説明

電動パワーステアリング装置

【課題】 電動パワーステアリング装置の減速ギヤが曝される高温雰囲気下において摺動特性に優れ、摩擦損失を最小限に抑えることのできる減速ギヤ機構部潤滑用のグリース組成物の提供。
【解決手段】 基油としてポリ−α−オレフィンを使用し、増ちょう剤としてステアリン酸リチウムを用い、添加剤として滴点137℃のポリエチレンワックスを6重量%用い、ステアリン酸リチウムの配合量によって混和ちょう度を280に調節したグリース組成物により、優れた減速ギヤ潤滑用グリースを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置に関し、特に金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギヤ歯が形成された樹脂部を一体に形成した従動歯車を備え、グリース潤滑される電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に組み込まれる電動パワーステアリング装置には、電動モータに比較的高回転、低トルクのものが使用されるため、電動モータとステアリングシャフトとの間に減速機構が組み込まれている。減速機構としては、一組で大きな減速比が得られる等の理由から、図3に示されるような、ウォーム12と、ウォーム12に噛み合うウォームホイール11とから構成される電動パワーステアリング装置用減速ギヤ20(以下、単に「減速ギヤ」ともいう。)が、一般的に使用される。ここで、ウォーム12は図2に示す電動モータ100の回転軸に連結しており、駆動歯車に相当し、一方ウォームホイール11は従動歯車に相当する。
【0003】
このような減速ギヤ20では、ウォームホイール11とウォーム12の両方を金属製にすると、ハンドル操作時に歯打ち音や振動音等の不快音が発生するという不具合を生じていた。そこで、ウォームホイール11に、金属製の芯管1の外周に、樹脂製で外周面にギヤ歯10を形成してなる樹脂部3を、接着剤8を用いるなどして一体化させたものを使用して騒音対策を行っている。上記樹脂部3には、例えば、ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアセタール、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)等のべ一ス樹脂に、ガラス繊維や炭素繊維等の強化剤を配合した材料の他、強化剤を含有しないMCナイロン(登録商標)(モノマーキャストナイロン)、ポリアミド6、ボリアミド66等が使用されている。中でも、寸法安定性やコストを考慮して、強化剤を含有しないMCナイロン(登録商標)、ガラス繊維を含有したポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46等が主流となっている。
【0004】
また、減速ギヤ20のウォーム12は、図2に示すように、一対の玉軸受等の転がり軸受110で支持されて電動モータ100と連結しており、ハウジング120の一対の転がり軸受110の間の空間には、通常、ウォーム12とウォームホイール11との両ギヤ歯間の潤滑のためにグリース組成物(以下、「グリース」ともいう。)が充填されている。更に、転がり軸受110に予圧をかけるとともに、タイヤ側からの微小なキックバック入力が入ってきたときに、ウォーム12を軸方向に動かして電動モータ100が回転しないようにし、ハンドル側にキックバックのみの情報を伝えるために、図示されるように、転がり軸受110のウォーム側にゴム製のダンパー130を取り付けているものも知られており、使用されるゴムとしては圧縮永久歪みが小さいエチレンアクリルゴムに代表されるアクリルゴムが一般的である。上記グリースとしては、水酸基を含む脂肪酸又は多価アルコールの脂肪酸エステルを含む樹脂潤滑用グリース組成物が開示されている。このグリース組成物は、自動車の電動パワーステアリング装置の減速機構部に使用した場合、長時間使用後にもトルクの変動が抑制され、長時間運転してもハンドル操作に違和感がない点で優れている。
【0005】
しかしながら、上記樹脂潤滑用グリース組成物を大型車の電動パワーステアリング装置に適用すると、高荷重条件下で樹脂部と金属部の摺動が為されることとなり、摺動部における摩擦力の増大からハンドルをゆっくり切った場合に運転者が引っ掛かりを感じたり、また樹脂ギヤの耐久寿命が短くなるなどの間題が発生する恐れがある。
【0006】
このような問題を解決したグリース組成物として、平均分子量が900〜10000のポリエチレンワックスを0.5〜40重量%含有する潤滑グリース組成物が提案されている。また、基油に合成炭化水素油、増ちょう剤にジウレア化合物、及びモンタンワックスを含有する樹脂潤滑用グリース組成物が提案されている。
【0007】
さらに、ポリエチレンオキサイド系ワックスを0.1〜30重量%含有する潤滑用のグリース組成物が提案されている。
【0008】
しかしながら、上記潤滑用のグリース組成物は、金属製ウォームと合成樹脂製ウォームホイールとでなる減速ギヤの耐摩耗性を向上させる効果を有しているが、車両応答性の向上や耐久性の観点から、樹脂と鋼のすべり潤滑状態の更なる改善が望まれる。
【0009】
ところで、現在、電動パワーステアリング装置は大きく分けて、コラムアシスト式とラックアシスト式の2つのタイプが市揚で流通している。両者間では減速ギヤ機構部の曝される雰囲気温度が異なる。前者では減速ギヤ機構部が車室内近傍に位置するため、最高で約60〜80℃の温度に曝されることになる。一方、後者では、減速ギヤ機構部がエンジン近傍に位置するため、最高で約100〜120℃の雰囲気温度に曝されることになる。
【0010】
減速ギヤ機構部を潤滑するグリースは、従来、摺動特性が良いことから、増ちょう剤がリチウム石鹸、バリウム複合石鹸、あるいはジウレア化合物である場合が多い。ラックアシスト式電動パワーステアリング装置の揚合、減速ギヤ機構部が高温雰囲気に曝されることから、増ちょう剤がジウレア化合物であるグリースを使用する場合が多い。
【0011】
減速ギヤ機構部で使用するジウレア化合物は、イソシアネートとモノアミンとの反応から合成される。ジウレア化合物の欠点として、これを増ちょう剤としたグリース組成物が経時硬化を起こすことが挙げられる。つまり、グリース製造から、実使用に供するまでに時間があまり経ちすぎると、グリースの不混和ちょう度が製造時点のそれよりも低下してしまっていることが問題となる。このような不具合を回避するためには、製造と出荷のタイムラグをできるだけ短縮し、また、グリースの保管環境を充分に考慮しなければならない(例えば、空調設備の整った冷暗所に保管する)。特にグリースを船便で輸送中、赤道付近を通過する場合、倉庫の中のグリースに熱履歴が加えられることとなり、グリースが硬化を起こすことが、前述した不具合の顕著な例となる。
【0012】
そこで、リチウム石鹸、リチウム複合石鹸あるいはバリウム複合石鹸といった金属石鹸、金属複合石鹸を増ちょう剤としたグリースを減速ギヤ機構部の潤滑に用いれば、上記のような問題を回避できると考えられるが、金属石鹸、金属複合石鹸を増ちょう剤としたグリースにはまた別の問題がある。通常、電動パワーステアリング装置に用いられる種々の樹脂、ゴム部材との相性の問題から、グリースの基油としては、多くポリ−α−オレフィンのような合成炭化水素油が用いられる。合成炭化水素油を金属石鹸あるいは金属複合石鹸で増ちょうすると、それらの相性が悪いために離油のしやすいグリースとなる。したがって増ちょう剤が金属石鹸、金属複合石鹸であって、基油が合成炭化水素油であるグリースをラックアシスト式の電動パワーステアリング装置に適用すると,高温雰囲気下でグリースからの離油が著しくなり、摺動部から潤滑油分が流出してしまう結果、潤滑不足に陥るという問題が経験されている。
【特許文献1】特公平6-60674号公報
【特許文献2】特開平8-209167号公報
【特許文献3】特開平9-194867号公報
【特許文献4】特開2002-371290号公報
【特許文献5】特開2003-3185号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本願発明の課題は、保存中に経時硬化を起こすことなく、且つ、ラックアシスト式の電動パワーステアリング装置の減速ギヤ機構が曝されるような高温雰囲気下においても顕著な離油を起こすこともなく、且つ、摺動特性に優れ、減速ギヤ機構部におけるモータからの入力トルクの摩擦損失を最小限に抑えることのできる減速ギヤ機構部潤滑用のグリース組成物を提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するために、本発明の係る電動パワーステアリング装置は、電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギヤ歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、且つ、前記減速歯車機構がグリース組成物で潤滑されており、且つ、該グリース組成物が、滴点が120〜137℃であるワックスを前記グリース組成物全量に対して4〜11重量%含有し、且つ前記グリース組成物が、40℃において20〜150×10-6 m2/sの動粘度を持つ基油を含有することを特徴とする。
【0015】
また、上記の課題を解決するために、本発明の係る電動パワーステアリング装置は、電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギヤ歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、且つ、前記減速歯車機構がグリース組成物で潤滑されており、且つ、該グリース組成物が、滴点が80〜100℃であるワックスを前記グリース組成物全量に対して1〜5重量%含有し、且つ、前記適点が120〜137℃であるワックスと前記滴点が80〜100℃であるワックスとからなるワックスを、前記グリース組成物全量に対して5〜11重量%含有し、且つ前記グリース組成物が、40℃において20〜150×10-6 m2/sの動粘度を持つ基油を含有することを特徴とする。
【0016】
本願発明において、グリースに含有するワックスの機能は、その増ちょう性によって離油を抑制することと、摺動面において、低せん断応力でせん断変形することで摩擦低減を実現することにある。
【発明の効果】
【0017】
電動パワーステアリング装置の減速歯車機構の摺動部が、本発明のグリース組成物によりグリース潤滑される場合、本発明のグリース組成物の増ちょう性によって離油を抑制することと、摺動面において、低せん断応力でせん断変形することで摩擦低減を実現することに有効である。
【0018】
上記した組成のグリースを用いれば、ラックアシスト式電動パワーステアリング装置の減速ギヤ機構、及び/又はコラムアシスト式電動パワーステアリング装置とラックアシスト式電動パワーステアリング装置の両方の減速ギヤ機構に適用でき、保存中に経時硬化を起こすことが無く、そして摺動性及び耐久性に優れた減速ギヤ機構用グリース組成物を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明の一実施形態について詳細に説明する。
【0020】
上記の課題を解決するために、本発明の係る電動パワーステアリング装置は、電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギヤ歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、且つ、前記減速歯車機構がグリース組成物で潤滑されており、且つ、該グリース組成物が、滴点が120〜137℃であるワックスを前記グリース組成物全量に対して4〜11重量%含有し、且つ前記グリース組成物が、40℃において20〜150×10-6 m2/sの動粘度を持つ基油を含有することを特徴とする。
【0021】
本発明では、グリース組成物が、少なくとも、ワックスとして滴点が120〜137℃であるワックスを含有する。滴点が120〜137℃であるワックスには、ポリエチレンワックス、酸化ポリエチレンワックス等が含まれる。滴点が120〜137℃であるワックスをグリース組成物全量に対して4〜11重量%含有する。このワックスの含有量が4%未満では、離油度が大きくなるという問題があり、11%を超えると低温流動性が悪化するという欠点が発生する。ここで、低温流動性は、JIS K 2220(5-14)の方法により−30℃の温度で測定されるグリースの流動性である。
【0022】
また、上記の課題を解決するために、本発明の係る電動パワーステアリング装置は、電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギヤ歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、且つ、前記減速歯車機構がグリース組成物で潤滑されており、且つ、該グリース組成物が、滴点が80〜100℃であるワックスを前記グリース組成物全量に対して1〜5重量%含有し、且つ、前記適点が120〜137℃であるワックスと前記滴点が80〜100℃であるワックスとからなるワックスを、前記グリース組成物全量に対して5〜11重量%含有し、且つ前記グリース組成物が、40℃において20〜150×10-6 m2/sの動粘度を持つ基油を含有することを特徴とする。
【0023】
本発明では、グリース組成物が、滴点が80〜100℃であるワックスを前記グリース組成物全量に対して1〜5重量%含有し、且つ、前記適点が120〜137℃であるワックスと前記滴点が80〜100℃であるワックスとからなるワックスを、前記グリース組成物全量に対して5〜11重量%含有することが、好ましい。
【0024】
滴点が80〜100℃のワックスは、好ましくは、60〜80℃の使用条件において低摩擦を達成するために併用するが、グリース組成物全量に対して1重量%未満含有の場合に上記使用条件における摩擦係数低下の点で効果を望めない。滴点が80〜100℃のワックスの含有量が、5重量%を超える場合、離油度の点で好ましくない。この場合も、これらのワックスの適切な含有量範囲については、上記の通りである。
【0025】
さらに、好ましくは、本発明に係る電動パワーステアリング装置が、基油が合成炭化水素油及び鉱油からなる群から選ばれる少なくとも一つを基油全量の70重量%以上含むことである。合成炭化水素油あるいは鉱油には、ポリ−α−オレフィン、ポリブテン、ナフテン系鉱油、パラフィン系鉱油が含まれる。上記の一つが、基油全量の70重量未満では、樹脂ゴム適合性の点で好ましくない。樹脂ゴム適合性が劣る場合、グリースに浸された樹脂部材、ゴム部材の強度、伸び、弾性等の物理的性質が劣化したり、膨潤により体積が変化したりする。
【0026】
基油動粘度は、40℃において20〜150×10-6 m2/sが好ましく、20×10-6 m2/s未満であると、油膜厚さの減少から摩擦係数が増大する。基油動粘度が、150×10-6 m2/sを超えると、グリースの低温流動性、即ち低温環境におけるトルク特性の点で問題である。
【0027】
上記に加えて、増ちょう剤が、金属石鹸及び金属複合石鹸からなる群から選ばれる少なくとも一つであることが、これらの増ちょう剤を用いたグリース組成物が経時硬化しにくい点で好ましい。金属石けんにはステアリン酸リチウム、12−ヒドロキシステアリン酸リチウム等が含まれ、金属複合石けんにはリチウム複合石けん、バリウム複合石けん等が含まれる。
【0028】
本発明において、電動パワーステアリング装置自体の構成には制限がなく、例えば図1に示す電動パワーステアリング装置を例示することができる。図示される電動パワーステアリング装置において、ステアリングコラム50の出力軸60側には、図2及び図3に示したような減速ギヤ20をハウジング120に収容して構成されるギヤボックスが配設されている。
【0029】
また、ステアリングコラム50は中空になっており、ステアリングシャフト70が挿通され、ハウジング120に収納された転がり軸受90、91により回転自在に支承されている。また、ステアリングシャフト70は中空軸であり、トーションバー80を収容している。そして、ステアリングシャフト70の外周面には、ウォームホイール11が設けてあり、このウォームホイール11にウォーム12が噛合してある。また、これらウォームホイール11とウォーム12とからなる減速ギヤ20には、図2に示したように、電動モータ100が連結されている。
【0030】
減速ギヤ20は、図3に示したように、金属製の芯管1の外周に、例えば、好ましくはポリアミド樹脂組成物からなり、その外周面にギヤ歯10を形成した樹脂部3を一体化したウォームホイール11と、金属製のウォーム12とから構成される。尚、ウォームホイール11において、金属製芯管1と樹脂部3とを接着剤8により接着してもよく、接着剤8として例えばシラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤またはトリアジンチオール化合物を用いることができる。
【0031】
樹脂部3を形成するポリアミド樹脂としては、吸水性や耐疲労性の観点から、ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46、ポリアミド610、ポリアミド612、ポリアミド12、ポリアミド11、ポリアミドMXD6、ポリアミド616T、変性ポリアミド6T等が好適に挙げられるが、中でもポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド46が耐疲労性に優れ好ましい。また、これらポリアミド樹脂は、ポリアミド樹脂と相溶性を有する他の樹脂と混合してもよい。例えば、無水マレイン酸等の酸で変性したポリオレフィン(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−α−オレフィンコポリマー、プロピレン−α−オレフィンコポリマー等)が挙げられる。
【0032】
これらポリアミド樹脂、またはポリアミド樹脂と他の樹脂との混合樹脂は、樹脂単独でも一定以上の耐久性を示し、ウォームホイール11の相手材である企属製のウォーム12の摩耗に対して有利に働き、減速ギヤとして十分に機能する。しかしながら、より過酷な使用条件で使用されると、ギヤ歯10が破損や摩耗することも想定されるため、信頼性をより高めるために、補強材を配合することが好ましい。
【0033】
補強材としては、ガラス繊維、炭素繊維、チタン酸カリウムウィスカー、ホウ酸アルミニウムウィスカー等が好ましく、上記に挙げたポリアミド樹脂との接着性を考慮してシランカップリング剤で表面処理したものが更に好ましい。また、これらの補強材は複数種を組み合わせて使用することができる。衝撃強度を考慮すると、ガラス繊維や炭素繊維等の繊維状物を配合することが好ましく、更にウォーム12の損傷を考慮するとウィスカー状物を繊維状物と組み合わせて配合することが好ましい。混合使用する揚合の混合比は、繊維状物及びウィスカー状物の種類により異なり、衝撃強度やウォーム12の損傷等を考慮して適宜選択される。これらの補強材は、樹脂部全体の5〜40重量%、特に10〜30重量%の割合で配合することが好ましい。補強材の配合量が5重量%未満の場合には、機械的強度の改善が少なく好ましくない。補強材の配合量が40重量%を超える揚合には、ウォーム12を損傷し易くなり、ウォーム12の摩耗が促進されて減速ギヤとしての耐久性が不足する可能性があり好ましくない。
【0034】
更に、ポリアミド樹脂組成物には、成型時及び使用時の熱による劣化を防止するために、ヨウ化物系熱安定化剤やアミン系酸化防止剤を、それぞれ単独あるいは併用して添加してもよい。
【0035】
上記のごとく概略構成される電動パワーステアリング装置では、更に、従来と同様にハウジング120の一対の転がり軸受110の間の空間に、ウォーム12とウォームホイール11との両ギヤ歯間の潤滑のためのグリースが充填される(図2参照)。
【実施例】
【0036】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0037】
基油には、ポリ−α−オレフィンを使用した。具体的には、エクソンモービル社のスペクトラシン2(0.000005 m2/s(5 cSt)@40℃)、スペクトラシン4(0.000019 m2/s(19 cSt) @40℃)、スペクトラシン8(0.000048 m2/s(48 cSt)@40℃)、スペクトラシン40(0.000396 m2/s(396 cSt)@40℃)を適宜混合して、動粘度を調整、変更した。
【0038】
増ちょう剤には、ステアリン酸リチウム、12−ヒドロキシステアリン酸リチウム、又はリチウム複合石けんを用いた。
【0039】
増ちょう剤が、ステアリン酸リチウム又は12−ヒドロキシステアリン酸リチウムである場合、増ちょう剤を基油と混合し、200〜240℃程度まで加熱して、増ちょう剤を基油中に完全溶解させた。その後、溶液を別の容器に注ぎ、空冷によって急冷却した。さらに、得られたゲル状物質に添加剤を混合し、3本ロールにて均一に混錬することによって試験グリースを作製した。
【0040】
また、増ちょう剤がリチウム複合石けんである場合、まず基油中に12−ヒドロキシステアリン酸とアゼライン酸を所定量混合し、100℃まで加熱して水酸化リチウムを添加、ケン化反応により石けんを合成した。その後、260℃まで加熱して反応を終了させ、冷却した後、添加剤を混合し、3本ロールにて均一に混錬することによって試験グリースを作製した。
【0041】
すべてのグリース組成物が、混和ちょう度が280になるように増ちょう剤の配合量で調整した。
【0042】
表1に本発明の実施例として、表2に比較例として、評価したグリース組成物の組成を示した。また、比較例3は、協同油脂(株)のマルテンプ(登録商標)SCUグリースで、減速ギヤ機構部を潤滑するグリースとして市販されている。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

(試験1)
評価グリースを高温放置試験に供した。各評価グリースを容器に取り、60℃に調整した恒温槽に放置し、一定時間毎に採取、室温まで自然冷却した後、JISK2220(5.3)に従って不混和ちょう度を測定した。結果を図4に示す。
【0045】
実施例1、5、6、9、と比較例3の比較から増ちょう剤がジウレアであるグリースよりも金属石鹸、金属複合石鹸、即ちステアリン酸リチウム、12−ヒドロキシステアリン酸リチウム、リチウム複合石けんが増ちょう剤であるグリースの方が経時硬化しにくいことがわかる。
【0046】
(試験2)
減速ギヤ機構部の効率の指標として図5に示す摩擦試験機を利用して樹脂−金属間の摩擦係数を測定した。軸受鋼SUJ2製10×10mmの球面コロC22211EA(日本精工(株)製)の側面を樹脂製平板に押し付けて揺動させる仕組である。樹脂平板はガラス繊維を25重量%含むポリアミド66を射出成形した後削り加工を施して作製した。摺動面の粗さが算術平均粗さRaで1.0aになるように調整した。試験条件は、接触最大面圧170MPa、揺動距離8mm、周波数0.5Hz、試験時の雰囲気温度60〜120℃である。摩擦によって生ずる水平応力をロードセルで検出し、その出力電圧から摩擦係数を算出した。
【0047】
摩擦係数の測定結果を図6〜図11に示す。また、JIS K 2220(5-7)に準拠して測定した離油度(120℃×24hr)の結果を表1と表2に記載した。離油度は、5.0重量%以下であれば好適である。図6〜図11から、本願発明のグリース組成物はすべて、市販品である比較例3の組成のグリースよりも優れた摩擦低減能を有すると判断できる。特に実施例9、10、11、13の組成のグリースは60〜120℃において他の評価グリースよりも低摩擦を呈した(図9)。これは、低滴点のワックスを配合したことによる。グリース組成物中のワックスは、グリースが摺動面において低せん断応力でせん断変形するように作用することによって摩擦を低減すると考えられるが、同一のワックスでも、雰囲気温度が低い温度から滴点に近くなる程、ワックス自体のせん断応力が低くなるため、低摩擦を呈する。従って、100〜120℃の条件においては、その温度より多少高い滴点を有するワックスを所定量で含有した実施例1、2、3のグリースが低摩擦であったわけである(図10)。同様に、60〜80℃の条件においては、その温度より多少高い滴点を有するワックスと所定量混合した実施例9、10、11、13が低摩擦である(図9)。高滴点、低滴点のワックスを併用すると、理由は不明であるが何らかの相互作用を呈し、80〜100℃においても低摩擦となる。また、実施例11、12の比較から、低滴点ワックスの効果を得るためには、その配合量をグリース全量に対して1重量%以上にする必要があると判断できる(図9)。実施例13、比較例6から、低滴点ワックスの含有量は、離油度の観点から5重量%以下が好ましい。比較例1、5、実施例1、3から高温(120℃)における離油度低減の観点で、高滴点ワックスは滴点120℃以上のものが好ましく、摩擦係数の観点から137℃以下が好ましい(図10)。実施例9、10、比較例8から低滴点ワックスは、60〜80℃における摩擦低減の観点で滴点80〜100℃のものが好ましいと判断できる。低滴点ワックスの滴点が80℃未満であると、比較例8のように、80〜100℃の雰囲気温度で摩擦係数が高くなってしまう。また、低滴点ワックスの滴点が100℃を超えると、60℃付近以下の雰囲気温度で摩擦係数が高くなることを本願発明者は経験している。このように、異なる所定の滴点範囲を有する2種類のワックスを併用することによって幅広い温度範囲に適用可能な減速ギヤ用グリースを実現でき、ラックアシスト式、コラムアシスト式の両方において優れた性能を付与することができる。尚、摩擦係数は0.06〜0.063程度以下であれば実用可能ではあるが、低いほど好ましい。
【0048】
実施例1、5、6から増ちょう剤としてステアリン酸リチウム、12−ヒドロキシステアリン酸リチウム、リチウム複合石けんの何れもが好適に使用できることが分かる(図7)。
【0049】
実施例1、7、8、比較例4から基油動粘度は40℃において20〜150×10-6 m2/sが好ましく、20×10-6 m2/s未満であると、油膜厚さの減少から摩擦係数が増大することが分かる。また、150×10-6 m2/sを超えるとグリースの低温流動性が悪化し、0〜−40℃で不具合を起こす可能性が高くなる(表1、表2、図8)。
【0050】
比較例1、2、5、実施例1、2、3、から高滴点ワックスの滴点は、120〜137℃が好ましいことが分かる。滴点が120℃未満であると、滴点以上の温度においてワックスが融解し、低摩擦能を維持しえず、また、ワックスが増ちょう性を失って離油が増大する。滴点が137℃よりも大きいと、ワックスが100〜120℃にて軟化しないため、その温度範囲にて摩擦低減能に乏しくなる(表1、表2、図10)。
【0051】
実施例9、10、比較例8から低滴点ワックスの滴点は80〜100℃であることが好ましいと判断できる(図11)。低滴点ワックスの滴点が80℃未満であると、80〜100℃において、その滴点よりも高い温度で摩擦低減効果が乏しくなってしまう。
【0052】
本願発明の諸データから、ワックスは単体で用いるとその滴点より少し低い雰囲気温度にて特に効果的に摩擦低減能を発揮すると推測される。滴点の異なる二つのワックスを共にグリースに添加することによって低滴点ワックスの滴点よりも高い温度である低滴点ワックス滴点〜100℃の雰囲気温度においても低摩擦を維持できることが、前述した相互作用の内容であると考えられる。比較例8の場合、相互作用は発揮されているが、低滴点ワックスの滴点が低すぎるため、その相互作用が80〜100℃の全領域をカバーできず、図のように90℃にて摩擦係数が高くなっていると考えられる。なお、低滴点ワックスの滴点が100℃を超える場合は、滴点が高すぎるため、60℃付近以下の雰囲気温度で摩擦係数が高くなってしまう。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】電動パワーステアリング装置の側面図。
【図2】図1のA−A線に沿う断面図。
【図3】ウォームと、ウォームに噛み合うウォームホイールとから構成される電動パワーステアリング装置用減速ギヤの斜視図。
【図4】不混和ちょう度の測定結果。
【図5】摩擦試験機の模式図。
【図6】摩擦係数の測定結果−1
【図7】摩擦係数の測定結果−2
【図8】摩擦係数の測定結果−3
【図9】摩擦係数の測定結果−4
【図10】摩擦係数の測定結果−5
【図11】摩擦係数の測定結果−6
【符号の説明】
【0054】
1 金属製芯管
3 樹脂部
8 接着剤
10 ギヤ歯
11 ウォームホイ−ル
12 ウォーム
20 減速ギヤ
60 ステアリングコラムの出力軸
70 ステアリングシャフト
120 ハウジング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、
前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギヤ歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、且つ、前記減速歯車機構がグリース組成物で潤滑されており、且つ、該グリース組成物が、滴点が120〜137℃であるワックスを前記グリース組成物全量に対して4〜11重量%含有し、且つ前記グリース組成物が、40℃において20〜150×10-6 m2/sの動粘度を持つ基油を含有することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
電動モータによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、
前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギヤ歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、且つ、前記減速歯車機構がグリース組成物で潤滑されており、且つ、該グリース組成物が、滴点が80〜100℃であるワックスを前記グリース組成物全量に対して1〜5重量%含有し、且つ、前記滴点が120〜137℃であるワックスと前記滴点が80〜100℃であるワックスとからなるワックスを、前記グリース組成物全量に対して5〜11重量%含有し、且つ前記グリース組成物が、40℃において20〜150×10-6 m2/sの動粘度を持つ基油を含有することを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記グリース組成物の基油が、合成炭化水素油及び鉱油からなる群から選ばれる少なくとも一つを前記基油の全量の70重量%以上含み、且つ、前記グリース組成物の増ちょう剤が、金属石鹸及び金属複合石鹸からなる群から選ばれる少なくとも一つであることを特徴とする、請求項1または2のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記樹脂部が、ポリアミド樹脂を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
前記ポリアミド樹脂が、前記樹脂部の全体の5〜40重量%の補強材を含む、請求項4に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
前記補強材が、ガラス繊維を含む、請求項5に記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2008−265701(P2008−265701A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−115265(P2007−115265)
【出願日】平成19年4月25日(2007.4.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】