説明

電子密度推定装置及び電子密度推定方法

【課題】3次元の高さ方向及び水平方向の電離層電子密度分布をより正確に推定し、衛星で観測できない空間部分の推定も可能とする電子密度推定装置を提供する。
【解決手段】複数の測位衛星から送信される衛星信号を受信する1以上の受信機を有し、衛星信号に含まれる測位情報を用いて位置情報を得る測位システムを利用する電子密度推定装置であって、1以上の受信機の各々から複数の測位衛星の各々に対する擬似距離およびキャリア位相擬似距離に基づき衛星信号の通過経路の総電子数を算出する総電子数算出部と、電子密度を推定する3次元空間を設定し、当該3次元空間を複数の領域に分割する3次元電子密度推定空間設定部36と、総電子数算出部により算出された総電子数に基づいて3次元電子密度推定空間設定部36により分割された領域毎の電子密度を推定する暫定電子密度推定部38と、推定された電子密度に基づいて、同じ高さの電子密度を抽出し、球面調和関数を用いて高さ毎の電子密度分布を近似して推定する3次元電子密度推定部39とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、衛星から送信される複数の異なる周波数信号による通過経路の電離層電子密度分布を推定する電子密度推定装置及び電子密度推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
衛星ナビゲーションシステム「Galileo」やGPS(Global Positioning System)、QZSS(Quasi Zenith Satellites System;準天頂衛星システム)等の衛星から送信される信号は、地球上の観測点の測位を行うのに利用される。これらの衛星により放送される複数周波数信号の擬似距離差は、電波の伝搬経路上の電子数に関係していることが知られている。
【0003】
衛星から地上に向けて送信される信号は、電離層を通過する際に伝搬遅延量を生じる。この電離層伝搬遅延量は、伝搬する信号の周波数に依存している。そのため、衛星からの複数の周波数信号を受信することにより、信号の通過経路における総電子数(TEC:Total Electron Content)を得ることができる。電波の伝搬経路上の総電子数を推定する場合には、複数周波数信号の送信・受信時刻による擬似距離(コード距離)差を使用する方法や複数周波数のキャリア位相擬似距離(フェーズ距離)の差を利用する方法が知られている。
【0004】
非特許文献1や非特許文献2には、電離層における電子密度モデル関数であるIRI(International Reference Ionosphere)モデルが記載されている。さらに、非特許文献4には、やはり電離層電子密度モデル関数の一つであるGallagherのモデルが記載されている。これらのモデル関数を用いて計算によりTECを求めることもできる。
【0005】
非特許文献5や非特許文献6には、トモグラフィ手法による衛星TECを用いた3次元電子密度推定が記載されており、MART(Multiplicative Algebraic Reconstruction Technique)と呼ばれる代数的再構成法が適用されている。一方、非特許文献7には、GSVD(Generalized Singular Value Decomposition)を用いたトモグラフィック再構成による電子密度推定が記載されている。
【0006】
また、非特許文献8及び非特許文献9には、電離層を球核の薄い層とみなした電子密度計算について記載されている。さらに、非特許文献10には、3次元方向の電子密度分布を高さ方向に計算した場合について記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Dieter Bilitza:“International Reference Ionosphere 2000”,Radio.Science,Vol.36,Number2,PP261−275,March/April,2001
【非特許文献2】Dieter Bilitza,et,al.,:“International Reference Ionosphere 1990”,November,1990.
【非特許文献3】A.Komjathy:‘Global Ionospheric Total Electron Content Mapping Using the Global Positioning System’ ,UNB,Technical Report No.188,Sep.1997.
【非特許文献4】Gallagher,D.L.,P.D.Craven,and R.H.Comfort,Global core plasma model,J.Geophys.Res.105,A8,18,819−18,833,2000.
【非特許文献5】Raymund,T.D.,Austin,J.R.,Franke,S.J.,Liu,C.H.,Klobuchar,J.A.,and Stalker,J.,:“Application of Comuterized Tomography to the Investigation of Ionospheric Structures”,Radio Sci.,25(5),771−789,1990.
【非特許文献6】Stefan Schluer,et al.:“Monitoring the 3 Dimensional Ionospheric Electron Distribution based on GPS Measurements”
【非特許文献7】K.Bhuyan,et al:“Tomographicreconstruction of the Ionosphere using generalized singular value decomposition” ,Current Sci.,Vol1.83,No.9,10 Nov.,2002.
【非特許文献8】Otuka,Y.,et.al.:“A new technique for mapping of total electron content using GPS network in Japan,”,Earth Planets Space,111−120,2001.
【非特許文献9】Ma,G.,and T.Maruyama(2003),Derivation of TEC and estimation of instrumental biases from GEONET in Japan,Ann.Geophys.,21,2083−2093.
【非特許文献10】五十嵐来良,斉藤昭則,大塚雄一:“標準電離層モデル(IRI)で導出したTECとGPS受信機網で観測したTECの比較解析”,第1回電離圏の利用と影響に関するシンポジウム講和集,pp24−1〜8,2003.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献5や非特許文献6に記載された手法は、観測した衛星の数が限定されるため、限られた空間の領域にしか適用できないという短所がある。特に、非特許文献5に記載された手法は、空間平均を使用しており、電離層が有する特異な高さ方向の電子密度の谷(E層とF層の間にある密度が小さくなる部分)を消してしまうため、電離層の高さ方向変化を捉えることができない。また、非特許文献6には、空間平均についての記載がされていない。
【0009】
非特許文献8及び非特許文献9に記載された手法は、上述したように電離層を球核の薄い層とみなして電子密度を計算しているため、3次元高さ方向の分布を知ることができない。また、非特許文献10は、3次元方向の電子密度分布を高さ方向に計算しているが、水平方向の広がりについての言及が無く、緯度・経度方向の広がりがある空間の電子密度を求めていない。これらにより、従来の文献においては、GPS等の衛星で観測できない空間部分の取り扱い方法が不十分である。
【0010】
すなわち、従来の技術は、3次元の電離層電子密度分布を十分推定しきれていない。従来技術における手法は、空間平均を実施して電子密度を推定するため、本来なら通過する電波であっても反射したと判断してしまう場合がある。また、推定された空間とそれ以外の空間との差が大きい場合に、空間的な電子密度分布変化に不連続が生じてしまう。このように、従来手法は、電子密度変化に不連続が生じた結果、電子密度変化率を使用して電波伝搬経路を推定する際に大きな誤差を生じてしまうという問題がある。
【0011】
本発明は上述した従来技術の問題点を解決するもので、3次元の高さ方向及び水平方向の電離層電子密度分布をより正確に推定し、衛星で観測できない空間部分の推定も可能とする電子密度推定装置及び電子密度推定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る電子密度推定装置は、上記課題を解決するために、複数の測位衛星から送信される衛星信号を受信する1以上の受信機を有し、前記衛星信号に含まれる測位情報を用いて位置情報を得る測位システムを利用する電子密度推定装置であって、前記1以上の受信機の各々から前記複数の測位衛星の各々に対する擬似距離およびキャリア位相擬似距離に基づき前記衛星信号の通過経路の総電子数を算出する総電子数算出部と、電子密度を推定する3次元空間を設定し、当該3次元空間を複数の領域に分割する空間設定部と、前記総電子数算出部により算出された総電子数に基づいて前記空間設定部により分割された領域毎の電子密度を推定する第1電子密度推定部と、前記第1電子密度推定部により推定された電子密度に基づいて、同じ高さの電子密度を抽出し、球面調和関数を用いて高さ毎の電子密度分布を近似して推定する第2電子密度推定部とを備えることを特徴とする。
【0013】
本発明に係る電子密度推定方法は、上記課題を解決するために、複数の測位衛星から送信される衛星信号を受信する1以上の受信機を有し、前記衛星信号に含まれる測位情報を用いて位置情報を得る測位システムを利用する電子密度推定方法であって、前記1以上の受信機の各々から前記複数の測位衛星の各々に対する擬似距離およびキャリア位相擬似距離に基づき前記衛星信号の通過経路の総電子数を算出する総電子数算出ステップと、電子密度を推定する3次元空間を設定し、当該3次元空間を複数の領域に分割する空間設定ステップと、前記総電子数算出ステップにより算出された総電子数に基づいて前記空間設定ステップにより分割された領域毎の電子密度を推定する第1電子密度推定ステップと、前記第1電子密度推定ステップにより推定された電子密度に基づいて、同じ高さの電子密度を抽出し、球面調和関数を用いて高さ毎の電子密度分布を近似して推定する第2電子密度推定ステップとを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、3次元の高さ方向及び水平方向の電離層電子密度分布をより正確に推定し、衛星で観測できない空間部分の推定も可能とする電子密度推定装置及び電子密度推定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施例1の形態の電子密度推定装置及び測位システムの構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施例1の形態の電子密度推定装置の詳細なブロック図である。
【図3】本発明の実施例1の形態の電子密度推定装置の動作を示すフローチャート図である。
【図4】本発明の実施例1の形態の電子密度推定装置内の3次元電子密度推定空間設定部による3次元空間設定を説明する図である。
【図5】本発明の実施例1の形態の電子密度推定装置内の3次元電子密度推定空間設定部による補正係数設定を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の電子密度推定装置及び電子密度推定方法の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
【実施例1】
【0017】
以下、本発明の実施例について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の実施例1の電子密度推定装置32及び測位システムの構成を示すブロック図である。この電子密度推定装置32は、複数の測位衛星(測位衛星10a、10b、10c)から送信される衛星信号を受信する1以上の衛星信号受信機24を有し且つ衛星信号に含まれる測位情報を用いて位置情報を得る測位システムを利用する。
【0018】
まず、本実施の形態の構成を説明する。本実施例の電子密度推定装置32及び測位システムは、図1に示すように、測位衛星10a、測位衛星10b、測位衛星10c、衛星信号処理系20、電離層TEC・バイアス推定・3次元電子密度推定処理系30、及びインターネットデータ処理系40で構成されている。測位衛星10a、測位衛星10b、測位衛星10c、及び衛星信号処理系20は、本発明の測位システムに対応する。なお、インターネットデータ処理系40も含めて測位システムとすることも可能であるが、インターネットデータ処理系40は、必ずしも必須のものではなく、付加的なものである。また、衛星信号処理系20、電離層TEC・バイアス推定処理系30、及びインターネットデータ処理系40は、お互いに通信回線50で接続されている。
【0019】
測位衛星10a、測位衛星10b、測位衛星10cは、GPS、Galileo、準天頂衛星(QZSS)等の航法衛星であり、複数の周波数の衛星信号を送信する。
【0020】
衛星信号処理系20は、アンテナ22、衛星信号受信機24、及び衛星信号処理装置26から構成される。衛星信号受信機24は、本発明の受信機に対応し、複数の測位衛星(測位衛星10a、10b、10c)から送信される複数の周波数の衛星信号をアンテナ22を介して受信する。また、衛星信号処理装置26は、衛星信号に含まれる測位情報を用いて位置情報を得る。
【0021】
電離層TEC・バイアス推定・3次元電子密度推定処理系30は、電子密度推定装置32を有し、受信した信号に基づき衛星位置、信号通過経路の電離層総電子数(TEC)、周波数間バイアス等を算出する。受信したデータ・処理結果は、データサーバ系へLAN経由で伝送され保存される。
【0022】
インターネットデータ処理系40は、ルータ42、GEONET収集データ処理装置44、及び外部インターネット網46で構成されている。ルータ42は、スイッチングハブでもよい。インターネットデータ処理系40は、公開されている電離層関連の情報や国土地理院が公開しているGPS観測データ(GEONETデータ)や国際的に観測結果を公開しているIGS(International GPS Service for Geodynamics)データ等をインターネット経由で収集する装置である。インターネットデータ処理系40により収集された結果は、電離層TEC・バイアス推定・3次元電子密度推定処理系30で処理される。ルータ42は、セキュリティを考慮して設けられ、ファイアウォールとする。
【0023】
図2は、本発明の実施例1の電子密度推定装置32の詳細なブロック図である。図2に示すように、電子密度推定装置32は、衛星TEC算出部33、TECバイアス補正部34、周波数間バイアス推定部35、3次元電子密度推定空間設定部36、電子密度モデル算出部37、暫定電子密度推定部38、及び3次元電子密度推定部39で構成されている。
【0024】
衛星TEC算出部33、TECバイアス補正部34、及び周波数間バイアス推定部35は、本発明の総電子数算出部に対応し、1以上の受信機の各々から複数の測位衛星の各々に対する擬似距離に基づき衛星信号の通過経路の総電子数を算出する。具体的には、衛星TEC算出部33は、衛星信号受信機24から測位衛星10a、10b、10cの各々に対する擬似距離に基づき衛星信号の通過経路の総電子数を算出する。
【0025】
周波数間バイアス推定部35は、周波数間バイアスを算出し、TECバイアス補正部34に出力する。周波数間バイアス推定部35による周波数間バイアスの推定方法は、どのようなものでもよく、従来手法を用いてよい。
【0026】
TECバイアス補正部34は、周波数間バイアス推定部35により推定された周波数間バイアスを用いて補正を行い、最終的な総電子数を算出する。
【0027】
3次元電子密度推定空間設定部36は、本発明の空間設定部に対応し、電子密度を推定する3次元空間を設定し、当該3次元空間を複数の領域に分割する。
【0028】
電子密度モデル算出部37は、上述したようなIRIモデルやGallagherモデル等の電離層電子密度モデル関数に基づき電子密度モデルを算出する。
【0029】
暫定電子密度推定部38は、本発明の第1電子密度推定部に対応し、総電子数算出部(TECバイアス補正部34)により算出された総電子数に基づいて3次元電子密度推定空間設定部36により分割された領域毎の電子密度を推定する。本実施例において、暫定電子密度推定部38は、非特許文献5や非特許文献に記載されているようなMARTの手法を用いて電子密度を推定するものとする。
【0030】
3次元電子密度推定部39は、本発明の第2電子密度推定部に対応し、暫定電子密度推定部38により推定された電子密度に基づいて、同じ高さの電子密度を抽出し、球面調和関数を用いて高さ毎の電子密度分布を近似して推定する。
【0031】
次に、上述のように構成された本実施の形態の作用を説明する。図3は、本実施例の電子密度推定装置32の動作を示すフローチャート図である。まず、衛星TEC算出部33は、1以上の受信機の各々から複数の測位衛星の各々に対する擬似距離およびキャリア位相擬似距離に基づき衛星信号の通過経路の総電子数を算出する(ステップS1)。具体的には、衛星TEC算出部33は、広範囲に設置した衛星受信機収集データからGPS等の衛星のTECを計算する。ここで、本実施例の衛星TEC算出部33は、衛星から放送される2周波の信号(GPS衛星のL1周波数(1575.42MHz)とL2周波数(1227.60MHz)の信号)に基づいて信号伝搬経路のTECを算出するものとする。GPS以外でも異なる2周波を放送している場合には同様な手法が使用できる。
【0032】
ここでは、測位衛星10aと衛星信号受信機24との間の擬似距離について考える。衛星信号通過経路のTECは、測位衛星10aから送信される衛星信号(ここではL1とL2で示す)に基づき求められる。まず、擬似距離(コード距離、シュードレンジ)とキャリア位相擬似距離(フェーズ距離)は、以下のように表すことができる。
【数1】

【0033】
ここで、ρは、遅延時間による距離(擬似距離)を示す。また、Φは、キャリア位相距離を示す。rは、真の距離を示す。cは光速である。また、δtは、受信機時刻誤差を示し、δtは、衛星時刻誤差を示す。なお、本実施例において、右下の添え字は基本的に地上(受信機等)に関連する項を示し、右上の添え字は基本的に上空(衛星等)に関連する項を示す。δtu、L1orL2 biasは、受信機周波数依存ハードウェア依存バイアスを示し、δtL1orL2 biasは、衛星周波数依存ハードウェア依存バイアスを示す。さらに、Iは、電離層伝搬遅延量を示し、Tは、対流圏伝搬遅延量を示す。NL1orL2,ambは、整数不確定値を示し、εは、観測誤差を示す。
【0034】
衛星TEC算出部33は、2つの周波数の観測値の差(遅延時間の差)をとることにより、TECを求めることができる。
【数2】

【0035】
ここで、fは周波数である。また、λは波長を示す。Δbiasは、周波数間バイアスを示す。また、TECtrueは、真の総電子数を示す。
【0036】
次に、TECバイアス補正部34は、周波数間バイアス推定部35により事前に推定された周波数間バイアスΔbiasによる補正をTECに実施する(ステップS2)。まず、バイアス補正後の2つの周波数の遅延時間差は、次式により表される。
【数3】

【0037】
ここで、(6)式には、観測値から分からない不確定値(λL1ΔNL1,amb−λL2ΔNL2,amb)が含まれている。そこで、TECバイアス補正部34は、(5)式と(6)式とを組み合わせて、以下に示す式により整数不確定値を削除する。この手法は、非特許文献3にも記載されている。
【数4】

【0038】
ここで、添え字kは、データの番号を示す。また、Mは、連続的に収集できたサンプル数の合計を示す。さらに、TECk,uは、衛星uの伝搬経路上の総電子数(個/m)を示す。
【0039】
電子密度モデル算出部37は、電離層電子密度モデル関数に基づき電子密度モデルを算出し、算出した電子密度モデルを3次元電子密度推定空間設定部36に出力する。なお、電子密度モデル算出部37による電離層モデルは、例えば非特許文献1,2,4等に記載されている。また、ステップS1,S2(特にS1)は、本発明の総電子数算出ステップに対応する。
【0040】
次に、3次元電子密度推定空間設定部36は、電子密度を推定する3次元空間を設定し、当該3次元空間を複数の領域に分割する。この3次元電子密度推定空間設定部36の動作は、本発明の空間設定ステップに対応する。また、3次元電子密度推定空間設定部36は、推定する3次元空間の電離層電子密度モデル値あるいは推定値を設定する(ステップS3)。
【0041】
具体的には、3次元電子密度推定空間設定部36は、衛星から衛星受信機が配置されている地点まで3次元空間における電離層を、緯度・経度・高さ方向に分割し、電離層モデル値を使用して分割した領域内あるいは格子点の位置の電子密度を設定する。非特許文献1,2等に記載されたIRIモデルは、高さ1000kmまでが有効範囲であるため、衛星が存在する空間までは設定できない。そこで、3次元電子密度推定空間設定部36は、例えば非特許文献4に記載されたGCPM(Global Core Plasma Model)を用いる手法や、IRIモデルの約400km〜1000kmを外挿する手法を採用することができる。
【0042】
図4は、本実施例の電子密度推定装置32内の3次元電子密度推定空間設定部36による3次元空間設定を説明する図である。本実施例の3次元電子密度推定空間設定部36は、図4に示すように、3次元空間をX1〜X12の12個の領域(ブロック)に分割しているが、実際には膨大な数のブロック数となる。図4において、測位衛星S1〜S4と衛星信号受信機Rx1〜Rx3との間における信号通過経路は、矢印により表されている。図4の衛星・TEC・電子密度の関係は、次式により表される。
【数5】

【0043】
(9)式において、X1〜X12は、空間を分割した領域(メッシュ)の電子密度を示し、現時点では不明である。また、TECは、i衛星・j受信機間で決まる総電子数を示す。例えば、図4中の太い矢印TECは、測位衛星S2と衛星信号受信機Rx1との間の信号通過経路における総電子数を示す。TECバイアス補正部34により出力されたTECの値は、(9)式の右辺に代入される。
【0044】
ここで、(9)式の行列式をAX=Eと表すことにする。行列Aの中のゼロでない要素(1で表されている要素)は、i衛星・j受信機間の信号が通過したメッシュを示す。
【0045】
実際にモデルにより設定した電子密度の値は、メッシュ内の1点の値である。また、電波信号が各メッシュを通過する際に、電波はメッシュを縦に通過する場合のみならず斜めに通過する場合もある。この効果を考慮し、3次元電子密度推定空間設定部36は、行列Aの1の代わりに次式で示される値を代入する。
【数6】

【0046】
ここで、dHi,jは、i,jメッシュの分割した高さ方向の大きさを示す。また、変換係数SFは、斜めから入射した信号を高さ方向に入射した信号に補正する係数である。θは、衛星受信機が受信した衛星電波の入射仰角を示す。図5は、本実施例の電子密度推定装置32内の3次元電子密度推定空間設定部36による補正係数SF設定を説明する図である。
【数7】

【0047】
(12)式の左辺は、i,jメッシュ内の垂直方向のTECを示す。また、右辺のTECは、i,jメッシュ内を通過する電波方向のTECを示す。(13)式内のRは、図5に示すように、地球半径を示す。また、(13)式内のhは、地表面からi,jメッシュまでの高さを示す。
【0048】
次に、暫定電子密度推定部38は、MARTあるいはGSVD手法により、衛星信号通過経路の電子密度を推定する(ステップS4)。具体的には、暫定電子密度推定部38は、総電子数算出部(TECバイアス補正部34)により算出された総電子数に基づいて3次元電子密度推定空間設定部36により分割された領域毎の電子密度を推定する。この暫定電子密度推定部38の動作は、本発明の第1電子密度推定ステップに対応する。
【0049】
なお、本実施例において、暫定電子密度推定部38は、MARTあるいはGSVD手法により電子密度を推定するが、本発明を実現するためには、必ずしもいずれかの手法を使う必要はなく、衛星信号受信機が得た観測値に基づいて暫定的に各領域の電子密度を推定できればよい。
【0050】
MARTの手法は、上述したように非特許文献5,6等に記載されているが、ここで簡潔に説明する。
【数8】

【0051】
(14)式は、MARTのアルゴリズムを示す式である。aは、(10)式のA行列i行ベクトルを表す。また、aijは、A行列のij成分を表す。Xは、X列行列のj成分を表す。さらに、Eは、(9)式のE行列のi成分を表している。また、λは、収束の度合いを決めるパラメータである。
【0052】
暫定電子密度推定部38は、(14)式に示すMARTのアルゴリズムを使用して、(14)式の値が収束するまで繰り返し処理を実施し、3次元電子密度推定空間設定部36により分割された領域毎の電子密度を推定する。その際に、暫定電子密度推定部38は、TECバイアス補正部34により出力されたTECの値をE行列の値に使用するとともに、電子密度モデル算出部37により算出されたモデル値をXの初期値として使用する。
【0053】
なお、暫定電子密度推定部38は、信号が全く通過していない空間の電子密度を推定することはできない。
【0054】
GSVD手法を採用する場合には、暫定電子密度推定部38は、以下に示す方式で電子密度を求める。なお、GSVD手法については、非特許文献7に記載がある。
【数9】

【0055】
(15)式のLは、Tikhonov行列と呼ばれる。0次のTikhonov正規化では、Lを単位行列とする。αは、正規化パラメータで、α>0とする。また、Lは、正値2次形式行列(固有値が全て正)である。
【0056】
(15)式を満足する電子密度Xは、次式で表すことができる。
【数10】

【0057】
次に、3次元電子密度推定部39は、高さ毎に球面調和関数により電子密度を近似する(ステップS5)。すなわち、3次元電子密度推定部39は、暫定電子密度推定部38により推定された電子密度に基づいて、同じ高さの電子密度を抽出し、球面調和関数を用いて高さ毎の電子密度分布を近似して推定する。この3次元電子密度推定部39の動作は、本発明の第2電子密度推定ステップに対応する。
【0058】
なお、3次元電子密度推定部39は、その作用効果において本発明の特徴を示すものであり、従来手法と異なる点である。
【0059】
(9)式のXは、空間のメッシュを一次元で表現したものとなっている。3次元電子密度推定部39は、暫定電子密度推定部38により推定された電子密度の中から、同じ高さの電子密度だけを抽出する。
【数11】

【0060】
(17)式において、x=sin(θ)である。Vは、ある高さにおける電子密度を示す。ただし、θはメッシュの緯度を示し、φはメッシュの経度を示す。また、S,Snmは、Schumidt Seminormalaizedルジャンドル陪関数である。(20)式にルジャンドル関数を示す。
【数12】

【0061】
Npは、ルジャンドル関数の次数を示す。3次元電子密度推定部39は、同じ高さの電子密度を(17)式を使用して近似する。これにより、MART手法で求められなかったメッシュの電子密度の値を求めることができる。またGSVDで求めた値を修正することができる。
【0062】
すなわち、3次元電子密度推定部39は、ある緯度・経度(θ,φ)について、高さ方向のメッシュ分(17)式で電子密度を近似し、高さHに対する係数(α(H)、β(H))を求める。この係数(α(H)、β(H))が求まることにより、3次元電子密度推定部39は、緯度・経度・高さを指定し、(17)式を用いて、その高さHにおける電子密度V(x,φ)を算出することができる。
【0063】
なお、非特許文献8や非特許文献9に記載された従来手法は、ある高さのみに着目しており、高さ毎の電子密度分布を求めていない。また、非特許文献10に記載された手法は、高さ方向に対する電子密度分布を求めているが、緯度・経度方向の広がりがある空間の電子密度を求めていない。
【0064】
電子密度モデル算出部37による電子密度モデル値と暫定電子密度推定部38による電子密度の値とが大きくかけ離れている場合に、3次元電子密度推定部39による近似は、適切でない場合がある。そこで、本実施例の電子密度推定装置は、3次元電子密度推定部39により求められた任意の場所の電子密度を初期値としてステップS3からの処理を繰り返すことにより3次元電子密度推定部39の近似精度を向上させることができる。
【0065】
具体的には、3次元電子密度推定部39は、(22)式の値Eがしきい値ε以下になったか否かを判断する(ステップS6)。ここで、(22)式で求めている差分は、暫定電子密度推定部38により推定され、衛星信号が通過しているメッシュに対応した電子密度Xと、3次元電子密度推定部39が(17)式で求めた電子密度Vのうち、このメッシュに対応した電子密度Vとの差の2乗を全て加算したものである。
【数13】

【0066】
すなわち、3次元電子密度推定部39は、推定した電子密度分布に基づく電子密度と暫定電子密度推定部38により推定された電子密度との差分を領域毎に算出し、領域毎に算出した差分の2乗の合計値が所定のしきい値ε以下である場合に、推定した電子密度分布を真の値であると判断する。
【0067】
(22)式の値Eがしきい値εよりも大きい場合には、ステップS3に戻り、3次元電子密度推定空間設定部36が3次元空間に3次元電子密度推定部39により推定された値Vを設定する。したがって、暫定電子密度推定部38は、3次元電子密度推定部39により領域毎に算出された差分の2乗の合計値が所定のしきい値εよりも大きい場合に、3次元電子密度推定部39により推定された電子密度分布に基づいて再度領域毎の電子密度を推定する。
【0068】
以上のように、3次元電子密度推定空間設定部36、暫定電子密度推定部38、及び3次元電子密度推定部39においてステップS3からステップS6までの処理が繰り返され、(22)式の値Eがしきい値ε以下になった場合に、3次元電子密度推定部39は、真値に近い電子密度を推定することができたとして、繰り返し処理を終了する。
【0069】
上述したように、3次元電子密度推定部39は、(17)式を用いて同一高さに対する滑らかに近似された電子密度を求めることができる。次に、3次元電子密度推定部39は、緯度・経度を指定した場合の高さ方向について、任意の高さの電子密度を求めるための処理を行う(ステップS7)。本実施例において、3次元電子密度推定部39は、任意の高さの電子密度を求めるために、(17)式により求められる関数値を使用して内挿して求める。すなわち、3次元電子密度推定部39は、推定した高さ毎の電子密度分布を用いて隣接する領域間を内挿して任意の高さにおける電子密度分布を推定する。
【0070】
なお、内挿の方法は、高さ方向についてのみの1次元的内挿あるいは求めたい場所を取り囲むメッシュを使用した3次元的内挿により求める。
【0071】
まず、緯度・経度で指定した高さ方向のみの内挿について説明する。3次元電子密度推定部39は、(17)式に求めたい場所の緯度(θ)、経度(φ)を代入し、高さ方向のメッシュにおける電子密度(V(x,φ,h)、V(x,φ,h)、…、V(x,φ,hmax))を求める。ここで、hはメッシュの最下層の高さを示し、hmaxはメッシュの最上層の高さを示す。このVを使用したスプライン補間等、隣接した区間で1階微分及び2階微分が連続した方法で補間し、3次元電子密度推定部39は、求めたい高さの電子密度を求める。
【0072】
次に、求めたい場所を取り囲むメッシュによる内挿について説明する。3次元電子密度推定部39は、全てのメッシュ点を(17)式で求め(V(x,φ,h)、V(x,φ,h)、…、V(x,φ,hmax))、3次元の内挿を行う。このVを使用したスプライン補間等、隣接した区間で1階微分及び2階微分が連続した方法で補間し、3次元電子密度推定部39は、求めたい高さの電子密度を求める。
【0073】
上述のとおり、本発明の実施例1の形態に係る電子密度推定装置及び電子密度推定方法によれば、3次元の高さ方向及び水平方向の電離層電子密度分布をより正確に推定し、衛星で観測できない空間部分の推定も行うことができる。
【0074】
すなわち、本実施例の電子密度推定装置及び電子密度推定方法は、3次元電子密度推定部39が球面調和関数を用いて高さ毎の電子密度分布を近似するので、水平方向に対して滑らかに連結された電子密度分布を得ることができ、GPS等の衛星で観測できない空間を含む任意の緯度・経度における電子密度を推定することができる。
【0075】
さらに、本実施例の電子密度推定装置及び電子密度推定方法は、3次元電子密度推定部39において推定した電子密度分布に基づく電子密度と暫定電子密度推定部38により推定された電子密度との差分を領域毎に算出し、領域毎に算出した差分の2乗の合計値が所定のしきい値ε以下になったか否かを判断基準とし、3次元電子密度推定部39により求められた任意の場所の電子密度を初期値としてステップS3からS6までの処理を繰り返すことにより3次元電子密度推定部39の近似精度を向上させることができる。
【0076】
また、本実施例の電子密度推定装置及び電子密度推定方法は、3次元電子密度推定部39で推定した高さ毎の電子密度分布を用いて隣接する領域間を内挿して任意の高さにおける電子密度分布を推定するので、水平方向のみならず高さ方向に対しても滑らかに連結された電子密度分布を得ることができ、従来手法において再現が困難だった電離層が有する特異な高さ方向の電子密度ピーク(E層やF層)を再現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明に係る電子密度推定装置及び電子密度推定方法は、衛星から送信される複数の異なる周波数信号による通過経路の電離層電子密度分布を推定する電子密度推定装置に利用可能である。
【符号の説明】
【0078】
10a、10b、10c 測位衛星
20 衛星信号処理系
22 アンテナ
24 衛星信号受信機
26 衛星信号処理装置
30 電離層TEC・バイアス推定・3次元電子密度推定処理系
32 電子密度推定装置
33 衛星TEC算出部
34 TECバイアス補正部
35 周波数間バイアス推定部
36 3次元電子密度推定空間設定部
37 電子密度モデル算出部
38 暫定電子密度推定部
39 3次元電子密度推定部
40 インターネットデータ処理系
42 ルータ
44 GEONET収集データ処理装置
46 外部インターネット網
50 通信回線
S1,S2,S3,S4 測位衛星
Rx1,Rx2,Rx3 衛星信号受信機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の測位衛星から送信される衛星信号を受信する1以上の受信機を有し、前記衛星信号に含まれる測位情報を用いて位置情報を得る測位システムを利用する電子密度推定装置であって、
前記1以上の受信機の各々から前記複数の測位衛星の各々に対する擬似距離およびキャリア位相擬似距離に基づき前記衛星信号の通過経路の総電子数を算出する総電子数算出部と、
電子密度を推定する3次元空間を設定し、当該3次元空間を複数の領域に分割する空間設定部と、
前記総電子数算出部により算出された総電子数に基づいて前記空間設定部により分割された領域毎の電子密度を推定する第1電子密度推定部と、
前記第1電子密度推定部により推定された電子密度に基づいて、同じ高さの電子密度を抽出し、球面調和関数を用いて高さ毎の電子密度分布を近似して推定する第2電子密度推定部と、
を備えることを特徴とする電子密度推定装置。
【請求項2】
前記第2電子密度推定部は、推定した電子密度分布に基づく電子密度と前記第1電子密度推定部により推定された電子密度との差分を前記領域毎に算出し、領域毎に算出した差分の2乗の合計値が所定のしきい値以下である場合に推定した電子密度分布を真の値であると判断し、
前記第1電子密度推定部は、前記第2電子密度推定部により領域毎に算出された差分の2乗の合計値が所定のしきい値よりも大きい場合に、前記第2電子密度推定部により推定された電子密度分布に基づいて再度前記領域毎の電子密度を推定することを特徴とする請求項1記載の電子密度推定装置。
【請求項3】
前記第2電子密度推定部は、推定した高さ毎の電子密度分布を用いて隣接する領域間を内挿して任意の高さにおける電子密度分布を推定することを特徴とする請求項1又は請求項2記載の電子密度推定装置。
【請求項4】
複数の測位衛星から送信される衛星信号を受信する1以上の受信機を有し、前記衛星信号に含まれる測位情報を用いて位置情報を得る測位システムを利用する電子密度推定方法であって、
前記1以上の受信機の各々から前記複数の測位衛星の各々に対する擬似距離およびキャリア位相擬似距離に基づき前記衛星信号の通過経路の総電子数を算出する総電子数算出ステップと、
電子密度を推定する3次元空間を設定し、当該3次元空間を複数の領域に分割する空間設定ステップと、
前記総電子数算出ステップにより算出された総電子数に基づいて前記空間設定ステップにより分割された領域毎の電子密度を推定する第1電子密度推定ステップと、
前記第1電子密度推定ステップにより推定された電子密度に基づいて、同じ高さの電子密度を抽出し、球面調和関数を用いて高さ毎の電子密度分布を近似して推定する第2電子密度推定ステップと、
を備えることを特徴とする電子密度推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−137698(P2011−137698A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−297309(P2009−297309)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】