説明

電子捕獲解離又は陽電子捕獲解離の方法及び装置

本発明は、電子(又は陽電子)捕獲解離を実行可能な質量分析器、タンデム質量分析法を実行する方法、電子捕獲解離を実行する方法、及び陽電子捕獲解離を実行する方法に関する。一実施形態においては、電子捕獲解離又は陽電子捕獲解離を実行可能な質量分析器が提供され、質量分析器は、第1の質量分析器と、第1の質量分析器の下流側の磁気トラップと、磁気トラップの下流側の第2の質量分析器と、磁気トラップに電子又は陽電子が供給されるように配置された電子源又は陽電子源とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、一般に、電子捕獲解離又は陽電子捕獲解離を実行する方法及び電子捕獲解離又は陽電子捕獲解離を実行可能な質量分析器に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
質量分析法により、サンプル分子のイオンの質量/電荷数(m/z)を判定できる。質量分析法は、1つ以上のサンプル分子をイオン化し、検出器を有する分析器においてイオンを分析することを含む。種々の質量分析器が知られている。
【0003】
タンデム質量分析法は、サンプルをイオンにイオン化することを含み、それらのイオンは、質量分析器に導入される。質量分析器は、更に分析を実行するために、所望のm/zの親イオンを選択する。そして、親イオンは、多様な方法のうちの1つ以上の方法により、プロダクトイオンに分解される。その後、プロダクトイオンの質量/電荷数を判定し、それにより、プロダクトイオンの質量スペクトルを得るために、プロダクトイオンは、質量分析器により分析される。タンデム質量分析法は、ペプチド及びタンパク質などの生体分子の分析に際して重要性を増してきており、ペプチド及びタンパク質のアミノ酸配列を判定できる。
【0004】
親イオンの分解は、通常、衝突誘起解離(CID)を使用して実現されるが、これは、親イオンを分解するために、親イオンをガス原子又はガス分子と衝突させることを含む。例えば、電子捕獲解離(ECD)などの、親イオンを分解する他の方法も知られている。電子捕獲解離は、イオンにより低エネルギー電子を捕獲することを含み、その結果、イオンは分解される。電子捕獲解離は、CIDにより生成されるポリペプチドの切断パターンとは異なるポリペプチドの切断パターンを生成し、その切断パターンの性質により、ECDは、タンデム質量分析法によるペプチド及びタンパク質の分析のための望ましい分解方法であるといえる(例えば、Kruger他のElectron capture dissociation ofmultiply charged peptide cations、International Journal of Mass Spectrometry、185〜187ページ、787〜793ページ(1999年);Kruger他のElectron capture versus energeticdissociation of protein ions、International Journal ofMass Spectrometry、182〜183ページ、1〜5ページ(1999年);Zubarev他のElectron Capture Dissociation ofMultiply Charged Protein Cations. A Nonergodic Process、J. Am. Chem Soc., 120、3,265ページ〜3,266ページ(1998年);及びZubarev他のElectron Capture Dissociation forStructural Characterization of Multiply Charged Protein Cations、Anal. Chem, 72、563〜573ページ(2000年)を参照)。
【0005】
電子捕獲解離は、通常、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT‐ICR)質量分析器を使用して実行される。そのような計器において、電子捕獲解離は、親イオンをFT‐ICRセル内に捕捉し、捕捉されたイオンをセルに注入された電子と反応させることにより実行される。その結果生成されるプロダクトイオンも、FT‐ICRセルを使用して質量分析される。分解のためにECDを用いたタンデム質量分析法によるペプチド及びタンパク質の分析は望ましいが、FT‐ICR質量分析器が大型かつ高価であるため、ECDの使用は限られていた。
【発明の開示】
【0006】
発明の概要
本発明は、一般に、電子捕獲解離又は陽電子捕獲解離を実行する方法及び電子捕獲解離又は陽電子捕獲解離を実行可能な質量分析器に関する。本発明の1つの側面においては、第1の質量分析器と、前記第1の質量分析器の下流側の磁気トラップと、前記磁気トラップの下流側の第2の質量分析器と、前記磁気トラップに電子又は陽電子が供給されるように配置された電子源又は陽電子源とを具備する質量分析器が提供される。
【0007】
本発明の別の側面においては、イオンの電子捕獲解離を実行する方法が提供される。本方法は、(a)電子源を使用して、電子を発生することと、(b)磁気トラップ内部の領域に電子を閉じ込めることと、(c)前記イオンのうちの少なくとも一部のイオンの電子捕獲解離が起こるように、前記磁気トラップに陽イオンを注入することとを含む。
【0008】
本発明の更に別の側面においては、イオンの陽電子捕獲解離を実行する方法が更に提供される。本方法は、(a)陽電子源を使用して、陽電子を発生することと、(b)磁気トラップ内部の領域に前記陽電子を閉じ込めることと、(c)イオンのうちの少なくとも一部のイオンの陽電子捕獲解離が起こるように、前記磁気トラップに陰イオンを注入することとを含む。
【0009】
第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する様々な方法が提供される。1つの方法は、(a)イオン源を使用して、陽サンプルイオンを発生することと、(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入することと、(c)前記第1の質量分析器を使用して、電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択することと、(d)前記親イオンのうちの少なくとも一部の親イオンの電子捕獲解離が起こり、プロダクトイオンが生成されるように、前記磁気トラップ内に閉じ込められた電子と反応させるために、前記磁気トラップに前記親イオンを注入することと、(e)前磁気トラップから前記第2の質量分析器へプロダクトイオンを放出することと、(f)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出することとを含む。別の方法は、(a)イオン源を使用して、陰サンプルイオンを発生することと、(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入することと、(c)前記第1の質量分析器を使用して、陽電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択することと、(d)前記親イオンのうちの少なくとも一部の親イオンの陽電子捕獲解離が起こり、プロダクトイオンが生成されるように、前記磁気トラップ内に閉じ込められた陽電子と反応させるために、前記磁気トラップに前記親イオンを注入することと、(e)前記磁気トラップから前記第2の質量分析器へ前記プロダクトイオンを放出することと、(f)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出することとを含む。
【0010】
第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する更に別の方法は、(a)イオン源を使用して、陽サンプルイオンを発生することと、(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入することと、(c)前記第1の質量分析器を使用して、電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択することと、(d)前記磁気トラップに前記親イオンを注入し、前記磁気トラップ内に前記親イオンを閉じ込めることと、(e)前記親イオンのうちの少なくとも一部の親イオンの電子捕獲解離が起こり、プロダクトイオンが生成されるように、前記閉じ込められた親イオンと反応させるために、前記磁気トラップに電子を注入することと、(f)前記磁気トラップから前記第2の質量分析器へ前記プロダクトイオンを放出することと、(g)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出することとを含む。別の方法は、(a)イオン源を使用して、陰サンプルイオンを発生することと、(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入することと、(c)前記第1の質量分析器を使用して、陽電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択することと、(d)前記磁気トラップに前記親イオンを注入し、前記磁気トラップ内に前記親イオンを閉じ込めることと、(e)前記親イオンのうちの少なくとも一部の親イオンの陽電子捕獲解離が起こり、プロダクトイオンが生成されるように、前記閉じ込められた親イオンと反応させるために、前記磁気トラップに陽電子を注入することと、(f)前記磁気トラップから前記第2の質量分析器へ前記プロダクトイオンを放出することと、(g)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出することとを含む。
【0011】
本発明の更に別の側面においては、第1の質量分析器と、前記第1の質量分析器の下流側の無電界/無磁界領域と、前記無電界/無磁界領域に電子又は陽電子が供給されるように配置された電子源又は陽電子源と、前記無電界/無磁界領域の下流側の第2の質量分析器とを具備する質量分析器が提供される。
【0012】
本発明の更に別の側面においては、第1の質量分析器と、無電界/無磁界領域と、電子源と、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法が提供される。本方法は、(a)イオン源を使用して、陽サンプルイオンを発生することと、(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入することと、(c)前記第1の質量分析器を使用して、電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択することと、(d)前記電子源を使用して、前記無電界/無磁界領域に電子を供給することと、(e)前記プロダクトイオンのうちの少なくとも一部のプロダクトイオンの電子捕獲解離が起こり、前記プロダクトイオンのうちの少なくとも一部が前記第2の質量分析器へ送り出されるように、前記無電界/無磁界領域に前記親イオンを注入することと、(f)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出することとを含む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
発明の詳細な説明
本発明は、電子(又は陽電子)捕獲解離を実行可能な質量分析器、タンデム質量分析法を実行する方法、電子捕獲解離を実行する方法、及び陽電子捕獲解離を実行する方法に関する。しかし、本発明を更に詳細に説明する前に、まず、以下の用語を定義する。
定義
「質量分析器」は、イオンの質量/電荷(m/z)数に従ってイオンを分類することが可能な任意の装置を意味する。通常、質量分析器は、電界及び/又は磁界を使用して、イオンを分類する。質量分析器は、磁気セクタ、線形四重極及び3次元四重極(四重極マスフィルタ及び四重極イオントラップを含む)、他の多重極質量分析器、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析器、並びに飛行時間質量分析器を含むが、それらに限定されない。質量分析器は、1つ以上の検出器を含んでもよい。
【0014】
「検出器」は、イオンを検出可能な任意の装置を意味する。検出器は、ファラディカップ、チャンネルトロン検出器、電子増倍管、電子光増倍管、アレイ検出器、及びマイクロチャネルプレートを含むが、それらに限定されない。
【0015】
「磁気トラップ」は、「リング」電極と、各々がリング電極に通じる開口部を有する2つの「エンドキャップ」電極と、磁界を発生するための磁石とを有する装置を意味する。荷電粒子を捕捉する目的で、磁気トラップは、荷電粒子を軸方向に(すなわち、エンドキャップ電極の開口部間のz軸に沿ったz方向に)閉じ込めるためにエンドキャップ電極とリング電極との間に印加される静電界(通常は、四重極電界)と、荷電粒子を半径方向に(すなわち、z軸に対して垂直なx方向及びy方向に)閉じ込めるために印加される静磁界とを使用する。本発明による磁気トラップの「リング」電極及び「エンドキャップ」電極は、所望の粒子を捕捉できるどのような形状であってもよい。磁気トラップの磁石は、荷電粒子を半径方向に閉じ込めるために、要求される磁界を印加することができ且つエンドキャップ電極の開口部を介して荷電粒子をリング電極に侵入させ、また、リング電極から排出させることができるように形状を定められ、配置されてもよい。磁石は、エンドキャップ電極とは別個であってもよく、あるいはエンドキャップ電極と磁石は一体かつ同一であってもよい(すなわち、磁気エンドキャップ電極)。磁気エンドキャップ電極が使用される場合、磁気トラップは、荷電粒子を軸方向に閉じ込めるために、エンドキャップ電極とリング電極との間に印加される静電界と、荷電粒子を半径方向に閉じ込めるために、磁気エンドキャップ電極の間に印加される静磁界とを使用する。ここで使用される「磁気トラップ」と「ぺニングトラップ」は、同義である。
【0016】
「理想ぺニングトラップ」は、双曲線エンドキャップ電極及びリング電極を有する磁気トラップを意味し、その場合、リング電極は、r0の中心内径を有し、エンドキャップ電極は、互いに21/2r0の距離だけ離間している。理想ぺニングトラップは、z方向に印加される均一な磁界(B)(すなわち、(0,0,B))及び理想四重極直流電位(ψ)を有する。
【0017】
「軸方向」又は「z方向」は、磁気トラップのエンドキャップ電極の開口部の中心により形成される「z軸」に沿った方向を意味する。
【0018】
「半径方向」、「x方向」、又は「y方向」は、「軸方向」又は磁気トラップのエンドキャップ電極の開口部の中心により形成される「z軸」に対して垂直な方向を意味する。
【0019】
「親イオン」は、タンデム質量分析法に関して、電子捕獲解離などの方法を使用して、小片に解離されるべく選択されるイオンを意味する。
【0020】
「プロダクトイオン」は、タンデム質量分析法に関して、親イオンを解離することにより生成されるイオンを意味する。
【0021】
本発明によれば、電子(又は陽電子)捕獲解離は、イオンと閉じ込められた電子(又は陽電子)との反応を経て、イオンのうちの少なくとも一部のイオンの電子(又は陽電子)捕獲解離が起こるように、電子(又は陽電子)を磁気トラップ内部の領域に閉じ込め、逆極性に帯電されたイオンを磁気トラップに注入することにより実行されてもよい。逆極性に帯電されたイオンは、多重帯電イオンであることが好ましい(すなわち、イオンは、2以上の電荷状態を有することが好ましい)。
【0022】
本発明の1つの側面においては、電子捕獲解離又は陽電子捕獲解離を実行可能な質量分析器が提供され、質量分析器は、第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する。質量分析器の動作中、磁気トラップは、電子捕獲解離セルとして、又は陽電子捕獲解離セルとして機能する。すなわち、磁気トラップは、一方の質量分析器から他方の質量分析器に向かってトラップ内へ注入される逆極性に帯電されたイオンと反応させるために、電子又は陽電子を閉じ込めるように作用する。
【0023】
第1の質量分析器、磁気トラップ、及び第2の質量分析器は、イオンが第1の質量分析器から磁気トラップへ移動し、磁気トラップから第2の質量分析器へ移動できるように配置される。すなわち、第1の質量分析器、磁気トラップ、及び第2の質量分析器は、直列に(直線状に又はその他の構成で)配置される。質量分析器は、第1の質量分析器、磁気トラップ、及び第2の質量分析器のみから構成されてもよいし、あるいは第1の質量分析器、磁気トラップ、及び第2の質量分析器の前、後、間に、また、この他に、他の要素(例えば、1つ以上のスキマー、イオンガイド、検出器、真空ポンプ、追加の質量分析器など)を含んでもよい。ここで使用される「下流側」は、第1の質量分析器から磁気トラップを経て第2の質量分析器に至る方向であることを意味し、「上流側」は、第2の質量分析器から磁気トラップを経て第1の質量分析器に至る方向であることを意味する。以下に説明するように、質量分析器において荷電粒子を操作するために、質量分析器及び磁気トラップに、(例えば、電圧源及び磁石などの、質量分析器、磁気トラップ及び/又は質量分析器の一部である電圧及び磁界を供給する手段を使用して)適切な直流及び/又は交流(例えば、RF)電圧及び磁界が印加される。
【0024】
磁気トラップは、永久磁石又は電磁石を含むが、電磁石は、超伝導磁石であってもよいし、そうでなくてもよい。好ましい実施形態においては、磁石は、永久磁石である。磁気トラップの磁界強度(B)は、通常、0.5Tより大きいが、特定の実施形態に対して十分であれば、どのような磁界強度であってもよい。
【0025】
第1の質量分析器及び第2の質量分析器、並びに磁気トラップと共に使用される電圧範囲は、使用される特定の分析器及び磁気トラップ、並びに質量分析器の特定の実施形態によって異なる。例えば、四重極質量分析器及びイオントラップ質量分析器は、通常、1〜100eVの範囲の電圧を使用して動作されるが、セクタ及び飛行時間質量分析器は、通常、1〜10keVの範囲の電圧を使用して動作される。通常、磁気トラップは、1〜100eVの電圧範囲で動作される。しかしながら、質量分析器及び磁気トラップは、それらが使用されるべき特定の実施形態について適切な任意の電圧又は電圧範囲を使用して動作されてもよい。
【0026】
質量分析器は、通常、第1の質量分析器にイオンを供給するためのイオン源を含むが、イオン源は、質量分析器の外側にあってもよい(すなわち、質量分析器の一部ではない)。イオンは、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)、ナノエレクトロスプレーイオン化法(nEST)、マトリクス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)、電子衝突イオン化法(EI)又は他の任意のイオン発生方法を使用するイオン源を使用して供給されてもよい。質量分析器におけるイオンの流れは、通常、イオン源から第1の質量分析器に向かい、第1の質量分析器から磁気トラップに入り、磁気トラップから第2の質量分析器に至る。しかし、実施形態によっては、イオンを第2の質量分析器から磁気トラップを経て第1の質量分析器に戻るように誘導し、必要であれば、再び磁気トラップを経て第2の質量分析器へ誘導することが望ましい場合もある。いくつかの実施形態においては、イオンは、第1の質量分析器と第2の質量分析器との間で、磁気トラップを通過してもよい。
【0027】
質量分析器の動作中、質量分析器、磁気トラップ、又は質量分析計の他の要素(存在する場合)のうちの1つ以上の電界及び/又は磁界を変更することにより、荷電粒子(例えば、イオン及び電子)を操作してもよい。そのような操作は、第1の質量分析器又は第2の質量分析器にイオンを注入、捕捉、分類し又は第1の質量分析器又は第2の質量分析器からイオンを放出すること、イオンの流れを下流側から上流側へ、また、上流側から下流側へと反転させること(例えば、磁気トラップを経てイオンを何度か往復させる)、及び/又は磁気トラップに対して電子を注入、捕捉又は放出することと関連付けられてもよい。質量分析器において荷電粒子を操作するための質量分析器又は磁気トラップのうちの1つ以上の電界及び/又は磁界の変化は、質量分析器と共に使用されるべき特定の質量分析器及び磁気トラップ、並びに質量分析器、磁気トラップ、及び質量分析器の任意の他の要素の特定の配置によって異なる。
【0028】
更に、質量分析器は、通常、電子源(電子捕獲解離を実行する場合)又は陽電子源(陽電子捕獲解離を実行する場合)を含むが、電子源又は陽電子源も、質量分析器の外側にあってもよい(すなわち、質量分析器の一部ではない)。質量分析器の一部であるか否かに関わらず、電子(又は陽電子)源は、必要に応じて、電子(又は陽電子)が磁気トラップに供給されるように磁気トラップに関して配置される。電子(又は陽電子)源は、磁気トラップの内側に配置されてもよく、あるいは外側に配置されてもよい。電子源の例としては、仕事関数の小さい物質(例えば、酸化バリウム(BaO))によって被覆されてもよく、被覆されなくてもよい熱電子源(例えば、タングステンフィラメント)などがあるが、これに限定されない。一実施形態においては、電子源は、メッシュを通してイオンを通過させることができるメッシュ電子源である。陽電子源の例としては、例えば、熱化器を有する22Na同位体などの放射性線源などがあるが、これに限定されない。
【0029】
第1の質量分析器及び第2の質量分析器は、異なる種類の質量分析器であってもよく、同一種類の質量分析器であってもよい。例えば、第1の質量分析器は、四重極イオントラップであり、第2の質量分析器は、四重極マスフィルタであってもよいし、あるいは第1の質量分析器及び第2の質量分析器の双方が四重極イオントラップであってもよい。第1の質量分析器及び第2の質量分析器は、広い質量/電荷数(m/z)範囲又は狭いm/z範囲のイオンを分類し、誘導し、捕捉するなどのために動作されてもよい。更に、減圧(例えば、真空)を伴う動作条件を提供するために、第1の質量分析器、磁気トラップ、及び第2の質量分析器のうちの1つ以上は、ポンプを有する1つ以上の密閉容器の内部に配置されてもよい。以下に、異なる種類の質量分析器を使用する様々な実施形態を説明する。
【0030】
本発明は、上述したように、第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法を更に含む。イオンは、イオン源を使用して発生され、第1の質量分析器に注入される。電子(又は陽電子)捕獲解離を受けるべき親イオンは、第1の質量分析器を使用して選択される。親イオンを磁気トラップに注入し、親イオンを磁気トラップに捕捉された電子(又は陽電子)と反応させることにより、親イオンは、電子(又は陽電子)捕獲解離を受け、プロダクトイオンを生成する。電子(又は陽電子)は、親イオンが磁気トラップに注入される前に磁気トラップに捕捉されることが好ましいが、磁気トラップへの親イオンの注入前又は注入中の任意の時点で、磁気トラップに捕捉されてもよい。電子(又は陽電子)は、イオン源から第1の質量分析器へのイオンの注入前、注入中、又は注入後に磁気トラップに捕捉されてもよい。電子(又は陽電子)捕獲解離が、親イオンのうちの少なくとも一部からプロダクトイオンを生成した後、プロダクトイオンは、磁気トラップから第2の質量分析器へ放出され、プロダクトイオンは、第2の質量分析器を使用して、又は質量分析器の一部であり、検出器を含む別の質量分析器を使用して検出される。上述した通り、この方法の間、荷電粒子(すなわち、イオン及び電子)は、質量分析器及び磁気トラップに対する適切な電圧及び磁界を使用して操作される。
磁気トラップを有する質量分析器の例示的な実施形態
第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器の様々な実施形態が可能である。上述したように、第1の質量分析器及び第2の質量分析器は、異なる種類の質量分析器であってもよく、あるいは同一種類の質量分析器であってもよい。以下に、電子捕獲解離に関して、3つの実施形態を説明するが、それらの実施形態は、限定的な意味を持たないことが意図されている。
【0031】
図1の実施形態
図1は、本発明による質量分析器10の一実施形態を示す。質量分析器10は、第1の質量分析器としての第1の線形四重極12と、磁気トラップ14(理想ぺニングトラップであってもよい)と、第2の質量分析器としての第2の線形四重極16と、第1のイオンゲート18と、第2のイオンゲート20と、イオン源22とを含む。
【0032】
磁気トラップ14は、エンドキャップ電極24、26と、リング電極28とを含む。エンドキャップ電極24、26は、磁石であり、磁界(B)の発生源として使用される。エンドキャップ電極24、26は、リング電極28と共に、四重極電界を発生するための電極としても使用される(エンドキャップ電極24、26とリング電極28との間に、静電圧が印加される)。
【0033】
図示されるように、第1の質量分析器12、磁気トラップ14、及び第2の質量分析器16は、四重極の中心及び磁気トラップ14のエンドキャップ電極の開口部の中心の軸に沿って、同軸に配置される。図中の矢印は、質量分析器10を通るイオンの代表的な方向を示す。
【0034】
図1の質量分析器10の動作中、イオンは、イオン源22により発生され、イオンゲート18を介して線形四重極12に注入される。線形四重極12は、指定されたm/z範囲の親イオン30を選択するために使用される。親イオン30は、線形四重極12から磁気トラップ14に注入され、磁気トラップ14は、捕捉電子32を閉じ込める。電子32は、磁気トラップ14への親イオンの注入前に捕獲される。親イオン30のうちの少なくとも一部は、電子32と反応し、電子捕獲解離を受け、プロダクトイオン34を生成する。プロダクトイオン34及び残留する親イオンは、磁気トラップ14から線形四重極16へ放出される。
【0035】
線形四重極12、16は、線形RF四重極であってもよく、線形四重極マスフィルタ又は線形四重極イオントラップとして動作されてもよい。それに従って、質量分析器10を動作させるために、適切な電圧が印加されてもよい。また、質量分析器10の動作中、イオン又は電子を操作するために、線形四重極12、16、イオンゲート18、22、及び/又は磁気トラップ14の電圧を修正してもよい。
【0036】
図1の質量分析器10の更に特定された一実施形態においては、第1の線形四重極12は、四重極マスフィルタとして動作され、第2の線形四重極16は、線形四重極イオントラップとして動作可能であろう。そのような実施形態では、四重極マスフィルタは、指定されたm/z範囲を有する親イオンを選択するために使用され、四重極イオントラップ16は、指定されたm/z範囲内のプロダクトイオンを捕捉するために使用可能であろう。電子32と反応せずに、磁気トラップ14を通過した親イオンは、電子捕獲解離を使用する分解のために、再び磁気トラップ14に注入されることが可能であり、第1の質量分析器に送り込まれた親イオン及び/又はプロダクトイオンは、再び磁気トラップ14を通過して、イオントラップ16に入ることが可能であろう。そのようなプロセスの間、イオンゲート18、20は、質量分析器10の中に親イオン及びプロダクトイオンを捕捉するための電位を発生するために使用可能であろう。プロダクトイオン34は、最終的には、質量スペクトルを生成するために、適切な検出器により検出可能であろう。
【0037】
図2の実施形態
図2は、本発明による質量分析器100の別の実施形態を示す。質量分析器100は、第1の質量分析器としての線形RF四重極イオントラップ110と、磁気トラップ120と、第2の質量分析器としての線形RF四重極マスフィルタ130と、イオンゲート140、145と、イオン源150と、電子源155と、検出器160とを含む。図示されるように、イオントラップ110、磁気トラップ120、及び四重極マスフィルタ130は、同軸に配置される。
【0038】
磁気トラップ120は、永久磁石170と、円筒の形状のリング電極180とを含む。磁気トラップ120は、図示されない磁束リターンヨークを更に含む。磁石170は、磁界の供給源として使用され、リング電極120と共に、四重極電界を発生するための電極として使用される。図示されるように、磁石とリング電極との間に静電圧(すなわち、V0)が印加される。2つの磁石の間の距離は、21/2であることが好ましく、これは、図示される電位線190により示されるように、トラップの内側に四重極電界を供給する。図2の磁石170のうちの一方の脇に示される電子源150は、例えば、タングステンフィラメントなどの熱電子源であってもよい。電子エネルギーは、フィラメントの電位(すなわち、Vf)により制御可能であろう。
【0039】
第1の質量分析器110は、4本の円筒形ロッドから製造された線形RF四重極イオントラップである。四重極電界を発生するために、第1の質量分析器110に、静電圧V1及びΩ1の周波数を有するRF電圧Vrf1が印加される。第2の質量分析器130は、同様に4本の円筒形ロッドから製造された線形四重極マスフィルタである。四重極電界を発生するために、第2の質量分析器130に、静電圧V2及びΩ2の周波数を有するRF電圧Vrf2が印加される。質量分析器110、130の四重極電界は、選択されたm/z範囲のイオンを質量分析器の中に半径方向に(すなわち、x方向及びy方向に)閉じ込めるために使用される。選択されたm/z範囲の幅を制御するために、静電圧Vaが印加される。線形四重極イオントラップ110は、更に、イオンゲート140及びエンドキャップ電極170にそれぞれ印加される静電圧V3及びV5を使用して、イオンを軸方向に(すなわち、z方向に)閉じ込める。
【0040】
図2の質量分析器の動作中、イオンは、イオン源150により発生され、イオンゲート140を介して線形RF四重極イオントラップ110に侵入する。イオンは、静電圧V3及びV5により発生される軸方向閉じ込め電位と、電圧V1及びVrf1により発生される半径方向閉じ込め電位とにより、イオントラップ110の中に捕捉される。イオントラップ110は、指定されたm/z範囲内の親イオンを選択するために使用されてもよい。親イオンは、磁気トラップ120に注入され、磁気トラップ120は、電子源155からの捕捉電子を含む。
【0041】
磁気トラップ120内の電子は、磁気トラップ120への親イオンの注入前に捕捉される。電子は、エンドキャップ電極170とリング電極180との間にV0を印加することにより発生される静電位により軸方向に閉じ込められ、また、2つのエンドキャップ磁石170の間で発生される磁界(B)により半径方向に閉じ込められる。
【0042】
親イオンのうちの少なくとも一部は、磁気トラップ120内で捕捉電子と反応し、電子捕獲解離を経て、プロダクトイオンに解離される。プロダクトイオン及び残留する親イオンは、磁気トラップ120から四重極マスフィルタ130へ放出されるが、四重極マスフィルタ130は、指定されたm/z範囲のイオンを選択し、それらのイオンをイオンゲート145の静電圧V4に向かって誘導するために使用されてもよい。イオンは、イオンゲート145を通過して、検出器160に到達し、そこで、イオンは検出され、質量スペクトル(図示せず)を生成するために、信号195が発生される。
【0043】
図2に示される質量分析器100の1つの特定の実施形態においては、磁気トラップ120は、21.3mmの内径(すなわち、r0)を有する円筒の形状のリング電極180と、1.3Tの永久磁石(例えば、NEO-MAX、Sumitomo Special Metals)であるエンドキャップ電極170とを有する。線形RF四重極イオントラップ110は、直径15.4mm、長さ70mmの4本の円筒形ロッドから製造されてもよく、中心軸からロッド面までの距離は、6.7mmである。線形RF四重極マスフィルタ130は、直径15.4mm、長さ224mmの4本の円筒形ロッドから製造可能であり、中心軸からロッド面までの距離は、6.7mmである。そのような実施形態では、線形RF四重極イオントラップ110に、1.3MHzの周波数のRF電圧が印加され、線形RF四重極マスフィルタ130に、1.0MHzの周波数のRF電圧が印加されるであろう。
【0044】
図3の実施形態
図3は、本発明による質量分析器の別の実施形態を示す。質量分析器200は、イオン化源205と、線形四重極マスフィルタ210と、ぺニングトラップ220と、電子源225と、線形四重極イオントラップ230と、ゲート235と、イオンガイド240と、第2のゲート245と、飛行時間質量分析器250とを含む。質量分析器200は、密閉容器262の中で、減圧下で(例えば、真空中で)四重極マスフィルタ210、ぺニングトラップ220、線形四重極イオントラップ230、及びイオントラップ240を動作させるためのポンプ260を含む。質量分析器200は、密閉容器272の中で、減圧下で(例えば、真空中で)飛行時間分析器250を動作させるためのポンプ270を更に含む。磁気イオントラップ220は、磁気エンドキャップ電極215と、リング電極217とを含む。飛行時間質量分析器250は、レンズ280と、プッシャ282と、リフレクトロン284と、マイクロチャネルプレート検出器286とを含む。図3の矢印は、四重極マスフィルタ210へのイオン及びイオンガイド240からの飛行時間質量分析器250を通るイオンの方向を示す。
【0045】
図3の質量分析器の動作中、イオンは、イオン源205により発生され、線形四重極マスフィルタ210に注入される。四重極マスフィルタ210は、指定されたm/z範囲内の親イオンを選択するために使用されてもよい。親イオンは、磁気トラップ220に注入され、磁気トラップ220は、電子源225からの捕捉電子を含む。磁気トラップ220内の電子は、磁気トラップ220への親イオンの注入前に捕捉される。親イオンのうちの少なくとも一部は、磁気トラップ220内で捕捉電子と反応し、電子捕獲解離を経て、プロダクトイオンに解離される。プロダクトイオン及び残留する親イオンは、磁気トラップ220から線形四重極イオントラップ230へ放出され、線形四重極イオントラップ230は、ゲート235及び245を含む。選択されたイオンは、イオンガイド240を介して飛行時間質量分析器250へ送り出され、そこで、イオンは、マイクロチャネルプレート検出器286により検出される。
理想ぺニングトラップにおける電子捕獲解離
本発明を更に詳細に説明するために、理想ぺニングトラップにおける電子捕獲解離の様々な面を以下に理論的に説明する。
【0046】
電子捕獲解離は、次式(1)により表すことができる。
【0047】
【数1】

(1)
式中、質量M及び電荷+Qを有する1つの親イオンは、質量me及び−1の電荷を有する1つの電子と反応する。質量m及び(M-m)、電荷+q及びQ-q-1をそれぞれ有するプロダクトイオンが生成される。反応は、エネルギーKp + kpを放出し、Kp及びkpは、互いに無限の距離にあるイオンm+q及びイオン(M-m)Q-q-1の運動エネルギーをそれぞれ表す。
電子捕獲解離の横断面
〜1eVの電子の場合、電子捕獲解離の典型的な反応横断面(すなわち、σECD)は、10−15である(例えば、Zubarev他のElectron Capture Dissociation for Structural Characterization of Multiply Charged Protein Cations、Anal. Chem.、72、563〜573ページ(2000年)を参照)。この横断面を使用して、反応確率(すなわちrECD)は、次式(2)により求められる。
【0048】
【数2】

(2)
式中、ρは、電子の密度であり、veは、電子の速度であり、Δtは、相互作用時間(すなわち、1つのエンドキャップと別のエンドキャップとの間に親イオンが位置する期間)である。式(2)を導き出すとき、電子の速度は、親イオンの速度よりはるかに速いと仮定した。式(2)により示されるように、高い反応確率を得るためには、大きな電子密度及び長い相互作用時間が要求される。
【0049】
電子捕獲解離の反応エネルギー(すなわち、Kreact)は、実験室系においては、親イオンの運動エネルギー(すなわち、K)によって左右されない。親イオンの運動エネルギー(すなわち、K)と、電子の運動エネルギー(すなわち、Ke)がほぼ等しいとき(すなわち、K〜Ke)、以下の近似式により示されるように、反応エネルギー(すなわち、Kreact)は、電子の運動エネルギーに等しい。
【0050】
【数3】

(3)
これは、電子捕獲解離反応において使用される電子の運動エネルギー(又は温度)により、反応エネルギー(すなわち、Kreact)が制御可能であることを意味する。
運動の式
以下に示す式(4)、(5)及び(6)は、理想ぺニングトラップ(すなわち、z方向に均一な磁界(0, 0, B)が印加され且つ理想四重極直流電位ψ= V0(x2 + y2 - 2z2)/2r2を有するぺニングトラップ)における質量m及び電荷qの荷電粒子の運動を記述する。理想ぺニングトラップにおける電子並びに親イオン及びプロダクトイオンの運動を記述するために、それらの式を使用できる。
【0051】
【数4】

(4)
【数5】

(5)
【数6】

(6)
式中、r0は、リング電極の中心内径を表し、Bは、磁界強度を表し、(vx, vy, vz)は、荷電粒子の速度を表し、x、y及びzは、x方向、y方向、及びz方向の荷電粒子の位置を表し、座標z = 0、x = 0、y = 0は、エンドキャップの孔部により形成されるz軸に沿ったぺニングトラップの中心である。
電子蓄積
ぺニングトラップにおける電子の最大密度は、ぺニングトラップの直流電圧(すなわち、V0)がぺニングトラップの安定度条件(すなわち、マグネトロン運動安定度)を満たすときに推定されてもよく、これは、式7により求められる。
【0052】
【数7】

(7)
式中、e及びmeは、電子の電荷と質量をそれぞれ表す。この条件は、典型的な動作条件の下で満たされるべきである。例えば、この条件は、V0=10V、r0=21.3mm、及びB=1.3Tである場合に満たされるであろう。それは、10Vが、〜1kVである式(7)の右側より小さいからである。
【0053】
安定度条件が満たされる場合、ぺニングトラップにおける最大電子密度(すなわち、ρ)は、2つのカテゴリ、すなわち、(1)電荷と磁界における回転力との間のクーロン反発力のつり合いであり、下記の式(8)により表されるブルリアン条件、及び(2)下記の式(9)により表される閉じ込め電位における空間電荷限界密度(空間電荷が、均一な密度の無限に長い円筒であると想定した場合)のうちの低いほうの値により求められる。
【数8】

(8)
式中、ε0は、真空の比誘電率である。
【数9】

(9)
V0=10V、r0=約21.3mm、及びB=1.3Tであるとき、最大密度は、式(9)により求められる。これは、式(9)の値が、ブルリアン条件、式(8)により求められる値よりはるかに小さいからである。
【0054】
図4は、様々に異なる電圧の下でのぺニングトラップにおける最大電子密度のグラフを含む。最大電子密度は、図4の太線により示され、式(9)を使用して計算された。図示されるように、最大電子密度は、V0に従って直線状に変化する。
相互作用時間
電子捕獲解離の反応効率は、親イオンの相互作用時間(すなわち、Δt)によって決まり、これは、運動の式である式(6)を解くことにより求められ、以下に式(10)により表される。
【0055】
【数10】

(10)
式中、ΔK(すなわち、z=0であるときの親イオンの運動エネルギー)は、エンドキャップ電極における親イオンの運動エネルギーをKiとするとき、Ki - V0/2に等しい。
【0056】
式(10)の相互作用時間の推定において、ぺニングトラップにおける電子の存在は無視された。ぺニングトラップに電子が蓄積された場合、z軸(すなわち、エンドキャップ電極の孔部の中心間の軸)に沿った静電位は、電子の空間電荷により低下され、その結果、上記の推定より、相互作用時間は長くなる。
【0057】
図4に示されるように、式(10)は、質量/電荷数(すなわち、m/z)が1,000Da(図4に細線で表される)であるときのぺニングトラップ直流電圧(すなわち、V0)と、親イオンの相互作用時間との関係をグラフで表すために使用された。下記の値は、ΔKに対して選択された値であり、各値は、図4の適切な線の脇に示される。すなわち、0.03eV、0.1eV、0.3eV、1eV、3eV、及び10eVの値である。図4に示されるように、V0が相対的に小さく、ΔKが小さいとき、相互作用時間は相対的に長い。
反応確率
図5は、式(2)を使用して計算された反応確率のグラフを示す。このグラフを計算する際には、親イオンの質量/電荷数を1,000Daに固定し、z=0における親イオンの運動エネルギー(すなわち、ΔK)として、0.03eV、0.1eV、0.3eV、1eV、3eV、及び10eVの値を使用した。更に、電子の運動エネルギーを1eVに固定した。
【0058】
図5に示されるように、大きな反応確率を得るためには、V0を大きくし、且つDKを小さくすべきである。ΔK=0.1ev及びV0=20eVであるとき、反応確率は、約20%である。
【0059】
上述したように、反応確率を増加するために、親イオンは、ぺニングトラップに捕捉された電子を通るように数回往復することが可能であろう。
プロダクトイオンの放出
様々な質量/電荷数(m/z)を有するプロダクトイオンの磁気トラップからの放出の効率は、運動の式(すなわち、式(4)〜(6))を使用して、モンテカルロシミュレーションにより計算された。親イオンの電子捕獲解離は、z軸上で起こるものと設定された。親イオンのz軸上の反応ポイント(すなわち、z0)及び速度(すなわち、v0)は、運動の式(すなわち、式(6))を解くことにより求められ、以下の式(11)及び(12)により、それぞれ示される。
【0060】
【数11】

(11)
【数12】

(12)
式中、tは、[z0]<r/21/2の制約を伴って無作為に与えられる。プロダクトイオンは、運動エネルギーKpに、電子と反応する親イオンの運動エネルギーを加えた運動エネルギーを有するものと近似された。親イオンの運動エネルギーを考慮に入れるために、親イオンの速度(すなわち、v0)に、速さ(2K/m)1/2及び球面ランダム方向を有する速度が加算された。プロダクトイオンが、2つのエンドキャップ電極の孔部のうちの1つに到達したとき、イオンは、磁気トラップから放出されたと判定された。放出効率は、モンテカルロシミュレーションに関して、10,000の事象が発射された場合の放出事象の比として定義された。
【0061】
図6は、プロダクトイオンの運動エネルギー(すなわち、Kp)と、モンテカルロシミュレーションを使用して計算されたぺニングトラップからのプロダクトイオンの放出効率との関係を表すグラフを示す。z=0における親イオンの運動エネルギー(すなわち、ΔK)を0.1[eV]に固定し、ぺニングトラップ静電圧(すなわち、V0)を20ボルトに固定した。上述したように、プロダクトイオンの運動エネルギー(すなわち、Kp)は、反応によって決まる。
【0062】
ぺニングトラップに電磁界が存在しない場合(すなわち、B=0及びV0=0)、プロダクトイオンの放出効率は、正孔の立体角により求められる。図6の太い破線は、ぺニングトラップに界が存在しないときのプロダクトイオンの放出効率を表す。
【0063】
図6の太い実線により示されるように、磁界が存在しないときに(すなわち、B=0)、ぺニングトラップ(すなわち、V0)に20Vの静直流電圧を印加すると、全く界が存在しないときのプロダクトイオンの放出効率と比較して、Kpが小さいときのプロダクトイオンの放出効率は向上する。これは、四重極静電界が、イオンを半径方向に集束すると共に、z軸に沿ってイオンを押し出すためである。
【0064】
ぺニングトラップが磁界を有していないとき(すなわち、B=0)、ぺニングトラップに磁界が存在するときと比較して、プロダクトイオンの質量がプロダクトイオンの放出効率に及ぼす影響は小さい。
【0065】
図6に示されるように、細線は、30Da、100Da、300Da及び1,000Daの質量を有するプロダクトイオンに関して、B=1.3T及びV0=20Vであるときの放出効率の質量依存性を表す。磁界がイオンをz方向に沿って半径方向に捕捉し、イオンの軌道がz方向に沿って螺旋形であるため、磁界は、放出効率を向上する。図からわかるように、磁界は、質量の小さいイオンに対して、より高い効果を示す。これは、プロダクトイオンのサイクロトロン半径が質量/電荷数に反比例するからである。従って、磁界が強くなれば、プロダクトイオンの放出効率は高くなる。
【0066】
以上説明した質量分析器は、磁気トラップのリング電極に隣接して、ぺニングトラップのエンドキャップ電極の内側(追加のトラップ電極が、エンドキャップ電極とリング電極との間にあるように)、又はぺニングトラップのエンドキャップ電極の外側(各エンドキャップ電極が、それぞれ対応する追加のトラップ電極とリング電極との間にあるように)のいずれかの位置に、追加のトラップ電極を更に含んでもよい。そのような追加のトラップ電極は、磁気トラップと連係して、電子捕獲解離の場合は、電子及び正に帯電されたイオンの双方を磁気トラップに捕捉するために使用され、陽電子捕獲解離の場合には、陽電子及び負に帯電されたイオンの双方を磁気トラップに捕捉するために使用可能であろう。イオンの電子(又は陽電子)捕獲解離の後、プロダクトイオンを操作するために(例えば、磁気トラップから第2の質量分析器へプロダクトイオンを放出するために)、磁気トラップ、追加のトラップ電極、及び/又は質量分析器の他の要素に対する適切な電圧が使用可能であろう。追加のトラップ電極は、どのような形態であってもよく、例えば、複数の孔部を有するプレート電極又はメッシュ電極であってもよい。
【0067】
逆極性に帯電された粒子(例えば、電子及び正に帯電されたイオン)をペニングトラップで捕捉できるように、質量分析器が追加のトラップ電極を含む場合、電子(又は陽電子)捕獲解離を受けるべきイオンは、磁気トラップへの電子(又は陽電子)の装填の前、又はその後、あるいは装填中に、磁気トラップに注入されてもよい。電子(又は陽電子)捕獲解離後、磁気トラップから第1の質量分析器又は第2の質量分析器のいずれかへプロダクトイオンを放出するために、追加のトラップ電極、磁気トラップ、及び/又は第1の質量分析器又は第2の質量分析器に、適切な電圧が印加されてもよい。その後、電子(又は陽電子)捕獲解離セルから離れた領域において、(例えば、タンデム質量スペクトルを生成するために)プロダクトイオンが分析されてもよい。
【0068】
図7は、追加のトラップ電極310を有する質量分析器300を示す。質量分析器300は、イオン源305と、第1の質量分析器315(例えば、四重極質量分析器)と、イオンゲート320と、磁気エンドキャップ電極327及びリング電極329を有する磁気トラップ325と、メッシュ電極310と、電子源330と、別のイオンゲート333と、第2の質量分析器335(例えば、四重極質量分析器)と、検出器を有する第3の質量分析器340(例えば、検出器を有する飛行時間質量分析器)とを含む。図7に示されるように、電子345及び陽イオン350の双方を捕捉するために、磁気トラップ325は、メッシュトラップ電極310と連係して使用されてもよい。図7は、磁気トラップ325及び追加のトラップ電極310を使用して、電子345及び陽イオン350の双方が磁気トラップ325に閉じ込められた場合のz軸に沿った可能電位のグラフを示す。
【0069】
図7の質量分析器300の動作中、イオンは、イオン源305により発生され、第1の質量分析器315に注入される。第1の質量分析器315は、指定されたm/z範囲の親イオンを選択するために使用される。磁気トラップ325への親イオンの注入の前、又は後、あるいは注入中に、電子源330により発生された電子は、磁気トラップ325に閉じ込められる。親イオンのうちの少なくとも一部が電子345と反応し、電子捕獲解離を受け、プロダクトイオンを生成した後、プロダクトイオン及び残留する親イオンは、磁気トラップ325から第2の質量分析器335へ放出される。第2の質量分析器335は、プロダクトイオンを第3の質量分析器340に注入するために使用され、第3の質量分析器340は、プロダクトイオンの質量スペクトルを生成するために使用される。質量分析器300は、電子捕獲解離に関して図示され、説明されたが、質量分析器は、磁気トラップ325に陽電子及び陰イオンの双方を閉じ込めることにより、陽電子捕獲解離のために使用されることも可能であろう。
【0070】
本発明の別の側面においては、磁気トラップ内部の領域にイオンを閉じ込め、電子(又は陽電子)をトラップに通過させることにより、電子(又は陽電子)捕獲解離が実行されてもよい。電子捕獲解離が実行される場合、通常、イオンは陽イオンであり、陽電子捕獲解離が実行される場合には、通常、イオンは陰イオンである。電子(又は陽電子)捕獲解離の後、プロダクトイオンは、質量分析器へ放出され、磁気トラップの外側で分析されてもよい。上述したように、第1の分析器と、磁気トラップと、第2の分析器とを具備する質量分析器は、そのような電子(又は陽電子)捕獲解離に使用可能であろう。その場合、電子(又は陽電子)ではなく、イオンを捕捉するために、適切な電圧及び適切な磁界が磁気トラップに印加される。磁気トラップにイオンが捕捉された後、イオンのうちの少なくとも一部の電子(又は陽電子)捕獲解離が起こるように、適切な供給源からの電子(又は陽電子)は、磁気トラップを通して(例えば、エンドキャップ電極の孔部のうちの1つを通して)誘導される。
【0071】
そのような電子(又は陽電子)捕獲解離により、上述したように、第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法が更に提供される。イオンは、イオン源を使用して発生され、第1の質量分析器に注入される。電子(又は陽電子)捕獲解離を受けるべき親イオンは、第1の質量分析器を使用して選択され、その後、磁気トラップに注入され、磁気トラップ内部に閉じ込められる。電子(又は陽電子)は、供給され(例えば、電子源又は陽電子源により)、磁気トラップに注入されて、閉じ込められているイオンと反応する。親イオンのうちの少なくとも一部の電子(又は陽電子)捕獲解離は、プロダクトイオンを生成し、プロダクトイオンは、トラップから第2の質量分析器へ放出される。プロダクトイオンは、検出され、質量スペクトルが生成されてもよい。上述した通り、荷電粒子(すなわち、イオン及び電子)は、この方法の間に、質量分析器及び磁気トラップに対する適切な電圧及び適切な磁界を使用して操作される。
【0072】
本発明の別の側面においては、電子(又は陽電子)を含む領域(すなわち、電子(又は陽電子)領域)にイオンを通すことにより、電子(又は陽電子)捕獲解離が実行されてもよい。電子(又は陽電子)を含む領域は、無電界/無磁界領域(すなわち、電子又はイオンを捕捉する電界又は磁界が存在しない領域)であることが好ましい。電子捕獲解離が実行される場合、通常、イオンは陽イオンであり、陽電子捕獲解離が実行される場合には、通常、イオンは陰イオンである。更に、イオンは、多重帯電イオンであることが好ましい(すなわち、イオンは、2つ以上の電荷状態を有することが好ましい)。
【0073】
そのような方法を使用して、電子(又は陽電子)捕獲解離を実行可能な質量分析器は、第1の質量分析器と、電子(又は陽電子)源と、電子(又は陽電子)領域(例えば、無電界/無磁界領域)と、第2の質量分析器とを具備する。質量分析器は、電子(又は陽電子)源からの電子(又は陽電子)に対して無電界/無磁界領域を発生するために、無電界/無磁界領域を発生する手段を含むことが好ましい。例えば、質量分析器は、2つの接地電極を含んでもよく、接地電極の間に無電界/無磁界領域が形成される。そのような接地電極は、例えば、無電界/無磁界領域にイオンを通すための孔部を有するプレートであるか、又はイオンの通過を可能にするメッシュ電極であることが可能であろう。
【0074】
第1の質量分析器、電子(又は陽電子)源、電子(又は陽電子)領域(例えば、無電界/無磁界領域)、及び第2の質量分析器は、イオンが、第1の質量分析器から電子(又は陽電子)を含む領域(例えば、無電界/無磁界領域)を通って、第2の質量分析器へ移動できるように配置される。すなわち、第1の質量分析器、電子(又は陽電子)を含む領域(例えば、無電界/無磁界領域)、及び第2の質量分析器は、直列に(直線状に又はその他の構成で)配置される。電子(又は陽電子)源は、電子(又は陽電子)が必要に応じて電子(又は陽電子)領域(例えば、無電界/無磁界領域)に供給されるように配置される。
【0075】
質量分析器は、第1の質量分析器、電子(又は陽電子)源、電子(又は陽電子)を含む領域、及び第2の質量分析器のみから構成されてもよく、あるいは他の要素を含んでもよい。一実施形態においては、質量分析器は、磁気トラップを含まない。
【0076】
電子(又は陽電子)捕獲解離のための電子(又は陽電子)が、必要に応じて電子(又は陽電子)領域に供給されるのであれば、電子(又は陽電子)源は、電子(又は陽電子)領域の内側にあってもよく、又は外側にあってもよい。電子源の例としては、仕事関数の低い物質(例えば、酸化バリウム(BaO))によって被覆されてもよく、あるいは被覆されなくてもよい熱電子源(例えば、タングステンフィラメント又はメッシュ)があるが、これに限定されない。一実施形態においては、電子源は、メッシュ電子源であり、イオンは、メッシュを通過できる。
【0077】
通常、質量分析器は、第1の質量分析器にイオンを供給するためのイオン源を含むが、イオン源は、質量分析器の外側にあってもよい(すなわち、質量分析器の一部ではない)。イオンは、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)、ナノエレクトロスプレーイオン化法(nESI)、マトリクス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)、電子衝撃イオン化法(EI)又は他の何らかのイオン発生方法を使用するイオン源を使用して、供給されてもよい。質量分析器におけるイオンの流れは、通常、イオン源から第1の質量分析器に向かい、第1の質量分析器から、電子(又は陽電子)を含む電子(又は陽電子)領域(例えば、無電界/無磁界領域)を通って、第2の質量分析器に至る。
【0078】
第1の質量分析器及び第2の質量分析器は、異なる種類の質量分析器であってもよく、あるいは同一種類の質量分析器であってもよい。例えば、第1の質量分析器は、四重極イオントラップであり、第2の質量分析器は、四重極マスフィルタであってもよく、あるいは第1の質量分析器及び第2の質量分析器の双方が四重極イオントラップであってもよい。第1の質量分析器及び第2の質量分析器は、広い質量/電荷数(m/z)範囲のイオン又は狭いm/z範囲のイオンを分類、誘導、捕捉などするために動作可能であろう。更に、減圧(例えば、真空)を伴う動作条件を提供するために、第1の質量分析器、電子(又は陽電子)領域(例えば、無電界/無磁界領域)、及び第2の質量分析器のうちの1つ以上は、ポンプを有する1つ以上の密閉容器の内部に配置されてもよい。
【0079】
質量分析器の動作中、荷電粒子(例えば、イオン)は、質量分析器又は質量分析器の他の要素のうちの1つ以上の電界を変化させることにより操作されてもよい。そのような操作は、第1の質量分析器又は第2の質量分析器に対するイオンの注入、イオンの捕捉、イオンの分類、又はイオンの放出並びに/又は下流側から上流側へ及び上流側から下流側へのイオン流れの反転(例えば、イオンを電子(又は陽電子)領域に複数回通すための)と関連付けられてもよい。質量分析器において荷電粒子を操作するための質量分析器のうちの1つ以上の電界の操作は、質量分析器と共に使用されるべき特定の質量分析器、並びに質量分析器及び質量分析器の他の要素の特定の配置によって異なる。
【0080】
本発明は、上述したように、第1の質量分析器と、電子(又は陽電子)源と、電子(又は陽電子)領域(例えば、無電界/無磁界領域)と、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法を更に含む。イオンは、イオン源を使用して発生され、第1の質量分析器に注入される。電子(又は陽電子)捕獲解離を受けるべき親イオンは、第1の質量分析器において選択され、電子(又は陽電子)を含む領域(例えば、電子又は陽電子を含む無電界/無磁界領域)に注入される。親イオンのうちの少なくとも一部は、電子(又は陽電子)領域で電子(又は陽電子)と反応し、電子(又は陽電子)捕獲解離を経て、プロダクトイオンに解離される。プロダクトイオンのうちの少なくとも一部は、第2の質量分析器へ送り出され、第2の(又は別の)質量分析器の検出器を使用して検出されてもよい。電子(又は陽電子)領域が無電界/無磁界領域である場合(すなわち、質量分析器が、第1の質量分析器と第2の質量分析器との間に無電界/無磁界領域を発生する手段を更に具備する場合)、親イオンは、無電界/無磁界領域に侵入し、その内部の電子(又は陽電子)と反応するのに十分な運動エネルギーを有していなければならず、プロダクトイオンは、形成された後、第2の質量分析器に到達するのに十分な運動エネルギーを電子捕獲解離により形成されていなければならない。
【0081】
無電界/無磁界領域にイオンを通すことにより電子(又は陽電子)捕獲解離(及びタンデム質量分析法)を実行可能な質量分析器の例が、図8及び図9に示される。図8に示される質量分析器400は、イオン源405と、第1のイオンゲート410と、第1の質量分析器415と、メッシュ電極420及び430と、電子(又は陽電子)源435と、無電界/無磁界領域425と、第2の質量分析器440と、第2のイオンゲート445と、検出器を有する第3の質量分析器450とを含む。質量分析器400の動作中、イオン源405により発生されたイオンは、イオンゲート410を介して第1の質量分析器415に注入され、そこで、電子(又は陽電子)捕獲解離のために、指定されたm/z範囲を有する親イオン455が選択される。メッシュ電極420及び430は、無電界/無磁界領域425を発生する(例えば、メッシュ電極420及び430を接地することにより)ために使用される。電子(又は陽電子)源435からの電子(又は陽電子)437は、無電界/無磁界領域425を通過する。第1の質量分析器により選択された親イオン455は、無電界/無磁界領域425を通過し、電子(又は陽電子)437と反応する。親イオン455のうちの少なくとも一部は、無電界/無磁界領域425で電子(又は陽電子)437と反応し、電子(又は陽電子)捕獲解離を経て、プロダクトイオンに解離される。プロダクトイオンのうちの少なくとも一部は、プロダクトイオン460を選択し且つ/又は誘導するために使用される第2の質量分析器440へ送り出される。プロダクトイオン460は、イオンゲート445を通過し、質量スペクトル(図示せず)を生成するために、第3の質量分析器450により分析される。質量分析器を通過するイオンの動きは、z軸に沿った水平方向の矢印により示される。
【0082】
図9は、無電界/無磁界領域にイオンを通すことにより電子捕獲解離(及びタンデム質量分析法)を実行可能な別の質量分析器500を示す。質量分析器500は、イオン源505と、第1のイオンゲート510と、第1の質量分析器515と、メッシュ電極520及び530と、メッシュ電子源525(例えば、BaOでめっきされたタングステンメッシュ)と、無電界/無磁界領域535と、第2の質量分析器545と、第2のイオンゲート550と、検出器を有する第3の質量分析器560とを含む。質量分析器500の動作中、イオン源505により発生されたイオンは、イオンゲート510を介して第1の質量分析器515に注入され、そこで、電子捕獲解離のために、指定されたm/z範囲を有する親イオン570が選択される。メッシュ電極520及び530は、無電界/無磁界領域535を発生するために使用される。電子540は、無電界/無磁界領域535において、メッシュ電子源525により発生される。第1の質量分析器515により選択された親イオン570は、無電界/無磁界領域535を通過し、電子540と反応する。親イオン570のうちの少なくとも一部は、無電界/無磁界領域535で電子540と反応し、電子捕獲解離を経て、プロダクトイオンに解離される。プロダクトイオンのうちの少なくとも一部は、プロダクトイオン575を選択し且つ/又は誘導するために使用される第2の質量分析器545へ送り出される。プロダクトイオン575は、イオンゲート550を介して第3の質量分析器560に到達し、そこで分析され、質量スペクトルが生成される。質量分析器500を通過するイオンの動きは、z軸に沿った水平方向矢印により示される。
【0083】
本発明の特定の実施形態を参照して、本発明を詳細に説明したが、本発明の趣旨の範囲から逸脱せずに、様々な変更及び変形を実施できることは、当業者には明らかであろう
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】図1は、本発明による質量分析器の一実施形態を示す図である。
【図2】図2は、本発明による質量分析器の別の実施形態を示す図である。
【図3】図3は、本発明による質量分析器の更に別の実施形態を示す図である。
【図4】図4は、ぺニングトラップ直流電圧(V0)と、1,000の質量/電荷数を有する親イオンの相互作用時間との関係を表すグラフである。本グラフは、ぺニングトラップにおける電子密度に対するぺニングトラップ直流電圧の影響を更に示す。
【図5】図5は、ぺニングトラップ直流電圧(V0)と、1,000の質量/電荷数を有する親イオンの反応確率との関係を表すグラフである。
【図6】図6は、プロダクトイオンの運動エネルギーと、ぺニングトラップからのプロダクトイオンの放出効率との関係を表すグラフである。太い破線は、ぺニングトラップに界(field)が存在しない場合(すなわち、B=0及びV0=0)のプロダクトイオンの放出効率を表す。太い実線は、V0=20ボルト(V)及びB=0テスラ(T)である場合のプロダクトイオンの放出効率を表す。細線は、B=1.3テスラ(T)及びV0=20Vである場合の様々に異なる質量/電荷数を有する親イオンの放出効率を表す。
【図7】図7は、磁気トラップ及びメッシュトラップ電極を有する本発明による質量分析器の一実施形態を示す図である。図7は、質量分析器の磁気トラップに、電子及び陽イオンの双方が閉じ込められたときに生じ得る電位をz軸に沿って表すグラフを更に示す。
【図8】図8は、無電界/無磁界領域を有する本発明による質量分析器の一実施形態を示す図である。
【図9】図9は、無電界/無磁界領域を有する本発明による質量分析器の別の実施形態を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の質量分析器と、
前記第1の質量分析器の下流側の磁気トラップと、
前記磁気トラップの下流側の第2の質量分析器と、
電子又は陽電子が前記磁気トラップに供給されるように配置された電子源又は陽電子源とを具備することを特徴とする質量分析器。
【請求項2】
前記第1の質量分析器及び前記第2の質量分析器のうちの一方又は双方は、検出器を含むことを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項3】
イオン源を更に具備することを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項4】
前記イオン源は、エレクトロスプレーイオン化源、ナノエレクトロスプレーイオン化源、又はマトリクス支援レーザー脱離イオン化源であることを特徴とする請求項3記載の質量分析器。
【請求項5】
前記第1の質量分析器は、飛行時間質量分析器、四重極マスフィルタ、又は四重極イオントラップであることを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項6】
前記第1の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器であることを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項7】
前記線形RF四重極質量分析器は、四重極マスフィルタ又は四重極イオントラップであることを特徴とする請求項6記載の質量分析器。
【請求項8】
前記第2の質量分析器は、飛行時間質量分析器、四重極マスフィルタ、又は四重極イオントラップであることを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項9】
前記第2の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器であることを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項10】
前記線形RF四重極質量分析器は、四重極マスフィルタ又は四重極イオントラップであることを特徴とする請求項9記載の質量分析器。
【請求項11】
前記磁気トラップは、理想ぺニングトラップであることを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項12】
前記第1の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器であり、前記第2の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器であることを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項13】
前記第2の質量分析器の下流側に第3の質量分析器を更に具備することを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項14】
前記第3の質量分析器は、飛行時間質量分析器であることを特徴とする請求項13記載の質量分析器。
【請求項15】
2つの追加のトラップ電極を更に具備し、前記追加のトラップ電極のうちの一方は、前記第1の質量分析器と前記磁気トラップとの間に配置され、他方の追加のトラップ電極は、前記第2の質量分析器と前記磁気トラップとの間に配置されることを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項16】
イオン源を更に具備し、前記第1の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器であり、前記第2の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器であることを特徴とする請求項1記載の質量分析器。
【請求項17】
前記第2の質量分析器の下流側に第3の質量分析器を更に具備することを特徴とする請求項16記載の質量分析器。
【請求項18】
前記第3の質量分析器は、飛行時間質量分析器であることを特徴とする請求項17記載の質量分析器。
【請求項19】
イオンの電子捕獲解離を実行する方法であって、
(a)電子源を使用して、電子を発生する工程と、
(b)磁気トラップ内部の領域に前記電子を閉じ込める工程と、
(c)前記イオンのうちの少なくとも一部のイオンの電子捕獲解離が起こるように、前記磁気トラップに陽イオンを注入する工程とを含むことを特徴とする方法。
【請求項20】
イオンの陽電子捕獲解離を実行する方法であって、
(a)陽電子源を使用して、陽電子を発生する工程と、
(b)磁気トラップ内部の領域に前記陽電子を閉じ込める工程と、
(c)前記イオンのうちの少なくとも一部のイオンの陽電子捕獲解離が起こるように、前記磁気トラップに陰イオンを注入する工程とを含むことを特徴とする方法。
【請求項21】
第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法であって、
(a)イオン源を使用して、陽サンプルイオンを発生する工程と、
(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入する工程と、
(c)前記第1の質量分析器を使用して、電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択する工程と、
(d)前記親イオンのうちの少なくとも一部の親イオンの電子捕獲解離が起こり、プロダクトイオンが生成されるように、前記磁気トラップ内に閉じ込められた電子と反応させるために、前記磁気トラップに前記親イオンを注入する工程と、
(e)前記磁気トラップから前記第2の質量分析器へ前記プロダクトイオンを放出する工程と、
(f)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出する工程とを含むことを特徴とする方法。
【請求項22】
前記第1の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器を具備し、前記第2の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器を具備することを特徴とする請求項21記載の方法。
【請求項23】
第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法であって、
(a)イオン源を使用して、陰サンプルイオンを発生する工程と、
(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入する工程と、
(c)前記第1の質量分析器を使用して、陽電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択する工程と、
(d)前記親イオンのうちの少なくとも一部の親イオンの陽電子捕獲解離が起こり、プロダクトイオンが生成されるように、前記磁気トラップ内に閉じ込められた電子と反応させるために、前記磁気トラップに前記親イオンを注入する工程と、
(e)前記磁気トラップから前記第2の質量分析器へ前記プロダクトイオンを放出する工程と、
(f)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出する工程とを含むことを特徴とする方法。
【請求項24】
前記第1の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器を具備し、前記第2の質量分析器は、線形RF四重極質量分析器を具備することを特徴とする請求項23記載の方法。
【請求項25】
第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法であって、
(a)イオン源を使用して、陽サンプルイオンを発生する工程と、
(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入する工程と、
(c)前記第1の質量分析器を使用して、電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択する工程と、
(d)前記親イオンを前記磁気トラップに注入し、前記磁気トラップ内に閉じ込める工程と、
(e)前記親イオンのうちの少なくとも一部の親イオンの電子捕獲解離が起こり、プロダクトイオンが生成されるように、閉じ込められた前記親イオンと反応させるために、前記磁気トラップに電子を注入する工程と、
(f)前記磁気トラップから前記第2の質量分析器へ前記プロダクトイオンを放出する工程と、
(g)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出する工程とを含むことを特徴とする方法。
【請求項26】
第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法であって、
(a)イオン源を使用して、陰サンプルイオンを発生する工程と、
(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入する工程と、
(c)前記第1の質量分析器を使用して、陽電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択する工程と、
(d)前記親イオンを前記磁気トラップに注入し、前記磁気トラップ内に閉じ込める工程と、
(e)前記親イオンのうちの少なくとも一部の親イオンの陽電子捕獲解離が起こり、プロダクトイオンが生成されるように、閉じ込められた前記親イオンと反応させるために、前記磁気トラップに陽電子を注入する工程と、
(f)前記磁気トラップから前記第2の質量分析器へ前記プロダクトイオンを放出する工程と、
(g)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出する工程とを含むことを特徴とする方法。
【請求項27】
第1の質量分析器と、
前記第1の質量分析器の下流側の無電界/無磁界領域と、
前記無電界/無磁界領域に電子又は陽電子が印加されるように配置された電子源又は陽電子源と、
前記無電界/無磁界領域の下流側の第2の質量分析器とを具備することを特徴とする質量分析器。
【請求項28】
前記電子源は、前記無電界/無磁界領域に配置されたメッシュ電子源であることを特徴とする請求項27記載の質量分析器。
【請求項29】
第1の質量分析器と、磁気トラップと、第2の質量分析器とを具備する質量分析器を使用して、タンデム質量分析法を実行する方法であって、
(a)イオン源を使用して、陽サンプルイオンを発生する工程と、
(b)前記第1の質量分析器に前記サンプルイオンを注入する工程と、
(c)前記第1の質量分析器を使用して、電子捕獲解離を受けるべき親イオンを前記サンプルイオンから選択する工程と、
(d)前記電子源を使用して、前記無電界/無磁界領域に電子を供給する工程と、
(e)前記プロダクトイオンのうちの少なくとも一部のプロダクトイオンの電子捕獲解離が起こり、前記プロダクトイオンのうちの少なくとも一部が前記第2の質量分析器へ送り出されるように、前記無電界/無磁界領域に前記親イオンを注入する工程と、
(f)前記第2の質量分析器を使用して、前記プロダクトイオンを検出する工程とを含むことを特徴とする方法。
【請求項30】
前記電子源は、前記無電界/無磁界領域に配置されたメッシュ電子源であることを特徴とする請求項29記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2007−520726(P2007−520726A)
【公表日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−515045(P2006−515045)
【出願日】平成16年6月2日(2004.6.2)
【国際出願番号】PCT/US2004/017144
【国際公開番号】WO2004/112073
【国際公開日】平成16年12月23日(2004.12.23)
【出願人】(501345323)ザ ユニバーシティ オブ ノース カロライナ アット チャペル ヒル (52)
【氏名又は名称原語表記】THE UNIVERSITY OF NORTH CAROLINA AT CHAPEL HILL
【住所又は居所原語表記】308 Bynum Hall,Campus Box 4105,Chapel Hill,North Carolina 27599−4105, United States of America
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】