説明

電気接点間のアークによる損傷抑制方法

【課題】 この電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,電気接点間にグリース又はオイルを塗布して,電気接点間でのアークによる損傷を防止する。
【解決手段】 この電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,配線に設けた一対の端子を相対移動によって断接する電気接点に,フッ素系オイルを除く基油の95〜70重量%と,増ちょう剤と添加剤との5〜30重量%とから構成されたグリースを塗布し,電気接点の遮断時に発生するアークによる接点領域の損傷を抑制する。増ちょう剤としては,有機化ベントナイトが好ましく,ベースオイルとしては,エステル油やグリコール油,ポリ−α−オレフィンが好ましく,また,ベースオイルが低粘度であることはアークによるエネルギーが小さく好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,例えば,摺動スイッチ,コネクタ,ワイヤハーネス等の電気機器における配線において,配線の端子における電気接点間でのアークの発生を抑制するための電気接点間のアークによる損傷抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来,自動車等の機器では,コネクタ,ワイヤハーネス等が多数組み込まれており,例えば,それらの電気接点間に発生するアークが端子や機器の腐食を発生させ,電気部品の寿命を短命にしているという問題があった。例えば,自動車における摺動スイッチ等に使用されるグリースとしては,ABS樹脂等の樹脂材から成る機器に悪影響を及ぼさないこと,アークによる発熱で変質しないこと,リード線のハンダ付け温度で変質しないこと,低温でも悪影響を受けないこと等が要求される。
【0003】
従来,摺動接点用グリースが摺動スイッチ等に使用されていることが知られている。該摺動接点用グリースは,粘度8〜470cSt(40℃)の低粘度と高粘度のσ−オレフィン合成油の混合油を主成分とする合成基油100重量部に対して,微細孔を有する粘土鉱物微粒子0.1〜10重量部,12−ヒドロキシステアリン酸リチウムとステアリン酸リチウムを20:1〜5:1の重量比で含む増ちょう剤5〜25重量部,及びフェノール系一次酸化防止剤0.1〜2重量部を含有するものである。合成基油は,フッ素系基油を0.1〜2重量%含有している。また,粘土鉱物微粒子は,有機ベントナイト,セピオライト,モンモリロナイト及び合成雲母から成る群から選択される1種又は2種以上の混合物である(例えば,特許文献1参照)。
【0004】
また,摺動接点用グリースとして,接点開閉時に電気アークを発生する摺動接点用グリースに要求される諸性能を有し,スイッチのオン・オフに対して耐久性を有し,性能を損なうことなく着色が可能なものが知られている。該摺動接点用グリースは,合成炭化水素油を基油とするグリース100重量部に対して,平均粒子径0.6μ以下の酸化亜鉛微粒子,三酸化二鉄(Fe2 3 )及び高温熱分解で酸化マグネシウムを生成する粘土鉱物からなる群から選択される1種又は2種以上の無機物微粒子0.2〜3.0重量部,12−ヒドロキシステアリン酸リチウム3〜20重量部,及びフェノール系及び/又はアミン系一次酸化防止剤0.1〜5.0重量部を含有するものである(例えば,特許文献2参照)。
【0005】
また,挿抜時に発生するアークを低減,防止することが可能なコネクタが知られている。該コネクタは,挿抜自在に嵌合接続される雌コネクタ及び雄コネクタで構成され,雌コネクタのコネクタハウジングの雄端子挿抜面に,雄コネクタの雄端子が接触する貫通孔を有し,その貫通孔を介してアーク防止剤を雄端子の表面に塗布することが可能なアーク防止剤手段を設ける。アーク防止剤手段は,雄端子挿抜面に対し着脱自在であり,例えば,アーク防止剤を含浸させたスポンジで構成されている(例えば,特許文献3参照)。
【0006】
また,摺動スイッチ用導電性グリースとして,摺動しながら通電が行われる常閉摺動スイッチ及び開閉時にアークを発生する切替摺動スイッチの信頼性と耐久性を向上させたものが知られている。該摺動スイッチ用導電性グリースは,アルキレンオキサイド−多価アルコール付加重合オリゴマー及び鎖状炭化水素オリゴマーをモル比1:0.5〜1.5の割合で含む基油100重量部,有機物親和性の第4級アンモニウム塩含有粘土鉱物10〜20重量部及び高級脂肪酸のリチウム塩5〜20重量部を含有するものである(例えば,特許文献4参照)。
【0007】
また,摺動面に潤滑油又は潤滑グリースを塗布した摺動スイッチが知られている。該摺動スイッチは,絶縁体及び固定接点からなる固定子の摺動面上を可動接点が摺動して,可動接点と固定接点を接離するものであり,固定子の摺動面と可動接点の摺動面に,相互に混じり合わない別種の潤滑油又は潤滑グリースを塗布したものである。可動接点に塗布する潤滑剤として,撥水撥油性で且つ高温で炭化し難い特殊フッ素を基油としたグリースを用い,固定接点の固定子側に塗布する潤滑剤として炭化水素合成油又は鉱油を基油とするグリースを用いたものである(例えば,特許文献5参照)。
【0008】
また,樹脂系絶縁体及び固定接点からなる固定子の摺動面上を可動接点が摺動し,負荷直切りでスイッチの開閉を行う摺動スイッチの接点摺動面に塗布する潤滑グリースが知られている。該潤滑グリースは,炭化水素系の油を基油とする金属石けんグリースに引火点250℃以上の不飽和成分を含む活性の吸油性ポリマ/オリゴマーを,又は吸油性ポリマ/オリゴマーと共に高融点ワックスを配合したものであり,負荷直切りのために,スイッチ開閉時に数アンペアから数十アンペアの電気アークをスイッチ開閉部に発生する摺動スイッチの接点摺動面に用いるものである(例えば,特許文献6参照)。
【特許文献1】特開平4−114098号公報
【特許文献2】特開平5−179274号公報
【特許文献3】特開2003−45555号公報
【特許文献4】特開平1−152197号公報
【特許文献5】特開昭63−48712号公報
【特許文献6】特開昭63−137995号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで,自動車電源等の高電圧化に伴って,コネクタやワイヤハーネス等の端子間でのアークの発生による接点不良やコネクタ端子の損傷が発生し,コネクタの再装着が不能になったり,接点の接触不良が発生することが懸念されている。また,コネクタやワイヤハーネス等の電気機器における電気接点間ではスイッチが断接,特に遮断される時にアークが発生する。電気接点間でのアークの発生は,接点のみならずその近傍に電食や溶損を発生させ,電気接点の耐久性を損なう原因になっている。
【0010】
この発明の目的は,上記の課題を解決するため,電気接点の断接時に電気接点間に発生するアークを抑制するため,接点に特殊なグリースを塗布し,電気接点間に発生する気中放電即ちアークによる接点及びその近傍の損傷を抑制し,特に,電気接点の溶損,腐食等の損傷を抑制し,コネクタ等の電気接点領域の耐久性をアップし,長寿命を達成する電気接点間のアークによる損傷抑制方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明は,配線における端子を互いに相対移動させて断接する一対の電気接点間のアークによる損傷抑制方法において,
フッ素系オイルを除く基油の95〜70重量%,及び増ちょう剤と添加剤との5〜30重量%から構成されたグリースを,少なくとも前記端子の前記電気接点に塗布して前記電気接点を互いに接続し,前記電気接点を互いに離間させて遮断する時に,前記電気接点間に前記グリースが存在することによってアークによる損傷を抑制することを特徴とする電気接点間のアークによる損傷抑制方法に関する。
【0012】
この電気接点間のアークによる損傷抑制方法において,前記基油に対して,前記増ちょう剤は15重量%以下であり,前記添加剤は10重量%以下である。
【0013】
また,前記基油は,同種のオイルでは低粘度を選択することによってアークによるエネルギーを低減できるものである。
【0014】
また,前記グリースは,絶縁性グリース,導電性グリース,半導体領域のグリースから選択されるものである。特に,前記グリースは,体積抵抗率105 〜109 Ω・cmの領域がグリースによる通電状態や保護性状を考慮して好ましいものである。
【0015】
また,前記基油は,パラフィン系鉱油,ナフテン系鉱油,ポリ−α−オレフィン油,ジエステル油,ポリオールエステル油,ジフェニルエーテル油,ポリアルキレングリコール油から選択される1種又は2種以上から成るものである。
【0016】
また,前記増ちょう剤は,リチウム石けん,カルシウム石けん,ウレア化合物,アルミニウム石けん,カルシウム複合石けん,有機化ベントナイトから選択される1種又は2種以上から成るものである。前記増ちょう剤は,その粒子形状として,粒状,繊維状,鱗片状,針状,不定形等のものを使用できるが,中でも粒状であることが追従性や金属表面の保護の点から最も好ましいものである。
【0017】
また,前記添加剤は,酸化防止剤,導電性固体粉末,帯電防止剤,増粘剤から選択される1種又は2種以上から成るものである。更に,前記導電性固体粉末は,アルミニウム,酸化チタン等の金属粉,カーボンブラックから選択される1種又は2種以上から成るものである。また,前記帯電防止剤は,非イオン系界面活性剤,アニオン系界面活性剤,カチオン系界面活性剤,アニオン系とカチオン系との混合界面活性剤から選択される1種又は2種以上から成るものである。
【0018】
この電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,ワイヤハーネス,コネクタ,スイッチ等の電気機器に適用して好ましいものである。
【発明の効果】
【0019】
この発明による電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,上記のように,ワイヤハーネス,コネクタ,スイッチ等の端子の電気接点に対してグリースを塗布したので,電気接点の接続時と遮断時に電気接点の金属表面がグリースにより保護され,気中放電即ちアークによる損傷を抑制し,アークによるエネルギー,言い換えれば,アーク継続時間が短縮され,電気接点の溶損,腐食等が抑制されて,それによって電気機器の耐久性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
この発明による電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,配線に設けた一対の端子を相対移動によって断接する電気接点間に適用できる。以下,この電気接点間のアークによる損傷抑制方法を検証するため,図1〜図5及び表1を参照して説明する。
【0021】
この電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,特に,フッ素系オイルを除くベースオイル即ち基油の95〜70重量%,及び増ちょう剤と添加剤との5〜30重量%から構成されたグリースを,端子の電気接点及びその近傍に塗布して電気接点を互いに接続し,電気接点の接続時と遮断時に,電気接点間にグリースが存在していることによって,電気接点の金属間にダイレクトな空隙が形成されるのを防止し,電気接点及びその近傍におけるアークによる損傷を抑制することを特徴とするものである。また,グリースは,絶縁性グリース又は導電性グリースを適用できる。また,基油は,パラフィン系鉱油,ナフテン系鉱油,ポリ−α−オレフィン(PAO)油,ジエステル油,ポリオールエステル油,ジフェニルエーテル油,ポリアルキレングリコール油から選択される1種又は2種以上から成るものである。
【0022】
グリースを構成するベースオイルは,基本的には不導体であるため,電気を流さない。しかしながら,電気接点に基油又はグリースが塗布されている場合であっても,電気接点の金属同士が接触,又は油膜が薄い箇所では通電する。また,その際に電気接点領域が集中抵抗により発熱することがある。即ち,電気接点が互いに乖離すると,集中抵抗により発熱し,電極の金属が融解してブリッジを形成する。電極を更に離すと,ブリッジは破断され,電気は空気層を通過する状態になって気中放電即ちアークが発生する。この時,基油又はグリースが電気接点に塗布されていると,電気接点の金属表面がそれらの塗膜によって保護され,アークの影響が低減されることになる。
【0023】
この電気接点間のアークによる損傷抑制方法について,図1に示す電気回路5を用いてアーク継続時間を検出し,その時の試験片即ち電気接点1の損傷を評価した。電気回路5は,概して,電気接点1に対して電源6から印加した電圧Vを電圧計9で測定し,電気回路5に電流Iを測定する電流計7と抵抗Rを測定する可変抵抗器8を組み込んだ。試験片としては,図2に示すような銅製の可動端子3と銅製の固定端子2から成る電気接点1を作製した。可動端子3に突出した接点4を形成し,接点4及びその近傍に各種のグリース10を順次塗布し,可動端子3と固定端子2との接続状態即ちON状態から500mm/minの速度で可動端子3体を固定端子2から移動させて接点4をOFFし,その時,各種のグリース10に対する電気接点1に発生するアーク継続時間を計測してアークによるエネルギーを測定した。
【0024】
ベースオイル即ち基油については,図5に示すように,電気接点にグリースを塗布しない場合(点線)はアークによるエネルギーが6.5J程度であったが,本発明のように,グリースを電気接点に塗布した場合には,アークによるエネルギーは2.7〜4.1Jの範囲に収まった。特に,基油としては,アークによるエネルギーが低い場合は,ポリアルキレングリコール油,ポリオールエステル油を使用した場合であった。表1に示すように,アークによるエネルギー(J)は次のとおりであり,ベースオイルの動粘度(mm2 /s)は40℃の値である。また表1を,図5においてグラフで示した。図5において,(1)及び(2)はパラフィン系鉱油,(3)はナフテン系鉱油,(4)及び(5)はポリ−α−オレフィン油,(6)はジエステル油,(7)及び(8)はポリオールエステル油,(9)及び(10)はジフェニールエーテル油,(11)及び(12)はポリアルキレングリコール油,(13)及び(14)は直鎖タイプのフッ素オイル,並びに,(15)は分岐タイプのフッ素オイルである。
【表1】

【0025】
表1及び図5から分かるように,パラフィン系鉱油,ナフテン系鉱油等の鉱油では,概して,粘度が低い方がアークによるエネルギーが小さいことが分かった。また,ポリ−α−オレフィン油,ポリオールエステル油,及びポリアルキレングリコール油では,同様に,粘度が低い方がアークによるエネルギーが小さいことが分かった。なお,ジフェニールエーテル油については上記とは逆の結果になった。また,比較例として,電気接点1にベースオイルとしてフッ素オイルを塗布した場合には,表1及び図5に示すように,アークによるエネルギーが9.0〜9.4Jの範囲になり,また,試験後の接点の腐食が見られたことから,フッ素オイルは,アークによる損傷の抑制の点から考慮すると,好ましくないことが確認された。更に,フッ素オイル/フッ素グリースを電気接点1に塗布した場合には,フッ素オイル/フッ素グリースは,集中抵抗又はアークによる発熱によって熱分解されてフッ酸に転化され,生成されたフッ酸がアーク継続時間を延ばし,電気接点及びその近傍に腐食等を発生させる原因になっていることが分かった。
【0026】
また,グリース及びグリースを構成するベースオイル即ち基油は,基本的には絶縁物であるが,グリース中にカーボンブラック,グラファイト,金属粉等の導電性固体粉末を分散させることによって導電性グリース,又は半導電性グリースにすることができる。この電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,電気接点に後述のフッ素グリースを除く導電性グリースのアークによるエネルギー,言い換えれば,アーク継続時間が絶縁性グリースに比べて小さいのは,グリースを通じて電気が流れるためであると思料されるが,隣接する端子近傍にグリースが付着した場合にはショートする可能性があるため,電気接点に塗布する場合には他の部分に付着しないように,また,グリースがだれて他の部分に移動しないように,細心の注意が必要である。また,絶縁性グリースの場合には,離間即ち乖離しても電気接点の表面をグリースが覆っているので,アークによる電気接点の損傷を抑えるものと思料される。
【0027】
図4の(A)に示す実験装置を用いたグリースの通電性能を確認した。図4の(B)に示す実験装置を用いてグリースの体積抵抗率を測定した。図4の(A)に示すように,電気接点11における固定端子12と可動端子13と間に各種のグリース10を塗布し,一端を固定端子12に且つ他端を可動端子13に接続した電気回路15に,電圧計19と電流計17を組み込み,可動端子13に所定の荷重をかけ,各種のグリース10の体積抵抗率Mをそれぞれ測定した。電圧V,電流I及び抵抗Rは,V=I・Rの関係であるので,グリース10が図4の(B)に示すように,幅W,高さT及び長さLであるとすると,体積抵抗率M(Ω・cm)は,次式で表される。
M=R・(W/L)・T
【0028】
ここで,体積抵抗率Mを測定する目的は,グリース10を塗布した時には,固定端子12と可動端子13との各接点14の間が極短い距離では通電し,十分に隔置した距離では通電しない現象を確認し,グリース10の塗布状態を決定するためであり,長さLが極めて短い条件でも測定することとした。図3には,一般的な体積抵抗率Mが示されている。絶縁体では体積抵抗率が108 〜1016Ω・cmであり,半導体では体積抵抗率が105 〜10-3Ω・cmであり,また,導電体では体積抵抗率が10-5Ω・cm以下である。ここでは,絶縁性グリース10Aの測定では体積抵抗率が1012〜1016Ω・cmであり,また,導電性グリース10Bの測定では体積抵抗率が103 〜1Ω・cmであった。絶縁性グリース10Aでは,グリース自体が絶縁性であり,乖離しても接点14の表面をグリース10Aが覆っており,アークによる接点14の損傷は抑えるものであった。また,導電性グリース10Bでは,グリース自体が導電性であり,乖離しても電極即ち接点14間はグリース10Bを通して電気が流れるため,アークが発生し難いものであった。これらの現象を考慮すると,グリース10としては,電気接点間の距離が短い状態では僅かに通電し,また,電気接点間が十分な距離に離れると,電気接点廻りグリース10により電気接点を保護するという理想的な範囲としては,グリース10が半導体領域にある場合には,アークによる電気接点の損傷を抑えられるものと思料される。
【0029】
次に,この電気接点間のアークによる損傷抑制方法に用いられる基油の粘度について考慮する。基油の粘度については,低粘度,例えば,100℃で10mm2 /s以下であることがグリースを電気接点に塗布し易く,アークによるエネルギーが小さくなり,好ましいと思料される。即ち,基油として,絶縁性ベースオイル/グリースについては,オイルの粘度が低い場合に,アークによるエネルギーが小さいことが分かった。これは,ベースオイルが電気接点の金属への表面保護をし,金属への濡れ性に優れるため糸引き性即ち追従性が無いためと思料される。これに対して,絶縁性ベースオイルの粘度が高い場合に,アークによるエネルギーが大きくなった。電気接点の遮断における乖離の速度が速いと,電気接点間にオイルの油膜が形成されず,金属への濡れ性が劣り,糸引き性即ち追従性があるためと思料される。基本的には,オイル/グリースは不導体であるため電気を通さない。電気接点の電極の距離を離していくと,電気接点には集中抵抗による発熱で金属が融解し,ブリッジを形成するが,この時,ブリッジ又は油膜が極薄い箇所では通電する。次いで,ブリッジが破断すると,気中放電即ちアークが発生するが,この発明によれば,グリースが電気接点オイル及びその近傍を保護し,耐久性を確保できると思料される。
【0030】
上記のことより,ベースオイル単体については,耐アーク性能は,オイルの種類よりも粘度の方が支配的であり,低粘度オイルが高粘度オイルより良好である傾向があることが分かった。また,耐アーク特性が高いオイルは,低粘度エステル系オイルや低粘度グリコールオイルが最も好ましいことが分かる。
【0031】
次に,この電気接点間のアークによる損傷抑制方法に用いられる増ちょう剤について説明する。グリースに含有される増ちょう剤としては,リチウム石けん,カルシウム石けん,ウレア化合物,アルミニウム石けん,カルシウム複合石けん,有機化ベントナイトから1種又は2種以上を選択することができる。増ちょう剤の通電性能試験では,電気接点間のグリースに対して荷重をかけて,その時の接触抵抗を測定することで行った。また,有機化ベントナイトについては,その粒子形状により電気接点に有機化ベントナイトを含有するグリースを塗布しても通電しないことがあり,その場合は一旦通常量の有機化ベントナイトを含むグリースを電気接点に塗布した後に,有機化ベントナイトを含むグリースをワイパー等で拭き取ってグリースの薄い膜にして通電試験を行った。増ちょう剤を含むグリースを塗布した電気接点の通電性能は,電気接点に荷重83〜100gfをかけ,電気接点間の接触抵抗が40mΩ以下であれば,通電良好であると判断した。
【0032】
増ちょう剤を含有したグリースを塗布した電気接点の通電性能試験では,グリース,特に,ベントナイトグリースの場合の増ちょう剤の含有量に大きく影響されることが分かった。増ちょう剤を多く含んだグリースを電気接点へ塗布すると,アークによるエネルギーは減少する傾向にあるが,通電性能が悪化する。電気接点に増ちょう剤を含有したグリースを塗布した場合には,グリースを塗布しない電気接点に比較してアークによるエネルギーが大幅に減少することが分かった。また,増ちょう剤の含有量が少ないグリース程,例えば,基油に対して増ちょう剤が5〜11重量%含有したグリースは良好であり,含有量が15重量%程度で低下し始め,それ以上,例えば,含有量が20重量%以上では接触抵抗が悪化することが分かった。有機化ベントナイトについては,その粒子形状によっては電気接点に有機化ベントナイトを含有するグリースを塗布しても通電しないことがあり,その場合は,一旦通常量の有機化ベントナイトを塗布した後にワイパー等で拭き取ってグリースの薄い膜にすると,アークによる損傷を抑える効果があったが,通常塗布量でも通電するような粒子形状の有機化ベントナイトを選択し,塗布量を多くすると,アークによるエネルギーがさらに減少する傾向にあることが分かったが,塗布量の差による影響は,グリース無塗布から塗布への変化ほど,大きなものではなかった。アークによる損傷の抑制は,有機化ベントナイトやカルシウム複合石けんが最も良い結果を得ることができ,次いで,シリカ,最後にウレア化合物,その他の各種金属石けんであった。特に,有機化ベントナイトを含有したグリースは,他のグリースに比較してアークによるエネルギー,言い換えると,アーク継続時間が同程度であるにもかかわらず,マイナス(−)極側の接点の損傷が著しく小さいものであった。
【0033】
また,添加剤としては,酸化防止剤,導電性固体粉末,帯電防止剤,増粘剤から1種又は2種以上を選択することができる。即ち,添加剤は,所望な性能を確保するため,その性能を満足するものを選択することができるものである。更に,導電性固体粉末は,アルミニウム,酸化チタン等の金属粉,カーボンブラックから1種又は2種以上から選択することができる。また,帯電防止剤は,非イオン系界面活性剤,アニオン系界面活性剤,カチオン系界面活性剤,アニオン系とカチオン系との混合界面活性剤から1種又は2種以上から選択することができる。これらの帯電防止剤は,グリース又はベースオイルに対して10重量%を配合することで十分である。
【0034】
この電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,上記のことを総合すると,電気接点に絶縁性又は導電性のグリースを塗布することによってアークによる損傷を抑えることができる。グリース,ベースオイルは不導体であって,基本的には電気を流さないが,油膜の薄いところでは通電する。また,電気接点における集中抵抗によって形成されたグリースのブリッジが破断するとアークを生じるが,グリース,ベースオイルが電気接点の表面を保護することで,アークによる損傷を抑えることになる。フッ素オイルを除いてほとんど良好な耐アーク性能を示し,具体的には,ベースオイルでは,エステル油やグリコール油が最も好ましく,次いで,ポリ−α−オレフィン(PAO),最後にその他のオイルが好ましいものであった。また,同一種類の絶縁性オイルでは,低粘度の方が有利であることが分かった。即ち,粘度の高いオイルでは,アークによるエネルギーが大きくなり,その理由は糸引き性即ち追従性があり,電気接点の金属への濡れ性が劣るため,乖離の速度が速いと十分な油膜が形成されないためである。これに対して,粘度の低いオイルでは,アークによるエネルギーが小さくなり,その理由は糸引き性即ち追従性がなく,電気接点の金属への濡れ性に優れるため,乖離の速度が速くても十分な油膜が形成されるためである。また,増ちょう剤については,わずかな差であるが,アークによる損傷の抑制効果は,有機化ベントナイトやカルシウム複合石けんが最も良い結果を得ることができ,次いでシリカ,最後にウレア化合物,その他の各種金属石けんであることが分かった。特に,有機化ベントナイトは,耐熱性の粒子が電気接点表面に存在して接点を保護すると思料され,また,アーク発生に由来する生成物を吸着する点から最も有利な耐アーク性能を発揮することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0035】
この発明による電気接点間のアークによる損傷抑制方法は,配線に設けた一対の端子を相対移動によって断接する電気接点間に適用できるものであり,特に,自動車等に組み込まれているワイヤハーネス,コネクタ,スイッチ等の電気機器に適用して好ましいものである。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】この発明による電気接点間のアークによる損傷抑制方法について,グリースに対するアークによるエネルギーを測定するための電気回路を示す回路図である。
【図2】図1の電気回路における電気接点の一例を示す概略図である。
【図3】各種のグリースの体積抵抗率を示す説明図である。
【図4】図3の各種のグリースの体積抵抗率を測定するための試験装置を示す概略図である。
【図5】この発明による電気接点間のアークによる損傷抑制方法に使用されるベースオイル単体に対するアークによるエネルギーを示すグラフである。
【符号の説明】
【0037】
1,11 電気接点
2,12 固定端子
3,13 可動端子
4,14 接点
5,15 電気回路
6 電源
7,17 電流計
8 可変抵抗器
9,19 電圧計
10 グリース
10A 絶縁性グリース
10B 導電性グリース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配線における端子を互いに相対移動させて断接する一対の電気接点間のアークによる損傷抑制方法において,
フッ素系オイルを除く基油の95〜70重量%,及び増ちょう剤と添加剤との5〜30重量%から構成されたグリースを,少なくとも前記端子の前記電気接点に塗布して前記電気接点を互いに接続し,前記電気接点を互いに離間させて遮断する時に,前記電気接点間に前記グリースの存在によってアークによる損傷を抑制することを特徴とする電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項2】
前記基油に対して,前記増ちょう剤は15重量%以下であり,前記添加剤は10重量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項3】
前記基油は,同種のオイルでは低粘度が選択されることを特徴とする請求項1又は2に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項4】
前記グリースは,絶縁性グリース,導電性グリース,半導体領域のグリースが使用されることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項5】
前記グリースは,体積抵抗率が105 〜109 Ω・cmの領域であることを特徴とする請求項4に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項6】
前記基油は,パラフィン系鉱油,ナフテン系鉱油,ポリ−α−オレフィン油,ジエステル油,ポリオールエステル油,ジフェニルエーテル油,ポリアルキレングリコール油から選択される1種又は2種以上から成ることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項7】
前記増ちょう剤は,リチウム石けん,カルシウム石けん,ウレア化合物,アルミニウム石けん,カルシウム複合石けん,有機化ベントナイトから選択される1種又は2種以上から成ることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項8】
前記増ちょう剤は,粒子形状が粒状であることを特徴とする請求項7に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項9】
前記添加剤は,酸化防止剤,導電性固体粉末,帯電防止剤,増粘剤から選択される1種又は2種以上から成ることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項10】
前記導電性固体粉末は,アルミニウム,酸化チタン等の金属粉,カーボンブラックから選択される1種又は2種以上から成ることを特徴とする請求項9に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項11】
前記帯電防止剤は,非イオン系界面活性剤,アニオン系界面活性剤,カチオン系界面活性剤,アニオン系とカチオン系との混合界面活性剤から選択される1種又は2種以上から成ることを特徴とする請求項9又は10に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。
【請求項12】
ワイヤハーネス,コネクタ,スイッチ等の電気機器に適用されることを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載の電気接点間のアークによる損傷抑制方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2007−80764(P2007−80764A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−269715(P2005−269715)
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(390022275)株式会社日本礦油 (25)
【出願人】(000006895)矢崎総業株式会社 (7,019)
【Fターム(参考)】