説明

電子放出源および薄膜成長用基板

【課題】低仕事関数を有し、化学的に安定な電子放出源を提供する。
【解決手段】SrTiOバッファ層10は、Sr2+2−層12と、Ti4+4−層14が積層されて形成される。バッファ層10の表層は、Ti4+4−層14にて終端されている。バッファ層10の上には、LaAlO薄膜層20が形成される。薄膜層20は、SrTiOバッファ層10上に、順に交互に積層されたLa3+2−層22およびAl3+4−層24を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子放出源に関する。
【背景技術】
【0002】
電子ビーム源、放電管などの用途に、熱電子放出あるいは電界電子放出を行う電子放出源が利用される。より小さなエネルギーの投入で、大きなエネルギーの電子を大量に得るために、電子放出源は、仕事関数が低い材料で構成することが好ましい。
【0003】
アルカリ金属、アルカリ土類金属、またそれらの化合物が低仕事関数であることは古くから知られていたが、これらの物質はきわめて化学的に活性であり、例えば雰囲気中の微量の水分と反応して特性が変わってしまうという欠点がある。
現在、電子銃材料としてはLaBが実用化されている。LaBの仕事関数は2.66〜3.55eVであり、性能上昇のためにはさらなる仕事関数の低減化が必要である。例えば、LaBを、アルカリ土類金属酸化物であるBaOでコートすると、仕事関数が2.27〜2.07eVまで下がることが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】A. Ohtomo, H. Y. Hwang、「A high-mobility electron gas at the LaAlO3/SrTiO3 heterointerface」、Nature、2004年1月29日、427号、pp.423−426
【非特許文献2】JACEK GONIAKOWSKI, CLAUDINE NOGUERA、「Electric States and Schottky Barrier Height at Metal/MgO(100) Interface」、INTERFACE SCIENCE、2004年、12号、p.93−103
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は係る課題に鑑みてなされたものであり、そのある態様の例示的な目的のひとつは、低仕事関数を有し、化学的に安定な電子放出源の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のある態様は、電子放出源に関する。電子放出源は、Sr2+2−とTi4+4−が積層されて、その表層がTi4+4−で終端されているSrTiOバッファ層と、SrTiOバッファ層上に、順に交互に積層されたLa3+2−層およびAl3+4−層を含むLaAlO薄膜層と、を備える。
【0007】
この態様によれば、LaAlO薄膜層の厚みに応じて低い仕事関数を実現できる。またこの電子放出源は、化学的に非常に安定である。
【0008】
SrTiOバッファ層は、導電性を有するSrTiOである第1層と、第1層上に形成された、絶縁性を有するノンドープのSrTiOである第2層と、を含んでもよい。
この場合、バッファ層と薄膜層の界面に対して、第1層からの電荷を、第2層をトンネルさせて供給することができる。
【0009】
第1層のSrTiOは、NbまたはLaがドープされてもよいし、酸素欠損が導入されてもよい。これにより、SrTiOに導電性を持たせることができる。
【0010】
第2層の厚みは、略20ユニットセルであってもよい。
【0011】
ある態様の電子放出源は、SrTiOバッファ層とLaAlO薄膜層の界面に接続された電極をさらに備えてもよい。SrTiOとLaAlOの界面にアルミニウムなどの金属を接触させることにより、オーミック電極を形成でき、界面に電子を供給することができる。
【0012】
LaAlO薄膜層の厚みは、4ユニットセル以上20ユニットセル以下であってもよい。
厚みが4ユニットセルを超えると、仕事関数が急激に減少し、それ以上になると、仕事関数の変化は緩やかとなる。したがって、厚みに応じた低い仕事関数を得ることができる。
【0013】
LaAlO薄膜層の厚みは、面方向に変化してもよい。電子放出源の面内に、仕事関数の分布をもたせることにより、さまざまな態様で電子を放出することができる。
【0014】
本発明の別の態様は、薄膜成長用基板に関する。この薄膜成長用基板は、Sr2+2−とTi4+4−が積層されて、その表層がTi4+4−で終端されているSrTiOバッファ層と、SrTiOバッファ層上に、順に交互に積層されたLa3+2−層およびAl3+4−層を含むLaAlO薄膜層と、を備える。LaAlO薄膜層上に、CVD(Chemical Vapor Deposition)により薄膜が形成される。
【0015】
この薄膜成長用基板は、仕事関数が低く、かつその仕事関数は、LaAlO薄膜層の厚みに応じて制御することができる。したがって、堆積させる材料に対して最適な仕事関数をもたせることにより、成長性を高めることができる。
【0016】
なお、以上の構成要素を任意に組み合わせたもの、あるいは本発明の表現を、方法、装置などの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0017】
本発明のある態様によれば、低仕事関数を有し、化学的に安定な電子放出源が得られる。あるいは、薄膜成長用基板を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施の形態に係る電子放出源の構成を示す断面図である。
【図2】LaAlO薄膜層の厚みと、電子放出源の表面の仕事関数の関係を示す図である。
【図3】図1の電子放出源の仕事関数を示す図である。
【図4】図1の電子放出源の変形例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。
【0020】
図1は、実施の形態に係る電子放出源1の構成を示す断面図である。この断面図において、各層の厚み、総数は簡略化して示されている。
電子放出源1は、SrTiO(チタン酸ストロンチウム)バッファ層(以下、単にバッファ層ともいう)10およびLaAlO(ランタナムアルミネート)薄膜層(以下、単に薄膜層ともいう)20を備える。バッファ層10は、電気的に中性なSr2+2−層12とTi4+4−層14が交互に積層されて形成される。バッファ層10の表層は、Ti4+4−で終端されている。
【0021】
薄膜層20は、バッファ層10の上に形成される。薄膜層20は、SrTiOバッファ層上に、順に交互に積層されたLa3+2−層22およびAl3+4−層24を含む。
【0022】
好ましくは、SrTiOバッファ層10は、NbがドープされたSrTiOである第1層16と、第1層16上に形成されたノンドープのSrTiOである第2層18と、を含んでもよい。
【0023】
以上が電子放出源1の構成である。
【0024】
続いて、電子放出源1の製造方法を説明する。
1. バッファ層10の第1層16の形成
0.5重量%分、NbをドープしたSrTiO(100)基板表面を、機械研磨の上に、NHF−HF溶液でエッチングを施すことで、原子スケールで平坦なTiO終端表面を得る。この基板を真空チャンバー内に導入し、900℃、酸素分圧1×10−3Pa雰囲気において1時間アニールすることで清浄平坦表面を得る。清浄平坦表面は、原子間力顕微鏡により確認された。第1層16に導電性を持たせるために、Nbに代えてLaをドープしてもよいし、酸素欠損を導入してもよい。
【0025】
2. バッファ層10の第2層18の形成
この基板上に、ノンドープSrTiO(100)薄膜を20ユニットセル分、基板温度700℃、酸素分圧1×10−4Paにおいて堆積させた。このノンドープ層は絶縁体化する必要があるので、残留伝導度の起源となる酸素欠損を消滅させるため、基板温度700℃、酸素分圧1×10Paにおいて1時間アニールを行い、ノンドープ層の絶縁体化を行った。この絶縁体化の条件が適正であることは、ノンドープ基板上で同様の薄膜成長およびアニールを行うことで、もとのノンドープ基板と同等の絶縁性が得られることを確かめることで確認している。
【0026】
3. 薄膜層20の形成
このように得られたノンドープSrTiO(100)薄膜上に、LaAlO薄膜を基板温度600℃、酸素分圧1×10−4Paにおいて少量ずつ堆積させた。薄膜成長は、KrFエキシマレーザー(Lambda Physik COMPexPro 201)によるパルスレーザーアブレーション法を用い、レーザーの照射エネルギーはSrTiOに対しては、約30mJ、LaAlOに対しては約45mJである。パルスレーザーの周波数は1Hzとした。
なお、堆積方法としては、パルスレーザーアブレーション法に代えて、分子線ビームエピタキシー法を用いてもよい。
【0027】
以上が電子放出源1の製造方法である。続いて、この製造方法により製造された電子放出源1の特性を説明する。
【0028】
図2は、LaAlO薄膜層20の厚みと、電子放出源1の表面の仕事関数の関係を示す図である。横軸は、薄膜層20の厚み(ユニットセル)と、縦軸は測定された仕事関数(eV)を示す。仕事関数は、LaAlOの堆積の過程で大気にさらすことなく、ケルビンプローブ(KP Technology社製)を用いて測定した。用いたプローブのヘッドは4mmのステンレスの円盤である。
【0029】
図2には、TiO終端されたバッファ層10に、SrTiO薄膜層20を堆積した図1の構造体の仕事関数(I)に加えて、比較のためにSrO終端されたバッファ層10に、SrTiO薄膜層を堆積した構造体の仕事関数(II)が示される。
【0030】
特性(I)が示すように、SrTiOのTiO終端面にLaAlOを堆積させると、4ユニットセル程度の堆積で非常に大きな仕事関数低下が生じ、その後、薄膜厚みに応じて緩やかに仕事関数が低下していき、最終的に20ユニットセル(約7.6nm)で2.2eVというきわめて低い仕事関数を得ることができる。
【0031】
一方、特性(II)が示すように、SrO終端面にLaAlOを堆積させると、仕事関数は興味深い振る舞いを見せるが、SrOはきわめて不安定な低仕事関数物質であるため、電子放出源1の用途としては不適切であろう。
【0032】
このように、実施の形態に係る電子放出源1によれば、薄膜層20の厚みに応じて、仕事関数を制御することができ、4〜20ユニットセルの範囲にわたり、低い仕事関数を得ることができる。
【0033】
電気的に中性の層が積層した薄膜(中性膜)と、正、負交互に帯電した層が積層した薄膜(分極膜)を原子スケールで積層させることで、界面付近の非常に狭い領域に高濃度の電子ガスが発生する。この現象は、2004年に発見され、トランジスタ応用を念頭に世界中で研究が進められている。
【0034】
本発明では、このような高濃度の電子ガスが物質表面のごく近傍に存在していることに着目し、異常に低い仕事関数という結果を生んでいることを見出したものである。このような現象は、一般の固体表面では起こらないものである。すなわち、一般に、導体の表面では電子の真空側への染み出しにより物質内部に比べると電子濃度が下がり、半導体表面では表面空乏層の実現などにより、物質内部に比べるとやはり電子濃度が大きく下がっている。
【0035】
また、ある物質の表面に高濃度の電子ガスが発生しているからといって、その物質の仕事関数が低いとは限らず、一般に電子濃度と仕事関数には相関が存在するとはいえない。つまり今日現在において、図1の構造体が非常に低い仕事関数を有するという事実は、当業者の一般的な技術常識ではなく、本発明者らが初めて見いだしたものである。
【0036】
また、図1の構造体は、化学的にきわめて安定である。したがって、図1の電子放出源1によれば、低仕事関数と、化学的な安定性という、電子放出源に要求される特性を両立することができる。
【0037】
電子放出源1の仕事関数が低いという特性は、低温での熱電子放出、あるいは低電界での電界電子放出が可能であることを意味する。また、化学的に安定であるため、真空中に対する電子放出のみでなく、非真空中に対する電子放出にも利用できる。たとえば放電管の陰極などにも利用できる。
【0038】
なお図1の構造体を、電子放出材料すなわち電子放出源1として利用する場合は、放出される電荷を供給する必要がある。図1の構造体では、バッファ層10の第1層16にNbをドーピングすることにより、導電性を持たせることができる。そして、第1層16の上に、ノンドープの絶縁化された第2層18を形成して、その上にLaAlO薄膜層20を成長させることで、トンネル効果によって、第2層18を介してLaAlO/SrTiO界面に電子を供給することができる。
【0039】
図3は、図1の電子放出源1の仕事関数を示す図である。(iii)は、図1の構造体の仕事関数を、(iv)は、導電性の第1層16上に、直接薄膜層20を堆積させたときの仕事関数を示す。図3から明らかなように、LaAlO堆積による仕事関数低減は、導電性基板(16)上に直接LaAlOを堆積させるよりも、絶縁性(ノンドープ)バッファ層(18)を堆積した上にLaAlO堆積を行った方が効果が顕著である。このことは、絶縁体(18)−絶縁体界面(20)の、きわめて狭い領域に形成される二次元電子ガスが、低仕事関数に寄与していることを示唆している。
【0040】
以上、本発明について、実施の形態をもとに説明した。この実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組み合わせにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。以下、こうした変形例について説明する。
【0041】
図1の電子放出源1では、LaAlO/SrTiO界面に電荷を供給するために、バッファ層10を、第1層16と第2層18の2層で構成する場合を説明したが、本発明はそれに限定されない。第1層16を省略し、その代わりに、LaAlO/SrTiO界面に、アルミニウムなどの金属をワイヤボンディングし、あるいは界面にアルミ配線を接続することで、オーミック電極を形成してもよい。
【0042】
図4は、図1の電子放出源1aの変形例を示す断面図である。図4の電子放出源1aは、その薄膜層20の厚みdが面方向(X軸またはY軸方向の少なくとも一方)に対して変化するよう構成されている。図2、図3に示すように、仕事関数は、薄膜層20の厚みによって制御可能である。したがって、図4の構造によれば、仕事関数に面内分布をもたせることができ、その分布に応じて電子の放出を制御することができる。
【0043】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態は、薄膜成長用基板に関する。薄膜成長用基板1は、図1と同様の構成を有する。図1の構造体は、非常に平坦性の高い表面を、ある程度の面積で実現することができる。また化学的な安定性も非常に高い。したがって薄膜成長用の基板としての用途に適している。
【0044】
さらに、薄膜成長用基板1は、仕事関数が低く、かつその仕事関数は、LaAlO薄膜層の厚みに応じて制御することができる。したがって、CVD法によって堆積させる材料(主としてガス)に応じて最適な仕事関数をもたせることにより、特定の反応を誘起させることができ、成長性を高めることができる。具体的には、分子が電子の供給を受けることにより誘起される反応にもとづいて堆積を行う場合などに有効である。
【0045】
実施の形態で説明した各部材の材料や寸法は例示であり、当業者であれば、各材料や寸法を、適宜変更しうることが理解される。
【0046】
実施の形態にもとづき、具体的な用語を用いて本発明を説明したが、実施の形態は、本発明の原理、応用を示しているにすぎず、実施の形態には、請求の範囲に規定された本発明の思想を逸脱しない範囲において、多くの変形例や配置の変更が認められる。
【符号の説明】
【0047】
1…電子放出源、10…バッファ層、16…第1層、18…第2層、20…薄膜層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sr2+2−とTi4+4−が積層されて、その表層がTi4+4−で終端されているSrTiOバッファ層と、
前記SrTiOバッファ層上に、順に交互に積層されたLa3+2−層およびAl3+4−層を含むLaAlO薄膜層と、
を備えることを特徴とする電子放出源。
【請求項2】
前記SrTiOバッファ層は、
導電性を有するSrTiOである第1層と、
前記第1層上に形成された、絶縁性を有するノンドープのSrTiOである第2層と、
を含むことを特徴とする請求項1に記載の電子放出源。
【請求項3】
前記第1層のSrTiOは、NbまたはLaがドープされ、もしくは酸素欠損が導入されていることを特徴とする請求項2に記載の電子放出源。
【請求項4】
前記第2層の厚みは、略20ユニットセルであることを特徴とする請求項2に記載の電子放出源。
【請求項5】
前記SrTiOバッファ層と前記LaAlO薄膜層の界面に接続された電極をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の電子放出源。
【請求項6】
前記LaAlO薄膜層の厚みは、4ユニットセル以上20ユニットセル以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の電子放出源。
【請求項7】
前記LaAlO薄膜層の厚みは、面方向に変化することを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の電子放出源。
【請求項8】
Sr2+2−とTi4+4−が積層されて、その表層がTi4+4−で終端されているSrTiOバッファ層と、
前記SrTiOバッファ層上に、順に交互に積層されたLa3+2−層およびAl3+4−層を含むLaAlO薄膜層と、
を備え、
前記LaAlO薄膜層上に、CVD(Chemical Vapor Deposition)により薄膜が形成されることを特徴とする薄膜成長用基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−37855(P2013−37855A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−172319(P2011−172319)
【出願日】平成23年8月5日(2011.8.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人応用物理学会発行、2011年春期 第58回応用物理学会関係連合講演会 講演予稿集、平成23年3月9日 国際会議STAC5−AMDI2の合同会議、実行委員会ならびに東京工業大学応用セラミックス研究所、東京工業大学無機材料工学科、物質・材料研究機構による開催、平成23年6月22日−24日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけタイプ)、「ワイドギャップ酸化物における界面機能開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。平成23年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業、「材料ユビキタス元素協同戦略」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】