説明

電子装置

【課題】生体を傷つけることなくまた無害な方法で、生体内部の正確な温度分布の計測を可能とし、また生体内部の組織の異常を精度高く検出する装置と方法を提供する。
【解決手段】電子装置は、所定のパルス信号を発生しパルス信号を電磁波として計測部位107の方向に照射する送信部101と、計測部位107方向からのパルス信号の反射波を受信する受信部102と、計測部位107から放射される電磁波信号を複数の帯域に分けて受信する信号受信部104と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人体内部等、計測部位が深部にある対象の温度を非侵襲的に計測する技術及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
新生児のハイポキシア・イスケミア(低酸素虚血症)に対するハイパーサーミア(温熱療法)では加熱が適正に行われていることを常に監視する必要がある。この場合、脳内に温度計を刺針することはできないので非侵襲的な体温計測(脳内温度計測)が必要となる。また、ハイパーサーミアはがん治療にも使われるが、この場合もがん細胞を狙った加熱が適正になされていることを検出する必要がある。従来はがん細胞近傍へ温度センサーを刺針する方法が一般的であった。この方法は当然ながら、患者に苦痛が伴うために非侵襲的に体内の温度を検出する技術が必要である。ラジオメトリーは万物から放射される微弱な電磁波を捕らえて対象物の温度を算出する技術で宇宙探査や地球資源探査の他に、上記の非侵襲測温のためにも応用されている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照)。
【0003】
ラジオメトリーはさらに、体内部の発熱分布の異常を非侵襲で検出し、乳がんなどのがん検診にも応用される(例えば、非特許文献1参照)。測温対象物に電磁波を照射してその透過及び反射波から対象物の誘電率と導電率を算出して、よりラジオメトリーによる測温の精度を高める技術が公開されている(例えば、特許文献3参照)。
【0004】
また、乳がんなどのがん検診を非侵襲的に行う他の方法としてUWB(Ultra Wide Band)パルスレーダーによって体内の誘電率分布の異常を検出する技術も研究されている(例えば、特許文献4及び特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第5149198号明細書
【特許文献2】米国特許第5949845号明細書
【特許文献3】特開2003−294535号公報
【特許文献4】特開2007−61359号公報
【特許文献5】特開2010−69158号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「多周波マイクロ波ラジオメトリーによる生体内温度分布無侵襲計測法に関する研究」大庭弘行 静岡大博士論文 1996
【非特許文献2】“Использование микроволновой радиотермометрии в диагностике рака молочной железы” Вайсблат А.В.et al
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ラジオメトリーによる測温は測温対象物から放射される微弱な電磁波を検出して対象物の温度を算出するので測温が無侵襲で行える。しかしながら、微弱な電磁波を受信するために向けたアンテナの方向のすべての電磁波を受信してしまうので対象物周囲の温度分布の影響による計測誤差が避けられない。また深さ方向の温度分布を知ることも困難である。
【0008】
特許文献3による方法では測温の精度が高められると書かれているが測温対象物の誘電率及び導電率を求める方法が当業者に理解できるようには開示されていない。もし、測温対象物の誘電率及び導電率を求めることができたとしても、導電率及び誘電率の空間分布まではわからないことは明らかである。なぜならば、電磁波照射によって得られる情報は反射波と透過波の強さの2つであるため、2より多い未知数では方程式による解を得ることができないためである。
【0009】
一方、UWBパルスレーダーによる生体異常部の検出はX線などの放射線を使わないので人体に対してより安全であり、また装置も小さくてすむ、が周囲と誘電率などの電気的特性が異なっていることが検出できるだけでそれががん細胞によるものかということは別に検証する必要がある。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、生体を傷つけることなくまた無害な方法で、生体内部の正確な温度分布の計測を可能とし、また生体内部の組織の異常を精度高く検出する装置と方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0012】
[適用例1]所定のパルス信号を発生し該パルス信号を電磁波として計測部位の方向に照射する送信部と、前記計測部位方向からの前記パルス信号の反射波を受信する受信部と、前記計測部位から放射される電磁波信号を複数の帯域に分けて受信する信号受信部と、を含むことを特徴とする電子装置。
【0013】
これによれば、照射したパルス信号と受信した反射パルス信号の時間差から、対象物及びその前後又は周辺の電気的特性の不連続点を検出できる。生体でいえば誘電率や導電率の異なる皮下脂肪、筋肉、皮膚等の境界の位置(すなわち各々の厚さ)が特定できる。また、体内の深部から放射される放射(電磁波)エネルギーの減衰量も特定できるため信号受信部によって受信した放射エネルギーから減衰量を補正することができラジオメトリーによる測温の精度を高めることが可能となる。さらに信号受信部は複数の周波数帯によって信号を受信する。これによって、周波数帯による生体の減衰量の違いから深部方向の温度分布を計算することも可能となる。また、本発明の上記構成による電子装置をがん検診に応用すればパルス反射波を見ることによって誘電率や導電率の異常部位の発見ができ、さらに該部位からの放射エネルギーを高い精度で検出できるので、そこが活発に活動するがん細胞かどうかの判断をより正確に行うことができるようになる。
【0014】
[適用例2]上記電子装置であって、前記反射波を受信する前記受信部と前記信号受信部とは、その機能の一部または全部を共用することを特徴とする電子装置。
【0015】
これによれば、上記反射波を受信する受信部と上記信号受信部とは、その機能の一部又は全部を共用することができるので、電子装置はラジオメトリーの装置に簡単なパルス発生回路を付加するだけで作ることができ装置のコストを抑えるために非常に効果的である。
【0016】
[適用例3]所定のパルス信号を発生し該パルス信号を電磁波として計測部位の方向に照射する送信部と、前記計測部位方向からの前記パルス信号の反射波を受信する受信部と、前記反射波から前記計測部位方向に介在する媒質の物理定数の空間分布を算出する空間分布算出部と、前記計測部位から放射される電磁波信号を複数の帯域に分けて受信する信号受信部と、前記信号受信部の帯域ごとの出力と前記空間分布算出部の算出した空間分布とから前記計測部位の温度を算出する温度算出部と、を含むことを特徴とする電子装置。
【0017】
これによれば、照射したパルス信号と受信した反射パルス信号の時間差から、対象物及びその前後又は周辺の電気的特性の不連続点を検出できる。生体でいえば誘電率や導電率の異なる皮下脂肪、筋肉、皮膚等の境界の位置(すなわち各々の厚さ)が特定できる。また、体内の深部から放射される放射エネルギーの減衰量も特定できるため信号受信部によって受信した放射エネルギーから減衰量を補正することができラジオメトリーによる測温の精度を高めることが可能となる。さらに信号受信部は複数の周波数帯によって信号を受信する。これによって、周波数帯による生体の減衰量の違いから深部方向の温度分布を計算することも可能となる。また、本発明の上記構成による電子装置をがん検診に応用すればパルス反射波を見ることによって誘電率や導電率の異常部位の発見ができ、さらに該部位からの放射エネルギーを高い精度で検出できるので、そこが活発に活動するがん細胞かどうかの判断をより正確に行うことができるようになる。
【0018】
[適用例4]上記電子装置であって、前記反射波を受信する前記受信部と前記信号受信部とは、その機能の一部又は全部を共用することを特徴とする電子装置。
【0019】
これによれば、上記反射波を受信する受信部と上記信号受信部とは、その機能の一部又は全部を共用することができるので、電子装置はラジオメトリーの装置に簡単なパルス発生回路を付加するだけで作ることができ装置のコストを抑えるために非常に効果的である。
【0020】
[適用例5]上記電子装置であって、前記所定のパルス信号は、UWBパルスであることを特徴とする電子装置。
【0021】
これによれば、パルス信号はUWBパルスであるため、発生が容易でかつ対象物及びその前後又は周辺の電気的特性の不連続点の検出は、空間分解能が高く正確に行うことができる。これによって測温対象物の温度及び対象物に至る経路又は対象物周辺の温度も特定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】第1の実施形態に係る深部体温計を示すブロック図。
【図2】第1の実施形態に係る測温対象物を説明する図、及び動作を示すタイム図。
【図3】第1の実施形態に係る測温対象物を説明する図。
【図4】第1の実施形態に係る生体組織の電気的定数を示す図。
【図5】第2の実施形態に係る深部体温計を示すブロック図。
【図6】第2の実施形態に係る測温対象物を説明する図。
【図7】第3の実施形態に係る深部体温計のアンテナを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、電子装置としての深部体温計の具体的な実施形態について図面に従って説明する。
(第1の実施形態)
図1は、本実施形態に係る深部体温計を示すブロック図であり、人体内部の体温(深部体温)を計測する測定器のブロック図である。深部体温は通常の腋下や直腸内、口内などで測った体温と違いより正確に生体の情報を反映しているとして、その非侵襲的計測技術が期待されている。代謝率の高い内臓や筋肉の特定部位やがん細胞などの早期発見にも応用できる。
【0024】
本実施形態に係る深部体温計2は、所定のパルス信号を発生しパルス信号を電磁波として測温対象物(計測部位)107の方向に照射する送信部101と、測温対象物107方向からのパルス信号の反射波を受信する受信部102と、反射波から測温対象物107方向に介在する媒質の物理定数の空間分布を算出する空間分布算出部103と、測温対象物107から放射される電磁波信号を複数の帯域に分けて受信する信号受信部104と、信号受信部104の帯域ごとの出力と空間分布算出部103の算出した空間分布とから測温対象物107の温度を算出する温度算出部108と、アンテナ105と、を備えている。
【0025】
本実施形態に係る深部体温計2は以下のように動作する。まず、送信部101は高周波パルスを発生させる。このパルスはアンテナ105を通じて生体に向け放射される。図中106は生体の内部と外部の境界を示す。アンテナ105を通じて放射されたパルス信号は生体内の組織の電気的定数(導電率σ、誘電率ε)の違いにより主に皮膚と皮下脂肪との境界、皮下脂肪と内臓や筋肉との境界で反射される。生体の深部体温としては腹部や頭部が適当である。頭部の場合は脳内温度の計測が可能であり、パルス信号は頭骨での反射が大きい。アンテナ105は測温対象物107やそこに至るまで、及び測温対象物107後方の電気定数の不連続面から反射されたパルス信号を受信する。受信部102ではこの信号を後処理が可能なレベルまで増幅する。空間分布算出部103はパルスの反射信号の往復時間差や反射パルス信号の位相変化、振幅変化から生体内のσ、εの分布、すなわち空間的な分布情報を算出する。
【0026】
次に測温対象物107からレイリージーンズの法則に従って放射された電磁波はアンテナ105を通して受信され受信部102によって増幅される。この信号はさらに信号受信部104によって複数の帯域に分けて増幅され、信号のエネルギーが取り出される。アンテナ105で受信できる電磁波には測温対象物107の周辺から放射される電磁波も含まれる。また、測温対象物107で放射された電磁波もアンテナ105に至るまでの経路で一部吸収されてしまうので、受信できる測温対象物107の信号はその一部でしかない。温度算出部108は空間分布算出部103の算出したσ、εの空間分布とアンテナ105で受信した電磁波の強さから測温対象物107の温度を算出する。σ、εの空間分布がわかっているので他部位からの信号混入や、目的信号の減衰があっても正しく測温対象物107の温度を算出することができる。
【0027】
図2は、本実施形態に係る測温対象物107を説明する図、及び動作を示すタイム図であり、送信部101と空間分布算出部103との動作をより詳細に説明する図である。図2(A)は、アンテナ105から測温対象物107に至るまでの経路構造の例を模擬的に示す図である。アンテナ105から放射された電磁波は皮膚203、皮下脂肪202などから構成される皮下組織を経て、測温対象物107である内臓や筋肉に至る。測温対象物107はがん細胞等であってもよい。ボーラス204はアンテナ105と人体との間に置かれるインターフェースで人体表面での反射を少なくするように整合を図る。特に無くても計算は可能である。
【0028】
図2(B)は、アンテナ105から測温対象物107に向けて照射する信号T、信号Tが反射されアンテナ105によって受信される信号R及び信号Tと信号Rとの相互相関関数Cが描かれたタイム図である。信号Tは皮膚203、皮下脂肪202、測温対象物107との境界で反射される。それらの境界面では放射方向、反射方向のどちらにも反射透過がおこるので、例えば皮下脂肪202と測温対象物107との境界と皮下脂肪202と皮膚203との境界の間で何回も反射が繰り返された後にアンテナ105で受信される信号もありえる。
【0029】
図3は、本実施形態に係る測温対象物107を説明する図である。図2(A)のように一般に測温対象物107及びそこに至るまでの経路の構造は3次元的であるが、図3に示すように内部の構造を1次元的配置とすると計算は簡略化できる。ですなわち図2(A)の測温対象物107、皮下脂肪202、皮膚203をそれぞれ平面的な測温対象物107、皮下脂肪302、皮膚303に置き換える。この近似は皮下組織が広い範囲で層状となる腹部などで、実際とモデルがよい一致を示す。腹部や頭部など測温対象物107を適当に選べばよい近似で測温が可能である。
【0030】
信号Rと信号Tとの相互相関を計算すると図2(B)の信号Tのようにピークが現れる。これらのピークと信号Tとの時間差t1、t2、t3はそれぞれ信号Tがアンテナ105と皮膚203、皮下脂肪202、測温対象物107までの距離を信号が進む時間の2倍となっているのでそれぞれの層の厚さを知ることができる。電磁波の進む速さは媒体の誘電率の平方根に反比例するが損失のある媒体ではさらに遅くなる。
【0031】
図4は、本実施形態に係る生体組織の電気的定数を示す図である。人体組織の誘電率や導電率はよく研究されており図4に示すような周波数依存性をもつ。周波数ωの電磁波が誘電率ε、透磁率μ、導電率σの媒体の中を電磁波が進むときその減衰定数αは、
α=ω[(με/2){(1+(σ/(εω))21/2−1}]1/2 …(1)
また位相定数βは、
β=ω[(με/2){(1+(σ/(εω))21/2+1}]1/2 …(2)
媒質が周波数依存性を持つとき、媒質中を電磁波が進む速度は周波数によって変わるためUWBパルスのような帯域の広いパルス信号を照射した場合は媒体を信号が進むにつれてその波形は分散によって広くなる。
媒質中を電磁波が進む位相速度vpは、
p=ω/β=21/20/{εr(1+(σ/(εω))21/2+1}1/2 …(3)
ここにεrは比誘電率である。また、誘電率や導電率は周波数依存性をもつので、媒体内を進む間電磁波は分散され、その群速度vgは、
g=dω/dβ …(4)
より計算できる。
【0032】
本実施形態が対象とするような電磁波の周波数帯(マイクロ波領域)においてσ/(εω)を計算すると脂肪層で0.1程度、筋肉や皮膚で0.3程度である。前者の場合、媒体中での波長をλとすると(λ0を真空中の波長としてλ=λ0/εr1/2)14λごとに、また後者では3.1λごとに1Np(ネーパ)の減衰率となる。また位相速度はどちらもほぼc0/εr1/2としてよい(誤差1%以下)。c0は真空中における光速(=1/(ε0μ01/2)である。
以上の計算式と時間差t1〜t3から皮膚203の厚さ、皮下脂肪202の厚さ、及び測温対象物107までの距離を知ることができる。
【0033】
続いて信号受信部104は測温対象物107からレイリージーンズの法則に従って放射される電磁波を受信する。アンテナ105が受信する信号は測温対象物107からの放射のうちアンテナ105に達した電磁波エネルギーと測温対象物107の周囲及び前後の組織から放射された電磁波エネルギーの合計である。
【0034】
人体組織の構成を図3に示すような1次元分布、すなわち温度分布や人体組織の熱的、電気的定数はアンテナ105から測温対象物107に至る直線の方向(以下Z方向という)のみに依存し、そのZ方向と直角の方向では変わらないものとして近似する。主として内臓や筋肉で発生された熱は皮下脂肪202や皮膚203を伝わって放熱される。Z軸の座標原点を皮膚203の表面に取ると、体内の温度分布はZの関数としてT(Z)と表わすことができる。このように温度分布関数T(Z)を仮定すると、アンテナ105が受信する電磁波エネルギーEは、
E=k0∫W(Z)T(Z)dZ …(5)
と表わすことができる。ここにk0はボルツマン定数、W(Z)はdZで発する電磁波エネルギーのうちアンテナ105に到達するエネルギーの割合を表わす重み関数である。
【0035】
アンテナ105及び信号受信部104はこのエネルギーをいくつかの周波数帯にわたって受信する。温度算出部108は各周波数帯の受信エネルギーの強さから温度分布関数T(Z)を算出し温度分布関数T(Zo)から測温対象物107の温度を算出する。ここでZoは皮膚203表面から測温対象物107に至るまでの距離である。
【0036】
温度分布関数T(Z)及び重み関数W(Z)は電磁波エネルギーEとして計測できるのはせいぜい数点の周波数帯であり、完全に決定することはできないので、以下のような近似と仮定によってあらかじめ未知数の少ないモデル関数を設定しておく。未知数の数が測定点数より少ない場合は最小2乗法によってより精度高く温度の計算ができる。
すなわち、T(Z)は一次元熱流方程式によって、
【0037】
T(Z)=T0+ΔT1(1−exp(−Z/a)) …(6)
又は、
T(Z)=T0+ΔT1(1−exp(−Z/a))+ΔT2{(b/Z)exp(−Z/b)} …(7)
あるいは、
T(Z)=T0+ΔT1(1−exp(−Z/a))+ΔT2{exp(−Z/b)−exp(−Z/c)} …(8)
のように仮定することができる。ここにT0は体表温度、ΔT1、ΔT2、a、b、cは未知数である。
【0038】
なお、図2及び図3のボーラス204はアンテナ105と皮膚203との間に挿入されたインターフェースで、アンテナ105と人体との伝送インピーダンスの整合を図り能率よく電磁波が受信できるようにする役割と、必要に応じて人体表面を加温又は冷却しT0を設定する役割を持つ。T0をうまく調節すればより誤差の少ない測定が可能である。
【0039】
皮下脂肪202の厚さなどの人体構造は上記によってわかっているので、上記式(6)〜式(8)は高い精度で仮定することができる。上記3つの式のうちどれを採用するかは、計測の精度と計測にかかる時間の要求仕様による。当然仮定する未知数が多いほど計算時間は長くなるが計測の精度は高くなる。
【0040】
重み関数W(Z)は相反定理によりアンテナ105から放射された電磁波エネルギーのうちdZに到達するエネルギーの割合と同じである。1次元モデルの場合は比較的簡単に求めることができる。FDTD(Finite Difference Time Domain:時間領域差分法)などによって計算してもよい。これも皮下脂肪202や皮膚203の厚さが上記によってわかっているので、より正確に算出が可能である。
【0041】
本実施形態の上記構成によれば体内の測温に先立ち組織構造を検出するので重み関数W(Z)や仮定する温度分布関数T(Z)がより正確にモデル設定できる。これによって体内の温度をより正確に無侵襲で計測することができる。
【0042】
また、照射したパルス信号と受信した反射パルス信号の時間差から、測温対象物107及びその前後又は周辺の電気的特性の不連続点を検出できる。生体でいえば誘電率や導電率の異なる皮下脂肪、筋肉、皮膚等の境界の位置(すなわち各々の厚さ)が特定できる。また、体内の深部から放射される放射エネルギーの減衰量も特定できるため信号受信部によって受信した放射エネルギーから減衰量を補正することができラジオメトリーによる測温の精度を高めることが可能となる。さらに信号受信部104は複数の周波数帯によって信号を受信する。これによって、周波数帯による生体の減衰量の違いから深部方向の温度分布を計算することも可能となる。また、本実施形態の上記構成による深部体温計2をがん検診に応用すればパルス反射波を見ることによって誘電率や導電率の異常部位の発見ができ、さらに該部位からの放射エネルギーを高い精度で検出できるので、そこが活発に活動するがん細胞かどうかの判断をより正確に行うことができるようになる。
【0043】
(第2の実施形態)
図5は、本実施形態に係る深部体温計を示すブロック図である。本実施形態では第1の実施形態に比較し、より正確な側温を行う装置の実施形態を示す。なお、第1の実施形態で説明したものと同じで特に説明を要さない要素については以後同じ番号を付し説明を省略するものとする。
【0044】
本実施形態に係る深部体温計4は、アンテナ105と、ダイクスイッチ402と、サーキュレーター403と、アイソレーター404と、参照雑音源406と、低雑音増幅回路407と、ミキサー408と、局部発振回路409と、中間周波増幅回路410と、AD変換回路412と、処理回路413と、パルス発生回路414と、制御部415と、パルステンプレート発生回路417と、スイッチ418と、を備えている。
【0045】
先ずスイッチ418はパルス発生回路414とサーキュレーター403とを結びパルス発生回路414で発生したパルスをダイク(Dicke)スイッチ402を通してアンテナ105に送る。パルス発生回路414で発生したパルスはアンテナ105から測温対象物107に対して照射される。測温対象物107、及びそこに至る経路の電気的定数の不連続点から反射されたパルス信号はアンテナ105、ダイクスイッチ402、サーキュレーター403、アイソレーター404を通って低雑音増幅回路407に入力され増幅される。低雑音増幅回路407で増幅された反射パルス信号はAD変換回路412によってAD変換され空間分布算出部103にて体内の電磁的な定数の分布が算出される。AD変換回路412の変換速度と分解能は受信信号の波形が以下の計算に必要な精度を確保できなければならない。パルス発生回路414で発生するパルスはサブナノ、又はピコ秒程度の非常に幅の狭いパルスであり、このパルス波形を描写できるほどの分解能と変換速度をもつAD変換回路は実現が困難であるが、パルス発生回路414に繰り返しパルスを発生させ、サンプリング点を少しずつずらしながら何回もAD変換を行う、又はミキサー408によって周波数変換し中間周波増幅回路410により増幅及び帯域制限したのちAD変換する等の方法によって必要精度を得ることができる。局部発振回路409の発振周波数を変更して、何回か計測すれば、反射パルスの周波数帯全域を複数に分けたデータを得ることができる。周波数ωの電磁波が誘電率ε、透磁率μ、導電率σの媒体の中を電磁波が進むときその減衰定数αは、及び位相定数β、位相速度vp、群速度vg、はそれぞれ式(1)〜式(4)によって計算できる。
【0046】
FDTDやFIT(Finite Integration Technique:有限積分法)ではガウシアンパルスのような幅広い帯域のインパルスを波源として差分法によりマックスウェルの方程式を解く。上記のパルス発生回路414で発生するパルスをFDTDやFITで用いるパルスとするとFDTDやFITの計算と全く同様のメカニズムで電磁波が伝播する。アンテナ105によって受信される反射波の時間領域の波形も得ることができる。この反射波の帯域ごとの応答、反射率の振幅及び位相によって体表皮までの距離、皮膚203のσ、ε、皮膚203の厚さz、皮下脂肪202の厚さzとσ、ε及び測温対象物107のε及びσを求めることができる。μも未知数に入れてもよいが、人体組織の比透磁率が1から大きくずれることは少ないのでどの組織も真空の透磁率を用いることし、未知数を減らす。以下、皮膚s、皮下脂肪f、測温対象oの添え字を使って例えば皮膚の厚さはzs、皮下脂肪のεはεfのように表すことにする。
【0047】
上記の計算は得られる情報が反射パルス波の波形と受信時間だけであり解析的に上記の未知数を求めるのは困難であるが以下のような方法で未知数を決定することができる。
1.σs、εs、zs、σf、εf、zf、σo、εoとして、統計などによる経験的な値を代入する。
2.FDTD又はFITにて、受信パルスの波形RSを求める。
3.波形RSと受信したパルス波形RXを比較しσs、εs、zs、σf、εf、zf、σo、εoを補正する。
4.2.に戻り繰り返す。波形RSとパルス波形RXが必要精度で一致したら終わる。
【0048】
2.においてzs、zfは反射パルスが受信できるまでの時間から、σs、εs、σf、εf、σo、εoは受信した反射パルスの反射率の絶対値と位相から求めることができる。照射パルスの周波数帯域は広いので帯域毎に分割して計算することで上記6つの未知数を求めることができる。通常は未知数の数より方程式の数のほうが多いので最小2乗法などを使ってより正確に未知数を決定してもよいが上記計算は繰り返し行うので面倒な計算は不要である。多くの場合繰り返しは2〜3回で十分である。またε、σは統計的なデータから大きくずれることはない。
【0049】
上記アルゴリズムに従って計算しても収束しない場合や、未知数が経験値から大きく離れる場合は仮定した一次元構造が間違っていることになる。すなわち癌などの異常組織が生体内に存在する可能性が大きい。このような場合でも、おおよその生体の(異常組織も含めた)構造を知ることができ、さらに続いて測温を行い異常発熱が発見できれば生体の異常である可能性が極めて大きくなる。すなわち癌などの検診に使うことができる。
【0050】
上記のような方法によってアンテナ105から測温対象物107に至るまでの経路の電磁波伝播に影響を与える電気的定数の空間的分布を決定することができた。
【0051】
上記の方法によって測温対象物107の構造がわかったので、続いて測温のための信号受信を行う。スイッチ418は切り替えられ参照雑音源406をサーキュレーター403に接続する。ダイクスイッチ402は制御部415によって制御され典型的には1kHz程度の速度で切替えを行う。ダイクスイッチ402がアンテナ105に接続されたとき、アンテナ105で受信した測温対象物107及びその周辺からレイリージーンズの法則により発生した放射エネルギーはダイクスイッチ402、サーキュレーター403、アイソレーター404をとおり低雑音増幅回路407に入り増幅される。このとき同時に、参照雑音源406で発生した雑音はサーキュレーター403からダイクスイッチ402に入りアンテナ105から放射され、アンテナ105と生体との間で反射され再びアンテナ105に受信される。すなわち、低雑音増幅回路407への入力は測温対象物107及びその周辺からの放射エネルギーと、参照雑音が人体皮膚で反射された信号の合計である。この信号はミキサー408で周波数変換され中間周波増幅回路410でさらに増幅されまた帯域制限される。中間周波増幅回路410の出力はAD変換回路412によってAD変換されたのち処理回路413に入力される。
【0052】
制御部415はダイクスイッチ402の切替えを行い、ダイクスイッチ402はサーキュレーター403の入力を接地、又は開放する。参照雑音源406で発生した参照雑音はサーキュレーター403からダイクスイッチ402に入りそこで全反射され、再びサーキュレーター403に戻り、アイソレーター404を通り低雑音増幅回路407に入り増幅される。該信号はミキサー408で周波数変換され中間周波増幅回路410でさらに増幅されまた帯域制限される。中間周波増幅回路410の出力はAD変換回路412によってAD変換されたのち処理回路413に入力される。
【0053】
処理回路413は入力された信号振幅を自乗して積分を行うが、ダイクスイッチ402がアンテナ105に接続している間と接地している間で極性を反転させ、それぞれの信号積分値の差を計算するように動作する。
【0054】
ダイクスイッチ402の切替えに同期してそれぞれの信号積分値の差を算出するので受信機の変動による誤差を排除し、また測温対象物107及びその周辺からの放射エネルギーがアンテナ105に入る際の生体とアンテナ105との間での反射の影響を取り除く。処理回路413はその出力が0になるように参照雑音源406の温度を制御する。この参照雑音源406の温度のk0倍が測温対象物107及びその周辺からの放射エネルギーEである。放射エネルギーEは式(5)と同様の式で計算できるが、第1の実施形態のように電磁波が生体内を平面波で進むという近似ではなく、アンテナ105の指向性を考慮してより精度の高い重み係数Wを計算することもできる。
【0055】
図6は、本実施形態に係る測温対象物107を説明する図であり、重み係数Wの計算を説明する図である。同図(A)では微小体積dV501で発生した放射エネルギーがアンテナ105に入る様子を示す。アンテナ105が受信するエネルギーは、
E=k0∫W(r)T(r)dV …(9)
となる。ここでrはdVの位置を表す位置ベクトルである。W(r)は第1の実施形態の説明と同様に相反定理によって図6(B)に示すようにアンテナ105からPactのエネルギーが放射されたとして微小体積dV501に入射するエネルギーの比として求めることができる。上記に説明したとおり、測温対象物107までの空間分布を調べるためにFDTD又はFITにより電磁界の分布も計算しているのであわせてW(r)も算出できる。
【0056】
式(9)の受信エネルギーEをk0で除した値がアンテナ105から見た生体の輝度温度Tiとなる。本実施形態の場合は参照雑音源406の温度が生体の輝度温度となるので受信エネルギーEから計算をする必要はない。Tiは局部発振回路409の周波数を切り替えることにより異なる周波数帯で複数の値を得ることができる。(Tiのインデックスiは周波数帯の番号を表す。)
【0057】
iを用いて上記式(6)〜式(8)で仮定したT(r)の未知数を決定しT(r)を求めることができる。これによって測温対象物107のみでなくそこに至るまでの経路の温度分布を知ることができる。
【0058】
本実施形態の上記構成によれば体内の測温に先立ち組織構造及びそれを構成する組織の電気的特性を検出するので重み関数W(r)や仮定する温度分布関数T(r)がより正確にモデル設定できる。これによって体内の温度をより正確に無侵襲で計測することができる。また、生体内の異常組織(癌など)の検診にも使うことができる。
【0059】
(第3の実施形態)
図7は、本実施形態に係る深部体温計のアンテナを示す図である。本実施形態では複数のアンテナ601〜603を用いる。各アンテナには図1又は図5に示した電子回路が接続されている。電子回路は各アンテナに1つずつ接続してもよいし、スイッチ等で切り替えて1つの電子回路を共用してもよい。図7では例として3つのアンテナを用いる場合を描いているが、3以外の複数のアンテナを使うこともできる。
【0060】
空間分布算出部103において、送信部101又はパルス発生回路414で発生したパルスはアンテナ601〜603のうちのどれか1つから放射され測温対象物107に向けて照射される。その反射波はアンテナ601〜603のすべてによって同時に受信される。このようにすると反射パルスは複数のアンテナ間の経路に至る情報を含むので、この反射パルスを解析することにより測温対象物107に至る3次元的な構造及び電気的定数の分布を得ることができる。このアルゴリズムは第2の実施形態で説明したものと似た方法を取ればよい。
【0061】
こうして得られた空間的情報を用いて、熱流方程式によるT(r)のモデル関数や重み関数W(r)をより正確にすることができる。
【0062】
測温時の測温対象物107からの放射エネルギーを受信するのも複数のアンテナ601〜603によって行えばより正確に生体内の3次元的温度分布を得ることができる。これによってハイパーサーミアの時の非侵襲測温のみでなく、生体内の異常な組織(癌など)の早期発見も可能となる。この方法はX線などを使わないのでより安全である。
【0063】
上記では複数のアンテナ601〜603それぞれに電子回路が付属するとして説明したが送信部101の繋がった1つのアンテナ601と信号受信部104の繋がったアンテナ602の2つとし、それぞれの位置関係が変わるようにアンテナ位置を変えながら測定してもよい。この場合、図5に示す回路においてパルス発生回路414はダイクスイッチ402、サーキュレーター403、スイッチ418は省略し直接アンテナ601に接続することができる。またアンテナ602に接続される電子回路では図5においてパルス発生回路414とスイッチ418とは省略することが可能である。
【0064】
本実施形態の上記構成によれば安全かつ正確に生体内組織の温度分布を測定できまた生体内組織に異常があればそれを発見できる。
【0065】
なお、上記実施形態で反射波を受信する受信部102と信号受信部104とは、その機能の一部又は全部を共用してもよい。これにより、上記反射波を受信する受信部と上記信号受信部とは、その機能の一部又は全部を共用することができるので、電子装置はラジオメトリーの装置に簡単なパルス発生回路を付加するだけで作ることができ装置のコストを抑えるために非常に効果的である。
【0066】
また、所定のパルス信号は、UWBパルスであってもよい。これにより、パルス信号はUWBパルスであるため、発生が容易でかつ対象物及びその前後又は周辺の電気的特性の不連続点の検出は、空間分解能が高く正確に行うことができる。これによって測温対象物の温度及び対象物に至る経路又は対象物周辺の温度も特定することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
以上、本実施形態を生体内部の温度分布を非侵襲で計る場合や生体内の異常な組織の発見の場合を例に説明したが、本実施形態による電子装置は例えば、雪崩や地震による建物崩壊により生き埋めになった生存者の発見や、地下や水面下の資源探査、建築構造物内部の歪発見、材料の傷の発見などにも使うことができる。
【符号の説明】
【0068】
2,4…深部体温計、101…送信部、102…受信部、103…空間分布算出部、104…信号受信部、105,601,602,603…アンテナ、106…境界、107…測温対象物(計測部位)、108…温度算出部、202…皮下脂肪、203…皮膚、204…ボーラス、402…ダイクスイッチ、403…サーキュレーター、404…アイソレーター、406…参照雑音源、407…低雑音増幅回路、408…ミキサー、409…局部発振回路、410…中間周波増幅回路、412…AD変換回路、413…処理回路、414…パルス発生回路、415…制御部、417…パルステンプレート発生回路、418…スイッチ、501…微小体積dV。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のパルス信号を発生し該パルス信号を電磁波として計測部位の方向に照射する送信部と、
前記計測部位方向からの前記パルス信号の反射波を受信する受信部と、
前記計測部位から放射される電磁波信号を複数の帯域に分けて受信する信号受信部と、
を含むことを特徴とする電子装置。
【請求項2】
前記反射波を受信する前記受信部と前記信号受信部とは、その機能の一部又は全部を共用することを特徴とする請求項1に記載の電子装置。
【請求項3】
所定のパルス信号を発生し該パルス信号を電磁波として計測部位の方向に照射する送信部と、
前記計測部位方向からの前記パルス信号の反射波を受信する受信部と、
前記反射波から前記計測部位方向に介在する媒質の物理定数の空間分布を算出する空間分布算出部と、
前記計測部位から放射される電磁波信号を複数の帯域に分けて受信する信号受信部と、
前記信号受信部の帯域ごとの出力と前記空間分布算出部の算出した空間分布から前記計測部位の温度を算出する温度算出部と、
を含むことを特徴とする電子装置。
【請求項4】
前記反射波を受信する前記受信部と前記信号受信部とは、その機能の一部又は全部を共用することを特徴とする請求項3に記載の電子装置。
【請求項5】
前記所定のパルス信号は、UWBパルスであることを特徴とする請求項3に記載の電子装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図4】
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