説明

電気応答性機能材料を用いた細胞培養デバイス

【課題】細胞培養において、培養液中へ添加する供給物質の、供給時刻及び供給量を制御し得る細胞培養デバイス及び細胞培養システムの提供。
【解決手段】細胞4が収容可能な領域内に、表面に電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質2を設けた電極1が配設され細胞培養デバイスAを提供する。細胞培養デバイスAでは、電極1に電圧を印加して、親疎水転換物質2の親疎水性を変化させることにより、親疎水転換物質2に吸着されていた親水性又は疎水性の供給物質3を脱離させ、細胞4へ供給することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電気応答性機能材料を用いた細胞培養デバイスに関する。より詳しくは、電気的に親疎水転換する機能材料を利用したデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、細胞培養においては、ウシ胎仔血清が培養液に添加されているが、ロットごとの性能差が大きく、実験の再現性を困難にしている。また、幹細胞の培養における、マウス胎仔線維芽細胞等のフィーダー細胞との共培養は、外来性感染因子による細胞又は組織の汚染や、異種由来の成分による拒絶反応の惹起などの問題を含み、臨床応用に進める際の課題となっている。このようなことから近年、細胞培養において、組成が化学的に明らかな培養液や添加物に置き換える研究が進められている。
【0003】
前述の細胞培養液の添加物の場合、適切な時期に適切な量を、培養液に加える必要がある。そこで、例えば特許文献1には、低分子量物質を透過する隔膜によって薬剤溶液が導入可能な細胞培養容器が開示されている。
【0004】
しかし、培養液内の物質の自然拡散等に頼らず、より積極的に細胞培養液の成分の制御を考える場合、何らかの外部から刺激に起因して制御するシステムが考えられる。例えば、特許文献2には、温度応答性高分子を用いた細胞培養容器において、培養液の温度に変化を生じさせ、培養容器に接着している細胞を剥離させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−117767号公報
【特許文献2】特開2003−310244号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本開示に記載の技術は、細胞培養ための新規技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
細胞培養において、組成が化学的に明らかな培養液や添加物に置き換えることは、重要である。しかし、量的、時期的に精度が高く、なおかつ自動的に細胞培養液中へ物質を供給する方法は、これまでなかった。本発明者らは、鋭意検討し、電圧を印加することにより、酸化還元反応に応じて親疎水性を変化させる親疎水転換物質を制御し、当該親疎水転換物質に吸着した親水性又は疎水性の供給物質を脱離させ、細胞へ供給する方法を見出した。
【0008】
すなわち本開示は、
培養細胞を収容可能な領域内に、電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極が配設された、細胞培養デバイスを提供する。
前記親疎水転換物質が、親疎水転換ユニット及び電子受容ユニットからなる重合体である、細胞培養デバイスが好適である。
前記親疎水転換物質が、N−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体である、細胞培養デバイスがより好適である。
また、前記親疎水転換物質に、親水性又は疎水性の、細胞へ供給する供給物質が吸着されている、細胞培養デバイスであっても良い。
更に、前記電極に電圧を印加して、前記親疎水転換物質の親疎水性を変化させることにより、前記供給物質が、当該親疎水転換物質から脱離し、培養細胞へ供給される、細胞培養デバイスが好適である。
また、前記領域内において、前記培養細胞を前記電極と接触しない状態で隔離し、かつ前記親疎水転換物質から脱離した前記供給物質を前記培養細胞に到達可能とする隔壁を備えていても良い。
本開示はまた、
培養細胞を収容可能な領域内に、電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極が配設された細胞培養デバイスと、当該電極に電圧を印加する電源を備えた細胞培養システムを提供する。
前記電源における電圧の印加量又は印加する時刻を制御する制御部を備える、細胞培養システムが好適である。
更に本開示は、
培養細胞を収容可能な領域内において、電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極に電圧を印加して、当該親疎水転換物質の親疎水性を変化させる手順と、前記親疎水転換物質に吸着されていた親水性又は疎水性の供給物質を、前記親疎水転換物質の親疎水性の変化によって、脱離させる手順と、培養細胞へ供給する手順と、
を含む、細胞培養方法を提供する。
前記電圧の印加量又は印加時刻を制御し、任意の時刻又は量で、前記親疎水転換物質に吸着されていた前記供給物質の、前記親疎水転換物質から脱離させる手順を含む、細胞培養方法が好適である。
【発明の効果】
【0009】
本技術により、細胞培養において新規技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本開示に記載の細胞培養デバイスを模式的に示す図である。
【図2】本開示に記載の細胞培養デバイスにおける、供給物質の親疎水転換物質からの脱離過程を模式的に示す図である。
【図3】本開示に記載のN−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体の合成を模式的に示す図である。
【図4】本開示に記載のN−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体の、電圧印加時におけるサイクリックボルタモグラムを示す図面代用グラフである。
【図5】本開示に記載の細胞培養システムを模式的に示す図である。
【図6】本開示の実施例に記載の観察装置を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本開示の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本開示の範囲が狭く解釈されることはない。説明は以下の順序で行う。

1.本開示における細胞培養デバイスについて
(a)細胞培養デバイスの構成
(b)電極
(c)親疎水転換物質
(d)供給物質
2.本開示における細胞培養システムについて
3.本開示における細胞培養方法について
(a)細胞培養方法
(b)細胞及び培養液
4.実施例
(a)観察装置の構成
(b)観察結果

【0012】
1.本開示における細胞培養デバイスについて
本開示に記載の細胞培養デバイスについて説明する。
【0013】
(a)細胞培養デバイスの構成
図1は、本開示に記載の細胞培養デバイスの模式図である。細胞培養デバイスAは、培養細胞を収容した領域内に配設された電極1及び、電極1に設けられた電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質2、を有する。親疎水転換物質2には、細胞4へ供給する供給物質3が吸着されている。
【0014】
細胞培養デバイスAにおいて、供給物質3と細胞4の接触を、親疎水転換物質2の電気的な親疎水転換のみで制御するためには、細胞4と供給物質3が吸着した電極1とが接触しない状態を保持する必要がある。このため、隔壁等によって、細胞4を電極1から隔離しても良い。一方、前記隔壁は、細胞4に供給される供給物質3に対しては透過性を有する必要がある。このため、細胞培養デバイスAにおいては、フィルタ部材等で形成された隔壁が好適である。例えば、図1では、隔壁としてインサート5を例示する。インサート5の使用により、細胞4の接着面に対し水平方向に隔壁が設けられ、隔壁を介して垂直方向に細胞4と電極1とが区分できる。また、隔壁は細胞4の接着面に対し垂直方向に設け、隔壁を介し水平方向に細胞4と電極1を区分しても良い。隔壁の説明に際し、細胞4を接着細胞と想定したが、細胞4は浮遊細胞あっても良く、隔壁は、細胞4と電極1とが接触しない状態を保持するように、各々の細胞の性質に合わせて構成すれば良い。細胞4が接着細胞の場合、隔壁を設けず細胞4と電極1とが接触しない状態を保持することも可能である。細胞培養用フラスコ等の細胞4を収容した領域内の上部で、なおかつ培養液と接触可能な位置に、電極1を配設する構成とすれば良い。また、インサート5を使用し、細胞4を収容した領域内の上部と下部の両方に、電極1を複数配設する構成も好適である。
【0015】
(b)電極
細胞培養デバイスAに設けられた電極1には、導電性を有し、細胞培養液中で腐食等の劣化が起きず、生体適合性の高い物質から成る材質であれば、何れであっても良い。例えば、金、白金、酸化イリジウム、窒化チタン等の金属の他、炭素電極、導電性高分子等が好適である。
【0016】
(c)親疎水転換物質
図2は、本開示に記載の細胞培養デバイスにおける、供給物質の、親疎水転換物質からの脱離過程を示す模式図である。
電極1の表面には、親疎水転換物質2が配設されている。電気的に親疎水を変化させられる親疎水転換物質2は、電圧の印加により、親疎水性が変化し、予め親疎水転換物質2に吸着されていた供給物質3が、親疎水転換物質2との親和性を失い、細胞培養液中に放出され、細胞4へ供給される。
【0017】
図2では、電圧印加前に疎水性であった親疎水転換物質2が、電気的に酸化されることにより親水性となり、親疎水転換物質2に吸着されていた疎水性を示す供給物質3が、親疎水転換物質2との親和性を失い、細胞培養液中に放出される過程を例示している。反対に、電圧印加前に親水性であった親疎水転換物質2が、電気的に還元されることにより疎水性となり、親疎水転換物質2に吸着されていた親水性を示す供給物質3が、親疎水転換物質2との親和性を失い、細胞培養液中に放出される過程であっても良い。
本開示の細胞培養デバイスAでは、電圧の印加により、親疎水転換物質2と供給物質3の親和性が変化することで、供給物質3が細胞培養液中へ放出され、細胞4に供給される。親疎水転換物質2の親疎水転換は、疎水性から親水性、又は親水性から疎水性の、何れであっても良い。
【0018】
電極1に配設される親疎水転換物質2は、電気的変化に応答し、親疎水性を変化させる性質を有している物質から成る。より好適には、親疎水転換ユニットと、電子受容ユニットと、から構成される重合体である。電圧の印加後の電子受容ユニットにおける電子の授受を通して、親疎水転換ユニットと電子受容ユニットから成る重合体は、重合体全体として酸化還元状態が変化する。前記重合体における酸化還元の変化は、親疎水転換ユニットの、親水性又は疎水性の性質に変化を生じさせる。結果として、電圧の印加によって、前記重合体の親疎水性に変化を生じさせることが可能となる。前記重合体における親疎水転換ユニットと電子受容ユニットの結合形態は、電子受容ユニットが共重合体の成分として結合された形態、側鎖に結合された形態等、いかなる形態であっても良い。
【0019】
親疎水転換ユニットは、側鎖に、親水基及び疎水基を有している物質からなる高分子を特徴とする。電子受容ユニットを介した酸化還元反応により、前記重合体の酸化が進むと、疎水性であったユニットは、ユニット自身のイオン化、または近傍の対イオンの影響などにより親水的になる。一方、前記重合体の還元が進むと、親水性であったユニットは凝集体の構造を形成し、疎水的となる。
【0020】
上記の親疎水転換ユニットには、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、N,N−ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体等、ビニルエーテル誘導体、からなる高分子が挙げられる。より具体的には、アクリルアミド、メタクリルアミド、N−エチルアクリルアミド、N−n−プロピルアクリルアミド、N−n−プロピルメタクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド、N−イソプロピルメタクリルアミド、N−シクロプロピルアクリルアミド、N−シクロプロピルメタクリルアミド、N−エトキシエチルアクリルアミド、N−エトキシエチルメタクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、N,N−ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N−エチルメチルアクリルアミド、N,N−ジエチルアクリルアミド、1−(1−オキソ−2−プロペニル)−ピロリジン、1−(1−オキソ−2−プロペニル)−ピペリジン、4−(1−オキソ−2−プロペニル)−モルホリン、1−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−ピロリジン、1−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−ピペリジン、4−(1−オキソ−2−メチル−2−プロペニル)−モルホリン、メチルビニルエーテル等からなる高分子である。親疎水転換ユニットとしては、前述のモノマー類単独の重合体の他、前述のモノマー類とその他のモノマー類からなる共重合体や、重合体と共重合体の混合物を用いても良い。
【0021】
電子受容ユニットは、安定な酸化還元特性を有することを特徴とする。これにより、電極の酸化還元状態は可逆的となる。電子受容ユニットには、例えば、チオフェン、アニリン等の共役系分子や、有機金属錯体、有機ラジカル分子が挙げられる。
有機金属錯体では、メタロセンが好適である。より具体的には、フェロセン、チタノセン、バナドセン、クロモセン、マンガノセン、コバルトセン、ニッケロセン、ジルコノセン、ルテノセン、オスモセン等を用いることができる。
【0022】
前述の親疎水転換ユニットと電子受容ユニットと、から構成される親疎水転換物質には、N−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体が好適である。
【0023】
図3は、N−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセンを例として、電極1における重合過程を示す。親疎水転換ユニットと、電子受容ユニットの各々には、N−イソプロピルアクリルアミドと、ビニルフェロセンを用いた。電極1には金を用いた。開始剤には、ビス[2−(2´‐ブロモイソブチリルオキシ)エチル]ジスルフィドを用いた。
【0024】
まず、前記開始剤のチオール基を、電極1表面に配位結合させる。次にN−イソプロピルアクリルアミド及びビニルフェロセンを電極1表面に加え、触媒である銅(I)ビピリジン錯体を添加する。原子移動ラジカル重合を行い、電極1の表面に、N−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体からなる重合体2aを設けた。
【0025】
図3においては、電極1への重合体2aの配設は、電極1の表面で重合を行う方法を示したが、例えば、合成後の重合体2aを適当な溶剤に溶解又は分散させ、電極1に塗工する方法であっても良い。重合体2aの電極1への配設方法は何れも可能である。
【0026】
図4は、前記N−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体の電圧印加時におけるサイクリックボルタモグラムである。当該サイクリックボルタモグラムに示す通り、電極1表面に配設されたN−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体は、電極1における電圧の印加によって、酸化還元状態を変化させる。また、図4に示すサイクリックボルタモグラム等によって、電極1における酸化還元状態をモニターすることが可能である。
【0027】
電極1における酸化還元状態の変化と、重合体2aの親疎水性の変化は相関関係にある。そのため、電極1に印加する電圧の制御により、重合体2aの酸化還元状態の変化を介して、重合体2aから放出される供給物質3の供給量の制御が可能となる。このことから、本開示における細胞培養デバイスは、供給物質3の細胞4への供給を、高い精度と再現性で行うことが可能となる。
【0028】
(d)供給物質
電極1の表面に配設された親疎水転換物質2から脱離し、細胞へ供給される供給物質3については、親水性、疎水性の何れの親和性を示す物質であっても良い。供給物質3の性質に応じて、予め親疎水転換物質2の親水性又は疎水性を決定することが可能である。供給物質3には、例えば、サイトカイン、ホルモン、抗体等のタンパク質、ベクター、核酸アプタマー等の核酸、脂質、糖鎖、低分子化合物など、細胞培養において、細胞へ供給する物質であれば、何れであっても良い。
【0029】
上述に説明された構成により、本開示における細胞培養デバイスにおいては、電圧の印加によって、電極1の表面に配設された親疎水転換物質2の親疎水性を変化させ、親疎水転換物質2に吸着されていた供給物質3との親和性を失わせ、供給物質3を細胞培養液中に放出させ、細胞4へ供給することが可能となる。
【0030】
2.本開示における細胞培養システムについて
本開示に記載の細胞培養システムについて説明する。
【0031】
図5に示す細胞培養システムBは、図1に示す細胞培養デバイスAの構成に加え、電極1に電圧を印加する電源6を有する。細胞培養デバイスAの構成については、上述と同様であり、ここでは省略する。細胞培養システムBは、電源6における電圧の印加時刻又は印加量を制御する制御部7を有しても良い。制御部7は、電源6に備えられている構成であっても良く、図5に示すように電源6とは別体として構成されていても良い。また、細胞培養システムBは、1個の電源6に、複数の細胞培養デバイスAを接続する構成であっても良い。
【0032】
上記の構成により、細胞培養システムBにおいては、電源6によって、電極1に電圧を印加し、電極1の表面に配設された親疎水転換物質2の親疎水性を変化させ、親疎水転換物質2に吸着されていた供給物質3との親和性を失わせ、供給物質3を細胞培養液中に放出させ、細胞4へ供給することが可能となる。更に細胞培養システムBにおいて、制御部7を有することにより、電源6が電極1に電圧を印加する時刻又は印加量を制御し、供給物質3の細胞4へ供給時刻又は供給量を制御することが可能となる。
【0033】
3.本開示における細胞培養方法について
本開示に記載の細胞培養方法について説明する。
【0034】
(a)細胞培養方法
本開示に記載の細胞培養方法は、培養細胞を収容可能な領域内に、電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極が配設され、当該電極に電圧を印加して、当該親疎水転換物質の親疎水性を変化させる手順と、前記親疎水転換物質に吸着されていた親水性又は疎水性の供給物質を、前記親疎水転換物質の親疎水性の変化によって、脱離させる手順と、前記供給物質を培養細胞へ供給する手順を含む。すなわち、前述の細胞培養デバイスAを用いた細胞培養方法である。なお、本開示において、前記細胞培養方法は3つの手順からなる構成としたが、本開示に記載の細胞培養方法では、細胞培養デバイスAの電極に電圧を印加する手順を行った後の各手順は連続的に起こるため、1つの手順として把握することも可能である。
【0035】
細胞培養デバイスAは、図1に示した構成の他、例えば、インサート5と合わせ、細胞収容可能な領域内に複数の電極1を設け、細胞培養液において、供給物質3の濃度勾配を、細胞培養液中に形成することも可能である。このような構成とすることで、細胞4を、極性を持った状態で培養することも可能である。
【0036】
更に、本開示に記載の細胞培養方法は、前記電圧の印加量又は印加時刻を制御し、任意の時刻又は量で、前記親疎水転換物質に吸着されていた前記供給物質の前記電極から脱離させる手順を含む。すなわち、前述の細胞培養システムBを用いた細胞培養方法である。
【0037】
本開示に記載の細胞培養方法が、電気的に細胞へ供給する供給物質の添加量や添加時刻を制御することによって、高い精度と再現性を有した細胞培養方法が可能となる。更に本開示に記載の細胞培養システムにおいて、複数の細胞培養デバイスを使用することにより、複数の種類の細胞培養を同時に行う場合であっても、高い精度と再現性を有した細胞培養方法の実施が可能となる。
【0038】
(b)細胞及び培養液
本開示に記載の細胞培養デバイスで培養する細胞については、限定されず、植物細胞及び動物細胞の何れであっても良い。細胞培養液についても、前記細胞に適した培養液の使用が可能である。
【0039】
例えば、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、間葉系幹細胞等の幹細胞の培養においては、培養時に分化状態のコントロールが必要とされる。近年、組成が化学的に明らかな培養液や添加物によって分化のコントロールを行う研究が進められている。分化を制御する物質の細胞への添加について、効率的で再現性の高い方法が必要とされており、前記幹細胞の培養においては、本開示に記載の細胞培養方法は好適である。
【0040】
なお本技術は、以下のような構成もとることができる。
(1)培養細胞を収容可能な領域内に、電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極が配設された、細胞培養デバイス。
(2)前記親疎水転換物質が、親疎水転換ユニット及び電子受容ユニットからなる重合体である(1)に記載の細胞培養デバイス。
(3)前記親疎水転換物質が、N−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体である(1)に記載の細胞培養デバイス。
(4)前記親疎水転換物質に、親水性又は疎水性の、細胞へ供給する供給物質が吸着されている、(1)〜(3)に記載の細胞培養デバイス。
(5)前記電極に電圧を印加して、前記親疎水転換物質の親疎水性を変化させることにより、前記供給物質が、当該親疎水転換物質から脱離し、培養細胞へ供給される、(4)に記載の細胞培養デバイス。
(6)前記領域内において、前記培養細胞を前記電極と接触しない状態で隔離し、かつ前記親疎水転換物質から脱離した前記供給物質を前記培養細胞に到達可能とする隔壁を備える、(5)に記載の細胞培養デバイス。
(7)培養細胞を収容可能な領域内に、電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極が配設された細胞培養デバイスと、当該電極に電圧を印加する電源を備えた細胞培養システム。
(8)前記電源における電圧の印加量又は印加する時刻を制御する制御部を備える、(7)に記載の細胞培養システム。
(9)培養細胞を収容可能な領域内において、電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極に電圧を印加して、当該親疎水転換物質の親疎水性を変化させる手順と、前記親疎水転換物質に吸着されていた親水性又は疎水性の供給物質を、前記親疎水転換物質の親疎水性の変化によって、脱離させる手順と、培養細胞へ供給する手順と、を含む、細胞培養方法。
(10)前記電圧の印加量又は印加時刻を制御し、任意の時刻又は量で、前記親疎水転換物質に吸着されていた前記供給物質の、前記親疎水転換物質から脱離させる手順を含む、(9)に記載の細胞培養方法。
【実施例】
【0041】
4.実施例
本開示に記載の細胞培養デバイス又は細胞培養システムにおける、電極表面の親疎水性の変化による供給物質の挙動を、観察装置を用いて観察した。
(a)観察装置の構成
図6に、実施例に使用した観察装置Cの構成を示す。観察装置Cは、3種類の電極、作用電極1a、対電極1b、参照電極1cと、これらを制御する定電位電解装置9と、電極表面の変化を観察するための蛍光顕微鏡10と、を有する。作用電極1aの表面には、蛍光脂質3aが吸着した重合体2aが、設けられている。電圧印加後の蛍光脂質3aの挙動を観察するために、作用電極1aと蛍光顕微鏡10との間には、ガラス板8が設けられている。また、作用電極1a及びガラス板8で挟まれた、重合体2aを内包する空間は、リン酸緩衝生理食塩水で満たされている。
【0042】
作用電極1aには、金を使用した。重合体2aには、N−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセンを使用し、合成及び作用電極1aへの配設は、前述の1.−(c)に記載された方法と同様に行った。合成後、重合体2aを設けた作用電極1aは、電圧を印加し疎水性の状態にした。蛍光脂質3aには、Boron−Dipyrromethene(BODIPY)を使用した。BODIPYは、エタノールに溶解し(1μg/1ml)、重合体2aが配設された作用電極1aの表面に数回塗布した。
【0043】
(b)観察結果
観察装置Cの蛍光顕微鏡10において、作用電極1aに電圧を印加した後の蛍光脂質3aの挙動を観察した。作用電極1aに0.5V(vs.Ag/AgCl)で印加後10分において、作用電極1a上の蛍光脂質3a由来のシグナルが弱まった。このことから、重合体2aに吸着されていた蛍光物質3aが、重合体2aより脱離し、リン酸緩衝生理食塩水中へ拡散したと考えられる。
本実施例の結果は、本開示に記載の細胞培養デバイス又は細胞培養システムにおいて、電極への印加を通して、電極の表面に配設された親疎水転換物質の親疎水性が変化し、吸着していた供給物質を、親疎水転換物質から脱離させ、培養細胞へ供給することが可能であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本開示に係る細胞培養デバイス、細胞培養システム又は細胞培養方法においては、高い精度で細胞培養液中に、供給物質を放出し、細胞へ供給することができる。本開示に係る細胞デバイスは、特に幹細胞における分化をコントロールする物質の、幹細胞への供給に好適に用いられ得る。
【符号の説明】
【0045】
A:細胞培養デバイス、B:細胞培養システム、C:観察装置、1:電極、1a:作用電極、1b:対電極、1c:参照電極、2:親疎水転換物質、2a:重合体、3:供給物質、3a:蛍光脂質、4:細胞、5:インサート、6:電源、7:制御部、8:ガラス板、9:定電位電解装置、10:蛍光顕微鏡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養細胞を収容可能な領域内に、
電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極が配設された、
細胞培養デバイス。
【請求項2】
前記親疎水転換物質が、
親疎水転換ユニット及び電子受容ユニットからなる重合体である、
請求項1に記載の細胞培養デバイス。
【請求項3】
前記親疎水転換物質が、
N−イソプロピルアクリルアミド−ビニルフェロセン共重合体である、
請求項1に記載の細胞培養デバイス。
【請求項4】
前記親疎水転換物質に、
親水性又は疎水性の、細胞へ供給する供給物質が吸着されている、
請求項1に記載の細胞培養デバイス。
【請求項5】
前記電極に電圧を印加して、前記親疎水転換物質の親疎水性を変化させることにより、前記供給物質が、当該親疎水転換物質から脱離し、培養細胞へ供給される、請求項4に記載の細胞培養デバイス。
【請求項6】
前記領域内において、
前記培養細胞を前記電極と接触しない状態で隔離し、かつ前記親疎水転換物質から脱離した前記供給物質を前記培養細胞に到達可能とする隔壁を備える、
請求項5に記載の細胞培養デバイス。
【請求項7】
培養細胞を収容可能な領域内に、電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極が配設された細胞培養デバイスと、当該電極に電圧を印加する電源を備えた細胞培養システム。
【請求項8】
前記電源における電圧の印加量又は印加する時刻を制御する制御部を備える、
請求項7に記載の細胞培養システム。
【請求項9】
培養細胞を収容可能な領域内において、
電気的に親疎水性を変化させられる親疎水転換物質を表面に設けた電極に電圧を印加して、当該親疎水転換物質の親疎水性を変化させる手順と、
前記親疎水転換物質に吸着されていた親水性又は疎水性の供給物質を、前記親疎水転換物質の親疎水性の変化によって、脱離させる手順と、
培養細胞へ供給する手順と、
を含む、細胞培養方法。
【請求項10】
前記電圧の印加量又は印加時刻を制御し、任意の時刻又は量で、
前記親疎水転換物質に吸着されていた前記供給物質の、前記親疎水転換物質から脱離させる手順を含む、請求項9に記載の細胞培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−31408(P2013−31408A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−169818(P2011−169818)
【出願日】平成23年8月3日(2011.8.3)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】