説明

電気化学反応計測方法および電気化学反応計測装置

【課題】分極状態の影響を考慮した計測が可能となる電気化学反応計測方法および電気化学反応計測装置を提供する。
【解決手段】応答信号を摂動信号の位相と対応付けて取得する。取得された応答信号のうち、上記位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出する。例えば、摂動信号が正または負の値を示すそれぞれの期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被計測物に摂動信号を与え、前記摂動信号により生ずる応答信号に基づいて前記被計測物の電気化学反応に関する計測を行う電気化学反応計測方法および電気化学反応計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池、その他の電池のインピーダンスを計測する方法として、電池に摂動信号を与え、そのときの応答信号に基づいてインピーダンスを算出する方法が知られている。この方法では、ある動作点(出力電流Idc、出力電圧Vdc)での発電を行い、さらに周波数fの交流電流摂動Iacを重畳させ、その電圧応答信号Vacを取得し、周波数fにおけるインピーダンスを算出する。あるいは上記動作点で周波数fの交流電圧摂動Vacを重畳させ、その電流応答信号Iacを取得し、周波数fにおけるインピーダンスを算出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−250365号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、下記の化学反応式((1)式)は、インピーダンス計測時の動作点(出力電流Idc、出力電圧Vdc)における反応のバランス(分極状態)を示している。
【0005】
【数1】

【0006】
ここでは、簡単な例として物質Aの酸化還元反応を示しているが、分極状態とは、この化学反応式において右向きの反応が左向きの反応よりも盛んであり、外部からは右向きの反応が起こっているように観察される状態のことである。
【0007】
このように、電池のインピーダンス計測では、ある動作点(分極状態)で安定した(平衡状態に達した)系に、さらに摂動信号を与えた状態でインピーダンス計測を行っている。このため、分極方向の摂動に対する応答と、分極と反対方向の摂動に対する応答は異なる可能性がある。しかしながら、従来のインピーダンス計測では、両方の応答をまとめてインピーダンスを算出しており、分極状態の影響を考慮したうえで電池の応答を詳細に分析することができない。
【0008】
本発明の目的は、分極状態の影響を考慮した計測が可能となる電気化学反応計測方法および電気化学反応計測装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の電気化学反応計測方法は、被計測物に摂動信号を与え、前記摂動信号により生ずる応答信号に基づいて前記被計測物の電気化学反応に関する計測を行う電気化学反応計測方法において、前記応答信号を前記摂動信号の位相と対応付けて取得するステップと、前記取得するステップにより取得された応答信号のうち、前記位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するステップと、を備えることを特徴とする。
この電気化学反応計測方法によれば、取得された応答信号のうち、位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するので、分極状態の影響を考慮した計測が可能となる。
【0010】
前記算出するステップでは、前記摂動信号が正または負の値を示す期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出してもよい。
【0011】
前記算出するステップでは、前記摂動信号の時間微分が正または負の値を示す期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出してもよい。
本発明の電気化学反応計測装置は、被計測物に摂動信号を与え、前記摂動信号により生ずる応答信号に基づいて前記被計測物の電気化学反応に関する計測を行う電気化学反応計測装置において、前記応答信号を前記摂動信号の位相と対応付けて取得する応答信号取得手段と、前記応答信号取得手段により取得された応答信号のうち、前記位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段と、を備えることを特徴とする。
この電気化学反応計測装置によれば、取得された応答信号のうち、位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するので、分極状態の影響を考慮した計測が可能となる。
【0012】
前記インピーダンス算出手段は、前記摂動信号が正または負の値を示す期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出してもよい。
【0013】
前記インピーダンス算出手段は、前記摂動信号の時間微分が正または負の値を示す期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出してもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の電気化学反応計測方法によれば、取得された応答信号のうち、位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するので、分極状態の影響を考慮した計測が可能となる。
【0015】
本発明の電気化学反応計測装置によれば、取得された応答信号のうち、位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するので、分極状態の影響を考慮した計測が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明による電気化学反応計測方法を行うための計測装置の構成を示すブロック図。
【図2】本発明による電気化学反応計測方法における手順を示すフローチャート。
【図3】動作点(Idc,Vdc)において、周波数f、振幅Iacの電流摂動信号を電流(Idc)に重畳した例を示す図。
【図4】摂動信号の位相による分割方法を示す図であり、(a)は摂動信号および応答信号の波形を例示する図、(b)は摂動信号の極性に応じてその周期を2つの期間に分割する例を示す図、(c)は摂動信号の極性に加えて摂動信号のピークの前後によってフェイズを4つに分離した例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明による電気化学反応計測方法の実施形態について説明する。
【0018】
図1は、本発明による電気化学反応計測方法を行うための計測装置の構成を示すブロック図である。
【0019】
図1に示すように、被計測物である燃料電池1には電子負荷2が接続され、電子負荷2を介して電池1に所定の動作点が与えられるとともに、その動作点における動作電圧または動作電流に摂動信号(電圧摂動信号または電流摂動信号)が重畳される。
【0020】
図1に示すように、計測装置3は、応答信号を摂動信号の位相と対応付けて取得する応答信号取得手段31と、応答信号取得手段31により取得された応答信号のうち、位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段32と、を備える。また、計測装置3には電子負荷2を制御する負荷制御部33と、インピーダンス算出手段32におけるインピーダンスの算出結果等を表示する表示部34と、が設けられる。
【0021】
図2のステップS1〜ステップS9は、インピーダンス計測の手順を示すフローチャートである。
【0022】
図2のステップS1では、ユーザの指示に基づいて計測条件が設定される。ここでは、測定を行う動作点(IdcあるいはVdc)、摂動信号の周波数、および摂動信号の振幅が設定される。
【0023】
次に、ステップS2では、負荷制御部33により電子負荷2を制御することで、ステップS1で設定された動作点において、燃料電池1の発電を開始する。
【0024】
次に、ステップS3では、燃料電池1の発電状態が安定するのを待って、ステップS4へ進む。
【0025】
ステップS4では、負荷制御部33により電子負荷2を制御することで、ステップS1で設定された計測条件に応じた摂動信号(電圧摂動信号または電流摂動信号)を上記動作点の電圧(Vdc)または電流(Idc)に重畳する。
【0026】
図3は、動作点(Idc,Vdc)において、周波数f、振幅Iacの電流摂動信号を電流(Idc)に重畳した例を示している。この場合、電流摂動信号に対する電圧応答信号(Vac)が取得される。
【0027】
次に、ステップS5では、応答信号取得手段31により所定のタイミングで現在の応答信号の値を取得するとともに、負荷制御部33から現在の摂動信号の極性を取得する。
【0028】
次に、ステップS6では、ステップS5で取得された摂動信号の極性が正か否か判断し、判断が肯定されればステップS7へ進み、判断が否定されればステップS8へ進む。
【0029】
ステップS7では、ステップS5で取得された応答信号の値に正のマークを付して当該値を保存し、ステップS9へ進む。一方、ステップS8では、ステップS5で取得された応答信号の値に負のマークを付して当該値を保存し、ステップS9へ進む。
【0030】
ステップS9では、すべての応答信号値の取得が終了したか否か判断し、判断が肯定されれば処理を終了し、判断が否定されればステップS5へ戻る。
【0031】
このように、図2に示す手順では、取得された応答信号に対し、現在の摂動信号の極性に応じたマークを付して保存している。
【0032】
なお、応答信号値の計測精度を向上させたい場合には、ステップS5〜ステップS9の繰り返し回数を増加させればよい。また、摂動信号の周波数を切り替える場合には、各周波数についてステップS4〜ステップS9の処理を実行すればよい。
【0033】
図2のステップS11〜ステップS12は、インピーダンス算出手段32における処理手順を示すフローチャートである。この処理は、応答信号値の取得処理(ステップS1〜ステップS9)により保存された応答信号値を用いて実行される。
【0034】
図2のステップS11では、応答信号値の取得処理(ステップS1〜ステップS9)により保存された応答信号値から正のマークを付したものを抽出し、抽出された応答信号値に基づいてインピーダンスを算出する。
【0035】
次に、ステップS12では、応答信号値の取得処理(ステップS1〜ステップS9)により保存された応答信号値から負のマークを付したものを抽出し、抽出された応答信号値に基づいてインピーダンスを算出して、処理を終了する。
【0036】
図4(a)は、摂動信号および応答信号の波形を例示する図である。
【0037】
図4(a)に示すように、摂動信号として正弦波を与えた場合でも、燃料電池1における分極状態の影響を受け、応答信号は正負の対称性がくずれて歪みをもった波形をとる。
【0038】
図4(b)に示すように、上記実施形態では、摂動信号の極性に応じてその周期を2つの期間に分割するとともに、それぞれの期間におけるインピーダンスを算出しているため、インピーダンスを摂動信号の正負、それぞれに対応する値として算出できる。
【0039】
また、図4(c)では、摂動信号の極性に加えて、摂動信号のピークの前後によってフェイズ(I〜IV)を分離した例を示している。この場合には、摂動信号の値の正負および摂動信号の時間微分の値の正負の組み合わせにより、摂動信号の周期を4つのフェイズに分離しており、各フェイズでのインピーダンスを独立して算出することが可能となる。
【0040】
以上説明したように、本発明の電気化学反応計測方法によれば、取得された応答信号のうち、位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するので、分極状態の影響を考慮した計測が可能となる。これにより、被計測物における電気化学的挙動等をより詳細に分析することが可能となる。
【0041】
本発明の適用範囲は上記実施形態に限定されることはない。本発明は、被計測物に摂動信号を与え、前記摂動信号により生ずる応答信号に基づいて前記被計測物の電気化学反応に関する計測を行う電気化学反応計測方法および電気化学反応計測装置に対し、広く適用することができる。
【符号の説明】
【0042】
31 応答信号取得手段
32 インピーダンス算出手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被計測物に摂動信号を与え、前記摂動信号により生ずる応答信号に基づいて前記被計測物の電気化学反応に関する計測を行う電気化学反応計測方法において、
前記応答信号を前記摂動信号の位相と対応付けて取得するステップと、
前記取得するステップにより取得された応答信号のうち、前記位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するステップと、
を備えることを特徴とする電気化学反応計測方法。
【請求項2】
前記算出するステップでは、前記摂動信号が正または負の値を示す期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出することを特徴とする請求項1に記載の電気化学反応計測方法。
【請求項3】
前記算出するステップでは、前記摂動信号の時間微分が正または負の値を示す期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出することを特徴とする請求項1または2に記載の電気化学反応計測方法。
【請求項4】
被計測物に摂動信号を与え、前記摂動信号により生ずる応答信号に基づいて前記被計測物の電気化学反応に関する計測を行う電気化学反応計測装置において、
前記応答信号を前記摂動信号の位相と対応付けて取得する応答信号取得手段と、
前記応答信号取得手段により取得された応答信号のうち、前記位相が所定の範囲にある応答信号を用いてインピーダンスを算出するインピーダンス算出手段と、
を備えることを特徴とする電気化学反応計測装置。
【請求項5】
前記インピーダンス算出手段は、前記摂動信号が正または負の値を示す期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出することを特徴とする請求項4に記載の電気化学反応計測装置。
【請求項6】
前記インピーダンス算出手段は、前記摂動信号の時間微分が正または負の値を示す期間の応答信号を用いてインピーダンスを算出することを特徴とする請求項4または5に記載の電気化学反応計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−281587(P2010−281587A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−132947(P2009−132947)
【出願日】平成21年6月2日(2009.6.2)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【Fターム(参考)】