説明

電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法及びキット

【課題】最適な方法で効率良く、液体中に存在し浮遊性を有するサンプルの浮遊性を抑止して光学顕微鏡で観察できるようにし、また、そのサンプルの中から電子顕微鏡観察の対象とすべきサンプルを光学顕微鏡で特定し、特定したサンプルを電子顕微鏡で詳細に観察することを可能にする電子顕微鏡観察用サンプル作製方法と、そのサンプル作製キットを提供すること。
【解決手段】レクチンを含有する媒体に浮遊性サンプルを含ませ、浮遊性サンプルの浮遊性を抑止し、浮遊性サンプルを含む層を観察用基板上に形成するステップと、その層に対する光学顕微鏡観察により、電子顕微鏡で観察対象とする浮遊性サンプルを特定するステップと、電子顕微鏡での観察対象に特定された浮遊性サンプルを含む部位に対して、固定及び包埋の処理を行うステップと、電子顕微鏡での観察対象に特定された浮遊性サンプルを含む部位を成形処理し、電子顕微鏡観察用サンプルとなる薄片を作製するステップとを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浮遊性を有するサンプルを電子顕微鏡で観察するためのサンプルを作製する方法と、そのサンプルを作製するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞内の超微細構造を観察するための手段として、電子顕微鏡が広く使用されている。電子顕微鏡では数ナノメートルオーダーの分解能で観察を行うために、その観察対象である細胞試料を固化した後、細胞試料の輪切りを含む厚みが100ナノメートル以下の薄片にする必要がある。このため電子顕微鏡で観察するためのサンプルは、再作製がきわめて困難であり、そのサンプルに含まれなかった細胞試料はサンプル作製時に破壊され廃棄されてしまうので、サンプル作製時には目的の細胞が確実に含まれるように留意する必要がある。
【0003】
電子顕微鏡観察用のサンプルは、観察対象の細胞試料を化学固定剤により固定し、これを樹脂中に埋め込み(包埋)、固化した試料をミクロトームにより薄片にスライスして得られる(特許文献1〜4)。
【0004】
細胞のなかでも、ガラス板等の表面に張り付いて活動し得る付着性の細胞であれば、ガラス板等の表面に位置座標を記載表示することによって、目的細胞の位置決めが容易になるから、特定の細胞を電子顕微鏡により観察することが可能になる。すなわち、光学顕微鏡によって目的の細胞を探索、確認した後に、それを固定・包埋処理し、ガラス板等の表面の位置座標を参考にして同一の細胞を探索し、それを含む電子顕微鏡観察用サンプルを調製できる。これによって、研究の目的とする反応を行っている特定の細胞を選び出し、電子顕微鏡により詳細に観察することができる。
【0005】
ところが、ゾウリムシや血液細胞など、浮遊性の細胞は液体内で静止せず、自由に移動している。そのため、垂直、水平方向とも細胞の位置を特定することが難しく、また、たとえ光学顕微鏡による観察で目的の細胞を特定しても、浮遊状態の細胞に対して固定及び包埋を行うためにその位置が移動してしまい、光学顕微鏡で観察したのと同一の細胞を電子顕微鏡で観察することが極めて困難であった。
【0006】
特に近年、血球等への薬品の影響が社会的な問題となっているので、液体中に浮遊している血球群の中から薬品の影響を受けている特定の細胞を選び出し、それを光学顕微鏡と電子顕微鏡の双方で観察することが危急の重要課題となっている。
【0007】
また、生存している浮遊細胞は液体中を自由に動き回っているため、ひとつの生細胞を、光学顕微鏡により経時的に観察すること自体が困難であった。そのため、簡便な手法により、浮遊細胞を生存したままの状態で固定し、光学顕微鏡で観察できる方法の開発も望まれていた。
【0008】
その状況下で、本出願発明者は、浮遊細胞をアガロース等の網目状高分子のゾルと混合し、浮遊細胞を層状に配列した後、網目状高分子をゲル化して、浮遊細胞を静止させることで、浮遊細胞を経時的に光学顕微鏡観察できることと、細胞固定や樹脂への包埋を行うことにより電子顕微鏡観察用サンプルを作製できることを開示した(特許文献5)。
【0009】
特許文献5では、細胞の固定が特殊なゲルに依存していたが、その後の研究によって、細胞の種類によっては、そのようなゲルによらない方が好ましい知見を得た。
また、特許文献5では、蛍光顕微鏡による観察においては、蛍光試薬による染色に限られていたが、その後の研究によって、観察目的によっては別の蛍光手段が好ましい知見を得た。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−309872
【特許文献2】特開平5−306979
【特許文献3】特開2006−177692
【特許文献4】特開2005−174657
【特許文献5】特開2009−229339
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、本出願発明者による特許文献5の延長として、その発明内容の更なる改良を図る。すなわち、最適な方法で効率良く、液体中に存在し浮遊性を有するサンプルの浮遊性を抑止して、光学顕微鏡で観察できるようにし、また、そのサンプルの中から、電子顕微鏡観察の対象とすべきサンプルを光学顕微鏡で特定し、その特定したサンプルを電子顕微鏡で詳細に観察することを可能にする電子顕微鏡観察用サンプル作製方法と、そのサンプルを作製するためのキットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明は次の構成を備える。
すなわち、本発明の電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法は、浮遊性を有するサンプルを電子顕微鏡で観察するためのサンプルを作製する方法であって、レクチンを含有する媒体に浮遊性サンプルを含ませ、浮遊性サンプルの浮遊性を抑止し、浮遊性サンプルを含む層を観察用基板上に形成するステップと、その層に対する光学顕微鏡観察により、電子顕微鏡で観察対象とする浮遊性サンプルを特定するステップと、電子顕微鏡での観察対象に特定された浮遊性サンプルを含む部位に対して、固定及び包埋の処理を行うステップと、電子顕微鏡での観察対象に特定された浮遊性サンプルを含む部位を成形処理し、電子顕微鏡観察用サンプルとなる薄片を作製するステップと、を有することを特徴とする。
【0013】
ここで、浮遊性サンプルを、生きた浮遊細胞としてもよい。
【0014】
レクチンとして、コンカナバリンAを用いてもよい。
【0015】
観察用基板に、浮遊性サンプルの位置特定を可能にする凹凸の目盛り表示を備えるものもを用いてもよい。
【0016】
浮遊性サンプルを含む層の形成に、サンプル溶液の遠心操作による濃縮処理を介してもよい。
【0017】
浮遊性サンプルを含む層の形成に、サンプル溶液の上方から圧力を加える展開処理を介してもよい。
【0018】
浮遊性サンプルを蛍光タンパク質により染色し、光学顕微鏡として蛍光顕微鏡で観察してもよい。
【0019】
本発明の電子顕微鏡観察用サンプルの作製用キットは、浮遊性を有するサンプルを光学顕微鏡及び電子顕微鏡で観察するサンプルを作製するためのキットであって、浮遊性サンプルを投入するレクチンと、サンプル溶液を保持すると共に、浮遊性サンプルの位置特定を可能にする凹凸の目盛り表示を備える観察用基板と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、上記構成を備えることにより次の効果を奏する。
すなわち、レクチンによって浮遊性サンプルの浮遊性が抑止されるので、極めて簡便な手法で、液体中に浮遊している浮遊性サンプルを停止させて光学顕微鏡で観察することが可能になる。また、その観察によって特定された浮遊性サンプルについて、その超微細構造を電子顕微鏡で観察することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】(a)[PSI+]細胞中のSup35NM-GFP球状凝集体の蛍光顕微鏡観察画像、(b)[PSI+]細胞中のSup35NM-GFP球状凝集体の電子顕微鏡観察画像、(c) (b)における赤い四角で示す領域の拡大画像、(d) (c)における黄色い点線で囲まれた領域のフーリエフィルタ処理画像、(e)同、線維様構造を赤で示した画像
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を、図面に示す実施例を基に説明する。なお、実施形態は下記の例示に限らず、本発明の趣旨から逸脱しない範囲で、前記特許文献など従来公知の技術を用いて適宜設計変更可能である。特に、本発明は、特許文献5の延長であるので、特許文献5に開示した内容と併せて実施可能である。
また、以下では、観察対象として生きた浮遊細胞を例示して説明するが、溶液中で浮遊しうる浮遊性サンプル一般を対象にできる。
【0023】
一般に、浮遊細胞とは、ひとつの細胞が他の細胞や組織等に付着していないで、液体内で自由に移動し得る状態で生存する細胞のことを意味する。具体例としては、例えば、赤血球や白血球等の血液細胞のほか、ゾウリムシやテトラヒメナなど、細胞表面に生えた繊毛を動かして移動する自走性の単細胞生物等が挙げられる。浮遊細胞は培養液中のものをそのまま使用してもよいが、培養液を遠心分離装置にかけて浮遊細胞を濃縮したものを採取して使用することが好ましい。
【0024】
まず、レクチンを含有する媒体に浮遊細胞を含ませることで、浮遊細胞の浮遊性を抑止し、浮遊細胞を含む層を観察用基板上に形成する。
レクチンを含有する媒体に浮遊細胞を含ませるには、例えば、レクチンを含有する水溶液を基板に滴下し、一旦乾燥させた後に、浮遊細胞を含んだ水溶液を、その上に滴下する。
【0025】
レクチンを含有する媒体としては、ある程度の透明性を有するものが望まれる。また、レクチンの使用量や濃度については、浮遊細胞を絡めて静止させることができるよう調整する。使用するレクチンの種類については、観察対象の浮遊細胞の種類に応じて、適宜選定することが好ましい。例えば、コンカナバリンAが有用に用いられる。
【0026】
使用可能なレクチンには、例えば、豆科レクチン、C型レクチン、I型レクチン、L型レクチン、P型レクチン、R型レクチン、ガレクチン、セレクチン、コレクチン、アネキシン、カルネキシン、カルレティキュリン等、動物由来、植物由来、菌類由来などが挙げられ、具体的には、次のものが挙げられる。
【0027】
AAL、ACL(ACA)、BPL、Con A、DSL、DBA、EBL(SNA)、ECL(ECA)、EEL、GNL、GSL I (BSL I)、GSL I -B4、GSL II(BSL II)、HPA、HHL(AL)、Jacalin、LCA(LcH)、LTL、LEL(TL)、MAL I、MAL II、MPL、NPL(NPA)、PNA、PHA-E、PHA-L、PSA、PTL I(WBA I)、PTL II(WBA II)、RCA I(RCA 120)、RCA II(RCA 60)、STL(PL)、SJA、SBA、UEA I、UEA II 、VVL(VVA)、WFA(WFL)、WGA、S-WGA、WEA(WFL)
【0028】
浮遊細胞を含む層を観察用基板上に形成する際には、浮遊細胞を含む液体を容器に入れて遠心操作にかける処理を介してもよい。
観察用基板に相当する容器の底壁に接する液体の最下部層に、浮遊細胞が濃縮される。この最下部層では、浮遊細胞だけではなく、レクチンも濃縮される。
遠心操作の回転数や時間は、例えば、3000rpmで1分間など、最下部層が光学顕微鏡観察に適した層の厚みや、細胞の配列や濃度になるように調整する。
【0029】
遠心操作の際に液体を収容する容器としては、その底壁の内面に、凹凸による位置特定用の表示を有することが好ましい。これによって、光学顕微鏡観察により目標細胞を特定した際に、その位置を簡便に記録しておくことができ、電子顕微鏡観察用の薄片を作製する際に利用される。そのような容器には、番地付きディシュなどが使用できる。
【0030】
また、浮遊細胞を含む層を観察用基板上に形成する際には、浮遊細胞を含む液体に
上方から圧力を加えて引き伸ばして基板上で薄膜化する処理を介してもよい。
番地付きディシュやガラス板等の基板上に液体を滴下し、その上にプレパラート等を載せて液体をうすく引き伸ばし、その後、プレパラート等を取り外す。なお、この形態では、浮遊細胞を強力に押さえ込めるので、テトラヒメナなど、活発に泳ぎ回っている自走性の細胞の動きを比較的容易に抑止することができる。
形成する薄膜の厚みとしては、浮遊細胞の大きさを考慮して決定すべきであり、例えば縦横50μm、高さ30μm程度の大きさの生体であれば、厚み100μm程度の薄膜を形成すればよい。
【0031】
次いで、光学顕微鏡観察により、電子顕微鏡で観察対象とする浮遊性サンプルを特定する。
光学顕微鏡により観察して、電子顕微鏡による観察の対象とすべき浮遊細胞を探索し選出する。ここで選出する浮遊細胞は、電子顕微鏡でその超微細構造などを観察することが望まれる特定の浮遊細胞である。
【0032】
光学顕微鏡観察ではマイクロメートルオーダーの分解能での観察が可能である。光学顕微鏡としては蛍光顕微鏡が有用である。蛍光顕微鏡観察する場合は、予め浮遊細胞の所定部位または全体を、蛍光タンパク質や蛍光試薬により染色しておく。
これによって、電子顕微鏡による観察の目的とする特定の反応を行っている細胞を分子特異的に探索することが可能になる。蛍光顕微鏡による細胞探索にあたっては、例えば細胞核内の反応を蛍光像の形状やサイズ等を手がかりに探索すればよい。
【0033】
蛍光タンパク質としては、例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)が有用に用いられる。GFPは、その場観察でき、他のタンパク質との融合タンパク質としても機能を発揮するタグとなることので、特に細胞内のシグナル伝達などに関与するタンパク質の細胞内局在を明らかにするツールとして利用できる。
使用可能な蛍光タンパク質は、緑色蛍光に限らず、具体的には、次のものが挙げられる。
【0034】
Sirius、EBFP、ECFP、mTurquoise、TagCFP、AmCyan、mTFP1、MidoriishiCyan、CFP、TurboGFP、AcGFP、TagGFP、Azami-Green、ZsGreen、EmGFP、EGFP、GFP2、HyPer、TagYFP、EYFP、Venus、YFP、PhiYFP、PhiYFP-m、TurboYFP、ZsYellow、mBanana、KusabiraOrange、mOrange、TurboRFP、DsRed-Express、DsRed2、TagRFP、DsRed-Monomer、AsRed2、mStrawberry、TurboFP602、mRFP1、JRed、KillerRed、mCherry、HcRed、KeimaRed、mRasberry、mPlum、PS-CFP、Dendra2、Kaede、EosFP、KikumeGR
【0035】
本発明によると、浮遊細胞が生きている細胞の場合には、光学顕微鏡により浮遊細胞の細胞内活動を経時的に観察することが可能になる。特に、自走性の浮遊細胞は、静止している生細胞の細胞内活動を経時的に観察することが非常に困難であったので、本発明により経時的観察が可能になった意義は大きい。また、生細胞の経時的観察によって、構造や機能的な観点から最も変化が顕著な細胞分裂の瞬間など、重要な段階にある細胞を見極め選出したうえで、後述の細胞固定や包埋を行うと、このような段階における細胞の超微細構造を電子顕微鏡により観察することが可能となる。電子顕微鏡による観察ではナノメートルオーダーの分解能での観察が可能である。
その際、観察用基板として、表面に凹凸等による位置特定用の表示を有するものを用いると、目標細胞の特定時に、その位置を認知できるので、それを目印にして目標細胞を含む薄片を作製することが容易になる。
【0036】
電子顕微鏡での観察対象に特定された浮遊細胞を含む部位に対して、固定及び包埋の処理を行い、成形処理して、電子顕微鏡観察用サンプルとなる薄片を作製するには、従来公知の手段が適用できる。
固定は、細胞を生きている状態での構造及び物性を可能な限り維持することを目的とし、包埋は、細胞の輪切りを含んだ薄片を作製できるように、細胞内部に樹脂を浸透させて硬化させることを目的とする。
【0037】
例えば、透過型電子顕微鏡を使用する場合には、目標細胞を特定した後のサンプルを、オスミウム酸溶液に浸漬することによって細胞とレクチンを化学固定することができる。浮遊細胞として生細胞を使用した場合には、オスミウム酸溶液への浸漬の前に、グルタールアルデヒド溶液やホルムアルデヒド溶液、あるいはその混合溶液に浸漬して前固定を行う。その後、エタノールを用いてサンプルの脱水を行った後、エポキシ樹脂等の硬化性樹脂を十分に浸透させる。次いで、加熱や紫外線照射によって硬化性樹脂を硬化させる。これによって、細胞及びレクチンと樹脂とが融合したうえでサンプルが固化する。
なお、遠心操作を介した前処理を行った場合は、レクチンに含まれた細胞を有する層が、観察用基板の表面にほぼ接するような状態で固化し、圧力印加を介した前処理を行った場合は、細胞とレクチンから成る薄膜が固化する。
【0038】
この後、固化物を、ディシュの底壁等の基板から剥離する。基板の表面が凹凸による位置特定用の表示を有すると、基板に接していた固化物表面には、凹凸が反転した表示が刻印されるので、それを目印にして目標細胞を簡単に見つけられる。
サンプル表面に刻印された表示を実体顕微鏡で確認しながら、剥離した固化物から、選出した特定細胞を含む部位を削り出すために、ヤスリやカミソリ等を用いてトリミングを行う。トリミング後、ミクロトームで薄切りにして、電子顕微鏡観察用サンプルである薄片を削り出す。
【実施例】
【0039】
酵母プリオン[PSI+]について、緑色蛍光タンパク質と融合させたSup35の凝集体を形成し電子顕微鏡観察を行った。
【0040】
[PSI+]細胞を、リン酸緩衝液(pH 7.2)の最終濃度で、グルタルアルデヒドで4℃、2時間固定した。緩衝液で洗浄後、細胞を緩衝液中、最終濃度でザイモリアーゼにより消化した。その後、細胞をグリッド付き培養皿に入れた。この培養皿は使用前に、水性溶液で被覆し、過剰の溶液を除去後、風乾してある。
リン酸緩衝液中の標本細胞の三次元画像を、電荷結合素子及びプランアポクロマート油浸対物レンズを備えた顕微鏡システムを使って取得し画像処理した。
【0041】
図1(a)(b)はそれぞれ、[PSI+]細胞中のSup35NM-GFP球状凝集体の蛍光顕微鏡観察画像、電子顕微鏡観察画像である。Sup35NM-GFPを発現している細胞を蛍光観察後に固定し、蛍光顕微鏡により特定されたSup35NM-GFP球状凝集体を有する薄片について電子顕微鏡観察を行った。図中、CWは細胞壁、Mはミトコンドリア、Nは核、Vは空胞を示す。
図1(c)は、図1(b)における赤い四角で示す領域の拡大画像であり、図1(d)(e)はそれぞれ、図1(c)における黄色い点線で囲まれた領域のフーリエフィルタ処理画像、Sup35NM-GFP球状凝集体を画像処理し線維様構造を赤で示した画像である。
【0042】
同じ細胞の薄片電子顕微鏡観察を次のように行った。細胞を水性溶媒で後固定し、蒸留水で洗浄した後、水中で染色した。蒸留水での洗浄後、細胞をエタノールの濃度を上げながら連続脱水し、包埋のために、アセトン中で連続培養した。さらに新鮮エポン中で培養し、樹脂を重合させた。蛍光顕微鏡で観察した細胞を含有するエポキシブロックを、カバーガラスのアドレスにしたがって切り取った。得られた80nmの厚さの連続切片をそのまま使用可能な市販のクエン酸鉛の溶液で染色し、透過型電子顕微鏡により分析した。
【0043】
[PSI+]は、Sup35タンパク質が凝集体構造を形成したものである。Sup35は細胞外で特有のアミロイド線維を形成するが、細胞内におけるSup35の線維状構造に関する直接的な証拠はなかった。今回、緑色蛍光タンパク質と融合させたSup35の凝集体を形成し、薄片電子顕微鏡を使って蛍光顕微鏡観察により[PSI+]細胞を分析した。蛍光顕微鏡観察と同様の高解像度での撮像が薄片電子顕微鏡において可能となる相補的光学電子顕微鏡法(CLEM)及び免疫金標識法を組み合わせた急速凍結電顕法により、凝集体がSup35-GFPの線維状構造の束を含有することを観察した。また、生化学的蛍光相関分光法(FCS)の結果、[PSI+]溶解液に拡散させたSup35オリゴマーが線維様形状を成していることを見出した。これらの所見は、[PSI+]細胞が細胞外で形成されるSup35線維状構造によく似た構造を含有し、[PSI+]細胞内でSup35凝集体が会合し再構成される分子機序への洞察を与えるものである。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によると、浮遊細胞等の浮遊性サンプルを光学顕微鏡によって観察し、詳細に観察する対象を特定した後、電子顕微鏡によって高倍率かつ高解像度でさらに観察することが可能になる。そのため、例えば細胞内における分子機序の解明などに寄与し、研究機器産業をはじめ医薬や生化学分野の研究開発などに広く貢献するので、産業上利用価値が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮遊性を有するサンプルを電子顕微鏡で観察するためのサンプルを作製する方法であって、
レクチンを含有する媒体に浮遊性サンプルを含ませ、浮遊性サンプルの浮遊性を抑止し、浮遊性サンプルを含む層を観察用基板上に形成するステップと、
その層に対する光学顕微鏡観察により、電子顕微鏡で観察対象とする浮遊性サンプルを特定するステップと、
電子顕微鏡での観察対象に特定された浮遊性サンプルを含む部位に対して、固定及び包埋の処理を行うステップと、
電子顕微鏡での観察対象に特定された浮遊性サンプルを含む部位を成形処理し、電子顕微鏡観察用サンプルとなる薄片を作製するステップと、を有する
ことを特徴とする電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項2】
浮遊性サンプルが、生きた浮遊細胞である
請求項1に記載の電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項3】
レクチンが、コンカナバリンAである
請求項1または2に記載の電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項4】
観察用基板が、浮遊性サンプルの位置特定を可能にする凹凸の目盛り表示を備える
請求項1ないし3のいずれかに記載の電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項5】
浮遊性サンプルを含む層の形成が、サンプル溶液の遠心操作による濃縮処理を介する
請求項1ないし4のいずれかに記載の電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項6】
浮遊性サンプルを含む層の形成が、サンプル溶液の上方から圧力を加える展開処理を介する
請求項1ないし4のいずれかに記載の電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項7】
浮遊性サンプルが蛍光タンパク質により染色され、光学顕微鏡が蛍光顕微鏡である
請求項1ないし6のいずれかに記載の電子顕微鏡観察用サンプルの作製方法。
【請求項8】
浮遊性を有するサンプルを光学顕微鏡及び電子顕微鏡で観察するサンプルを作製するためのキットであって、
浮遊性サンプルを投入するレクチンと、
サンプル溶液を保持すると共に、浮遊性サンプルの位置特定を可能にする凹凸の目盛り表示を備える観察用基板と、を有する
ことを特徴とする電子顕微鏡観察用サンプルの作製用キット。

【図1】
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【公開番号】特開2012−149992(P2012−149992A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−8666(P2011−8666)
【出願日】平成23年1月19日(2011.1.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物名: THE JOURNAL OF CELL BIOLOGY VOL.190,NO.2 発行所 : The Rockefeller University Press 公表日 : 2010(平成22年)年7月19日
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)
【Fターム(参考)】