説明

電子捕獲型検出器

【課題】検出感度を向上させて低濃度のサンプルの分析も可能とする。
【解決手段】検出セル11内に封入された放射性同位体元素である放射線源16の量を、従来よりも少ない20MBq以上100MBq未満の範囲、例えば90MBqに設定する。これにより、検出セル11内で不活性ガスの正イオン化に伴って発生する自由電子の量が少なくなるので、低濃度の検出対象物質(親電子性分子)が導入されたときに捕獲される電子の量の変化が検出信号に現れ易くなり検出感度が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスクロマトグラフ等の検出器として用いられる電子捕獲型検出器(ECD=Electron Capture Detector)に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスクロマトグラフの検出器としては種々のものが実用化されているが、その中で、電子捕獲型検出器はハロゲン化合物やニトロ化合物等の親電子性化合物の測定に特に適した検出器である。このため、有機水銀、農薬、PCB等の残留測定、或いは、ステロイドやアミノ酸等を親電子性の誘導体に変換しての極微量測定に主に利用されている。
【0003】
電子捕獲型検出器の動作原理は次の通りである(例えば特許文献1など参照)。検出セルの内部には63Ni等の放射性同位元素である線源が封入され、この検出セルにNなどの不活性ガスを導入する。すると、線源から放出される放射線(β線)の作用により不活性ガス分子は電離され、該分子は正イオン化されるとともに該分子から自由電子が放出される。この状態で検出セル内に設置された電極(正極)にパルス状の電圧を印加すると、自由電子が取り込まれて電極に電流が流れる。そこへ、電子を吸収する能力の高い親電子性(電子捕獲性)分子が導入されると、親電子性分子は自由電子を吸収して負イオンとなり、これに伴い検出セル内の自由電子の密度は減少する。
【0004】
負イオンとなった分子は自由電子と同様に正極に向かって移動するが、負イオンは自由電子よりも格段に大きな質量を有するから移動速度は遅く、正極に到達するまでに時間が掛かる。また、正極に到達するまでに、正イオン化した不活性ガス分子と結合してしまう確率も高いために、自由電子とは異なり電極に流れる電流として殆ど寄与しない。そのため、検出セル内の自由電子の密度が減少すると、1個の電圧パルスに対して電極に取り込まれる電子の数も減少し、電極に流れる電流は減少することなる。単位時間当たりの電子総数、つまり電流の値を一定に保つように電圧パルスの数を制御すると、親電子性分子の濃度が高く、自由電子の減少度合が大きいほど電圧パルス数は増加する。従って、電圧パルス数の変化により、導入された親電子性分子の濃度を求めることができる。具体的には、単位時間当たりの電圧パルス数の変化、つまり周波数の変化を電圧に変換する(F−V変換する)ことにより、親電子性物質の濃度に応じた検出信号を得ることができる。
【0005】
電子捕獲型検出器はもともと比較的高感度な検出器ではあるが、近年、残留農薬、有機溶剤などの環境汚染物質に対する関心の高まりや規制の強化などにより、従来よりも一層の高感度化が求められるようになってきている。こうした要求に対し、従来より、検出セルの構造の改良などにより不活性ガスのイオン化の効率を向上させて感度向上を図るような試みがなされてきた(例えば特許文献2など参照)。しかしながら、従来のこうした試みでは限界があり、さらなる高感度化の要求に応えるのは難しい。
【0006】
【特許文献1】特開平11−153579号公報
【特許文献2】特開2000−65799号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主な目的とするところは、従来よりも検出感度を向上させ低濃度や微量の物質も検出することができる電子捕獲型検出器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
電子捕獲型検出器では、検出セル内に導入された親電子性分子により捕獲され得ずに残存する自由電子が電極に流れる電流となるから、残存する自由電子の量が少なければ、より多くの電圧パルスを電極に印加しないと電流が流れない。その結果、電圧パルスの周波数は高くなりF−V変換の結果も大きくなって、ノイズ等の影響が相対的に小さくなる。親電子性分子の濃度(密度)が低くても検出セル内での残存自由電子の量を少なくするには、親電子性分子を導入しない状態での自由電子の量を少なくすればよい。この自由電子は、線源から放出される放射線により不活性ガス分子がイオン化される際に発生するから、自由電子の量は放射線の強さに依存する。
【0009】
従来、電子捕獲型検出器に用いられている線源の放射性同位体元素の量は300MBq以上であるが、本願発明者はこの線源の放射線の強さに着目し、線源の量を減らすことで検出セル内の自由電子量を減らし検出感度を高めることに想到した。
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明は、放射性同位元素である線源と電子捕獲用電極とを内部に有するとともに下部に検出対象の成分を含む試料ガスを導入するガス導入口を有する検出セルを具備し、該検出セルを負極、前記電子捕獲用電極を正極として両極間に電圧を印加し、前記線源から放射される放射線によって前記ガス導入口から前記検出セル内に導入された気体分子を電離して、それにより生じた電子に起因して電子捕獲用電極に流れる電流を検出する電子捕獲型検出器において、前記線源の放射性同位体元素の量を20MBq以上100MBq未満の範囲に設定したことを特徴としている。
【0011】
即ち、本発明に係る電子捕獲型検出器においては、放射線源の量を従来の1/3以下に減らしている。そのため、検出セル内で放射線による電離で発生する自由電子の量が従来に比べてかなり少なく、低濃度の親電子性分子が導入されて少量の自由電子が捕獲されても、その影響は相対的に大きく現れる。それにより、従来よりも検出感度を上げることができる。
【0012】
但し、放射線源の量が少ないと発生する自由電子量と親電子性分子に捕獲される電子量との差が小さく、場合によっては自由電子量が不足することになるために、親電子性分子の濃度に対する応答の直線性(ダイナミックレンジ)が低下する。具体的には、本願発明者の実験によれば、放射線源量が370MBqである場合に直線性を保証できる濃度範囲は約10であるのに対し、放射線源量が90MBqである場合に直線性を保証できる濃度範囲は約10と1桁悪くなる。これよりも放射線源量を少なくした場合には直線性がさらに低下し、20MBq未満では直線性を保証できる濃度範囲が約10未満になると推測され、検出器として実用的ではなくなる。そこで、放射線源量の下限を20MBqに設定している。
【発明の効果】
【0013】
このように本発明に係る電子捕獲型検出器によれば、従来に比べて、検出感度を向上させることで低濃度の物質、或いは少ない試料導入量に含まれる物質の検出が可能となる。
【0014】
さらにまた、放射線源量を100MBq未満に抑えることにより、全く別の利点もある。即ち、放射線は人間の健康に悪影響を及ぼすおそれがあるため、我が国においては放射線を利用した機器は法律による規制の対象となっており、電子捕獲型検出器の使用も、使用場所等を特定した上で所定の機関に届け出る(又は使用許可を得る)必要がある。そのため、装置を自由に移動させることができないという不便さがあった。これに対し、最近、この規定が一部緩和され、放射線源量が100MBq未満である機器については規制対象から外れたため、本発明に係る電子捕獲型検出器は上記規制を受けずに済む。それにより、検出器を自由に移動することが可能であり、従来は不可能であった可搬型の検出器を実現し、測定対象の物質がある現場に検出器を搬送してその場で測定を行うことも可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の一実施例である電子捕獲型検出器について図面を参照して説明する。図1は本実施例の電子捕獲型検出器の要部の構成図である。
【0016】
検出セル11の内部には検出室12が形成され、その下部には、ガスクロマトグラフのカラム14の出口端とメイクアップガス流路15とが接続されるガス導入口13が設けられている。一方、検出室12の上部には該室12内のガスを外部に排出するための排気ガス流路18が接続されている。検出室12には、放射性同位元素63Niを担持した放射線源16が周囲に設けられ、中央には棒状のコレクタ電極(電子捕獲用電極)17が配設されている。コレクタ電極17と導電体である検出セル11とは電気的に絶縁されており、図示しない電気回路により、コレクタ電極17と検出セル11との間にはパルス状の正電圧が印加されるようになっている。放射線源16の量は、従来市販されている電子捕獲型検出器における線源量370MBqの約1/4である90MBqに設定されている。
【0017】
実施例の電子捕獲型検出器の動作は次の通りである。メイクアップガス流路15を通してガス導入口13から検出室12にメイクアップガスとしてNなどの不活性ガスを流すと、不活性ガス分子は放射線源16から放出される放射線(β線)により電離され、運動エネルギの低い電子(自由電子)を放出して正イオンとなる。前述のようにコレクタ電極17には正のパルス状の電圧が印加されているため、この電圧が印加されている期間だけ、自由電子を取り込んでコレクタ電極17に電流が流れる。従って、パルス電圧の周波数を上昇させると、パルス周期よりも長い所定の単位時間中にコレクタ電極17に流れる平均電流は増加し、パルス電圧の周波数を低下させると上記平均電流は減少する。
【0018】
前述のように放射線源16の量は従来に比べてかなり少ないため、イオン化される不活性ガス分子の数が少なく、不活性ガス分子から離脱する自由電子の数(密度)も少ない状態である。そのため、或る一定の電流がコレクタ電極17に流れるように該電極17に印加するパルス電圧の周波数を制御すると、その周波数は高くなる。
【0019】
この状態で、カラム14の出口端からガス導入口13を通して検出室12に検出対象物質である親電子性分子が導入されると、該分子は自由電子を吸収して負イオンとなり、その分だけ自由電子は減少する。上述のようにもともと相的的に自由電子の数が少なかった状態からさらに電子捕獲により自由電子の数が減るため、コレクタ電極17に印加するパルス電圧の周波数を一層高くしないと一定電流を確保することができない。もともと相的的に自由電子の数が少ないため、親電子性分子により捕獲される自由電子の数が少なくともその影響がパルス電圧の周波数の増加に顕著に反映される。それにより、従来よりも低濃度の親電子性分子を検出することが可能となる。
【0020】
本実施例による電子捕獲型検出器と従来の検出器との感度の相違を、実測結果に基づき説明する。図2は、放射線源量が約90MBqである本実施例の電子捕獲型検出器と放射線源量が370MBqである従来の電子捕獲型検出器とについて、試料注入量と応答値との関係を実測した結果を示すグラフである。サンプルはγ−BHCである。
【0021】
この結果から分かるように、本実施例の電子捕獲型検出器では従来のものよりも10倍以上感度が高く、従来は検出ができなかった0.1pg以下の低濃度のサンプルでも検出が可能となっている。また、放射線源量を減らすと直線性(ダイナミックレンジ)が低下するものの、従来(放射線源量370MBq)は約10の濃度範囲で直線性が保証されているのに対し、本実施例(放射線源量90MBq)でも約10の濃度範囲で直線性が保証されており、実用上十分である。
【0022】
また、これらの実験結果から、放射線源量が本実施例の約1/4以下である20MBq未満になると、さらに1桁、直線性が低下するものと推測できる。つまり、直線性を保証できる濃度範囲が約10よりも狭くなることになり、この程度まで狭くなる検出器として実用的ではなくなる。従って、検出感度の向上を図るにしても、放射線源量の下限を20MBq程度に設定すべきである。
【0023】
なお、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施例である電子捕獲型検出器の要部の構成図。
【図2】本実施例の電子捕獲型検出器と従来の電子捕獲型検出器とにおける試料注入量と応答値との関係を実測した結果を示すグラフ。
【符号の説明】
【0025】
11…検出セル
12…検出室
13…ガス導入口
14…カラム
15…メイクアップガス流路
16…放射線源
17…コレクタ電極
18…排気ガス流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性同位元素である線源と電子捕獲用電極とを内部に有するとともに下部に検出対象の成分を含む試料ガスを導入するガス導入口を有する検出セルを具備し、該検出セルを負極、前記電子捕獲用電極を正極として両極間に電圧を印加し、前記線源から放射される放射線によって前記ガス導入口から前記検出セル内に導入された気体分子を電離して、それにより生じた電子に起因して電子捕獲用電極に流れる電流を検出する電子捕獲型検出器において、
前記線源の放射性同位体元素の量を20MBq以上100MBq未満の範囲に設定したことを特徴とする電子捕獲型検出器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−232783(P2008−232783A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−71890(P2007−71890)
【出願日】平成19年3月20日(2007.3.20)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】