説明

電子顕微鏡観察用染色剤および電子顕微鏡観察用試料の染色方法

【課題】簡便に電子染色を行うことができ、かつ高い染色効果を有する電子顕微鏡観察用染色剤を提供する。
【解決手段】電子顕微鏡観察用染色剤は、シスプラチンを含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡観察用染色剤および電子顕微鏡観察用試料の染色方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体試料の微細な構造等を観察する装置として、光学顕微鏡や電子顕微鏡が知られている。特に、電子顕微鏡は光学顕微鏡と比べて分解能が高いため、より微細な構造を観察する際に有効である。しかしながら、生体試料は、炭素、酸素、窒素、水素などの軽元素を含んで構成されているため、電子線を十分に散乱させることができない。したがって、電子顕微鏡で観察しても、電子顕微鏡像に十分なコントラストが得られない場合がある。そのため、電子顕微鏡で生体試料を観察する際には、一般的に、試料を重金属等で電子染色する。試料を電子染色することにより、電子線の散乱を促し、電子顕微鏡像にコントラストをつけることができる。
【0003】
従来、電子染色剤として、酢酸ウラニルが用いられていた。酢酸ウラニルは、高い染色効果を有しており、酢酸ウラニルで生体試料を染色することにより、高いコントラストの電子顕微鏡像を得ることができる。
【0004】
また、特許文献1には、電子染色剤として、白金ブルー([Pt(NH(C13+5)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−286729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、酢酸ウラニルは高い染色効果を有しているが、放射性物質のため、入手や使用に厳しい規制がある。そのため、酢酸ウラニルに代替する電子染色剤が求められている。上述した特許文献1に開示された白金ブルーは、酢酸ウラニルに代替する電子染色剤の1つとして知られている。
【0007】
白金ブルーは、時間が経過すると変質する場合があるため、使用にあわせて合成することが望ましい。しかしながら、白金ブルーの合成には、通常5〜7日程度の時間が必要であり、かつ高度な化学的知識を必要とする。したがって、白金ブルーを用いた電子染色では、白金ブルーの合成に時間や手間がかかってしまい、簡便に電子染色を行うことができないという問題があった。
【0008】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、本発明のいくつかの態様によれば、簡便に電子染色を行うことができ、かつ高い染色効果を有する電子顕微鏡観察用染色剤および電子顕微鏡観察用試料の染色方法を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、シスプラチンを含有する。
【0010】
このような電子顕微鏡観察用染色剤によれば、高い染色効果を有することができる。さらに、シスプラチンは、合成等の必要がなく、例えば、水に溶解させるだけで電子染色剤として用いることができる。また、シスプラチンは、水溶液として安定した保存が可能であり、例えば、白金ブルーのように使用にあわせて合成する必要がない。したがって、簡便に電子染色を行うことができる。
【0011】
(2)本発明に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、トランスプラチンを含有する。
【0012】
このような電子顕微鏡観察用染色剤によれば、高い染色効果を有することができる。さらに、トランスプラチンは、合成等の必要がなく、例えば、水に溶解させるだけで電子染色剤として用いることができる。また、トランスプラチンは、水溶液として安定した保存が可能であり、例えば、白金ブルーのように使用にあわせて合成する必要がない。したがって、簡便に電子染色を行うことができる。
【0013】
(3)本発明に係る電子顕微鏡観察用試料の染色方法は、
本発明に係る電子顕微鏡観察用染色剤に試料を接触させる工程を含む。
【0014】
このような電子顕微鏡観察用試料の染色方法によれば、試料を、簡便かつ良好に電子染色することができる。
【0015】
(4)本発明に係る電子顕微鏡観察用試料の染色方法において、
前記電子顕微鏡観察用染色剤に接触した試料を、鉛化合物を含有する染色液に接触させる工程をさらに含んでいてもよい。
【0016】
このような電子顕微鏡観察用試料の染色方法によれば、染色効果を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】シスプラチン水溶液で染色した腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像。
【図2】白金ブルーで染色した腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像。
【図3】酢酸ウラニルで染色した腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像。
【図4】シスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色した腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像。
【図5】白金ブルーとクエン酸鉛染色液とで二重染色した腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像。
【図6】酢酸ウラニルとクエン酸鉛染色液とで二重染色した腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像。
【図7】トランスプラチン水溶液で染色した腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像。
【図8】トランスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色した腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0019】
1. 第1実施形態
1.1. 電子顕微鏡観察用染色剤
まず、第1実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤について説明する。
【0020】
第1実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、シスプラチンを含有する。
【0021】
シスプラチン(cisplatin、シス−ジアミンジクロロ白金(II)、cis−[PtCl(NH])は、白金錯体に分類される物質である。
【0022】
ここで、電子顕微鏡観察用染色剤とは、電子顕微鏡観察の対象となる試料を染色するための染色剤をいう。なお、本発明に係る記載では、染色とは、いわゆる電子染色をいい、試料の特定の部位に電子の散乱を促す物質(重金属等)を吸着または結合させることをいう。電子染色剤を用いて試料を染色することにより、電子顕微鏡像にコントラストをつけることができる。
【0023】
また、染色された試料の観察に用いられる電子顕微鏡としては、例えば、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)、透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope、TEM)、走査透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope、STEM)などが挙げられる。
【0024】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、例えば、シスプラチン水溶液である。シスプラチン水溶液の濃度は特に限定されず、例えば、飽和水溶液濃度(約0.02質量%)である。なお、本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤の溶媒は、水に限定されず、例えば、エタノールや、エタノールと水の混合溶媒であってもよい。
【0025】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、さらに、シスプラチン以外の物質を含有していてもよい。本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、例えば、シスプラチンに加えて、その幾何異性体であるトランスプラチンを含有していてもよい。
【0026】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、例えば、タンパク質などの生体高分子を含んで構成される生体試料や、炭素、酸素、窒素、水素などの軽元素を含んで構成される試料を染色することができる。
【0027】
1.2. 電子顕微鏡観察用試料の作製方法
次に、第1実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法について説明する。本実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、本発明に係る電子顕微鏡観察用試料の染色方法を含む。以下、本実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法の一例として、本実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法を、生体試料に適用した場合について説明する。
【0028】
まず、生体試料をエポキシ樹脂に包埋する。具体的には、まず、灌流固定または浸漬固定した生体試料を切り出す。そして、切り出された生体試料を、カコジル酸緩衝1〜4%パラホルムアルデヒドと1〜4%グルタールアルデヒドとの混合液に浸漬し、追固定する。なお、追固定は、カコジル酸緩衝1〜4%パラホルムアルデヒドだけで行ってもよいし、1〜4%グルタールアルデヒドだけで行ってもよい。次に、追固定された生体試料を、カコジル酸緩衝液で洗浄し、1〜2%四酸化オスミウムで後固定する。そして、後固定された生体試料を上昇エタノール系列で脱水した後、エポキシ樹脂に包埋する。このようにして、生体試料をエポキシ樹脂に包埋することができる。なお、生体試料を包埋するための材料はエポキシ樹脂に限定されず、例えば、メタクリル酸樹脂、ポリエステル樹脂、パラフィン等を用いてもよい。
【0029】
次に、エポキシ樹脂に包埋された生体試料を薄片化する。薄片化は、例えば、ミクロトーム(ウルトラミクロトーム)を用いて行われる。
【0030】
次に、薄片化された生体試料を染色する。染色は、本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤を薄片化された生体試料に接触させることにより行われる。具体的には、染色は、シスプラチン水溶液に、薄片化された生体試料を浸漬させることにより行われる。ここで、シスプラチン水溶液の温度は、例えば、5℃以上50℃以下である。また、浸漬時間は、例えば、1分以上10時間以下である。その後、染色された生体試料を純水等で洗浄する。
【0031】
以上の工程により、電子顕微鏡観察用試料を作製することができる。
【0032】
1.3. 実施例1
以下、実施例を挙げて本実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって制限されるものではない。
【0033】
(1)試料作製
本実施例では、シスプラチン水溶液で染色された腎臓糸球体の(透過)電子顕微鏡観察用試料を作製した。具体的には、まず、灌流固定した腎臓糸球体を切り出し、カコジル酸緩衝2%パラホルムアルデヒドと2%グルタールアルデヒドとの混合液に浸漬し、前固定した。次に、前固定された腎臓糸球体を、カコジル酸緩衝液で洗浄し、2%四酸化オスミウムで後固定した。そして、上昇エタノール系列で脱水し、エポキシ樹脂に包埋した。
【0034】
次に、エポキシ樹脂に包埋された腎臓糸球体を薄片化した。薄片化は、ウルトラミクロトームを用いて行った。次に、薄片化された腎臓糸球体を、シスプラチン水溶液に室温で30分間浸漬した。なお、シスプラチン水溶液は、シスプラチン(SIGMA社製)を、蒸留水で溶解させることによって作製した。また、シスプラチン水溶液の濃度は、0.02質量%(飽和水溶液濃度)とした。その後、染色された腎臓糸球体を純水で洗浄した。このようにして、シスプラチン水溶液で染色された腎臓糸球体の電子顕微鏡観察用試料を作製した。
【0035】
なお、比較例として、白金ブルー(日新EM社製、10倍希釈)で染色された腎臓糸球体の電子顕微鏡観察用試料、および酢酸ウラニル(2%)で染色された腎臓糸球体の電子顕微鏡観察用試料を作製した。具体的には、シスプラチン水溶液にかえてそれぞれ白金ブルー、酢酸ウラニルを用いて染色した点を除いて、上述したシスプラチン水溶液で染色した場合の試料作製工程と同様の工程でこれらの試料を作製した。
【0036】
(2)観察結果
このようにして作製された電子顕微鏡観察用試料を、透過電子顕微鏡で観察した。
【0037】
図1は、シスプラチン水溶液で染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像である。図2は、白金ブルーで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像である。図3は、酢酸ウラニルで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像である。
【0038】
図1に示すように、シスプラチン水溶液で染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像では、核N、蛸足細胞P、内皮細胞E、赤血球R等が染色されていることが確認でき、これらが高いコントラストで鮮明に観察できた。また、図1に示す透過電子顕微鏡像では、図2に示す白金ブルーで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像、および図3に示す酢酸ウラニルで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像と同程度の高いコントラストが得られた。このように、シスプラチン水溶液は、高い染色効果(電子染色効果)を有することがわかった。
【0039】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤によれば、シスプラチンを含有していることにより、高い染色効果を有することができる。さらに、シスプラチンは、合成等の必要がなく、例えば、水等に溶解させるだけで電子染色剤として用いることができる。また、シスプラチンは、水溶液として安定した保存が可能であり、例えば、白金ブルーのように使用にあわせて合成する必要がない。したがって、簡便に電子染色を行うことができる。
【0040】
なお、シスプラチンは、その幾何異性体であるトランスプラチンに変換してしまう場合があるが、後述する第3実施形態で述べるように、トランスプラチンもシスプラチンと同程度の高い染色効果が得られる。
【0041】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の染色方法によれば、上述したように、簡便に電子染色を行うことができ、かつ高い染色効果を有する本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤を用いて染色するため、試料を、簡便かつ良好に染色することができる。
【0042】
2. 第2実施形態
2.1. 電子顕微鏡観察用試料の作製方法
次に、第2実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法について説明する。
【0043】
第2実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、上述した第1実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製工程に加えて、さらに、第1実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤に接触した試料を、鉛化合物を含有する染色液に接触させる工程を含む。
【0044】
具体的には、第2実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、シスプラチン水溶液で染色された試料を、鉛化合物を含有する染色液に浸漬する工程を含む。すなわち、第2実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法では、試料を、シスプラチン水溶液と鉛化合物を含有する染色液とによって二重染色する。
【0045】
鉛化合物としては、例えば、クエン酸鉛が挙げられる。このクエン酸鉛を含有する染色液(クエン酸鉛染色液)としては、例えば、レイノルド(Reynolds)法で処方されたものが挙げられる。クエン酸鉛染色液の温度は、例えば、5℃以上50℃以下である。また、浸漬時間は、例えば、1分以上10時間以下程度である。クエン酸鉛染色液に浸漬された試料は、純水等によって洗浄される。また、鉛化合物として、例えば、硝酸鉛を用いてもよい。以上の工程により、電子顕微鏡観察用試料を作製することができる。
【0046】
2.2. 実施例2
以下、実施例を挙げて本実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって制限されるものではない。
【0047】
(1)試料作製
本実施例では、シスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の電子顕微鏡観察用試料を作製した。具体的には、上述した実施例1と同様の工程で、腎臓糸球体をシスプラチン水溶液で染色し、このシスプラチン水溶液で染色された腎臓糸球体をレイノルドのクエン酸鉛染色液に室温で10分間浸漬し、その後、純水で洗浄した。
【0048】
また、比較例として、白金ブルーとクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の電子顕微鏡観察用試料、および酢酸ウラニルとクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の電子顕微鏡観察用試料を作製した。具体的には、シスプラチン水溶液にかえて、それぞれ白金ブルー、酢酸ウラニルを用いる点を除いて、上述したシスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色された試料の試料作製工程と同様の工程でこれらの試料を作製した。
【0049】
(2)観察結果
このようにして作製された電子顕微鏡観察用試料を、透過電子顕微鏡で観察した。図4は、シスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像である。図5は、白金ブルーとクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像である。図6は、酢酸ウラニルとクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像である。
【0050】
図4に示すように、シスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像では、核N、蛸足細胞P、内皮細胞E、赤血球R等が染色されていることが確認でき、これらが高いコントラストで鮮明に観察できた。また、図4に示す透過電子顕微鏡像では、図5に示す白金ブルーとクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像、および図6に示す酢酸ウラニルとクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像と同程度の高いコントラストが得られた。また、図4に示す透過電子顕微鏡像では、図1に示すシスプラチン水溶液のみで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像と比べて、より高いコントラストが得られた。このように、シスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色した場合、シスプラチン水溶液のみで染色した場合と比べて、より染色効果を高めることができることがわかった。
【0051】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法によれば、シスプラチン水溶液と鉛染色液とで二重染色を行うことにより、シスプラチン水溶液のみで染色を行った場合と比較して、より染色効果を高めることができる。
【0052】
3. 第3実施形態
3.1. 電子顕微鏡観察用染色剤
次に、第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤について説明する。
【0053】
第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、トランスプラチンを含有する。
【0054】
トランスプラチン(transplatin、トランス−ジアミンジクロロ白金(II)、trans−[PtCl(NH])は、シスプラチンの幾何異性体(シス−トランス異性体)である。シスプラチンは、短時間でトランスプラチンに変換するが、トランスプラチンは、安定な物質である。したがって、トランスプラチンは、シスプラチンに比べて、試薬の管理が容易である。
【0055】
第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、例えば、トランスプラチン水溶液である。トランスプラチン水溶液の濃度は特に限定されず、例えば、飽和水溶液濃度(約0.02質量%)である。なお、第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤の溶媒は、水に限定されず、例えば、エタノールや、エタノールと水の混合溶媒であってもよい。
【0056】
なお、第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤は、さらに、トランスプラチン以外の物質を含有していてもよい。
【0057】
3.2. 電子顕微鏡観察用試料の作製方法
次に、第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法について説明する。第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、上述した第1実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法と、シスプラチン水溶液にかえてトランスプラチン水溶液を用いる点を除いて、同じである。そのため、その詳細な説明を省略する。
【0058】
3.3. 実施例3
以下、実施例を挙げて本実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって制限されるものではない。
【0059】
(1)試料作製
本実施例では、トランスプラチン水溶液で染色された腎臓糸球体の電子顕微鏡観察用試料を作製した。具体的には、シスプラチン水溶液にかえてトランスプラチン水溶液を用いる点を除いて、上述した実施例1に記載した試料作製工程と同様の工程で作製した。なお、トランスプラチン水溶液は、トランスプラチン(SIGMA社製)を、蒸留水で溶解させることによって作製した。また、トランスプラチン水溶液の濃度は、0.02質量%(飽和水溶液濃度)とした。
【0060】
(2)観察結果
このようにして作製された電子顕微鏡観察用試料を、透過電子顕微鏡で観察した。図7は、トランスプラチン水溶液で染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像である。
【0061】
図7に示すように、トランスプラチン水溶液で染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像では、核N、蛸足細胞P、内皮細胞E、赤血球R等が染色されていることが確認でき、これらが高いコントラストで鮮明に観察できた。また、図7に示す透過電子顕微鏡像では、図1に示すシスプラチンで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像、図2に示す白金ブルーで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像、および図3に示す酢酸ウラニルで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像と同程度の高いコントラストが得られた。このように、トランスプラチン水溶液は、高い染色効果(電子染色効果)を有することがわかった。
【0062】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤によれば、トランスプラチンを含有していることにより、高い染色効果を有することができる。トランスプラチンは、合成等の必要がなく、例えば、水に溶解させるだけで電子染色剤として用いることができる。また、トランスプラチンは、水溶液として安定した保存が可能であり、例えば、白金ブルーのように使用にあわせて合成する必要がない。したがって、簡便に電子染色を行うことができる。
【0063】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の染色方法によれば、上述したように、簡便に電子染色を行うことができ、かつ高い染色効果を有する本実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤を用いて染色するため、試料を、簡便かつ良好に染色することができる。
【0064】
4. 第4実施形態
4.1. 電子顕微鏡観察用試料の作製方法
次に、第4実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法について説明する。
【0065】
第4実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、上述した第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製工程に加えて、さらに、第3実施形態に係る電子顕微鏡観察用染色剤に接触した試料を、鉛化合物を含有する染色液に接触させる工程を含む。
【0066】
具体的には、第4実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法は、トランスプラチン水溶液で染色された試料を、鉛化合物を含有する染色液に浸漬する工程を含む。すなわち、第4実施形態に係る電子顕微鏡用試料の作製方法では、試料を、シスプラチン水溶液と、鉛化合物を含有する染色液とによって二重染色する。
【0067】
第4実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の具体的な作製方法は、第2実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法と、シスプラチン水溶液にかえてトランスプラチン水溶液を用いる点を除いて、同様である。そのため、その詳細な説明を省略する。
【0068】
4.2. 実施例4
以下、実施例を挙げて本実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって制限されるものではない。
【0069】
(1)試料作製
本実施例では、トランスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の電子顕微鏡観察用試料を作製した。具体的には、シスプラチン水溶液にかえてトランスプラチン水溶液を用いる点を除いて、上述した実施例2に記載した試料作製工程と同様の工程で作製した。
【0070】
(2)観察結果
このようにして作製された電子顕微鏡観察用試料を、透過電子顕微鏡で観察した。図8は、トランスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像である。
【0071】
図8に示すように、トランスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像では、核N、蛸足細胞P、内皮細胞E、赤血球R等が染色されていることが確認でき、これらが高いコントラストで鮮明に観察できた。また、図8に示す透過電子顕微鏡像では、図5に示す白金ブルーとクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像、および図6に示す酢酸ウラニルとクエン酸鉛染色液とで二重染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像と同程度の高いコントラストが得られた。また、図8に示す透過電子顕微鏡像では、図7に示すトランスプラチン水溶液のみで染色された腎臓糸球体の透過電子顕微鏡像と比べて、より高いコントラストが得られた。このように、トランスプラチン水溶液とクエン酸鉛染色液とで二重染色した場合、トランスプラチン水溶液のみで染色した場合と比べて、より染色効果を高めることができる。
【0072】
本実施形態に係る電子顕微鏡観察用試料の作製方法によれば、トランスプラチン水溶液と鉛染色液とで二重染色を行うことにより、トランスプラチン水溶液のみで染色を行った場合と比較して、より染色効果を高めることができる。
【0073】
なお、上述した実施形態は一例であって、これらに限定されるわけではない。
【0074】
また、本発明は、実施の形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0075】
N 核、P 蛸足細胞、E 内皮細胞、R 赤血球

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シスプラチンを含有する、電子顕微鏡観察用染色剤。
【請求項2】
トランスプラチンを含有する、電子顕微鏡観察用染色剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電子顕微鏡観察用染色剤に試料を接触させる工程を含む、電子顕微鏡観察用試料の染色方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記電子顕微鏡観察用染色剤に接触した試料を、鉛化合物を含有する染色液に接触させる工程をさらに含む、電子顕微鏡観察用試料の染色方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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