説明

電気化学赤外分光装置

【課題】高感度赤外吸収反射法において、より感度の高いその場測定を行うことができる電気化学赤外分光装置を提供する。
【解決手段】作用電極と、当該作用電極と対をなす対電極と、当該作用電極の電位規定用の参照電極と、赤外光が入射される窓材とを有し、当該作用電極と当該窓材との間隙に電解液が存在し、前記窓材から直進した赤外光が全反射することなく前記電解液に入射し、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面に到達し、当該電極表面で反射し、検出器に到達することによって、電極表面からの赤外光の反射光強度をその場測定する電気化学赤外分光装置であって、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではないことを特徴とする、電気化学赤外分光装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極表面をその場(in situ)測定することができる電気化学赤外分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
赤外分光法による電極表面反応のその場測定は、電極表面上や電極表面近傍に存在する
化学種を検出・同定することで、電極反応機構の解明が可能となることから、電気化学の
発展に大きく貢献する技術として期待されている。
【0003】
赤外分光によって電極表面反応をその場測定する方法としては、全反射吸収測定法(Attenuated‐Total‐Reflection;ATR)が挙げられる。全反射吸収測定法は、プリズムと金属薄膜とを密着させ、プリズムから金属薄膜を通じて電解液内部へわずかに染み出す光(エバネッセント波)の反射を測定するものである。全反射吸収測定法において、赤外光は電解液層内を通過しないので、電解液による赤外光の吸収が小さく、電解液層を厚くすることができる。
【0004】
特許文献1は、全反射吸収測定法においてプリズムにおける赤外光の最大光路長が10mm以下となる寸法を有するものを用いることによって、プリズム自身による赤外光の吸収を抑制する技術を開示している。
【0005】
また全反射プリズムを用いた測定においては、プリズム上に金属薄膜を蒸着しその上に試料を導入するクレツマン(Kretschmann)配置、及び全反射プリズムと金属板もしくは金属薄膜との微小空間に試料を挟むオットー(Otto)配置の、主に2種類の配置方法がよく知られている。クレツマン配置においては、光が金属薄膜を形成する金属微粒子に入射することにより、金属微粒子のプラズマ振動が励起され微粒子近傍に局所電場が形成される。また、オットー配置においては、全反射プリズム−金属薄膜間を一つの空洞と考えると、プリズム−金属間で全反射が繰り返され、光が空洞中に閉じ込められることにより干渉電場が励起される。この局在電場又は干渉電場によって、赤外吸収を増大させ、検出感度を向上させることが可能である。
【0006】
特許文献2は、粘性もしくは液体の試料を金属中に担持できるように、網状金属または溝を形成した金属を全反射プリズム表面に設けることにより、局在電場及び干渉電場の両方を発生させ、金属に接した試料の赤外吸収をより増大させる技術を開示している。
【0007】
【特許文献1】特開2007−78487号公報
【特許文献2】特開平7−229829号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1及び2において用いられている全反射吸収測定法においては、金属薄膜を透過した赤外線にて、金属薄膜と電解液との界面を観察するため、正確な情報を得にくい。また、電解質内部にわずかに染み出すエバネッセント波による全反射の変化を検出するため、高い感度の測定は期待できない。
【0009】
このような全反射吸収測定法の問題点は、高感度赤外吸収反射法(Infrared Reflction Absorption Spectroscopy;IRAS)によって解決する。高感度赤外吸収反射法は、電極と電解液との界面に赤外光を入射、反射させ、反射光の強度を測定することにより、電極表面を観察するものである。
本発明は、高感度赤外吸収反射法において、より感度の高いその場測定を行うことができる電気化学赤外分光装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の電気化学赤外分光装置は、作用電極と、当該作用電極と対をなす対電極と、当該作用電極の電位規定用の参照電極と、赤外光が入射される窓材とを有し、当該作用電極と当該窓材との間隙に電解液が存在し、前記窓材から直進した赤外光が全反射することなく前記電解液に入射し、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面に到達し、当該電極表面で反射し、検出器に到達することによって、電極表面からの赤外光の反射光強度をその場測定する電気化学赤外分光装置であって、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではないことを特徴とする。
【0011】
このような構成の電気化学赤外分光装置は、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではないため、前記窓材から直進し、全反射することなく電極表面に到達し、電極表面で反射した赤外光の方向が、前記窓材に入射し、前記窓材の前記電解液に接する面において全反射した赤外光の方向と異なることにより、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができ、高い検出精度のその場測定が可能である。また、高感度赤外吸収反射法の従来知られている手法とは異なり、作用電極を窓材に強く押し付ける必要がない。さらに、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面との間に、電解液が比較的多量に存在することから、前記作用電極と前記対電極間での電解液の拡散が起こりやすいため電流密度分布が生じにくく、したがって、速い掃引速度による電気化学測定や、微小時間における電気化学測定が可能である。
【0012】
本発明の電気化学赤外分光装置は、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面に対して、前記窓材の前記電解液に接する面を傾けて設置することが好ましい。
【0013】
このような構成の電気化学赤外分光装置は、既に設置されている赤外光源及び赤外光検出器の位置や構成を変えること無く、前記窓材の前記電解液に接する面を傾けるだけで、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができ、高い検出精度のその場測定が可能である。
【0014】
本発明の電気化学赤外分光装置は、前記窓材が半球状又は半円柱状であり、前記窓材の凸面部から赤外光が入射することが好ましい。
【0015】
このような構成の電気化学赤外分光装置は、赤外光のスポット径を、焦点をぼかさずに微小領域に絞り込むことができる。
【0016】
本発明の電気化学赤外分光装置の一形態としては、前記窓材が六面体状であり、当該窓材の前記電解液に接する面と、当該窓材の前記電解液側と反対側の面とが平行ではないという構成をとることができる。
【0017】
このような構成の電気化学赤外分光装置は、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面と、前記窓材の前記電解液側と反対側の面とを平行に設置することにより、自然と前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではない、ある一定の角度を持つという配置を容易にとることができる。
【0018】
本発明の電気化学赤外分光装置は、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とのなす角度が、0.1〜5°であることが好ましい。
【0019】
このような構成の電気化学赤外分光装置は、前記作用電極の表面で反射した赤外光の強度が前記電解液による赤外吸収により弱まることが無く、且つ、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではないため、前記窓材から直進し、全反射することなく電極表面に到達し、電極表面で反射した赤外光の方向が、前記窓材に入射し、前記窓材の前記電解液に接する面において全反射した赤外光の方向と異なることにより、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができ、高い検出精度のその場測定が可能である。また、高感度赤外吸収反射法の従来知られている手法とは異なり、作用電極を窓材に強く押し付ける必要がない。さらに、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面との間に、電解液が比較的多量に存在することから、前記作用電極と前記対電極間での電解液の拡散が起こりやすいため電流密度分布が生じにくく、したがって、速い掃引速度による電気化学測定や、微小時間における電気化学測定が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の電気化学赤外分光装置は、作用電極と、当該作用電極と対をなす対電極と、当該作用電極の電位規定用の参照電極と、赤外光が入射される窓材とを有し、当該作用電極と当該窓材との間隙に電解液が存在し、前記窓材から直進した赤外光が全反射することなく前記電解液に入射し、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面に到達し、当該電極表面で反射し、検出器に到達することによって、電極表面からの赤外光の反射光強度をその場測定する電気化学赤外分光装置であって、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではないことを特徴とする。
【0022】
作用電極とは、実際に電解液との電子の授受を行う電極である。特に本発明の場合には、電極反応における作用電極自体の表面の変化をその場測定する装置であるので、その目的に合った電極の材質の種類を選択することができる。たとえば、リチウムイオン二次電池における電極反応を測定したい場合には、LiCoO、LiMnO、LiNiO、LiNi0.8Co0.2、Li(NiCoMn)O等を用いることができる。
なお、作用電極の電解液に接する電極表面は予め研磨されていることが必要である。その理由は、本手法では赤外光が電極表面で反射するため、十分な反射率を得る必要があるからである。研磨の方法としては、バフ研磨、CMP等が挙げられる。
【0023】
対電極とは、作用電極で発生するのと同じ電流値を系に返すための電極であり、作用電極よりも格段大きな表面積が必要とされる。具体的には、メッシュ状白金電極、コイル状白金電極、メッシュ状ニッケル電極、コイル状ニッケル電極、メッシュ状SUS電極、コイル状SUS電極、又はリチウムイオン二次電池用電解液中ではこれら電極にLi金属をはりつけた電極を用いることができる。
【0024】
参照電極とは、作用電極の電位を決定する際の基準となる電極である。飽和カロメル(水銀)電極(Hg/Hg2+)、銀電極(Ag/AgCl)、Li金属電極(リチウムイオン二次電池用電解液の場合)を用いることができる。
【0025】
電解液は、基本的にどの溶媒も用いることができる。特に本発明の場合には、作用電極表面の変化を観察する装置であるので、溶媒の有する電位窓に依存せず測定を行うことができる。たとえば、リチウムイオン二次電池における電極反応を観察したい場合には、LiPF溶液、LiBF溶液を用いることができる。
また、測定対象によっては脱水・脱気が必要となる場合もある。
【0026】
図1は、本発明の電気化学赤外分光装置における窓材、電解液及び作用電極の位置関係、並びに赤外光の経路を記した断面模式図である。窓材は半球状又は半円柱状のものを用いた例を示しており、赤外光は紙面上を走るものとする。また、実際には赤外光路は窓材の半円弧上の一点と、半円の中心近傍とを結ぶものであるが、図1では反射及び屈折の様子を分かりやすく示すため、実際とは赤外光路をずらして作図している。なお、半円柱状窓材を用いる場合は、当該半円柱状窓材の有する半円面が、紙面と平行になる向きで設置されるものとする。
作用電極の電解液に接する電極表面1aと半球状又は半円柱状窓材2の電解液3に接する面とのなす角度がθであるように、作用電極1及び前記窓材2が設置されている。前記電解液3は作用電極周囲、及び前記表面1aと前記窓材2との間隙に存在している。前記表面1aと、前記窓材2の前記電解液3側に接する面とは互いに接している必要はないが、接していても本発明の効果は損なわれない。
入射光4は前記窓材2と前記電解液3との界面において、角度θで前記電解液3へと入射し、角度θで屈折する。このとき、前記窓材2における全反射も同時に起き、その全反射角は入射角と同じθである。
角度θで屈折した赤外光は前記表面1aで反射した後、前記電解液3と前記窓材2との界面において、角度θで前記窓材2へと入射し、角度θで屈折した後、前記窓材2を出て、検出器において検出される。
このとき、反射光5は、前記窓材2の前記電解液3に接する面における法線から角度θで前記窓材2を出るのに対し、全反射光6は、前記窓材2の前記電解液3に接する面における法線から角度θで前記窓材2を出る。したがって、反射光5と全反射光6とは互いに異なる方向に進むことから、反射光5のみを検出することができる。
【0027】
図12は、高感度赤外吸収反射法の従来の手法を用いた電気化学赤外分光装置における窓材、電解液及び作用電極の位置関係、並びに赤外光の経路を記した断面模式図である。なお、図12においても図1同様、赤外光路をずらして作図している。
この従来の手法においては、作用電極の電解液に接する電極表面1aと、窓材である半球型又は半円柱型窓材2との間隙に電解液3が存在し、前記表面1aと、前記窓材2の電解液に接する面は平行である。この従来の手法の構成を用いると、入射光4が前記窓材2と前記電解液3との界面において、角度θで前記電解液3へと入射したとき、作用電極1における反射光7及び前記窓材2における全反射光8はいずれも、前記窓材2の前記電解液3に接する面における法線から角度θで前記窓材2を出る。したがって、反射光7及び全反射光8は同じ方向に進むことから、反射光7のみを検出することはできず、高い検出精度の観測は望めない。
【0028】
このように、本発明の電気化学赤外分光装置は、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではないため、前記窓材から直進し、全反射することなく電極表面に到達し、電極表面で反射した赤外光の方向が、前記窓材に入射し、前記窓材において全反射した赤外光の方向と異なることにより、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができ、高い検出精度のその場測定が可能である。
また、高感度赤外吸収反射法の従来知られている手法においては、図12に示した様に作用電極表面における反射光と窓材における全反射光とが同時に検出されるため、作用電極表面からの反射光のスペクトルのみを効率よく得るためには、作用電極を窓材に強く押し付け、電解液がなす層の厚みをできるだけ薄くすることが必要不可欠であった。しかし本発明においては、上述した理由により作用電極表面における反射光のみを検出できるため、作用電極を窓材に強く押し付ける必要がない。
さらに、上述した作用電極を窓材に強く押し付ける従来法は、電解液がなす層の厚みが薄いため、作用電極の電解液に接する電極表面と対電極との間では電解液の拡散が起こりにくく、したがって作用電極の電解液に接する電極表面の中心部と端部で電流密度が異なるという、いわゆる電流密度分布が生じ易い構成であった。しかし、本発明においては前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面との間に、電解液が比較的多量に存在することから、前記作用電極と前記対電極間での電解液の拡散が起こりやすいため電流密度分布が生じにくく、したがって、速い掃引速度による電気化学測定や、微小時間における電気化学測定が可能である。
【0029】
図1に示したように、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面に対して、前記窓材の前記電解液に接する面を傾けて設置することが好ましい。これは、既に設置されている赤外光源及び赤外光検出器の位置や構成を変えること無く、前記窓材の前記電解液に接する面を傾けるだけで、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができ、高い検出精度のその場測定が可能であるからである。
【0030】
さらに、図1に示したように、前記窓材が半球状又は半円柱状であり、前記窓材の凸面部から赤外光が入射することが好ましい。これは、赤外光のスポット径を、焦点をぼかさずに微小領域に絞り込むことができるからである。
【0031】
前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とのなす角度θが、0.1〜5°であるのが好ましい。
角度θが0.1°未満であると、本発明の効果である、前記作用電極表面で反射した赤外光のみの検出が行えず、検出精度を向上させることができない。また、0.1°未満の角度θを精密に制御することは、装置又は窓材の加工精度上限界がある。
角度θが5°を超えると、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面と前記窓材との間隙に存在する電解液の層が厚くなり過ぎるため、前記作用電極の表面で反射した赤外光の強度が前記電解液による赤外吸収により弱まり、期待される強度の赤外光を検出することができない。
なお、角度θは0.3°〜3°であるのがより好ましく、1°〜3°であるのが最も好ましい。
【0032】
図2は、本発明の電気化学赤外分光装置の一形態である、六面体状の窓材、電解液及び作用電極の位置関係、並びに赤外光の経路を記した断面模式図である。六面体状窓材には、当該窓材の前記電解液に接する面と、当該窓材の前記電解液側と反対側の面とが平行ではないものを用いている。
【0033】
作用電極の電解液に接する電極表面11aと、六面体状窓材12の前記電解液側と反対側の面とが平行になるように、作用電極11と六面体状窓材12が設置されている。このとき、前記窓材12の前記電解液13に接する面と、前記窓材12の前記電解液13側と反対側の面とのなす角度をθとすると、前記表面11aと、前記窓材12の前記電解液13に接する面とのなす角度も自然とθに設定される。前記表面11aと、前記窓材12の前記電解液13側に接する面とは互いに接している必要はないが、接していても本発明の効果は損なわれない。
入射光14は前記窓材12と前記電解液13との界面において、角度θで前記電解液13へと入射し、角度θで屈折する。このとき、前記窓材12内への全反射も同時に起き、その全反射角は入射角と同じθである。
角度θで屈折した赤外光は前記表面11aで反射した後、前記電解液13と前記窓材12との界面において、角度θで前記窓材12へと入射し、角度θで屈折し、前記窓材12を出て、検出器において検出される。
このとき、反射光15は、前記窓材12の前記電解液13に接する面の法線から角度θで前記窓材12を出るのに対し、全反射光16は、前記窓材12の前記電解液13に接する面の法線から角度θで前記窓材12を出る。したがって、反射光15と全反射光16は互いに異なる方向に進むことから、反射光15のみを検出することができる。
【0034】
このように、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面と、前記窓材の前記電解液側と反対側の面とを平行に設置することにより、自然と前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではない、ある一定の角度を持つという配置を容易にとることができる。
【0035】
図3は、本発明の電気化学赤外分光装置の一形態である、六面体状窓材を用いた際の、当該窓材の有する角度、電解液及び作用電極の位置関係、並びに赤外光の経路を記した断面模式図である。
図3に示すように、前記窓材の前記電解液側と反対側の面と、当該面と辺を共有する四つの面とのなす角度が、いずれも等しい角度αであるのが好ましい。これは、赤外光源から窓材への入射光と、窓材から出て検出器で検出される反射光が、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面に対して等しい角度を持って入射/反射することが好ましいからである。α=95°〜135°であるのがより好ましく、α=100°〜125°であるのが最も好ましい。
【0036】
窓材の形状としては、上述した半球状及び半円柱状の他にも、四角錐(ピラミッド型)状、台形柱状等を用いることができる。また図3に示した断面模式図において、角度αが上述した条件を満たすものであるならば、窓材の形状は上述した六面体状には限られない。
窓材に用いる材料としては、高感度赤外吸収反射法で従来用いられている材料を用いることができ、例えば、CaF、BaF、MgF、NaClなど、絶対屈折率が1.4〜1.5のものを用いるのが好ましい。
なお、窓材は赤外光が出入りする側面を光学研磨することが必要である。
【0037】
本発明に係る作用電極の直径は1mmφ〜50mmφであるのが好ましい。これは、仮に直径が1mmφ未満であるとすると、作用電極の大きさが微小電極に近づく為、本来知りたい電気化学反応と律速段階が異なる可能性があり、また、直径が50mmφを超えるとすると、電極面内の電流分布が均一でなくなり、電位が一定とならないからである。なお、作用電極の直径は2mmφ〜30mmφであるのがより好ましく、3mmφ〜20mmφであるのが最も好ましい。
【0038】
以下、本発明の典型例について、図を用いて詳細に説明する。図4は、本発明の典型例である電気化学赤外分光装置の構成を示した断面模式図であり、半球状窓材を用いた場合を示した図である。なお、図1乃至3で示した窓材と電解液との界面における赤外光の屈折は、装置全体のスケールからは無視できるほど小さいことから、図中では考慮しないこととした。
【0039】
まず始めに、電気化学セルの組み立てを行う。当該セル内の作用電極21、対電極31、参照電極32の位置は、電気化学的条件や、測定に用いる光学系の位置に制約されるため、厳密に決定する必要がある。
これらの電極の位置を決定後、全面が光学研磨された半球状窓材22を、当該窓材22の電解液側の面が、作用電極の電解液に接する電極表面21aに対して角度θになるように傾けて設置する。このとき、セルの側面が予め当該窓材22を傾けて設置できるように設定されていることが好ましい。また、作用電極と対電極間での電解液の拡散を高めるために、前記表面21aと前記窓材22の電解液に接する面との距離が最も遠い側に対電極31が設置されている構成であるのが好ましい。さらに不活性雰囲気下で電気化学測定を行う場合には、セルの側面と前記窓材22との間にOリング35を組み込み、セル内の気密性を高める必要がある。前記窓材22の設置後、窓材設置台36と金具37によって当該窓材22を固定する。
前記窓材22の固定後、必要があればセル内を不活性ガスで置換した後、電解液を必要量加えて、上述した電極を、電極間の電位や電流値などが設定できる電気化学装置に接続することで、電気化学セルの組み立てが完了する。
【0040】
光学系は既存の赤外分光装置を用いることができる。図4に示した光学系はその概略であり、実際には図示したよりも複雑な構成であっても構わない。
なお赤外分光装置としては、フーリエ変換型赤外分光光度計(FT‐IR)、分散型赤外分光光度計などを用いることができるが、高感度の分析が可能で、且つ数秒単位で分析でき、さらに波数精度及び波数再現性が良いことから、FT‐IRを用いることが好ましい。
【0041】
測定方法は以下の通りである。光源から出た赤外光24は凹面鏡33によって集光された後、半球状窓材22に入射する。以下、作用電極の電解液に接する電極表面21aに赤外光が反射し、半球状窓材22から反射光25が射出されるまでの経緯は図1に示した通りである。当該反射光25と、前記窓材22の電解液23に接する面で全反射した全反射光26とは、それぞれ互いに異なる方向に射出されることから、前記反射光25のみを凹面鏡34によって集光することができる。集光された前記反射光25は、検出器で検出され、高速フーリエ変換を行うことで、望むスペクトルを得ることができる。
【0042】
以下、本発明の変形例について、図を用いて説明する。図5は、本発明の変形例である電気化学赤外分光装置の構成を示した断面模式図であり、六面体状窓材を用いた場合を示した図である。なお図4同様に、窓材と電解液との界面における赤外光の屈折は図中では考慮しないこととした。
図5に示す電気化学赤外分光装置の構成は、図4に示した典型例の半球状窓材22を、少なくとも赤外光が出入りする面が光学研磨された六面体状窓材42に置き換えた構成である。典型例で用いた半球状窓材22とは異なり、六面体状窓材42は予め測定できる角度θが決められていることから、設定したい角度θごとに測定に適した前記窓材42を準備する必要がある。また、窓材設置台36と金具37によって前記窓材42を固定する際に、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面と、前記窓材42の前記電解液側と反対側の面とが平行になるように設置する必要がある。
光学系及び測定方法は、上述した典型例と同様である。
【0043】
このような構成の電気化学赤外分光装置は、窓材の電解液に接する面と、作用電極の電解液に接する電極表面とが平行ではないため、前記窓材から直進し、全反射することなく電極表面に到達し、電極表面で反射した赤外光の方向が、前記窓材に入射し、前記窓材の前記電解液に接する面において全反射した赤外光の方向と異なることにより、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができ、高い検出精度のその場測定が可能である。また、高感度赤外吸収反射法の従来知られている手法とは異なり、前記作用電極を窓材に強く押し付ける必要がない。さらに、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面との間に、電解液が比較的多量に存在することから、前記作用電極と対電極間での電解液の拡散が起こりやすいため電流密度分布が生じにくく、したがって、速い掃引速度による電気化学測定や、微小時間における電気化学測定が可能である。
また、既に設置されている赤外光源、赤外光検出器の位置や構成を変えること無く、前記窓材の前記電解液に接する面を傾けるだけで、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができ、高い検出精度のその場測定が可能である。
さらに、前記窓材が半球状又は半円柱状であることによって、赤外光のスポット径を、焦点をぼかさずに微小領域に絞り込むことができる。
そして、前記窓材が上述したような六面体状であることによって、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面と、前記窓材の前記電解液側と反対側の面とを平行に設置することにより、自然と前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではない、ある一定の角度を持つという配置を容易にとることができる。
また、前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが上述したような適切な角度をなすことにより、前記作用電極の表面で反射した赤外光の強度が前記電解液による赤外吸収により弱まることが無く、且つ、前記作用電極表面で反射した赤外光のみを検出することができる。
【実施例】
【0044】
1.作用電極表面のその場測定
上述した典型例(図4)の電気化学赤外分光装置の構成を用いて、作用電極表面のその場FT‐IR測定を行った。電気化学セル条件、電気化学装置条件及び測定条件は以下の通りである。
【0045】
[実施例1]
(電気化学セル条件)
作用電極:LiCoO薄膜(Au基板上)
作用電極の直径:15mmφ
対電極:Li金属
参照電極:Li金属
電解液:LiPF溶液(1M、EC:DEC=1:1(vol/vol))
窓材:BaF(半球状窓材)、研磨精度高
角度θ:1°
備考:なし
(電気化学装置条件)
開回路電位、3時間放置後FT−IR測定。
(FT‐IR測定条件)
測定データ種類:シングルビームスペクトル
積算回数:100回
分解能:8cm−1
偏光:p偏光
【0046】
[実施例2]
(電気化学セル条件)
角度θ:3°
備考:なし
その他の電気化学セル条件、電気化学装置条件及びFT‐IR測定条件は実施例1と同一である。
【0047】
[比較例1]
(電気化学セル条件)
角度θ:0°
備考:作用電極を窓材に強く押し付け、作用電極と窓材間の間隙をできる限り無くした。
その他の電気化学セル条件、電気化学装置条件及びFT‐IR測定条件は実施例1と同一である。
【0048】
[比較例2]
(電気化学セル条件)
角度θ:0°
備考:作用電極‐窓材間の赤外光路以外の部分に、厚さ0.1mmのポリプロピレン微多孔膜を1枚挟んだ。
その他の電気化学セル条件、電気化学装置条件及びFT‐IR測定条件は実施例1と同一である。
【0049】
[比較例3]
(電気化学セル条件)
角度θ:0°
備考:作用電極‐窓材間の赤外光路以外の部分に、厚さ0.1mmのポリプロピレン微多孔膜を2枚挟んだ。
その他の電気化学セル条件、電気化学装置条件及びFT‐IR測定条件は実施例1と同一である。
【0050】
[比較例4]
(電気化学セル条件)
角度θ:0°
備考:作用電極‐窓材間を5mm空けた。
その他の電気化学セル条件、電気化学装置条件及びFT‐IR測定条件は実施例1と同一である。
【0051】
2.測定結果の考察
図6乃至11は、実施例1及び2並びに比較例1乃至4のFT‐IR測定結果をそれぞれ示した図である。
比較例1(θ=0°)では、作用電極を窓材に強く押し付け、作用電極と窓材間の間隙をできる限り無くしているため、当該間隙に入り込む電解液の層は極めて薄く、電解液による作用電極からの反射光の吸収はほとんど起こることがない。したがって、作用電極からの反射光の強度は、窓材における全反射光の強度よりも強くなる。θ=0°であるため作用電極からの反射光と窓材における全反射光はどちらも検出器に到達するが、実際に現れるスペクトルの形状は、強度が強い作用電極からの反射光のスペクトルの形状である。よって、比較例1(θ=0°)の結果を示す図8は、作用電極からの反射光のスペクトルである。しかし、上述したように、この比較例1の構成においては電流密度分布が生じ易く、したがって速い掃引速度による電気化学測定や、微小時間における電気化学測定が不可能であった。
実施例1(θ=1°)の結果を示す図6、及び実施例2(θ=3°)の結果を示す図7は、比較例1(θ=0°)の結果を示す図8とほぼ同一のスペクトル形状を示しており、したがって、作用電極‐窓材間の間隙に電解液が存在していても、窓材を傾けて設置することによって、良好なその場測定FT‐IRスペクトルを得ることができることを示している。
一方、比較例4(作用電極‐窓材間を5mm空けた)の結果を示す図11は、図6乃至8とは全く異なるスペクトル形状を示している。これは、作用電極‐窓材間の5mmの間隙に存在する電解液によって、作用電極からの反射光が吸収されたため検出器には到達せず、代わりに窓材における全反射光のみが検出器に到達したことを示している。したがって、図11は窓材に用いられたBaFの吸収スペクトルである。
また、比較例2又は3のように、作用電極‐窓材間の赤外光路以外の部分に、リチウム電池用のセパレータとして通常用いられるポリプロピレン微多孔膜を挟んだ場合は、図9又は図10に示すように、スペクトル形状が図6乃至8のものとは異なっている。これはすなわち、θ=0°の場合に、作用電極‐窓材間に1mm以上の厚さの電解液の層を設けることによって、作用電極からの反射光が電解液に吸収されて強度が弱まり、窓材からの全反射光の強度がより強くなることによって、反射光のスペクトルの良好な検出が不可能になってしまうことを示している。
【0052】
3.まとめ
本実施例から、本発明の電気化学赤外分光装置においては、作用電極‐窓材間の間隙に電解液が存在していても、窓材を作用電極表面に対して傾けて設置することによって、窓材からの全反射光の影響を受けること無く、良好なその場測定FT‐IRスペクトルを得られることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の電気化学赤外分光装置における窓材、電解液及び作用電極の位置関係、並びに赤外光の経路を記した断面模式図である。
【図2】本発明の電気化学赤外分光装置の一形態である、六面体状の窓材、電解液及び作用電極の位置関係、並びに赤外光の経路を記した断面模式図である。
【図3】本発明の電気化学赤外分光装置の一形態である、六面体状窓材を用いた際の、当該窓材の有する角度、電解液及び作用電極の位置関係、並びに赤外光の経路を記した断面模式図である。
【図4】本発明の典型例である電気化学赤外分光装置の構成を示した断面模式図であり、半球状窓材を用いた場合を示した図である。
【図5】本発明の変形例である電気化学赤外分光装置の構成を示した断面模式図であり、六面体状窓材を用いた場合を示した図である。
【図6】実施例1のFT‐IR測定結果を示す図である。
【図7】実施例2のFT‐IR測定結果を示す図である。
【図8】比較例1のFT‐IR測定結果を示す図である。
【図9】比較例2のFT‐IR測定結果を示す図である。
【図10】比較例3のFT‐IR測定結果を示す図である。
【図11】比較例4のFT‐IR測定結果を示す図である。
【図12】高感度赤外吸収反射法の従来の手法を用いた電気化学赤外分光装置における窓材、電解液及び作用電極の位置関係、並びに赤外光の経路を記した断面模式図である。
【符号の説明】
【0054】
1…作用電極
1a…作用電極の電解液に接する電極表面
2…半球状又は半円柱状窓材
3…電解液
4…入射光
5…反射光
6…全反射光
7…反射光
8…全反射光
11…作用電極
11a…作用電極の電解液に接する電極表面
12…六面体状窓材
13…電解液
14…入射光
15…反射光
16…全反射光
21…作用電極
21a…作用電極の電解液に接する電極表面
22…半球状窓材
23…電解液
24…入射光
25…反射光
26…全反射光
31…対電極
32…参照電極
33,34…凹面鏡
35…Oリング
36…窓材設置台
37…金具
42…六面体状窓材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
作用電極と、当該作用電極と対をなす対電極と、当該作用電極の電位規定用の参照電極と、赤外光が入射される窓材とを有し、当該作用電極と当該窓材との間隙に電解液が存在し、前記窓材から直進した赤外光が全反射することなく前記電解液に入射し、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面に到達し、当該電極表面で反射し、検出器に到達することによって、電極表面からの赤外光の反射光強度をその場測定する電気化学赤外分光装置であって、
前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とが平行ではないことを特徴とする、電気化学赤外分光装置。
【請求項2】
前記作用電極の前記電解液に接する電極表面に対して、前記窓材の前記電解液に接する面を傾けて設置する、請求項1に記載の電気化学赤外分光装置。
【請求項3】
前記窓材が半球状又は半円柱状であり、前記窓材の凸面部から赤外光が入射する、請求項1又は2に記載の電気化学赤外分光装置。
【請求項4】
前記窓材が六面体状であり、当該窓材の前記電解液に接する面と、当該窓材の前記電解液側と反対側の面とが平行ではない、請求項1又は2に記載の電気化学赤外分光装置。
【請求項5】
前記窓材の前記電解液に接する面と、前記作用電極の前記電解液に接する電極表面とのなす角度が、0.1〜5°である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の電気化学赤外分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−250824(P2009−250824A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−100216(P2008−100216)
【出願日】平成20年4月8日(2008.4.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】