説明

電子線滅菌用消毒液及び消毒液収容キット

【課題】ヨウ素(I2)を有効成分とする消毒液において、電子線滅菌による有効成分の低減が少ない新たな電子線滅菌用消毒液を提供する。
【解決手段】ポピドンヨード及びヨウ化カリウムを含有してなる電子線滅菌用消毒液を提供する。ポピドンヨード液を電子線滅菌する前に予めヨウ化カリウムを添加することにより、電子線照射による有効ヨウ素量の低減を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨウ素(I2)を有効成分とする消毒液に関し、詳しくは電子線滅菌による有効成分の低減が少ない電子線滅菌用消毒液及びこのような消毒液を用いた消毒液収容キットに関する。
【背景技術】
【0002】
患部に消毒薬などの薬液を塗布する場合、綿棒や綿球などに薬液を含浸させて塗布するのが一般的である。しかし、患部に薬液を塗布するたびに、薬液を貯蔵する大型容器から小型容器に移し替える作業は面倒であるばかりか、薬液を貯蔵する大型容器内を滅菌状態に維持することは難しい。そのため、薬液、或いは薬液と共に薬液塗布具を小型容器に封入してなる薬液塗布用キットが提案されている。
【0003】
例えば特許文献1には、薬液を含浸させた複数の綿球を、容器に複数形成された収容凹部にそれぞれ挿入し、各収容凹部の開口部をシール部材によって密封してなる構成の薬液塗布用キットが開示されている。
【0004】
特許文献2には、軸体の端部に塗布液含浸部を設けた塗布液含浸綿棒と、前記塗布液含浸部を収容する凹部、および、この凹部から連続し塗布液含浸部に隣接する軸体を収容する溝部が形成されたカップ部材と、このカップ部材の開口面上に配置して凹部内を密閉する被覆フィルムとを備えた薬液塗布用キットが開示されている。
【0005】
【特許文献1】実開昭62−172449号公報の請求項1及び図1
【特許文献2】特開2007−319535号公報の請求項1及び図1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
病院等で患部への消毒を行う際に用いられる薬液としては、消毒用アルコール、ポピドンヨード液、グルコン酸クロルヘキシジン液が挙げられる。これらの中で、創傷部位の消毒などに使用されるポピドンヨード液等は、無菌保証された製剤として使用者に提供されることが望ましい。そのため、ポピドンヨード液等を封入してなる消毒液収容キットは、無菌施設(クリーンルーム)内において無菌操作法によりポピドンヨード液等の消毒液を容器に密封する必要があった。
しかし、無菌施設(クリーンルーム)内において無菌操作法により製造すると、製造コストが高くなるという課題を抱えていた。そこで本発明者は、容器内に薬液を封入した後、滅菌できる方法として電子線滅菌法に注目した。
【0007】
電子線滅菌は、ガンマ線滅菌などと同じ放射線滅菌法の一つであり、ガンマ線などに比べ極めて短時間に処理することができ、大量の製品を低コストで滅菌できる上、発熱や残留毒性等の無い滅菌法である。滅菌の原理は、電離放射線が微生物の遺伝子(DNA)を破壊または細胞にダメージを与えることにより微生物を死滅させるという方法である。
【0008】
ところが、ポピドンヨードは、耐熱性に劣るために加熱殺菌できないばかりか、電子線の影響を受けやすいために電子線滅菌に対する耐性が極めて低いことが分かってきた。
【0009】
そこで本発明は、ヨウ素(I2)を有効成分とする消毒液において、電子線滅菌による有効成分の低減が少ない新たな電子線滅菌用消毒液及びこれを用いた新たな消毒液収容キットを提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ポピドンヨード及びヨウ化カリウムを含有してなる電子線滅菌用消毒液を提供するものである。また、このような消毒液を容器内に密封した後、電子線を照射して容器内を電子線滅菌してなる消毒液収容キットを提供するものである。
【0011】
前述のようにポピドンヨードは、電子線の影響を受けやすいために有効成分であるヨウ素(I2)量の減少が激しく、電子線滅菌に対する耐性は極めて弱い薬液であるが、ポピドンヨード液を電子線滅菌する前に予めヨウ化カリウムを添加することにより、電子線照射による有効ヨウ素量の低減を抑制でき、電子線滅菌に対する耐性を高めることができることが分かった。これによって、上述のように、消毒液を容器内に密封した後、電子線を照射して容器内を電子線滅菌しても、有効成分の低減を抑制することができ、より安価に消毒液収容キットを提供することができる。
【0012】
ヨウ化カリウムを添加することにより、ポピドンヨードの電子線滅菌に対する耐性を高めることができる理由としては、あくまで推測になるが、次のような理由が考えられる。すなわち、ポビドンヨードはI2が電子を取得して2I-になって殺菌作用を発現するものであるが、電子線照射によってI2→2I-の反応が促進され、消毒液中の有効ヨウ素量(I2)が低下するものと考えられる。この際、KIを添加することで、I-が過剰になり、I2→2I-という還元反応を抑制できるものと考えることができる。
ところで、従来から、ポピドンヨードにヨウ化カリウムを添加することで、ポピドンヨードの安定化を図ることができることは知られていた(特開昭46−13628号公報、特開平2−213348号公報等)が、ポピドンヨードが不安定であるメカニズムと、電子線滅菌に対する耐性が弱いメカニズムとは異なっており、ポピドンヨードの電子線滅菌に対する耐性を高めることができる点については、従来技術においては何ら示唆されていないものであった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。但し、本発明の範囲が下記実施形態に限定されるものではない。
【0014】
(消毒液)
本実施形態に係る消毒液(以下「本消毒液」という)は、少なくともポピドンヨード及びヨウ化カリウムを水に溶解することで作製可能な電子線滅菌用消毒液である。
【0015】
有効成分であるポピドンヨードの濃度は、特に限定するものではないが、製品集荷時の濃度として、0.001〜20%であるのが好ましく、特に0.1〜10%であるのが好ましく、中でも0.5〜10%であるのがより好ましい。
また、本発明者は、ポピドンヨードの濃度を10%を超える濃度に調整することにより、有効ヨウ素量の初期値を有効に高めることができることも確認している。
【0016】
ヨウ化カリウムの濃度は、10〜40g/Lであるのが好ましく、10〜20g/Lであるのが特に好ましい。ヨウ化カリウムの濃度が10g/L以上であれば、電子線照射による有効ヨウ素量の低減を有効に抑制することができる一方、40g/Lを超えると、消毒効果が低下させる可能性がある。また、後述する試験結果に見られるように、20g/Lを超えると沈澱を生じるようになるため、20g/L以下であるのが特に好ましい。
【0017】
なお、通常の消毒液に配合される他の成分、例えば界面活性剤やpH調整剤などを含有することは適宜可能である。
【0018】
ポピドンヨードは、電子線の影響を受けやすいため、有効成分であるヨウ素量の減少が激しく、電子線滅菌に対する耐性は極めて弱い薬液であるが、ヨウ化カリウムを添加することにより、電子線滅菌に対する耐性を高めることができる。ポビドンヨードは、I2が電子を取得して2I-になって殺菌作用を発現するものであるが、電子線照射によってI2→2I-の反応が促進され、消毒液中の有効ヨウ素量(I2)が低下するものと考えられる。KIを添加することで、I-が過剰になり、I2→2I-という還元反応を抑制できるものと考えることができる。
【0019】
(消毒液収容キット)
本実施形態に係る消毒液収容キット(以下「本消毒液収容キット」という)は、本消毒液を容器内に収容し、蓋材を被覆させて密封した後、電子線を照射して容器内を電子線滅菌して作製することができる消毒液収容キットである。
【0020】
本消毒液を収容する容器(以下「本容器」という)は、形状、大きさ及び材質を特に限定するものではない。
【0021】
本容器の形状としては、例えばカップ状の容器として形成することができるが、任意形状に形成可能である。より具体的には、例えば上面視略長方形状のシート体のシート面内に、上面視略長方形状に凹陥した収納室を形成し、この収納室を形成しないシート面を鍔部として残して形成すればよい。
ここで、上面視略長方形状のシート体の代わりに、他の矩形状、略円形状、略楕円形状、その他の形状のシートを用いことも可能であるし、収納室の形状も任意形状に形成可能である。
【0022】
また、本容器の材質は、保形性、耐薬品性、薬液の浸透及び揮発を抑えるバリア性などを備えた樹脂からなるシート乃至フィルムを採用するのが好ましい。例えば、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、フィラー入りポリプロピレンなど、保形性と可撓性乃至柔軟性とを兼ね備えたプラスチック(樹脂)が好ましい。
【0023】
蓋材は、例えば上記本容器の例で言えば、収納室の上縁部に沿った形状に形成し、例えばヒートシール等の方法でシール部に貼着して収納室を密封するようにすればよい。
蓋材の材質を特に限定するものではないが、防水性、耐薬品性を備えている必要はある。例えば、樹脂基材シートのシート面に金属薄膜層を積層してなる複合シートを好ましい一例として挙げることができる。具体的には、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレートなどの樹脂基材シートを好ましく用いることができる。但し、電子線を反射する材質のものは避ける必要がある。
【0024】
なお、本容器内に収容する消毒液量に関しては、容器内の消毒液によって電子線が減衰するため、容器の底部まで電子線が到達しない可能性もある。そのため、容器の底部まで電子線が到達する消毒液深さとなるように、消毒液量を調整するのが好ましい。
【0025】
電子線滅菌は、その滅菌効果の観点から5kgy〜80kgyで行うのが好ましく、特に5kgy〜30kgy、中でも特に5kgy〜25kgyで行うのがさらに好ましい。
【0026】
なお、薬液を収容する容器内に、薬液と共に、綿球等の薬液塗布具を同封してもよい。
また、上記の如き消毒液収容キットを収納する収納凹部のほかに、ピンセット、ガーゼ、包帯、止血テープなどの医療器具を収容する医療器具収容凹部を容器内に設け、全体を蓋材で密封した後、電子線滅菌を施すようにして、消毒液及び医療器具を収容した医療キットを提供することもできる。
【0027】
(用語の説明)
本発明において「主成分」とは、特に記載しない限り、当該主成分の機能を妨げない範囲で他の成分を含有することを許容する意を包含する。この際、当該主成分の含有割合を特定するものではないが、主成分(2成分以上が主成分である場合には、これらの合計量)が組成物中の50質量%以上、特に70質量%以上、中でも特に90質量%以上(100%含む)を占めるのが好ましい。
また、本発明において、「X〜Y」(X,Yは任意の数字)と表現した場合、特にことわらない限り「X以上Y以下」の意と共に、「好ましくはXより大きい」及び「好ましくはYより小さい」の意を包含する。
【実施例】
【0028】
次に、試験例に基づいて本発明について説明するが、本発明が下記実施例に限定されるものではない。
【0029】
(電子線滅菌試験1)
表1の配合により、10%ポピドンヨード液(有効ヨウ素濃度10%)を調製した。この10%ポピドンヨード液200mLに、(ロ)クエン酸2.0g、(ハ)ポピドンヨード9.0g、(二)過酸化水素水、(ホ)ヨウ化カリウム8.0g、または(ヘ)ヨウ化カリウム2.0gを添加してよく攪拌し、ポリプロピレン製容器(容量20mL)内に15mLずつ分注し、アルミニウムを主成分とする多層フィルム(PET/Al/PET/PP・PE)の蓋材をシールしてサンプルを作製した。
【0030】
【表1】

【0031】
前記の如く作製したサンプルに電子線を照射し(0kgy、20kgy又は40kgy)、電子線滅菌を行った。
電子線滅菌後、それぞれのサンプルの有効ヨウ素量(%)を測定した。
【0032】
有効ヨウ素量の測定は、次のように行った。
デンプン1gを冷水10mLとよくすり混ぜ、これを熱湯200mL中に絶えずかき混ぜながら徐々に注ぎ込み、液が半透明になるまで煮沸し、放置したものをデンプン試液として使用した。
試料5mLを正確に秤量し、水30mLを加えた後、デンプン試液の上澄み液を2mL加え、直ちにチオ硫酸ナトリウムで滴定し、有効ヨウ素量(%)を測定し、結果を表2に示した。
【0033】
【表2】

【0034】
何も添加しないサンプル(イ)及びクエン酸を添加したサンプル(ロ)に比べ、ヨウ化カリウムを添加することにより(ホ)(ヘ)、電子線の影響を軽減することができ、有効ヨウ素量を有意に維持することができることが判明した。
また、ポピドンヨードの濃度を高めることによって、有効ヨウ素の初期値を高めることができることも分かった。
【0035】
(沈澱試験)
ポピドンヨード液にヨウ化カリウムを添加する試験を行った結果、ヨウ化カリウムの濃度が高過ぎると、紫色の沈殿が生じ、有効ヨウ素が顕著に低下する場合があることが分かってきた。そこで、ヨウ化カリウムの濃度と沈澱の発生との関係について調査することにした。
【0036】
前記電子線滅菌試験1と同様に10%ポピドンヨード液を調製し(表1参照)、この10%ポピドンヨード液に下記表3に示す濃度となるようにヨウ化カリウムを添加してよく攪拌し、ボトルに入れて密閉してサンプルとし、1晩静置して沈殿物を観察した。
【0037】
【表3】

【0038】
この結果、ヨウ化カリウム添加濃度が20g/L以下である場合には、紫色の沈殿を生じないが、ヨウ化カリウム添加濃度が20g/Lを超えると紫色の沈殿を生じ、有効ヨウ素量が激減することが分かった。
【0039】
(ポピドンヨード及びヨウ化カリウム添加試験)
10%ポピドンヨード液にポピドンヨード追加すると同時にヨウ化カリウム添加した場合の効果を調査した。
【0040】
前記電子線滅菌試験1と同様に10%ポピドンヨード液を調製し(表1参照)、この10%ポピドンヨード液200mLに、4.0gのポピドンヨードを添加して有効ヨウ素量の初期値を1.2%としたのち、ヨウ化カリウムを2.0g、3.0g又は4.0g添加してよく攪拌し、250mLボトルに入れて保管した。その後、ピペットを用いて15mLずつ分注し、前記の如く作製したサンプルに電子線を照射し(0kgy、20kgy、40kgy又は60kgy)、電子線滅菌を行った。そして、電子線滅菌後、それぞれのサンプルの有効ヨウ素量(%)を測定した。
【0041】
【表4】

【0042】
10%ポピドンヨード液にポピドンヨード追加すると同時にヨウ化カリウム添加することにより、有効ヨウ素量の初期値を高めつつ電子線の影響を軽減できることが分かった。
また、今回の試験の範囲内であれば、ヨウ化カリウムの添加量を増やすほど、電子線の影響をより一層軽減できることが分かった。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポピドンヨード及びヨウ化カリウムを含有してなる電子線滅菌用消毒液。
【請求項2】
ポピドンヨード及びヨウ化カリウムを含有してなる消毒液を容器内に入れて密封した後、電子線を照射して容器内を電子線滅菌してなる消毒液収容キット。
【請求項3】
ポピドンヨード液を電子線滅菌する前に予めヨウ化カリウムを添加することにより、電子線照射による有効ヨウ素量の低減を抑制することを特徴とする、電子線照射による有効ヨウ素量の低減抑制方法。

【公開番号】特開2010−100533(P2010−100533A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−270770(P2008−270770)
【出願日】平成20年10月21日(2008.10.21)
【出願人】(391057889)株式会社アグリス (7)
【Fターム(参考)】