説明

電子ビーム照射を用いたフッ素系高分子の表面改質方法及びそれを用いた超疎水性表面の製造方法

【課題】電子ビームの照射を用いてフッ素系高分子材料の表面を改質し、電子ビーム照射量を調節して超疎水性表面を製造する方法を提供する。
【解決手段】
本発明による表面を改質する方法は、電子ビームを照射することによって表面の構造に変化を与える構造的表面改質だけでなく、表面の化学組成に変化を与える化学的表面改質を示し、電子ビームの照射量を調節することによってフッ素系高分子材料の表面が超疎水性を示す。したがって、本発明による電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法は、超疎水性表面を要する塗料産業、接着剤産業、繊維産業、精密化学産業、電気電子産業、自動車産業、金属産業、ディスプレイ産業などで有用に使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビームの照射を用いてフッ素系高分子材料の表面を超疎水性を示すように改質する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
疎水性は、水と物体表面との関係を示すもので、概念的には水との親和力を持たない化学的性質を意味する。疎水性が大きくなるほど水と物体表面との接触角は大きくなる。例えば、接触角が150゜を超過すると、表面は超疎水性を有することを意味し、この場合に水は物体の表面で球形に近い形状を有する。
【0003】
一般的に疎水性を有する物体は、自然界で容易に観察される。サトイモの葉または蓮の遞が疎水性を有する代表的な物体であり、WenzelとCassieによって、前記葉の表面に存在する微細な気孔を持った凹凸構造と特殊な表面物質とが疎水性の原因であることが解明された。
【0004】
疎水性または超疎水性を有するように物体の表面を処理する方法には、物理的方法または化学的方法がある。物理的方法は、物体の表面に凹凸(roughness)を形成させることであり、化学的方法は物体の表面にフッ素コーティングなどをすることであり、フライパンなどが代表的な例である。特に、フッ素系高分子材料は、強い疎水性傾向を示す。
【0005】
物体表面のぬれ性は、物体の表面エネルギーと表面構造によって決定される。したがって、表面のぬれ性を所望する用途に適合するように調節するためには、表面エネルギー及び表面構造を調節できる技術が必要である。特に、水に親和力を持たない性質である超疎水性を有するようにするためには、低い表面エネルギーを持ちながら表面の凹凸(roughness)が大きい構造に製造しなければならない。
【0006】
このような条件を満足させるために、さまざまな方法が開発されてきた。その方法は、次のような二つの方法、すなわち非特定物質表面に凹凸が大きい構造を製造した後、低い表面エネルギーの物質でコーティングする方法と、低い表面エネルギーを有する物質表面に凹凸が大きな構造を製造する方法とに区別される。フッ素系高分子は、代表的な低い表面エネルギーを有する物質であり、後者に該当する方法で超疎水性表面を製造する方法が開発されてきた。代表的な方法としては、鋳型(テンプレート)を用いて凹凸が大きな構造を作り出す方法(非特許文献1)、力を加えて延ばす(extension)方法(非特許文献2)、スパッタリングで気化させて異なる基板に蒸着させる方法(非特許文献3)、電気噴射法(electrospray)(非特許文献4)、放射線照射を用いる方法などがある。
【0007】
このような方法の中で放射線の照射を用いる方法は、工程が簡単であり、大面積の生産が可能であるので、実際の産業に適用するのには非常に相応しい技術である。放射線の中で、アルゴン(Ar)イオン注入(非特許文献5)あるいは、ゼノン(Xe)イオン注入(非特許文献6)、ORFプラズマ処理(非特許文献7)、放射光を用いた方法(非特許文献8)等が開発及び報告された。
【0008】
特許文献1では、真空プラズマを用いてポリフルオロカーボンを物体の表面にコーティングする方法が開示されている。具体的に、1トール(torr)の圧力で水素ガスとモノマーC−F系列ガスの混合ガスを放電空間に注入して、27.12MHzのRF(Radio Frequency、無線周波数)電源を40〜80Wで5分〜20分間印加して、アルミニウム試料の表面をポリフルオロカーボンでコーティングして表面を疎水性に改質させたものである。しかし、前記発明は、単純にフッ素成分をコーティングする化学的方法であり、超疎水性を得にくいのみならず、大面積のための工程には相応しくないという問題がある。
【0009】
特許文献2は、超疎水性表面を有する材料を製造する方法及びそれによって製造された超疎水性材料に関するもので、より詳細には電気化学的方法で超疎水性表面を有する材料を製造する方法が開示されている。具体的に、表面処理する基材の表面に電気化学的方法で金属層を形成して陽極酸化工程で酸化させてナノ構造の金属酸化物層を形成させた後、前記金属酸化物層の表面に疎水性有機単分子層を形成させて製造したものである。しかし、前記発明は、製造工程が単純ではなく、材料の表面に凹凸(roughness)を形成するために金属材料を使用するので、製造費用が高くなって製品化しにくいという問題がある。
【0010】
そこで本発明者等は、フッ素系高分子材料の超疎水性表面を製造する方法を研究中、前記文献に紹介された放射線より透過深度が深くて分子結合の切断が容易で、前記特許文献に紹介された方法と比較して、大面積表面を物理的及び化学的に簡単に改質することができる電子ビームを用いた方法を発見して、本発明を完成した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国登録特許第4,869,922号明細書
【特許文献2】韓国公開特許第2010−0011213号明細書
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】W.Hou等,J.Colloid Interf.Sci.,2009年,第333巻,p.400
【非特許文献2】J.Zhang等,Macromol.Rapid Commun.,2004年,第25巻,p.1105
【非特許文献3】H.Y.Kwong等,Appl.Surf.Sci.,2007年,第253巻,p.8841
【非特許文献4】J.Phys.D:Appl.Phys.,2007年,第40巻,p.7778
【非特許文献5】Y.Inoue等,Colloids Surf.B:Biointerf.,2000年,第19巻,p.257
【非特許文献6】Y.Chen等,Appl.Surf.Sci.,2007年,第254巻,p.464
【非特許文献7】N.Vandencasteele等,Plasma Process.Polym.,2008年,第5巻,p.661
【非特許文献8】K.Kanda等,Jpn.J.Appl.Phys.,2003年,第42巻,p.3983
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、大面積フッ素系高分子材料の表面に超疎水性を付与することができる簡単な方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記目的を達成するために、フッ素系高分子材料に電子ビームを照射する単一工程で大面積の超疎水性表面を製造する方法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によるフッ素系高分子材料に電子ビームを照射してその表面を超疎水性表面に改質する方法は、電子ビームの照射量を調節して照射する単一工程でフッ素系高分子材料の表面が超疎水性を示すので、超疎水性表面を必要とする塗料産業、接着剤産業、繊維産業、精密化学産業、電気電子産業、自動車産業、金属産業、ディスプレイ産業などで撥水性、防汚性、非粘着性、低表面張力などの機能を付与したり、次世代電池、マイクロ流体装置、電気湿潤ディスプレイなど先端研究分野で有用に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】超疎水性表面を有するフッ素系高分子材料を製造する工程を示した図である。
【図2】PTFEフィルム表面の構造的変化を示した走査電子顕微鏡写真である。
【図3】PTFEフィルム表面の化学的変化を示したX線光電子分光光度計スペクルである。
【図4】電子ビームが照射されたPTFEフィルム表面で水の接触角変化を測定した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳しく説明する。
本発明は、フッ素系高分子材料に電子ビームを照射してその表面を超疎水性表面に改質する方法を提供する。
【0018】
具体的には、前記電子ビームの照射量を調節して照射することで、前記フッ素系高分子材料の表面に凹凸(roughness)を形成する物理的改質と、フッ素系高分子材料表面の化学組成が変化する化学的改質とが一緒に起きて、超疎水性表面が製造されるものである。
【0019】
本発明による電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法において、前記フッ素系高分子材料は、フィルム形態のポリテトラフルオロエチレン(Polytetra fluoroethylene,PTFE)、フッ化エチレンプロピレン(Fluorinated ethylene propylene,FEP)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(Poly(tetrafluoroethylene−co−perfluoroalkyl vinyl ether),PFA)、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体(Poly(ethylene−co−tetrafluoroethylene),ETFE)、ポリビニリデンフルオライド(Poly(vinylidene fluoride),PVDF)などを用いることができ、ポリテトラフルオロエチレンフィルムを使用することが好ましい。
【0020】
本発明による電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法において、前記フッ素系高分子フィルムの厚さは、1〜500μmであることが好ましい。フィルムの厚さが1μm未満の場合には、電子ビームのエネルギーがフッ素系高分子フィルムに充分に伝達される前に通過してしまい、500μmを超過する場合には、数百keV以上の高エネルギー電子ビームが必要となって生産費用が高くなるという問題がある。
【0021】
本発明による電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法において、前記電子ビームのエネルギーは、10〜500keVであることが好ましい。電子ビームのエネルギーが10keV未満の場合には、透過深度が浅過ぎて超疎水性のための凹凸が大きな構造を生成させるのに十分ではなく、500keVを超過する場合には電子ビームが深く透過し過ぎて電子ビームの照射による反応の大部分がフィルム表面よりはフィルム内部で起きるため、表面の改質には適当ではないという問題がある。
【0022】
本発明による電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法において、前記電子ビームの電流密度は、1〜20μA/cmであることが好ましい。電流密度が1μA/cm未満の場合には、単位時間当りの電子ビームによる反応が少な過ぎて表面改質効果を得にくく、20μA/cmを超過する場合には多くの熱が発生して不適切な熱反応が起きるという問題がある。
【0023】
本発明による電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法において、前記電子ビームの照射量は、1X1016ないし1X1019electrons/cmであることが好ましい。照射量が、1X1016electrons/cm未満の場合には表面改質の程度が少なくて超疎水性を得ることができないという問題があり、1X1019electrons/cmを超過する場合には表面改質が過度に進行され過ぎて超疎水性を得ることができないという問題がある。
【0024】
本発明による電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法では、電子ビームの照射量が増加するほど、表面の凹凸が次第に深くなるだけでなく、表面のフッ素含量は減少するのに対して、酸素及び炭素の相対的な含量は次第に増加することが示された。前記のような結果は、フッ素系高分子フィルムに電子ビームを照射することで、表面が物理的及び化学的に改質されたことを示す。特に、電子ビームの照射量が、4X1017〜1X1018electrons/cmの時、水と表面の接触角が150゜以上の超疎水性表面が形成されることが示された。
【0025】
したがって、電子ビームの照射量を調節してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性に改質できるのみならず、高分子材料の表面を所望の用途に合わせて改質することに有効に用いることができる。
【0026】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明する。但し、下記の実施例は、本発明を例示するためだけのものであって、本発明の内容がこれに限定されるのではない。
<実施例1>電子ビームの照射を用いたPTFEフィルムの表面改質
図1に示したように、厚さ100μmのPTFE(Ashai Glass社)フィルムに電子ビームを照射して表面を改質させ、電子ビームの照射条件を調節して超疎水性表面を製造した。具体的には、PTFEフィルムを自己製作した電子ビーム照射装置に入れて2X10−5トール(torr)(2.66x10−3Pa)以下の真空状態を作った。ここで、電子ビームの加速電圧は30kVで、電子ビームのエネルギーは30keVで、電子ビームの電流密度は8μA/cmに設定して電子ビームを照射し、照射時間を調節して電子ビームの照射量が、(I)0、(II)5X1016、(III)2.5X1017、(IV)4X1017、(V)6X1017、(VI)1X1018electrons/cmになるようにして、PTFEフィルムの表面を改質した。
<実施例2>電子ビームの照射を用いたFEPフィルムの表面改質
厚さ100μmのFEP(Ashai Glass社)フィルムを使用したことを除き、実施例1と同一な方法でFEPフィルムの表面を改質した。
<実施例3>電子ビームの照射を用いたPFAフィルムの表面改質
厚さ100μmのPFA(Ashai Glass社)フィルムを使用したことを除き、実施例1と同一な方法でPFAフィルムの表面を改質した。
【0027】
前記実施例1ないし実施例3で使用した材料及び電子ビーム処理条件を下記の表1に整理して示した。
【0028】
【表1】

<実験例1>電子ビームの照射による高分子フィルムの構造的な表面改質の評価
実施例1で前記(I)〜(VI)の電子ビーム照射量で処理されたPTFEフィルムの表面が構造的に改質された程度を測定するために、走査電子顕微鏡(SEM,S−4800,日立製)を用いて確認した結果を図2に示した。
【0029】
図2は、高分子フィルム表面の構造的変化を示した走査電子顕微鏡写真である。
図2に示されたように、電子ビームの照射量が増加するにつれて表面の凹凸が次第に大きくなり、構造的表面改質が進行したことを確認することができる。
<実験例2>電子ビームの照射による高分子フィルムの化学的な表面改質の評価
実施例1で前記(I)〜(VI)の電子ビーム照射量で処理されたPTFEフィルムの表面が化学的に改質された程度を測定するために、X線光電子分光光度計(X−ray photoelectron spectrometer;XPS,Sigma Probe,ThermoVG Scientific)を用いて測定した結果を下記の表2及び図3に示した。
【0030】
【表2】

図3は、高分子フィルム表面の化学的変化を示すX線光電子分光光度計のスペクトルである。
【0031】
図3に示されたように、電子ビームの照射量が増加するにつれてフッ素(F)の量は減少するが、炭素(C)と酸素(O)の量は相対的に増加して化学的な表面改質が進行したことを確認することができる。
<実験例3>超疎水性表面の形成評価
実施例1で前記(I)〜(VI)の電子ビーム照射量で処理されたPTFEフィルムの表面に超疎水性の性質が示されるかどうかを確認するために、接触角分析装置(Phoenix300,Surface Electro Optics Company)を用いて接触角を測定し、その測定結果を表3及び図4に示した。
【0032】
【表3】

図4は、電子ビームが照射されたPTFEフィルム表面で水の接触角変化を測定した写真である。
【0033】
図4に示されたように、電子ビームを照射していないPTFEフィルム表面の接触角は119゜であり一般的な疎水性を示しているが、電子ビームの照射量(V)までは電子ビームの照射量が増加するほど接触角が増加し、照射量が(V)より多くなると接触角が減少する現象を示した。電子ビームの照射量(IV)〜(VI)までの条件では、接触角が150゜を越す超疎水性を示し、その中で電子ビームの照射量が(V)である時、最も大きな接触角を示した。したがって、超疎水性のための表面改質には、(V)の6X1017electrons/cmの電子ビーム照射量が最適であることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系高分子材料に電子ビームを照射してそのフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法。
【請求項2】
前記フッ素系高分子材料が、フィルム形態のポリテトラフルオロエチレン(Polytetra fluoroethylene,PTFE)、フッ化エチレンプロピレン(Fluorinated ethylene propylene,FEP)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(Poly(tetrafluoroethylene−co−perfluoroalkyl vinyl ether),PFA)、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体(Poly(ethylene−co−tetrafluoroethylene),ETFE)及びポリビニリデンフルオライド(Poly(vinylidene fluoride),PVDF)からなる群から選択されることを特徴とする、請求項1に記載の電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法。
【請求項3】
前記フッ素系高分子材料が、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)フィルムであることを特徴とする、請求項2記載の電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法。
【請求項4】
前記フッ素系高分子材料のフィルムの厚さが、1〜500μmであることを特徴とする、請求項2に記載の電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法。
【請求項5】
前記電子ビームのエネルギーが、10〜500keVであることを特徴とする、請求項1に記載の電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法。
【請求項6】
前記電子ビームの電流密度が、1〜20μA/cmであることを特徴とする、請求項1に記載の電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法。
【請求項7】
前記電子ビームの照射量が、1X1016ないし1X1019electrons/cmであることを特徴とする、請求項1に記載の電子ビームを照射してフッ素系高分子材料の表面を超疎水性表面に改質する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−57143(P2012−57143A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−98147(P2011−98147)
【出願日】平成23年4月26日(2011.4.26)
【出願人】(597060645)コリア アトミック エナジー リサーチ インスティテュート (22)
【出願人】(506094677)コリア ハイドロ アンド ヌクリア パワー カンパニー リミテッド (11)
【Fターム(参考)】