開2007−205801号公報
【特許文献3】特開2007−3436号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】神奈川県産業技術総合研究所研究報告 No.11/2005 pp.48-49
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
通常、通電式の直流電位差計測法では、電流印加に伴うジュール熱によるデータのドリフト(振れ)が問題となるために低電流を利用する。また、上記従来技術のように、パルス式や交番式の電流を利用する等の工夫がなされている。
【0008】
しかしながら、パルス式や交番式の電流を印加できる電源は一般的に非常に高価である。さらに、交番式の電流では、計測後のデータ処理によってジュール熱によるドリフトの影響は低減できるが、計測対象における発熱自体は抑えることができず、計測対象のみならず周辺で他の計測を行っている場合にその計測に影響を与えるおそれがある。また、ジュール熱を抑えるために電流値を小さくすると、計測される電位差も小さくなるので信号のS/N比が低下するおそれがある。
【0009】
本発明は、上記課題を鑑み、ジュール熱の発生を抑制させた電位差計測法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の1つの態様は、電位差計測システムであって、被測定物に対して電流を印加した通電状態における電位差端子間の通電状態電圧値と、前記被測定物に対して電流を印加していない非通電状態における前記電位差端子間の非通電状態電圧値と、を計測し、前記通電状態電圧値と前記非通電状態電圧値との電位差を求めることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の別の態様は、電位差計測方法であって、被測定物に対して電流を印加した通電状態における電位差端子間の通電状態電圧値と、前記被測定物に対して電流を印加していない非通電状態における前記電位差端子間の非通電状態電圧値と、を計測し、前記通電状態電圧値と前記非通電状態電圧値との電位差を求めることを特徴とする。
【0012】
ここで、前記通電状態と前記非通電状態とは0.5秒以上10秒以下の周期で繰り返されることが好適である。
【0013】
また、前記非通電状態から前記通電状態への切り換え後、及び前記通電状態から前記非通電状態への切り換え後、に所定時間待機して前記通電状態電圧値及び前記非通電状態電圧値を測定することが好適である。
【0014】
また、前記被測定物に対して電流を印加する電流源と、前記電流源から前記被測定物への電流の印加をオン/オフするリレーと、を備え、特定の周期で電流の印加/停止が可能なことが好適である。
【0015】
また、前記被測定物におけるき裂の表面からの深さ方向の非破壊評価に使用されることが好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ジュール熱の発生を抑制した状態での電位差計測法による計測を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態における電位差計測システムの構成を示す図である。
【図2】本発明の実施の形態における電位差計測方法を説明するタイミングチャートである。
【図3】本発明の実施の形態における電位差計測方法を説明する概要図である。
【図4】実施例1における裏面のき裂の深さに対する電位差比(Vc/Vo)の関係を示す図である。
【図5】比較例1における裏面のき裂の深さに対する電位差比(Vc/Vo)の関係を示す図である。
【図6】実施例2における応力負荷印加の繰り返し数に対する電位差比(Vc/Vo)の関係を示す図である。
【図7】実施例2における応力負荷印加の繰り返し数に対する電位差比(Vc/Vo)の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施の形態における電位差計測システム100は、図1に示すように、制御部10、デジタルマルチメータ12、発信器14、リレー16、電流源18、電流端子20及び電位差端子22を含んで構成される。電位差計測システム100は、導電性の被測定物200のき裂等を測定するために用いられる。
【0019】
制御部10は、計測システム100の各部の制御を統合的に行う。制御部10は、パーソナルコンピュータによって以下に説明する計測処理を行うための計測プログラムを実行することによって実現される。また、制御部10は、デジタルマルチメータ12で測定された電圧値等に対するデータ処理を行うものとしてもよい。
【0020】
デジタルマルチメータ12は、電圧、電流及び抵抗等の測定を行う機能を有する汎用測定器である。デジタルマルチメータ12は、アナログ/デジタル変換(A/D変換)機能を備え、測定により得られた測定値をデジタル値として制御部10へ出力する。また、制御部10からの制御信号を受けて、測定対象となる物理量の選択、測定レンジの選択等を行うことができる。
【0021】
発信器14は、制御部10からの発信制御信号を受けて、発信制御信号に応じてリレー16のスイッチの開閉のためのスイッチ制御信号を出力する。
【0022】
リレー16は、スイッチを含み、発信器14からのスイッチ制御信号を受けて、スイッチの開閉処理を行う。スイッチは、その開閉状態に応じて、電流源18と電流端子20との回路を開回路又は閉回路とし、電流端子20を介して被測定物200への電流の印加/停止を行うために用いられる。
【0023】
電流源18は、被測定物200へ測定用の電流を印加するために用いられる。電流源18の回路構成は特に限定されるものではなく、一般的な差動増幅回路を用いた定電流回路等を適用することができる。
【0024】
電流端子20は、電流源18からの被測定物200へ電流を印加するための端子として使用される。電流端子20は、電流源18の出力端子にそれぞれ接続される。電流端子20は、被測定物200の表面に接触したときの接触抵抗が小さく、オーミック接触する材料及び形状とされる。例えば、電流端子20は、金(Au)メッキされた針状の金属材料とされる。電位差端子22は、電流源18から被測定物200へ電流を印加したときに発生する電圧を測定するために用いられる。
【0025】
電位差端子22は、デジタルマルチメータ12の電圧測定端子にそれぞれ接続される。電位差端子22は、電流端子20と同様に、被測定物200の表面に接触したときの接触抵抗が小さく、オーミック接触する材料及び形状とされる。例えば、電位差端子22は、金(Au)メッキされた針状の金属材料とされる。
【0026】
以下、電位差計測システム100を用いた計測を図2及び図3を参照して説明する。図2は、計測時の発信器14、電流源18、デジタルマルチメータ12及び制御部10の動作タイミングを示すタイミングチャートである。図3は、計測方法を示す概要図である。
【0027】
電流端子20及び電位差端子22は、略直線上に配置される。また、2つの電位差端子22を利用側から挟むように2つの電流端子20が配置される。このような電流端子20及び電位差端子22の配置において、各端子の先端が被測定物200の表面に接触させられる。
【0028】
電位差計測システム100では、発信器14からの発信信号により動作タイミングが決定される。発信器14からは矩形波が出力され、矩形波が立ち上がるタイミングに同期してリレー16のスイッチが閉じられて電流源18から被測定物200へ電流が印加され、被測定物200に対して電流を印加していない非通電状態から被測定物200に対して電流を印加した通電状態とされる。
【0029】
非通電状態から通電状態への切り換え後、所定時間Δt1だけ待機して制御部10はデジタルマルチメータ12へ計測信号を出力する。所定時間Δt1は、電流源18からの通電状態が安定するまでの時間とし、具体的には0.1s以上1s以下とすることが好適である。制御部10は、発信器14の発振信号の周期の1/2以下の長さで、発振信号が立ち下がる所定時間Δt2前に止まるように計測信号を出力する。所定時間Δt2は、具体的には0.1s以上1s以下とすることが好適である。デジタルマルチメータ12は、計測信号を受信すると、計測信号が出力されている間に電位差端子22間の電圧を通電状態電圧値として計測し、その値を制御部10へ出力する。
【0030】
発信器14から出力される矩形波が立ち下がると、そのタイミングに同期してリレー16のスイッチが開かれて電流源18から被測定物200への電流が停止される。これにより、被測定物200に対して電流を印加した通電状態から被測定物200に対して電流を印加していない非通電状態となる。
【0031】
通電状態から非通電状態への切り換え後、所定時間Δt3だけ待機して制御部10はデジタルマルチメータ12へ計測信号を出力する。所定時間Δt3は、非通電状態が安定するまでの時間とし、具体的には0.1s以上1s以下とすることが好適である。制御部10は、発信器14の発振信号の周期の1/2以下の長さで、発振信号が立ち上がる所定時間Δt4前に止まるように計測信号を出力する。所定時間Δt4は、具体的には0.1s以上1s以下とすることが好適である。デジタルマルチメータ12は、計測信号を受信すると、計測信号が出力されている間に電位差端子22間の電圧を非通電状態電圧値として計測し、その値を制御部10へ出力する。
【0032】
上記通電状態での計測と非通電状態での計測を繰り返す。計測の繰り返しは、予め設定した時間、発信器14の矩形波の波数、又は計測データ点数まで行う。
【0033】
制御部10は、デジタルマルチメータ12で計測された通電状態で計測された通電状態電圧値と非通電状態で計測された非通電状態電圧値とを受けて、通電状態電圧値と非通電状態電圧値とに分離し、予め設定された計測期間毎にそれぞれの平均値を算出し、通電状態電圧値の平均値と非通電状態電圧値の平均値との差をその計測期間の差分電位差として求める。
【0034】
制御部10は、差分電位差の値に基づいて被測定物200の欠陥の状態を判定する。制御部10は、例えば、差分電位差の値に基づいて被測定物200に生じたき裂の表面又は裏面からの深さを求める。より具体的には、差分電位差の値が大きくなるにつれて被測定物200に生じたき裂の表面又は裏面からの深さが大きくなったと判断することができる。
【0035】
<実施例1>
実施例1として、被測定物200としてアルミメッキ銅板の裏面のき裂の検出と評価について説明する。
【0036】
図3に示した測定方法において、被測定物200として裏面にき裂を設けていないアルミメッキ銅板、それぞれ異なる深さdのき裂を裏面に設けた3種類のアルミメッキ銅板を適用した。裏面にき裂を設けていないアルミメッキ銅板は参照試験片とし、それぞれ異なる深さdのき裂を裏面に設けた3種類のアルミメッキ銅板を試験片とした。被測定物200は幅100mm×長さ180mm×厚さ0.8mmとし、き裂の深さdはそれぞれ0.19mm,0.44mm及び0.61mmとした。
【0037】
差分電位差は、参照試験片及び試験片において裏面に設けたき裂の直上において表面側から上記実施の形態における電位差計測システム100を適用して計測した。差分電位差の計測はそれぞれ10回行い、それらの測定値の平均値を参照試験片の差分電位差(Vo)及び各試験片の差分電位差(Vc)とした。
【0038】
<比較例1>
比較例1として、従来の通電方式の電位差計測法によって同様に参照試験片の差分電位差(Vo)及び各試験片の差分電位差(Vc)を計測した。
【0039】
図4は、実施例1における裏面のき裂の深さに対する参照試験片の差分電位差(Vo)と各試験片の差分電位差(Vc)との電位差比(Vc/Vo)を示す。図5は、比較例1における裏面のき裂の深さに対する参照試験片の差分電位差(Vo)と各試験片の差分電位差(Vc)との電位差比(Vc/Vo)を示す。また、図4及び図5において、有限要素法による数値解析の結果(図中のFEMと示したライン)も示している。
【0040】
実施例1及び比較例1のいずれにおいても裏面のき裂の深さが増大すると共に電位差比(Vc/Vo)が上昇している。この特性を利用して、電位差比(Vc/Vo)に基づいて被測定物200の裏面のき裂の深さを判定することができる。
【0041】
ここで、実施例1における電位差比(Vc/Vo)の測定値のばらつき(分散)は比較例1における電位差比(Vc/Vo)の測定値のばらつき(分散)よりも小さい。したがって、実施例1では、比較例1に比べて、被測定物200での裏面のき裂の深さの判定をより高い精度で行うことができる。これは、実施例1では比較例1に比べて被測定物200に対する通電によるジュール熱の発生を抑制した状態で電位差の計測ができたためであると推考される。
【0042】
<実施例2>
実施例2として、被測定物200としてアルミメッキ銅板を適用し、裏面の疲労き裂の進展のモニタリングを行った例について説明する。
【0043】
図3に示した測定方法において、被測定物200として裏面にき裂を設けていないアルミメッキ銅板を設置し、被測定物200に応力集中部を設けることで、き裂が裏面に発生するように発生部位を定めた。差分電位差は、裏面に形成されるき裂の直上において表面側から上記実施の形態における電位差計測システム100を適用して計測した。差分電位差の計測は、応力負荷を繰り返し与える毎に行った。初期状態(裏面のき裂無し)における差分電位差(Vo)及び応力負荷を与える毎の差分電位差(Vc)を計測した。
【0044】
図6は、実施例2における応力負荷印加の繰り返し数に対する電流印加時及び電流停止時差分電位差(Vo)と差分電位差(Vc)との電位差比(Vc/Vo)を示す。図7は、実施例2における応力負荷印加の繰り返し数に対する電流印加時及び電流停止時の差分電位差(Vo)と差分電位差(Vc)と平均値を一定の繰り返し回数毎に算出し、電流印加時の電位差比(Vc/Vo)から電流停止時の電位差比(Vc/Vo)を差を算出したものである。
【0045】
実施例2において応力負荷印加の繰り返し数が増大すると共に電位差比(Vc/Vo)が上昇している。これは、応力負荷印加の繰り返し数が増大すると共に被測定物200の裏面におけるき裂の深さも増大していることに起因している。この特性を利用して、電位差比(Vc/Vo)に基づいて被測定物200の裏面のき裂の深さをモニタリングすることができる。
【0046】
ここで、実施例2における電位差比(Vc/Vo)の測定値のばらつき(分散)は極めて小さい。特に、電位差比(Vc/Vo)の測定値のばらつき(分散)が抑制されることによって、応力負荷印加の繰り返し数が3.0×10回近傍での電位差比(Vc/Vo)の立ち上がりが明確となり、極めて高感度の疲労き裂検出とモニタリングが可能となる。
【符号の説明】
【0047】
10 制御部、12 デジタルマルチメータ、14 発信器、16 リレー、18 電流源、20 電流端子、22 電位差端子、100 電位差計測システム、200 被測定物。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電位差計測システムであって、
被測定物に対して電流を印加した通電状態における電位差端子間の通電状態電圧値と、前記被測定物に対して電流を印加していない非通電状態における前記電位差端子間の非通電状態電圧値と、を計測し、前記通電状態電圧値と前記非通電状態電圧値との電位差を求めることを特徴とする電位差計測システム。
【請求項2】
請求項1に記載の電位差計測システムであって、
前記通電状態と前記非通電状態とは0.5秒以上10秒以下の周期で繰り返されることを特徴とする電位差計測システム。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の電位差計測システムであって、
前記非通電状態から前記通電状態への切り換え後、及び前記通電状態から前記非通電状態への切り換え後、に所定時間待機して前記通電状態電圧値及び前記非通電状態電圧値を測定することを特徴とする電位差計測システム。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載の電位差計測システムであって、
前記被測定物に対して電流を印加する電流源と、
前記電流源から前記被測定物への電流の印加をオン/オフするリレーと、を備え、
特定の周期で電流の印加/停止が可能なことを特徴とする電位差計測システム。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1つに記載の電位差計測システムであって、
前記被測定物におけるき裂の表面からの深さ方向の非破壊評価に使用されることを特徴とする電位差計測システム。
【請求項6】
電位差計測方法であって、
被測定物に対して電流を印加した通電状態における電位差端子間の通電状態電圧値と、前記被測定物に対して電流を印加していない非通電状態における前記電位差端子間の非通電状態電圧値と、を計測し、前記通電状態電圧値と前記非通電状態電圧値との電位差を求めることを特徴とする電位差計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−153879(P2011−153879A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−14938(P2010−14938)
【出願日】平成22年1月27日(2010.1.27)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000110321)トヨタ車体株式会社 (1,272)
【Fターム(参考)】