説明

電子スピンによる共鳴を利用した識別方法及びその識別方法に使用する識別用材と検出器

【課題】多くの情報を高い信頼性で簡単に取り扱うことのでき、また、様々な場面に適用することができる識別方法及びその識別方法に使用する識別用材と検出器を提供する。
【解決手段】本発明にかかる電子スピン共鳴を利用した識別方法では、まず、異なる内部磁場を有し、異なる周波数の電磁波に対し電子スピン共鳴する、複数種類の識別基礎物質(1)の、任意の組合せを、目的情報に対応させておく。また、該目的情報と合致する識別対象(2)に、該組合せの識別基礎物質を付与しておく。そして、該識別対象の識別が必要になった場合は、該識別対象に、該複数種類の電磁波を連続的に照射し、電子スピン共鳴が検出できる周波数の組合せを基に該識別基礎物質の組合せを得ることで、該識別対象に合致する該目的情報を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子スピン共鳴を利用した識別方法及びその識別方法に使用する識別用材と検出器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、生産技術の向上、或いはPC、一般家庭用印刷機の機能の向上に伴い、商品そのものの偽造やその商品の品質を表示するラベル偽造が容易に行われ、これらの偽造品が数多く流通するという問題が生じている。そこで、これら商品の真贋を鑑定し、真正品であるかどうかの識別を行うための様々な方法が考案されている。そして、それら方法の中に、内部磁場を持つ物質の電子スピン共鳴を利用して目的物を識別するものがある。電子スピン共鳴反応は、内部磁場を持つ特定の共鳴物質を、その共鳴周波数の電磁波に晒した場合に起こるものであるが、この反応を検出する信号を得るにあたり、外部の静的な場(磁場など)を必要としない。そのため、検出のための装置を小型にできるという利点がある。なお、電子スピン共鳴を利用した識別方法は、例えば、特表平10−509815号公報に開示されている。
【0003】
また、商品が真正品であるかどうかの識別を行う別の方法として、所定の線スペクトルが得られる発光をする化合物を商品の材料に混ぜ入れ、その材料に特定の光を照射した場合にそこから放射される線スペクトルを、上記電磁波に替わるものとして利用する方法(例えば特開2005−55735号公報に開示された方法)がある。
【特許文献1】特表平10−509815号公報
【特許文献2】特開2005−55735号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、電子スピン共鳴を利用した従来の識別方法で判別できるのは、共鳴反応の有無のみであった。そのため、多くの情報を用いてより多様な識別を必要とする場合は、情報記憶手段を別に容易する必要があり、適用できる場面が限定されていた。なお、特表平10−509815号公報には、共鳴物質を並べることによって所望の長さのデジタル信号とする方法も開示されているが、この場合、共鳴物質を所定の位置に厳密に施さなければならず、手間がかかり、また、わずかな位置のずれが情報の誤認をもたらすという問題があった。
【0005】
一方、特開2005−55735号公報に開示された識別方法によれば、異なる波長の線スペクトルを発光する複数の化合物を混ぜ入れることにより、複数種類の情報を扱うことも可能である。しかしながら、線スペクトルを得るために一般的に使用されるレーザはエネルギーが高く、人体や物質に対しダメージを及ぼす危険性を有し、慎重な取り扱いが必要になるという問題があった。また、目的とする波長の線スペクトルを発光する化合物の製造が難しく、そのような化合物を複数種類、簡単に用意することができないという問題があった。そして、そのような問題点から、技術的或いは経済的な理由により、やはり、適用できる場面が限定されていた。
【0006】
そこで、本発明の目的は、多くの情報を高い信頼性で簡単に取り扱うことができ、また、様々な場面に適用することができる識別方法及びその識別方法に使用する識別用材と検出器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明にかかる電子スピン共鳴を利用した識別方法では、まず、異なる内部磁場を有し、異なる周波数の電磁波に対し電子スピン共鳴する、複数種類の識別基礎物質の、任意の組合せを、目的情報に対応させておく。また、該目的情報と合致する識別対象に、該組合せの識別基礎物質を付与しておく。そして、該識別対象の識別が必要になった場合は、該識別対象に、該複数種類の電磁波を連続的に照射し、電子スピン共鳴が検出できる周波数の組合せを基に該識別基礎物質の組合せを得ることで、該識別対象に合致する該目的情報を得る。
【0008】
なお、本発明において、電子スピンによる共鳴とは、核磁気共鳴(NMR)、核四極子共鳴(NQR)などの核スピンによる共鳴を除いた共鳴、すなわち、電子スピン共鳴(ESR)、強磁性共鳴(FMR)、反強磁性共鳴(AFMR)などをまとめた概念を意味するものとする、また、本発明において付与とは、識別基礎物質と識別対象を何らかの形で一体化させることを意味する。例えば、識別対象の素材や識別対象の表面に設けた特定領域に識別基礎物質を混入したり、識別対象の表面に施される印刷のインクに識別基礎物質を混入したり、或いは識別基礎物質を含むラベルを識別対象に貼付したりする方法が挙げられるが、これらの方法に制限されるものでなく、その他の適宜採用され得る方法も意図するものとする。
【0009】
該識別基礎物質は、該識別対象の表面に層状に固定される媒体を介して、該識別対象に付与されてもよい。
【0010】
本発明にかかる識別用材は、異なる内部磁場を有し、異なる周波数の電磁波に対し電子スピンにより共鳴する、複数種類の識別基礎物質と、該識別基礎物質を包含する媒体とからなる。
【0011】
本発明にかかる識別用材は、該媒体が識別対象の表面に層状に固定されるものであってもよい。
【0012】
本発明にかかる検出器は、所定周波数の電磁波の送受信を、異なる複数の周波数について連続的に行う。
【0013】
本発明にかかる検出器において、該電磁波の送受信は、単一の送受信コイルを介して行なわれてもよい。
【0014】
本発明にかかる検出器において、該電磁波の送受信は、複数の送受信コイルを介して行なわれてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明にかかる電子スピンによる共鳴を利用した識別方法によれば、異なる内部磁場を有し、異なる周波数の電磁波に対し電子スピン共鳴する、複数種類の識別基礎物質を使用することで、その識別基礎物質の組合せの数の情報を取り扱うことができる。例えば、使用する識別基礎物質が10種類であれば、2の10乗、すなわち1024通りの情報を取り扱うことができる。また、識別基礎物質の組合せは、複数種類の電磁波を識別用物に連続的に照射し、各周波数の電磁波に対する電子スピンによる共鳴の有無を調べ、検出できる周波数の組合せを得るだけで、容易に再現でき、しかも誤認のおそれもない。従って、多くの情報を高い信頼性で簡単に取り扱うことが可能になる。更に、複数種類の識別基礎物質は内部磁場が異なるものであればよいことから、焼成時間や温度などの製造条件を変えることにより同じ原料から製造でき、比較的簡単に用意することができる。しかも、電子スピンによる共鳴を起こさせるための電磁波の波長は、レーザの赤外領域よりも長波長領域へ広げることができるため、エネルギーを低くして人体や物質にダメージを与えないものにできる。そのため、様々な場面に適用することも可能となる。
【0016】
識別基礎物資がインクや塗料などの媒体に混ぜられて識別対象に付与される場合、媒体の性状により識別基礎物質の混入可能量が制限されるようであれば、その媒体を識別対象の表面に層状に固定すればよい。電子スピンによる共鳴は、識別基礎物質に接触することなく検出できるため、層状に固定された媒体の下層に含まれる識別基礎物質の共鳴も検出に際し、上層の存在が妨げにとならないからである。このように、識別対象の表面に層状に固定される媒体を介して、識別対象に付与することとすれば、識別基礎物質の濃度を、共鳴の検出に必要十分な値に高めることができる。例えば、共鳴を検出するために必要な濃度の3分の1の濃度の識別基礎物質しか混ぜることのできない媒体を使用する場合、3層とすることにより共鳴を検出することができる。
【0017】
本発明にかかる識別方法は、本発明にかかる識別用材及び検出器を用いることで、好適に実施することができる。また、本発明にかかる識別用材を用いる場合、その媒体を識別対象の表面に層状に固定することにより、識別基礎物質の濃度を、共鳴の検出に必要十分な値に高めることができる。
【0018】
なお、本発明にかかる検出器において、電磁波の送受信は、複数の送受信コイルを介して行なってもよい。送受信を行う電磁波の各周波数に対し一つの送受信コイルを対応させる構成とすれば、簡単な回路で、異なる複数の周波数について連続的に、所定周波数の電磁波の送受信を行うことができる。なお、送受信を行う電磁波の周波数が狭い領域内に全て含まれる場合は、単一の送受信コイルを介して行なうこととしてもよい。コイルを使用して電磁波の送受信を行う場合、その電磁波の周波数はコイルの物性により特定されるが、実際には、その周波数は特定の値に限定されず、わずかながらの幅を有しているからである。この場合、回路をより簡単なものとすることできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明にかかる電子スピン共鳴を利用した識別方法を、IDカードの識別に適用した具体例を示す。図1は同識別方法において識別対象となるIDカードを示し、(a)はIDカードの正面図、(b)は電磁波照射用部の模式的な断面図である。
まず、異なる内部磁場を有し、異なる周波数の電磁波に対し電子スピン共鳴する、複数種類の識別基礎物質1を表1に示す。なお、識別基礎物質は、自身に内部磁場を持つ強磁性体(磁場を取り除いても磁化をもっている物質)であれば制限はなく、使用条件等に応じ最適な物質を適宜採用すればよい。ただし、共鳴周波数の変動を避けるため、採用する物質は性状が安定しており内部磁場が変化しないものであることが必要である。そのような物質として、Sc、Mn、Ni等のフェライト系化合物、酸化鉄、ネオジム化合物等を好適に使用できる。
【表1】

【0020】
前記識別基礎物質の任意の組合せに対応する目的情報は、表2に示すように定義される。なお、表2において、O印は当該識別基礎物質1を含むことを意味する。
【表2】

【0021】
識別対象となるIDカード2には電磁波照射用部6を設けておく。そして、その電磁波照射用部に、表2に示す組合せの識別基礎物質1を乾燥固化する液状媒体3に混ぜ入れて生成した識別用材4を塗布しておく。例えば、従業員5のIDカードに設けられた電磁波照射用部6には、識別基礎物質a及びbを含有する識別用材4を塗布しておく。
【0022】
識別対象であるIDカード2が、施設入口において本人の認証用に提示される等してIDカード2の識別が必要になった場合は、電磁波照射用部6に、前記識別基礎物質1a,1b,1c及び1dの共鳴周波数L1、L2、L3及びL4を持つ全ての電磁波を連続的に照射する。なお、この場合の連続的とは、まず周波数L1の電磁波を照射し、以降、周波数L2の電磁波、周波数L3の電磁波、周波数L4の電磁波を順次照射することを意味する。ただし、4種類の電磁波が照射されれば、周波数L1、L2、L3及びL4に関する順番は適当でよい。
【0023】
共鳴周波数L1、L2、L3及びL4を持つ電磁波を順次照射していくと、電子スピン共鳴が検出できる周波数の組合せを基に識別基礎物質1の組合せを得ることができ、その組合せから識別対象のIDカード2に合致する目的情報を得ることができる。例えば、共鳴周波数L1及びL2を持つ電磁波のみに対して電子スピン共鳴が検出できた場合、組合せ5に対応する目的情報、すなわちIDカードの真の所有者は従業員5であるという情報を得ることができる。従って、IDカード所有者と称する者が従業員5でなければ、その者が偽の所有者であることを即座に識別できる。
【0024】
なお、表2において、識別基礎物質1a、1b、1c及び1dのいずれも含まない組合せは示されていないが、そのような組合せにも目的情報を対応させることはできる。例えば、目的情報として、非従業員或いは来訪者を対応させてもよい。
【0025】
識別用材4の液状媒体3に、共鳴な検出に必要な濃度の識別基礎物質1を混ぜ入れることができない場合、識別用材4を、IDカード2の表面に層状に固定すればよい。
こうすると、層状に固定された媒体3の上層と下層の両層に含まれる識別基礎物質1が共鳴の検出に寄与することになり、識別基礎物質1の濃度を、共鳴の検出に必要十分な値に高めることができる。
【0026】
この識別方法は、本発明にかかる検出器により好適に実施できる。図2は、本発明の検出器の具体例のブロック図、図3は、同検出器におけるアンテナ部の概略配線図である。
この検出器は、アンテナ部11において所定周波数の電磁波の送受信を行うものである。アンテナ部11の状態はCPU12で制御され、まず周波数L1の電磁波の送受信を行い、続いて周波数L2、L3、そしてL4と、異なる複数の周波数について連続的に電磁波の送受信を行えるようになっている。
【0027】
送受信される電磁波は極めて短いパルス波として、公知の高周波送受信技術により、送信及び受信されている。その送受信の手順を簡単に説明すると、まず、パルス周波数は、CPU12から送られた周波数制御データを基に、周波数制御装置13で制御される。そして、この周波数制御装置13の制御の下、発振器14から送信パルスが発振される。なお、この際、発振されるパルスは変調器15により、最適なものに変調される。この変調は、CPU12から変調器15におくられる変調データを基に行われる。変調方式としては、振幅偏移変調(ON/OFFキーイング変調)、直交振幅変調(QAM変調)及び位相偏移変調(PSK変調)が採用されている。
【0028】
発振器14から発振されたパルスは、増幅器16、高周波フィルタ17、デュープレクサ18そしてアンテナ部11を経て、所定周波数(L1、L2、L3又はL4)の電磁波として送信される。
【0029】
アンテナ部11から送信された電磁波に共鳴し、識別基礎物質から送信された電磁波のパルスは、アンテナ部11により受信され、デュープレクサ18、高周波フィルタ19、増幅器20、ミキサ21そして増幅/フィルタ回路22を経て、CPU12に認識される。そして、ここで認識された周波数の組合せにより、表2の目的情報を得ることができる。
【0030】
なお、ミキサ21では、前記周波数制御装置13の制御の下、局部発振器23から送信されたパルス波が合成されている。また、CPU12には、操作に必要な入力装置24及び出力装置25、26が接続されている。
【0031】
アンテナ部11は4つの送受信コイル11a、11b、11c及び11dを備える。各送受信コイル11a、11b、11c及び11dは、周波数L1、L2、L3及びL4にそれぞれ対応しており、電磁波の送受信は、これらを介して行なわれている。例えば、周波数L1の電磁波については、スイッチ11eを入れ、スイッチ11f、11g及び11dを切ることにより、その送受信を行うことができる。
こうすると、簡単な回路で、異なる複数の周波数について連続的に、所定周波数の電磁波の送受信を行うことができる。
【0032】
なお、周波数L1、L2、L3及びL4が狭い領域内に全て含まれる場合は、単一の送受信コイルを介して行なうこととしてもよく、そうすると、回路をより簡単なものとすることできる。
【0033】
また、この検出器において、電磁波の送受信に関する一連の制御はCPU12によりなされているが、CPU12の代わりに、或いはCPU12を介してDSPを用いてもよい。そうすると、より高速な処理が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明にかかる電子スピン共鳴を利用した識別方法において識別対象となるIDカードを示し、(a)はIDカードの正面図、(b)は電磁波照射用部の模式的な断面図である。
【図2】本発明の検出器の具体例のブロック図である。
【図3】同検出器におけるアンテナ部の概略配線図である。
【符号の説明】
【0035】
1 識別基礎物質
2 識別対象(IDカード)
3 媒体
4 識別用材
11a 送受信コイル
11b 送受信コイル
11c 送受信コイル
11d 送受信コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる内部磁場を有し、異なる周波数の電磁波に対し電子スピンにより共鳴する、複数種類の識別基礎物質(1)の、任意の組合せを、目的情報に対応させ、
該目的情報と合致する識別対象(2)に該組合せの識別基礎物質(1)を付与し、
該識別対象(2)に、該複数種類の電磁波を連続的に照射し、電子スピン共鳴が検出できる周波数の組合せを基に該識別基礎物質の組合せを得ることで、該識別対象に合致する該目的情報を得ることを特徴とする電子スピンによる共鳴を利用した識別方法。
【請求項2】
該識別基礎物質(1)は、該識別対象(2)の表面に層状に固定される媒体(3)を介して、該識別対象に付与される請求項1に記載の識別方法。
【請求項3】
異なる内部磁場を有し、異なる周波数の電磁波に対し電子スピンにより共鳴する、複数種類の識別基礎物質(1)と、該識別基礎物質(1)を包含する媒体(3)とからなることを特徴とする識別用材(4)。
【請求項4】
該媒体(3)は識別対象(2)の表面に層状に固定されている請求項3に記載の識別用材(4)。
【請求項5】
所定周波数の電磁波の送受信を、異なる複数の周波数について連続的に行うことを特徴とする検出器。
【請求項6】
該電磁波の送受信は、複数の送受信コイル(11a,11b,11c,11d)を介して行なわれる請求項5に記載の検出器。
【請求項7】
該電磁波の送受信は、単一の送受信コイルを介して行なわれる請求項5に記載の検出器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−4325(P2007−4325A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−181443(P2005−181443)
【出願日】平成17年6月22日(2005.6.22)
【出願人】(501085108)株式会社アイ・ディ・テクニカ (6)
【Fターム(参考)】